はやりの病気
第84回 「ひきこもり」という病 2010/8/20
家や自室に閉じこもって外に出ない若者の「ひきこもり」が全国で70万人に上る。また、将来ひきこもりになる可能性のある「ひきこもり親和群」も155万に上る・・・
これは、内閣府が2010年7月23日に公表した全国実態調査の結果です。この調査は、2010年2月18~28日、全国の15~39歳の男女5,000人を対象に行われ、3,287人(65.7%)から回答を得ています。
「ひきこもり」はその定義にもよるでしょうが、あなたの周りにもひきこもっている人が増えていると感じないでしょうか。
私からみると(医師としてみても一社会人としてみても)、ひきこもりは着実に増えています。私は精神科専門医ではありませんが、それでも日頃はひきこもっているという患者さんや、その家族からの相談を受けることがあります。少し実例を紹介しましょう(注1)。
【症例1】31歳女性。3~4年前から突然ニキビができてひどくなりだした。これまで複数の医療機関を受診したがよくならず、鏡を見るのが苦痛になりうつ状態となった。そのうち仕事を辞め、ひきこもるようになった。新しい仕事を探さなければならないと思うが、ニキビが気になり面接に行くことができない。ひきこもり歴は1年半。
【症例2】38歳男性。3年間コンビニ以外には出かけたことがない。生活は同棲している女性が支えている。1ヶ月以上咳が続いており、心配した同棲相手が相談のため受診した。本人は「病院には絶対に行きたくない」と言っているとのこと。
【症例3】40歳男性。以前は大企業に勤めており性格も活発であったが、母親によると、ある日突然気分が落ち込み、そのうち退職し、すでに5年以上ひきこもっているとのこと。母親に強く言われ当院を受診した。(母親の付き添いはなく本人がひとりで来院した。尚、母親は「ひきこもりについて相談してくるように」とは言わなかったとのこと) 診察室で、「今日はどのような症状で来られましたか」と尋ねると、「最近太ってきたのが気になって・・・」と、ひきこもりのことには触れない。そこで、「普段は何をされていますか」と聞くと、「自動車関連の会社で内勤をしています」と、ひきこもっていることを言わない。「仕事は楽しいですか」と聞くと、「しんどいこともありますが、人間関係には恵まれていて・・・」、とあくまでもひきこもっていることや精神的に不調なことを隠し通した。
これらはいずれも「ひきこもり」と言える症例だと思います。症例1の女性は、最近少しずつ元気になってきて、ニキビも完治したとは言えませんが、以前ほど悪化しなくなりましたので近いうちに社会復帰が期待できるかもしれません。
しかし、症例2と症例3は、私にはなす術がありません。ひきこもりを専門にしている精神科医を紹介することさえできません。なぜなら、2人とも治療意欲がまるでないからです。しばらくは、同棲相手や両親が見守るしかないでしょう。(しかし、この「見守る」という姿勢は大変重要です)
ところで、ひきこもりが増えていることは専門家からみても間違いないようです。例えば、ひきこもりの第一人者として知られる精神科医の斉藤環氏は、著書『社会的ひきこもり 終わらない思春期』(1998年)のなかで、精神科医を対象としたひきこもりに対するアンケート調査(実施は1992年)の結果を紹介しているのですが、そのなかで、「このような事例の経験がない治療者が意外に多かった」、とコメントしています。90年代前半当時は、精神科医でさえひきこもりはそれほど頻繁に遭遇する現象ではなかったことを示しています。
ひきこもりが増えていること以外にも、以前と現在では特徴に違いがあります。
1つは高年齢化です。以前は、ひきこもりとは若者に特徴的な現象だったのです。1998年に上梓された上記書籍のなかで、斉藤氏はひきこもりの定義を次のようにしています。
「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」
さらに、氏は同書で「実際には20代前半までで事例のほとんどをカバーできる」と述べています。つまり、90年代のひきこもりは若者がほとんどだったのです。それが、現在では高年齢化がすすみ、以前の定義には合わなくなってきているのです。
高年齢化に伴い、ひきこもる「きっかけ」も変わってきています。80~90年代にかけてのひきこもりは、圧倒的に不登校がきっかけとなるケースが多く、社会人にはみられない現象だったのです。実際、斉藤氏は同書で「ある程度の社会的な成熟を経た後には、こうしたひきこもり状況はほとんど起こりません。少なくとも私はそのような事例を知りません」と述べています。
現在のひきこもりは、「社会人を経験した後で」というパターンが増加しています。冒頭で紹介した内閣府の調査では、ひきこもったきっかけについて調べられています。調査によると、1位が「職場になじめなかった」で23.7%です。「病気」(23.7%)、「就職活動がうまくいかなかった」(20.3%)が2位、3位と続きます。
90年代以前のひきこもりと現在のひきこもりを比較したとき、もうひとつ大きな違いがあります。それは、「精神疾患がある程度の割合で混在していること」です。
先に紹介した斉藤医師が90年代に作成した定義では、「ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」という条件が入れられています。ところが、2010年4月に施行された「子ども・若者育成支援推進法」に併せて厚生労働省によって作成された「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」によりますと、引きこもりは次のように定義されています。
「様々な要因の結果として社会的参加を回避し、原則的には6ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態を指す現象概念である。なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである」
要するに、「ひきこもりのなかには統合失調症が含まれている」と厚労省は考えているわけです。さらに、内閣府の公開講座で公表されたデータでは、ひきこもりのなかで「発達障害」が27%、「不安障害」が22%、「パーソナリティ障害」が18%、「気分障害」が14%、「適応障害」が6%、「統合失調症」などの「精神病性障害」が8%認められたとされています。これら精神疾患を合わせると、実に「ひきこもりの95%に発達障害なども含めた精神疾患が確認された」ことになります。
ただし、私見を述べれば、「パーソナリティ障害」や「適応障害」が本当に病気と言えるか、という疑問が残ります。もちろん病気と呼ぶにふさわしいレベルのものもあるでしょうが、このような”障害”は、定義や解釈の仕方によって正常にも異常にもなります。ですから、「ひきこもりは精神疾患のひとつの症状」としてしまうことには、個人的には抵抗があります。
しかしながら、ひきこもりを治療するに当たっては、最初から医師(重症度の高い症例であれば初めから精神科専門医)が関与するべきだと私は考えています。友達や親戚だけで社会復帰させようとすると、ときに逆効果になることもあり得ます。周囲の者は不安になったりイライラしたりするでしょうが、まずは「暖かく見守る」ことが最も大切なのは間違いありません。
ひきこもりが長期化し、ついに社会復帰できないまま・・・、ということも今後起こりうるでしょう。しかしながら、ひきこもりの生活を終了し社会復帰した人も少なくないことにも注目すべきです。最後に、ジャーナリスト池上正樹氏の『ドキュメントひきこもり「長期化」と「高年齢化」の実態』に登場する、ひきこもりから抜け出した40歳女性のコメントを紹介しておきます。
「ひきこもりを経験して私が思うのは、ひきこもりを抜け出すことによって、新しい人生の価値観が得られるということです。だから、ひきこもりは、新しい自分探しのチャンスだと本人にも家族にも思ってほしいのです」
注1:ここで紹介している3つの症例は、私が診察した患者さん(とその家族)をヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。
参考:
斉藤環『社会的ひきこもり 終わらない思春期』PHP新書(1998年)
池上正樹『ドキュメントひきこもり「長期化」と「高年齢化」の実態』宝島社新書(2010年)
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