はやりの病気
第16回 子供の肘がはずれた!? -肘内障- 2005/09/15
通常時間の外来であっても、土日や深夜の救急外来でも、「子供の肘がはずれた」とか「肘の脱臼をした」とか言って、病院に駆け込んでくる子供とそのお母さんは珍しくありません。なにしろ、突然子供が泣き出し、腕が上がらなくなるわけですから、お母さんとしては、ただごとではない、と考えて、それが深夜であっても慌てて病院に駆け込むのは当然のことだと思います。
実は、この状態は「肘内障(ちゅうないしょう)」という疾患で、特に珍しいものではありません。いわゆる「脱臼」でもなくて、医学的には「肘関節の亜脱臼」と言います。
「肘内障」がどんなときに起こるかというと、これはだいたい決まっています。しゃがんでいる子供を起こそうと、お母さんが子供の手を持って上に引き上げたときに起こります。引き上げたと同時に、突然子供が泣き出し、腕を上げなくなります。
なぜ、こんなことが起こるかというと、輪状靱帯頚部付着部と呼ばれる、肘の近くの靭帯の一部が子供では希薄だからです。ですから、成長するにつれて、肘内障は起こりにくくなります。
私は、一度小学2年生の子供をみたことがありますが、それは例外的で、何度も繰り返していた子供でも、小学校に入学する頃には起こさなくなるのが普通です。逆に、生まれたばかりの赤ちゃんにもあまり起こりません。1歳の誕生日を迎える頃から、起こりやすくなると言えると思います。これは、ちょうど1歳の頃に、歩き出すようになり、そのため、お母さんが子供の手を引っ張る機会が増えるからです。
「肘内障」は、珍しくないだけではなく、治療も簡単です。解剖学を理解した上で、正しい整復方法を実践する必要がありますが、器具はまったく使わずに、医師の手だけで治すことが可能です。通常は、レントゲンも撮りませんし、再診してもらうこともあまりありません。もちろん、薬も不要です。整復するのに必要な時間は、わずか10秒程度です。
わずか10秒で、腕が上がるようになり、急に泣き止みますから、その光景を初めて見た人は、「おぉぉっ・・・」と声を出す人もいます。実際、医師が尊敬の眼差しでみられる一光景であると言えるかもしれません。
ただし、いくら簡単であると言っても、それは正しい解剖を理解した上で、トレーニングをつんだ医師がおこなうという前提ですから、医師以外の人は試みるべきではありません。肘内障を疑えば、それが夜中でも直ちに病院を受診するべきだと私は考えています。
さて、患者さんであるお子さんは、肘が元に戻れば、それまで苦しめられていた痛みから解放され、突然機嫌がよくなります。お子さんに対してはこれで終了なのですが、我々はお母さんに話をしなければなりません。
お母さんは、「自分のせいで子供に痛い思いをさせた」、という気持ちがあるからです。けれども、このようなことはあまり気にする必要はない、と私は思います。
なぜなら、肘内障は決して珍しい疾患ではなく、多くのお子さんが経験することですし、年齢を経るにつれて、自然に起こさなくなるからです。一度起こすと、何度も繰り返す子供もいますが、それでも後になって何か障害が残るというようなことは普通はありません。
だから、お母さんも必要以上に自分を責める必要はないのです。もちろん、子供の手を強引に上に引っ張ったときに起こりやすいわけですから、これからはそのようなことをしないように注意する必要はありますが、他には特に必要な注意はありません。
私の経験から言えば、肘内障はなぜか同じ日に患者さんが集中するような印象があります。1日に4~5人もの患者さんを診ることもあります。これは、例えば夏祭りなどで、お母さんやお父さんがしゃがんでいる子供の手をひっぱる機会が多いときにもあり、これは理解できるのですが、なぜか、なんでもない普通の日に、夜中に何人も、しかも連続で来られるときがあって、これは不思議です。
「子供が脱臼して・・・」と言って来られるお母さんもおられますが、通常、子供には「脱臼」はありません。肘が動かなくなったときは、肘内障でなければ、「骨折」を考える必要があります。
その骨折とは「上腕骨」の骨折、つまり肘から肩にかけての長い骨の骨折です。そして、子供が肘を動かさなくなったときの上腕骨骨折の代表が2つあり、ひとつは、「上腕骨顆上骨折」、もうひとつは「上腕骨外顆骨折」と呼ばれる骨折です。
「上腕骨顆上骨折」は、子供の肘周囲の骨折で最も多いもので、肘を伸ばした状態で転んだり、転落したりしたときによく起こります。この骨折を起こすと、肘がおかしな方向に曲がってしまい、通常は肘の周囲が腫れあがります。これに対し、肘内障では腫れあがることはほとんどありません。
上腕骨顆上骨折にかかわらず、骨折の場合は、というか、骨折を疑ったときは、必ずレントゲンを撮る必要があります。レントゲンを撮って、どのような骨折なのか、そして上腕骨顆上骨折であった場合には、どの程度のものなのかを見極める必要があります。
この見極めには、整形外科専門医の診察が必要であり、(例えば私のような)家庭医が診察すべき範疇にはありません。だから、転倒や転落をきっかけに肘が大きく腫れたときは、家庭医でなく、初めから整形外科専門医を受診する方がいいかもしれません。(ただし、骨折かどうか分からないような場合や、近くに整形外科専門医がいない場合は、とりあえず家庭医を受診し、骨折であれば、整形外科医を紹介状を持参して受診してもかまいません)
肘が大きくおかしな方向に曲がっている上腕骨顆上骨折では、手術が必要になる場合もあります。骨折が軽度であれば、手術をしなくてもいいこともありますが、この場合でも通常3週間程度はギプス固定が必要です。(ちなみに、私は医学部の三年時まで、「ギプス」のことを「ギブス」だと思っていました)
「上腕骨外顆骨折」は、上腕骨顆上骨折に次いで多い肘周囲の骨折です。この骨折も、軽度であれば、ギプス固定だけで済むこともありますが、肘がおかしな方向に曲がっているような場合には、手術が必要になります。そして、この骨折の場合、最初、肘が曲がっていなくても、ギプス固定をしている間に少しずつ曲がってしまうこともあるので、ギプスを巻いた状態で、週に一度程度はレントゲン撮影をして、曲がっていないかどうか確認する必要があります。
先ほど、「子供の脱臼はない」と言いましたが、上腕骨外顆骨折では、例外的に、肘の脱臼を伴うことがあります。この場合は、手術と同時に脱臼を整復する必要があります。
上腕骨外顆骨折で最も注意すべきことは、そのときは何もなくても、後になって、つまり、成長するにつれて、肘が外側に曲がってしまうことがあるということです。(これを「外反肘変形」と呼びます。)
また、そのときは何もなくても、後になって、手の小指側の神経が麻痺してしまうことがあります。(これを「遅発性尺骨神経麻痺」と呼びます。)
この、後になって出てくる障害は、手術をしたときよりも、手術をせずにギプス固定だけの治療をしたときに多くみられると言われています。だから、この骨折の軽度なものに遭遇したときには、手術が本当に必要でないのかを充分に見極めなければなりません。これには、ある程度の経験が必要で、整形外科専門医が診なければならないというわけです。
ときどき、骨折してもそのまま放っておいたり、整骨院の治療で済ませようとする人がいますが、場合によっては危険なこともあります。子供の肘の骨折ではそんなことはないと思いますが、他の部位で、受傷時には整骨院の治療だけをしており、後になり、骨折していたことが分かり、しかも骨がずれていた、ということが時々あります。
骨折の可能性が少しでもあれば、まずはレントゲンを撮影することが大切なのです。
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