はやりの病気
第274回(2026年6月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(後編)
2000年代になって登場したトリプタン製剤は片頭痛の治療の歴史を変えました。NSAIDs(前回述べたように、イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなどが代表)が無効な激しい頭痛にも非常によく効くトリプタン製剤で救われた患者さんは日本にも何万人あるいは何十万人といるはずです。
しかしトリプタン製剤が有効であったとしても、頭痛の頻度が多ければ、例えば毎日のように起こるタイプの頭痛であれば恩恵にあずかれるのは限定的となります。そういう場合に役立つのが「予防薬」です。
予防薬が正式に登場したのはイミグラン注射剤が発売されるよりも前の1999年でした。その予防薬の商品名は「ミグシス」、一般名を「ロメリジン」と呼びます(尚、かつては「テラナス」という名前のものもありましたが現在は「ミグシス」のみが販売されています)。ミグシスは1回1錠、1日2回を毎日続けて飲みます。毎日飲むことによって片頭痛を起こりにくくするのです。
ミグシスの利点は、まず(私の経験でいえば)副作用がほとんど起こりません。そして安い(3割負担で1錠4円未満です)。では欠点はなにか。私の経験でいえば、決して万人に効くわけではなく、せいぜい3割程度です。また「効いた」という人も、痛みが完全に取れるわけではなく、少しましになったという程度です。しかし、それでも頭痛発生時にはまったく動けなくなるという人がミグシスのおかげで痛いながらも生活を続けられるようになるのであればこれはありがたい薬です。
ミグシス以外には「デパケン(バルプロ酸)」(2010年登場)と「インデラル(プロプラノロール)」(2012年登場)もよく用います。デパケンはもともとてんかんの薬、インデラルは高血圧や頻脈の薬ですが、両者とも片頭痛の予防効果も期待できます。これらとミグシスの3種を同時に飲んでもらうことはありませんが、当院ではデパケン+ミグシス、デパケン+インデラルなど3種のうち2種を組み合わせることもあります。これら3種の優劣を比較した研究はみたことがありませんが、谷口医院の印象でいえばデパケンが最もよく効いて、次いでインデラル、ミグシスと続きます。
これら以外に有名な片頭痛の予防薬は(後述するCGRP関連薬を除けば)、トリプタノール(一般名はアミトリプチリン)という抗うつ薬、トピナ(一般名はトピラマート)という抗てんかん薬も有名ですが、当院では処方していません。そもそもこれらはガイドラインでは紹介されていますが、トリプタノールは抗コリン薬であり長期使用には問題がありますし、トピナには保険適用がありません。
ここまでをまとめると、「片頭痛の重症例には2000年代に登場したトリプタン製剤が奏功し、高頻度発症例にはミグシスに加え、2010年代に使えるようになったデパケン、インデラルのおかげである程度は対処できるようになった」となります。残る問題は「では、これらの予防薬が効かない場合はどうすればいいか」です。
ブレイクスルーが起こったのは、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年でした。「エムガルティ(一般名:ガルカネズマブ)」「アジョビ(一般名:フレマネズマブ)」「アイモビーグ(一般名:エレヌマブ)」という3種の画期的な注射薬が立て続けに発売されたのです。これらの総称はCGRP関連薬と呼ばれるいわゆる「抗体医薬」で、2021年のコラム「抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?」ですでに紹介しました。そのときにも触れたように、これらの薬剤の最大の欠点は費用です。3割負担で月に13,000円ほどかかるのです。注射の頻度は月に一度、または3か月に一度です。
最近はオゼンピック、あるいはマンジャロといったやせ薬(GLP-1受容体作動薬)の普及で自己注射が随分と一般化しましたが、それでも注射薬に対して抵抗がある人は今も少なくありません。そんななか、ついに登場したのが「CGRP関連薬の飲み薬」で、別名「ゲパント薬」です。分子生物学的な説明はおもしろくないと思いますが、少しだけ紹介しておきましょう。
上述の2021年のコラムでも述べたように、頭痛が起こる仕組みとして次のようなメカニズムが考えられています。
・三叉神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出する
↓
・CGRPが脳内の血管の壁の細胞に取り込まれる
↓
・血管が拡張する
↓
・血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが脳内の神経に「炎症」を起こす
↓
・頭痛が起こる
抗体薬のうち、エムガルティとアジョビはCGRPを直接捉え血管に近づかないようにします。アイモビーグは血管の表面に存在する「CGRP受容体」にくっついて、CGRPが血管内に入り込めないようにします。
飲み薬のゲパント薬はアイモビーグに少し似ています。CGRP受容体にCGRPがくっつかないようにするからです。アイモビーグがCGRP受容体の”全体”を覆うのに対し、ゲパント薬はCGRP受容体の一部に入り込んで、CGRPが侵入できないようにするのです。
内服薬は注射薬よりも格段に使用のハードルが下がります。残るは「費用」です。現在日本で処方できるゲパント薬は2種類あります。
#1 ナルティーク(一般名:リメゲパント):2日に1錠飲むタイプの予防薬。頭痛発症時にトリプタン製剤のように内服することも可能。薬価は1錠2,923.2円(3割負担で1錠877円、予防で使えば1月あたり877円x15日=13,154円)
#2 アクイプタ(一般名:アトゲパント):1日1回内服するタイプの予防薬。薬価1,461.6円(3割負担で1錠438円、月13,154円)
医薬品の価格設定には「談合」はないと思いますが、薬価を決める厚労省が似たような薬は似たような価格に設定します。これら2種のゲパント薬もピタリと金額が一致します。こうなると、「2日に1錠」と「毎日1錠」のどちらが飲みやすいか、という対決になるのかもしれません。
おそらく日本の片頭痛の治療の歴史において2026年は重要な年として記録されるでしょう。こうやって振り返ると、2000年代に画期的な治療薬のトリプタン薬が登場し、2010年代にいくつかの薬が予防薬として処方できるようになったけれど万人に効くわけではなかった、2021年に注射薬のCGRP関連薬が登場したが普及はさほど進まなかった、そして2026年ついに内服ゲパント薬が登場し従来の予防薬で効かなかった重度の片頭痛にも期待できるようになった、となります。次の転換点は内服ゲパント薬の後発品が登場する2030年代後半でしょうか。ですが、それを待つまでに内服ゲパント薬は普及していくのではないかと私はみています。片頭痛の苦痛には耐えがたいものがあります。
最後に月並みでおもしろくないけれど最重要事項を。過去20年にわたり片頭痛を診てきた私の経験上、最も大切なのは「規則正しい生活」です。若い人にこのようなことを助言するのはちょっと心苦しいのですが、「休日も含めて毎日同じ時間に起きて、昼寝をしない(しても10分以内)。睡眠時間は短すぎても長すぎてもNG」が大切です。
参考:片頭痛に伴うことが多い「閃輝暗点(Scintillating scotoma ≒ Teichopsia ≒ visual aura)」
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