はやりの病気
第111回(2012年11月) 長引く咳(中編)
前回は、長引く咳には多くの原因があること、頻度が少ないが結核を忘れてはいけないこと、感染症として多いのは百日咳やマイコプラズマなどであること、薬剤性も見逃してはいけないこと、などを述べました。
今回と次回は、感染症が原因でない長引く咳について述べていきたいのですが、その前に感染症をもう少し補足しておきたいと思います。
百日咳やマイコプラズマ、クラミジア・ニューモニア(クラミドフィラ・ニューモニア)などは咳が最も目立つ症状となる細菌感染ですが、もちろんこれら以外の細菌感染で咳がでることもあります。例えば肺炎球菌やインフルエンザ桿菌による感染症です。しかし、通常これらは、発熱、倦怠感、咽頭痛など他のしんどい症状の方が強くでることが多く、咳だけが長引く、というケースはそれほど多くはありません。
長引く咳の原因が細菌性の感染症である場合は、抗菌薬を投与することになります。多くの場合、医師の判断で経験的に有効と思われる抗菌薬を選択することになりますが、難治性の場合や長引いている場合は、培養検査といってどのような細菌がどれだけいるのかを調べ、さらに薬剤感受性検査といって、どのような抗菌薬が効くかを調べることもあります(しかしこれらの検査は結果が出るまでに1週間程度はかかります)。
ウイルス感染でも咳が長引くことがあり、最も多いのがおそらくRSウイルスです。RSウイルスって昔は聞いたことがなかったけど最近よく聞くようになった、と感じている人も多いのではないでしょうか。小児の風邪をきたす代表的なウイルスであることが認知され、検査が保険適用されるようになったために次第に有名になってきたウイルスです。ただし、検査の保険適用は「入院患者のみ」とされています。ですから医師が診察してRSウイルスを疑ったとしても、入院とならなければ検査されずに「確定診断」をつけられません。
このRSウイルス、ときに幼稚園などを学級閉鎖に追い込むほど一気に広がります。従来「子供の風邪」と思われていましたが、最近では高齢者の介護施設などでの集団発生も報告されいます。また、重症化することはあまりないでしょうが、成人にもかなり感染者がいるのではないかと私はみています。ただし、成人のRSウイルス感染を疑ったとしても、あえて検査はしませんし(保険適用もありません)、咳止めの薬だけで1週間もすれば治ることが多いと言えます。
ライノウイルスやコロナウイルスなどいわゆる「風邪ウイルス」に罹患しても咳は出ますが、通常これらは重症化しませんから、必要があれば対症療法としての咳止めを処方して様子をみます。
真菌性の呼吸器感染で長引く咳が問題になることもあります。しかし、通常は何らかの理由で免疫力が低下しているようなときです。代表的なのがアスペルギルス肺炎で、例えば悪性腫瘍で化学療法を受けていたり、白血病で骨髄移植を受けていたり、といったケースで発症することがあります。エイズの合併症として有名なカリニ肺炎(ニューモシスチス肺炎、またはPCPともいいます)も真菌性の感染症で咳に苦しめられます。カリニ肺炎はエイズが進行するとかなり多くの症例で出現します。
ここからは「感染症が原因でない長引く咳」についてみていきたいと思います。
長引く咳は、なかなか診断がつかないこともあり、薬が効かないこともあります。そのため、患者さんのなかには次々と病院を変え、ドクターショッピングを繰り返す人もいます。ですから、総合診療の現場では、必然的にこのような患者さんをよく診ることになり、太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)も例外ではありません。
谷口医院を受診する「長引く咳」の患者さんに多いのが、アレルギーのメカニズムが働いて咳が長引いているというケースです。子供の頃に小児喘息を指摘されていた、幼少時に(あるいは今も)アトピー性皮膚炎がある、花粉症がある、などのエピソードがある場合に多いといえます。咳は日中よりも夜間に多く、咳で寝付けない、寝ても咳で目覚める、明け方に咳の発作が出現する、というような症状があれば強く疑います。。
このような状態を「咳喘息」あるいは「アトピー咳嗽」と呼ぶこともありますが、すべての医療者が同じようにこれらの言葉を使っているわけではありませんし、「喘息」や「アトピー(性皮膚炎)」というのは通常通年性です。(通常の)「喘息」であれば聴診すれば特有の音が聴こえますし、胸部レントゲンを撮影すれば何らかの所見が得られることもあります。また「アトピー」というのは通常は(ほとんど誰でも)アトピー性皮膚炎の皮膚症状のことを思い出しますが、アトピー咳嗽の人に皮膚症状が出現するわけではありません。したがって、私自身はあまりこのような病名を患者さんに話してはいません。単に「アレルギーのメカニズムで一時的に咳が起こっている」と説明するようにしています。
このタイプの咳には、アレルギーを抑えてあげればいいわけですから、ステロイドと気管支拡張薬が一緒になった吸入薬を用いることがあります。また内服薬の抗アレルギーや貼付薬の気管支拡張薬なども用います。ただし、いくらアレルギーが関与しているからといってもステロイドの内服や注射まですることはまずありません。ステロイドは副作用のほとんどない吸入薬にとどめておきます。
アレルギーが関与している長引く咳の場合、このようにアレルギーに的を絞った治療をおこなえば大半が改善します。「今まで悩んでいたのが信じられない・・」という人までいます。逆に、このタイプの咳には、普通の風邪で用いるような中枢性の鎮咳薬(注1)はほとんど効きません。コデインなど麻薬性の咳止めも効果は不十分です。もちろん麻薬性のものは増量すればそれなりの効果は期待できますが、副作用を考慮すればあまりすすめられるものではありません(注2)。
このタイプの咳のきっかけは様々ですが、季節の変わり目に、というのが最もよくあるケースです。「毎年この季節になると・・・」という言い方をする患者さんが少なくありません。季節で多いのは、空気が乾燥しだす秋から冬にかけて、と、花粉が飛ぶ春です。花粉症の症状で多いのは、鼻水や目のかゆみですが、咳が出るという人も珍しくありません。
季節以外では、ペットを飼いだしてから、とか、引越ししてから、職場がかわってから、というのもよくあります。引越しや転職がきっかけだとしたら、環境に問題がある可能性が強いといえます。ほこりっぽい環境がないか、ダニ対策はできているか、空気清浄機を置いているか、といったことも検討していくことになります。
長引く咳のきっかけが「風邪」で、その風邪自体はたいしたことがなくて、今は熱もないし、のども痛くないんだけれど、咳だけが残っている、という訴えがしばしばあります。これを「感冒後咳嗽」と呼びます。一般的によく使われる先に述べたような中枢性の鎮咳薬は効くこともあれば効かないこともあります。何もせずに放っておいても2~3週間で自然に治ることもあります。治らない場合は、アレルギー関与の咳と同じような治療をおこなえば改善することもあります。そして、このようなケースのなかには、そのうちに軽い花粉症やアレルギー性鼻炎を発症するという人もいます。
アレルギーのメカニズムによる咳の可能性を考えたときには、これまでのアレルギーを示唆するエピソードについて聞きますが、他にも必ず聞くことがあります。それは「喫煙」です。喫煙はすべての咳の悪化因子になりますし、咳そのものの原因になっていることもあります。また、先に述べたステロイド吸入薬は、タバコを吸っている人には効きにくい、という問題もあります。咳で悩んでいるなら絶対にタバコはやめるべきなのです。
次回は、タバコが原因で生じる咳、さらに呼吸器ではなく消化器が原因で生じる咳などについてもお話していきたいと思います。
つづく
注1:中枢性非麻薬性鎮咳薬といいます。一般名でいうと、ジメモルファンリン酸塩(アストミン)、チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリン)、デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物(メジコン)、エプラジノン塩酸塩(レスプレン)、ベンプロペリンリン酸塩(フラベリック)、などがあります(かっこ内は先発品の名称です)。
注2:80年代後半、「ブロン」という名の咳止めシロップを大量に内服することによる中毒や依存症が急増して社会問題になりました。このシロップには麻薬のコデインと共に、同じく咳止めの作用があるエフェドリンも入っていました。コデインでダウン系の麻薬効果があり、エフェドリンでアップ系の覚醒剤効果がありますから、いわば合法的に入手できる「スピードボール」(麻薬のヘロインと覚醒剤のメタンフェタミン(コカインのこともある)の合剤)ともいえるわけです。
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