はやりの病気

第50回 インフルエンザ予防接種の誤解 2007/10/24

現時点ではまだ報告がないものの、今シーズンもインフルエンザは間違いなく流行するでしょう。我々医療従事者にとっても、インフルエンザは大変やっかいな病気です。

 なにしろ、普段健康で風邪などまったくひかないという人でも突然高熱で倒れることは珍しくありませんし、一度かかると薬を飲んでも2、3日はあのしんどさと戦わなくてはなりません。熱は解熱剤で強制的に下げることはできますが、強烈な倦怠感はどうしようもありません。

 私が数年前にインフルエンザに罹患したときは、寝返りをうつのも一苦労で、トイレに行くのにわずか数メートルの距離を這いつくばって進まなければなりませんでした。

 幸いなことに、タミフル、そしてリレンザという特効薬が発売されてからは、この強烈な倦怠感に悩まされる時間がかなり短縮されるようになりましたが、今年になってタミフルの副作用が相次いで報告されるようになってからは、こういった特効薬の使用も安易にはできなくなってきました。

 2月にはタミフルの副作用と思われる異常行動で10代の転落事故が2件相次ぎ、3月20日に(当時の)柳沢労働大臣が、「10歳以上の未成年については原則タミフルの処方を控える」という発表をおこないました。タミフルの異常行動についてはこれまでにも多数報告されており、2004年以降合計15件の転落事例がわかっています。

 では、もうひとつの特効薬であるリレンザはどうかというと、今のところ重篤な副作用はそれほど多く報告されていないようですが、タミフルとリレンザでは使用されている量がまったく異なり、今後リレンザの消費量が増えれば新たな副作用が問題になるかもしれません。

 また、インフルエンザの場合、使用する解熱剤にも注意が必要です。通常、インフルエンザや水ぼうそうなどの一部の感染症を除く発熱には、多数の解熱薬から適切なものを選択できます。少し乱暴に言ってしまえば、「より高い熱にはより強力な鎮痛薬を使う」という方法である程度対処できるのです。

 ところが、インフルエンザの場合は、一般的に強い解熱作用があるとされている鎮痛剤は使用できない(使うと重篤な副作用を招く恐れがある)ため、インフルエンザと確定した場合、あるいはインフルエンザが疑われる場合には、原則としてアセトアミノフェンなどの比較的安全だけれども強力ではない鎮痛剤しか処方されません。

 アセトアミノフェンとは市販の風邪薬の一成分としてよく使用されている解熱薬で、小児にも使えます。パラセタモールと呼ばれることもあり、海外の薬局では誰でもパラセタモールの錠剤を処方箋なしに買うことができます。

 ここまでをまとめると、インフルエンザの薬としては、特効薬のタミフルとリレンザには充分な注意が必要で、解熱薬も強力なものが使えない、ということになります。

 こうなると、インフルエンザとは相当やっかいな感染症に思われます。しかし、そう落胆する必要もありません。

 まず、インフルエンザは手洗いとうがいでかなりの確率で感染を防げるからです。私は、冬になると、高熱の患者さんを診察する度に手洗いとうがいをおこなうようにしています。自分自身の実感として、これをおこなうとインフルエンザを含めてかなりの感染症を予防できるように思います。

 もうひとつの有効な方法はワクチン(予防接種)です。しかし、ワクチンは最もすぐれたインフルエンザ対策なのにもかかわらず、日本では誤解も多く、諸外国に比べると接種率が低いのが現状です。

 このウェブサイトでも何度か指摘しましたが、日本ほどワクチン接種が遅れている国も珍しく、とても先進国とは言えない状況です。例えば、日本では今年”はしか”(麻疹)が大流行し、多くの学校が休校の措置をとらざるを得なくなり、それで初めてワクチン接種の重要さが認識され、その結果ワクチンが大幅に不足するという事態に陥りました。これは、お隣の韓国がWHO(世界保健機関)から”はしか”の排除に成功したと発表されたことと対照的です。

 以前、別のところでも述べましたが、日本でワクチン接種がすすまない理由は「知識の欠如」で、それに拍車をかけているのが「マスコミ」の報道ではないかと私は考えています。

 1980年代後半に、ある民法の報道番組が、「インフルエンザワクチンはまったく効果がなく危険性すらある」などといった誤った報道を全国ネットでおこないました。この番組に出演し、まったく根拠のない誤った学説を述べた学者に対し、海外のメディアは揶揄したそうですが、日本のマスコミは「正しい知識」よりもワクチンバッシングといった「スキャンダル」が好きなようです。

 ここで、インフルエンザワクチンの誤解を解いておきましょう。

 まず、「インフルエンザは予防接種をおこなってもかかってしまう」というものです。

 これは、ワクチンをうったのにもかかわらずインフルエンザにかかってしまった人にしてみれば、「何のためのワクチンだったの・・・」という気持ちになりますから、「じゃあ予防接種なんて意味がないじゃない」となるわけです。実際、私もワクチン接種をした年にかかってしまったことがあります。

 しかし、個人レベルではそう感じられたとしても全体で(公衆衛生学的に)みれば、予防接種は大変有効なのです。

 インフルエンザワクチンの有効率は、年にもよりますがだいたい75%程度であることが分かっています。これは、ワクチン接種をせずにインフルエンザにかかった人を100人集めたときに、もしもワクチン接種をしていればそのうち75人はかからなくても済んだ、という意味です。

 次にインフルエンザワクチンの副作用を確認しておきましょう。ときどき、「ワクチンは副作用が怖いからうたない」という人に遭遇しますが、やみくもに怖がるのではなく、この場合も「正しい知識」をもつことが重要です。

 インフルエンザワクチンの副作用は毎年100人前後が報告されています(2006年度は107人)。2006年度は107例のうち死亡例が5人あったそうですが、専門家で構成される検討会では、4人は「因果関係は評価できない」、1人を「因果関係は認められない」としています。後遺症については、視力低下や自力歩行不能などが6例報告され、うち4人を「因果関係が否定できない」とし、2人を「因果関係は評価できない」としています。残りの100人近くは、発熱や発疹、注射部位の腫れなど、比較的軽度なものです。

 一方、インフルエンザにかかると合併症を併発する場合があり、細菌の二次感染による肺炎、気管支炎、慢性気管支炎の増悪が起こりえます。乳幼児では中耳炎や熱性けいれんも起こりえます。また、インフルエンザウイルスそのものによる肺炎や気管支炎、心筋炎などもあり、なかには入院を要したり、死亡したりする例もあります。最近では、小児において年間100~200例の、インフルエンザに関連したと考えられる急性脳症の存在が明らかとなっています。

 インフルエンザ感染によってもたらされるこれらの合併症と、数十万人から数百万人にひとりの割合でしかおこらないワクチンによる合併症を比較したときに、ワクチンを接種すべきか否か・・・。

 あなたはどう考えますか・・・。

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