はやりの病気

第42回 薄毛・抜け毛は治せるか(後編) 2007/2/19

ケトコナゾール(ニゾラール)という抗真菌薬があります。抗真菌薬ですから、水虫の薬として使われることが多いのですが、頭皮の脂漏性皮膚炎という皮膚の病気にも使われます。通常、脂漏性皮膚炎という病気はステロイドの外用薬で治療をおこなうのですが、脂漏性皮膚炎の原因としてマラセチアという真菌が関与していることが分かっており、そのマラセチアをやっつけるためにケトコナゾールのローションを用いるのです。

 そのケトコナゾールに男性ホルモンを抑制する作用のあることが分かり、一部の国では薄毛・抜け毛の治療に使われることがあります。脂漏性皮膚炎のある人はフケが多いのが特徴ですから、抜け毛とフケが同時に気になるという人には効果があるかもしれません。また、海外ではケトコナゾールのシャンプーも発売されています。ただし、ケトコナゾールの脱毛に対する効果は完全に認められたわけではなく、日本ではローションは脂漏性皮膚炎の治療薬として保険適用がありますが、脱毛に対しては保険が使えません。

 脱毛がある程度進行してしまったという人のなかには手術を考える人もいます。手術とは「植毛術」ですが、最近は自家植毛術が普及してきています。自家植毛術とは、まず後頭部などの比較的髪の多い部分を切り取って、それを小さな単位にバラしていき、特殊な器具を使って髪の薄い部位にひとつひとつ植えていくという方法です。自分の髪を別の部位に植えるわけですから、異物反応もなく、症例によっては満足度の高い治療となるかもしれません。しかし、保険適用はなく高額であることが難点です。

 最近注目されているのが”鉄”の補給です。以前から鉄欠乏性貧血のある女性のなかに抜け毛が多い人がいることは分かっていましたが、これを裏付けるデータが登場してきました。

 「Journal of the American Academy of Dermatology」という医学誌の2006年5月号(Vol.54)に、これに関する論文が掲載されました。

 研究者は、「(男女とも)脱毛が起きていると、鉄欠乏の可能性がある」、と結論付けています。

 この論文は、40年間にわたる様々な研究のレビューをおこない、「鉄欠乏は大多数の医師の認識よりはるかに脱毛に関連が深い」ことを示しています。

 鉄が欠乏して現れるのは貧血ですが、この研究が興味深いのは「貧血があるから脱毛が起こる」としているのではなく、「貧血の有無に関わらず鉄の不足を補うと脱毛が治る」と主張していることです。

 研究者のひとりであるバーグフェルド博士は、「脱毛の原因がなんであれ、血中の鉄が少なすぎると脱毛が悪化する」、と述べています。

 「貧血がないなら、あえて鉄を補う必要がないのでは・・・」、そのように考える医師もいます。しかしバーグフェルド博士は言います。

 「脱毛患者は貧血である必要はない。そこに医師が犯す最大の間違いがある」

 この研究のもうひとつの興味深い点は、男性のみならず女性にも効果があるとしている点です。女性の脱毛にはプロペシアのような特効薬はありませんから、治療に難渋することがよくあります。バーグフェルド博士の提唱している鉄の補強による治療は女性にも効果があるようです。

 ならば、サプリメントで鉄を補強すればいいのか・・・。そのように考える人もいるでしょうが、これは危険です。この論文では、その点が次のように指摘されています。

 「大きな間違いは、脱毛しつつある人たちが自分で鉄サプリメントを服用することである。鉄欠乏であると医師に診断されたのでない限り、鉄サプリメントを服用すると鉄の過負荷により非常に危険な状態に至る可能性がある」

 この点は大変重要で、特に男性の場合、安易に鉄のサプリメントを摂取するのは危険です。

 この論文では、鉄を補うかどうかの指標には「フェリチン」がいいとしています。フェリチンは貧血の精密検査をおこなうときに測定する検査項目のひとつです。バーグフェルド博士らは、脱毛の治療に鉄を用いるかどうかを決める際、血中フェリチン濃度を測定し、「フェリチンの値が正常であれば鉄を処方することはない」、としています。

 しかしながら、博士らは現在のフェリチンの正常範囲について疑問を投げかけています。現在、アメリカではフェリチンの正常値は、男性で30-250ng/mL、女性で10-120ng/mLです。

 博士らは、女性が男性よりも正常値が低い根拠はない、と言います。これは、女性は男性に比べてもともと貧血の人が多く、もしも正常値を男性と同じにすると「貧血症」と診断される人が大きく増えることになり公衆衛生上の問題があるからだ、と述べています。

 この論文では、フェリチンを50ng/mL以上、できれば70ng/mL以上にするのが望ましいとしています。

 ここで、気になるのが日本におけるフェリチンの正常値ですが、現在の厚生労働省が定める基準は、男性15-220ng/mL、女性10-80ng/mLと、アメリカと同様かなりの幅があります。

 この論文が提唱しているように、脱毛の原因が何であれ、上限値(男性220ng/mL、女性80ng/mL)を超えないように鉄の投与を試してみてもいいかもしれません。

 鉄以外に貧血の原因として指摘されているのが亜鉛です。重症の亜鉛欠乏症が脱毛をきたすことはよく知られており、薄毛・抜け毛が気になると言って病院やクリニックを受診した患者さん全例に亜鉛を測定する医師もいます。

 慢性の疾患には漢方薬で効果が出ることがあります。しかし、残念ながら現在のところ(私の知る限り)漢方薬で脱毛症が劇的に治癒したという報告は聞いたことがありません。ただ、ストレスが抜け毛の原因、もしくは悪化因子になっているのであれば、気持ちを落ち着けて精神的なストレスを取り除くような漢方薬を使えば効果があるかもしれません。

 薄毛・抜け毛で大切なのは、まずは原因をはっきりとさせ、医師と協力してその人に応じた治療法を中長期的な観点から、根気強くおこなっていくことであると言えるでしょう。

月別アーカイブ