はやりの病気
第222回(2022年2月) ポストコロナ症候群に有効な治療薬はあるか
前回は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染した後に生じるポストコロナ症候群(以下、PCS)に劇的に効く可能性があるのがコロナワクチンであるが、コロナワクチンでPCSが余計に悪化することもあり「両刃の剣」であることを紹介しました。
他の薬としては、海外では、deupirfenidone(日本未発売)、抗血栓薬のアピキサバン(エリキュース)、高コレステロール血症薬のアトルバスタチン(リピトール)などがよく用いられているものの必ずしも有効性が認められているわけではないこと、日本では、ビタミン剤、プレガバリン(リリカ)、イベルメクチン(ストロメクトール)、ステロイドなどが用いられるがどれもエビデンスがないことを述べました。また、一部の医療機関で実施されているBスポット療法(EATとも呼ばれます)は術者に差があることに加え「無効だった」という声が多いことも述べました。
結局、「自信を持って勧められる薬はない」が現時点で言えることです。しかし、それでもPCSで苦しんでいる患者さんを見捨てるわけにはいきませんから、我々は手探りで有効な治療方法を探し求めているわけです。
今回はそんな薬のなかでも、比較的期待度の高い2つ、すなわちビタミンDと亜鉛について現時点で分かっていることを紹介したいと思います。
しかし、その前にイベルメクチンについて触れておきましょう。この薬は、2020年の春には期待する声が上がっていました。副作用が少なく廉価であることから、世界各国で試験的に使われました。一部には有効とする研究もありましたが、大規模研究(例えばこのメタアナリシス)では効果が否定されています。また、イベルメクチンが有効とする研究には不正が複数みつかっており、BBCはこれを指摘し、やはり有効性を否定しています。
過去のコラム(はやりの病気第146回(2015年10月)「疥癬(かいせん)と大村先生のノーベル賞」)で述べたように、イベルメクチンは疥癬に対しては驚くほどよく効きます。それまでの疥癬に用いる薬はどれもあまり効きませんでしたから、イベルメクチンの登場は画期的でした。ところが、コロナに対しては、たしかにコロナウイルスを入れた試験管にイベルメクチンをふりかけるとウイルスが死ぬことは分かっているのですが、感染した人に飲んでもらっても効果がないのです。
そんななか、2022年1月31日、興和株式会社が「興和 イベルメクチンの「オミクロン株」への抗ウイルス効果を確認」というタイトルのプレスリリースを公表し、これが物議を醸しました。タイトルには「抗ウイルス効果を確認」とありますから、あたかも臨床試験で(つまり人に投与して)効果があったような印象を受けますが、内容をよく読めば試験管の中の話であることが分かります。これでは多くの人が勘違いするに違いありません。実際、Reuterはこのプレスリリースを受けて「臨床試験で効果あり」といった内容の誤報をおこない、後に訂正記事を出しました。これについての検証記事はAFPが発表しています。
世界的にはイベルメクチンは「効かない」とされているのにもかかわらず、日本にはいまだに効能を信じる「イベルメクチン信者」がいます。そして、彼(女)らは「イベル」と呼び「イベル、置いてますか」と毎日のように問い合わせをしてきます。さらに興味深いのは、海外の「イベルメクチンがコロナに有効」とする研究でも後遺症に効くとしているわけではいことです。それが、日本のイベルメクチン信者の間では、いつのまにかコロナにだけではなく、コロナ後遺症も、さらにはコロナワクチン後遺症にも有効な薬だとされているのです。
なぜ、このようにイベルメクチンが有効であると盲目的に信じる人がいるのかはよく分かりませんが、そろそろ目を覚ましてPCSに効果のある薬をきちんと探すべきです。
ビタミンDの効能を振り返ってみましょう。ビタミンDは、コロナが流行し始めた頃から注目されていて、「有効」とする小規模な研究もありました。しかし、現在は重症化を予防する効果は「ない」とされています(例えば医学誌「JAMA」2021年3月16日号に掲載された論文「中等度から重症のコロナ患者の入院期間についてのビタミンD3の単回高用量の影響:無作為化臨床試験 (Effect of a Single High Dose of Vitamin D3 on Hospital Length of Stay in Patients With Moderate to Severe COVID-19: A Randomized Clinical Trial )」)。感染予防については有効とする研究もあるのですが(例えば医学誌「Aging Clinical and Experimental Research」に掲載された論文「コロナの感染症と死亡率予防におけるビタミンDの役割(The role of vitamin D in the prevention of coronavirus disease 2019 infection and mortality)」、エビデンスレベルの高い研究は見当たりません。
PCSに対するビタミンDの効果については、残念ながら否定するものが目立ちます(例えば医学誌「Nutrients」2021年7月15日号に掲載された論文「コロナ感染後のビタミンDと持続する症状との関係の研究 (Investigating the Relationship between Vitamin D and Persistent Symptoms Following SARS-CoV-2 Infection)」。ビタミンDは正常な免疫能を維持するのに必要なものであり、昔に比べて紫外線にあたらなくなった日本人は不足しがちですから、日ごろから食品から(またはサプリメントから)積極的に摂取すべきですが、PCSの治療薬としては期待できなさそうです。
次に亜鉛をみてみましょう。亜鉛がコロナに有効と考えたくなるのは、感染すると味覚障害が起こるからです。亜鉛欠乏でも味覚障害が起こりますから、誰でも「コロナ感染+亜鉛不足→味覚障害」と一度は疑います。ところが、「医療基盤・健康・影響研究所」は亜鉛の有効性を否定しています。一方、海外の研究のなかには「亜鉛欠乏者はコロナで重症化しやすい」とした論文もあります(例えば医学誌「International Journal of Infectious Diseases」2020年11月号に掲載された論文「コロナ、亜鉛欠乏症患者は重症化しやすい (COVID-19: Poor outcomes in patients with zinc deficiency)」)。
「亜鉛は効果がなかった」とする研究もあります。医学誌「JAMA」2021年2月12日号に掲載された論文「コロナ患者の症状の長さと改善に関する高用量の亜鉛とビタミンCと通常治療の効果 (Effect of High-Dose Zinc and Ascorbic Acid Supplementation vs Usual Care on Symptom Length and Reduction Among Ambulatory Patients With SARS-CoV-2 Infection)」では、亜鉛摂取、ビタミンC摂取、両方摂取、どちらも摂取しない、の4つのグループで、症状の長さや改善度にまったく差を認めませんでした。
結局のところ、亜鉛はコロナにもPCSにも有効とするエビデンスはありません。しかし、「日本人は日ごろから亜鉛不足」という意見があります。ならば亜鉛をコロナ感染予防のために、あるいは感染してからPCSを防ぐために摂取した方がいいのでしょうか。私は安易には摂取しない方がいいと考えています。それは、本当に亜鉛不足かどうかが分からないからです。過去の「医療ニュース」(2015年7月21日「危険な亜鉛サプリメント」)で述べたように、私自身が自分の血中亜鉛濃度を計測してみると、不足しているどころか正常範囲をオーバーしていました。この状態でサプリメントなどから亜鉛を摂取すると大変なことになっていたかもしれません。
亜鉛にはまだ問題があります。それは上述の「医療ニュース」で述べたように亜鉛の摂りすぎで銅欠乏症を招く恐れがあるからです。私は銅を意識して食事をしたことがありません。そこで不足していないかどうかを確認するために血中銅濃度を測定すると、132ug/dLと基準値(70~130ug/dL)をオーバーしていました。
ちなみに、私の血中ビタミンD濃度についてはたいてい基準値より低く出ます。そこで医薬品の(サプリメントでなく)ビタミンD(正確には「活性型ビタミンD」)をしばらく毎日摂取していたことがあるのですが、ほとんどビタミンDの値(この場合は1,25-(OH)2ビタミンD)は上昇しませんでした。以前「ビタミンDのサプリメントの効果を知りたいから血中ビタミンD(25-OHビタミンD)の濃度を調べてほしい」という患者さんの採血をおこなうと充分に高い数値を示していました。ということは、ビタミンDについては医薬品よりもサプリメントの方が、効果が高いのかもしれません。
話を戻しましょう。コロナにもPCSにも、もちろんポストコロナワクチン症候群にも今のところビタミンDや亜鉛が有効とする質の高いエビデンスはありません。また、これらの血中濃度を調べるのは保険診療上困難で、自費であれば高くつきます。結局のところ、日ごろからバランスのとれた食事をしましょう、といったことくらいしか言えません。
ビタミン、ミネラルの適正摂取は意外に難しいのかもしれません。ならば、定期的にこれらの値を測定して不足しているものはサプリメントで補えばいいのでは?と考えたくなりますが、これはなかなか困難です。保険適用がなく、しかも通常の採血で計測するような項目に比べると、ビタミンやミネラルの測定はかなり費用が高いからです。ただし、私自身も関心があるので、これから自分でお金を出して調べてみようと思います。近いうちに報告したいと思います。
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