はやりの病気
第212回(2021年4月) 内服ミノキシジルが男女のAGA及び円形脱毛症の救世主となる可能性
重症の円形脱毛症も男性型脱毛症(以下「AGA」とします)も、ときに治療するのが極めて困難です。
円形脱毛症はステロイド内服をおこなえばかなりの確率で発毛が認められますが、やめれば元に戻りますから、ステロイドの副作用を考えるとよほどの事情がない限りは勧められない治療です。
AGAはフィナステリドもしくはデュタステリドで大勢の人が改善しますが、長年使用していると効果が減弱してくるのが一般的です。また、これらは女性には使えないという欠点もあります。
ミノキシジル5%の外用は、日本皮膚科学会の脱毛症のガイドラインではAGAに対し、男女とも「A」(行うよう強く勧める)にランクされていますが、1日2回の外用を面倒くさいと感じる人が多く、また痒みなどの副作用もあるために(さらに高額であることもあり)それほど人気はありません。
そこで内服ミノキシジルが以前から注目されていましたが、これは副作用のリスクが大きすぎて「使ってはいけない薬」と考えられてきました。実際、日本皮膚科学会のガイドラインでは「D」にランクされています。「D」は「行うべきではない (無効あるいは有害であることを示す良質のエビデンスがある)」とされているものです。
内服ミノキシジルの危険性について述べる前に、まずこの不思議な薬の歴史を振り返っておきましょう。ミノキシジルの元になる物質がアップジョン社(後にファイザー社に合併されます)によって開発されたのは1950年代です。当初は皮膚潰瘍の治療薬として研究されていました。結果的に潰瘍を治す効果はないことが分かったのですが、強力な血管拡張作用があることが判明しました。そこでアップジョン社はこの物質を高血圧の薬として開発することにしました。物質に改良を加え、1963年にはミノキシジルと命名し、そこから16年後の1979年、ついに「ロニテン(Loniten)」という名前でFDAに認可され、現在も海外では強力な降圧剤として使われています。適用は極めて重症の高血圧に限られ、しかも初回使用時には入院することが勧められています。
それだけ厳重な管理の元で使用しなければならないのは副作用のリスクが極めて高いからです。それらをまとめた論文があります。1981年、医学誌「Drugs」に「ミノキシジル:その薬理学的特性と治療的使用のレビュー(Minoxidil: A Review of its Pharmacological Properties and Therapeutic Use)」が掲載されました。40年前の古い論文ですが、幸運なことにSpringerLinkという様々な論文を出版しているサイトでこの論文のサマリーを閲覧することができます。
ここでその全訳を公開することは(著作権の問題もあるでしょうから)避けますが、これを読めばおそらくほとんどの人が「こんな薬、怖くてとても使う気になれない」と思うはずです。起こり得る副作用が、浮腫(身体がむくむこと)、うっ血性心不全(心臓に水が貯まること)、肺水腫(肺に水が貯まること)、といった命に直結するような副作用のオンパレードなのです。
ところが、ミノキシジルにはこういった心臓や肺などにおこる重篤な副作用以外に、高確率で多毛が生じることが分かり、育毛剤としての開発が検討されることになりました。多毛は全身の様々な部位に起こるようですが、頭髪も増えることが分かりました。しかし、内服するにはリスクが大きすぎます(ただし、ある文献によると、80年代半ばには脱毛症には認可されていないもののAGA治療の目的でロニテンが処方されていたことがあったようです)。そこで、外用薬が開発され、1988年、アップジョン社の「ロゲイン」がFDAに認可されるに至りました。日本では大正製薬が1999年に「リアップ」の商品名で1%のミノキシジルを、2009年に5%の「リアップX5」を発売しました。
内服で重篤な副作用が起こるわけですから、外用にもリスクはあります。実際、因果関係ははっきりしないものの、リアップ(1%)を使用した直後に循環器系の疾患で3名が死亡していたことが明らかとなり、2003年には長妻昭衆議院議員が質問主意書を提出し、厚労省が答弁しています。
その後、長い間、ミノキシジルは外用でも要注意、内服は危険すぎて使えないというのが世界のコンセンサスでした。ところが、です。ここ数年で「少量の内服ミノキシジルがAGAに有効で安全」する報告が相次ぎ、それらをレビューしたような論文も複数出てきました(注)。このなかで、最も新しくてこれまでの研究を総合的にまとめていると思われる論文「AGA治療としての経口ミノキシジルのレビュー:完璧な用量を求めて(Review of oral minoxidil as treatment of hair disorders: in search of the perfect dose)」をここで取り上げたいと思います。医学誌「Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology」2021年3月3日号に掲載されています。
この論文によれば、世界で最も規模の大きい研究は意外にも日本で実施されたものです。その日本の論文は医学誌「The Journal of Clinical and Aesthetic Dermatology」2018年7月1日に掲載された「アジア人男性のAGA治療(Androgenetic Alopecia Treatment in Asian Men)」です。
対象者は18,918人の18~81歳(平均32歳)の日本人男性で調査期間は2011年から2017年。ただし、この研究は、内服ミノキシジル(2.5mgを1日2回)以外にもフィナステリド1mg(1日1回)、外用ミノキシジル(5%)を1日2回、さらに月に一度、様々な成分からなる注射も併用されています。結果は驚くべきもので、著者らが撮影したデジタル写真では、なんとすべての患者で有意な改善が観察されました。治療6カ月後の対象者の満足度は96%!(12カ月後は80%)。しかし、もっと驚くのは副作用の少なさです。頭皮の腫れ、かゆみ、発赤など軽微な皮膚の副作用とめまいが4.2%に起こっただけです。しかも、この副作用はおそらく注射によるものです。ということは、内服ミノキシジルの副作用はほぼゼロであり、フィナステリドだけではこれだけ高い効果が得られないことを考えると内服ミノキシジルの有効性は極めて高いということになります。しかも安全だというのです。
下記の「注」で紹介したすべての論文は「内服ミノキシジルはAGAに高い効果を有し、副作用が少ない」という結論になっています。さらに驚くべきことに、円形脱毛症にも有効だという結論が出ています。
では、本当に内服ミノキシジルは安全な薬でしょうか。率直に言えば、私は懐疑的です。なぜなら、太融寺町谷口医院には、発毛専門クリニックまたは美容系クリニックで処方された(あるいは個人輸入などで購入した)内服ミノキシジルで大変な副作用を経験した患者さんを何人も診ているからです。倦怠感、浮腫、動悸といったところが多いのですが、なかには関節腫脹が顕著となり何軒も医療機関を受診している人もいました。
では私は原則として内服ミノキシジル使用に反対なのかというと、そういうわけではありません。正直な気持ちを述べれば「そこまでして治療しなければならないのか……」という思いはあるのですが、これだけの強い副作用が出ても「何とか飲める方法はありませんか……」と繰り返し尋ねられることが多いからです。
そこで、考えたのが「副作用のリスクコントロールをおこないながら低用量の内服ミノキシジルを使って治療をする」という方法です。このヒントはファイザー社のウェブサイトにありました。ロニテンの使用にあたっては、心臓への負荷を防ぐためにβブロッカーという別の降圧薬と浮腫の予防に一部の利尿薬(ループ利尿薬)を用いるべきだと書かれています。必要に応じてこういった治療を併用していけば内服ミノキシジルが使用できるかもしれません。
とはいえ、日本皮膚科学会のガイドラインでは今も「D」であることに変わりはありません。個別には処方を検討しますが、充分に慎重におこないます。希望する人全員に実施できるわけではありません。
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注:その他の論文は下記を参照ください。
Oral minoxidil treatment for hair loss: A review of efficacy and safety
Low-dose oral minoxidil as treatment for non-scarring alopecia: a systematic review
Safety of low-dose oral minoxidil for hair loss: A multicenter study of 1404 patients
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