はやりの病気

第128回 混乱する高血圧の基準 2014/4/21

 2014年4月1日、日本高血圧学会は5年ぶりに高血圧のガイドラインを改定し「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」という名称で発表しました。改定のポイントはいくつかあるのですが、血圧を下げる努力目標である降圧目標の「若年・中年者高血圧」が130/85mmHgから140/90mmHgとされたことは注目に値するでしょう。

 今月になってから「血圧の基準、変わったんですよね」と言って受診される患者さんが増えています。

 最近はマスコミやインターネットから病気の情報を積極的に入手する人が増えてきておりこれは好ましいことであります。学会が発表するガイドラインというのは大変複雑であり簡単には理解しづらいのですが、それでも情報入手に努めるのは大変立派なことだと思います。

 しかし、です。「血圧の基準、変わったんですよね」と言う患者さんの何人かとはどうも話が噛み合いません。しばらく話すと分かるのですが、こういう患者さんは日本高血圧学会が発表したガイドラインの改定ではなく、日本人間ドック学会が発表した「健康人の基準」について話しているのです。

 2014年4月4日、日本人間ドック学会は、人間ドックを受診した約150万人を分析し、年齢差や男女差を踏まえた「健康な人」の検査値を発表しました。改めて2014年4月のマスコミの報道を調べてみると、一般紙では日本高血圧学会のガイドライン改定について触れている記事はわずかで、一方で日本人間ドック学会の発表を大きく報じていることが分かりました。

 マスコミはおもしろおかしい記事を書くのが使命なのでしょうから、意外な発表、もっといえば奇をてらったような発表を積極的に取り上げます。日本人間ドック学会の発表は特にうがった見方をしなくても、「これまで異常とされてきた血圧やコレステロールの数字、本当は問題ないんですよ。だからそこのあなたも必要のない薬を飲まされているかもしれませんよ」、と素直に読めば感じてしまいます。

 実際、先に紹介した例のように、診察室でこのことを話される患者さんもいるわけです。そして、この患者さんが「血圧の基準、変わったんですよね」の言葉の次に言いたいことは、「だから薬やめてもいいですよね」ということなのです。

 もちろん、これまで飲んでいた血圧の薬は必要だから飲んでいたわけで、その必要性が突然なくなるわけではありません。しかしこの説明には少々の苦労を要します。なにしろ、マスコミは「血圧の正常値が変わった」という誤解を与えるような表現をとりますから、患者さんの立場からすれば「じゃあ飲まなくていいんだ」と解釈してしまうのは無理もありません。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のようなプライマリ・ケア(総合診療)のクリニックでさえ、このような質問が急増しているのですから、生活習慣病専門のクリニックなどは連日パニックになっているのではないでしょうか。ここでは述べませんが、日本人間ドック学会の発表は、血圧だけでなく中性脂肪やコレステロールの基準についても「健康な人」の基準値について言及しており、これが各学会の発表しているガイドラインと異なるために混乱を招いています。

 混乱が生じているのは医療機関だけではないようです。おそらく日本高血圧学会に対しても質問が相次いだのでしょう。2014年4月14日、日本高血圧学会は「人間ドック学会と健康保険組合連合会による小委員会の新しい「正常」の基準値に関する報道を受けて、高血圧学会から国民の皆様へのお願い」というタイトルの声明(注1)を発表しました。内容を簡単にまとめると、健康診断(人間ドック)での基準と介入が必要な心血管疾患のリスクとなる高血圧や正常血圧の基準は異なるために必要な人は医師の診察が必要、となりますが、これではわかりにくいでしょう。

 そこで私なりにまとめなおしてみたいと思います。人間ドック学会が発表したのは、自覚症状がなく過去に大きな病気をしたこともなく、高血圧が進行したときにおこる動脈硬化もない人、つまりまったく健康な人だけを集めて血圧のデータを集めてみると、「健康な人」の血圧の上限は147/94mmHgであった、ということです。しかし、実際にはここまで上がらなくてももっと低い血圧で動脈硬化をきたし、心筋梗塞や脳梗塞を起こす人がいるのも事実です。つまり、人間ドック学会に所属する医師が診ているのは健康な人が大半であり、高血圧学会に所属する医師が診ているのはすでに動脈硬化がある人が多いわけです。大雑把にいってしまえば、そもそも人間ドック学会と高血圧学会で比較する対象が異なっているというわけです。

 まだあります。そもそも人間ドックを受ける人というのは、お金持ちか、一流企業に勤めていて会社が全額(もしくは一部)を負担してくれるような恵まれた人に限られます。そのような人たちの多くは健康に関心があり、日頃から体重コントロールにつとめ、定期的な運動をおこないバランスの良い食生活をしていることが多いのです。きちんとしたデータはみたことがありませんが、人間ドックを受ける人と受けない人で喫煙率に大きな差があるのではないかと私はみています。つまり、人間ドックを受けるような健康に関心が高い人は、遺伝的な要因で少々血圧が高かったとしても、体重を維持し、禁煙、運動、バランスのいい食事摂取ができているために、動脈硬化や他の心血管のリスクが帳消しになっている可能性が強いというわけです。

 ではどう考えればいいのかというと、日頃から市民健診や会社の定期健診を受けて「まったく問題ない」と言われているような人であればあまり気にする必要はありませんが、すでに治療を受けている人や、定期的な経過観察が必要と医師から言われている人は、人間ドック学会の発表ではなく主治医の意見を聞くべき、というわけで、高血圧学会の発表に従うべきなのです。

 しかし、です。一般人の立場からみると、高血圧学会、というよりも日本の医療界全体に対する不信感のようなものがぬぐえないのではないでしょうか。ノバルティス社の「ディオバン問題」は大変物議を醸しましたが、これに続いて日本最大手の製薬会社である武田薬品も「ブロプレス」という血圧の薬で広告に虚偽があることが発覚しました(注2)。日本最大手の製薬会社が不正行為をしていたとなると、庶民からすると何を信じていいか分かりません。この広告が不正であることに気付いたのは京都大学のある医師ですが、大半の医師はメーカーの広告にだまされていたわけです。しかし、私は製薬会社を責めるつもりはありません。広告が誇大であることを見抜けずに処方をおこなっていた医師にも責任はあるからです。

 ノバルティス社のディオバンも武田薬品のブロプレスも「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬」(以下「ARB」)というグループに入ります。では、ARBが信頼できないものかと問われれば決してそういうわけではありません。高血圧の治療には必要な薬剤であり、谷口医院でも(これらとは異なる製品ですが)ARBを処方している患者さんは少なくありません。

 しかしARBを高血圧の第一選択薬にすることは谷口医院ではあまり多くはありません。カルシウム拮抗薬の方が効く印象があるからです。発表されたばかりの「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」によりますと、高血圧の第一選択薬は、ARB、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬の4つとなっています。このなかでACE阻害薬はARBと似たような薬でいい薬ですがやはり効きやすさではカルシウム拮抗薬に分があります。利尿薬は心不全の合併などがあると最初に使いたい薬で値段も安いのですが、薬疹がけっこうな割合で起こることもあり第一選択薬にすることは谷口医院では多くありません。

 このように書くと、私はカルシウム拮抗薬を手放しに信じているように思われるかもしれませんが決してそういうわけではありません。薬の使用には、肝臓や腎臓の機能が低下している場合や他の薬を飲んでいる場合には充分な注意が必要ですし、副作用についても軽視してはいけません。様々な要素を考慮してその人にあった薬を総合的に決めていく必要があります。ガイドラインというのはあくまでもガイドラインであって、それに盲目的に従うわけにはいかないのです。今回の改定ではβブロッカーと呼ばれる降圧剤は第一選択薬からはずれていますが、場合によってはβブロッカー中心で血圧を下げることもあります。

 高血圧を含む生活習慣病でコラムを書くと毎回同じような結論になってしまい面白みにかけますが、大切なのは「定期的な健診と生活習慣の改善」(注3)です。そして、健康のことならどんなことでも相談できる主治医を持つことです。最近血圧が上がり気味だという人は一度主治医に相談してみてください。

注1:この声明は下記のURLで読むことができます。
http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf

注2:詳細は下記メディカル・エッセイを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」

注3:定期的な検診と生活習慣の改善については下記コラムを参照ください。コラムの中の「3つのENJOY、3つのSTOP、4つのデータに注意して」というところがポイントです。
メディカル・エッセイ第129回「危険な「座りっぱなし」」

参考:はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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