はやりの病気

2016年6月20日 月曜日

第154回(2016年6月) 誰が薬剤耐性菌を生みだしたか

 薬剤耐性菌という言葉、誰もが聞いたことがあり、言葉の意味も、なぜ薬剤耐性菌が生じるかについてもほとんどの人が知っています。我々医療現場にいる者からすると、この薬剤耐性菌というものに対する恐怖は並大抵のものではないのですが、マスコミも一般の人たちも、そして(腹立たしいことに)行政も今ひとつその危機感を持っていないように思えてなりません。

 今回は、薬剤耐性菌の問題に対してきちんとした対策をとっていない人たち、主に行政を批判するコラムになります。批判の前に、現在の薬剤耐性菌についてまとめておきます。

 抗菌薬を多用しすぎると、遺伝子に変異をおこしその抗菌薬で死なない細菌だけが生き残るようになり、これを「薬剤耐性菌」と呼びます。薬剤耐性菌が出現すると、今度はその耐性菌を退治できる抗菌薬の開発がおこなわれることになります。するとその新しい薬に対して耐性を獲得した菌が出現し、再び新しい薬剤が・・・、とイタチごっこのような「細菌vs人類」の対決が繰り広げられているわけです。

 で、現在の”戦況”はどうかというと、人類に分が悪いというか、耐性菌の恐怖は次第に大きくなってきています。例えば、米国CDC(疾病管理局)は2014年に「CRITICAL – 2014 Year in Review」というタイトルの発表をおこない、そこで「新しい4つの感染症」を驚異として取り上げています(注1)。その4つのうち1つが薬剤耐性菌です。(あとの3つは、エボラ出血熱ウイルス、エンテロウイルスD68(注2)、MERSウイルスです)

 実際にアメリカでは薬剤耐性菌の被害が深刻で、最近よく取り上げられるのが通称CREと呼ばれるカルバペネム耐性菌(正確には「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌」)です。カルバペネムという名の従来は「最後の切り札」として使われていた抗菌薬が効かない菌のことで、特定の菌種を指すのではなく、カルバペネムが効かない菌を総称して呼びます。

 カルバペネム耐性菌に対して唯一有効なコリスチン(注3)という薬があるのですが、細菌vs人類の歴史は細菌側に有利な展開となります。2015年11月、コルヒチンが効かない細菌が中国の養豚場で見つかったのです。そして2016年5月、米国でコリスチンが効かないカルバペネム耐性菌に罹患した患者がみつかりました。この患者は49歳の女性で、尿路感染症がなかなか治らず、やむを得ずコリスチンが使われたものの効かなかったと報じられています。(その後この女性がどのようにして治療されたのか、現在も感染症が治癒せず続いているのかどうかについては報道がなく不明)

 日本でもカルバペネム耐性菌は深刻な問題ですがそれ以外にもあります。ここ数年でよく取り上げられる薬剤耐性菌に「ESBL産生菌」と呼ばれる細菌(正確には「基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生菌」)があります。2016年6月16日の日経新聞によりますと、これまでに少なくとも66人の子供(うち9人は生後3日以内)がこの細菌による敗血症を発症し、うち2人が死亡しているそうです。ESBL産生菌は現在のところ先に述べたカルバペネム系が有効とされていますが、すべての患者に使えるわけではありません。

 他には通称「KPC」と呼ばれる「カルバペネム耐性クレブシエラ」、ニューデリーで最初に発見されたことから命名されたNDM-1あたりが注目されています。NDM-1については過去のコラム(注4)で紹介したこともあります。

 2016年5月26~27日に開催された伊勢志摩サミットで、薬剤耐性菌に対して世界各国で協調して取り組んでいくことが首脳宣言に盛り込まれました。評価されるべきなのは「畜産業で成長促進のために抗菌剤を使用することを段階的に廃止する」(注5)という合意が得られたことです。先に述べたコリスチン耐性の報告があった中国でも発見されたのは養豚場で、つまり家畜のエサに大量に抗菌薬が入れられていることが原因です。家畜に対する抗菌薬の使用については米国もおそらく中国とそう変わらないはずです。あまりマスコミは取り上げませんが、オバマ大統領が米国での畜産業から抗菌薬を廃止することに同意したのは画期的なことです。

 伊勢志摩サミットで検討された薬剤耐性菌対策は、基本的には2015年の(ドイツの)エルマウサミットでの決定事項の流れを汲んだものです。ただエルマウサミットでは「抗生物質の適正使用を促進し」という表現にとどまっており具体性がありあません。そこで、日本政府は、伊勢志摩サミットの開催に先駆けて、2016年4月1日の閣議で「抗菌薬の使用量を2020年までに現状の3分の2に減らす」とする行動計画案を発表しました。マスコミの報道によれば、「医療機関向けに抗菌薬使用の指針などをつくる」としているそうです。

 それから約2ヶ月が経過しましたが、医療機関向けの政府のこのような指針の発表はありません。私は新聞報道でこの政府の発表を聞いたとき、「医療機関への指針の前にすることがあるだろう」と感じました。

 日本政府がまずすべきなのはアジア諸国に対する注意勧告です。タイやインドでは屋台で抗菌薬が売られている光景を目にすることがあります(本物かどうか疑わしいのもありますが・・・)。また、医師の処方箋がなくても薬局で抗菌薬が誰でも買える国は多数あります。例えばフィリピンの薬局では「ペニシリン1錠ください」と言えば、実際に1錠だけ買うこともできます。このような使用はもちろん「完全な誤り」であり、医師は抗菌薬を処方するときに量を適当に決めているわけではありません。ときには3日分、ときには7日分となるのは菌の種類と重症度、その患者さんの免疫能などを考えて総合的に判断しているからです。先に述べたNDM-1は、インドでは不適切な抗菌薬の使用が横行していることが原因で生まれたと言われています。日本政府がまずおこなうべきなのはアジア諸国への注意勧告に他なりません。

 次に自国に目を向けてみましょう。私が日ごろ感じている日本での抗菌薬に関する最大の問題は「個人輸入」です。薬物の個人輸入は麻薬や覚せい剤でない限りは合法だそうですが、私は抗菌薬を禁止にすべきと考えています。いくつかある薬剤の個人輸入代行のホームページをみてみると、多くの抗菌薬がごく簡単に買えることが分かります。しかも、よほどの重症例でない限り処方しないような貴重な抗菌薬までもがクリック1つで購入できるのです。

 例えば、ニューキノロン系の抗菌薬というのは重症例にしか処方すべきでないもので、そのニューキノロン系のなかでも極めて強力なグレースビットやアベロックスといった薬剤が必要な症例というのはごくわずかです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、こういった強力なニューキノロンを処方するのは年に一度あるかないかです。それくらい重症例にしか使うべきでない抗菌薬がネット上で誰でも簡単に買えるのです。以前、谷口医院を初めて受診した患者さんから「ネットで買った抗菌薬が効かないんです」と言われたことがありました。このような言葉を聞くと絶望的な気持ちになります。私個人としては、「抗菌薬取締法」を制定し、抗菌薬は麻薬と同じように医師でないと処方できないようにするべきと考えています。

 医療機関で抗菌薬を処方しすぎている、という声があります。この声は正しいのでしょうか。医師は、必要な症例に必要な日数分しか抗菌薬を処方していません。そして、なぜ抗菌薬が必要なのかを可能な限り説明しています。例えば風邪症状で受診した場合、喀痰や咽頭スワブ(喉を綿棒でぬぐったもの)を用いて、グラム染色をおこない、細菌感染の像が顕微鏡で観察されたから抗菌薬が必要といった説明をするわけです(注6)。グラム染色で細菌感染が疑えなければ抗菌薬は処方しませんし、ときには一切の薬を処方しないことも谷口医院ではよくあります。

 ほとんどの医師は(グラム染色をおこなうかどうかは別にして)処方するときには患者さんに抗菌薬が必要な理由を話しているはずです。しかし、全員がかと問われるとそうでない可能性もあります。というのは、谷口医院を受診する人で、「前の病院では”とりあえず”抗生物質を飲むように言われた」と言う人がいるからです。抗菌薬は”とりあえず”飲むものではありません。喉が痛い、熱がある、といった理由だけで抗菌薬を飲んではいけません。飲むことによって余計に悪くなることだってあるのです(注7)。

 こういうケースでは、実際には前の病院の医師も”とりあえず”などという言葉を使わずきちんと説明していることも多いと思うのですが、なかには、このケースは前の医療機関で説明不足かもしれない・・、と私自身が感じることがあるのも事実です。

 しかしながら、抗菌薬の過剰使用の問題を世界全体でみたときに、日本の医師の過剰使用はあったとしてもごくわずかだと思います。まずはアジア諸国の無秩序で無法状態の抗菌薬の氾濫を食い止める政策をおこなうこと、次いで個人輸入での抗菌薬の購入を禁止することが重要です。最後に、個人レベルでおこなえる抗菌薬対策を挙げておきます。

・抗菌薬は必ず医師に処方してもらう(個人輸入はおこなわない!)

・処方された抗菌薬は大きな副作用が出ない限りは最後まで飲み切る。(ときどき、「自宅にあった抗菌薬を飲みました」、という人がいますが、抗菌薬が自宅にあること自体がおかしいのです)

・診察時に「抗菌薬が必要か」を尋ねるのはOK。「抗菌薬をください」はNG。(ときどき「お金を払うって言ってるでしょ!」と怒り出す人がいますが、抗菌薬の処方はそういう問題ではありません)

・抗菌薬を処方してもらうときは必要な理由を尋ねる。(抗菌薬を過剰に処方している医師が本当にいるなら、患者さんが毎回尋ねるようにすれば解決するでしょう)

注1:CDCのこの報告は下記URLを参照ください。

http://www.cdc.gov/media/dpk/2014/dpk-eoy.html

注2: エンテロウイルスD68の脅威については下記を参照ください。

はやりの病気第150回(2016年2月) エンテロウイルスの脅威

注3:カルバペネム耐性菌にも有効なコリスチンという抗菌薬は日本人が1950年代に開発しました。そんな優れた抗菌薬が、しかも日本人が開発したものがなぜこれまではそれほど使われていなかったかというと、副作用の頻度が高くまた重篤化することもあること、そして開発された当時はもっと安全で有効なものがあったことが理由です。尚、コリスチンの耐性菌は最近日本でも報告されました。

注4:はやりの病気第85回(2010年9月号)「NDM-1とアシネトバクター」

注5:外務省の下記ページを参照ください。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160313.pdf

注6:これについては、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」にコラムを書いたことがあります。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」

注7:例えば、伝染性単核球症(キス病)に抗菌薬を使えば大変なことになります。詳しくは下記を参照ください。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、「キス病」」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ