はやりの病気

2013年6月15日 土曜日

第98回(2011年10月) いろいろな魚介類のアレルギー

 11月上旬から夜間の救急外来にじんましんの患者さんが急増するんです・・・

 これは、以前、福井県で救急医療に携わる医師から聞いた話です。じんましんは年中みられる疾患ですが、福井県では11月から急激に、しかも比較的重症のじんましんの症例が夜間に増えるそうなのです。この答えは「越前ガニの解禁日が11月6日だから」だそうです。

 じんましんの原因は様々で、食べ物が原因のものはさほど多くはありませんが、たしかに一定の割合で食べ物のじんましんの患者さんは太融寺町谷口医院にも受診されます。そして、食べ物のじんましんのなかでもカニは重症化することがあります。

 なかには意識を失うケースもあり、対応が遅れれば命にかかわることもありますから、福井県の救急外来では、冬場はカニのアナフィラキシー(じんましん症状が重症化し血圧が下がり意識を失う状態)を念頭に置かねばならないそうです。

 食べ物由来のじんましんで比較的頻度が多いのは、カニ以外では、エビ、コムギ、サバ、ピーナッツ、豚肉などです。じんましん全体の症例数からみると食べ物が原因のものは、頻度は多くありませんが(注1)、ときに重篤化することがあります。

 私が最近学んだ、食べ物が原因のじんましんで興味深いと感じたのは、子持ちカレイによるもので、重症化するケースも少なくないそうです。これはある学会で島根の医師が紹介していたのですが、島根も福井と同様、冬に重症のじんましんの症例が増えるそうなのです。このじんましんの原因を調査した結果、子持ちカレイが原因であることが判ったとのことでした。

 さらに、この症例が興味深いのは、カレイに対して反応がでるかどうかの検査(特異的IgE)は陰性となることが多く、しかし、牛肉もしくは豚肉に対する検査で陽性となるそうなのです。これは、つまり、元々牛肉もしくは豚肉に対するアレルギーがあり、子持ちカレイに含まれる一部のたんぱく質が牛肉か豚肉に似ていることで、子持ちカレイを従来の”敵”である牛肉や豚肉と身体が間違えて認識したことによると考えられるのです(注2)。

 じんましんを引き起こす食べ物のアレルギーのなかでも魚介類は重症化しやすいと言えますが、実際に魚介類にアレルギー反応を示す人は、その魚介類を少しでも摂取すればアレルギー反応を示します。このアレルギーを便宜上「本物の魚アレルギー」としておきます。 

 さて、あなたの身の周りに(もしくはあなた自身も該当するかもしれませんが)次のような”魚アレルギー”を有している人はいないでしょうか。それは、「いつも出るわけではないが、たまに魚介類でじんましんなどのアレルギー症状がでる・・・」、というものです。

 先に、「じんましん全体でみると食べ物のアレルギーによるものはごくわずか」という話をしましたが、しかし一方で、このように「自分は魚介類のアレルギーがある」と考えている人は少なくありません。実は、「魚介類のアレルギーではないのだけれど、魚介類を食べることでじんましんが出る」、という人は珍しくないのです。これはどういうことでしょうか。主な原因は2つあります。

 1つは、「アニサキスによるアレルギー」です。アニサキスというのは魚に寄生する虫、つまり寄生虫です。アニサキスといえば、強烈な胃痛や腹痛を起こすアニサキス症が有名で、アニサキスは、サバ、イカ、イワシなどに寄生しています。よくみると肉眼でも見えるほどの大きさなのですが、調理人がさばいているときには気づかずに食卓に出され、食べる人もそれに気づかずに食べてしまうのです(注3)。

 アニサキスが胃痛や腹痛をきたすのは、アニサキスそのものが胃粘膜や腸管粘膜に進入しようとすることで起こります。この痛みはかなりの激痛で、夜間に救急搬送されることもしばしばあります。駆除薬があるわけではなく、アニサキスによる胃痛が疑われると胃カメラを入れて直接アニサキスをピンセットのようなもので取り除くことになります。腸の奥の方まで行ってしまった場合は、アニサキスが自然に死滅することを待ちますが、痛みが増悪するような場合は、緊急手術をせざるを得ないこともあります。

 さて、今回お話したいのは、胃痛・腹痛をきたすアニサキス症ではなく、アニサキスによるアレルギーです。アニサキスが寄生している魚を食べると、じんましんが出現することがあるのですが、アニサキスが寄生していない魚を食べればもちろん症状は起こりません。

 そしてここからが興味深いところなのですが、胃痛や腹痛をきたすアニサキス症は、加熱するか冷凍するかで(下記注3も参照ください)ほぼ完全に予防することができますが、アニサキスに含まれるアレルギー反応をおこす成分は加熱でも冷凍でも消えませんから、どのように調理をしても起こるときは起こるのです。

 ですから、「毎回ではないけれども、サバやイワシなどの青魚、あるいはイカを食べたときにじんましんが出ることがある」、という人はアニサキスアレルギーを一度は疑うべきです。この場合、アニサキスに対するIgE抗体を測定します。必ず、というわけではありませんが、もしもアニサキスにアレルギーがでれば陽性と出ることが多いといえます。

 もうひとつ、魚アレルギーではないのだけれど、ときどき魚でじんましんが出現する、というケースがあります。これは、新鮮さを失った古い魚を食べたときにおこりやすい、という特徴があります。

 これはアレルギーによるものではなくヒスタミンによるものです。ヒスタミンというのはアレルギーを引き起こす物質ですから、そのようなものを食べればアレルギー症状を起こすのは当たり前なわけです。では、なぜ食べ物にヒスタミンが含まれているのか、というと、これは魚がもともともっているヒスチジンというアミノ酸が、魚に寄生している微生物によってヒスタミンに変わるからなのです。通常、アレルギーというのは、身体がヒスタミンを生成して反応が起こるのですが、このケースはヒスタミンを含む魚を食べることによって起こっているというわけです。

 魚に寄生している微生物がそのような”悪さ”をするのには時間がかかります。ということは新鮮な魚では起こりにくく、古い魚でおこりやすいのです。そして、ヒスタミンは加熱や冷凍で変性するわけではありませんから、煮ても焼いても(もちろん刺身でも)起こるときは起こります。ヒスチジンを多く含む魚は、サバ、イワシ、サンマ、カツオ、マグロなどで、日本人がよく食べるものばかりです。これらを食べるときは鮮度が落ちていないかを注意しなければならない、というわけです。

 以上述べてきたように、”魚アレルギー”には、本物のアレルギー、アニサキスアレルギー、古い魚のヒスタミンによるアレルギー様症状、などがあり、それぞれによって対処法が異なります。まずは、正しい診断をつけなくてはなりません。気になる症状があれば一度医療機関で相談してみるべきでしょう。

 では今回のまとめです。

    1、本物の魚アレルギーは少量摂取でも起こり、重症化するケースがある。過去に魚を食べたあと、全身に広がるじんましん、呼吸困難、喘息発作、意識障害などのエピソードがある場合は検査が必要。
    2、本物の魚アレルギーの治療としては「原因となる魚を避ける」以外にない。また、牛肉と子持ちカレイのような交叉反応にも注意しなければならない。
    3、アニサキスアレルギーの場合は、アニサキスが含まれている可能性のある魚の摂取は避けるべき。胃痛や腹痛が起こるアニサキス症の場合は加熱(もしくは冷凍)で予防できるが、アニサキスアレルギーは予防できない。
    4、鮮度が落ちた魚の場合、魚に含まれるヒスチジンがヒスタミンに変性し、これがアレルギー様の症状をきたすことがある。加熱や冷凍は効果がなく、そのため鮮度の落ちた魚は食べるべきでない。

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注1:「じんましんなのに前の病院では血液検査をしてくれなかった・・・」と不平を言われる患者さんがおられますが、血液検査でじんましんの原因がわかるケースというのはごくわずかです。食べ物が原因の可能性があるときには血液検査をおこないますが、その可能性がなければ血液検査は”ムダな検査”となることが多いのです。ですから、前の病院で血液検査をしなかったのは、その医師が怠慢だからではなく、患者さんの余計な負担をなくそうと努めているのです。しかし、このクレームは非常によく聞きます。ということは、血液検査は不要と話した私に対する不平を別の病院で言われている患者さんも少なくないのかもしれません。

注2:このような現象を「交叉反応」といい、比較的頻度の多いものにラッテクス・フルーツ症候群があります。これはラテックス(一部のゴム製品)をアレルゲン(つまり”敵”)と身体が認識し、ラテックスと分子レベルでの構造がよく似ているフルーツ(バナナ、キウイ、アボガドなどが有名)を食べると、身体がそのフルーツをラテックスと認識し、その結果アレルギー反応が起こります。

(2018年6月追記) 尚、カレイやギュウニクのアレルギーの一部は、α-gal と呼ばれる抗原が原因であることが分かっており、この成分はリウマチなどで使われるセツキシマブという薬剤にも含まれています。ですから、この薬を用いたことがある人にこれらが出現しやすいという特徴があります。さらに、これらのアレルギーはマダニに咬まれたことがある人に多く、これらをまとめると「カレイ、ギュウニク、セツキシマブ、マダニに共通のアレルゲン(抗原)がある」と考えられています。

注3:サバにはかなりの頻度でアニサキスが寄生しています。私が医学部の学生の頃、授業で各班にサバが配られ、アニサキスがいないかを探す実習がおこなわれたことがあります。学生がサバを解剖して調べると、なんとすべての班でアニサキスが(しかも大量に!)見つかったのです。講義をされた先生は、「私はサバを生で食べません」と話されていました。私自身もしばらくはシメサバなどの摂取を控えていたのですが、元々サバは大好物なので、今はおそるおそる食べるようにしています。できるだけよく噛むように食べますが(寄生虫ですから噛み殺せるはずです)、食べた後しばらくは腹痛が起こらないかが気になります。尚、どうしてもサバを生で安全に食べたければ、マイナス20℃以下で24時間以上冷凍させれば、アニサキス症についてはまず大丈夫だろうと言われています。(本文で述べているようにアニサキスアレルギーは防げません

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2013年6月15日 土曜日

第97回 新しいHPVワクチンと尖圭コンジローマ 2011/9/20

待望のHPVワクチン、サーバリックスが日本で発売されたのは2009年12月のことでした。私は、「このワクチンが発売されたことは歓迎し普及につとめたいと思うが、公費負担が広がることはないだろう」、という予測を立てて、それをコラム(下記参照)で述べました。

 ところが私の予想に反して、新潟県魚沼市の公費負担の発表を皮切りに全国の自治体で次々と全額負担、もしくは一部負担が発表されていき、私の予測はまったく外れてしまいました。しかし、今のところ教育現場で混乱が起こっているという話もあまり聞きません。これだけワクチン普及が上手くいっているのは学校の先生をはじめとする教育者の方々の努力の賜物だと思います。もちろん、地域の産婦人科医やプライマリケア医、行政、市民団体などの貢献も小さくありませんが、現場で生徒とその父兄にHPVワクチンの話を直接されている学校の先生方の苦労は相当なものだと思われます。

 私が小学生や中学生にHPVワクチンが普及しないと考えていた理由は、まだ性交渉の経験がない女子生徒に対して、まず性交渉の説明をして、性交渉で感染する感染症があることを説明して、そのひとつがHPVであることを伝えて、さらにHPVに感染したからといってそのなかの一部の人しかガンにはならないということを話し、ワクチンを接種したとしても子宮頚ガンの定期的な検査は必要なのですよ、ということを説明し理解を得るのが相当困難であると考えていたからです(今でもそう考えています)。さらに、これを父兄にも伝えなければならないわけです。
 
 学校の先生の説明の仕方によっては、生徒に対して悪影響を及ぼすということがなかったとしても、父兄からクレームが来ないかということを心配します。また、教育現場で性の話をすると一部の保守的な市民団体や政治団体からクレームや、ときにはあからさまないやがらせを受けることもありえますから、そういったことも気になります。

 サーバリックスの発売から遅れること1年9ヶ月、もうひとつのHPVのワクチンであるガーダシルが2011年9月についに日本でも発売となりました。ガーダシルは日本ではサーバリックスに遅れをとるかたちとなりましたが、世界的にはガーダシルの方が先に市場に登場していますし、市場占有率(シェア)もガーダシルの方が上です。(サーバリックスとガーダシルのどちらを中心に扱っているかは国によって様々で、例えば英国ではサーバリックスが国の無料プログラムに取り入れられています。米国では州にもよりますがガーダシルを採用している地域の方が多いようです)

 さて、日本では、ガーダシルが発売となったことで、公費負担がある地域ではどちらを選択するかという議論が出てくるでしょうし、医療の現場でもどちらをすすめるか、という課題がでてきます。

 ここで簡単にサーバリックスとガーダシルの違いを確認しておきたいと思いますが、その前にHPVについておさらいしておきましょう。HPV(Human Papilloma Virus)というウイルスには100種類以上のサブタイプがあり、どのサブタイプがどのような疾患の原因になるかというのはある程度わかっています。例えば、尖圭コンジローマなら#6と#11であることが多く、子宮頚ガンなら#16と#18に多いことは知られています。しかし、#16と#18以外にも、例えば、#31、#41、#51、#52なども子宮頚ガンを起こすことがあります。子供の手指などによくできるイボ(尋常性疣贅(じんじょうせいゆうぜい)と言います)は、#2、#4、#7に多いことがわかっていますが他のサブタイプでも起こりえます。ときに尖圭コンジローマとの鑑別に悩むことのあるBowen様丘疹という性器にできるイボは悪性化することもある放置してはいけないイボですが、これは#16で起こりやすいことが分かっています。

 このように多くの種類があるHPVに対し、サーバリックスは#16と#18にのみ有効です。2つのサブタイプに有効ですからサーバリックスは「2価ワクチン」と呼ばれます。一方ガーダシルは#16と#18以外にも尖圭コンジローマの原因となる#6と#11にも有効で、合計4つのサブタイプに対する効果がありますから「4価ワクチン」と呼ばれます。

 では話を戻しましょう。教育現場でどちらのワクチンをすすめるか、ですが、まず価格が重要になると思われます。全額公費負担ならどちらでも接種者負担はゼロですから代わりありませんが、公費負担が部分負担である場合、あるいは医療機関で成人が接種する場合は、どちらかを選ぶ際に値段がひとつの重要な要因となるでしょう。

 次に、価格が同じとき、あるいは、価格を考えずに効果だけを考える場合にはどうすればいいでしょうか。

 アジュバント(adjuvant)という言葉をご存知でしょうか。これはワクチンに添加することにより、予防効果を高めることのできる物質のことです。サーバリックスとガーダシルでは異なるアジュバントが使われており、サーバリックスの発売元であるグラクソ・スミスクライン社によれば、サーバリックスのアジュバントがガーダシルのそれよりも効果があるそうです。しかし、双方のワクチンの約7年間の研究では、どちらも#16と#18に対するワクチンの効果はほぼ100%であり、現時点では臨床的に有意差があるわけではありません。

 次に、ガーダシルの最大の特徴である#6と#11の効果についてみていきましょう。こちらもワクチン接種でほぼ100%防げると言われており、尖圭コンジローマが大変やっかいな感染症であることを考慮すると、サーバリックスよりもガーダシルに分がありそうに思われます。(尖圭コンジローマについては下記コラムも参照ください) しかし、ワクチンの対象となる女子生徒のお母さんと話をしている医師に聞くと、「うちの娘は性病とは無縁です! 子宮頚ガンの予防だけで充分ですからサーバリックスにします」と言われることがあるそうです。HPVも性交渉を通して感染するわけですから、このお母さんの理屈は筋が通っていないように思われるのですが、このような声が実際にあるそうです。

 今後、ワクチンを接種する女子生徒の親御さんに2つのワクチンの違いを説明しなければなりません。私は、この説明の際に誤解やトラブルが生じないかということを懸念しています。尖圭コンジローマという感染症を説明するときに、「尖圭コンジローマとは性器にできるイボです」と言われてもピンとこないでしょう。写真を見せればどのような疾患か理解しやすいですが、外性器の写真を女子生徒やその親御さんに見せることに問題がないとはいえません。(私は、女子生徒も聴講するHIV関連の講演をおこなうとき、講演の主催者と話をして外性器の写真をスライドから外すことがしばしばあります) HPVと子宮頚ガンの関係ですら理解を得るのが相当困難であるところに、尖圭コンンジローマについても説明しなければならないとなると、よほど上手く話さなければ誤解を招く恐れがあります。

 ところで、尖圭コンジローマという疾患は男性にも起こります。また一部の肛門ガンや陰茎ガンもHPVのハイリスク型(#16や#18)の関与が報告されています。ということは、男性からもガーダシルを接種したいという声が当然でてきます。実際、アメリカではFDA(食品医薬品局)が男性への接種を承認していますし、ガーダシルの公費接種をいち早く始めたオーストラリアでも男性への接種が普及しているそうです。

 日本でもガーダシル接種を希望するという男性は多いのですが(すでに太融寺町谷口医院にも数人の男性から問い合わせが入っています)、ガーダシルの販売元であるMSD社によれば、「日本では男性については承認をとっておらず今後も申請する予定はない」そうです。海外では何の問題もなく接種できるワクチンが日本では認められないわけですから、接種を希望する男性からみれば不公平という気持ちになります。ガーダシルには保険適用がなく成人女性も自費で接種しているわけですから、「(女性と同じように)お金を払うといっているのに何で打ってくれないの?」という声がでてくるのは当然でしょう。我々医師の立場からみても、尖圭コンジローマが何度も再発し精神的にも相当しんどい思いをされた患者さんのことを考えると(注1)、男性も接種できる日が来ることを願いたいと思います。

 尖圭コンジローマという厄介な疾患に対する理解が広がれば、女性からだけでなく、男性からも「副反応などがでても自己責任で接種をしたい」という声が増えていくのではないかと私は考えています。また、時間はかかるでしょうが、教育の現場でも尖圭コンジローマという感染症についての理解が広がり、生徒たちに性感染症について考えてもらえる機会が増えることを願いたいと思います。

 さらに、尖圭コンジローマはコンドームをしていても感染しますから、「コンドームで性感染症がすべて防げるわけではなく、性感染症の予防で最も重要なことは、自身が誠実になりお互いが信頼しあうこと」という考えが普及することを切に願います。

参考:
メディカルエッセイ第89回(2010年6月)「日本は「ワクチン後進国」の汚名を返上できるか」
はやりの病気第77回(2010年1月)「子宮頚ガンのワクチンはどこまで普及するか」
NPO法人GINAウェブサイトより「悩ましき尖圭コンジローマ」
 
注1:すでに尖圭コンジローマを発症している人にワクチン接種をしたとしても、感染しているHPVを退治することができるわけではありません。しかし、臨床的に「再発」ではなく、「再感染」して尖圭コンジローマを発症していると思われる患者さんもおられますから、女性だけでなく男性からも需要があるのは当然だと思われます。

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2013年6月15日 土曜日

第96回(2011年8月) 放っておいてはいけない頭痛

 私が大学病院の総合診療科の外来をしていた頃、患者さんからの訴えで最も多いもののひとつが頭痛でした。「頭痛でなんで大学病院?」と感じる人もいるでしょうが、どこの大学病院の総合診療科にも頭痛を訴えて受診する人は少なくないのです。

 大学病院に頭痛で受診するケースは大まかに2つに分けられます。ひとつは、頭痛で困っておりこれまでいくつかの医療機関を受診したけれどもよくならないから受診したというケース、もうひとつは、頭痛以外に、例えばめまい、倦怠感、微熱、などがあって、「どこの科を受診すべきか分からない」と考えて大学病院の総合診療科を受診するケースです。

 頭痛で受診する人は、大学病院だけでなく太融寺町谷口医院にも多いのですが、太融寺町谷口医院では、大学病院を受診するタイプの症例に加え、他のタイプの患者さんもいます。まずは、そのあたりのグループわけについて述べてみたいと思います。

 まずひとつめのグループは、先に述べた大学病院を受診するのと同じような動機があるタイプです。すなわち、「これまでいくつかの医療機関を受診したけれど満足いく治療がされていない」と感じている人や、「他にも症状があってどこの科を受診していいか分からない」と考えている人です。こういった人たちを便宜上「積極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。

 次のグループは、「必ずしも治療に満足しているわけではないけれども医療機関で鎮痛剤を処方してもらおう」と考えているタイプで、この人たちは、薬局の薬よりも医療機関で処方してもらう薬の方が自分にあっているから薬だけもらえればそれでいい、と考えています。患者さんのなかには、別のことで受診して、”ついでに”鎮痛剤の処方を希望するような人もいます。このグループを「消極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。

 最後のグループは、いわば医療機関での治療をあきらめている人たちです。「医療機関で相談したけどありきたりのことしか言われないから」、とか「どうせ相談しても痛み止めの処方だけで終わるから」などの理由で、医療機関での治療をあきらめて、市販の薬に頼っている人たちです。このグループを「治療を希望していないグループ」とします。なぜ、この人たちが頭痛で悩んでいることが分かるかというと、別のことで受診を続けているうちに、「他に困ったことはありませんか」と聞くと、「実は以前から頭痛が・・」と話されることがあるからです。

 ここで頭痛にはどのようなものがあるかを確認しておきましょう。まず今回取り上げている頭痛は「慢性の頭痛」です。したがって、1週間前の事故が原因の頭痛とか(外傷性の硬膜下血腫、くも膜下出血、脳挫傷などが考えられます)、頭痛持ちではないのにもかかわらず突然激しい頭痛が発症したようなケース(くも膜下出血、脳内出血、あるいは帯状疱疹などが考えられます)は除外しておきます。

 慢性の頭痛に限って話を進めていきます。従来の教科書には、慢性の頭痛の代表には①片頭痛、②筋緊張性頭痛、③群発頭痛、の3つが中心と書かれています。しかしながら、実際にはこれらにあてははまらない頭痛もたくさんありますし、③群発頭痛は非常に稀です(私は医師になってこの診断をつけたことは一度だけです)(注1)。②筋緊張性頭痛は、最も多いのは事実であり、俗に「肩こりに伴う頭痛」と言われることがありますが、実際には①片頭痛に肩こりが伴うことも少なくありません。筋緊張性頭痛は比較的軽症ですから受診しないことも多く、少なくとも私がこれまで診てきた患者さんのなかでは①片頭痛が最多です。

 というわけで、片頭痛について話をすすめていきたいのですが、その前にもうひとつ、最近注目されている頭痛について述べておきたいと思います。それは「薬物乱用頭痛」と呼ばれるもので、これは簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さがまし常に痛みを感じるようになった状態」となります。つまり、鎮痛剤(市販のものも病院で処方されるものも含めて)をあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられなくなっているような状態です。鎮痛剤を飲み続けたことが原因ならすぐにやめればいいではないかと考えられますが、すでに身体は鎮痛剤なしでは生活できないような状態になってしまっており、ますます鎮痛剤を必要としてしまう、という悪循環に陥ってしまっているのです。薬物乱用頭痛はどのような鎮痛剤でも起こり得ますが、私がこれまでに診てきた症例でいえばイブプロフェンが主成分の鎮痛薬で、いずれも誰もが薬局で簡単に買えるものです。そのなかでも「ブロモバレリル尿素」という極めて依存性の強い物質も含まれている製品が2種ほどあり、これらは危険極まりないと言っていいでしょう。

 以前別のところで述べたことがありますが(下記コラム)、市販の鎮痛剤だから安全というわけでは決してありません。むしろ副作用が起こりやすいような鎮痛剤が薬局で簡単に買えてしまうのが現状なのです。

 さて、先に「慢性の頭痛は片頭痛が圧倒的に多い」ということを述べましたが、ここで片頭痛の治療についてお話したいと思います。片頭痛でも軽症であれば市販の鎮痛剤を痛くなったときに飲む、という方法で問題ありません。どのようなものを「軽症」と呼ぶかですが、一般的な鎮痛剤がよく効いて、飲む頻度は月にだいたい10回以内、がひとつの目安となります。これを超えるようなら医療機関で相談すべきと考えればいいでしょう。

 片頭痛がある程度重症化すると、一般的な鎮痛剤(医療機関で処方されるものも含めて)はあまり効きません。このようなケースではトリプタン製剤と呼ばれる片頭痛の「特効薬」を用います。これは非常によく効くことがあり、たとえ効果が不十分であったとしても、トリプタン製剤を飲んでから一般的な鎮痛剤を重ねて飲めば非常に効果があります。ですから、ある程度重症の片頭痛の患者さんは「トリプタン製剤を手放せない」と言います。しかし、値段の高いのが難点で1錠900円以上(3割負担であれば約300円)します。残念ながら「いい薬なのは分かっているんだけど高すぎて私には無理です」と話される患者さんもいます。また、かなり重症の人になってくるとトリプタン製剤でも効かないことがあります。(トリプタン製剤については、下記「片頭痛を治そう」を参照ください)

 最近になって、片頭痛の大変すぐれた予防薬が処方できることになりました。これはバルプロ酸ナトリウム(商品名は「デパケン(R)」「セレニカR」など)と呼ばれるもので、元々はてんかんの薬として使われていたものです。現在もてんかんにはすぐれた薬剤ですし、躁病や躁うつ病にも使われることがあります。海外では以前から大変すぐれた片頭痛の予防薬として使われていて、日本でも認可の要望が強く、2011年6月から本格的に処方可能となったという経緯があります(注2)。

 なぜバルプロ酸ナトリウムが効くのか、ですが、元々片頭痛がおこりやすい人というのは脳内の神経細胞が興奮しやすい状態にあると言われています。(実際に、片頭痛が生じているときは脳波に異常がでるという報告もあります) てんかんにも有効なバルプロ酸ナトリウムは脳細胞の興奮をおさえる作用があり、これを一定量血中に保つことによって片頭痛が起こりにくくなるのです。また、たとえ起こったとしてもトリプタン製剤を飲めばすっと効くことが多く、トリプタン製剤単独よりも高い効果が期待できます。また、値段の高いトリプタン製剤に頼らなくても、「バルプロ酸ナトリウムの予防的投与+痛くなったときに一般的な鎮痛剤」で充分コントロールできることもあります。

 片頭痛を放っておくと、一般的な鎮痛薬が効かなくなり薬物乱用頭痛を引き起こすばかりでなく、そのうちにめまい、耳鳴り、肩こり、イライラ、・・・、など他にも様々な症状がでてきます。こうなると、診察のされ方によっては、「単なる不定愁訴」と言われて頭痛薬ではなく精神安定剤を処方される、といったことにもなりかねません。

 程度にもよりますが、市販の鎮痛剤が効かなくなってきたときや量が増えているようなときはかかりつけ医に相談するようにしましょう。特に、先に述べた「治療を希望していないグループ」に入るような人はもう一度ご自身の頭痛についてよく考えてみるのがいいでしょう。

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注1(2016年12月1日追記): このコラムを書いてから群発頭痛で受診する人が増えだし、現在は年に3~4人は「群発頭痛」の診断がついています。

注2(2016年12月1日追記): 現在は、バルプロ酸以外にプロプラノロールという降圧剤が片頭痛の予防薬としてよく使われています。バルプロ酸とプロプラノロールを併用することもあります。また一部のカルシウムブロッカー(ロメリジン塩酸塩)が予防に用いられることもあります。

参考:
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」
トップページ「片頭痛を治そう」

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2013年6月15日 土曜日

第95回 アルツハイマーにどのように向き合うべきか 2011/7/20

「刑事コロンボ」で有名なアメリカの俳優ピーター・フォークが先月(2011年6月)に他界されたことが世界中で大きく報じられました。マスコミの報道をみていると、偉大な俳優を失ったことに対する寂しさやセンチメンタリズムが伝わってきますが、ほとんどのマスコミが、晩年にアルツハイマー病を発症していて自分が「コロンボ」であったこともわからなくなった、ということを強調しているように感じられました。

 アルツハイマー・・・。この病名を聞いたことがないという人はほとんどいないでしょうが、その理由は罹患者の多さよりも、病気に対する恐怖があまりにも大きいからではないでしょうか。

 1968年生まれの私の印象で言えば、アルツハイマーという名称が一躍有名になったのは有吉佐和子の小説『恍惚の人』が映画化され、世間の注目を浴びた頃からではないかと思われます。「恍惚の人」という言葉は私が子供の頃に何度も聞いた記憶があり、たしか流行語にもなっていたと思われます。しかし、wikipediaで調べてみると『恍惚の人』が公開されたのは1973年ですから、少なくとも私は(当時5歳ということになりますから)この映画を映画館で見ていることはなく、テレビで放送しているのを見たのかもしれませんが、特に記憶に残っている映画のシーンというのはありません。けれども、「恍惚の人」という言葉はしっかりと記憶にあり、「恍惚の人=アルツハイマー」という図式が私の頭の中でできあがってしまったのは事実です。

 アルツハイマーに対して多くの人が恐怖を感じるのは、自分で自分のことが分からなくなり、まともな意識があれば大変恥ずかしいと思われる行動や言動を繰り返し、周囲に散々迷惑をかけるからでしょう。実際、私は医師になってから、「お願いやからアルツになったら安楽死させてくれ」と何人もの友人から言われました(注1)。確かに、アルツハイマーが進行すると、暴力的になったり、徘徊して警察のお世話になったり、家中に糞便を撒き散らしたりすることもあります。こうなると、家族の苦労は想像を絶する程にまでなります。ある患者さんは、アルツハイマーが進行した姑の面倒を泣きながらみている自分の母親に同情し、「できることならばあちゃんを殺したい」と漏らしていたことがあります。

 しかし、アルツハイマーは程度も症状も様々で、この患者さんの祖母のように家族が疲労困憊(という生易しいものではありませんが)するケースもあれば、家族の顔やトイレの場所は分からないものの、一日中ベッドに座って四六時中ニコニコしているだけの人もいます。「恍惚」という言葉も、否定的な意味がある一方で、何かに心を奪われてうっとりとしているほのぼのとしたイメージもあるのではないでしょうか。

 さて、アルツハイマーを医学的な観点からみていきましょう。まず、どれくらいの人がかかっているかというと、現在の日本の認知症の患者数はおよそ230万人と言われており、アルツハイマーはその半数と考えられています。ということは約115万人ということになります。割合で言えば、115万人/1億2千万=約1%となります。65歳以上の10%、80歳以上の25%がアルツハイマーになるという統計があり、2050年には日本では65歳以上が40%となると言われていますから、今から40年もたてば、日本の全人口の4%がアルツハイマーを発症していることになります。(これはアルツハイマー型認知症のみで、他の認知症は含まれていないことに注意してください)

 世界全体でみると、アルツハイマー病の罹患者はおよそ2,400万人程度であろうと言われています。この数字を大きいとみるか小さいとみるかですが、世界の人口が約70億人ですから人口の0.4%が有病者ということになり、日本単独でみたときよりも有病率は低くなります。しかし、この数字は今後数十年で確実に増加、しかも極端に増加するのは間違いありません。

 そもそもアルツハイマーに罹患する人が増えるのは社会が高齢化するからであり、アジアやアフリカの平均寿命が50代の途上国であれば、アルツハイマーなどという疾患はほとんど問題になりません。一方、かつては発展途上国と呼ばれていた国も、ここ10~20年の発展がすさまじく、例えばタイや中国では、現在最も問題になっている疾患は糖尿病や高血圧、あるいは悪性腫瘍といった生活習慣病です。かつてのように結核やマラリア、エイズで若い命が失われ長生きできなかった国ではもはやありません。そしてこのような国々ではアルツハイマーの罹患者が確実に増えていきます。

 世界的に高齢化社会が進行すると、悪性腫瘍と同様、間違いなくアルツハイマーは世界規模で増加します。アルツハイマーは悪性腫瘍と異なり、罹患しても生命予後には大きな影響を与えませんから、社会全体でアルツハイマーと向き合っていかなければなりません。アルツハイマーは、21世紀後半の最も身近で最も深刻な疾患になるのではないかと私は考えています。

 いくら厄介な病気であったとしても治癒する病気であれば、さほど心配することはないかもしれません。実際、人類は、結核を克服し、マラリア対策に成功し、エイズにも優れた薬剤を開発しました。これらの疾患にはまだまだ取り組まなければならない課題がたくさんあるのは事実ですが、予防と治療をしっかりおこなえば恐れる病気ではすでになくなっています。

 ところがアルツハイマーは、最近になり新薬が次々と承認され、日本にも合計4つの薬(注2)が揃うことになりましたが、例えば、半年間薬を飲めば完治する結核のように治療ができるわけではありません。重症化することをいくらか遅くすることは期待できますが、何事もなかったかのように”完治”するわけではないのです。

 では、どのように予防すればいいのか、ということですが、結論から言えば、アルツハイマー予防に有効性がきちんと認められているものは現時点ではありません。たしかに、「20代で言語スキルが高いとなりにくい」、「地中海ダイエットがいい」、などといった研究があるのは事実です。なかには「携帯電話がアルツハイマーを予防する」といったものもあります(注3)。しかし、これらの研究は規模がそれほど大きくなく、必ずしも科学的に実証されているわけではないと考えるべきでしょう。

 医学誌『Archives of Neurology』2011年5月9日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、「アルツハイマーに有効な要因や、またリスクとなる要因について明らかなものは現時点ではない」とされています。この研究は、1984~2009年に先進国在住の50歳以上の男女を対象としたアルツハイマーに影響を与える因子を調べた合計18の研究を、2010年に米国立衛生研究所(NIH)が改めて総合的に検討したものをまとめています。

 アルツハイマーの予防効果があると言われている、イチョウ葉エキス(日本でもサプリメントで出回っています)、ビタミンB12、ビタミンE、ω3脂肪酸、βカロチン、果物・野菜の積極的な摂取、などでは有効性が認められなかったそうです。特にイチョウ葉エキスとビタミンEについては、かなりの確証をもって、有効性なし、という結果がでています。

 地中海式ダイエット、葉酸、少量から中量のアルコール摂取、認知活動、身体活動では、たしかにアルツハイマーのリスクを低減させる可能性はあるとされていますが、「充分にエビデンス(科学的確証)をもって」とまでは言えなかったそうです。

 アルツハイマーのリスクになる因子としては、糖尿病、高脂血症、喫煙ですが、これらも充分なエビデンスをもってして、断言することはできないそうです。

 じゃあアルツハイマーを防ぐにはどうすればいいの?、となりますが、常識的に健康的と考えられるライフスタイルが重要であることに変わりはありません。実際、この論文の執筆者であるMartha L. Daviglus博士は、「現在のエビデンスの質が”不充分”でも、運動や血圧コントロール、禁煙を実施し、肥満に注意し、適切な睡眠時間を維持するといった健康的ライフスタイルを守るべきである」、とコメントしています。

 私自身の考えもまったく同じです。少なくとも「認知症になったら安楽死させてくれ・・・」と知り合いの医師に頼むよりははるかに現実的な対策です。

注1:「安楽死」という言葉を使えば内容が柔らかく感じられますが、言いたいのは「認知症になったら殺してくれて」ということです。もしも認知症が原因で命が奪われることがあればこれは「安楽死」ではなく「殺人」です。このあたりをきちんと説明しようと思えば「安楽死」の定義から述べていく必要がありますが、今回はこれ以上の議論はしないでおきます。

注2:アルツハイマーの薬は、日本ではこれまで1999年に承認されたドネペジル塩酸塩(商品名はアリセプト)しかありませんでしたが、最近3種類の新しい薬が承認されました。1つは「メマンチン塩酸塩(商品名はメマリー)」で、アリセプトとは異なるメカニズムで作用するため、アリセプトとの2剤併用も可能となります。2つめは「ガランタミン臭化水素酸塩(商品名レミニール)」で、これはアリセプトと同じ作用機序で効きますが、アリセプトよりもマイルドなためにアリセプトの副作用が強い人には適しているかもしれません。3つめは、「リバスチグミン(商品名イクセロンとリバスタッチパッチ)」で、これは貼り薬です。

注3:「20代で言語スキルが高いとなりにくい」は、医学誌『Neurology』2009年7月8日号(オンライン版)に
「Clinically silent AD, neuronal hypertrophy, and linguistic skills in early life」というタイトルで掲載された論文で紹介されています。
http://www.neurology.org/content/73/9/665.abstract?sid=b605d701-93be-429f-93e4-6a5141e51080

「地中海ダイエットがいい」は、2009年に医学誌『JAMA』に掲載された「Adherence to a Mediterranean Diet, Cognitive Decline, and Risk of Dementia」という論文で紹介されています。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=184384

「携帯電話がアルツハイマーを予防する」は医学誌『Journal of Alzheimer’s Disease』の2010年1月号(オンライン版)に掲載されている「Electromagnetic Field Treatment Protects Against and Reverses Cognitive Impairment in Alzheimer’s Disease Mice」という論文で紹介されています。
http://www.j-alz.com/issues/19/vol19-1.html

尚、出所は省略しますが、これら以外にも「週に10km程度の歩行が予防になる」「勤勉が予防になる」「コーヒーで予防できる」などといった研究もあります。

注4:この論文のタイトルは、「Risk Factors and Preventive Interventions for Alzheimer Disease」です。

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2013年6月15日 土曜日

第94回(2011年6月) 小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー

 お茶石鹸を使っているとまぶたが痒くなるようになった。そしてあるときパンを食べた後急いで出かけたら気分が悪くなって意識がなくなり救急搬送された・・・

 2011年5月、(株)悠香は、重篤なアレルギー症状が多数報告されたことを受けて、ついに自社製品「悠香の石鹸(茶のしずく石鹸)」(以下「茶のしずく石鹸」)の自主回収を始めました。冒頭の症状はこの石鹸を使うことにより生じた症状です(私が直接診察した症例ではありませんが・・)。

 食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(food-dependent exercise-induced anaphylaxis、以下「FDEIA」)という名前のアレルギー疾患は以前から存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも疑い例も含めると年間5~6人は受診されます。この疾患は教科書的には「稀」とされているのですが、軽症例まで含めれば決して稀な疾患ではないと私は感じています。「茶のしずく石鹸」で有名になった小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー(以下WDEIA)も、FDEIAのひとつではありますが、従来型のWDEIAと「茶のしずく石鹸」によるWDEIAとは少しタイプが異なります。

 いろいろ話すとややこしくなりますので、まずはFDEIAについておさらいしておきましょう。

 FDEIAは、特定の食べ物を食べた後に運動をすると、全身にじんましんが出たり気分が悪くなったりめまいがしたりします。重症化すると血圧が大きく下がり意識を失うこともあります。

 「特定の食べ物」で多いのが、成人であれば最も多いのが小麦、次いでエビやカニなどの甲殻類です。小児にも起こりますから、例えば給食でパンを食べて5時間目の体育の時間に発症というのは典型例のひとつです。成人であれば、慌しいなかで朝食のパンを食べて電車に乗り遅れないように駅まで走って行って発症、というパターンがあります。

 ただしこの病気は、小麦を食べただけでは出ませんし、小麦+運動で必ず出るかと言えばそういうわけでもありません。ですから、<純粋な>小麦アレルギーの人であれば、小麦を食べると何もしなくても(そしてそれがごく少量の小麦であったとしても)アレルギー症状が出現して危険な状態になりえますから小麦は<絶対に>食べてはいけませんが、FDEIA(WDEIA)の場合は、運動しなければ食べても症状がでません。患者さんのなかには、小麦(+運動)+寒冷(要するに寒い季節のみ出現する)や、エビ(+運動)+疲労などで発症するという人もいます。コムギ(エビ)+アスピリンなどの鎮痛剤、で症状が出現することもあります。

 じんましんを訴えて受診する患者さんに対し、問診からFDEIAを疑ったときは疑わしい食物に対する抗体(IgE抗体、RASTとも呼ばれます)を測定します。重症例であれば陽性となることが多いのですが、注意すべきは小麦(WDEIA)のときです。通常の(運動に関係ない純粋な)小麦アレルギーであれば「コムギ」もしくは「グルテン」(という小麦に含まれる蛋白質)が陽性となるのですが、WDEIAの場合は、これらが両方とも陰性になることが少なくないのです。この場合は、ω5グリアジンという小麦に含まれる、より小さい蛋白質に対するIgE抗体を調べます。WDEIAであれば絶対にω5グリアジンが陽性となるわけではありませんが、この項目が保険診療で計測できるようになって随分診察がしやすくなったと私は感じています。

 さて、「茶のしずく石鹸」に話を戻しましょう。この石鹸によるWDEIAは、通常のWDEIAとは症状が少し異なります。通常のWDEIAは、<小麦を食べる+運動>の後、皮膚症状が全身に出現するのに対し、この石鹸によるものは、<小麦を食べる+運動>の後、「まぶたが腫れる、顔がかゆくなる」といった顔面に限局した症状が大半で、じんましんや痒みが全身に広がった例はあまり報告されていません。しかも顔面のかゆみや赤みもごく軽度なものもあります。しかし、皮膚症状は顔だけでも一気に意識消失まで進行することもあるのです。

 そして「茶のしずく石鹸」によるWDEIAが通常のWDEIAと異なるもうひとつの点は、先に述べたω5グリアジンが陽性とならないということです。コムギもグルテンも、そしてω5グリアジンもすべて陰性となってしまうことがあるのです。「それじゃあ、なんでその石鹸が犯人だと分かるの? 本当にその人のアナフィラキシーの原因は小麦なの?」という疑問がでてきます。これを証明するのには次の手順が必要になります。まず、「茶のしずく石鹸」を使い出してからWDEIAを示唆する症状が出現していることを確認し、石鹸で使われている「加水分解コムギ」で反応するかどうかを調べる検査をおこないます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAの人は、この「加水分解コムギ」に強く反応し、その後普通のコムギにも反応するようになることが研究で分かっています。一方、通常のWDEIAの人はこの石鹸に使われている「加水分解コムギ」では反応しない(か、反応してもごく軽度な)のです。

 我々の実感としては、このようなきちんとした検査をおこなっておらず確定はできてないけれども、状況から「茶のしずく石鹸」によるWDEIAではないかと疑われる例があり、また、そもそも「茶のしずく石鹸」によるWDEIAなどという疾患は、例えば夜間当直している救急医にとってはなかなか疑えるものではありません(これを「見逃した」とするのはあまりにも酷です)。また、「茶のしずく石鹸」による皮膚のかゆみがすべてWDEIAとなるわけではありません。谷口医院にもこの石鹸が原因と思われる接触蕁麻疹(まぶたが腫れて痒い)の患者さんが過去に何人かおられましたが、WDEIAを強く疑うようなエピソードを有している人はいませんでした。しかし、このような患者さんも、そのうちWDEIAをおこさないとも限りません。ですから、我々医師は、報告されている例よりも実際ははるかに多い症例があるのではないかと感じており、販売中止が望ましいと考えていたわけです。別のところでも述べましたが、厚生労働省が危険性を公表したのは2010年10月で、自主回収したのは2011年5月です。なぜ2010年10月の時点で自主回収されなかったのかという疑問が私には払拭できません。

 「茶のしずく石鹸」によるWDEIAをいったんおこしてしまうと、(加水分解コムギの含まれている)この石鹸は二度と使うことができないのは当然としても、今後小麦を絶対に食べられないのかというと、これは難しい問題です。まず、小麦摂取後の運動は危険ですからやめなければなりません。運動しないときも注意しなければなりませんが、小麦を完全に避けるというのは思いのほか大変です。主治医とよく話し合ってどの程度の小麦制限をすべきかを考えていく必要があります。小麦入り食品の代表は、パンとうどんですが、実際にはほとんどのソバにも含まれていますし、ラーメンやパスタにも入っていますから、麺類はほぼNGということになります。また、カレー、天ぷら、唐揚げ、ハンバーグ、ソーセージなどにも含まれていますから、食事から完全除去するのはかなり困難です。だからこそ、(株)悠香には早期に自主回収してほしかったのです。

 WDEIAの原因となっていた「茶のしずく石鹸」に含まれていた加水分解コムギですは現在流通している石鹸(2010年12月8日以降に販売されたもの)にはすでに含まれていないそうです(しかし、それ以前に販売されたもので使われていないものが現在でも多数あると言われています)。さて、ここでひとつの疑問が出てきます。それは「加水分解コムギ」が使われているスキンケア・ヘアケア製品は他のメーカーからも多数販売されているということです(私が使っているシャンプーにも入っていました)。では、なぜ「悠香の石鹸」にだけアレルギーが発症したのでしょうか。これは推測になりますが、ひとつは、「悠香の石鹸」に含まれていた「加水分解コムギ」は分子量が大きいなど何らかのアレルギーを起こしやすい要因があったということ、もうひとつは石鹸ですから目の周りの敏感な部位をこすることによって「加水分解コムギ」が体内に侵入しやすかったこと、が考えられます。
 
 最後に、診察室でしばしば感じるアレルギーに関する「誤解」について述べておきたいと思います。かぶれや薬疹が疑われる患者さんに対して、「化粧品(や薬)が原因の可能性がありますよ」と言うと、「そんなはずはありません。なぜならもう半年間も使っているからです」と答える人がいます。ですが、通常アレルギーというのは使い続けるうちにでてきます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAも患者さんの多くは数ヶ月から数年間はまったく無症状だったのです。「過去にはなかったから・・・」というのはアレルギーを否定する根拠にはなりません。スギ花粉症でも、「生まれたときから・・・」という人はおらず、たいていは成人してから、なかには80歳を超えてから発症、という人もいるのです。
 
 スキンケア製品が原因のアレルギー疾患というのは、ときに患者さんからも医療者からも疑いにくく、疑っても証明するのがむつかしいのですが、放置すると重症化することもあります。治療もケースバイケースで、小麦などのアレルゲン完全除去が必要な場合もあれば、そうでない場合もあります。症状出現時の対処方法も様々です。ですから、医師と患者さんがよく話し合って必要な検査・治療を適宜おこなっていかなければならないのです。

************

追記(2019年12月19日):その後の経過を報告します。まず、アレルゲンは「茶のしずく石鹸」に含まれる「グルパール19S」であることが判りました。グルパール19Sを含有した「茶のしずく石鹸」は、2004年3月~2010年12月までに約4650万個が約467万人に販売されました。これは日本人の成人女性の12人に1人が使用したことになります。

グルパール19Sによる小麦アレルギーの調査が2012年4月から2014年10月まで行われました。全国270の医療施設を受診した2,111例に確定診断がつきました。グルパール19Sを含むスキンケア製品は「茶のしずく石鹸」以外にもあることが分かりました(参照:医療ニュース2011年11月16日「茶のしずく石鹸」で66人が重症」)。

(株)悠香らを訴える弁護団が全国各地で形成されました。2019年3月29日、大阪府などの20~50代の男女20人が1人当たり1000万~1500万円の損害賠償を求めていた訴訟で、大阪地裁は製造物責任(PL)法に基づき、3社に対し全員に計約4200万円を支払うよう命じました。

参考:特殊型食物アレルギーの診療の手引き2015
毎日新聞2019年3月29日「「茶のしずく」訴訟 3社に賠償命じる判決 大阪地裁」

参考:
アレルギーの検査
医療ニュース
2011年11月16日「「茶のしずく石鹸」で66人が重症」
2011年5月21日「「茶のしずく石鹸」が自主回収」
2010年10月20日「小麦入り化粧品、特に”お茶石鹸”に注意」

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2013年6月15日 土曜日

第93回 てんかんを正しく理解するために 2011/5/20

2011年4月18日午前7時45分頃、栃木県鹿沼市内の国道293号線で、てんかんに罹患している26歳男性がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、集団登校を行っていた小学生の列に突っ込みました。報道によりますと、9歳から11歳の児童6人が全身強打で死亡しました。

 児童6人が死亡、という大きな事故ですからマスコミの取り上げ方もかなり大きかったように思われますが、てんかん患者の自動車事故というのはこれまでもときどき報道されています。

 少し例をあげると、2010年12月、三重県四日市市の踏切で、てんかん患者の男性が乗用車を運転中に意識を失い自転車3台に追突し、踏切内に押し出された男性2人が急行列車にはねられて死亡しています。

 2008年3月には、横浜市の県道で、てんかん患者の男性がトラックを運転中にてんかん発作を起こし対向車線に逸脱し14歳の男子中学生がひかれて死亡しています。この事件では被告は禁固刑の実刑判決がでています。

 つい最近の2011年5月10日にも、広島県福山市の県道で、てんかん患者の男性が軽自動車を運転中に発作を起こし小学生の列に突っ込み児童4人が重軽傷を負っています。

 1~2年に一度くらいの割合で、新聞の片隅にてんかん患者の自動車事故が報道されているような印象が私にはあるのですが、冒頭で述べた事件は被害者が6人もの児童だったこともあり大きく取り上げられたのでしょう。そして、この加害者を糾弾する声が世論から上がっています。

 てんかん患者の運転、と言えば、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を思い出す人が多いのではないでしょうか。これは、筒井氏の小説『無人警察』のなかに、「てんかん患者を差別する内容がある」として、日本てんかん協会が筒井氏と、この小説を国語の教科書に掲載する予定であった角川書店に抗議をおこない、角川書店が筒井氏の同意を得ずに教科書から削除したことに対して、筒井氏が怒りの意思表示として断筆することを宣言した、というものです。

 『無人警察』の舞台は未来社会で、レーダーか何かで人の脳波を遠方から測定することのできる器械が登場します。この器械は、てんかん患者が出す異常脳波を検出することができ、異常波を出している運転者を検知すれば直ちに病院へ収容するきまりになっているとか、そういう内容だったと思います。(私の記憶はうろ覚えです。すみません・・)

 日本てんかん協会が筒井氏に抗議をおこなったのは1993年ですが、当時はてんかんの患者さんやその家族も筒井氏を非難し、筒井氏の自宅には大量の抗議の電話やFAXが寄せられたそうです。たしかに、この小説の解釈の仕方によってはてんかんに対する差別と取れるような箇所があったと思われます。一方、(これもうろ覚えで恐縮ですが)筒井氏は、「自分は差別しているのではなく、てんかん患者は直ちに病院へ収容すべき、といった差別観が世間に存在していることを訴えたかった」というようなコメントをされていたように記憶しています。

 『無人警察』が差別に値するかどうかは各自で考えていただくことにして、話を医学的な観点に戻したいと思います。

 まず押さえておきたいのが、「『無人警察』事件」があった1993年当時、てんかんに罹患している人は車の免許が法的に取得できなかったということです。これは1960年に制定された道路交通法によるもので、第88条に「てんかん患者には第1種および第2種免許を与えない」と規定されています。しかし、実際には、自らがてんかん患者であることを申告せずに、免許を取得している人も少なからずいました。

 こういった事態に対し、「てんかん患者が法を犯して運転免許を取得するなど許せない」という声があったのは事実です。しかし、てんかん発作は幼少時期のみで、すでに発作が起こらなくなってから10年以上経過している人からすれば「なんで運転できないの?」となります。

 てんかんという病は日本だけにあるわけではありませんから、この問題は当然どこの国にも存在していました。参考までに、てんかんの有病率には地域差はなくどこの国でもだいたい人口の1%程度だろうと言われています。日本のてんかん患者は推定100万人とされています。
 
 20世紀の半ば以降、てんかんに有効な治療薬が次々と開発され、うまく薬を使えば発作がかなりの確率で抑えられるようになってきました。そして、発作が2年以上おこらなければ再発は極めて少なく、薬の中止も可能であるということが実証されるようになりました。この流れを受けて、米国では1949年に、イギリスでは1960年に、てんかんを有していても運転免許を取得することが可能となりました。

 しかし日本の対応は遅く、世界各国が道路交通法を改正しているのにもかかわらず、21世紀になっても、日本は、てんかんであるというだけで運転免許を取得できない稀な国のひとつとなってしまったのです。しかし2002年6月、遅ればせながらも日本でも道路交通法が改正され、てんかんがあったとしても一定の条件を満たせば運転免許を取得することができるようになりました。

 「一定の条件」はかなり細かく規定されていますので詳しくは述べませんが、おおまかに言うと、一定期間てんかん発作がなく今後も起こる可能性が極めて少ないようなケースであれば免許取得が可能とされています。しかし、これは「普通免許」であり、「大型免許」や「第二種免許」に対しては現時点では認められていません。冒頭で紹介しました栃木県のケースでは被告はクレーン車を運転していたわけですから弁護の余地がありません。
 
 私は、今回の事件がきっかけとなり、てんかん患者に対する運転免許交付に厳しい条件を付けるよう求める声が上がらないかということを懸念しています。栃木県の事件では、過去にも人身事故を起こして執行猶予中だったことと、クレーン車を運転していたという許しがたい事情があります。一方、良心的な(というかほとんどの)てんかん患者さんは、道路交通法に基づいて免許を取得しているのです。

 今後、てんかんに対する風当たりがきつくなれば、きちんとコントロールできているのに免許が取りにくくなるといったことが起こるかもしれません。あるいは、正式な手続きを経て免許を取得しているのにもかかわらず、てんかんを理由として職場で運転を禁じられるとか、就職そのものが不利になるとか、もっと言えば適当な理由を付けられて解雇に追い込まれる、といったことがおこらないかということを危惧します。

 そのような雰囲気が生じれば、てんかんを持っている人はますます周囲に隠そうと考えるかもしれません。てんかんという病は、現在でも差別がまったくないとは言えないのです。ですから、てんかんであることを職場などで隠している人は依然大勢おられます。しかし、てんかんという病は、周囲にそのことをあらかじめ告げておくよりも隠しておく方が、その人にとってときにデメリットが大きい場合があるのです。
 
 今回の事件を受けて、てんかんの既往を厳格に管理せよ、という意見が出てきています。例えば、診察した医師はそれを保健所に届けて保健所が運転免許の取得状況を確認すれば隠れて免許を取得できなくなるだろう、という考えです。しかし、このようなことが行われればますます偏見が持たれかねませんし、てんかんという診断を付けられるのを避けるために医療機関を受診しなくなる患者さんもでてくるかもしれません。こうなれば患者さんにとっても社会にとっても大きな損失となります。

 てんかんは不治の病ではありませんし他人に感染させるものでもありません。てんかんが理由で差別的な扱いを受けるというようなことは絶対にあってはいけないことです。まずは国民ひとりひとりがてんかんという病気を理解し、自分がてんかんだったら・・、という観点で運転免許について考えるべきだと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第92回 エコノミークラス症候群を防ぐには 2011/4/20

 東日本大震災発生後に度々耳にする病気のひとつに「エコノミークラス症候群」があります。今回は、この病気のメカニズム、治療法、予防法などについて述べていきたいのですが、その前に、一見覚えやすいけれども誤解も招きやすいこの病名についてみていきたいと思います。

 まず、なぜ「エコノミークラス症候群」などという奇をてらったような病名がついたかと言えば、元々は飛行機のエコノミークラスに長時間座ることにより起こりうることから名づけられたからです。しかし、この病名は、「では、ビジネスクラスに座れば起こらないのですね」、というイメージを与えることになりかねません。

 ところが実際は、ビジネスクラスに座ろうがファーストクラスに座ろうが、起こるときは起こります。エコノミークラスに座席を取ることが問題なのではなく、長時間同じ姿勢で座りっぱなしであることに原因があるのです。長時間同じ姿勢で座ることにより、下肢の静脈内に血の塊(かたまり)ができやすくなるのです。この血の塊のことを「血栓(けっせん)」と呼びます。そして、血栓が何らかのきっかけで静脈内を移動し、それが肺の血管につまると、突然呼吸困難に陥り、重症例では死に至ることもあります。これがこの病気のメカニズムです。

 エコノミークラスが必ずしも原因ではありませんから、この病気の名前を「ロングフライト血栓症」、あるいは「旅行者血栓症」という名前に変えようと言われたこともありましたが、どうもそれほど社会に浸透していないようです。依然として「エコノミークラス症候群」という名前の方が知られているのではないでしょうか。

 ではもう少し学術的な呼び方はないのか、と気になるところですが、我々医療者は、下肢の静脈に血栓ができた状態を「深部静脈血栓症」、そして肺の血管に血栓が詰まった状態を「肺血栓塞栓症」と呼んでいます。

 私個人としては「エコノミークラス症候群」といった誤解を与えかねない病名には少し抵抗があるのですが、他の言い方と比べても依然世間に浸透してしまっている命名ですから、こうなればエコノミークラス症候群の病態を、名前だけでなく、その内容を詳しく知ってもらうのが現実的な医療者の使命ではないかと今は考えています。

 東日本大震災の被害者に多発したのは、もちろんエコノミークラスの席に座っていたからではありません。寒さに震え同じ姿勢を維持したことが原因です。現地で調査した医師の報告によりますと、検診に参加した被災者の約3割に深部静脈血栓症が認められた、とするものもありますし、車の中で寝泊りしている被災者だけを対象とした調査では約50%に認められた、とするものもあります。

 被災者が車の中や体育館などで、少ない毛布で寒さに耐えて縮こまって安静にしている姿が想像されますが、体を伸ばしていれば防げるというものでもありません。大きなベッドで上を向いて寝ていたとしても起こるときは起こります。後にも述べますが、手術の後にも深部静脈血栓症は起こりやすいのです。

 では、どのような人に起こりやすいのか、つまりどのようなことがリスクになるのか、をみていきたいと思います。

 エコノミークラス症候群のリスクを挙げていくと、先に述べた術後の他、外傷も要注意です。ケガをして出血すると、止血が必要になりますから体は分子レベルで血を固まらせようとします。傷を負った部位の出血が止まるのはもちろん望ましいことですが、その一方で血が固まりやすくなるためにエコノミークラス症候群のリスクが上昇してしまうというわけです。

 その他のリスクとして、高齢、女性、肥満、高血圧や糖尿病、喫煙、薬などがあげられます。薬については、特に注意しなければならないのは、低用量ピルや更年期障害の治療で用いるエストロゲン製剤です。

 よく低用量ピルを飲んでいる患者さんから、「どうしてタバコがいけないのですか」と聞かれますが、その理由の1つはエコノミークラス症候群のリスクを上昇させるからです。参考までに、「WHOの低用量ピルの使用に関する基準」というものがあり、この分類で「分類4」になると原則として低用量ピルは使えないのですが、その分類4の1つに「35歳以上で1日15本を越える喫煙者」とあります。
 
 こういったリスクはひとつひとつはさほどでなかったとしても、積み重なるとかなりのハイリスクになると考えるべきです。例えば、軽度の肥満があり、薬を飲むほどではないけれども血圧が高く、喫煙している40代の女性は、できる限りピルは避けるべきです。

 さて、女性であること、高齢であること、震災でケガをしてしまったこと、などは自分の力ではどうしようもできないことですし、血圧が高いことも必ずしも本人の責任ではありません。では、リスクのある人がエコノミークラス症候群を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。

 どうしても知っておきたいのは「運動」と「水分摂取」です。

 運動という言葉に抵抗がある人もいるかもしれませんが、心配しなくてもここでいう「運動」とは、ちょっとした歩行やストレッチのことです。例えば、ずっと座りっぱなしという人は、ときどき立ち上がって歩けばいいのです。また、足首を回したり、ふくらはぎを伸ばしたりして下半身の軽いストレッチをおこなうのも効果的です。

 「水分摂取」は文字通りなのですが、女性の場合、これができておらず自覚のない人が意外に多いということを知っておくべきでしょう。一般の尿検査で、「比重」といってどれくらい尿が濃いかを調べる指標があるのですが、この比重の高い女性が男性に比べると非常に多いように私は感じています。患者さんに質問してみると、「水分を摂るのが苦手・・・」「仕事でトイレに行けないので・・・」「足がむくむのがイヤなので・・・」といった答えが返ってくることが多いと言えます。

 被災地なら、清潔なトイレの確保に苦労することもあるでしょうし、夜間に共同トイレに女性ひとりが行くことに危険が伴うこともあるでしょう。しかし、トイレの回数を減らすために水分摂取を控えてしまうと、それだけエコノミークラス症候群のリスクが上がることは知っておかなければなりません。

 運動と水分摂取を心がけることの他に知っておくべきことは、「下肢が腫れてくれば直ちに受診を」ということです。血栓が肺の血管まで飛んでいけばエコノミークラス症候群になるわけですが、下肢の血管内に血栓ができて、血のめぐり(循環)が悪くなると下肢が腫れてくることがあります。(しかし下肢が腫れることなくいきなり肺の血管が詰まることもあります) 太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも「足が腫れた」と言って受診する患者さんのなかにこの状態(深部静脈血栓症)の人がいます。確定診断をつけるにはエコーで血栓の存在を確認するか、血液検査で血が固まりやすくなっていないかを知る指標(D-ダイマー、TATなど)を調べます。

 治療については、軽症では外来で診ることもありますが、下肢の腫れが強いときや、胸痛や呼吸困難があれば入院してもらうことになります。(呼吸困難があれば、エコノミークラス症候群以外の理由でも入院ですが) また下肢の腫れを繰り返すような人には「弾性ストッキング」という深部静脈血栓症を予防することのできる特殊なストッキングを履いてもらうこともあります。

 最後にエコノミークラス症候群をまとめておきましょう。

  1、エコノミークラス症候群は、下肢の静脈内でできた血栓が肺の血管に詰まることで発生し、呼吸困難が起こり死に至ることもある。
 2、飛行機のエコノミークラスに座るからでなく、同じ姿勢をとることがリスクになる。
 3、正式な病名は「肺血栓塞栓症」で、「ロングフライト血栓症」、「旅行者血栓症」といった呼び方もある。
 4、「同じ姿勢」以外のリスクとして、手術後、外傷、高齢、女性、高血圧や糖尿病、薬(特にピル)、脱水、などがある。
 5、予防は、適度な運動と水分摂取。また、ハイリスク者にはあらかじめ「弾性ストッキング」を使用してもらうこともある。
 6、重症例や突然の発症の場合は入院治療が必要になることも多い。

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2013年6月15日 土曜日

第91回 不定愁訴という病 2011/3/20

不定愁訴(ふていしゅうそ)という言葉をご存知でしょうか。

 これは我々医師が医師となり実際に診察を始めると、早かれ遅かれ必ず遭遇する患者さんから聞く訴えであり、そして始めのうちは、どのようにして治療していいかわからずにとまどってしまうものです。

 例をあげたいと思います(注)。

【症例】34歳女性。主婦。1年くらい前より、めまいと頭痛を自覚するようになった。市販の痛み止めを飲んでもそれほど効かないが、家事はなんとかおこなえている。半年くらい前からしびれを自覚するようになった。しびれはそのときによって起こる場所が異なる。2ヶ月くらい前から動悸と胸が圧迫されるような感じをときどき自覚するようになり、最近は息苦しさも感じるようになり受診することとなった。

 この症例に対して、ひとつひとつの訴えに対して検査をしたとしましょう。めまいと頭痛があるから脳のMRIを撮影し、耳鼻科的な平衡機能の検査をおこない、しびれについては頚椎のレントゲンを撮影し、動悸があるから心電図に胸部レントゲン、さらに採血と採尿をおこなったとしましょう。「絶対に」とは言いませんが、このようなケースでは多くの場合、異常所見が見つかりません。このように、患者さんはいろんな訴えを言うのだけれど、検査をしても何も異常がでずに治療が必要でないことが多いものを「不定愁訴」と呼びます。

 不定愁訴の最大の特徴として「症状が多彩である」ということがあげられます。さらにひとつひとつの症状も変化することが多いという特徴があります。例えば、「先週は倦怠感とめまいでしんどくて今週はそれらは少しましになったけど、今度はしびれが出現して、そのしびれは昨日は両腕にでたけど、今日は足にでてきた・・・」、といった感じです。

 入院中の患者さんがこういった不定愁訴を訴えることがしばしばありますから、ほとんどの医師が医師になって比較的早い時期に経験します。そして患者さんは、その症状がいかに苦しいかということを力説します。なんとか患者さんの力になりたいと考えている若い医師(研修医)は悩みます。なにしろ、不定愁訴などというものは医学の教科書にはほとんどでてきませんから臨床経験の浅い医師にとってみれば馴染みがありません。しかし、苦しいと言っている患者さんを放っておくわけにはいきません。かといって検査をしても異常がでず、鎮痛剤を処方することくらいしかできません。そして、多くの場合、どのような薬を処方してもすべての訴えがなくなることはないのです。

 不定愁訴は症状が多彩ですから、患者さんはしばしばドクターショッピングを繰り返します。例えば、動悸がするから循環器内科を受診したけれど異常がないと言われ、次に呼吸器内科を受診した。また異常がないと言われ、耳鼻科、婦人科、脳外科、ペインクリニック、などを受診し、いつのまにか財布のなかは医療機関の診察券だらけになっている、というケースも珍しくありません。

「総合診療」という言葉が次第に知れ渡ってきた数年前から、こういった不定愁訴の患者さんは、総合診療科に集まるようになってきました。例えば、私が大学病院の総合診療科の外来を担当していたとき、1日の患者さんの半数近くが不定愁訴と思われるような日もありました。

 もっとも、患者さんの方は、自分の症状を「不定愁訴」とは思っておらず、「いろんな症状がでてきているから重い病気に違いない。なんとかして正しい診断をつけてもらわなければ・・・」という気持ちを持っています。

 ですから、診察する医師の方が「それは不定愁訴といって治療する必要のないものですから病院に来る必要はありません」などと安易に言ってしまうと、患者さんは納得しませんし、「今度こそ」という思いを抱き、新たな医療機関を探すことになります。私自身は、大学病院の総合診療科でも、太融寺町谷口医院でも、少なくない不定愁訴の患者さんを診てきましたが、患者さんによっては、過去に受診した医療機関の検査データや、これまでの経過を丁寧にワープロで作成したプリントをまとめたファイルを持参することもあります。

 では、我々医師は不定愁訴の患者さんと遭遇したときにどのようにしているのでしょうか。まず、患者さんの訴えから単なる不定愁訴と感じても、安易に決め付けてはいけません。数はそれほど多くありませんが、太融寺町谷口医院の例でみても、「一見、不定愁訴に思われる症例が実は放っておいてはいけない病気であった」というケースがあります。

 例えば、「長引く倦怠感と下痢、発汗が半年前から続いているがこの前の健康診断では異常がないと言われた」と言って受診した30代の男性が結核であったという症例、「4ヶ月前からだるさと微熱としびれがでたり消えたりする」と言って受診した20代の男性がHIVであった症例、「動悸と不眠で困っていて2つの病院にいったけど、どちらも安定剤しか処方してくれなかった」と言う訴えの20代女性が甲状腺機能亢進症であった症例、「むくみとイライラがあり前の病院では生理周期にともなう正常のものと言われたけど納得できない」と言って受診した20代女性が全身性エリテマトーデスという膠原病であった症例、などがありました。これらの症例では、「安易に不定愁訴と決め付けてはいけない」ということを改めて考えさせられました。

 あと注意しておかなければならないのは、女性の不定愁訴のなかには、更年期障害や月経前緊張症候群(PMS)という観点から治療をすべきものがあるということです。私の場合、月経前緊張症候群の患者さんは比較的多数の症例を診ていますが(下記コラムも参照ください)、更年期障害を疑ってそれが重症であれば、更年期障害に力を入れている婦人科クリニックを受診してもらうことがあります。更年期障害に対しておこなう「ホルモン補充療法」は専門医がおこなうべきだからです。

 もうひとつ、比較的早い段階で紹介受診してもらうのは「慢性疲労症候群」を疑ったときです。程度にもよりますが、疲労感が強く仕事を辞めざるを得なくなり日常生活に困難をきたしているような場合は、専門医に紹介することも検討します。

 さて、結核やHIV、甲状腺疾患、更年期障害、慢性疲労症候群などを除外したあとにどうすべきか、ですが、患者さんの話をよく聞くと、強いストレスが影響していたり、精神的な問題があったりする場合がしばしばあり、こういう場合、精神科の受診をすすめることがあり、患者さんが同意すれば紹介状を書きます。

 精神科受診に同意されない場合、あるいは精神科受診までは必要のないような場合は、私が診ることになりますが、患者さんの自宅があまりにも遠い場合は近くのクリニックを受診するよう助言します。不定愁訴の患者さんはすでにドクターショッピングを繰り返していることが多く、電車で何時間もかけて来られるケースがしばしばあります。一度や二度の来院で症状が完全になくなることは期待できず、たいていは何ヶ月もかかることになりますから、自宅が遠いと通院が続かないのです。

 なかなか治療のとっかかりがつかみにくい不定愁訴ですが、それでも何度も通院してもらい、話を聞き、場合によっては漢方薬などで治療を続けると、よくなっていくケースもまあまああります。(再び悪化することもありますが・・・)

 不定愁訴という病は、検査をしても異常がでずに、薬を使っても一気に治ることはほとんどないために、医療者からは歓迎されないことが多いのですが、患者さんの側からみれば苦しんでいるのは事実なわけですから、たとえ劇的な治療効果が出なかったとしても、医療者は根気強く取り組んでいかなければならない疾患ではないかと私は考えています。

参考:はやりの病気第25回(2006年2月)「生理前の様々な苦痛-月経前緊張症候群-」

注:ここでとりあげた症例は、私が診察した複数の患者さんをヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第90回 B型肝炎の訴訟と遺伝子型 2011/2/10

ここ数年間「B型肝炎訴訟」という言葉が頻繁に新聞紙上に登場しています。これは、簡単に言えば、過去に集団予防接種時の注射器の使いまわしが原因でB型肝炎ウイルス(以下HBV)に感染したのは国に責任があるとして、感染者が政府に対し和解金の支払いを求めている訴訟のことです。

 訴訟は東京、大阪、福岡などでもおこなわれていますが、政府は2011年1月28日、札幌地裁が示した和解案を受け入れることを発表しました。これで、集団予防接種+HBV感染があれば、誰でも補償の対象になるのか、と思われましたが、政府は補償には3つの条件を付けています。3つの条件とは、次のとおりです。

①集団予防接種を受けたことを証明しなければならない(母子手帳やBCGなどの接種痕)

②母子感染、父子感染を否定しなければならない

③遺伝子型がAeは補償の対象外とする

 ①については、注射の瘢痕が目立たず母子手帳も失くしていればどうするのだ、という問題があります。自治体によっては予防接種台帳が残っているかもしれませんが、数十年前の記録が必ずしも残されているとは限らないでしょう。ですから感染者によってはこの証明に苦労する人がでてくることが予想されます。

 ②は本人と母親もしくは父親の遺伝子型を調べて、同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す、と言っています。しかし、同じ遺伝子型というだけで、母子(父子)感染と完全に断定するには無理があるように思われます。遺伝子解析を詳しくおこなえばかなりの確率で母子(父子)感染か否かを特定できると思いますが相当のコストが伴います。(なぜ母子感染だけでなく父子感染が起こりうるのかは後述します)

 ③は遺伝子型がAeと判明した時点で、無条件に補償の対象外とされてしまう、ということです。
②と③について詳しく説明していきたいのですが、まずはHBVの遺伝子型についておさらいしておきましょう。

 HBVはその遺伝子の違いから遺伝子型A~Hの8つに分類されます。どの遺伝子型が多いかについては地域により偏りがあります。少し古いですが2006年の献血者のデータ(注1)によりますと、日本で最も多いのが遺伝子型Cで全体の85%を占めます。次いで遺伝子型Bの12%、そして遺伝子型A,Dと続きそれぞれ1.7%、0.4%となります。遺伝子型E~Hは日本での報告はほとんどありません。

 報告によって数字は異なりますが、日本のHBVの遺伝子型はCとBで大半を占めることは間違いありません。ということは、例えば父親の遺伝子型がCで自分もCであった場合、これだけで「感染は父子感染であり予防接種が原因ではない」と言えるのか、という問題が残ります。現在政府が提示している「同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す」というやり方は、かなり乱暴なものであり、予防接種で感染したのにもかかわらず補償から外されてしまう人がでてくるのではないかと私は懸念しています。

 ここで、なぜHBVは父子感染が起こるのかを確認しておきたいと思います。HBVはHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVなどと比べると極めて強い感染力を有しています。HCVやHIVなどは濃厚な性交渉や血液の接触がなければ感染しませんが、HBVは感染の状況によっては、血液や精液・腟分泌液だけではなく、唾液、汗、涙などにも含まれていることがあります。このため、家庭内ではごく普通のスキンシップでさえも父親から子供にHBVが感染することがあるのです。しかし、普通のスキンシップと針を刺す予防接種では感染のリスクが大きく異なりますから、そういう意味でも「単に同じ遺伝子型だから補償外」とするやり方に私は納得できないのです。

 次に遺伝子型Aについて重要なポイントを確認しておきたいと思います。

 まず遺伝子型Aは従来日本ではあまりありませんでした。ところが2000年前後から急激に増えだし、2007年には急性B型肝炎を発症した症例の半分以上が遺伝子型Aとなったとの報告があります(注2)。遺伝子型Aの特徴としては、性感染で感染する割合が高いことと、慢性化しやすいということがあげられます。

 従来日本に多かった遺伝子型BとCは、成人してから感染すれば、急性肝炎を発症し一気に劇症肝炎となり命を落とすこともあります。しかし、慢性化することはあまりありません。一方、遺伝子型Aは成人してから感染しても、1~2割程度はウイルスが消えずに慢性化します。この「慢性化しやすい」という特徴が性感染で広がりやすい理由です。 

 さて、今回政府が発表した補償の対象外とした条件は「遺伝子型がAe」というものです。遺伝子型AはAaとAeに分類されます。Aaはアジア・アフリカ型とも言われ、日本でも少数ながら以前から存在していたタイプで、Aeは従来ヨーロッパに存在していたもので、主に性感染症として2000年前後から一気に日本に入ってきたと言われています。

 補償の条件として政府が遺伝子型を持ち出してくることに私は抵抗があり、それは先に述べた、同じ遺伝子型というだけで母子(父子)感染と断定するのは乱暴すぎる、というのも理由ですが、もうひとつ、遺伝子型を調べる検査代は誰が負担するのか、という問題もあるからです。遺伝子型を調べる検査は保険適用がありませんから、全額自費で検査をしなければなりません(注3)。しかもかなりの高額になります。HBVに感染し苦しんでいる人に対してそんな負担をさせることはおかしくないでしょうか。

 繰り返しますがHBVはHCVやHIVと異なり感染力が極めて強いのが特徴です。今、政府がすべきなのは、補償の対象を少なくすることに躍起になるのではなく、感染者を早期発見し治療を促すこと、そして新たな感染者を生じさせないことです。

 もっとも、政府も感染者の早期発見については重要視しているようで、厚生労働省は2011年2月10日、肝炎対策の基本指針として、「すべての国民に対し肝炎ウイルス検査を受けるよう働きかけることを柱とする」ことを発表しています。

 しかし、現時点では東京と大阪を含む大都市でさえ、HBVの検査を無料で受けることはできません。HBVよりもはるかに感染力の弱いHIVは無料で検査が受けられるのに、です。政府は企業の健康診断にHBVを含めることも推奨していますが、これは企業内で感染者が見つかった場合、(解雇など)不当な差別を受けないか、あるいは秘密が守られるか、という問題が残ります。

 政府が直ちにおこなうべきことは3つあります。

 まず1つめは、集団予防接種で感染した可能性のある人全員に補償をおこなうことです。高いお金をかけて遺伝子型の検索をしたり、裁判で時間とお金を浪費したりするのではなく、可能性のある人には相当の補償をおこない、次の犠牲者を出さないことに目を向けるべきです。

 2つめは、誰もが無料で、さらに希望者には(HIVと同じように)匿名で保健所などでの検査が受けられるようにして、陽性者には医療機関を受診するよう助言をおこなうことです。HBVの治療はHIVと同様、格段に進歩していますから、決して「不治の病」ではありません。

 そしてもう1つは、希望すれば誰でもワクチンを無料接種できるようにすることです。現在WHO(世界保健機関)に加盟している192ヶ国中171ヶ国が生後すぐにすべての子供にワクチンを接種しています。日本はなぜか、ワクチンをうたない残りの21ヶ国に入っているのです。また、成人のワクチン接種率も日本は恐ろしいくらいに低いのです。ワクチンを接種していなかったために、性感染などでHBVに感染し生死をさまよった、あるいはその後の人生が大きく変わってしまった、という人がどれだけ多いかを、国民が、そして政府が知るべきです。

 私が提案するこれら3つのことをおこなえば、それなりにお金がかかるのは事実ですが、HBVは慢性化してしまえば、かなり長期にわたりかなり高価な薬剤が必要になります。さらに肝硬変や肝臓ガンに進行すればさらに莫大な医療費が発生します。直ちにこれら3つの方針をとれば、長期的にみれば結果として医療費削減にもつながるのです。

注1:国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)のウェブサイト内にある「献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度」(http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/319/dj3193.html)から引用しています。

注2:2008年度国立病院機構共同臨床研究にある「B型急性肝炎における遺伝子型別の頻度と年次推移」を参考にしています。

注3:いくらくらいかかるかは医療機関によって異なりますが数万円くらいはするのではないかと思われます。医療機関によっては、患者負担ゼロでおこなっているところもあり、太融寺町谷口医院もこれまで研究費から捻出し患者負担はゼロにしています。(しかし感染者が増加しており今後も患者負担ゼロでおこなえるかどうかは未定です)

参考:
NPO法人GINAウェブサイトより 「本当に怖いB型肝炎」
はやりの病気第43回(2007年3月)「B型肝炎にはワクチンを!」
はやりの病気第8回(2005年5月) 「B型肝炎」
医療ニュース2007年8月22日 「父子間でのB型肝炎ウイルス感染が全体の1割!」
肝炎ワクチンの接種をしよう

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2013年6月15日 土曜日

第89回 こむら返りがおこったら 2011/1/21

 こむら返りを一度も起こしたことがない人というのは、そう多くはないのではないのでしょうか。実際、日々の診察室では、老若男女問わず、患者さんから相談されることがしばしばあります。

 それほどありふれたこむら返りですが、原因は様々です。例えば、10代の水泳選手が練習中に起こすこむら返りと、70代の高齢者が就寝中に起こすこむら返りでは原因が異なるのが普通です。また、一時的なもので何もせずに放っておいていいこむら返りもあれば、速やかに医療機関を受診すべきこむら返りもあります。激痛が生じる場合もあり、ときどき救急車を呼んで夜間に救急病院に来られる患者さんもいます。

 こむら返りの具体的な説明に入る前に、私が以前から疑問に感じ、なおかつ恥ずかしく思っていることを告白しておきたいと思います。それは、私はこむら返りのことを医学部に入学するまでずっと「コブラがえり」だと思っていたということです。医学部に入学すると、(当たり前ですが)先生も学生もみんなが「こむらがえり」と言うので大変驚きました。けれども、これは言い訳に聞こえるでしょうが、たぶん私の田舎(三重県伊賀市)では、コブラがえりと言う人の方が多いのではないかと思います。つまり、コブラがえりは私の田舎の方言だと思うのです。

 話を「こむら返り」に戻しましょう。

 先ほどこむら返りの原因は若い人と高齢者では異なると述べましたが、年齢で分けるよりも「運動時のみに起こるのか、安静時にも起こるのか」で分類すると理解しやすいと思われます。

 まず、運動時になぜこむら返りが起こるかというと、筋肉の疲労や、発汗などによる脱水が原因となって、血液中の電解質のバランスが崩れてしまい、その結果、筋肉を正常に維持できなくなり筋肉が悲鳴を上げて痙攣(けいれん)するというストーリーが考えられます。さらに冷え性があったり、運動不足があったりすると、筋肉が悲鳴を上げやすくなるでしょうからこむら返りが起こりやすくなると思われます。水泳時にこむら返りを経験したことがある人は多いのではないでしょうか。

 しかし、運動時のこむら返りは、概して言えば、誰にでも起こる可能性のあるもので、繰り返さない限りは放っておいても問題ないことが多いと言えます。運動時のこむら返りを防ごうと思えば、まず充分な準備運動(特にストレッチ)をおこない、運動前と(できれば)運動中にも水分をしっかりと摂るのがいいでしょう。水分は、水そのものよりも電解質を適切に含んだものがいいですからスポーツドリンクが理想的です。

 さて、安静時、特に就寝時にこむら返りを起こしやすいという人は注意が必要です。まず、よくあるのが飲酒が原因になっているものです。この場合は、もちろん節酒するのがいいのですが、「お酒を控えてくださいね」と言って「はい分かりました」と答える人はいても、実行に移す人はあまりいませんから、現実的には節酒のアドバイスよりも、私の場合は水分摂取を勧めています。この場合も、水よりもスポーツドリンクがいいのですが、お酒を飲んだ後に甘いスポーツドリンクは飲みにくいですから、果汁100%のフルーツジュースを勧めることがあります。しかし、後で述べるように、こむら返りは糖尿病の人にも起こりやすいですから、私が患者さんに最も勧めているのは寝る前の野菜ジュースです。フルーツも野菜も電解質が豊富ですが、寝る前にはカロリーの取りすぎにも注意すべきですから野菜ジュースが適しているのです。

 就寝時のこむら返りが、汗のよくでる真夏にだけ起こる、あるいは寒くなる真冬にだけ起こるという人もいます。こういった場合、汗をよくかく人には、やはり電解質を含んだ水分(この場合は野菜ジュースだけでなく、低カロリーのスポーツドリンクも有効です)を多く摂ってもらいます。寒い日に起こるという人には就寝時の環境を見直してもらいます。

 水分摂取や環境の見直しをしても、尚もこむら返りが続く場合は、何か病気が潜んでいる可能性を考えるべきでしょう。

 比較的多く、そして早期に対策を取らなければならないのは糖尿病です。運動時だけでなく安静時にもこむら返りを起こすようになってきている場合は、一度は疑ってみるべきでしょう。実際、当院にもこむら返りがひどくなってきたという訴えで受診された患者さんで原因が糖尿病だったという人がときどきいます。そして多くの場合、まさか糖尿病になっているなどとは思ってもみなかった、と言われます。

 若い女性の場合、甲状腺機能低下症が原因ということもあります。この場合、こむら返り以外の症状もみられるのが普通です。例えば、身体が冷えやすい、体温が低い、血圧が低い(これは自覚しにくいですが)、身体がだるい、気分がすぐれない、などという症状があれば一度は疑ってみるべきでしょう。

 高齢者の場合は、腰部脊柱管狭窄症が原因のことがあります。これは腰の神経が圧迫されて起こる病気で、こむら返り以外にも様々な症状がおこります。典型的な例で言えば、歩くと足にしびれがでてきて休むと改善するという症状です。このような症状があれば(こむら返りの有無とは関係なく)早目に医療機関を受診すべきです。

 これまでみてきたように一言でこむら返りと言っても原因は様々です。まずは原因を明らかにしていくことが必要です。上に述べた、糖尿病、甲状腺機能低下症、腰部脊柱管狭窄症の可能性があれば早めに医療機関を受診すべきですし、これらの疾患が疑われなかったとしても安静時に繰り返すこむら返りは何かの病気の前兆かもしれません。

 医療機関を受診する必要がなさそうなときは、自分自身で対処する方法を考えましょう。これも一種のセルフメディケーションです。まずは、水分摂取が充分かどうかを見直してみましょう。特にお酒を飲む人、よく汗をかく人、よく運動をする人は注意が必要です。水分摂取が少ないと考えれば、就寝前に野菜ジュースやスポーツドリンクをコップ1杯程度飲むことをすすめたいと思います。

 次にストレッチをしましょう。右の足先を右手でつかんで右のふくらはぎを伸ばすようにします。このとき、左手でふくらはぎをマッサージしてあげるとより効果的です。同じように左もおこないます。運動前と運動後、就寝前にこれらを是非おこなってみてください。尚、このストレッチは、こむら返りが起こってしまったときにも有効です。ときにこむら返りは大変な痛みを伴いますが、まずは落ち着いてこのストレッチをゆっくりとおこなってみてください。

 こむら返りには薬がないわけではありません。漢方薬に芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)というものがあり、これは効くときはとても効きます。芍薬甘草湯は医療機関で処方されますが、薬局で処方箋なしで買えるものもあるようですので、試してみてもいいかもしれません。

 しかし、多くの症状がそうであるように、「こむら返りを起こしやすいから芍薬甘草湯で対処してればそれでいいや」と考えるのは危険です。先に述べたように、こむら返りは重要な病気のひとつの症状かもしれませんし、薬局で買える薬であっても、もちろん副作用のリスクはあります。特に甘草は副作用でカリウムが下がることがありますから、電解質のバランスが狂ってかえってこむら返りが起こりやすくなった、などということもあるかもしれません。

 さて、こむら返りのお話はだいたいこんなところです。この次あなたにこむら返りが起こったときは慌てずにまずはストレッチをおこなってみてください。そして、医療機関を受診すべきかどうか、ご自身でよく考えてみてください。

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