はやりの病気
2019年12月19日 木曜日
第196回(2019年12月) “遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」
科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない……。
これが”遅延型食物アレルギー”の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。
この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。
ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが…」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。
メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「”遅延型食物アレルギー”というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。
『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。
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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの”病気”を認めているような書き方です。
さらに調べてみると、”遅延型食物アレルギー”という”神話”は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「(”遅延型食物アレルギー”を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。
では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか”信者”を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、”信者”は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は”信者”が増える3つの理由を考えています。
ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の”遅延型食物アレルギー”がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。
・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。
・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。
・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。
・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。
実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと”遅延型食物アレルギー”が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、”遅延型食物アレルギー”の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。
好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して”たまたま”好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。
この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は”遅延型食物アレルギー”だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。
”遅延型食物アレルギー”がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば”遅延型食物アレルギー”と考えるでしょう。
最後に改めて”遅延型食物アレルギー”の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。
こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。
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|2019年11月20日 水曜日
第195回(2019年11月) 本当はもっと多い(かもしれない)腸チフス
数年前から複数のメディアから取材を受けることが多い感染症が「梅毒」です。「梅毒が急増している」と言われ、たしかに統計上もそのようになっています。しかし、実感としてはそんなことはなく「梅毒は昔から珍しくなかった」というのが、私が言い続けているコメントです(例えば、毎日新聞「医療プレミア」「再考 梅毒が「急増している」本当の理由」)。
実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染者は過去13年間で大きな推移はあまりありません。ただし「内訳」は大きく異なっています。オープンした2007年から2014年頃までは、梅毒の診断がつくケースの大半が「他院では治らなかった皮疹」で受診、というケースです。他には「原因不明のリンパ節腫脹」「長引く咽頭痛」などから診断がついたこともありましたが、圧倒的に多いのが皮疹です。なかには大学病院で生検(皮膚の一部を切除する検査)までおこなわれて結局診断がついていないという症例もありました。
一方、最近梅毒の診断がつくのは、保健所などの無料スクリーニング検査で「疑いがある」と言われて谷口医院を受診したというケースです。梅毒は自然治癒もありますし、別の理由で抗菌薬を処方されてしらない間に治っていたということもよくあります。以前、どこかの政治家が「梅毒が増えているのは中国人が持ち込んだからだ」と発言して問題になったことがあります。そのような事実が確認されたわけではありませんし、もしもこのような事実があるなら梅毒以外の性感染症も増えているはずです。梅毒だけが”統計上”増えているのは昔からあったものが見逃されていただけだ、と考える方がずっと自然です。
さて、今回お話したいのは梅毒ではなく「腸チフス」です。この感染症は梅毒より遥かに少ないのは事実ですが、実はそれなりに多いのではないか、というのが、私が考えていることです。その理由を述べる前に腸チフス全体のおさらいをしておきましょう。
腸チフスはチフス菌と呼ばれるグラム陰性桿菌(グラム染色でピンクに染まる長細い菌)で、主に食べ物を介して口から感染します。インドやパキスタンといった南アジアでの感染が最も多く、日本人が現地で感染することも珍しくありません。かつての日本でも猛威を振るい太平洋戦争の頃は年間数万人が罹患していたそうです。その後抗菌薬の普及により90年代にはパラチフス(注1)と合わせて年間100人程度で推移しています。その大半が海外で感染し帰国して発覚というパターンです。
しかし2014年に集団感染が報告されました。医療ニュース2014年10月6日「東京のカレー屋で腸チフスの集団感染」で紹介したように、東京のカレー屋で8人の男女が食中毒症状を訴え、そのなかの6人からチフス菌が検出されたのです。保健所の調査により、最終的には合計18人がこのカレー屋の料理で感染していたことが分かりました(注2)。インドに帰国していた従業員が現地で感染し、日本に戻ってきて調理した生サラダにチフス菌が混入したものと当局は推定しました。尚、当事者のインド人は無症状だったそうです。
この食中毒事件を「稀な事件」と捉えていいでしょうか。私の答えは「否」であり、たとえ海外渡航しなくても日本人にもリスクはあると考えています。したがって、まず自分自身を守らなければならないと判断し、私自身がワクチンを接種しました。といってもこのワクチンは日本では認可されていませんから、タイ渡航時に知人の医師が勤務する医療機関で接種しました。
「日本人にもリスクがあり、実際には感染者数がもっと多い」と私が考える理由を述べていきます。
まずひとつめに「感染しても気付いていない人」がそれなりにいます。実際、件のカレー屋のインド人は自分自身が感染したことに気づいていなかったわけですし、当局のこの調査でさらに無症状病原体保有者が1名確認されています。
次に「感染しても軽症で済む人」がそれなりにいます。軽症の人は医療機関を受診しませんから、感染して軽い症状が出たが自然に治癒した、もしくは症状がとれて保菌者となった、という人がそれなりにいるはずです。
その次に考えられることとして、「それなりの症状が出て医療機関を受診したけれども正確な診断がつかなかった。しかし抗菌薬が処方されて結果的に治った」という例もかなりあると私はみています。これはちょうど冒頭で述べた梅毒と同じで、実際の臨床現場では「とりあえず抗菌薬が処方されて診断がつかぬまま治った」というケースがかなりあるのです。ちなみに、私自身は「安易に抗菌薬を使うな。抗菌薬を処方するのは原因菌が特定されたかまたは強い根拠を持って推測できるときだけにしなければならない」と医療者に対して言い続けています。
まだあります。通常下痢や発熱が生じると患者さんも我々医師も食中毒の可能性を考えますが、下痢が起こらなかったときはどうでしょう。腸チフスは高熱と皮疹が出ても必ずしも下痢が起こるとは限りません。便秘となることもあります。このような状態で食中毒を、さらに腸チフスを疑うことができるでしょうか。
海外渡航歴のない国内発症例はどれくらい報告されているのでしょうか。国立感染症研究所の報告によれば、2013年1月から9月末までの9ヶ月で合計49例の腸チフス報告があり、そのうち18例は明らかな海外渡航歴のない国内感染例です。同研究所によれば、この18人がどのように感染したのかについてはほとんどが不明です。
米国では果物からの感染が報告されています。2010年、国外から輸入されたmamey(日本語では何と呼ぶのでしょう。私は食べたことがありません)の冷凍果肉からの感染がCDCにより報告されています。
こういったことを踏まえると、海外に渡航しない日本人が腸チフスに感染する可能性は決して少なくないと考えるべきです。そして、腸チフスがやっかいなのは(梅毒と異なり)重症化することがあるという事実です。最近は薬剤耐性菌が増えてきており強力な抗菌薬の長期投与を余儀なくされる例も増えてきています。
こう考えるとワクチンをうちたくなる人もでてくるでしょう。実際、谷口医院にも感染症に興味のある患者さんからはそのような要望が寄せられています。私自身がおこなったようにタイでのワクチン接種を勧めているのですが、そんなに簡単に海外には行けないという人もいます。谷口医院は未認可のワクチンを扱わない方針なのですが、あまりにも要望が多いこともあり例外的に腸チフスのワクチンを入荷させることにしました。ただし、輸入には様々な経費がかかることから当然のことながら高くなります。私がタイで接種したワクチンは約500バーツ(約1,500円)でしたが、谷口医院での費用は8,800円になります(注3)。
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注1:腸チフスと似た名前の感染症にパラチフスと発疹チフスがあります。パラチフスは細菌学的に腸チフスと似ています。ただし腸チフスのワクチンは効きません。しかし一般にパラチフスは腸チフスよりも軽症です。発疹チフスは「チフス」の文字が入っていますが、細菌学的に腸チフスやパラチフスとはまったく異なる種類で、リケッチアと呼ばれる病原体が原因です。なぜ、全然違う種類の病原体に同じような名前が付けられたかと言うと、腸チフス、パラチフス、発疹チフスのいずれも似たような発疹を呈するからです。ちなみにこれらの発疹は梅毒のときに生じる皮疹と似ていることがあります。話はまだややこしくなります。腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。
注2:この事件の概要は国立感染症研究所が報告しています。
注3:他のワクチンも驚くほど安いことから、私は海外渡航の多い人にはタイでの接種を勧めることがしばしばあります。例えば、麻疹・風疹・おたふく風邪の三種のワクチンを日本で接種すれば合計16,000円(谷口医院の場合)かかりますが、バンコクのマヒドン大学にある「Thai Travel Clinic」ではわずか227バーツ(約800円)です(2019年11月20日現在)。
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|2019年10月22日 火曜日
第194回(2019年10月) 電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~
米国では電子タバコで死亡者続出、英国では依然推奨されている……。
これが現在の電子タバコに対する世界の実情です。いったい電子タバコは「死に至る危険な物質」なのでしょうか。それとも英国政府の言うような「安全で有効な禁煙ツール」なのでしょうか。電子タバコを使用した死亡者が米国で相次いでいるのは事実であり、因果関係が認められれば従来のタバコ以上に規制しなければなりません。
今回は電子タバコ及び加熱式タバコについての最近の議論をまとめてみたいと思います。前回このテーマに触れたのは2017年8月ですからおよそ2年前になります。そのときのコラムのタイトルは「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」です。当時の各国の状況を簡単に振り返っておきましょう。
英国:禁煙ツールとして推奨。英国保健省が「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表。電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いと主張。
米国:政府は正式な言及をしていないが、「米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与している」とする論文が公開された。
タイ:所持しているだけで逮捕。実際、2017年7月には路上で電子タバコを使用していたスイス人男性が逮捕され6日間留置された。尚、「(iQOSなどの)加熱式タバコは電子タバコと異なる」という理屈は一切通用しないと考えるべき(と私見を述べた)。
カンボジア:タイと同様、所持しているだけで逮捕されるという法律がある(ただし、実際に逮捕されたという情報は入手できず)。
では、その後の2年間の経過をみていきましょう。まずは近いところから。
タイではその後逮捕者が続出しています。”逮捕”といってもほとんどのケースでは賄賂を払えば解放してもらえるはずですが、賄賂などというものに激しく抵抗する人もいます(注1)。私の経験でいえば正論にこだわり融通の利かないのはアメリカ人に多い印象があるのですが、プーケットで逮捕されたのはフランス人の女性でした。
現地の新聞によれば、2019年1月30日、31歳の仏人女性が電子タバコを保持しているという理由でプーケットの警察官に逮捕されました。4人の警官が4万バーツ(約14万円)の賄賂を要求し仏人女性が拒否したところ、女性は警察署に連行され、その後バンコクの刑務所で3泊過ごすことになりました。罰金は827バーツだけでしたが、法定費用や旅費などで8千ユーロ(約100万円)かかったそうです。さらに、出入国管理局は「国外追放」を決めました。当然のことながら「賄賂を要求された」という女性の主張を警察は認めていません。
尚、私の入手した情報によると、バンコクで加熱式タバコ(または電子タバコ)で日本人が警官に”逮捕”されたという話は多数あります。ですが、留置所や刑務所に入った日本人の話は聞いたことがありません。おそらく”賄賂”を渡して解放されているのでしょう。
シンガポールでも動きがありました。現地の新聞によれば、2019年2月より電子タバコ使用者は2千USドル(約24万円)の罰金刑が課せられるようになりました。さらに常習者に対しては最大2万ドル(約240万円)または12ヶ月の禁固刑となるそうです。
シンガポールはときに「明るい北朝鮮」と呼ばれるように、徴兵制度、入国制限などが厳しいことで有名です。一方、その逆にアジアで最も民主化が進んでいる国(地域)として挙げられることが多いのが台湾です。現時点でアジアで同性婚が合法なのは台湾だけです。しかし電子タバコについては、その台湾でも規制は厳しく、税関のサイトによると持ち込みが禁止されています。
どうやらアジアに旅行するときには加熱式及び電子タバコは持って行かない方がよさそうです(どうしても持って行きたい場合はその都度領事館に確認するのがいいでしょう)。
次は米国です。最近よく報道されている米国の電子タバコによる死亡者続出について情報をまとめておきましょう。
2019年9月19日、CDC(米疾病対策センター)は、全米で8人目となる電子タバコが原因の死亡者が生じたことを報告しました(注2)。現地の新聞によれば、電子タバコにより呼吸器疾患を発症した患者は、疑い例も含めると全米38州および1属領で530人に昇ります。そして、マサチューセッツ州では4カ月間の期限付きとはいうものの、全種類の電子タバコの販売を禁止することが決まりました。現地の新聞によると、米国ではミシガン州とニューヨーク州では味のついた電子タバコ(vape flavors)の販売は禁止されていますが、全種の禁止を決定したのはマサチューセッツが初だそうです。
電子タバコや加熱式タバコを有用とする意見は日本を含めてほとんどの国で取り上げられず、(ほぼ)唯一の例外となるのが英国です。先述したように、英国保健省は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。そして、これだけではありません。2015年の報告書には「問題は電子タバコが有害と考える人がいるせいで何百万人もの人が禁煙ができていない(The problem is people increasingly think they are at least as harmful and this may be keeping millions of smokers from quitting.)」と断言しているのです。まるで「喫煙者は禁煙するために全員が電子タバコに替えなさい」と言っているように聞こえます。
さて、その英国当局は2019年2月27日に電子タバコに関する新しい見解を発表しました。そこには「入院している喫煙者に、電子タバコを勧めて禁煙を促すことを検討する(This will include the option for smokers to switch to e-cigarettes while in inpatient settings.)」と記載されています。やはり現時点でも電子タバコを強く推奨しています。
ここで論文を参照してみましょう。医学誌『The Lancet』2016年1月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコと禁煙のメタ分析(E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis)」によれば、「電子タバコで禁煙を試みたグループの禁煙成功率は、電子タバコを使用せずに禁煙に取り組んだグループよりも有意に低かった」という結果が出ています。メタ分析というのはこれまでに世界中で発表された複数の研究を総合的に解析する方法ですからエビデンス(科学的確証度)の高いものと言えます。つまり、高いエビデンスを持って「電子タバコでの禁煙は有効でない」と言っているわけです。
しかし、その逆の結論の研究があります。医学誌『New England of Journal of Medicine』2019年2月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコとニコチン代替療法の比較(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」によると、電子タバコによる禁煙率が18.0%、ニコチン代替療法では9.9%であり、「電子タバコの有用性が有意差を持って高い」と結論されています。ニコチン代替療法というのは日本でも保険診療で実施できる「ニコチン貼付薬」(ニコチネル)や「バレニクリン」(チャンピックス)のことです。そして、この研究の対象となっているのはイギリス人です。ということは、イギリスでは日本でおこなわれている禁煙治療よりも電子タバコを使う方が禁煙成功率が高いという結論が出ているというわけです。
電子タバコについては、どうもイギリスだけが孤立しているような印象があります。今後のイギリスの見解に注目していきたいと思います。現在禁煙を考えている人は、電子タバコを用いるのではなく、保険診療で禁煙治療を実施すべきでしょう。
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注1:念のために補足しておくと、私は「賄賂は当然」とか「賄賂は悪くない」と言っているわけではありません。ですが、私の経験から言ってタイでは賄賂が”日常化”しており、本来の「誠実」とか「正義」といったものとは分けて考えなければなりません。私の経験を紹介しておきましょう。バンコクで知人の日本人の車に乗せてもらっているとき、右折禁止を知らなくてたまたまそこにいた警察官に停められました。知人はパスポートに500バーツ紙幣(当時のレートで約1,500円)を挟み、それを警察官に渡すとものの数秒ですぐに”解放”となりました。知人によれば、「警察官も初めから逮捕するつもりはなく”賄賂”を求めている。この国ではこれで”経済”が回っている」とのことでした。
注2:さらにCDCの2019年10月17日の報告によれば、10月15日の時点で、電子タバコと大麻を蒸気で吸入する製品による肺損傷が全米で1,479件報告されており、33人の死亡が確認されています。
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|2019年9月21日 土曜日
第193回(2019年9月) 過敏性腸症候群に「低FODMAP食」は本当に有効なのか
過去約13年の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の歴史を振り返ると、過敏性腸症候群の患者さんは季節に関わりなくコンスタントに受診されています。薬なしでコントロールできるようになる場合も多いのですが、残念ながら今も薬が手放せないという人もいます。ただ、初診時には「電車に乗れないほど重症」という人も少なくないのですが、治療を受けてもまったく改善しないという人はいません。
谷口医院で実施している”治療”は、まずは「生活習慣の改善」です。過敏性腸症候群の生活習慣というと「食事」と思われがちですが、実は食事だけでは不十分です。患者さんにはそのあたりについて時間をかけて説明していくわけですが、今回取り上げたいのは、2年程前から質問と相談が急増している「低FODMAP食」についてです。
低FODMAP食をどう思うか、低FODMAP食に切り替えてもいいか、低FODMAP食は安全なのか……。こういった質問がよく寄せられます。まずは、最近脚光を浴びているこの低FODMAP食を解説しておきましょう。
低FODMAP食は現在世界中で注目されており、日本のガイドラインでも紹介されています。ただ、現時点では質の高いエビデンス(科学的確証)があるとは言えず、ガイドラインでも”紹介”にとどまっており積極的に推奨されているわけではありません。
低FODMAP食が一躍有名になったのはイギリスのある研究です。ただ、その研究はあまりにもN数が小さい、つまり研究規模が小さく、また効果判定を被験者のアンケートでおこなっており科学的信頼度(つまり「エビデンス」)は高くありません。しかしながら、この論文によって低FODMAP食が注目されるきっかけになったのは事実ですから、まずはこの研究を紹介しておきましょう。
医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2011年5月号に「過敏性腸症候群の患者に対する標準食と低FODMAP食の比較(Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with Irritable bowel syndrome)」という論文が掲載されました。研究内容は下記の通りです。
標準食を摂取した被験者が39人、低FODMAP食を摂取したのは43人です(被験者数が少ないのが残念です)。「症状が改善し満足した」のは低FODMAP食を摂取したグループで76%、標準食は54%です。症状を数値化したスコアでみると、低FODMAP食は86%で改善、標準食は49%です。具体的な症状の改善度をみると、「腹部膨満(bloating)」が改善したのは、低FODMAP食が82%、標準食が49%。「腹痛」は低FODMAP食85%、標準食61%。「鼓張(flatulence)」は低FODMAP食87%、標準食50%で、これらにはいずれも統計学上の有意差があります。
では、低FODMAP食とはどのようなものなのかをみていきましょう。FODMAPとは、Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosac-charides(単糖類)、and Polyols(ポリオール)の略称です(”リズム”と”響き”をよくするために「and」の「a」を加えていることに違和感を覚えるのは私だけでしょうか)。つまりFODMAPとは、①発酵食品、②オリゴ糖、③二糖類、④単糖類、⑤ポリオールの5つの系統の食品のことで、低FODMAP食とは、これらを極力摂取しないようにする食事療法のことです。
患者さんからの質問で最も多いのが「発酵食品は腸にいいってこれまで聞いてたんですけど違うんですか?」というものです。この質問はもっともであり、「腸のなかのいい菌(善玉菌)を増やすことが過敏性腸症候群を含む多くの腸の病気に有効」というのがこれまでの定説ですから、低FODMAP食はそれを覆すことになります。なかには、ネットなどの情報を鵜呑みにし影響を受けて「これまでは積極的に摂っていたヨーグルトと納豆をすでにやめています」と先を急ぐ人もいます。
発酵食品の良し悪しを論じる前に他の4つの項目もみておきましょう。
②オリゴ糖:オリゴ糖の定義としては通常「二糖類以上の糖」となるが、FODMAPの考え方では二糖類を独立させているため(下記③)、三糖類や四糖類のことを指している。キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスなどに含まれているラフィノースが代表。ひよこ豆やレンズ豆もオリゴ糖を豊富に含む。
③二糖類:砂糖の主成分のスクロース、乳糖(=ラクトース)(牛乳に含まれる)、麦芽糖(マルトース)、トレハロース(エビに含まれている)など。
④単糖類:おおまかにいうと甘い物。フルーツや蜂蜜にも含まれる。また単糖類の一種であるフルクトースの重合体「フルクタン」は低FODMAP食で重要視されている。タマネギ、コムギなどに豊富に含まれる。
⑤ポリオール:糖アルコールのこと。低カロリー甘味料として用いられる。
従来、過敏性腸症候群を患ったときに積極的に摂取すべきなのは、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、植物性蛋白質が豊富な大豆製品、様々な野菜、食物繊維、フルーツなどで、避けなければならないのは甘い物(フルーツを除く)、人工甘味料、炭水化物、加工食品などになります。ということは従来の食事と低FODMAP食には共通点と異なる点があり、まとめると次のようになります。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「避けるべき食べ物」:甘い物、砂糖、人工甘味料、炭水化物(特にコムギ)。
〇従来の食事では推奨され低FODMAO食では避けるもの:ヨーグルト、納豆、豆類、食物繊維が豊富な野菜(アスパラガス、キャベツ、タマネギなど)、フルーツ。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「摂るべき食べ物」:特になし
過敏性腸症候群では腸内フローラ(腸内細菌叢)に幅がない、つまり腸内細菌の種類が少ないことが分かっています。またいわゆる善玉菌が少ないことも指摘されています。アフリカやアジアなどに残っている未開社会には過敏性腸症候群が存在しないのは伝統的な発酵食品をよく摂取するからだと言われています。ですから、「現代病」である過敏性腸症候群では、まずプロバイオティクス(善玉菌)を積極的に摂取し、次にプレバイオティクス(善玉菌のエサになる食べ物。代表が食物繊維)を摂りましょう、とされています。一方、低FODMAP食を実践すればこれらの双方が摂れないことになります。
ですが、低FODMAP食を徹底すれば炭水化物、特にコムギを摂らなくなります。過去に何度か紹介したように(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)、コムギを控えると体調がよくなるという人は少なくありません(過去に指摘したように、これはコムギアレルギーや”遅延型アレルギー”ではありません)。また低FODMAP食を徹底すれば甘い物や加工食品が摂れなくなりますから、これは従来の食事療法と共通です。
さて、そろそろ私が考えている結論を話します。低FODMAP食を実践したいという人から相談されれば「興味があるならやってみれば」と助言しています。その際には今ここで述べたようなことを説明するのですが、特に注意して聞いてもらうのは「プロバイオティクス/プレバイオティクスを長期で摂取しなかったときの安全性が不明」ということです。実際の患者さんの声はどうかというと、低FODMAP食に切り替えて調子がいいという人は確かにいます。ですが、よく聞くと、効果が出ているのは単にコムギをやめたからではないのかな、と思えるケースが実はほとんどです。
最後に、谷口医院で最も重要視している過敏性腸症候群に対する生活指導をお伝えしましょう。それは、「有酸素運動」です。実際、ジョギングを始めてからすっかり調子がよくなったと言う患者さんは少なくありません。エビデンスもあり、この研究は過去にも紹介しています(医療ニュース2018年3月2日「有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する」)。ただ、先述の低FODMAP食の研究と同様、規模があまり大きくないのは事実ですが……。
参考:
機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―過敏性腸症候群(IBS)
日本消化器病学会ガイドライン 過敏性腸症候群
はやりの病気
第172回(2017年12月)「「リーキーガット症候群」は存在するか?」
第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」
第117回(2013年5月) 「便秘を治す(後編)」
第116回(2013年4月)「便秘を治す(前編)」
第101回(2012年1月)「増加する炎症性腸疾患」
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|2019年8月20日 火曜日
第192回(2019年8月) 「夜勤」がもたらす病気
それは私が研修医の頃の深夜の救急外来。立て続けに搬送されてきた重症例の治療を終えて一息ついた後、当時50代前半のベテランの内科医の先生と世間話をしていました。患者からもスタッフからも人気があったその先生のことを、私はまだまだその病院で活躍されるだろうと思っていただけに、その言葉は意外でした。
「3月でこの病院を退職して特養(特別養護老人ホーム)で働くことにした……」
この言葉だけなら、私も「まあ、高齢者にも人気のある先生だし、きっとご自身で取り組みたい医療があるのだろう」と思えたわけですが、転職の理由が「もう夜勤はできない」だったのです。正直に言うと私は少し寂しい気持ちになりました。私はその先生から救急の”心得”のようなものをいくつも学んでいたからです。そして、このときに思ったのが「自分は(この先生とは違って)いくつになっても<夜勤はできない>などとは言わないぞ!」ということでした。
それから数年たったある日、その頃にはすでに太融寺町谷口医院を開業していたわけですが、ふとその先生の言葉が蘇りました。その日の前日の午後10時から明け方まで、大阪市の夜間救急診療所で外来をしていました。終了後2時間ほど仮眠をとって、谷口医院の外来を開始したところ、いつものように頭が回転しないことに気づきました。身体も重く椅子から立ち上がるのにワンテンポ遅れます。身体がついてこず、脳のキレも悪くなっているのです。それを自覚した瞬間、一気に疲労感に襲われました。
私が初めて”老化”を感じたのがその日でした。それでもまだしばらくの間は、深夜の救急外来をやってもなんとか翌日の仕事をこなせていましたが、次第にその夜勤を億劫に感じてしまっていることに気づきました。それまでも「歳をとると夜勤が辛い」という話はいろんな医師や看護師から繰り返し聞いていましたが、「自分は大丈夫」と何の根拠もない自信がありました。しかし、いつしか「先輩たちは正しかったんだ…」と認識するようになりました。そして、冒頭で紹介した50代前半まで救急外来で活躍されていた先生に対し「寂しい」気持ちになった自分を恥じ、そして今も現役で深夜の救急や、夜勤をされている医療者に対する敬意がでてきました。
ですが、「頑張っている先生や看護師もいるんだから自分も身体にムチを打ってでも深夜に働くんだ」と言う気持ちにはもはやなれませんでした。医療の現場では深夜に働く医療者は絶対に必要なわけですが、これは若い者が担うべきではないか、というのが私の考えです。無責任な理屈であるという非難の声があるでしょうが、仕事には「適正」を考えるべきです。ある程度年をとった者は、深夜勤務という強烈に体力を奪う仕事は可能な限り避けるべきです。そして、これはもちろん医療職に限ってではなく、すべての仕事について言えることです。
私のこの意見は「しんどい仕事は体力のない中高年には向かない」ということだけではありません。しんどくても休めば回復するならそう問題はないでしょう。問題は「中高年の夜勤はいくつもの病気のリスクを増やし寿命も縮める」ことです。まずはこういったことを社会に周知してもらい、社会全体で中高年の夜勤を減らすことを考えていくべきだと思います。
中高年の夜勤やシフト勤務がいくつかの疾患のリスクになるという研究はこのサイトですでに何度か紹介しています。今回はまだ紹介していないものも取り上げ、深夜勤務のリスクの総復習をしたいと思います。
まずは少し古い研究から紹介しましょう。2001年に発表されたこの研究は世界中の、特に医療者に注目されました。研究の対象が女性看護師であり、結果は「シフト勤務は乳がんのリスクを上昇させる」だったからです。この研究は医学誌『Journal of the National Cancer Institute』2001年10月17日号(オンライン版)に「看護師健康調査からわかったシフト勤務と乳がんのリスク(Rotating Night Shifts and Risk of Breast Cancer in Women Participating in the Nurses’ Health Study)」というタイトルで紹介されています。
この研究のエビデンスレベルが高い(信用度が高い)のは、「Nurses’ Health Study」という信頼度の高い健康調査のデータが解析されているからです。回答しているのがきっちりと労務管理されている看護師であり、しかも対象者は78,562人、調査期間は10年間の前向き研究(注1)です。
結果は、「1~29年間、夜勤のシフト勤務をしていた看護師は、していない看護師に比べて乳がんのリスクが1.08倍上昇する」です。シフト勤務が長くなればそれだけリスクも上昇するようで、30年間以上夜勤をしていた女性のリスクは1.36倍になることが分かりました。もちろん、夜勤をすれば必ず乳がんになるわけではないので、他の乳がんのリスク、例えば喫煙、肥満、低用量ピルの使用などを考慮し、さらに定期的な乳がん検診を実施しながら夜勤をすることはかまわないとは思いますが、リスクが上昇すること自体は知っておくべきでしょう。
他の研究もみてみましょう。疾患で言えば、夜勤をするシフト勤務は心筋梗塞などの心疾患のリスクが上昇するという研究があります。また、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクも増加するという研究もあります。夜勤をすると肥満になりやすい、とする研究もあれば、夜勤明けは交通事故を起こしやすいとする報告もあります。
ここで太融寺町谷口医院の患者さんのデータを紹介しましょう、と言いたいところですが、残念ながら(私が億劫なこともあり)そういったデータをまとめる作業をする気になれません。なぜなら、日ごろ患者さんを診ている私の経験から、夜勤をやめれば健康的になっていくのは自明であり、わざわざ数字を出さなくてもいいと思えるからです。
体重過多の人は体重を落とすことに成功し、肌の調子がよくなり、月経不順が改善します。乳がんのリスクが下がったかどうかは検証していませんが、健診のデータ(中性脂肪や血糖値)は多くの例で改善しています。それに、精神状態が良くなり、見た目が若くなります。つまり、夜勤を止めればいいことばかりなのです!
主に経済的な事情から中高年になってから夜勤をせざるを得ない人もいます。また、人手不足から深夜も働かざるを得ないという人も少なからずいます。職種で言えば目立つのが介護職の人たちです。看護師の場合も、病院勤務なら通常は夜勤がありますし、診療所勤務の場合でも訪問看護をやっていれば深夜に電話がかかってくることがあります。
医療者から「夜勤がしんどい」という話を聞くと、現在夜勤から離れている私は申し訳ない気持ちになるのですが、先述したように、だからといって「自分も再び深夜に働く」とは言えません。ですが、私の場合40歳になるまでは深夜勤務にほとんど疲れを感じませんでしたし、夜間の救急外来は様々な”ドラマ”がありますし、それに夜間の仕事は給与が高い!のです。実際、私の年収が最も高かったのは谷口医院を開業する前の一年間で、このときは週に3~5回は深夜も働いていました。その年の年収はちょっとここには書きにくいほど高いものでした(開業してからは一気に収入が減りました)。
社会全体で深夜勤務のリスクを認識し、体力のある若者に働いてもらい充分な給与を支払う。一方、中高齢者は深夜勤務を避けることで様々な病気のリスクが減り、元気に長生きできる。すると、社会としては医療費が抑制できる。若者は深夜の世界で社会を学ぶ。いいことばかりではありませんか! こういうことを言い訳にして私自身は今も深夜勤務から遠のいています……。
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|2019年7月19日 金曜日
第191回(2019年7月) 複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」
他のアレルギー疾患に比べると、食物アレルギーは患者数が増え、またどんどんと複雑化してきています。喘息は吸入薬の普及でもはやほぼ完全にコントロールできるようになり、夜間に救急車を呼ばなければならないようなケースは激減しています。アトピー性皮膚炎は、タクロリムスの普及などでかつてのようなステロイドを繰り返し塗らなければならない例が大きく減っています。スギ花粉症やダニアレルギーは大勢の人が罹患していますが、舌下免疫療法の普及で「すでに治った」という人も増えてきています。
一方、食物アレルギーは増加の一途を辿っているだけでなく、重症例も少なくなく(注1)、また「食べられないものがどんどん増えていく」という悲鳴も聞かれます。先日、あるLCCの客室乗務員から「搭乗拒否」を告げられたイチゴアレルギーのイギリス人女性について紹介しました(医療ニュース:2019年6月30日「イチゴアレルギーで搭乗拒否」)。このケースでは航空会社の対応に問題がありますが、実際に「乗ってはいけない」場合もあります。
例えば、谷口医院では過去に「新鮮な海鮮料理が毎晩ふるまわれる数日間のクルージングに参加したい」という重症のアニサキスアレルギーの患者さんに「許可できない」と伝えたことがあります。この女性は「なにかあればエピペン(食物アレルギーが重症化したときの治療薬)を自己注射するからどうしても参加したい」となかなか譲らなかったのですが、重症化すればエピペンを注射すればOKというほど単純なものではありません。エピペンという注射は使用後に直ちに救急車を呼び、しばらくの間は病院で経過をみなければならないのです。海上で重症化すれば病院までの搬送にはヘリコプターを要請しなければなりません。
増えている食物アレルギーとしてまず筆頭に上がるのが今紹介したアニサキスアレルギーです。「診断がついてないだけで昔から少なくなかった」という意見もあるのですが、私の印象で言えば重症化する例が増えてきています。このアレルギーは、重症化すればほとんどの魚介類が煮ても焼いても食べられなくなってしまいますので、可能な限り回避したいものです。
個人的な考えですが、アニサキスアレルギーを防ぐにはアニサキス症の予防と胃炎の治療をしておくべきです。これについては、過去に毎日新聞の「医療プレミア」で書いたことがあるのでそちらを参照してほしいのですが、結論だけを言っておくと「生きたアニサキスが寄生している可能性のある食べ物を極力避ける」と「胃炎があるときは特に注意する」という方法で、実際私はきずしなど可能性のあるものは極力食べないようにしています。
増えているアレルギーとして次に取り上げたいのが「ナッツアレルギー」です。このアレルギーが興味深いのは、ピーナッツやアーモンドなど1つだけがダメという人もれば、複数のナッツ類がダメという人もいることで、私が診てきた範囲でいえば一切の「法則性」がありません。例えば、カシューナッツが食べられない人のなかにもピーナッツはOKという人もNGという人もいます。ヘーゼルナッツもまた同様に、という感じです。ですから、これまでのエピソードをしっかりと問診して必要な検査を適宜おこない、今後どのナッツを食べるかを検討することになります。
尚、ピーナッツアレルギーは従来の考えと異なり、現在では「母親は妊娠中にナッツを積極的に食べるべきで、出生後は、早期に積極的にナッツを食べさせた方がアレルギーを起こしにくい」ことが分かっています(参照:医療ニュース2015年6月29日「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」)。
ピーナッツアレルギーは重症化することが多く、なんとキスだけで死亡した例もあります。2005年、カナダの15歳の少女がボーイフレンドにキスしたことでアナフィラキシーショックを起こし他界しました。ボーイフレンドは直前にピーナッツバタースナック(peanut butter snack)を食べていたそうです。この事故を報道した「Chicago Tribune」によると、全米では毎年50~100人がピーナッツアレルギーで死亡しているそうです。
この記事にはもうひとつ興味深いことが書かれています。それは、ピーナッツアレルギーが増加している理由として、ピーナッツオイルを含むベビークリームやローションが原因の可能性を指摘していることです。
ここでピンときた人もいると思いますが、これはまさに我が国で社会問題となった「茶のしずく石鹸」が原因のコムギアレルギーと同じメカニズムです。「茶のしずく」が問題となったのは 2010年頃ですから、その5年前から似たような事象が海外で起こっていたということになります。
このサイトで繰り返し指摘してきているように、これらは「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」で説明することができます。イラストにあるように、食べ物が皮膚から侵入するとアレルギーが成立し、その後は食べると様々な症状が発症するという「仮説」です。
この「仮説」で説明できるこれまで本サイトで紹介してきた食物アレルギーは、コムギ以外には、魚(パルブミンやコラーゲン)、カンパリなどのコチニール、ビール、ココナッツ、牛肉やカレイ(ダニ及び一部の薬)、サーファーの納豆アレルギー(クラゲ)などがあります。ピーナッツも、唇や口の周りがあれているときにピーナッツバターが付着したというストーリーが考えられます。最近、オート麦のアレルギーが増えていて、これもオート麦エキス配合のスキンケア製品が原因ではないか、と私は疑っています。
ラテックスフルーツ症候群という疾患があり、風船や医療用グローブなどのラテックス製品にアレルギーがあると、キウイやアボカドなどの食物アレルギーが合併します。私の経験上、この疾患はアトピー性皮膚炎とよく合併します。これはすなわち、ラテックスの成分が炎症のある部位に侵入しラテックスアレルギーとなり、ラテックスとかたちが似ているキウイやアボカドにもアレルギーが生じたと考えられるのですが、その逆もありえます。つまり手荒れなどがあり、その手でキウイの皮をむいてキウイエキスが皮膚から、あるいは口内炎などがある部位から侵入したというストーリーです。
近年急速に増えているアレルギー疾患にPFAS(花粉食物アレルギー症候群)があります。目立つのが、ハンノキやシラカンバといった樹木の花粉症があると、様々な野菜や果物の食物アレルギーが起こる現象です。詳しくは過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」をみてもらいたいのですが、これを起こすと実に多くの食べ物が食べられなくなってしまいます。特に目立つのが、リンゴやモモ、ナシ、ビワといったバラ科のフルーツが食べられなくなるケースです。
2019年6月、東京都大田区のビワを食べた11人の児童が救急搬送されたことが報道されました。この原因として私は、児童たちはハンノキやシラカンバといった樹木のアレルギーがありすでにPFASが成立していたのではないか、と考えています。実際、各公園の樹木を紹介している「公園情報センター」によれば、大田区の公園にはハンノキやシラカンバが植えられています。では、なぜ児童たちは樹木のアレルギーになったのか。まったくの推測ですが、風邪を引いて鼻粘膜や咽頭に炎症があり、そこから樹木の花粉が侵入したのではないでしょうか。
先述したように、私は、アニサキスアレルギーはアニサキスが(生きていても死んでいても)胃粘膜の炎症部位に触れて発症する可能性を考えています。胃粘膜の炎症部位からアレルゲン(死んだアニサキス)が侵入するなら、鼻粘膜や咽頭粘膜の炎症部位からアレルゲン(花粉)が侵入する可能性もあると思います。
つまり、私の「仮説」は、皮膚だけでなく、「鼻粘膜、咽頭、胃粘膜などにも炎症があればそこから食物もしくは花粉が侵入しアレルギーが成立する」というものです。突拍子もない考えかもしれませんが、可能性はあるのではないでしょうか。だとすると、すでにコンセンサスが得られている「食物アレルギーを回避するためにスキンケアをしっかりおこない湿疹を予防しましょう」という考えに加え、「風邪をひかないようにしましょう」「胃炎を起こさないようにしましょう」ということが言えます。
食物アレルギーはいったん起こすと、治らないことが多く、治る場合もかなり時間がかかります。エビデンスはありませんが、湿疹だけでなく日ごろから体調管理に気を使うべきだというのが私の考えです。
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注1:他界された症例として、2012年に東京都調布市の小学5年生の女子生徒がチーズ入りのチジミを食べてアナフィラキシーを起こしたことは記憶に新しいと言えるでしょう。日本では1988年に札幌の小学6年生の男子生徒が給食のソバを食べて下校時にアナフィラキシーが生じ他界した例もあります。
参考:はやりの病気
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月)「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」
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|2019年6月13日 木曜日
第190回(2019年6月) 誤解だらけの膀胱炎の治療
太融寺町谷口医院はオープンした2007年から「どのような症状やどのような悩みでもお話ください」と言い続けています。もちろんどんな治療でもできるわけではなく、診断がつかなかったケースや入院や手術などが必要な症例は病院や専門クリニックに紹介しています。どれくらいの患者さんを紹介しているかというと、2018年を例にとると、1年間での総受診者数が15,080人、入院・手術・専門医の診察が必要で紹介したのがそのうち137人、「紹介率」は0.9%となります。
では99.1%の患者さんにどのような治療をしているのかというと、原則として、どの疾患もガイドラインに従った治療をおこなっています。ガイドラインが存在しない疾患も多々ありますが、その場合も「エビデンスのある標準的な治療」を基本としています。つまり「独自の検査・治療」は原則としておこなっていません。
ただし「膀胱炎」は例外になると言えるかもしれません。といっても、私は膀胱炎に対して奇をてらった治療をおこなっているわけではなく、私の診断法及び治療法を感染症科の専門医、もしくは感染症に詳しい医師に話すと、ほぼ全員が同意してくれます。あえて喧嘩をふっかけるようなことはしたくありませんが、膀胱炎の治療についてはガイドラインの方が”過剰”なのです。
実は、このことは毎日新聞の「医療プレミア」で指摘したこと(注1)があり、読者の方からの反響もそれなりにありました。その頃はまだ「医療プレミア」はまだ月に5本までは無料で読めていたのですが、現在は1本読むのも有料化されてしまっています。そこで、今回はそのときに述べたことを簡単にまとめてみたいと思います。
まず、膀胱炎の前提として、原因のほとんどは細菌感染です。そして、次の2つが細菌感染の治療の原則です。
#1 細菌の種類を特定(または推定)し、重症度を判定する
#2 細菌の種類と重症度から抗菌薬の種類と投与量を決める
ときどき「膀胱炎になったから抗生剤をください」とか、もっとひどい場合は「膀胱炎です。クラビットを5日分ください」という患者さんがいますが、そもそも膀胱炎かどうかは少なくとも尿を調べないと分かりませんし、細菌性膀胱炎が確定した場合も、上記の原則に従って抗菌薬を検討しなければなりません。
今私は、「もっとひどい場合」とあえて失礼な言葉を使いましたが、このようなことを言い出す患者さんだけがおかしいのかといえば実はそうではありません。この患者さんの要望は、感染症の原理原則から完全に逸脱していますが、実はガイドラインに似たようなことが書いてあるのです。
膀胱炎について書かれた日本のガイドラインとしてはいくつかあり、ここでは「医療プレミア」でも引き合いに出した日本化学療法学会のガイドラインと標準医療情報センターのガイドライン、さらに日本産科婦人科学会のガイドラインを見てみたいと思います。
どのガイドラインにも共通しているのは、抗菌薬にニューキノロン系と第3世代セフェム系(注2)が推奨されていることです。これらの2つには共に小さくない問題があります。ここではニューキノロンの問題をみていきます。
まず、ニューキノロンというのは極めて強力な抗菌薬で安易に使ってはいけないものです。海外では、これらを使い過ぎた結果、薬剤耐性菌が多量に出現したことを反省し、現在はニューキノロンの使用は最重症例に限る方向にあります。英国ではニューキノロンの使用を控えることで耐性菌が減少したという報告もあります。
米国泌尿器学会の提言では「合併症のない女性の膀胱炎に、安易にニューキノロンを使ってはいけない」とされています。「合併症」というのは、悪性腫瘍や未治療のHIV、重症の糖尿病といった「重症の病気」です。つまり、そういった重症の病気がない日ごろは健康な女性にニューキノロンは簡単に使ってはいけません、と警告しているわけです。
これを受けて(かどうかは分かりませんが)日本化学療法学会のガイドラインにも「ニューキノロンは安易に使わない」と確かに書かれています。ですが、推奨する具体的な抗菌薬としてニューキノロンが書かれているのです! 問題はまだあります。ニューキノロンはそれだけ”強力な”抗菌薬(注3)ですから費用も高いのです。なかには1日あたり400円以上するものもあります。
太融寺町谷口医院の診断と治療の話をしましょう。治療の話で言えば1日あたり数十円ですみます。これはペニシリン系、もしくは第一世代セフェム系を中心としているからです。もちろん安いという理由だけでこれらを処方しているわけではありません。先述した#1のように正確に診断することが不可欠です。
そして、正確に診断するにはグラム染色をおこなえばいいのです。これにより細菌が大腸菌を代表とするグラム陰性桿菌なのか、ブドウ球菌などのグラム陽性球菌かが分かります。グラム染色の費用は3割負担で660円ほどです。しかも10分程度で結果が出ますし(当院を受診されたことのある方はお分かりだと思いますが)細菌と炎症細胞の様子をモニタで見てもらうことができます。
つまり、単純な膀胱炎なら、グラム染色で原因の細菌と炎症の程度が簡単に分かり、そこから適切な抗菌薬の種類と量が簡単に推測できるわけです。これでほぼ100%治ります。発熱や背部痛などがあり重症化している場合はニューキノロンや点滴の抗菌薬を用いることもありますが、基本的には下腹部痛や残尿感だけならニューキノロンは不要です。要するに、日本のガイドラインが”過剰”なのです。私が考える膀胱炎の治療の1つめの「誤解」が「日本のガイドラインに従わねばならない」です。
ちなみに、このグラム染色という方法は風邪(急性上気道炎)のときの抗菌薬の必要性を検討するときにも極めて有用ですし、怪我で皮膚に傷ができたときにもどのような細菌が感染したかを知る上で極めて便利です。私は医師になってから、このグラム染色の有用性を主張し続けています。ほとんどすべての医師が「それは有用だ」と同意はしてくれますが、残念ながらどこの医療機関でも実施しているわけではありません。その最大の理由はちょっと手間がかかる(といっても10分程度ですが)割に、保険点数が少ない(だから安い)からではないかと疑いたくなってきます。
2つめの膀胱炎の治療に対する「誤解」は「薬局に相談する」です。私は常々、困ったことがあればいつでも相談してくださいと言っていますが、それと同時に、セルフメディケーションも勧めています。つまり、病院でなく薬局で相談するということも推奨しているのです。しかし、こと膀胱炎に関してはそのせいで重症化してしまうことがよくあります。巷には「ボーコ・・・」といったいかにも膀胱炎に効きそうな市販薬がありますが、これらは抗菌薬ではありません。こういった薬を飲んで医療機関受診が遅れて膀胱炎が重症化してしまうケースは決して少なくありません。この点は薬剤師に対し文句を言いたいところです。
では今回のまとめです。
・膀胱炎のほとんどは細菌感染であり抗菌薬で治療する。したがって、薬局でなくかかりつけ医に相談する。(これを読んでいるあなたが薬局勤務の薬剤師なら、よほどの自信をもって細菌性が否定できなければ直ちに医療機関受診を勧めてください)
・膀胱炎が疑われれば、まずは細菌の種類と量を調べなければならない。
・細菌の種類と量を調べるには尿のグラム染色が最も有用。すぐに分かり、費用も安い。
・細菌の種類と量が分かれば適切な抗菌薬の種類と量が決められる。発熱や背部痛がなければほぼ100%安い抗菌薬で治療することができる。
・単純な膀胱炎で、日本のガイドラインで推奨されているニューキノロン(及び第3世代セフェム)が必要になることはほとんどない。
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注1:3週連続で下記のコラムを書いています。
2017年9月10日「日米でこんなに違う 膀胱炎の治療方針」
2017年9月17日「膀胱炎は”研修医レベル”の治療でOK?!」
2017年9月24日「膀胱炎治療にサプリや漢方がNGの理由」
注2:以前から「なぜ海外ではほとんど用いられない第3世代セフェムの内服抗菌薬が日本では多用されるのか」は多くの識者が指摘しています。私は「医療プレミア」(「第3世代セフェムはなぜ「乱発」されるのか」)で書いたことがあります。はっきり言うと、第3世代セフェムの内服抗菌薬はほとんど用がなくて、最近では一切の処方をやめる医療機関が増えてきています。
注3:ニューキノロン系の抗菌薬の代表が、クラビット、タリビット、シプロキサン、オゼックス、グレースビット、スオード、アベロックス、ジェニナックなど(すべて先発の商品名)です。
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|2019年5月22日 水曜日
第189回(2019年5月) 麻薬中毒者が急増する!
ここ数年、私はことあるごとに「日本で麻薬中毒患者が急増する」と言い続けています。今のところ、私に賛同してくれる人は(医療者も含めて)ほとんどいませんし、私自身も自分の予想が外れてほしいと思っていますが、年々不安の程度が強くなってきています。
まずは症例を紹介しましょう。初診の患者さんと私の会話で、最近こういう展開になることが増えてきています(似たような症例が多数あります)。
医師(私):他の医療機関でかかっていますか?
患者さん:はい。腰痛(首の痛み、膝の痛み、関節痛、頭痛なども)で近所のクリニック(病院)にかかっています。
医師(私):そちらで処方されている薬はありますか?
患者さん:あります。トラマール(ワントラム/トラムセット)です。
医師(私):どれくらい長いこと飲んでいるのですか?
患者さん:もうすぐ半年になります。
医師(私):そんなに長いこと飲んでもいいと言われているんですか?
患者さん:はい。特に期間についての説明は受けていません。
医師(私):副作用やその他注意点については何か聞いていますか。
患者さん:「よく効く薬だ」とは効いていますが、特に注意することは聞いていなかったと思います。
トラマール・ワントラム・トラムセットという商品名の鎮痛薬はオピオイド系の麻薬であり、ヘロインやモルヒネと同じようなものです。副作用のみならず、依存性があることはしっかりと理解しなければならないのですが、その説明をきちんと聞かれていない患者さんが非常に多いのです。
先に誤解を避けるために言っておくと、私は麻薬の鎮痛薬を全否定しているわけではありません。がんの末期にはなくてはならない薬剤であり、私自身も在宅医療の研修を受けているときには麻薬の高い効果を実感し、適切に使えば副作用や依存性を恐れる必要がないことがよく分かりました。しかし、末期がんの患者さんはそう遠くない時期に亡くなられます。
一方、「症例」の患者さんのように腰痛や関節痛、頭痛の患者さんはそういうわけではなく、最近は20代の患者さんが飲んでいることも珍しくなくなってきました。こういう若い患者さんたちはいつまでこれらを飲み続けるのでしょう。
ここで添付文書を見てみましょう。これら3つの薬(トラマール・ワントラム・トラムセット)の添付文書をみると、ほとんど一字一句違いなく次の文言が記載されています。順番にみていきましょう。
連用により薬物依存を生じることがあるので、観察を十分に行い、慎重に投与すること。
長期使用時に、耐性、精神的依存及び身体的依存が生じることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には本剤の投与を中止すること。
驚くべきことに、最も重要なこの「依存性」について、きちんと説明を受けてから処方されたという患者さんを私はほとんど知りません。添付文書を続けます。
薬物乱用又は薬物依存傾向のある患者では、厳重な医師の管理下に、短期間に限って投与すること。
「薬物依存傾向のある患者」はどうやって判断するのでしょう。例えば喫煙者はこれに該当するのでしょうか。私の知る限りで言うと、喫煙がやめられないと言いながらこれら麻薬を内服し続けている患者さんは少なくありません。
では「長期使用時」の「長期」とはどれくらいを指すのでしょうか。添付文書には次のように書かれています。
慢性疼痛患者において、本剤投与開始後4週間を経過してもなお期待する効果が得られない場合は、他の適切な治療への変更を検討すること。また、定期的に症状及び効果を確認し、投与の継続の必要性について検討すること。
ようするに、4週間で効果判定をおこない、効果がある場合も「定期的に必要性について検討すること」を添付文書は命じているわけです。これにより、依存性が生じて問題が起こった時、製薬会社としては「そういうことがあるかもしれないから、ちゃんと添付文書で注意してるでしょ。我々の責任じゃないですよ」という「言い訳」ができます。ただ、ここで私が言いたいのは、製薬会社が医師に責任を押し付けているということではなく、処方が必要ならこの点を処方前に患者さんに理解してもらう義務が医師にあるということです(注2)。
では麻薬依存になってしまうとどうなるのでしょうか。麻薬には「耐性」があります。つまり、次第に多くの量が必要になってくるのです。その結果何が起こるか。実は10年ほど前から米国ではこういった医薬品としての麻薬の消費量が急激に増え、そして実際に様々な問題が生じています。それも国を挙げて取り組まなければならないような大きな問題です。「犯罪」「静脈注射」「HIV感染」「C型肝炎」「平均寿命の低下」などです。
「犯罪」とは麻薬の違法入手です。日本でも米国でも薬の処方量には制限があり、希望しただけの量を処方してもらえるわけではありません。そこで闇ルートで入手することを考える患者さんが出てくるのです。そして麻薬は内服よりも静脈注射の方が強い効果が得られます。麻薬の入手は違法ですが、針もそう簡単には手に入りません。すると、針の使いまわしが始まります。これによりHIV感染やC型肝炎ウイルスへの感染が起こるのです。そして命が失われていきます。
CDC(米国疾病管理局)の報告によれば、2017年の一年間で薬物の過剰摂取で死亡した米国人は72,000人以上で、2016年から10%も上昇しています。そのうち68%(約48,000人)はオピオイドが原因です。2002年から比較するとオピオイドによる死亡者はおよそ4倍にもなっています。米国の平均寿命は3年連続で減少しており、その原因がオピオイドであることが指摘されています(注1)。
現在「薬物」の世界的な流れは”合法化”です。ウルグアイに続き、カナダで大麻が合法化されたことが昨年話題になりましたし、ついに日本でも大麻解禁か、という声も一部には出てきています。一部の疾患に向けて開発された医療大麻は日本でも異例の速さで事実上使用可能になりつつあります。
元号が変わったばかりで浮かれている日本では(私の知る限り)どこのメディアも報じていませんが、2019年5月8日、米国デンバーではなんとマジックマッシュルームが合法化されることが決まりました。Reuterは前日まで住民投票の結果は反対派が勝利すると報道していましたから私はこの結果に心底驚きました。もはや米国の薬物合法化の動きを止めることはできないようです。
日本の未来がどうなるかは我々ひとりひとりが考えなければなりません。ちなみに、私自身は慢性疼痛(末期がんを除く)で困っている患者さんに麻薬を処方することはありません。一方で、他院でこれまで麻薬を処方してもらっていたが中止したい(依存を断ち切りたい)という患者さんに協力することはしばしばあります。ですが、減薬がむつかしいのも麻薬のやっかいな点です。添付文書には次のように記載されています。
本剤の中止又は減量時において、激越、不安、神経過敏、不眠症、運動過多、振戦、胃腸症状、パニック発作、幻覚、錯感覚、耳鳴等の退薬症候が生じることがあるので、適切な処置を行うこと。
「適切な処置を行うこと」で済ませないでほしい!というのがこの文章を初めて読んだときに私が感じたことです。麻薬を断ち切ることを決意したものの、この添付文書にあるようなパニック発作や幻覚で苦しんだ人を診てきた私の経験から言えば、薬を売ったり処方したりする前に危険性を充分に周知させるべきなのです。
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注1:詳しくはNPO法人GINAウェブサイト「GINAと共に」(第151回(2019年1月)本当に危険な麻薬(オピオイド))を参照ください。
注2:本文で述べたようにこれら麻薬の添付文書には「4週間で効果判定」としていますが、医学誌『New England Journal of Medicine』に掲載された論文「Prevention of Opioid Overdose」によれば、使用歴のない人が高用量の麻薬を摂取するとわずか5日で依存症になります。
参考:医療ニュース2019年1月31日「慢性の痛みへのオピオイドの効果はわずか」
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|2019年4月21日 日曜日
第188回(2019年4月) ビタミンDが混乱を招く2つの理由
2007年の開院以来、太融寺町谷口医院に寄せられる質問で最も多いもののひとつが「サプリメントの相談」です。これは、診察室で尋ねられるだけでなく、一度も受診したことがない人からメールで相談を受けることもあります。コンスタントに届くサプリメントの相談にも時代と共に”傾向”があります。
2007年から数年間の間は「抗酸化」がひとつのキーワードであったようで、具体的にはビタミンCやビタミンE、あるいはβカロテン(カロチン)に関する質問が多かったのですが、2010年代に入ってからはビタミンDに関するものが増加し、ここ2~3年で言えば、サプリメントに関する質問の7割以上がビタミンD関連です。
患者さんによって言うことは様々で、「長生きホルモン」「最強の抗がん剤」「うつ病が治る」「花粉症に有効」などという言葉を聞くこともあります。特に最近は、複数の人から「ビタミンDは栄養素というよりもホルモンなんですよね」と言われて、いつからそのように”格上げ”されたのかが不思議です。
科学的に実証されていない治療をやっていけないわけではありません。エビデンス(科学的確証)は重要ですが、エビデンスに縛られすぎるのもまた問題です。ですが、ビタミンDについてはこれまで何度も大規模調査がおこなわれてきており、世間一般の人が期待するような結果は得られていません。
ですが、その一方で、ビタミンDは毎日必要量を摂取することはとても重要であり、不足するといくつもの疾患のリスクが上昇します。では、果たして日本人は食品から適正量のビタミンDを摂取できているのでしょうか。このあたりの議論が最近”脆く”なってきています。今回は、適切なビタミンD確保を確証するにはどうすればいいか。そして、場合によっては一時的にでもビタミンDのサプリメントを摂取すべきかどうかについて考えていきたいと思います。
私が医師国家試験の勉強をしていた頃、日本人の栄養素の摂取については、カルシウム以外はほとんどが基準量を摂取できているとされていました。改めてこの頃のデータをみてみてもその通りで、ビタミンDについては2001年のデータで次のようになっています。
基準値(必要な摂取量):男女とも5.5ug
実際の摂取量(男性):7.5ug
実際の摂取量(女性):6.9ug
これをみると、サプリメントでの補強が不要なのは言うまでもなく、特に食事の内容に気を付ける必要もなさそうです。
ところが、です。2019年3月22日、厚生労働省が公表した「日本人の食事摂取基準(2020版)」には非常に複雑なことが書かれています。同書の180から10ページに渡りビタミンDの必要量が長々と考察されているのですが、結論から言えば、いったいどれくらいのビタミンDが必要で、日本人がどれだけ摂取しているのかがよく分からないのです。
同書が引き合いに出している日本内分泌学会・日本骨代謝学会が発表した「ビタミンD不足・欠乏の判定指針(案)」では、30ng/ml(上記のugとは単位が異なることに注意)以上でビタミンD充足としています。しかし、厚労省によると、この数値を採用すると、最近の疫学調査結果では欠乏/不足者の割合が男性72.5%、女性88.0%にも達することになり、現実を反映しているとは思えません。男性の7割以上、女性の9割近くがビタミンD欠乏で身体症状を発症しているはずがないからです。
この報告書では同省は全国4地域での食事記録法の調査などから8.5ugというのを暫定的な基準としています。上記2001年のデータからは3ugも基準があげられたことになりますし、こうなると男女とも基準を満たしていない、つまりビタミンD不足ということになります。
ビタミンDが語られるときに複雑になる理由はいくつもあります。ここでは私が考える「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」を紹介したいと思います。
ひとつめは「ビタミンDは紫外線からもつくられる」ということです。皮膚が紫外線を吸収すると体内でビタミンDが合成されるのです。ですから、例えば北欧やカナダのような冬にはほとんど日があたらない国であればサプリメントなどでの摂取も検討すべきという意見がでてきます。
一方、日本では真冬でもそれなりに日照時間が長いですから、そういった高緯度の地域と同じように考える必要はありません。しかし、日本は南北に長い国であり、当然地域差があります。同書には興味深いデータが掲載されています。5.5ugのビタミンDを産生するために必要な日照曝露時間(分)が地域と月で算出されています。このデータによれば、「顔と両手を露出した状況」で7月の12時の那覇であればわずか2.9分で基準に達するのに対し、12月の15時の札幌では2741.7分も必要となります。これでは日本の統一した基準をつくることができません。
それに、データの出し方が「顔と両手を露出した状況」としている点も気になります。光線過敏症などのない男性であればいいですが、女性に対しては現実的ではありません。太融寺町谷口医院では皮膚疾患を有する患者さんが多く、私は多くの人に「(少なくとも顔や首には)紫外線は一生浴びないくらいのつもりでいてください」と助言することもあります。紫外線には決して小さくない有害性があるのです。
もうひとつのビタミンDが混乱を招く理由は、摂取できる食事が非常に限られている、ということです。つまり「バランスよく食べましょう」だけでは不十分な場合があるのです。具体的に、そして端的に言えば、ビタミンDを摂取できる食品は魚介類とキノコくらいしかありません。牛乳や肉のレバーなどにも含まれていますが、効率よく摂取しようと思えば魚介類とキノコを積極的に食べるしかないのです。ただ、この点は日本人には有利であり、魚介類もキノコも和食を中心とするならば十分な量がとれます。
患者さんから「どんな魚介類を摂ればいいですか」と尋ねられたとき、私は「ひとつ挙げるなら鮭(サーモン)がいい」と勧めています。もちろん他にもビタミンDが豊富な魚介類はたくさんありますが、サーモンは比較的ビタミンDの含有量が多い上に、刺身、塩焼き、ホイル焼き、ムニエル、クリーム煮、シチュー、フライといろんな調理法があり(最近では)比較的安い(私が子供の頃はめったに食べられず鮭の代わりに鱒(マス)が食卓に上がっていました)という長所もあります。
さて、冒頭で述べたサプリメントの是非の話をしましょう。結論から言えば、特別な病気(副甲状腺の異常や骨粗しょう症)を有している人やビーガン(最も厳しい食事制限をするベジタリアン)の人以外には私がビタミンDのサプリメントを勧めることはありません。ビーガンについては過去のコラム(「サプリメントや健康食品はなぜ跋扈するのか」)でも述べました。
そのコラムでも述べたようにビタミンDの質問をする人は、健康のことに詳しく、積極的に情報を得ている傾向があります。ですが、そのような人たちもエビデンスという観点からはあまり検討されていません。医学誌『Lancet Diabetes & Endocrinology』2014年1月24日号(オンライン版)に掲載された論文(下記「医療ニュース」参照)でビタミンDのサプリメントの大規模調査がまとめられています。サプリメントの有益性がほとんどないことがこの調査から明らかです。
ビタミンDのサプリメントを購入するのはもうやめにして、そのお金でサーモンとキノコを食べませんか……。どうしても気になるという人は25-ヒドロキシビタミンDの血中濃度を測定してみてください。ほとんどの人は不安感が払拭されるはずです。
参考:医療ニュース
2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
2019年1月31日「ビタミンDで心血管疾患のリスクは低下しない」
2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
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|2019年3月24日 日曜日
第187回(2019年3月) 誤解に満ちた花粉症情報
過去の「はやりの病気」で最後に花粉症を取り上げたのは第53回の2008年1月ですから、それからはや11年が経過したことになります。改めて当時の文章を読んでみると、自分が書いたものなのに、今患者さんに伝えていることと比べて大きな差があることに気づきます。
2008年当時、私が書いた要点をまとめてみたいと思います。
・予防は重要だが限度がある。「帰宅後すぐにシャワー」は実際には困難
・免疫療法はいい方法だが危険性があり安易に勧められない
・中心となる薬は抗ヒスタミン薬とステロイド点鼻薬
現在の私が患者さんに説明していることを上記と対比して述べてみます。
・予防が一番重要。面倒くさくても「帰宅後すぐにシャワー」を勧める
・免疫療法は最強の治療法。舌下免疫療法は危険性が極めて少ない
・抗ヒスタミン薬、点鼻ステロイドに加え、抗ロイコトリエン拮抗薬を積極的に使用
花粉症に限らず、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では開院以来治療方針を変えたことはなく、どのような疾患も「予防」が重要であることを繰り返し述べてきています。花粉症に対しても方針は同じなのですが、年々予防の重要性を強調するようになってきました。
その最大の理由は「多くの重症例に遭遇してきたから」です。前回コラムを書いてからの11年間で多くの重症の患者さんが受診されました。ガイドラインに従い治療をおこなっても限度があり、次は内服ステロイドを使うしかない…、というところまで進んだ患者さんも過去に何人かいました。
ですが、ここで内服ステロイドを用いるのではなく、もう一度原点に戻って「花粉対策」をしてもらうと劇的に改善することが何度もあったのです。特に、「帰宅後すぐにシャワー」は、11年前には「現実的でない」と書きましたが、やはりこの効果は絶大です。少し外出しただけで髪を湯で洗うというのは、特に髪の長い女性だと本当に大変です。もっと困るのが、例えば4人家族で自分だけが花粉症という場合です。他の3人が花粉を部屋に持ち込むことを避けねばなりませんから、3人にも「帰宅後すぐにシャワー」をお願いせねばなりません。ですが、これを実践できれば症状が劇的に改善することもよくあるのです。
シャワーの際には「鼻うがい」も勧めています。専用の器材を買ったり生理食塩水をその都度用意したりするのは大変ですから、私は「シリンジでぬるま湯」を勧めています。シリンジとはプラスティック製の注射筒のことで、薬局には売っていないようですが、Amazonなどネット通販で購入できます。これでシャワーのお湯を吸い取って、片方の鼻を指でおさえてもう一方の鼻腔に一気に注入するのです。鼻腔に侵入した花粉を洗い流せるだけでなく、風邪の予防にもなります(ちなみに、私はこの鼻うがいを2012年の12月に始めてから一度も風邪を引いていません)。
シャワーや鼻うがい以前に空気清浄機は必需品ですが、意外なことに、それなりに重症の人でも「置いていない」と言われることがあります。そして、実際、「どんな薬でもよくならない」と言っていた人が「空気清浄機を置いただけで激変しました!」と報告しに来られたことも何度かあります。
次に「免疫療法」の話をしましょう。2008年の時点では「舌下免疫療法」はまだ研究レベルでしたが、2014年から保険診療が開始されました。注射に比べて安全性が高いことは論を待たないのですが、「本当に効くのか」という声がありました。しかし、谷口医院の患者さんでいえば開始してから3年以上経過した半数以上の人が「今年は症状がほぼゼロ」と言っています。当初の予想よりもかなり成績がよさそうです(一方、ダニの舌下免疫療法では「劇的に改善した」と言う人は現時点では少数です)。
免疫療法は注射でも可能ですが、少なくともスギに関しては舌下でこれだけ効果が出ているわけですから、注射による免疫療法はますます下火になっていくでしょう。
注射と言えば、今年は「注射で花粉症を治したい」という声が、例年の数倍はあります。なかでも、「ステロイドを打ってほしい」という声が次から次へと寄せられます。ケナコルトなどのステロイドを1回注射すると1ヶ月程度は花粉症の症状がほぼ消失することから90年代にはしばしばおこなわれていましたが、危険性が高すぎてこれは「絶対にやってはいけない治療」と認識すべきです。過去には強い副作用で生活に支障をきたし、裁判になった例もあります。この場合、患者さんが注射した医師を訴えればほぼ確実に医師が敗訴します。にもかかわらず、これだけ要望が多いのはなぜなのでしょう。しかも、例年このリクエストをされるのは、水商売の仕事をしている人が多いのですが、今年は、一般企業で働く人や学生、専業主婦などからの要望が目立ちます。これはおそらくSNSでそういった情報が広がっているからなのでしょう。
花粉症の注射で年々リクエストが増えているのが「ヒスタグロビン+ノイロトロピン」の皮下注射です。これは、たしかに危険性はほとんどなく、保険診療が認められ費用も安く(1回300円程度)、やはりSNSなどで評判がいいようで、谷口医院にも頻繁に問い合わせがあります。保険診療が認められている安全性の高い治療ですから、要望があればそれに応えるようにはしていますが、この治療はガイドラインに掲載されていないものです。つまり安全性が高いのは事実ですが、有効であるとする高いエビデンス(科学的確証)がないのです。ですから、谷口医院ではこの注射を実施するにしても、ガイドラインどおりの治療と並行しておこなうよう助言しています。
ガイドラインで推奨されている内服薬の抗ロイコトリエン拮抗薬は非常にすぐれた薬剤ですが、2008年当時は花粉症に対してまだ保険適用がなく使えませんでした。当時から気管支喘息には適用があったために、喘息と花粉症の双方がある人にはとてもいい薬剤でした。この薬が花粉症にも使えるようになってからは治療がぐっとおこないやすくなりました。特に1日1回寝る前に飲むタイプの「モンテルカスト」は、眠気などの副作用もほとんどなく(ただし一部の薬とは飲み合わせが悪く注意が必要)、即効性はありませんが、継続して使用すると安定した効果が期待できます。
最後に谷口医院を受診されている患者さんの特徴を紹介しておきます。もともと谷口医院でアレルギー疾患を積極的に診ようと思ったのは、開院前の私の経験がきっかけです。まだ「総合診療」という言葉が一般的でなかった頃から、私は多くの病院・診療所、そして多くの「科」で研修を受けていました。そこで感じたのが「縦割り医療」(「科」ごとの医療)の欠点です。例えば、耳鼻科に花粉症で受診した人は、鼻症状(と結膜炎症状くらい)は診てもらえますが、皮膚は診てもらえない(花粉で顔面に湿疹が起こることは珍しくない)のです。一方、花粉で湿疹が起こる人が皮膚科を受診すると、もちろん皮膚は診てもらえますが同時に生じている咳は相談できないのです(花粉が原因で咳や咽頭痛が生じることはよくある)。
忙しい患者さんがいろんな診療科を受診しなければならないのは現実的ではありません。特に花粉症は多彩な症状を呈しますから、もしも臓器別に診療科を受診するとなると、眼科、耳鼻科、皮膚科、呼吸器内科のそれぞれに行かなければならなくなります。花粉が原因で微熱、倦怠感が生じることもあります。花粉が原因と断定できないけど不眠で悩まされる、といったこともあるでしょう。これらをすべて相談できる医療機関が絶対に必要と考えたために、開院前からアレルギーを総合的に捉える癖をつけていたのです。
谷口医院に研修・見学に来る研修医や医学生に「GP(総合診療医)はアレルギーをトータルで診なければならない」と口うるさく言っているのはこのような理由からなのです。
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