はやりの病気
2013年6月15日 土曜日
第80回 くも膜下出血と脳ドック 2010/4/20
最近、頭痛を訴える患者さんが増えてきたな、と感じていたのですが、この原因はどうやら読売ジャイアンツの木村拓也コーチがくも膜下出血で他界されたことと無関係ではなさそうです。実際、当院だけでなく、総合内科や総合診療科の外来がある医療機関では、大学病院も含めて、「自分の頭痛の原因はくも膜下出血ではないか」と考えて受診する人が急増しているそうです。
くも膜下出血は、緊急処置(手術)を要する脳外科的疾患でみると、比較的よくある疾患です。全体の頻度でみれば、脳梗塞や脳出血の方が多いでしょうが、これらは高齢者に多いのに対し、くも膜下出血は年齢に関係なくおこります。したがって、我々医師は、救急の現場にいるとき、比較的若い年齢で激しい頭痛を訴えて救急搬送された患者をみた際に、まず考える疾患のひとつがくも膜下出血なのです。特に、外傷のエピソードがなく、これまで経験したことのない激しい突然の頭痛、などと言われれば、患者さんが到着するまでにCT撮影の準備をしておきます。
しかし、くも膜下出血の患者さんがいつも激しい頭痛を有しているかというとそういうわけでもありません。それほど痛がっていない場合もありますし(「病院に来るべきかどうか悩んでいた」と言われることもあります)、数日前から頭痛が続いていると言われて受診することもあります。若い人にときどきあるのが、例えばスノーボードで転倒してから次第に頭痛を自覚するようになったというようなケースで、この場合、このスノーボードのエピソードを聞きだせるかどうかが、診断のポイントになってきます。
くも膜下出血という病名は、(少なくとも同じ脳外科領域の出血性の疾患である急性硬膜外血腫や慢性硬膜下血腫に比べると)、比較的よく知られていると思われます。しかし、病名が有名な割にはその病態は意外に知られていないように思われますので、まずは、くも膜下出血はどのようにして起こるのかについて確認しておきましょう。
脳は外側から硬膜、くも膜、軟膜の3つの膜で覆われています。そして、くも膜と軟膜のすき間はくも膜下腔と呼ばれています。(硬膜とくも膜のすき間は硬膜下腔と呼ばれます) くも膜と軟膜は密着しておらず、無数の線維の束で結ばれています。そしてその入り乱れた無数の線維がクモの巣に似ていることからこの真ん中の膜が「くも膜」と呼ばれているというわけです。(参考までに英語で「クモの巣」はspider webですが、植物学用語では「クモの巣」の形容詞はarachnoidとなります。そしてくも膜の英語はarachnoid membraneです)
くも膜下出血の原因で圧倒的に多いのは、脳動脈の一部が膨らんでできた動脈瘤(どうみゃくりゅう)の破裂によるものです。動脈瘤というと言葉がむつかしいですが、要するに脳を走っている動脈にできたコブです。このコブの壁は、普通の血管壁に比べると、構造がもろく高圧に耐えられないために、何かの拍子に血圧が上がったときに一気に破れてしまうのです。これがくも膜下出血のメカニズムです。
先に、「数日前から頭痛が続いている」という例を挙げましたが、この場合、一気にコブが破れたのではなく、少しずつコブから出血が起こっていた可能性があります。(これを「警告出血」と呼びます) また、先にあげたスノーボードの例では、動脈瘤がなく外傷を機転としています。これを動脈瘤の破裂によるものと区別して「外傷性くも膜下出血」と呼ぶこともあります。
木村コーチはシートノックの最中に倒れたようですが、一部の報道によりますと、前日から頭痛でほとんど眠れなかったと関係者に証言していたそうです。強靭な体力と精神力を有しているプロスポーツ選手ですから、普通の人なら耐えられないような痛みを隠してノックをしていたのかもしれません。
さて、先ほど、便宜上「何かの拍子に血圧が上がったときに」と述べましたが、脳動脈瘤が破れてくも膜下出血をきたした人は、何か特別なことをおこなっている最中にコブが破れたとは限りません。これまで私が救急の現場でみてきた患者さんたちも、食事中に、デスクワークをしているときに、夕食後テレビを見ているときに、などというケースもありましたから「○○をするときには気をつけましょう」という具合に予防できるわけではないのです。もっとも、高血圧、喫煙、過度の飲酒などがあればコブが破れるリスクが高くなるのは事実です。
では、事前にくも膜下出血を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。単純に考えれば、まずは自分にその血管のコブ(脳動脈瘤)があるのかどうかを調べてみよう、ということになります。実際、脳ドックの1つの目的はこのコブの有無を調べることです。
となると、いったいどれくらいの割合の人がこのコブを持っているのかが気になりますが、だいたい人口の5%程度だろうと言われています。(最近、医療技術が向上し、より小さなコブも見つけられるようになったことと、脳ドックを受ける人が増えたことで、見つかる人が増えて5%よりも多いのではないかと言われることもあります)
ここでむつかしいのは、その人口の5%の人たちの全員のコブが破れてくも膜下出血が起こるわけではないということです。破れていないコブ(これを「未破裂脳動脈瘤」と呼びます)が、どれくらいの確率で破れるのか、というのは昔からよく議論されていて、私が学生の頃は、「1年間に破裂する確率はだいたい1%程度」と習いました。
しかしながら、この1%という数字は信憑性が乏しく実際はこれよりもずっと少ないのではないかと言われることが増えてきています。日本脳神経外科学会が立ち上げている未破裂脳動脈瘤悉皆調査(UCAS)のウェブサイトでは、「未破裂脳動脈瘤の破裂する正確な率は不明」とした上で、1998年の国際報告を引き合いに出しています。その報告によれば、1センチ以下のものでは破裂率は年間0.05%、1センチ以上のものでは年間0.5%、となっています。
では、たまたまMRIを撮影したり、脳ドックを受けたりして、自分の脳にこのコブが見つかってしまったときはどうすればいいのでしょうか。「くも膜下出血を発症する前にこのコブを治療してしまおう」というのも1つの考え方です。発症前に治療をしてしまえば、くも膜下出血を発症するリスクはかなりゼロに近づくでしょう。
不幸なことに木村コーチが他界されたように、くも膜下出血というのは重篤化する病気です。くも膜下出血を発症したとき、元通りの生活に戻れる人は3分の1程度だろうと言われています。そして3分の1が死亡、残りの3分の1は、命は助かるものの寝たきりや麻痺といった後遺症を残します。
では、そんな重篤な疾患のリスクがあるなら積極的にコブの有無を調べて、もしもあればすぐに手術をすればいいじゃないか、と考えられるかもしれません。しかしながら、手術にはリスクが伴います。
全身麻酔の下、開頭し、脳外科医が顕微鏡を用いてコブまでたどりつき、コブの根元にクリップをかけます。これでコブには血液が流れなくなり出血をきたす可能性が極めて低くなります。この手術を「脳動脈瘤クリッピング術」と呼び、コブの治療では最も一般的なものです。他の治療法としては、「コイル塞栓術」と言って、太ももの太い血管から管を入れて、その管の先端を脳動脈のコブまでもっていき、管からやわらかいプラチナ製のコイルをコブに流し込んで詰めてしまうという方法があります。どちらの方法でも、コブができている場所にもよりますが、治療は極めてむつかしくベテランの脳外科医にしかおこなうことができません。(「コイル塞栓術」は放射線科医がおこなうこともありますが、いずれにしても極めて難易度の高い治療法です)
脳ドックなどでたまたま脳動脈のコブを見つけてしまったときに手術をすべきかどうか・・・。これには絶対的な正解がないというのが現状でしょう。実際には、その人の年齢、既往(過去にどんな病気をしているか)、血縁者にくも膜下出血を発症した人がいるか、高血圧の有無、その人にとっての全身麻酔のリスク、コブの位置と大きさ、などによります。場合によっては、脳外科医の間でも意見が分かれることがあるかもしれません。
もしもコブが見つかったらどうすべきか、また、それ以前にそもそも脳ドックは果たして受けなければいけないものなのか、という問題もあります。少なくとも、現在無症状で血縁者にくも膜下出血を起こした人がいないのであれば、慌てて調べる必要はないでしょう。
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|2013年6月15日 土曜日
第79回 気軽に始める禁煙法 2010/3/19
2010年2月28日、米国大統領就任後初めて健康診断を受けたオバマ大統領は、担当医から健康面に心配はないと言われたものの「禁煙の努力を続けること」と勧告を受けたそうです。オバマ大統領は、立候補の条件として奥さんのミッシェルさんに禁煙を”公約”していたそうですが、依然守られていないことになります。
2010年2月28日で、WHO(世界保健機関)が「タバコ規制枠組み条約」を発効してから5年が経過したことになりますが、WHOは「世界的に喫煙者数が減少しているとは言えない。途上国では増加傾向にあり、女性の喫煙者は増えている」とのコメントを発表しています。WHOは、タバコを「法律で禁止されていない唯一の有害物質」と位置づけ、世界の喫煙人口を13億人とし、年間500万人が、喫煙が原因の病気で死亡していると推定しています。喫煙者は2025年までに17億人に増えるとの推計もあります。
これら2つのニュースだけをみると、「禁煙とは大変むつかしいもので、世界的にみて禁煙対策はほとんど進んでいない」ということになりますが、実際は各国とも禁煙対策に相当力を入れています。世界一喫煙人口が多いと言われている中国でも、2010年5月から開催される上海万博に向けて、市内のあらゆる公共施設を全面禁煙にする罰則付き条例が3月1日に施行されました。
日本でも禁煙への流れは着実に進行しています。
厚生労働省は2月25日、受動喫煙による健康被害を防ぐため、飲食店や遊技場など不特定多数の人が利用する施設を、原則として全面禁煙とするよう求める通知を各都道府県に対して発行しました。この通知には、罰則規定はないものの、対象施設は、学校や病院だけでなく、官公庁、百貨店、飲食店、ホテルなども含まれており、また鉄道やタクシーといった交通機関も明示されています。
日本で最も禁煙対策が進んでいるのは神奈川県といって間違いないでしょう。同県では、受動喫煙防止条例が2010年4月から施行されます。この条例では、飲食店も含めた公共的な施設に禁煙や分煙を義務付け、違反者には罰金が科されます。この条例施行に先がけて、マクドナルドでは県内全298店舗を3月1日から全面禁煙にしています。
禁煙対策や禁煙ブームは、ここ数年間加速度的に高まっていますが、輪をかけるように10月からはタバコ税率が上がり、1本あたり5円程度の値上げが実施される見込みです。また、一部の銘柄(外国製)は6月から1箱20円程度値上げされるようです。
世界の歴史上、かつてこれほどまでに禁煙への取り組みがおこなわれたことはなかったのではないでしょうか。愛煙家にとっては生きにくい時代と言えるかもしれませんが、逆に禁煙を考えている喫煙者にとっては、チャンス到来とも言えます。
太融寺町谷口医院にも禁煙治療を希望して受診される方が増えています。以前、このサイトで「谷口医院では禁煙の成功率は高いが、それは初めから成功しそうな人にしかおこなっていないから」、ということを述べました。それはそれで悪くはないかもしれませんが、同時に私には、それでいいのか・・・、という悩みがありました。
まだ禁煙を考えていない人や、できれば禁煙したいとは考えているけれども成功しそうにない人に対しても、禁煙してもらう方法はないのだろうか・・・。あるいは、成功しそうな人でも100%が成功するわけではなく、いったん禁煙に成功して半年程度過ぎたあたりで再び喫煙を開始したという患者さんもときどきおられます。このような人たちには今後どのようなアプローチをすべきなのか・・・。
そのような悩みを感じていたとき、日本禁煙推進医師歯科医師連盟という禁煙を支援する団体が禁煙指導者のトレーニングをしていることを知りました。私は、早速そのトレーニングを申し込むことにしました。このトレーニングプログラムがユニークなのは、単に講義やビデオを使った研修だけではなく、ワークショップが開催され、他の禁煙指導者と一緒になってケーススタディを学ぶことやロールプレイングができるということです。3月7日にそのワークショップが実施されたのですが、私には予想を上回る収穫がありました。
まず、多くの指導者(主に医師と看護師)は、患者さんが禁煙したいと話したとき、私のようにその患者さんの禁煙に対する決意が中途半端であれば時期尚早と判断するのではなく、「簡単に始められて楽に続けられますよ」と話して禁煙を勧めていることが分かりました。
しかし、私の経験上(自分自身のことも含めて)いったん禁煙に成功したとしても数ヶ月もすれば、吸いたくなる欲求に襲われます。そのときに、確固とした禁煙の動機を思い出すことができなければ、”1本の誘惑”に負けてしまうことになります。
けれども、簡単に禁煙を勧める医師たちは、「それでもかまわない」、と言います。禁煙治療をおこなわなければまったく減ることのなかったタバコが、少なくとも禁煙治療中(薬服薬中)は、ほとんどの人がタバコを吸わなくなり、またそれ以降もある程度は禁煙期間が続く場合があるからです。
ところで禁煙治療は保険を使っておこなうことができるのは12週間です。そしていったん終了すると、その後1年間は保険を使っての禁煙治療はできません。しかし、考え方をかえてみると、たとえ3ヶ月だけでも禁煙できたとすると、禁煙3ヶ月→喫煙1年間→禁煙3ヶ月→喫煙1年間→・・・、となり、単純計算で15ヵ月のうち3ヶ月は禁煙できていることになります。これを120ヶ月(10年間)続けたとすれば、このうち禁煙期間は24ヶ月(2年間)になります。10年のうち2年間は禁煙ができたなら、様々な病気のリスクをある程度は減らすことができます。
しかもこの計算方法は、3ヶ月禁煙した後はすぐに喫煙を再開するという前提です。もしも、薬をやめてからもある程度禁煙が続いていたり、吸ってしまったとしても以前に比べて本数が減少していたりするなら、さらに喫煙による病気のリスクを減らすことが期待できるというわけです。
さて、私自身は完全禁煙を遂行してから2年以上がたちますが、実は今でも吸いたくなることがあります。それも、突然強烈な欲求に駆られ、いてもたってもいられないような衝動に襲われることもあります。それでもタバコに再び手を出さないでいられるのは、禁煙の「動機」を思い出し、理性を取り戻すようにしているからです。
私が、禁煙治療を希望する患者さんに必ず「動機」を尋ねるのは、自分自身の経験もあるからなのです。「動機」がしっかりしたものでなければ、数ヶ月の禁煙が続いたとしても、やがて誘惑に負ける時がやってくる・・・。このような考えから、私は「動機」が曖昧な人には禁煙治療をすすめていませんでした。
しかしこれからは、(私自身は再び喫煙する気持ちはありませんが)、禁煙治療をおこなった患者さんが再び吸い出すことになったとしても、それでもいいじゃないか、と考えるようにしてみようと思っています。
「とりあえずやってみましょうか」という気軽な気持ちで始めてみる・・・。こんな禁煙法を勧めてみることを検討しています。
参考:
はやりの病気第32回(2006年5月)「そろそろ本格的な禁煙を!」
はやりの病気第66回(2009年2月)「メンソールの幻想と私の禁煙」
禁煙外来
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|2013年6月15日 土曜日
第78回(2010年2月) アトピービジネスとステロイドの誤解
2010年1月13日、アトピー性皮膚炎を患っていた福岡県の生後7ヶ月の長男が両親から適切な治療を受けさせてもらえずに死亡したという痛ましい事故が起こりました。
この両親はある宗教団体の職員で、その団体が提唱する「浄霊」という患部に手をかざす行為でアトピーを治そうとしていたそうです。この男児はアトピーから感染症を併発し、最終的には敗血症(細菌が全身に波及した状態)となり死亡したと報道されています。
この両親は、マスコミの取材に対し、「信仰を重んじて病院へ行かなかった。子供を見殺しにしてしまった。人間本来の自然治癒力で良くなると信じていた。後悔している」と供述しているそうです(2010年1月14日読売新聞)。
この宗教に問題があるのは明らかですが、私はこのニュースを聞いたときにまず感じたことは「ステロイド外用を中心とするアトピーの標準的な治療法に対する誤解はまだまだ根強いんだな・・・」というものです。
最近は少し改善してきていますが、1980年代後半くらいからステロイドに対する誤解がはびこるようになり、医療機関で標準的な治療を受けることを拒否する患者さん(小児の場合は治療を受けさせることを拒否する親)が増えだしました。
90年代前半にはある報道番組の人気キャスターが、堂々とテレビでステロイドに対する誤解を増長させるような発言をおこない、これが全国に波及しました。その結果、その直後からアトピー性皮膚炎が重症化し入院せざるをえなくなった小児が急増したと言われています。
その後次々とアトピーが治ると謳った高額な化粧品、水(温泉水、酸性水、深海水など)、エステ、健康食品などが登場し、「アトピービジネス」という言葉が誕生しました。この背景には、標準的治療法であるステロイド外用剤に対する根強い誤解と偏見があります。テレビで堂々とステロイドが毒であるかのような発言をおこない、一般市民にステロイド恐怖を植え付けた先に述べたキャスターの罪は決して小さくないと私は考えています。
もちろん「アトピービジネス」でアトピーが治れば何の問題もありませんが、実際にはほとんど治らないどころかむしろ悪化させているケースも少なくありません。ときどき治ったという報告もありますが、自然治癒したのかその治療で治ったのかの検証ができていません。もしもそのアトピービジネスで治るのなら、その後は「ビジネス」ではなく「標準的治療」として取り上げられるはずです。
ステロイド恐怖を植えつけられた患者さんたちは、わらにもすがる思いで”奇跡の治療薬”を入手しようとします。最近話題になった事件としては、2009年3月に奈良県の化粧品販売会社が中国から仕入れた「がいようクリーム」というクリームに極めて強いステロイドが使われていたというものがありました。奈良県によりますと、ステロイドを使いたくないアトピーの患者さんが、”保湿クリーム”としてこの強力ステロイド入りクリームを使用していたそうです。
医療の現場では顔面には絶対に使わないような強いステロイドが入っているクリームが「ステロイドが入っていないアトピーに効く奇跡のクリーム」として中国から輸入されるという事件はこれまでもときどき起こっています。これらが発覚するまでには相当の時間がかかるでしょうから、実際には強いステロイドが入っているとは気づかずに怪しげなクリームを使用している人は今も大勢いるのかもしれません。
さて、ではなぜこのようにステロイドには大きな誤解があるのでしょうか。例えば、細菌感染に対する抗菌薬のように数日間の投薬で完治するような治療法であれば、アトピーに対するステロイドがこのように誤解されることもないでしょう。
アトピーの場合、慢性疾患であることと、再び増悪することがあること、ステロイド外用の方法を必ずしも患者さんが適切におこなえていないこと(もちろんこの責任は説明不足の医師にありますが)などが、ステロイドの誤解の原因ではないかと私は考えています。
「アトピーは完治しますよ」と患者さんに言ったときに、びっくりされることが多いのですが、アトピー性皮膚炎という病は、じっくりと向き合い適切な治療をおこなえば治らない病気ではありません。私の言葉で言えば、ステロイドが怖いのは、その副作用が怖いのではなく、「適切に使わないことによる弊害が怖い」のです。
適切にステロイド外用を使えば1週間で改善しないケースはありません。そして(ここからが肝心です)、その後はタクロリムス(注1)と保湿剤のみと生活習慣の見直しで、ほとんどがほぼ治癒した状態になります。
「生活習慣の見直し」といっても、仕事を変えなければならないとか引越しをしなければならないとか、そういうものではありません。また、ストレスを避けましょう、といった、もっともらしいけども実際には何をしていいか分からないようなものでもありません。アトピー性皮膚炎に必要な生活習慣の見直しとは、例えば繰り返しシャワーをおこなう(石ケンは不要です)とか、寝室の環境を整えて就寝時に汗をかかないようにするとか、乾燥シーズンには部屋を暖かくして加湿器を置く、とかそういった類のものです。
患者さんからじっくり話を聞いてときどき感じるのが、ステロイドを適切に使えていない人が意外に多いというものです。ステロイドを怖がってからなのか、充分な量のステロイドを使っていない人は少なくありません。ステロイド(特に強いステロイド)は、「短期間にたっぷり塗って中止。その後はタクロリムス(注2)で維持する」が基本です。
次に、ステロイドの使い分けについて、医師がきちんと伝えたつもりでも結果として患者さんに理解してもらっていないことがあります(これはもちろん医師の責任です)。私は全身に症状のあるアトピーの患者さんに対して、それなりに重症であれば、少なくとも2~4種類のステロイドを処方します。これは皮膚というのはその部位によってステロイドの吸収の度合いが全く異なるからです。例えば、掌や足の裏は吸収されにくいため、一般的には強いステロイドを使います。一方、顔面や陰嚢、外陰部など吸収されやすいところにはごく弱いものを使用します。もしも足の裏用のものと顔面用のものを逆に使ってしまうと、顔面は副作用に苦しめられ足の裏は一切効果なし、ということになってしまうのです。
アトピーの治療の基本は、増悪時にはステロイドを適切に使うことです。「適切に」というのは、適切な強さのステロイドを適切な部位に適切な期間、適切な回数使うということです。そして、症状は必ず改善しますから、その後はタクロリムス(注3)と保湿剤の使用でいい状態を維持するのが基本です。
もちろん、患者さんによって環境が異なり、状態が異なり、生活習慣も異なるわけですから、基本事項以外にも様々なバリエーションがあります。患者さんによっては食事指導をしたり(ただしそれほど厳密なものではありません)、漢方薬を処方したりすることもあります。
ステロイドは使い方を間違えると副作用に苦しめられます。長年不適切な使用をしていたために取り返しのつかないような状態の皮膚になってしまっている患者さんもいます。しかしながら、強い炎症を取り除くための最初の治療法としては極めて有効な薬なのです。
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注1,2,3(2020年6月21日追記):従来は短期間のステロイド外用の後、タクロリムスでいい状態を維持する「プロアクティブ療法」が基本でしたが、2020年6月からはコレクチムで代用できるようになりました。
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|2013年6月15日 土曜日
第77回 子宮頚ガンのワクチンはどこまで普及するか 2010/1/21
2009年12月、子宮頚ガンの原因ウイルスであるHPVのワクチンがついに日本でも発売となりました。子宮頚ガンのワクチンは、2007年4月にオーストラリアで接種が開始されて以来、現在では世界100ヶ国以上で使用されています。
日本でも随分前から発売が待ち望まれており、今回ようやく認可されたことは歓迎すべきことなのですが、ワクチンが高額であるためどこまで普及するのかはまだ分からないと言えます。ワクチンは医療機関にもよりますが、3回接種でだいたい5~7万円程度は必要になるのではないかと考えられています。
一方、世界に先駆けてHPVワクチンの接種を開始したオーストラリアでは、12歳から26歳までの女性であれば誰でも公費で(無料で)ワクチン接種をおこなうことができますし、他の先進諸国でも費用の全額、もしくは一部が公費でまかなわれているようです。
このウェブサイトでは何度も指摘しているように、日本という国は予防医学に力を入れているとは言えず、ワクチンに関しては完全に「後進国」であり、多くのワクチンが普及していませんし費用の公的負担も多いとは言えません。例えば、前回のコラムで紹介したインフルエンザ菌のワクチン(hibワクチン)もそうですし、新型インフルエンザをみてみても、先進諸国のほとんどが無料もしくは一部を行政が負担していますが、日本では生活保護受給者など一部の人を除いて全額自費(全国一律3,600円)となっています。
このような「ワクチン後進国」の日本で、HPVワクチンがどこまで普及するか、私個人としては疑問に感じていたのですが、驚くべきニュースが2009年12月にとびこんできました。
新潟県魚沼市が、予防接種を希望する10代前半の女性を対象として、ワクチンの費用の全額を負担することを発表したのです。同市の大平悦子市長が2009年12月10日の市議会でこれを表明しています。(報道は2009年12月11日の共同通信)
子宮頚ガンのワクチンは、接種すればガンの発症を100%防げるというものではなく、接種したとしても一定の年齢になれば定期的なガン検診が必要です。しかし、公衆衛生学的にみれば、その地域の全女性に接種したとすれば、その地域の子宮頚ガンの発症を大幅に減らすことができます。
このワクチンの有効率は7割以上と言われています。ということは、ワクチンを接種していなかったとしたら子宮頚ガンに罹患したと予想される7割もの人を救うことができるわけで、これは行政の立場からみれば医療費を大きく軽減させることにつながります。つまり、予防接種を徹底することによって、全額を行政が負担したとしても、結果としてその地域で必要な医療費が大幅に削減できることになるのです。
このように長いスパンで考えれば、行政的には個人負担をゼロにして全額を行政負担にした方がずっと有益なわけですが、今のところ魚沼市以外の地域はこのような政策を発表していません。では、これから同市に追随してワクチンの全額(もしくは一部)を負担する市町村が登場するか、あるいは国の予算からワクチン負担が捻出されるかというと、事は簡単にはいかないのではないかと思われます。
その最たる理由が、子宮頚ガンとHPVの説明を10代前半の女性に、さらに父兄に説明することが簡単ではないからです。
周知のようにHPVは性交渉で感染します。ワクチン接種が10代前半の女性で特に大切なのは、「まだ性交渉の経験がない時点で接種すべきだから」です。教育者の立場からすれば、まず性交渉について教える必要があり、さらに性交渉によって感染する病原体があり、そのひとつがHPVであることを教育しなければなりません。
すると、一部の保守的な人たちから、「少女に性交渉のことを学校で教育するなどけしからん! そんなことをすれば不順異性交遊が増えるではないか!」という意見が出てくるのです。私は、NPO法人GINA(ジーナ)の関係で、教育者の方々から、教育の現場でいかに性交渉や性感染症のことを教えるのが困難かという話をときどき聞きます。一部の教育者やPTAからの反対ばかりか、ときには右翼団体から嫌がらせをされることもあるそうです。
そんななか、魚沼市が今回の決定をしたことに私は大変注目しています。今後同市でワクチン接種が徹底され、その後の追跡調査で同市の子宮頚ガン発症率が大きく減少することを楽しみにしたいと思います。そして、他の自治体も同市を見習って行政負担でワクチン接種を普及させてもらいたいと考えています。
ところで、HPVワクチン普及に際して、私には2つの気になることがあります。
1つは、HPV感染に対する誤解です。HPV(のハイリスク型)は、多くの女性が生涯を通して一度は感染すると言われています。ときどき、書物やインターネットなどに、HPV感染のリスクは、不特定多数との性交渉、危険な性交渉、などと書かれていますが、これは必ずしも正しくありません。なぜなら、生涯ただひとりの男性しか知らないという女性でもHPVに感染し子宮頚ガンを発症することがあるからです。
私は、HPVというウイルスが世間に広く認識されるにつれ、子宮頚ガンの患者さんが「危険な性交渉の結果なんだから自業自得の病気だ」と思われないかを危惧しています。教育者の方には、HPVワクチンの説明をする際にこの点には充分に注意してもらいたいと考えています。
もうひとつ、私が気になることは、HPVワクチンが普及することはもちろん歓迎すべきなのですが、HBVワクチン(B型肝炎ウイルスのワクチン)を忘れないでもらいたい、ということです。
HBVは感染力が極めて強い感染症で、性感染で考えるとコンドームでも完全には防げません。感染後数ヶ月で劇症肝炎を起こし命にかかわる状態になることもありますし、また最近では慢性化するタイプのウイルスが増えてきています。HBVワクチンの接種は世界的には常識で、現在では国連加盟国192ヶ国中171ヶ国が生まれてくる子供全員にワクチン接種をしています。ところが、日本でHBVのワクチン接種をしている人はまだまだ多くはありません。
実際に性感染症を心配している患者さんと話をしてみても、例えばHIVの知識は豊富なのに、HIVとは比べ物にならないくらい感染力が強く予防を考えなければならないHBVについては関心がなくて驚かされることがしばしばあります。HIV予防のスローガンで「コンドームをしていればHIV感染は防げます」と言われますが、これはHBVのワクチン接種を済ませているということが前提です。もしも医療現場で院内感染を考えるときに、HBVをないがしろにしてHIV対策ばかりやっていれば本末転倒と言わざるをえません。性感染症の予防も同じことです。
今のところ、地方自治体でHBVワクチンを行政負担でおこなっているところはないと思われます。HPVワクチンが接種したとしても子宮頚ガンのリスクをゼロにすることはできず、ワクチン接種の有無に関わらず定期的な子宮頚ガンの検診を受けなければならないのに対し、HBVはワクチン接種をして抗体をつくればほぼ100%感染を防ぐことができます。HPVワクチン普及と同時に、HBVワクチンの重要性も世間に伝わってほしいと切に願います。
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第76回 インフルエンザ菌とそのワクチン 2009/12/21
通常「インフルエンザ」と聞けば、ほとんどの人は「インフルエンザウイルス」を思い浮かべるのではないかと思います。現在世界規模で流行している「新型インフルエンザ」も、もちろん「インフルエンザウイルス」に属します。
「インフルエンザウイルス」の他に、「インフルエンザ菌」という細菌が存在することをご存知でしょうか。今回は、インフルエンザ菌に感染すると、ときに重症化をきたし、特に子供では死亡例も少なくない、という話をしたいのですが、まずは、なぜこのようなややこしい名前の細菌が存在するのか、ということについてお話したいと思います。
インフルエンザウイルスは、現在流行している新型インフルエンザ以外にも、これまでスペイン風邪、アジア風邪、香港風邪などのように歴史に残る流行をみせています。20世紀以前にも、世界史を変えるような流行が何度もあったと考えられています。
19世紀の後半、ヨーロッパでインフルエンザが大流行をみせましたが、原因となる病原体はなかなか発見されませんでした。そんななか、ドイツのある細菌学者(北里柴三郎という説もあります)がインフルエンザに罹患している患者の咽頭からある細菌を見つけ出すことに成功し、これがインフルエンザの原因菌と考えられ、「インフルエンザ菌」と命名されました。
ところがこれが誤りであったことが後に判明します。この患者の咽頭にインフルエンザ菌が存在していたのは”たまたま”であり、高熱などの症状の原因となっていたのはインフルエンザウイルスであったと理解されるようになりました。
では、なぜインフルエンザウイルスがなかなか発見できなかったのかというと、当時の微生物学の知識と技術ではウイルスの存在が分からなかったのです。通常の光学顕微鏡では見えないウイルスの存在は、1935年にアメリカのスタンレーという学者がタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したときに初めて科学的に証明されたのです。
では話を戻しましょう。
インフルエンザウイルスが毎年のように流行し誰でも知っている感染症なのに対して、インフルエンザ菌は一般的にはあまり馴染みがないと思われます。しかしながら、この細菌により死亡している5歳未満の小児は、世界で年間371,000人(2000年)にもなるというデータがあります。(『Lancet』2009年9月12日号)
インフルエンザ菌が原因となる最も重要な疾患は髄膜炎です。髄膜炎は、脳や脊髄を覆う髄膜に病原体が侵入し炎症を起こす病気です。細菌性の髄膜炎は重症化しやすいのですが、その約6割はインフルエンザ菌が原因です。インフルエンザ菌が原因の髄膜炎に罹患すると、約5%が死亡し、15~20%は発達の遅れ、てんかん、聴覚障害などの後遺症を残すと言われています。
死亡者の多くは衛生環境の整っていない発展途上国であるのは事実ですが、日本でも毎年何十人もの子供が亡くなっています。一方、日本以外の先進国ではインフルエンザ菌による死亡者はほとんどいません。これはなぜかというと、インフルエンザ菌には優れたワクチンがあるからです。ワクチン接種をきちんとしておけばこの病原体に悩まされることはないのです。
では、なぜ日本ではインフルエンザ菌によって死んでしまう子供が少なくないのか。これはもちろん日本人がワクチンをうたないからです。麻疹(はしか)が流行する先進国は日本だけ、というのはこのウェブサイトで何度もお伝えしていますが、麻疹の場合は、ワクチンが存在しているのにもかかわらず意図的に接種しない人(させない親)が少なくないからです。(参考までに、2001年度に麻疹に罹患したアメリカ人は116人なのに対し、日本人は278,000人にもなるというデータがあります)
インフルエンザ菌の場合は麻疹とは事情が異なります。インフルエンザ菌のワクチンが日本で接種できるようになったのは、なんと2008年12月からです。参考までに、アメリカでは1987年よりすでに定期的に接種されています。つまり、国がワクチン接種を最近まで認めていなかったために接種しようと思ってもできなかったというわけです。
2008年12月からは日本でも接種できるようになりましたから、これで一安心、と思いたいところですが、現実は少し厳しいようです。その一番の理由は費用です。
日本ではワクチン接種を「定期予防接種」と「任意予防接種」に分けています。「定期予防接種」は公費で、すなわち無料で接種することができるのに対して、「任意予防接種」は無料にならないどころか保険適用もありませんから全額自費となります。現在定期予防接種に指定されているのは、小児のBCG,破傷風・百日咳・ジフテリアの三種混合ワクチン、麻疹、風疹、日本脳炎、ポリオウイルスと、65歳以上のインフルエンザのみで、これら以外は「任意」となります。また規定の年齢を外れればやはり「任意」となり有料となります。
インフルエンザ菌のワクチンは「任意予防接種」であり、さらに合計4回(生後2~7か月の間に3回、1歳で1回の合計4回)の接種となりますから金銭的負担がかなりのものになります。医療機関によって値段は異なりますが、だいたい4回で3万円前後のところが多いようです。
3万円となると負担できない人(親)は少なくないと思われます。そして、このワクチンがスムーズにおこなえない理由がもうひとつあります。それは供給不足です。インフルエンザ菌のワクチンが重要なのは随分前から指摘されていましたから、わが子に接種したいと考える親御さんたちは少なくありません。麻疹ワクチンの接種率が低すぎる一方で、予防医学に対する関心が高い人も大勢いるのが日本の現実というわけです。
供給不足は深刻化しており、各地でインフルエンザ菌のワクチンが不足することとなり、4回目の追加接種を待ってほしいと呼びかける医療機関が現在相次いでいます。
さて、私がインフルエンザ菌のワクチンを検討しているのは、小児だけでなく成人の免疫不全状態にある人、あるいは免疫力が低下している人に対してもです。WHOは2006年に、「年長小児や成人でも、HIV感染者、免疫グロブリン欠損者、造血幹細胞移植を受けた者、悪性腫瘍で化学療法を受けている者、無脾症者なども少なくとも1回は接種を受けるべきである」とコメントしています。(WHO, WER, 81, No.47, 445-452, 2006)
特に私が懸念しているのは、日本で増加の一途にあるHIV陽性者に対しての予防接種です。また喘息や糖尿病などの持病がある人にも積極的に接種すべきではないかと考えています。実際、インフルエンザ菌は髄膜炎の起炎菌だけではなく、細菌性肺炎の原因菌としては肺炎球菌に次いで2番目に多いのです。
しかし現実は、ワクチンが認可されてまだ1年しかたっておらず、供給量が不足しているわけですから、成人に対する予防接種が浸透するのは当分先のこととなるでしょう。
注:インフルエンザ菌の学名は「Haemophilus influenzae type B」です。これを略し「hib」という言い方も普及しています。書物やウェブサイトによってはインフルエンザ菌のワクチンを「hibワクチン」としているものも多数あります。
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|2013年6月15日 土曜日
第75回 ニキビの治療は変わったか 2009/11/20
このコラムの2008年10月号でお伝えしたように、2008年10月21日にアダパレン(商品名はディフェリンゲル)が発売になり、ニキビの治療の歴史が変わりました。
アダパレンは海外では10年以上の歴史を持ち、世界的にはニキビの第1選択薬として広く使われています。しかし、日本では、ピリピリするといった副作用があることや、妊婦・授乳婦には使えない、などといった否定的な側面が懸念されてなのか、2008年になってようやく認可が下りたのです。
アダパレンが保険適用となり、当院でも多くのニキビの患者さんに処方するようになりました。(保険適用になるまでは自費で処方していました) 副作用の出現頻度は、やはり以前から報告されている通り数パーセントの患者さんにみられます。ただし、大半はピリピリするという副作用はしばらく使い続けているうちに消えていきますし、カサカサするという症状は医療用の保湿剤などを併用することによりかなり改善されます。
しかしながら、なかには赤く腫れたり、使えば使うほど痒みが増していったりというケースもあり、こうなれば使用を中止しなければなりません。
さて、日本皮膚科学会では、アダパレン発売後、「ざ瘡(ニキビ)治療ガイドライン」というものを制定しました。同学会は、「欧米のガイドラインをそのまま踏襲することはせず・・・」と述べていますが、完成したガイドラインをみてみると欧米のものとそう大差はありません。ということは、世界中のどこにいってもニキビのガイドラインは大きく異なることはない、ということになります。
ガイドラインでは、ニキビの重症度に応じておこなわれるべき治療法が推薦されています。そして、治療法にはA、B、C1、C2の4段階のランクが付けられており、これらは以下のように定義づけられています。
A:行うよう強く推奨する
B:行うよう推奨する
C1:良質な根拠は少ないが、選択肢の1つとして推奨する
C2:充分な根拠がないので(現時点では)推奨できない
では、簡単にガイドラインにある治療法を紹介していきましょう。
まず、Aとして推奨されているのは、アダパレン、抗菌薬(抗生物質)外用及び内服で、これら3つの治療は、だいたいどの重症度でも推奨されています。
Bとされているのは、ステロイド局注ですが、これは「少数の嚢腫/硬結をふくむもの」に対してだけなので、重症化した局所の治療に限定されます。
C1もしくはC2とされているのは、ケミカルピーリングやイオウ製剤、漢方薬などです。
最も古典的なニキビ治療薬のひとつであるイオウ製剤はCのランクになっているわけですが、私はアダパレンの登場でますますイオウ製剤が使われる機会が減るのではないかと考えています。というのは、アダパレンを使用すると、もちろん個人差はありますが、肌がカサカサしたり乾燥したりすると言う人が少なくないからです。乾燥した肌にイオウ製剤を外用するとピリピリとした痛みが出現することになりかねません。
ケミカルピーリングがCにランクされていることを意外に感じる人は少なくないのではないでしょうか。ケミカルピーリングは、アルファヒドロキシ酸 (AHA) やサリチル酸などの薬剤を皮膚の表面に塗布し、新陳代謝の悪くなった角質層を剥がす治療法で、1990年代半ばあたりからニキビやシミ・クスミの改善目的で使用されるようになってきました。当初は医療機関よりもエステティック業界で取り入れられ、トラブルや誤解も相次いだという経緯があり、2001年に日本皮膚科学会がケミカルピーリングのガイドラインを制定しました。保険適用はないものの、数多くの医療機関で自費診療としてケミカルピーリングが開始されるようになり、実際ニキビの治療に積極的に推薦する医師が増えました。
「日本皮膚科学会ケミカルピーリングガイドライン」には、疾患ごとに、どの程度ケミカルピーリングが推奨されるかが記載されています。各疾患が「高い適応のある疾患」「適応のある疾患」「適応の可能性を検討すべき疾患」のいずれかに分類されており、「高い適応のある疾患」、すなわち、積極的にケミカルピーリングを検討しましょう、と考えられている疾患はニキビだけです。
つまり、ケミカルピーリングの立場からみたときには、ニキビが最も効果があるとされているというわけです。一方で、ニキビの立場からみたときにはケミカルピーリングはCのランクしか付けられていないということになります。
こう考えると、ケミカルピーリングは以前謳われていたほどの有効性が期待できないのでは、と感じられます。
そして、さらにケミカルピーリングがニキビに関して他の治療法よりもおこないにくい理由があります。
それは、ケミカルピーリングには保険適用がなく全額自費になること、それに定期的に通院しなければならないことです。要するに、ある程度お金と時間に余裕のある人しかこの治療は続けられないということになります。その上、少なくともニキビに関しては他にもっと有効と考えられている治療法がある、とされているわけですから、今後需要が減っていくことが予想されます。
もっとも、ケミカルピーリングが完全に姿を消すかというと、そういうことにもならないと思われます。なぜなら、それほど医学的な根拠があるとは言えないものの、実際にはシミやクスミがとれたとか、肌が白くなりキメが細かくなったという人もいるからです。今後ケミカルピーリングは、医療現場ではなくエステティック業界が中心となるのではないかと私はみています。
日本皮膚科学会の「ざ瘡(ニキビ)治療ガイドライン」では推薦されていませんが、過酸化ベンゾイル(benzoyl peroxide)という治療薬があります。これは、海外の多くの国では薬局で販売されており、医師の処方せんがなくても購入することができます。副作用はほとんどなく、高い効果が期待できて、なおかつ値段が安いという大変魅力的な製品なのですが、なぜか日本では発売されていません。
過酸化ベンゾイルは、米国製のプロアクティブ(Proactive)の主成分のひとつでもあります。ときどき、「プロアクティブはアメリカ製のはよく効くけど、日本製のものは・・・」という声を耳にしますが、この理由のひとつが、日本のプロアクティブには過酸化ベンゾイルが入れられていないことではないかと思われます。
現時点では、過酸化ベンゾイルを入手しようと思うと個人輸入しかありません。(当院でも海外からの仕入れを検討していますが現時点では目処がついていません) しかしながら、アダパレンが広く使われるようになり、使いやすい抗生物質の外用薬・内服薬がそろっていますから、昔の治療(ビタミン剤や漢方薬が中心だった!)に比べると、ニキビの治療は随分と進化していると言えるのではないでしょうか。
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|2013年6月15日 土曜日
第74回 混乱する新型インフルエンザ 2009/10/21
2009年10月16日、厚生労働省の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」にて、13歳以上への新型インフルエンザワクチン接種回数を見直し、1回とする意見がまとめられました。
ところが10月19日、今度は接種を1回にするかどうかの決定を先送りすることが発表されました。したがって10月19日の時点では、厚労省は現時点では2回接種を原則としていることになります。
新型のワクチンは原則2回接種としておき、16日に突然1回接種とするとし、その3日後に2回接種に戻す、としているわけですから国民の多くはわけがわからなくなっていることでしょう。現場の医療機関でも、19日から医療従事者を対象にワクチン接種を開始していますが、急遽「2回接種を原則とする」とされたことによって混乱が生じています。そして、その後発表された方針では、「20から50代の医療従事者は1回接種とする」とされています。
このような二転三転する厚労省の対応を批判する声も少なくないようですが、私自身としてはやむを得ないのではないかと考えています。そもそも、感染力の強さも重症度の程度も死亡率もワクチンがどれだけ有効かさえもよく分かっていない状況で、常に完璧な対応を求めることは不可能です。
さて、ワクチンはいつ接種できるのか、というのが多くの人にとって一番の関心ごとだと思いますが、現時点でいったい新型インフルエンザはどの程度の感染症なのかということについて、まずはまとめておきましょう。
日本での感染者は、7月以降の感染者が推計で累計234万人と試算されています。(報道は10月16日の毎日新聞など) 死者数は10月16日の時点で27人と発表されています。(報道は10月16日の共同通信など)
単純にこれらの数字から死亡率を計算すると0.001%ということになり、それほど重症化しないのでは?と感じられるかもしれません。
しかしながら、比較的若い世代に重症者が多いこと、(糖尿病や気管支喘息といった)持病のない人にも死亡者が少なくないことを考えると、従来の季節型インフルエンザとは異なると考えるべきです。
海外の発表をみてみましょう。
まず、新型インフルエンザで死亡した人は、10月11日時点で、世界中で4,735人に達しています。(報道は10月19日の共同通信)
WHO (世界保健機関)は、冬に新型インフルエンザが流行したオーストラリアやニュージーランドでは「集中治療室(ICU)に収容された患者が例年の4~8倍に上った」と発表しています。新型は季節型インフルエンザと異なり、健康だった人が重症化するケースが多いのが特徴で、こうした患者は症状が出てから3日以内に悪化するとコメントしています。
『New England Journal of Medicine』という医学誌の電子版10月18日号に掲載された
「Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand」という論文によりますと、オーストラリアとニュージーランドで、新型インフルエンザで集中治療室(ICU)に入った患者のおよそ3分の1は基礎疾患がまったくなく、集中治療室収容者の65%が人工呼吸器を必要としたそうです。
アメリカでは、4月から8月に全米10州で、新型インフルエンザで入院した1,400人のデータを解析したところ、46%の人は喘息や糖尿病といった持病がまったくなかったそうです。(報道は10月15日の共同通信)
また、中南米では新型インフルエンザの死亡率が2%前後の国が多く、メキシコでは7月6日の報告で1.16%を記録していました。この記事は10月14日の「Medical Tribune」という電子媒体が報道していますが、同報道によりますと、メキシコでは4月23日からタミフルを無料配布し、この1週間後から新型インフルエンザによる重症者及び死亡者が激減したそうです。
このような情報が入ると、ワクチンだけでなくタミフルにも期待をしたいところですが、WHO(世界保健機関)は9月25日の時点で、タミフルが効かない(タミフル耐性)の新型インフルエンザが全世界で28例報告されたと発表しています。(報道は9月29日の共同通信)
新型インフルエンザの確定診断がついていなくても、「症状から疑わしいと医師が判断したときはタミフルを積極的に投与すべき」との方針が9月18日に厚労省から出されていますが、これには異論もあります。タミフルの副作用が少なくないとする報告があるからです。
10月11日、日本予防医学リスクマネージメント学会が開催したシンポジウム「医療機関のための新型インフルエンザ対策」で発表されたなかに、タミフルの副作用を報告したものがあり、その発表によりますと、タミフルを服用した215人のうち、何らかの有害事象があったと回答した人は82人に上り(38%)、最も多かったのは30人近くが訴えた疲労です。そのほか、下痢、嘔気、傾眠、腹痛、食欲不振、嗜眠、頭痛、不眠症、発熱などが認められたそうです。
タミフルに関しては、CDC(米疾病対策センター)は9月8日、新型インフルエンザに感染しても、健康な人はタミフルやリレンザなど抗ウイルス薬による治療は原則として必要ないとする指針を発表しています。(報道は9月9日の読売新聞) ということは日米でタミフルの処方に対する考え方が大きく異なっているということになります。
特効薬のタミフルは効かないケースもあり副作用も少なくないとすると(もうひとつの特効薬であるリレンザも死亡例の報告があります)、やはりワクチンに期待したいところですが、どこまで効果があるのか、また副作用はどうなのかという点について、はっきりしたことは誰にも分かりません。
WHOの報告によりますと、中国で39,000人に新型インフルエンザのワクチン接種をした結果、副作用はわずか4人にとどまっており、いずれも頭痛などの軽症とされています。(報道は10月7日の日経新聞) しかしながら、重篤な副作用というのは数十万人に1人程度の割合で発症しますから、39,000人が母数のデータでは「絶対安全」とは言えません。
日本のマスコミでは、輸入ワクチンにはアジュバントと呼ばれる免疫賦活剤が使われているため副作用が未知数であるとしているものがありますが、これも実際のところはよく分かりません。(厚生省が日本のワクチンメーカー4社と癒着しており、自分たちの利権を守りこれら4社を保護するために、輸入品が危険であるかのような言説をおこなっているとの噂もありますが、真実はよくわかりません)
また、輸入ワクチンを「金にものを言わせて日本が輸入してもいいのか」という議論もあります。
例えば、WHO(世界保健機関)の進藤奈邦子医務官は7月16日、都内での講演会後に記者会見し、日本が新型インフルエンザのワクチンを海外から輸入する考えを示していることについて「国際社会で希少なワクチンをさらに日本が買ってしまうのか、私としては残念な印象を持った」とコメントしています。(報道は7月16日の共同通信)
各国の行政の対応をみてみると、ギリシャとイスラエルはすでに8月に全国民にワクチン接種することを発表しています。イギリスも全国民が2回接種できる量を確保すると8月13日にBBCが伝えています。ニューヨークでは、100万人の子供に無料接種するとマイケル・ブルームバーグ市長が発表しています。
一方、日本では全国民の分が確保できない状態であり、輸入に頼ることは途上国の分のワクチンを奪うことになり、また副作用の懸念が大きく報道されており、接種回数も二転三転し・・・、と他国に比べると頼りない感じがしますが、一方では、死亡者が少なくとも現時点では他国に比べて極めて少ないという誇るべき点もあります。
いったい何が正しくて何を信用すべきなのか・・・。新型インフルエンザは”新型”なわけですから絶対的に正しいことは誰にも分かりません。当分の間、二転三転するとしても行政の発表に注目するのが現実的な対処法でしょう。
参考:
はやりの病気 第72回(2009年8月号)「新型インフルエンザの対策は充分か」
はやりの病気 第70回(2009年6月号)「新型インフルエンザの行方」
はやりの病気 第69回(2009年5月号)「疑問だらけの新型インフルエンザ」
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|2013年6月15日 土曜日
第73回(2009年9月) ギラン・バレー症候群
先月(2009年8月)に亡くなった女優の大原麗子さんが患っていた病気として、ギラン・バレー症候群が注目されています。
大原麗子さんは、およそ10年前からギラン・バレー症候群を患い、手足が自由に動かなくなり、骨折や打撲を繰り返していたと報道されています。そのため精神的なバランスを乱していたのかもしれません。2009年8月6日に自宅で孤独死している姿が実弟らによって発見されたそうです。
10年にも及ぶ闘病生活、不自由な手足、精神的苦痛、そして孤独死……、という転機をたどったことを考えれば、大変恐ろしい難治性の病気といえます。実際、ギラン・バレー症候群は、大原麗子さんのように長期間に渡り後遺症を残すこともあれば、短期間で呼吸不全となり治療が遅れれば死に至ることもある<難病>です。しかし、一方ではごく軽症で終わり、一切の後遺症を残さない場合もあります。
今回はそのギラン・バレー症候群についてお話します。
ギラン・バレー症候群の原因として感染症がよく知られています。カンピロバクター(原因菌としては最も有名)、サイトメガロウイルス、EBウイルス、マイコプラズマ、HIVなどの感染症に罹患した”結果”として発症することが多いのです。
しかし、病原体そのものが身体を痛めつけるわけではありません。ギラン・バレー症候群の病態は、病原体と戦うために身体のなかで作られる「抗体」が、”誤って”自分自身の末梢神経細胞を攻撃するというメカニズムです。そして抗体が自分自身の神経を攻撃した結果、運動機能や感覚機能がダメージを受けます。
ですから、医師が症状からギラン・バレー症候群を疑ったときは、症状出現前に風邪などの症状がなかったかどうかを確認します。最も多いカンピロバクターの場合は、風邪症状よりも下痢が主症状ですから、2~3週間前に下痢をしなかったかどうかを尋ねることもあります。しかし、実際には下痢も風邪症状もなく、感染症が先におこっていたかどうかが分からない場合もあります。
ギラン・バレー症候群の症状についてお話します。
まずは「しびれ」が起こることが多いと言えます。これは、両手両足の末梢(遠いところ)に左右対称に起こるのが特徴です。ちょうど、手袋と靴下で覆われる部位にしびれが出現するため、「手袋・靴下型の感覚障害」と呼ばれることもあります。この障害は「しびれ」ではなく「違和感」と言って受診する人もいます。ただし、この障害はそれほど重症化せずに、感覚がまったくなくなる、というところまでは普通は進行しません。
「しびれ」の次に出てくるのが「麻痺(まひ)」といって身体が動かなくなる症状です。つまり、運動神経がやられるわけです。これは足から始まって、次第に上の方に波及していくことが多いのですが、突然上肢から始まったり、目を動かす神経がやられたりすることもあります。
このため、ギラン・バレー症候群の最初の症状が、複視と言って「物が二重に見える」ということもあります。口や舌を動かす神経がやられれば、「物が飲み込みにくい」「上手くしゃべれない」などの症状が出現することもあります。かなり重症化すれば、呼吸筋といって呼吸をするのに必要な筋肉を支配する神経がやられ、その結果自発呼吸ができなくなり人工呼吸器が必要になることもあります。
医師がギラン・バレー症候群を疑ったときにどうするか。なかには一気に症状が進行し、呼吸不全になる可能性もあるわけですから、少しでもこの病気を疑えば、原則として入院してもらいます。そして、確定診断をつけるためにいくつかの検査がおこなわれます。
ギラン・バレー症候群は、神経細胞が破壊されて発症するわけですから、神経の伝達速度や筋肉の動きを調べる検査をします。脳脊髄液もほぼ全例で調べます。ベッドで横向きに丸くなってもらって、腰に太い針を刺して採取します。ギラン・バレー症候群は、子供にも起こる病気で、子供に対してもこの”痛い”検査をしなければならず、何人もの医師と看護師で泣き叫ぶ子供をおさえつけて針を刺すこともあります。
ギラン・バレー症候群と診断がつけば、治療を開始することになります。以前は血漿(けっしょう)交換療法といって、血液を血管から注射針によって対外に取り出し(献血の場面を思い浮かべれば分かりやすいと思います)、その血液を特殊な機械をつかって不純物を取り除き、血液をきれいにしてから体内に戻すという方法です。その「不純物」がギラン・バレー症候群を悪化させている因子と考えられているわけです。
しかし、この方法はそれなりにしんどくて身体に負担がかかります。最近は、免疫グロブリンという血液製剤の一種を長時間かけて(だいたい6時間、1日1回)、数日間(通常は5日間程)連続で投与する方法がよくおこなわれ、この治療の方が効果もあると言われています。
ただし、いずれの治療をおこなうにしても早期に治療を開始することが重要です。他のほとんどの病気と同様、ギラン・バレー症候群も早期発見が何よりも大切だというわけです。
ギラン・バレー症候群は、激しい症状がでたとしても自然に回復する例も多く、教科書によっては「予後良好」と書かれています。「予後良好」とは、分かりやすく言えば、その後、後遺症を残すこともなく元の生活に戻れますよ、という意味です。
しかしながら、実際には罹患者の約5%が死亡にいたると記載されている文献もありますし、死亡にまでいたらなくてもおよそ10%は重篤な機能障害が残り、長期間にわたりリハビリが必要となる場合もあります。
ですから、私の個人的な意見を言えば、ギラン・バレー症候群は、「予後良好」などではなく「早期発見が不可欠な大変重要な疾患」です。私自身は、医師になってまだ数例しかこの病気をみたことがありませんが、しんどい検査や治療を受けなければならなかった小学生の男の子や、意識をなくし人工呼吸器の装着を余儀なくされた30代の女性、などを診察したことを思い出すと、もっともっと世間に注目されてもいい疾患だと感じています。
風邪症状や胃腸炎の後、手足のしびれを感じたとき、物が二重にみえたとき、手に力が入らなかったとき、などは、ギラン・バレー症候群を疑うべきかしれません。症状が軽ければ、医師でも見逃すことがないとは言いきれません。実際、診断がつくまでにそれなりの日数がかってしまう場合があります。
大原麗子さんは日本を代表する大女優です。大原麗子という名前に比べると、ギラン・バレーという名前(この病気を発見したのがギラン・バレーというたしかフランス人の医師だったと思います)はほとんど知られていないかもしれませんが、大原麗子さんの死をきっかけにこの病気の名前が世間に浸透すればいいな、と私は思っています。
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|2013年6月15日 土曜日
第72回 新型インフルエンザの対策は充分か 2009/8/22
お盆明けの8月17日の深夜、私の携帯電話に見慣れない番号が表示されました。66で始まる番号はタイからです。私はNPO法人GINA(ジーナ)の関連でタイからの電話をとることが多いのですが、この番号には見覚えがありません。
声を聞いてもすぐには誰かが分かりませんが、確かに聞き覚えのある声です。タイ語のなかにときおりタイ語風の発音の英語が混じったこの独特の表現・・・。しばらくして、その声の主がグルーアイ(仮名)であることが分かりました。グルーアイは、数年前に私がタイに出張中に宿泊していたホテルのルームメイクの仕事をしていました。トイレの水が流れないからなんとかしてほしい、という私の依頼を一生懸命に聞いてくれたことから仲良くなり、その後何度か電話で話すような関係ではありましたが、ここ2年程は音沙汰がありませんでした。
彼女は、今はイサーン地方(タイの東北地方)の実家に帰り、両親と2人の子供と一緒に暮らしていると言います。しかし、グルーアイはそのようなことを私に報告したくて電話してきたわけではありませんでした。同じ村の中学生の女の子が突然死んだというのです。そして、その原因が「カイ・ワット・メキシコー」だと言います。
つまり、新型インフルエンザでこの前まで元気だった近所の女の子が死んじゃった、この病気は今タイで急速に広がっている、自分や自分の家族が感染しないためにはどうしたらいいのか教えてほしい・・・。これが、彼女が私に電話をしてきた理由でした。
タイでは先月(2009年7月)あたりから、新型インフルエンザの罹患者が急速に増えだし、死者も相次いでいます。たしか、死者が65人に増えた、というニュースをお盆前にタイの英字新聞で読んだ記憶がありました。
しかも、若い世代の間に死者が少なくないという報道もあります。近所の若い女の子が突然発症し短期間で死亡すれば、グルーアイのように恐怖を感じるのも無理はありません。
新型インフルエンザの対策として重要なのは、外出を控える、うがい・手洗いを励行する、感染を疑えば直ちに医療機関を受診する、といったあたりです。言われなくても分かることばかりですが・・・。
幸にもグルーアイの実家では田植えは7月に終了しています。イサーン地方の一般的な農家では、田植え(タム・ナー)が終了すれば次は稲刈り(キアオ・カーオ)まであまりすることがありません。せいぜい、近所に魚を取りに行くか、野菜を育てるか、たまに市場に買出しに行くか、といった程度のはずです。私は、できるだけ人の集まるところには行かないようにして、うがい・手洗いをしっかりするように言いました。
問題は、学校に通っているグルーアイの子供たちです。しかし、これは学校の指示に従うしかありませんから、あまり過剰に心配しすぎないように言いました。
さて、新型インフルエンザは日本でもついに死亡者が出ました。8月20日時点で3人の死亡が確認されており、3人とも基礎疾患があり免疫力が低下していた状態での感染であった、と報告されています。
しかし、これからどうなるかは分かりません。タイでも死亡者の多くは循環器疾患や糖尿病、肥満、などがあったそうですが、そうではなく、グルーアイの近所の女の子のように日頃は元気であった症例も少なくはないようです。タイでの新型インフルエンザによる死亡者は8月15日までで111人と報告されています。(8月19日のBangkok Post)
すでに日本での感染者は5千人を越えており、集団発生以外は報告義務もなくなっていますから正確な実態はつかめませんが、かなりの感染者数になっているのは間違いありません。8月19日には、舛添厚生労働大臣が記者会見で事実上の流行宣言を表明しています。
しかし、5月の連休前後にはあれだけあふれていたマスクをした人の姿がなぜか(少なくとも大阪の繁華街では)ほとんど見られません。5月には関西では各地でコンサートやライブ、その他イベントなどが中止されました。しかし、奇妙なことに、その後新型インフルエンザの勢いが増しているのにもかかわらず、7月、8月にはコンサートなどの自粛はほとんど聞きませんし、5月に中止となった代わりに7月や8月におこなわれているコンサートやイベントすらあります。
新型インフルエンザの重症度については、5月の時点で米国科学誌『サイエンス』で、死亡者はアジア風邪並みの0.4~0.5%程度であることが発表されています。(報道は5月12日の共同通信など)
そして、今月にも同様の数字が発表されています。オランダ・ユトレヒト大学の西浦博研究員(理論疫学)らの研究で、やはり新型インフルエンザの死亡率はアジア風邪並みの0.5%程度だと発表されています。(報道は8月19日の読売新聞など)
このように、当初から(少なくとも世界的には)重症度の見解には変更がないわけです。にもかかわらず、日本の一般市民の新型インフルエンザに対する対応が5月と現在で異なるのはなぜなのでしょうか。現在の方が感染者も死亡者も増えているのに、マスクをしている人をほとんど見かけることがなく、コンサートやイベントが自粛されないことが、私には不思議でなりません。
私は、マスクの着用を義務化しコンサートを自粛せよ、と言っているわけではありません。むしろ、あの5月の混乱には違和感を覚えていました。しかし、重症度の見解が変わっておらず、感染者も死亡者が増えているなかで、一般市民の予防意識が低下していることを危惧しているのです。
参考までに、アジア風邪というのは、香港風邪、スペイン風邪とならんで、20世紀の三大インフルエンザのひとつです。1957年から1958年にかけて、中国や香港から世界中に広がり、死亡者は世界で100万人以上(200万人以上という説もあります)にも上ります。日本でも、数千人が死亡したとされています。
つまり、科学者の見解では、新型インフルエンザは、日本だけで数千人が死亡したアジア風邪に匹敵するくらいの重症度であるわけです。5月のあの混乱ぶりは異常だとは思いますが、現在取るべき対策がとられているのかどうかはしっかりと検証すべきでしょう。
ワクチンが完成するまでは、うがい・手洗いの励行、人の集まるところに行くのは最低限にする、などの対策が大変重要になってきます。
今朝(8月21日)のBangkok Postに目を通すと、グルーアイと同じイサーン地方のある県で、26歳の妊婦が新型インフルエンザで死亡したという記事が報道されていました。若い妊婦が死亡しているのが新型インフルエンザの現実なのです。
この妊婦は死亡しましたが、帝王切開で誕生となった8ヶ月の赤ちゃんは1,400グラムしかないもものの今のところ元気なようです。
参考:
はやりの病気第69回(2009年5月号)「疑問だらけの新型インフルエンザ」
はやりの病気第70回(2009年6月号)「新型インフルエンザの行方」
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|2013年6月15日 土曜日
第71回 帯状疱疹とヘルペスの混乱 2009/7/21
突然胸の右半分が痛くなってブツブツがでてきたんです。看護師をしている義理の姉にそのことを相談したら、「それはヘルペスだからすぐに病院に行け」と言われて来たんですけどね、先生、これって本当にヘルペスなんですか?
これは、私が実際に患者さんから言われたことのある言葉です。
この患者さんの病名は「ヘルペス」ではなく「帯状疱疹」です。実は、この患者さんのように「帯状疱疹」と「ヘルペス」を混同してしまっているケースは少なくありません。ではなぜ、この患者さんの義理のお姉さんは帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。
それを解説する前に、帯状疱疹という病気を簡単にまとめておきましょう。
帯状疱疹は「水痘帯状疱疹ウイルス」というウイルスが原因です。多くのウイルス性疾患は、そのウイルスに感染した直後に症状が出てきますが、水痘帯状疱疹ウイルスの場合は少し異なります。
このウイルスに感染するのは多くの場合子供の頃です。水痘(すいとう)とは「みずぼうそう」のことです。つまり、みずぼうそうの原因ウイルスが帯状疱疹の原因ウイルスでもあるわけです。
話がややこしくなってきましたので、もう少し分かりやすく説明いたします。
まず、多くの子供はみずぼうそうに罹患します。みずぼうそうに罹患すると発熱と皮疹が出現します。しかし、みずぼうそうは、普通は数日から1週間程度で熱が下がり皮疹も消えていき、それで「治癒」となります。(ワクチンを接種していれば、みずぼうそうにかからないことが多いのですが残念ながらみずぼうそうのワクチン(水痘ワクチン)の接種率は日本ではそれほど高くありません)
みずぼうそうは通常一生に一度しかかかりません。では、みずぼうそうの原因ウイルスである水痘ウイルスは完全に死滅するのかというと、そういうわけでもありません。発熱や皮疹といった症状は消えて再発することはありませんが、ウイルス自体は身体の奥(神経節)に潜みます。そしてこのウイルスは一生体内から消えることはありません。
では、みずぼうそうを発症し治癒した後、このウイルスは一生おとなしくしているのかというと、そういうわけでもありません。成人してから”もう一度だけ”身体の表面にやってきます。しかし、みずぼうそうのときのように全身に皮疹が出現するわけではありません。顔だけ、胸部だけ、腹部だけ、といったかたちで限局して皮疹が出現します。そして必ず身体の半分だけ(右側だけ、もしくは左側だけ)に出現します。
冒頭で紹介した患者さんは右の胸部にポツポツとした水疱と痛みがありました。通常、帯状疱疹は視診だけで(見るだけで)すぐに診断がつきます。この患者さんの疾患名は「帯状疱疹」で間違いありません。
では、この患者さんの義理のお姉さんの看護師は、なぜ帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。
実は、医療者によっては帯状疱疹のことを「ヘルペス」と呼んでいることがあります。その理由は、帯状疱疹を「herpes zoster virus infection(ヘルペス・ゾスター・ウイルス・インフェクション)」ということがあるからです。(参考までに、herpesは「ヘルペス」と発音すると、英語を母国語としている人にはまず通じません。正しい英語の発音を無理やりカタカナにすると「ヘルペス」ではなく「ハーピス」という音が近いでしょう)
しかし、herpes zoster virus infectionなどという呼び方は医学の教科書にはでてきますが、一般的ではありませんから、少なくとも患者さんに説明するときには使うべきでない、と私は考えています。
ほとんどの人が「ヘルペス」と聞けば、口唇ヘルペスや性器ヘルペスを連想するでしょう。これらは単純ヘルペスウイルスというウイルスが原因となります。ヘルペスという病気が(私にとって)興味深い理由のひとつは、人によって持っているイメージが異なるということです。ヘルペスと聞いて口唇ヘルペスをイメージする人は、疲れたときに唇や鼻の周りにできる「誰にでも起こりうるよくある病気」と考えます。一方、性器ヘルペスを想像する人であれば、性感染症(性病)のひとつとして「ネガティブなイメージの病気」と考えます。実際、冒頭で紹介した患者さんは、義理のお姉さんにヘルペスと言われて、自分は性病にかかったのではないか、と考えたそうです。
単純ヘルペスウイルスについて補足しておくと、口唇ヘルペスや性器ヘルペス以外にも身体のあちこちにできることがあります。子供であれば、手の指や口の中にできることはよくありますし、成人では殿部(おしり)にできるヘルペスをよくみかけます。身体のどこにできようが、これら単純ヘルペスウイルスが原因となるヘルペスは「単純ヘルペスウイルス感染症」と呼ばれます。帯状疱疹とは異なり、単純ヘルペスウイルス感染症は、何度でも再発します。よく言われるように、体調が悪いとき、寝不足のとき、精神的ストレスがたまっているときなどに再発することが多いと言えます。口唇ヘルペスの場合は、日焼け(紫外線の暴露)により再発することもあります。
帯状疱疹と(単純)ヘルペスを混乱しやすい理由がもうひとつあります。それは、使う薬が同じ、というものです。(ただし使用量は異なります)
では、違う病気なのになぜ同じ薬を使うのか、そして、そもそもなぜ帯状疱疹のことをherpes zoster virus infectionと呼ぶのかというと、単純ヘルペスウイルスも水痘帯状疱疹ウイルスも、同じ仲間(ヘルペスウイルス科)に属するからです。(注)
このように、帯状疱疹と(単純)ヘルペスは似ている病気ではあるのですが、決定的に異なる大変重要な点が2つあります。
ひとつは、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと痛みが残ることがある、という点です。この痛みのことを「帯状疱疹後神経痛」と呼び、ひどい場合は衣服の着替えもできなくなるほどです。
もうひとつは、単純ヘルペスが何度でも再発する可能性があるのに対し、帯状疱疹は”一度だけ”ということです。ただし、”一度だけ”には例外もあります。つまり、場合によっては”何度も”出現することがあるのです。そして”何度も”出現する場合は、「何らかの病気」がある可能性があります。「何らかの病気」としてよくあるのが、悪性腫瘍、膠原病、HIV感染などの免疫系に異常をきたす病気です。
実際、患者さんから「(今回だけでなく)前にも帯状疱疹が出たことがあるんですよ」と言われ、そこからHIV感染や膠原病が見つかることがときどきあります。
最後に、帯状疱疹と(単純)ヘルペスについてまとめておきましょう。
1、 帯状疱疹と(単純)ヘルペスは異なる病気だが、原因ウイルスは同じグループに属している。
2、どちらも使用する薬は同じだが量は異なる。
3、(単純)ヘルペスは何度でも再発することがあるのに対し、帯状疱疹が出現するのは”一度だけ”である。
4、もし帯状疱疹が何度も出現すれば、HIVや膠原病といった免疫系の異常を疑う必要がある。
5、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと激しい痛みが長年に渡り残ることがある。
注 ヒトヘルペスウイルス(以下HHV)には合計8種類があり番号が振られています。単純ヘルペスウイルスはHHVの1型(HHV-1)と2型(HHV-2)です。以前は、口唇ヘルペスはHHV-1、性器ヘルペスはHHV-2と分類できたのですが、最近は口唇ヘルペスからHHV-2がみつかったりその逆に性器ヘルペスからHHV-1がみつかったりすることが珍しくなくなり、現在はHHV-1とHHV-2を区別する意味がなくなってきました。水痘帯状疱疹ウイルスはHHV-3です。HHV-4はEBウイルス、HHV-5はサイトメガロウイルス、HHV-6とHHV-7は突発性発疹の原因ウイルスです。ときどき突発性発疹に2回かかる子供がいるのは6型と7型の両方に感染することがあるからです。HHV-8はエイズの合併症として有名なカポジ肉腫の原因ウイルスです。
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