はやりの病気
第14回 熱中症 2005/08/13
夏に特有の疾患の代表のひとつが、「熱中症」です。今年の夏も、私自身たくさんの患者さんを診ています。「熱中症」は、猛暑となった年には死亡例が報告されることもあり、「危険な」病気のひとつであります。ただ、一言で「熱中症」と言っても、自宅で安静にして様子をみれるような状態から、ただちに救急救命センターに搬送されなければならないような重症例まで様々です。また、「熱中症」と似た言葉に、「日射病」や「熱射病」というものもあり、言葉が混乱しているような印象を受けます。
今回は、この「熱中症」についてまとめてみたいと思います。
まずは、言葉を整理しましょう。「熱中症」は大きくふたつに分けることができます。簡単に言えば、「重症の熱中症」と「軽症の熱中症」です。何が重症で何が軽症か、最も大きな違いは、「体温が上昇するかどうか」です。体温が上昇しなければ「軽症」、上昇すれば「重症」、ということになります。
さらに細かくみていきましょう。
体温の上昇しない「軽症の熱中症」には、「日射病」と呼ばれるものと、「熱痙攣」と呼ばれるものがあります。
「日射病」は、炎天下で長時間立っていたり、運動中に、特に頭に直射日光を浴びた場合に起こりやすいと言えます。通常、皮膚が高温にさらされると、その部位の血管は拡張し、運動をおこなえば筋肉にたくさんの血流が流れます。そして、多量の汗が出ます。この状態が長時間続くと、血管内の血液量が足らなくなり、いわゆる「循環障害」、つまり「脱水」になります。これが「日射病」のメカニズムです。日射病では、通常、汗が多量に出ており、皮膚は冷たくなっていることが多く、体温は正常か、むしろ低くなっています。
「熱痙攣」は、多量の発汗で、塩分が失われることによって起こります。炎天下で大量に汗をかき、脱水を防ごうと、一生懸命水分を取ったがためにこの状態になることがあります。つまり、血液が薄くなりすぎている状態です。症状としては、痙攣が起こるのが特徴です。筋肉に痛みが伴うことも珍しくありません。また、内蔵の筋肉が痙攣を起こすこともあり、この場合は、腹痛や嘔吐が起こることもあります。
これを防ぐには、水分と一緒に塩分を摂ることが必要です。最もすぐれた飲料水のひとつが、いわゆるスポーツ飲料水です。スポーツ飲料水は、適度に塩分などの電解質が含まれており、汗をかいた身体には最適です。
昔の人は、真夏に麦茶に塩を入れて飲んでいたそうですが、これは「熱痙攣」を予防するのに極めて合理的な対処法です。豊富な種類のスポーツ飲料水は、科学的な考察のもとにつくられていますが、そのような知識のなかった昔の人たちは、経験的に適切な対処法を理解していたのでしょう。
次に、「重症の熱中症」をみていきましょう。重症の熱中症には、「熱疲労」と「熱射病」があります。これらでは、体温が上昇するのが特徴です。なぜ、体温が上昇するかというと、それまで身体が一生懸命体温を下げようと努力していましたが、ついにその努力が追いつかなくなり、体温調節機能が破綻してしまうからです。
「熱疲労」では、多量の発汗、頭痛、めまい、嘔気、嘔吐、筋力低下、視力障害、皮膚紅潮などの症状が出現し、ひどい場合は、動悸、頻脈、頻呼吸、血圧低下などもみられます。しかし、意識を失うことはありません。
「熱射病」では、体温が40.5度以上となり、意識障害が出現します。さらに、発汗が停止していれば、まず間違いなく「熱射病」であります。熱射病の致死率はきわめて高く、10%を超えると言われています。
「熱疲労」を放っておくと、「熱射病」に移行し、最悪の場合、致死的な状態になることもありますから、熱中症の可能性があり、体温が上昇してくるような場合は、迷わずに救急車を呼ぶべきです。
では、どのようにして、熱中症を防げばいいかをみていきましょう。
まずは、「脱水」の対策です。炎天下で運動や作業をすれば多量に汗をかき、脱水に陥ります。通常、高温環境での運動は、1時間に2.5リットル以上の汗をかくといわれています。そして、体重の3%を超える脱水になれば、体温が上昇しやすいことが分かっています。例えば、体重60kgの人であれば、60kg x 3% = 1.8リットルの汗をかけば、体温が上昇するような、すなわち「熱疲労」や「熱射病」といった「重症の熱中症」になる可能性があるわけです。1時間に2.5リットルの汗をかくわけですから、45分程度でこの状態になることもありうるわけです。
これが体重40kgの人であれば、体重の3%は、40kg x 3% = 1.2リットルですから、30分たらずで、危険な状態になってしまいます。
私が子供の頃は、「運動中に水分をとればバテるから水分はとってはいけない」と言われていました。これはひとつには、スポーツ飲料水がまだ普及していなかったということもあり、塩分をとらずに水分だけを摂れば、先に述べた「熱痙攣」の状態になることがあり、部分的には理にかなっている、とも言えるのですが、やはり危険なことです。
現在では、運動中もむしろスポーツ飲料水を積極的に摂取することが奨励されており、テレビでサッカーやバレーボールなどのプロスポーツをみていても、選手が試合中にも積極的にスポーツ飲料水を飲んでいる光景がうつされます。(これはいい宣伝効果になっていますね。)
さて、「脱水」を起こすのは何も高温環境下のみではありません。室温がそれほど高くなくても、湿度の高い状態であれば脱水になることもあります。なかには、室温が25度前後なのに、多湿が原因で脱水になったという症例もあります。お年寄りの方で、クーラーは身体に悪いと信じ込み、真夏でもほとんどエアコンを入れない人がいますが、これも危険です。昔の日本の家屋のように風通しのよい部屋にいるならまだしも、マンションなど現代型の住居にお住まいの方は、積極的にエアコンを活用すべきでしょう。
外にいても「多湿」の状態になり、脱水に陥ることもあります。これは、通気性の悪い衣服を着ている場合ですが、木綿製の作業服でも起こりえます。それは作業服が油まみれになっている場合です。つい先日も、ある病院で外来をしているとき、油で真っ黒になった作業服を着ている作業員の方が、熱中症で救急搬送されてきました。
次に気をつけていただきたいのが、「薬を飲んでいる人」です。薬のなかには、発汗を抑制し、「脱水」に、さらに「熱中症」を引き起こす可能性のあるものがあります。
具体的には、心臓や高血圧のときに使う「βブロッカー」や、前立腺肥大症の治療などに使う「αブロッカー」、また一部の精神症状に用いる「メジャートランキライザー」と呼ばれる薬の一部も相当します。排尿を促進したり、(本来の使い方ではありませんが)一部の人がやせるために使っている「利尿薬」も脱水を引き起こしますし、もちろん違法ですが「コカイン」や「覚醒剤」でも脱水が起こります。
また、薬ではありませんが、アルコール摂取も脱水を引き起こすので注意が必要です。「脱水を防ぐためにビールをたくさん飲んでいる」、という人をときおり見かけますが、これは大きな間違いです。アルコールは摂取すればするほど、体内でアルコールを分解するために大量の水が消費されるからです。
それから、肥満の人も注意が必要です。肥満の人は皮膚がたるんで重なりあっていることが多く、充分に汗が出ないのです。また、極端に痩せている人も注意が必要です。これは体重が少ないと、わずかな発汗でも体重あたりの発汗量が増えることが理由のひとつです。
熱中症は、予防することによってかなりの部分で回避できますし、もしも熱中症を疑ったときも、体温が上昇しているかどうかなどで、重症度が判定でき、救急車を呼ぶきっかけになります。もちろん、体温上昇がなくても、しんどさが普通でないときには救急車を呼びましょう。短時間に体温が上昇し、危険な状態になる可能性もありますし、熱中症以外の重要な病気である可能性もあるからです。
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