はやりの病気

第102回 抜け毛・薄毛を再考する 2012/2/20

難治性の皮膚疾患のひとつとして、男女ともに「抜け毛・薄毛」があります。これらはどのようなタイプのものであったとしても、寿命が短くなることはありませんし、「身体的に」しんどくて日常生活が制限されることはありません。

 けれども、身体的には問題がなかったとしても、「精神的に」あるいは「社会的に」は、場合によっては相当しんどくなり、”重症化”すれば、外出が妨げられたり、登校できなくなったり、就職活動ができなくなったり、・・・、と、人間らしい営みができなくなることもあります。

 今回は、抜け毛・薄毛について現在おこなわれている治療や注意点をまとめていきたいと思いますが、まず初めに抜け毛・薄毛の分類から始めていきましょう。

 医療機関を受診する抜け毛・薄毛で多いのが円形脱毛症と壮年性脱毛症(最近はAGAと呼ばれることが増えてきました)です。太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、この2つで99%を占めて、2つの割合は1:1くらいです。では、その2つについて・・・、と進む前に、まずは残りの約1%を占める「他の脱毛症」を整理しておきましょう。

 年に1例あるかないかという程度ですが、見逃してはいけない脱毛として「甲状腺機能低下症に伴う脱毛」があります。比較的若い女性で、むくみ、低体温、低血圧、便秘などが伴っていれば鑑別にいれるべきです。一般に甲状腺疾患は、医師が疑わない限り調べられることはありませんから、むくみなどの症状がある場合は、脱毛とは無関係、と思わずに医師に伝えるべきです。

 また、これも若い女性に比較的多い疾患ですが、全身性エリテマトーデスという自己免疫疾患に脱毛が合併することがあります。ただし、私の場合、重症化した全身性エリテマトーデスの患者さんに脱毛があったという症例は経験したことがありますが、脱毛からこの疾患を発見したという経験はありません。

 感染症に伴うものとして、さほど多いわけではありませんが(私はタイでしか診たことがありません)梅毒に伴う脱毛があります。梅毒が進行すると頭皮全体に脱毛が進行することがあるのです。なぜ、日本では少ないかというと、日本ではおそらく脱毛にすすむ前に他の症状から梅毒が疑われて検査されるからだと思われます。しかし、梅毒は無症状で長期間わからないこともありますから、脱毛の鑑別のひとつにいれておかなければなりません。

 かぶれが原因になっていることもあります。パーマ液や整髪用品にかぶれて悪化して脱毛が起こることがありますし、皮肉なことに育毛剤が原因で頭皮が腫れて脱毛が進むこともあります。ただ、こういったケースはきちんとかぶれの治療をおこなえば普通はすぐに治ります。

 薬剤性の脱毛というものもあります。最も有名なのは抗ガン剤によるものですが、一部の利尿薬や高脂血症の薬、痛風発作の予防薬、ビタミンAの誘導体などでも起こることがあります。しかし薬剤性の脱毛であればその原因薬剤を止めれば治ります。とはいえ、毛がどんどん抜けていくのを日々体験するのは心理的につらいものがありますから、抗ガン剤を使うときには、最初から坊主頭にしてもらうことをすすめることがあります。

 その他の脱毛としては、脂漏性皮膚炎が悪化したもの(これはフケが多いのが特徴で診断はさほどむつかしくありません)、アトピー性皮膚炎が悪化したもの、外傷や熱傷の瘢痕による脱毛、出産後におこる一時的な脱毛、抜毛症(若い女性に多く自分で毛を抜く)などがあります。

 ここからは円形脱毛症について述べていきたいと思います。ストレスが原因、と言われることがありますが、実際には自己免疫疾患と考えられています。なぜなら、脱毛が促進した毛根の周囲を顕微鏡で観察するとリンパ球が集まっている像が認められるからです。(このように皮膚の一部を切除して顕微鏡で調べる検査を病理検査と呼びますが、麻酔をかけてメスで切除して縫合もしなければなりませんから実際におこなうことはあまりありません)

 集まってきているリンパ球が何をしているかというと、大切な自分の身体の毛根の細胞を”誤って”敵と認識して攻撃しているのです。そのリンパ球の攻撃で毛根がやられてしまい脱毛が進むというわけです。ですから、治療としては過剰な免疫活動をおこなっているリンパ球を抑制してあげる必要があり、このためステロイドを用います。軽症であれば、ステロイドの塗り薬を1週間程度使うだけですっかりよくなりますが、重症化すると、ときにかなり難治性となります。

 円形脱毛症は多くは直径が数センチの脱毛が1~数個程度ですが、ひとつのサイズが大きくなり、この数が広がると、ほぼすべての髪がなくなることもあります。重症化したようなケースでは、ステロイドの内服を使うという方法がたしかにありますし、場合によっては入院してもらって大量のステロイドを短期間点滴するといった方法もあり、それなりに効果はありますが、時間がたつと再び脱毛が進行・・・、ということもしばしばあります。いつまでもステロイドを使い続けるわけにはいきませんから、よほどのことがない限り、ステロイドの内服や点滴はすすめられません。

 他には液体窒素を使ったり(ただし保険適用外)、副作用のほとんどない飲み薬を使ったりすることもありますが、いずれも決定的な治療法ではありません。また、難治性の皮膚疾患に対し、ときに救世主となることがある漢方薬も、円形脱毛症については(AGAに対しても)あまり効果がありません。(少なくとも私は漢方薬で劇的に脱毛症が改善したという症例を知りません)

 ただ、そうは言っても飲み薬を気長に続けて、適切なステロイド外用薬をマメに続けていればそのうちに治ることが多いと言えます。(そのなかには治療によるものではなく自然治癒したものも含まれているとは思いますが・・・)

 円形脱毛症は、人口の1~2%に生じると言われていますが男女比については記されているものをみたことがありません。ただ、重症化するケースは女性に多い、という印象を私は持っています。男性で、円形脱毛症が進行してカツラを使うことはさほど多くありませんが、女性の場合は診察室でカツラやウィグを外してもらって診察をおこなうことがしばしばあります。

 よく「死ぬわけじゃないんだからハゲたくらいで気にするな」といった発言をする人がいますが、脱毛で苦しんでいる人の気持ちをこれほど踏みにじる言葉もありません。中学生の女子がカツラを装着して登校し、友達にカツラに気付かれないかどうかいつもヒヤヒヤして・・・、というような気持ちは本人になってみないと分からないでしょう。

 壮年型脱毛症(AGA)の場合も、本人になってみないと気持ちは分からないものです。海外の禿げあがっている俳優やスポーツ選手を引き合いにだし、「ハゲていることを逆にカッコいいと思え。彼らを見習え!」などと言う人がときどきいますが、これも当事者の気持ちがまったくわかっていない発言と言えるでしょう。禿げ上がった頭が似合う人がいるのは事実ですが、似合わない人も多いわけです。特に日本人の顔立ちはヨーロッパ人に比べると似合わないと感じる人は多いわけです。

 次回はそのAGAについて最近の知見を踏まえて述べていきたいと思います。

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