はやりの病気
第143回(2015年7月) 本当は少なくない睡眠時無呼吸症候群
当初考えられていたよりも実際はそれほど深刻ではなかった、という病気がある一方で、当初考えられていたよりも実は深刻だった、という病気があります。「睡眠時無呼吸症候群」は、そんな病気のひとつではないかと私は考えています。
睡眠時無呼吸症候群という病気は昔からあり、私が医学部の学生の頃にも教科書に載っていました。この病気は簡単にまとめると、「睡眠時に気道が閉塞し呼吸が不規則になり充分な睡眠がとれず、日中に眠気が起こる」というものです。そして、「扁桃が大きい人や肥満の人に起こりやすい」とされています。
しかし、現在の考え方では、この記載だけでは必ずしも正しくありません。「睡眠時に気道が閉塞し呼吸が不規則になり充分な睡眠がとれない」というところは、間違いありません。しかし「日中に眠気が起こる」というのは、たしかに多くの人はそうなのですが、眠気を感じない人がいるのも事実なのです。
眠気を感じなければ何が問題なの?、と思う人もいるでしょう。たしかに自覚症状がなく日常を問題なく過ごすことができれば取り立てて騒ぐ必要はありません。怖いのは、一切の眠気がないのにもかかわらず突然「意識をなくす」ことがあるからです。
もしも運転中に意識がなくなればどうなるでしょうか・・・。実は、自動車事故のいくらかは、本人に病識はまったくないものの睡眠時無呼吸症候群に罹患しており、ある瞬間に突然意識をなくしてしまったから生じたのではないかと言われています。
「病識がない」というのは、自身が睡眠時無呼吸症候群に罹患しているということをまったく知らず、そして意識をなくす直前まで眠気を感じていなかった、ということです。このようなケースでこの人が突然意識をなくし交通事故を起こした場合、罪を問われないケースがあります。実際、過去の判例で「睡眠時無呼吸症候群のために突発的に睡眠した疑いがあり業務上過失傷害罪が成立せず無罪」となっているケースもあります。
あなたがこれから深夜バスに乗って長距離を移動するとしましょう。運転手は経験豊富で病気ひとつ知らない健康優良児、体調も問題なし、健康診断は先月受けたばかり、としましょう。しかし、実際、運転手本人が気付いていないものの実は睡眠時無呼吸症候群を患っており、その夜に悲劇が・・・、ということもあり得るのです。そして、あなたは命は助かったものの重症の傷を負い一生車椅子の生活に・・・、さらに裁判では運転手が無罪・・・、ということもありうるのです。
先に睡眠時無呼吸症候群は「扁桃が大きい人や肥満の人に起こりやすい」と述べました。現在ではこの表現では不充分であることが分かっているのですが、これらが間違っているわけではありません。ならば、運転業務に就く者は健診時に扁桃の診察を受け、体重を測定し、睡眠時無呼吸症候群のリスクがあると判断されれば精密検査を受ければいいではないか、という意見がでてきます。
たしかにその考えは間違ってはいません。睡眠時無呼吸症候群に罹患している有名人でみてみると、力士では白鵬と大乃国が有名です。彼らは稽古中にも眠気を感じるようになりパフォーマンスが出なくなったそうです。体重が増え脂肪組織が増大したことで気道が細くなってしまったのでしょう。
タレントでは、高橋英樹さん、沢田研二さんが有名でしょう。二人とも中年期以降に体重が増え始めたことが原因ではないかと言われています。
しかし、です。実際にはまったく肥満がないのにもかかわらず睡眠時無呼吸症候群に罹患している人もいるのです。そして、彼(女)らが、日中の眠気を感じていたとすればまだ救われる可能性があります。自身もしくは周囲が異変に気付いて医療機関の受診につながる可能性があるからです。ただし、肥満のない人が日中の眠気を訴えて医療機関を受診したとしてもすぐに睡眠時無呼吸症候群の診断がつく可能性は高くありません。睡眠障害やあるいはうつ病と診断される可能性すらあります。
もしも彼(女)らに、日中の眠気の自覚がまったくなかったとしたらどうでしょう。この場合医療機関を受診する可能性はほとんどありません。そして彼(女)の仕事が運転手で、不幸にも事故を起こしたら・・・。
報道された大きな事件では2008年に愛知県で大型トレーラーが赤信号の交差点につっこんで通行人を死亡させたというものがあります。この事故では最高裁で実刑が確定しましたが、名古屋地方裁では睡眠時無呼吸症候群に罹患していたという理由で「無罪」でした。そして原告は決して肥満ではありませんでした。
もうひとつ、記憶に新しいところでは2012年に関越自動車道でツアーバスが防音壁に衝突し乗客45人が死傷したという痛ましい事故がありました。この裁判では実刑判決がでましたが、運転手は睡眠時無呼吸症候群の診断がつきました。そして肥満ではありませんでした。
やせていても睡眠時無呼吸症候群になっていることがある、そして日中の眠気などの自覚症状がない、となると、どうやって罹患者を見つければいいのでしょうか。電車やバス、タクシーの運転手には全例検査を義務づければいいではないか、という意見もあるでしょう。私もそのように考えています。自覚がなくて通常の健診で見つけられないなら精密検査をするしかありません。
精密検査は、PSG(ポリソムノグラフィ)というものをおこないます。これは1泊して、睡眠中に脳波や呼吸の状態を調べるものです。自宅で器械を装着しておこなう検査もありますが、精度はPSGに劣ります。公共の乗り物の運転手は全員にPSGを実施すべきではないかと私は考えています。
一般の人で、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるかもしれない、という人は簡易検査でもいいかと思います。しかし簡易検査といっても実際はそれほど”簡易”ではありません。これについて述べる前に、どのような人が検査を検討すべきかを考えていきましょう。
まず扁桃の大きい人や肥満がある人は日中の眠気などの自覚がなくても検討すべきでしょう。また、扁桃が大きくなく肥満がない人でも日中の眠気がある人も検討すべきでしょう。いびきをかく人、特に飲酒後の睡眠でいびきをかく人も可能性があります。これは飲酒で筋肉が弛緩して気道が閉塞している可能性があるからで、こういうタイプの人は解剖学的に気道が狭い可能性があります。解剖学的にはいわゆる「ほそおもて」の人にリスクが高いと言われています。しかし「ほそおもて」というのは見た目の印象に過ぎませんからこれを基準にはできないかもしれません・・・。
それ以外では、疲労感や倦怠感がとれない人(これらと眠気の鑑別は困難です)、抑うつ感がとれない人(あるいはすでに「うつ病」の診断がついている人)、夜間に二度以上尿をする人(睡眠時無呼吸症候群の治療を開始すると尿の回数が減る人がいます)も検査をしてもいいかもしれません。
もうひとつ、検討したいのは血圧が高い人です。特に2種類以上の降圧薬を内服している人は、肥満がなくても疑ってもいいかもしれません。実際、睡眠時無呼吸症候群の治療を始めてから血圧が安定して、降圧剤を中止することができたという人も少なくないのです。
PSGは一泊入院が前提ですからなかなか現実的ではないかもしれません。自宅でできる簡易検査もありますが、これに対応している医療機関はさほど多くなく(注1)普及するまでにもう少し時間がかかりそうです。私自身は睡眠時無呼吸症候群はこれから最も注目されるべき疾患のひとつであり、専門クリニックがもっとつくられるべきだと考えています(注2)。
睡眠時無呼吸症候群の治療はCPAP(シーパップと読みます)と呼ばれる持続的に鼻に酸素を供給する装置のことです。ただしこれが保険適用で認められるのは重症例に限ります。重症でない場合は口腔内に装着する装置を用いることもあります。扁桃が大きい場合は手術で取り除くこともあります。
ただしこれらは大がかりな治療になりますから、予防できる場合は予防が先決です。誰でもすぐにできる方法が「横を向いて寝る」という方法です。もしもあなたと一緒に寝ている人のいびきがうるさいなら横を向けてあげましょう。それだけでいびきが止まってあなた自身もぐっすり眠れるようになるかもしれません。
もうひとつ、多くの人にとってこれが最も重要なのですが、それは「減量する」ということです。CPAPは極めて有効な治療法ではありますが、出張の多い人などは何かと大変です。飛行機に搭乗する場合は事前に航空会社への報告が必要ですし、国際線の場合は、夜間のフライトとなり電源がないということもあり得ますし、なかには持ち込めない場合もあるようです。
先に述べたように、肥満がなくても「ほそおもて」という顔の形だけで睡眠時無呼吸症候群になりやすい人がいるのは事実です。しかし、そうはいっても多くは中年期以降の肥満が原因になっています。思い当たる人は減量を開始しましょう。
注1:当院でも実施していません。当院では必要のある患者さんには睡眠時無呼吸症候群を診療している医療機関を紹介するようにしています。
注2:専門クリニックが不充分ななか、私が期待しているのは、スマホで管理できるパルスオキシメーターです。これは数年以内に市場に登場するのではないかと私はみています。パルスオキシメーターでの計測はPSGに比べると精度が劣りますが、それでも簡単に自宅でできることには意味があります。(スマホを用いての健康管理については下記コラムも参照ください)
参考:メディカルエッセイ第150回(2015年7月)「スマホで健康管理」
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