マンスリーレポート
2026年6月7日 日曜日
2026年6月 なぜ総合診療医を目指す若手医師が少ないのか
去る2026年5月29日から31日、第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術学会が京都で開催されました。学会に参加すると人がごった返していますから、「プライマリ・ケア(総合診療)って盛り上がっているのかな?」と錯覚しそうになりますが、この学会は他の学会と比べれば決して大きいわけではなく、むしろかなり小さい方で医学界全体からみればとてもマイナーな領域です。
ここ数年、総合診療という言葉が少しずつ社会に浸透しているような気がしないでもありませんが、医師の立場からみればまだまだ小規模です。本当はもっと注目されていいはずですし、私自身はかつてタイでお世話になった欧米の総合診療医らが今も自分のロールモデルですから、日本の若い医師にも総合診療医になることを勧めたいのですが、最近は諦めモードに入ってきています。
今回は日本の総合診療の歴史を簡単に振り返り、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのか、そして、なぜ総合診療医の私自身が総合診療医が増えることを諦めるようになったのかを述べてみたいと思います。
日本の総合診療の歴史は2010年のコラムでも簡単に紹介しました。まとめると次のようになります。
・日本にはもともと「日本プライマリ・ケア学会」「日本家庭医療学会」「日本総合診療医学会」という似ているようで似ていない3つの学会があった
・2010年にこれら3つの学会が合併して「日本プライマリ・ケア連合学会」が誕生した
・合併にはひと悶着あった。病院で総合診療を担う医師たちが日本プライマリ・ケア連合学会が創立されるのとほぼ同時期に「日本病院総合診療医学会」を設立し、日本プライマリ・ケア連合学会と一定の距離をとることになった
次に、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのかを考えてみましょう。実は2000年代に総合診療が少し盛り上がりを見せたことがあり、過去のコラムでも触れたように、大学病院の総合診療科を描いたテレビドラマ『GM~踊れドクター』も登場したのですが、すでにこの頃には、それは日本プライマリ・ケア連合学会が誕生した頃でもあるのですが、総合診療に対し「冷めたムード」も漂っていました。
2009年のコラムでも紹介したように、実は2000年代の半ば頃から、誕生して間もない大学の総合診療科の医局が次々と廃止されていきました。続編のコラムで、メディアが報じた総合診療科の医局が廃止される5つの理由を紹介しました。ここでもう一度取り上げてみましょう。
#1 利用度が上がらなかった
#2 専門の診療科の方が患者に人気がある
#3 総合診療を担当する医師が少ない
#4 総合診療は時間がかかる割には、手術や高額な検査を行わず、経営側から見れば不採算部門
#5 臓器別の専門診療科よりも地位が低く見られがちなことも、医師側に不人気
そのコラムでも述べたように、大学病院の総合診療科に患者が集まらないのは当然です。なぜなら大学病院は他の医療機関から紹介されて受診するところであり、稀な疾患や難治性が高い疾患、あるいは重症性が高いケースが集まるところだからです。いわば大学病院の役割は総合診療とは対極の位置にあるわけです。
そもそもあらゆる疾患のほとんど(私の肌感覚でいえば9割以上)は総合診療医で治療できます。谷口医院を初診で受診するケースでも、大きな病院や臓器別専門医を紹介するのは5%未満です。それ以外はほぼ全科領域で谷口医院だけで治療できます。もちろん複雑な事例で患者さんが希望すれば希望先に紹介しますが、その場合でもたいていはまた戻ってきます。
ということは、本来であれば最も割合の多い領域が総合診療でなければなりません。実際、欧米諸国では全医師における総合診療医の割合が3割以上、なかには5割を超える国(ポルトガルやアイルランド)もあります。
一方、日本では総合診療を専攻する研修医は毎年200人から300人程度(2025年度には300人と過去最高を記録しましたが2026年度に286人に減少)、全医師(年間約9千人)に占める割合はせいぜい3%程度です。
日本プライマリ・ケア連合学会が設立された2010年の時点では、「今はまだ少ないけれど、これから総合診療を専攻する若い医師が増えていくだろう」と楽観視する意見もありました。しかし、それから15年以上が経過した現在、実態はほとんど変わっていません。
では、なぜ総合診療は若手医師から人気がないのか。その答えは実は2009年にはすでにはっきりと出ていました。上述した「総合診療科の医局が廃止される5つの理由」の#4と#5がその答えです。#1、#2、#3は上述したように大学病院の「特殊性」が原因です。他方、#4と#5は「日本の総合診療の本質」を物語っています。2つを少し詳しくみてみましょう。
#4は、要するに「総合診療は儲からない」と言っているわけで、実際そのとおりです。患者側からみれば総合診療医には健康に関するありとあらゆることを相談できますから、当然診察時間は長くなります。そして、総合診療の分野では他の領域に比べて「検査や薬は最小限」を原則とします。現在の日本の医療にはほとんど価値のない検査や薬、さらに有害なものすらあります。総合診療では患者にとって有益な診療だけをおこないますから医療機関の利益は下がります。
#5について、2009年の時点では私は「総合診療医がなぜ下なのか分からない。そもそも上も下もない」とする私見を述べました。2026年の今思うのは「若い医師にとって、他科に比べると(若者の言葉を使えば)コスパもタイパも悪い総合診療には魅力がない」ということです。
総合診療は泥臭い分野です。問診には相当の時間がかかりますし、ある程度のコミュニケーション能力が問われます。日々の勉強にもかなりの時間を費やさねばなりません。「総合診療」という臓器があるわけではなく全科に及びますから、読まねばならない教科書や論文の量は膨大なものになります。つまり、ひとりひとりの診察に長時間とられ、ひとりひとりの問題を解決するために多量の文献を読み込み、さらに膨大な教科書や論文を読まねばなりません。このような生活に意義を見出せるかどうか。おそらくその実態を考えると総合診療に魅力を見いだせないのでしょう。
日経メディカルによると、若手医師が定時に帰ることに賛成する医師が過半数を超えるとか。例えば、もしも私が研修医の頃から、今もずっと定時で帰る習慣を維持していたとすれば、そして帰宅後は教科書や論文を読まなかったとすれば、私の臨床能力は現在の20分の1にも満たないでしょう。しかし、医師がどのように過ごすのかに関係なく、患者さんは病気になり不安を抱えます。人間の身体や精神は複雑で、医学部の授業で習ったことなど現実にはほとんど役立ちません。ならばひたすら経験を積み、先輩医師から学び、文献を読み込み、努力を重ねていくしかありません。まして総合診療医は全臓器を診るのです。
昨今の社会情勢や若者の心理を考えると、総合診療医を目指す若者が少ないことにも頷けるような気がします。
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