はやりの病気

2023年4月22日 土曜日

第236回(2023年4月) これからの性感染症対策~mpox, DoxyPEP, HIV~

 2023年3月下旬、肛門周囲にびらん(ただれたような状態)のある患者さんが受診し、診断はmpoxでした。この新しい(性)感染症は、感染性が桁違いに強く、この患者さんの場合は自らが疑ってくれていたので事なきを得ましたが、もしもそうでなかった場合は、(新型コロナウイルスの初期のように)谷口医院が「数週間の閉鎖」をしなければならなかったかもしれません。

 2021年より問い合わせが増えだした「DoxyPEP」。最近ますます希望者が増えています。しかし、この予防法は気軽におこなうべきではありません。

 依然感染者が減らないHIV。しかし、毎日飲む抗HIV薬は副作用がほとんどなくなり、しかも1日1錠が標準的な治療となってきています。さらに、2ヶ月に一度実施する注射薬も登場しました(当院ではまだ扱っていませんが)。しかし、治療が簡単になってきたとはいえ、生涯にわたり続けなければなりませんから感染はなんとしても防ぎたいものです。そして、それが可能なのが(PrEPと)PEPです。

 今回の「はやりの病気」は、最近の性感染症の注目すべき点を復習し、今後、感染を防ぐためにはどのようなことに気を付ければいいのか、感染したかもしれないときにはどうすればいいのかを述べていきたいと思います。

 まずはmpoxをみていきましょう。ややこしい名前について先にまとめておきましょう。この疾患は当初はmonkey pox(日本語はサル痘)でした。しかし、「サルに失礼」という声が世界中から寄せられたために、WHOはmpox(Mpoxではなくmpox)に変更しました。このとき、日本では「M痘」になると報道されたのですが、結局厚労省は「エムポックス」としたようです。ややこしいのでここではmpoxで通します。

 mpoxには現時点で特効薬がありません。治験中の薬はありますが、一般の医療機関で処方できるようになるのはまだ当分先の話です。となると、ワクチンに期待したいところですが、このワクチンが非常に複雑です。結論からいえばあまり有用ではありません。解説しましょう。

 mpoxのワクチンは生ワクチンと不活化ワクチンがあります。生ワクチンはmpoxではなく天然痘のワクチンです。これがmpoxにも効くのではないかと考えられているのです。しかし、仮に効いたとしても「禁忌(接種できないケース)」が多くて使い物になりません。そもそもmpoxの最大のリスク因子は「HIV陽性」です。しかし、生ワクチンはそのHIV陽性者に接種できないのです。これは抗HIV薬を服用していてウイルスが血中から検出されない場合でも、です。

 次に、生ワクチンはアトピー性皮膚炎を含む慢性湿疹を患っているか、または過去に患っていた場合も禁忌となります。しかし、(mpoxのように)皮膚から皮膚に感染する感染症は、アトピーなどの炎症があればうつりやすいのです。皮膚のバリア機能が損なわれ感染症に対して脆弱になるからです。

 ということは、生ワクチンは最大のリスク因子であるHIV陽性者に使えず、また、皮膚感染を起こしやすい湿疹のある(あった)人にも接種できないわけです。ハイリスク者に使えないワクチンではどうしようもありません。

 不活化ワクチンは有効で、実際、米国はハイリスク者に集中してワクチンを(無料で)接種したことで短期間でmpox対策に成功しました。このワクチン、本来は1瓶が1回用なのですが、なんと米国政府は1瓶を5分割して5人に接種したのです。従来の筋肉注射ではなく皮内注射で接種しました。このような接種方法は標準的でないことから、ワクチンの製造会社(デンマークのBavarian Nordic社)からは、一時は「米国との取引をやめる」と言われたものの米国は強引に押し通しました。このやり方には賛否両論があるでしょうが、結果として米国がmpox撲滅にほぼ成功したのは事実です。

 一方、日本は不活化ワクチンどころか、(あまり役立ちそうにない)生ワクチンでさえ供給不足です。例えば、すでに感染者の診察をして、今後も診察することになるであろう私でさえ、現在の規定ではワクチン接種を受けることができないのです。

 ワクチンが使えないなら他の予防が重要になります。そして、mpoxは感染力がものすごく強いのは間違いありません。感染者の報告では、ゲイの男性が性行為を通して、というケースが多いのは事実ですが、例えばパーティで皮膚と皮膚が触れただけで感染したストレートの男性や女性の報告もあります。米国では家庭内での小児への感染も報告されています。国立国際医療研究センターによると、複数の男性と性行為をもった30代女性や、初対面の女性と性行為をもった40代の男性らの感染も報告されています。つまり「ゲイに多いのは事実でもゲイの感染症ではない」のです。要するにHIVと同じです。

 ではどのように予防すればいいのでしょう。ECDC(欧州疾病予防管理センター)によると、ベッドリネンなどに付着したウイルスは、数カ月からなんと数年間にもわたって感染性を維持することがあります。ということはmpox陽性者に触れたものに触れば感染の可能性が出てくる、ということになります。

 皮膚にウイルスが触れただけではそう簡単には感染しないでしょうが、そこに傷や炎症があればリスクが出てきます。ということは、傷や炎症がある部分は露出しないようにして、かつ手洗いをマメにすればOKです。mpoxはアルコールで死滅しますが、アルコールを使い過ぎないようにして流水下での手洗いをメインにするようにしましょう。アルコール使用で手荒れが起こればそちらの方がリスクとなるからです。

 そして、言うまでもなく「初対面の人との性行為」はリスクとなります。ロマンスは突然生まれることも多いわけですが、mpox感染のリスクが背負えるかどうかは充分に考えなければなりません。

 次いでDoxyPEPの話をしましょう。この”治療法”の問合せをしてくるのは、ほとんどはゲイの西洋人なのですが、最近少しずつ日本人(やはりゲイ)からも増えてきています。ということは、日本人のストレートの男女からの問合せもそろそろ始まる頃だと思います。DoxyPEPとは、抗菌薬ドキシサイクリン(DOXY)200mg(100mg2錠)を性交後72時間以内に一度だけ内服する方法で、クラミジア、梅毒、淋菌を、それぞれ90%、80%、50%防ぐことができるとされています。ただ、医療ニュース「DoxyPEPを過信するべからず」で述べたように、耐性菌を生み出すリスクもありますから、この方法に頼ってリスクのある性行為を持つべきではありません。

 HIVについては谷口医院を開院した2007年に比べると治療のやりやすさには雲泥の差があります。当時から抗HIV薬はありましたが、副作用がつらくて、できるだけ内服開始を遅らせるのが目標でした。ところが、最近は1日1錠のみの内服で済み、内服を続けられないような副作用はほとんどありません。最近は(谷口医院では実施していませんが)2ヶ月に一度だけ注射すればOKの注射薬も登場しています。

 そして後発品を用いたPEPができるようになったことがかなり大きいと言えます。以前は先発品でしかできませんでしたからPEPを実施しようと思えば30万円近く必要でした。それが現在は後発品が使えますからその6分の1以下の費用でできるようになったのです。それでも依然安くはありませんが、「安心が買える」わけですから非常に有用な治療法です。

 性感染症の予防で最も大切なことは「誠実な相手と交際する」ですが、長い人生の間にちょっとリスクのある行為に及ぶこともあるかもしれません。以前なら、そういう状況を想定して、1)B型肝炎ワクチンの接種と抗体形成の確認、2)コンドームの使用、3)ワクチンでもコンドームでも防げない感染症の検査、の3つが重要でした。

 ところが現在はmpoxという厄介な感染症が加わりましたから、しばらくの間(少なくともmpoxがおさまるまでの間)、リスクをとることを避け、誠実なパートナーを見つけるのが最も優れた対策と言えるでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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