はやりの病気

2016年10月20日 木曜日

第158回(2016年10月) 「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか

 コムギを避けている人がここ数年で急増しています。以前「医療ニュース」(注1)で述べたように、これは日本だけでなく米国でも同様の傾向にあります。興味深いのは、コムギが原因で生じるセリアック病の患者が増えているわけではなく、また、コムギ/グルテン除去を始めた人の多くがコムギアレルギーでない、ということです(尚、グルテンとはコムギやライ麦に含まれるタンパク質の一種です)。

 セリアック病は元々日本には少なく欧米に多い疾患です。上記「医療ニュース」で述べたように、米国ではセリアック病の有病率は2009年から2014年まででほとんど変わっていません。にもかかわらず、コムギ/グルテンフリー実践者率は同時期に3倍にも増えているのです。

 では、コムギアレルギーが増えているのかというと、全体では増えているかもしれませんが、コムギ除去を始めた人の多くがコムギアレルギーではありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、ここ数年、「コムギを避けると調子いいんです。これはコムギアレルギーに違いありませんから検査してください」と言って受診する人が少なくありません。

 問診から「コムギアレルギーではなく検査不要」と判断することも多々あります(開院以来主張し続けているように「検査は常に最小限」が谷口医院のポリシーです)。こういう人たちは、コムギを避けているといっても、完全除去しているわけではなく、以前に比べてコムギ摂取量を減らしているだけであり、これはアレルギーではありません。では、完全除去している人はどうかというと、そういう人たちも、よくなったという症状を聞くと、それはイライラ感であったり、頭痛であったり、疲労感であったりで、これらはアレルギーを示唆するものではありません。実際血液検査をしてもコムギ、グルテン、ω5グリアジン(注2)のいずれも特異的IgE抗体は陰性となります。

 最近は少し減りましたが依然根強い”誤解”は、IgG抗体が陽性となり、これを「遅延型食物アレルギー」と呼ぶという説です。過去にも述べたように(注3)、これは完全に否定されている説であり、日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」、です。

 話を戻しましょう。セリアック病でなく(注4)、コムギアレルギーでもないのにも関わらず、コムギ/グルテンを除去すると、これまで悩まされていた症状から解放されて調子がいい、という人が現在大勢いるのです。

 おそらくこれまでは、多くの医師は、こういった変化は単に気持ちの問題、言うなればプラセボ効果ではないかと考えていました。私自身も、プラセボか、もしくは、パンやうどん、パスタをやめることによって急激な血糖値の上昇がなくなったことが原因かもしれない、と考えていて、きちんとした疾患ではないと思っていました。

 しかし、それをくつがえすことになるかもしれない論文が最近発表されました。医学誌『Gut』2016年7月25日号(オンライン版)に掲載され(注5)、この論文では、「セリアック病ともコムギアレルギーとも異なるメカニズムで発症するコムギ/グルテンが関与した疾患が存在する」と述べられています。病名をつけるなら「非セリアック病性非アレルギー性コムギ/グルテン過敏症」となりますが、これでは長いのでここからは便宜上「コムギ/グルテン過敏症」とします。
 
 この研究では、コムギ/グルテン過敏症が疑われる症例、セリアック病患者、健康対照者の分析がおこなわれています。コムギ/グルテン過敏症が疑われる患者では、セリアック病やコムギアレルギーではみられない急性かつ全身性の免疫系の反応、さらに細胞性の腸の損傷も認められたそうです。これらから、腸管内に存在する微生物や食物の成分が機能の低下した腸管粘膜のバリアを通過して血管内に侵入し、それらにより、様々な症状が誘発された可能性が示唆されると研究者は考えています。

 また、コムギ/グルテン過敏症の症例では、血中の「可溶性CD14(soluble CD14)」、「リポ多糖結合蛋白(lipopolysaccharide (LPS)-binding protein)」、「脂肪酸結合蛋白2 (FABP2)」などが上昇することが分かったそうです。もちろん、これらの値を調べただけでこの新しい疾患が確定診断できるわけではありませんが、診断にいたるヒントにはなる可能性はあります。今後の研究を待ちたいと思います。

 ここで谷口医院を受診している「コムギ/グルテン除去」をしている患者さんの例を少し紹介したいと思います(ただし、本人が特定されないように若干のアレンジを加えています)。

【症例1】30代女性

以前より疲労感が継続し、熟睡ができない。持病の片頭痛が増悪傾向に。職場でイライラすることが多く上司に暴言を吐いたことも・・・。そんなとき、ネットの情報で、有名人がコムギ除去をおこない調子がよくなったと聞いてコムギ/グルテン除去を開始した。その結果、開始後2週間ですべての症状が改善。1ヶ月に10錠ペースで服用していた片頭痛の薬(トリプタン製剤)の使用が激減した。

 この症例で注目すべきなのは、トリプタン製剤の使用量が激減したということです。疲労感や不眠というのは、計測できないものであり客観的な評価は困難ですが、トリプタン製剤の使用量は客観性があります。片頭痛というのは重症化すると薬局で売っているような鎮痛薬はほとんど効きません。どうしてもトリプタン製剤に頼らざるを得ないのです。これだけ急激に使用量が激減し、生活の変化はコムギ/グルテン除去だけですから、因果関係がある可能性は充分にあると思われます。少し穿った見方をすると、有名人がコムギ除去で健康になった→自分も同じことをして元気になった(有名人と同じ!)→プラセボ効果で眠れるようになった→片頭痛の頻度が減った(片頭痛は適切な睡眠で改善します)、と考えられなくもありません。しかし、これだけ劇的に改善した原因が単なるプラセボとは思えないのです。

【症例2】40代男性

軽度の糖尿病、軽度の高脂血症(高中性脂肪血症)、軽度の肥満、うつ病などで数年前より谷口医院に通院。やはりネットの情報で、有名人がコムギ制限をしていることを知り開始した。症例1の女性と同様、イライラ感、抑うつ感が大きく改善。また、体重が減少し、血液検査では血糖値、中性脂肪共に値が正常化。本人が言うには、最近薄くなり始めていた毛髪も改善してきたとのこと。

 この症例で、血糖値、中性脂肪の値が低下し、体重が減少したのは、コムギを除去したからではなく、おそらく糖質の摂取量が低下したからでしょう。意図したわけではないものの「糖質制限ダイエット」が結果として成功したというわけです。この症例も、穿った見方をすると、体重が減り、自信がついて、(毛髪が増えたかどうかは分かりませんが)、その結果気分が改善してイライラや抑うつ感が改善したのではないか、と考えたくなります。ただし、そうであったとしても、患者さんの採血データが改善し、精神状態がよくなり、仕事での自信もでてきたわけで、一方でコムギを除去したデメリットはほとんどありません。米は食べていますから糖質不足になりすぎることもありません。私はこの患者さんに対しては「コムギを制限して何もかも上手くいっているのですね。ならば続けてみればどうですか」と話しています。もっとも、よく聞くと、ソーセージやカレー、ギョウザなどは食べているようで、コムギを完全除去しているわけではなさそうです。

 コムギ/グルテン過敏症は実在する疾患なのか否か? 現段階ではおそらく「認めない」という医師の方が多いでしょう。しかし、谷口医院では、私の方から勧めることは通常はありませんが、すでにコムギ/グルテン除去を実施している人や、これからやってみたいという人には応援したいと考えています。もちろん、注意深い経過観察が必要ですが。

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注1:医療ニュース2016年9月29日「コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加」

注2:コムギ依存性運動誘発性アナフィラキシーでは、コムギ、グルテンともにIgE抗体が陰性となり、ω5グリアジンのみが陽性となります。また、「茶のしずく石鹸」で有名になった、グルパール19Sによるアレルギーは、特殊な検査で確定させます。  

注3:医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」

注4:セリアック病の診断には小腸粘膜の生検が必要になります。ですから、生検をしていないならセリアック病を否定できないじゃないか、とうい意見があるかもしれません。しかし、セリアック病というのは下痢や腹痛などの消化器症状が生じるものであり、谷口医院で訴えの多い、イライラ、頭痛、疲労感などをきたすわけではありません。

注5:この論文のタイトルは「Intestinal cell damage and systemic immune activation in individuals reporting sensitivity to wheat in the absence of coeliac disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2016/07/21/gutjnl-2016-311964.abstract?sid=6a1deaeb-8cfb-4833-8643-0c9fc2b54324

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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