はやりの病気
2018年5月21日 月曜日
第177回(2018年5月) アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか
アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に通院している患者さんがもしもどこかに集まる機会があるとすれば、おそらく私は「しつこいくらいにプロアクティブ療法の話をする医師」と言われていると思います。
「ステロイドは短期間たっぷりと」「痒みがとれればタクロリムスでプロアクティブ療法」「身体はタクロリムスでうまくいかなければステロイドでプロアクティブ療法」…、こういったことを何度も聞かされた、という患者さんは数百人以上に上るはずです。実際、プロアクティブ療法をきちんと理解できれば、「もうステロイドを一切使わなくなって2年以上たつ」という患者さんも少なくありません。
ですが、一方で、ステロイドのプロアクティブ療法を実施しても、しばらくすると痒みが再発するという患者さんもいないわけではありません。そういった重症の患者さんに対しておこなわれてきた治療がシクロスポリン(商品名は「ネオーラル」など)と呼ばれる免疫抑制剤の内服薬です。しかし、これは全身の免疫力を下げますし、他にも副作用が少なくありませんから、なかなか使いにくい薬です。もちろん、ステロイド内服についてはよほどのことがない限り用いるべきではありませんし、使ったとしても最小限(数日以内)にとどめなければばなりません。
2018年4月、アトピーの歴史を塗り替える(と考えられている)画期的な薬剤が発売されました。その名はデュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)。これまで伝わってきた情報(注1)によると、「効果はバツグンで副作用もほとんどなし」です。
今回は、この薬が今後どれだけ普及していくかについて考えてみたいと思います。まずは、この薬がなぜ効くかについて述べていきますが、これを理解するには免疫学の少し詳しい知識が必要になります。このあたりの説明は免疫学に興味のない人には複雑怪奇に見えるでしょうから、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。
免疫を司る白血球は、好中球、好酸球、リンパ球、単球、好塩基球の5種類に分類できます。アトピーの人は好酸球の数値が高い人が多いのですが、ここでは好酸球ではなくリンパ球の話になります。リンパ球には、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、T細胞、B細胞の3種があります。そして、今回の話はT細胞のなかの1種です。T細胞は骨髄のなかで誕生したばかりのときはみんな同じようなものですが、それが成長するにつれていろんなタイプに分かれていきます。
「CD4」というとHIVを思い出す人が多いと思います。HIVに感染するとCD4が次第に低下していきエイズを発症、とよく言われます。では、そのCD4とは何かというとT細胞の表面に存在する糖タンパクの一種です。こう言われると突然難しくなると感じる人もいるようですが、ほぼすべてのT細胞にはCD4かCD8のどちらかがあると考えてもらってOKです。CD4があればCD4陽性細胞、CD8ならCD8陽性細胞と呼ばれます。
T細胞の話になると触れておかなければならないのは、最近メディアでよく取り上げられる「Tレグ」です。正式には「制御性T細胞」と呼ばれるTレグもT細胞の1種です。Tレグは大阪大学の坂口志文教授が発見され、教授はこの功績により2015年にガードナー国際賞を受賞されています。Tレグの働きを一言で言えば「過剰な免疫応答の抑制」です。ややこしいのは、T細胞がCD4陽性細胞、CD8陽性細胞、Tレグの3種類に分類できる、という単純な話ではなく、TレグもCD4、CD8のどちらかを持っています。
CD4陽性細胞に話を戻します。大まかに言えばCD4陽性細胞の大半は「ヘルパーT細胞」と呼ばれるものです。そしてヘルパーT細胞は「Th1細胞」「Th2細胞」「Th17細胞」の3種に分類できます。
さらに細かい話に入るとついていくのが大変になってきますので、ここまでの話をまとめておきます。
好中球
好酸球
白血球 単球
好塩基球
リンパ球 NK細胞
B細胞
T細胞 CD8陽性細胞
CD4陽性細胞(≒ヘルパーT細胞)Th1細胞
Th2細胞→IL-4産生
Th17細胞
こまかいことを言い出せばこの分類は完璧なものではないのですが、大まかな理解としてはこれでOKです。ここからは上の図の右端のTh1,2,17細胞の話になります。医学部の学生に対してならこれらをひとつずつ解説していきますが、どんどん複雑な話に入っていくことになりますから、ここではアトピーに関わるTh2細胞の話のみをします。
アトピーの皮膚病変にはTh2細胞が過剰に存在していることがわかっています。ならばそのTh2細胞を取り除く薬があればいいということになりますが、そんな都合のいい薬は今のところ存在しません。そこでTh2細胞がつくられるメカニズムに注目することになります。ヘルパーT細胞がTh2細胞になるには「IL-4(インターロイキン-4)」と呼ばれるサイトカインが必要です。(サイトカインというのは、とりあえず血中や皮膚組織に存在する小さな物質と考えてOKです)そして、IL-4によってヘルパーT細胞がTh2細胞となり、今度はTh2細胞がIL-4をつくりだすことがわかっています。
ここまでくれば”ゴール”はもうすぐです。Th2細胞がヘルパーT細胞から誕生するにはIL-4がヘルパーT細胞に「結合」する必要があります。この結合はヘルパーT細胞の表面にある「受容体(レセプター)」と呼ばれる部分にIL-4がはまり込むと考えてください。ならば、IL-4よりも先回りしてT細胞の受容体の表面にフタをしてしまえばIL-4がくっつけなくなります。そして、この”フタ”こそがアトピーの新薬デュピルマブというわけです。つまり、デュピルマブによりヘルパーT細胞のIL-4がくっつく部分が塞がれてしまい、その結果ヘルパーT細胞は残りの2つ、Th1細胞かTh17細胞にならざるを得ない。そしてTh2細胞が激減するわけだからIL-4がつくられなくなり、ますますTh2細胞は減少する、というわけです。(ここまで理解できれば、免疫学が少し身近に感じられるのではないでしょうか)
アトピーから少し話がそれますが、Th1,2,17は免疫を語る上でけっこう重要なポイントなどで少しまとめておきます。上記の図の右端をもう少し細かくみてみましょう。
ヘルパーT細胞 →(IL-12があれば)→ Th1細胞 → IFN-γ(インターフェロンγ)産生
→(IL-4があれば) → Th2細胞 → IL-4産生
→(IL-6 + TGF-βがあれば) → Th17細胞 → IL-17産生
先述したように、IL-4があればヘルパーT細胞からTh2細胞ができてTh2細胞はIL-4を産生します。同様に、IL-12があればヘルパーT細胞はTh1細胞になりTh1細胞はIFN-γを産生します。IL-6とTGF-βがあればTh17細胞になりこれはIL-17を産生します。これ以上詳しく述べるとさらに複雑になってしまいますからこのあたりでやめておきますが、ここで紹介したIL-12、IL-17、IFN-γなどもいくつかの病気を考える上で重要な要素です。
デュピルマブについてもう少し詳しく述べると、阻害するサイトカインはIL-4だけではなくIL-13(今出てきたIL-12ではありません)も阻害します。しかし現時点では、アトピーに効果があるのはIL-4の方だろうと言われています。また、デュピルマブの効果が期待できるのはアトピーだけではなく、喘息や副鼻腔炎にも有効であるとする報告(注2)もあります。
先述したように現在までに私が入手した国内外の情報ではデュピルマブは「抜群にいい薬」のようです。ですがこの費用を捻出できる人がどれだけいるのかが疑問です。なにしろ1本81,640円もするのです(注3)。3割負担の場合、1本24,500円ほどで、初回だけ2本注射、その後は2週間に1本のペースで続けていきます。これに診察代と定期的な採血(副作用の確認に必要になります)が加わりますから、(3割負担で)年間70万くらいはかかるでしょう。
これまでの「薬の歴史」を振り返ると、発売してから重篤な副作用の報告が相次いだり、効果はそれほどでもなかったことが判明したりして消失していったものがたくさんあります。谷口医院ではほぼすべての薬は発売直後には処方をおこなわないポリシーです。デュプリマブも同様で、しばらく様子をみたいと考えています。
それに冒頭で述べたように、よほどの重症にならない限り、アトピーの大半はタクロリムスのプロアクティブ療法、もしくは少量ステロイドのプロアクティブ療法だけで充分コントロールできるのです。
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注1:例えば、下記の論文はデュピルマブの有効性と安全性を示しています。論文のタイトルは「Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1610020
注2:この論文のタイトルは「Effect of Subcutaneous Dupilumab on Nasal Polyp Burden in Patients With Chronic Sinusitis and Nasal PolyposisA Randomized Clinical Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2484681
尚、デュピルマブはその後、喘息と副鼻腔炎に対しても保険診療で使用できるようになりました。
注3(2020年4月1日付記):2020年4月1日、デュピクセントの薬価が1本81,640円から66,562円に下がりました。これにより(3割負担で)年間50万円ほどで治療が受けられるようになりました。
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|2018年4月20日 金曜日
第176回(2018年4月)「心不全」を防ぐには
俳優の大杉漣さんが突然他界されたのが2018年2月21日未明、数時間前にドラマの共演者らと食事をしホテルに戻り日付が変わる頃に腹痛が生じ仲間にLINEを送信したと報道されています。そして、メディアに報じられた死因が「心不全」です。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、患者さんから「心不全って何ですか?」と何度も質問されました。
我々医師が言う「心不全」とメディアが報道した”心不全”は、おそらくニュアンスが少し異なります。今回はこれらの違いを明らかにして、「本当の心不全」を防ぐ方法を解説したいと思います。
まず「心不全」の定義を確認しておきましょう。2017年10月31日に日本循環器学会が一般向けに発表した定義は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。
定義をきちんと理解しておくことは重要です。4つの文節を詳しくみていきましょう。まずは「心臓が悪い」です。これがどのようなことを表すのかについては後でみていきます。ここで重要なのは「もともと心臓が悪い状態にある」ということです。2番目は「息切れやむくみ」といった症状です。3番目は「だんだん悪く」、つまり突然ではないことを意味します。そして4つめが「生命を縮める」です。
これら4つのポイントを改めて振り返ってみると、大杉さんにあてはまるのは4つめだけです。つまり、もともと心臓が悪かったわけではなく(そのような報道は見当たりません)、息切れやむくみといった症状も報じられていません。そして、数時間後に息を引き取ったのですから、だんだん悪くなったわけではありません。
つまり、大杉さんの”心不全”は日本循環器学会の心不全の定義と合致しないのです。では、なぜ心不全と報道されたのか。おそらく、受診した病院ではっきりと診断がつかないまま急激に悪化して心臓が止まった、あるいは診断がついたものの治療に間に合わず心臓が停止した、ということだと思われます。心臓が止まったから心不全、という単純な発想です。
では本当の死因は何だったのでしょうか。腹痛が生じた数時間後に他界されていることを考えると、最も疑わしいのが「大動脈解離」です。心臓から下腹部に走行している大動脈が突然破れてしまう疾患で、これなら説明がつきます。ちなみに、2016年2月、大阪梅田の繁華街で突然乗用車が暴走し11人が死傷した事故がありました。この車を運転していた51歳の男性は大動脈解離が突然生じたことが判っています。大杉さんはドラマの共演者がタクシーで病院まで連れて行ったそうですが、たとえ救急車を呼んでいても間に合ったかどうかは分かりません。
次に考えられるのが心筋梗塞です。心筋梗塞の症状は突然の胸痛や胸部絞扼感(しめつけられる感じ)がよく知られていますが、腹痛や胃痛を訴えて受診する人も珍しくありません。大動脈解離と同様、心筋梗塞も適切なタイミングで救急搬送されたとしても間に合わないことがあります。他に考えられる疾患として、心筋炎、心筋症、感染症なども挙げられないわけではありませんが、私は大動脈解離か心筋梗塞のどちらかではないかとみています。
さて「本当の心不全」の話をします。先ほどの4つのポイントを振り返ってみましょう。まず1つめの「心臓が悪い」です。心臓が悪くなる疾患、つまり心不全の「元の病気」として、日本循環器学会は一般向けに5つを紹介しています。その5つは、①高血圧、②心筋症、③心筋梗塞、④心臓弁膜症、⑤不整脈です。このうち③については先述したように、それまでまったく症状がなく突然胸痛が生じ救急搬送されたものの帰らぬ人となった、という場合もありますが、治療がおこなわれて助かったけれど、心臓の機能が以前より衰えてしまって、という場合もよくあります。これが心不全の「元の病気」となるのです。
① 高血圧は、相当な年月を経なければ無症状ですが、息切れやむくみが生じるようならすでに心不全が起こっている可能性があります。②心筋症は高血圧よりも年齢が若く現れることが多く、やはり症状が出る頃には心不全の状態となっています。④弁膜症も同様で、症状が出現する頃には心不全が進行していると考えなければなりません。⑤不整脈は種類にもよりますがやはり心不全の「元の病気」になります。一般に心房細動は血栓(血の塊)が脳の血管までとんでいって脳梗塞を起こす、と考えられていますが(長嶋茂雄さんがそうです)、心不全のリスクでもあるのです。
では、現在これら5つの「心不全の元の病気」がなければ大丈夫なのかというと、もちろんそういうわけではなくて、これらのリスクがある人は要注意です。それらは、糖尿病、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、肥満、喫煙、運動不足、アルコール、覚醒剤、放射線などです。ですから、もうさんざん聞き飽きたというようなこと、つまりきちんと健診を受けて規則正しい生活をして、食事、運動、禁煙、節酒などに注意しようね、ということが大切だというわけです。
4つのポイントの2つめは「息切れやむくみ」といった症状です。だいたいの目安として40歳以上でこういった症状があれば一度は心不全を疑わなくてはなりません。ただ、30代でもおこりえます。谷口医院の30代前半の男性患者さんでも、息切れがひどい人がいて、胸部レントゲンを撮り心不全が判り、大学病院の集中治療室に入ってもらい一命をとりとめた例があります。ただし、若い女性の場合は、息切れやむくみは心不全よりも貧血や栄養不足で起こることの方が圧倒的に多く、全例にレントゲンや心電図が必要になるわけではありません。
3つめのポイントは「だんだん悪く」です。大杉さんの”心不全”がこの定義に当てはまらないことは先に述べました。ただ、「急性心不全」という概念もあります。これは文字通り「急性」に心臓の働きが悪化します。ですが、たいていは1つめのポイントの「心不全の元の病気」があって、それまで症状はあまり出ていなかったものの徐々に進行していて、突然激しい症状が出るような病態を指します。これを乗り越えると「慢性心不全」に移行します。また、「だんだん悪く」はゆっくりと少しずつ悪くなっているとは限りません。ある日突然悪化して入院して、改善してしばらくは安定していて、またある日突然悪化して…、といったような場合もよくあります。このように慢性心不全の経過中に突然悪くなったときに「急性心不全」または「慢性心不全の急性増悪」と呼ぶこともあります。
では心不全の診断はどうすればいいのでしょうか。レントゲン、心電図、心エコーなどがありますが、1回の検査で正確な結果がでるとは限りません。心エコーは有用な検査ですが、これは技術と経験のある専門医か臨床検査技師でないとできません。(私は研修医時代に練習しましたが自信がありません。谷口医院には腹部エコーしか置いておらず、心エコーが必要な患者さんは専門医に紹介しています)
また、心不全はあきらかに心臓のポンプ機能が落ちている状態(これを「HFrEF」と呼びます。発音は「ヘフレフ」、へとレにアクセントがあります。ただし日本人からしか聞いたことがないので欧米人はどう発音しているのか私は知りません)だとエコーで判りやすいのですが、機能がある程度保たれている場合(これをHFpEF、ヘフペフ、やはりアクセントはヘとプ)もあり、心エコーだけで100%評価するのはときには困難です。
実は心不全にはすぐれた血液検査があります。NT-ProBNPと呼ばれるもので、それなりに正確に心不全の状態を判定できます。以前はBNPという検査の方が一般的だったのですが、これは採血すると検体をすぐに検査室に運ばねばならないなどの制約があり、大きな病院でないとおこないにくかったのです。NT-ProBNPが測定できるようになって心不全の診断は随分おこないやすくなりました。
最後に「治療」です。心不全には決定的な治療法があるとは言えません。先述した5つの「元の疾患」の治療をおこない、そのリスクとなるものを取り除くことが重要です。特に重要なのが高血圧で、放置すれば高確率で寿命を縮めると考えた方がいいでしょう。
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|2018年3月15日 木曜日
第175回(2018年3月) トキソプラズマ・後編~妊娠前・妊娠中にすべきこと~
前回、トキソプラズマに気を付けなければならないのは、ネコと過ごすことよりもむしろ、ガーデニングなど屋外での作業、生肉の摂取(タタキ、生ハム、乾燥肉、燻製肉、塩漬肉、滅菌が不十分なミルクなども含む)、さらに生野菜や果物などであることを述べました。
ではネコとはどのように付き合えばいいのでしょうか。まず、基本事項をおさらいします。生肉は牛でも豚でも鶏でも危険ですが、こういった動物の糞にトキソプラズマが含まれていることはありません。糞に含まれるのはネコだけなのです。ですから、犬の糞を処理するときにはトキソプラズマへの注意は不要です。もちろん、ヒトからヒトへの感染もありません。
ネコの糞が危険というなら、ネコが糞をすれば直ちに強力な消毒液をかければいいのでは?と思う人もいるかもしれませんが、これは無効です。なぜなら、ネコの糞に混じってでてくるトキソプラズマは「オーシスト」と呼ばれるとても頑丈な構造をしており、消毒薬が効かないのです。オーシストはイメージしにくいと思いますが、外側に頑丈な「殻」のようなものがあると考えればいいと思います。消毒液が無効なだけではありません。土や水のなかに入ると数か月以上生き延びるのです。そういうわけで、屋外での作業や野菜・果物の摂取で感染するのです。
では、どんなネコの糞にも注意しなければならないのかというとそういうわけでもありません。なぜなら糞にトキソプラズマが混ざるのは、ネコがトキソプラズマに初めて感染したときだけだからです。初めて感染すると数日後から1か月程度の期間に排泄される糞に混ざります。ということは、このときだけを避ければいいわけで、もっと具体的に言えば、①すでに感染して1か月以上経過しているネコ、②まだ感染しておらずしばらくの間感染しないネコ、なら一緒に過ごしても問題ないということになります。
ということは、妊娠を考えている、またはすでに妊娠している人は、一緒に暮らしているネコの感染の有無を調べるべきだ、ということになります。これは動物病院で血液検査をすれば分かります。では、早速、動物病院へ…、と考えたくなりますが、その前にすべきことがあります。
それはあなた自身の血液検査です。前回述べたように、トキソプラズマは全世界の人口の約3分の1がすでに感染していて、いったん感染すればその後新たに感染することはありません。また、感染して一定の期間が経過している場合、HIV感染など免疫力が低下する状態にならなければ、発症したり母子感染を起こしたりすることはありません。日本人の陽性率は不明ですが、妊婦健診で1割程度が感染しているという報告があります。もしもこの1割に入っていればトキソプラズマを心配する必要はありません。
ですから、私がお勧めしたいのは、妊娠してからおこなう妊婦健診ではなく、妊娠を考えた時点でのトキソプラズマの抗体検査です。IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性であれば、感染してからしばらく経過していることを意味し、この場合は妊娠中のトキソプラズマ対策は不要となります。ですが、この検査をおこなう人は極めて少ないのが実情です。
最近は、ブライダルチェックと言って、妊娠前に「無症状だけど感染しているかもしれなくて、感染していれば出産に影響を与えるかもしれない性行為感染症のチェック」をする人が増えてきています。これはとても素晴らしい対策です。尚、ブライダルチェック(bridal check)というのは和製英語ですが、面白いことに英語のネイティブスピーカーにもまあまあ通じます。このブライダルチェックにトキソプラズマ(とサイトメガロウイルス)の検査を加えるべきだ、というのが私の考えです。妊娠前に状態を把握していれば対策が立てやすいからです。
あなた自身の抗体検査をおこないトキソプラズマに未感染であることが判った場合、飼いネコの検査をするのがお勧めです。ヒトと同様、IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性、であれば、すでに感染してある程度の期間が経過していることになりますから、この場合はこのネコの糞に注意する必要がありません。ただし、先に述べたようにオーシストは数か月以上生き続けています。もしもネコが屋外に出ていく場合、感染して排出したオーシストが庭などに残っている可能性はあります。
血液検査で飼い猫が感染していなかった場合はどうすればいいでしょうか。もしも屋外でネコを飼っている場合は、外で感染してくる可能性がありますから、この場合は要注意です。可能ならネコを屋外に出さないようにします。それができないのであれば、妊娠中は他人に預かってもらった方がいいでしょう。また、ネコ好きの人はネコ好きの友達がいることが多く、その友達がネコを連れてくることがあるかもしれません。これが危険な行為となります。ネコとネコの接触で感染する可能性があるからです。
もうひとつ重要なことがあります。それは生肉を与えない、ということです。これはイヌ好きの人にも言えることですが、動物は元々生肉を食べていたのだから生肉を与えるべきだ、と考えている人がいます。野生のイヌやネコは生肉を食べているのは事実ですが、ペットからの感染予防を防ぐには生肉はとても危険なのです。
では、血液検査で愛猫がトキソプラズマに最近感染したばかりで、現在トキソプラズマが糞に混じっている可能性がある場合はどうすればいいでしょうか。この場合は、もしも妊娠中なら一緒に過ごさないのが最善ですが、それができない場合はどうすればいいのでしょう。その場合は、ネコが糞をすれば直ちに処理をすることです。実はトキソプラズマのオーシストは、糞に混じり排出されても24時間以内は感染力がないことがわかっています。ということは、糞が出てから24時間以内に処理をしてしまえばいいのです。同居する妊婦さん以外の者が処理するのがいいわけですが、どうしても妊婦さん自身がしなければならない場合は、1日2回、マスクと手袋をして便を密閉し可及的速やかに処分します。これを徹底すれば感染のリスクを大きく減らすことができます。
ここまでをまとめてみましょう。
1)まず、妊娠する前に自身の抗体を調べる。
既感染 → 心配不要(飼い猫の検査は不要)
未感染 → 2)に進む
(感染直後 → 精査)
2)飼い猫の抗体検査をする
既感染 → 心配不要
未感染 → 外に出さない、他のネコと接しない、生肉禁止
感染直後 → 可能なら他人に預かってもらう
同居する場合は糞の処理を1日2回。手袋・マスク着用
もしも、妊娠中に感染してしまった場合はどうすればいいでしょうか。放っておけば生まれてくる赤ちゃんに小頭症などの奇形が生じる可能性があり、これを先天性トキソプラズマ症と呼びます。ですが、トキソプラズマには現在すぐれた治療薬があります。アセチルスピラマイシンという比較的安い抗菌薬に効果があることが分かっているのです。
ですが、必ずしも有効とは限りませんし、副作用に悩まされることもありますから、妊娠を考えたときは、上記の1)2)を徹底するのが賢明です。
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|2018年2月18日 日曜日
第174回(2018年2月) トキソプラズマ・前編~猫と妊娠とエイズ~
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のような総合診療のクリニックでは妊婦さんからの相談をよく受けます。妊娠に関することは産科医に相談してもらいますが、妊娠中に風邪をひいた、湿疹ができた、頭痛が悪化した、などの場合は谷口医院を受診されます。妊娠前から通院していた人のみならず、妊娠してから谷口医院をかかりつけ医にする人もいます。
そんな妊婦さんからの質問で、以前からしばしばある誤解の多いものが「妊娠中にネコと過ごすのは良くないのですか?」というものです。そして、妊娠中のネコとの付き合い方やその他の注意点については妊婦さんのコミュニティのなかでも混乱があるようです。それはトキソプラズマという寄生虫に対する誤解があるからです。まずはトキソプラズマ全般のことから述べていきます。
トキソプラズマに感染すると一生体内から消えません、と伝えると多くの患者さんは驚きますがこれは事実です。ヘルペスウイルスやEBウイルスのようなウイルスなら生涯体内に潜むのはなんとなくイメージできるものの、トキソプラズマは寄生虫だから、そんな”虫”がずっと体内に居座っているなんて気持ち悪いし信じられない、と感じる人が多いようです。
しかし、トキソプラズマがいったん感染すると生涯我々と共に暮らすことになるのは歴然とした事実で、世界の人口のおよそ3分の1が感染していると言われています。では日本人の陽性率はどれくらいかというと、これがきちんとした調査がなく実態はわかりません。一部の自治体では妊婦健診に取り入れられていて、およそ妊婦さんの1割が陽性と言われています。極端な男女差があるとも思えませんし、そういった報告も聞きませんから、男性もこれくらいの陽性率だと考えるべきでしょう。
ではどのような人がトキソプラズマに感染しやすいのでしょうか。「ネコを飼っている人」と答える人が多く、これは間違いではありませんが、実際に多い感染経路はネコと過ごすことよりもむしろ、生肉の摂取や屋外・野外での作業です。ネコの飼育については後で話すとして、まずはより現実的な話をしましょう。
牛でも豚でも鶏でも、あるいは鹿や猪でも、肉を生やタタキで食べるとトキソプラズマに感染するリスクがあります。肉の生食で生じる食中毒としては、カンピロバクター、サルモネラ、無鉤条虫、E型肝炎といったところが有名かと思いますが、トキソプラズマも忘れてはならない感染症です。肉の生食は「日本食の文化」という声もありますが危険を孕んでいることを忘れてはなりません。トキソプラズマの場合、生ハム、燻製肉、乾燥肉、塩漬肉などにも注意が必要ですし、滅菌が充分でないヒツジのミルクの危険性も指摘されています。
屋外の作業で感染するのはネコの糞が口に入るからです。そんなものには触らないし万一触れても口に入ることなどないと考える人もいますが、野生のネコの糞(が散らばったもの)は屋外のあらゆるところ、例えば土や水にも存在すると考えなければなりません。そして、それが手に触れて食べ物に付着して…、ということが実際にあるわけです。ですから、きれいな庭先でガーデニングをしていて感染、ということはあり得ます。これを防ぐには手袋をいつも装着するようにします。
しかし手袋のみですべて防げるわけではありません。屋外に散らばったトキソプラズマが野菜や果物に付着することがあります。ということは、生野菜やフルーツを食べるときにはよく洗わないと感染の可能性がでてくることになります。
では感染するとどのような症状が出るかというと、ほとんどは不顕性(つまりまったく無症状)と言われていますが、数パーセントに頸部リンパ節炎が生じるという報告もあります。さらに頭痛、発熱、倦怠感が続き、血液検査で異型リンパ球という特殊な白血球が出てくることがあり、見かけ上、急性HIV感染症や、EBウイルスによる伝染性単核球症(いわゆる「キス病」)と区別がつかないこともあります。
しかしこういった症状は通常は数か月で自然に消失します。ですから、微熱や倦怠感などいろいろと症状が出て長引いて結局原因は分からなかったけれど最終的には治癒した、というエピソードがあったとすればそれはトキソプラズマによるものかもしれません。ただし、一部の人は治癒せずに、肺炎、脳炎、筋炎などを起こすことがあります。トキソプラズマ脳炎は免疫能が低下すると生じますからエイズの合併症として有名ですが、時に免疫正常者でも起こり得るのです。また、後で述べるように、妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形が生じる可能性があります。
ところで、私がタイのエイズホスピスで本格的にボランティアをしていたのは今から14年前の2004年です。そのときはまだ抗HIV薬が充分に使われておらず、死に至ることが日常的でした。進行すると、脳にも様々な合併症が起こります。その原因はいくつもあり、トキソプラズマ脳炎もそのひとつです。
このエイズ施設では、重症病棟にもイヌのみならずネコも出入りしていましたからトキソプラズマはいつ発生してもおかしくありません。ただし、エイズ患者にトキソプラズマ脳炎が発症するのは、初感染での可能性もあるでしょうが、むしろ過去に感染して体内でおとなしくしていたトキソプラズマが増殖しだすことの方が多いと考えられます。何しろ世界の人口の3分の1がこの寄生虫を体内に”飼育”しているわけです。
トキソプラズマのことはいったん置いておくとしても、重症病棟にイヌやネコがいるのはおかしいではないか、と我々日本人は思いますが、そこはタイ。さらに抗HIV薬が使えないとなると、あとは「死へのモラトリアム」となるわけですから、患者さん自身が気にしないというか、むしろ動物と過ごす時間を貴重なものと考えていたのです。ですが、感染予防上好ましくないのは自明ですから、施設に強く抗議をした西洋人もいました。しかし、郷に入っては郷に従え、という言葉があるように、施設側は「自国の価値観を押し付けるな」という対応でした。結局、強く抗議をした西洋人の何人かは施設を追い出されました。
話を戻します。脳の症状というのは、意識障害、片麻痺(右か左のどちらかの上肢、下肢が動かない)、歩行時にフラフラする、話せない、飲み込めない、物が二重に見える、認知力が低下する、人格が変わる、など様々です。エイズを発症している状態になると、いろんな原因でこういった症状が起こりますから、「これはトキソプラズマが原因に違いない」と推測できることはまずありません。他に、例えば、エイズの合併症として有名なサイトメガロウイルスやクリプトコッカスでもありえますし、結核も鑑別に入れなければなりませんし、進行性多巣性白質脳症という感染症に起因するものもあります。また、HIVが進行すると悪性リンパ腫を起こしやすくなり、脳に起こることもあります。さらにHIV脳症と呼ばれるHIV自体が脳を破壊する病状もあります。これらのいずれでも様々な脳の症状が出てきます。
当時はちょうど抗HIV薬が無料で入手できつつあったときで、元気のなかった患者さんに使用しだすと、パワーがみなぎってきて食欲が出てくることもありました。ですが、脳に関する症状が出現している場合は、元の姿に戻ることはほとんど望めません。この施設でボランティアをしていたのは医療者だけではありませんでした。性格が狂暴になったり、認知症が進行したり、あるいは夜間に徘徊する患者さんに対するケアというのは本当に困難です。日本の高齢者の施設でも認知症の人は大勢いますが、当時のタイのその施設ではまだ20代の男女がこういった症状を呈していたのです。
タイのエイズの話になると、ついつい懐かしくなり、述べる予定のなかったことを書いてしまいました。冒頭で言及したように、妊婦さんの話をすることが今回の目的でした。次回は、妊娠を考えたとき、あるいは妊娠しているときにネコとどのように過ごすべきか、そして検査はどのタイミングで受けるべきかについて話していきます。
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|2018年1月20日 土曜日
第173回(2018年1月) 急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)
果物や野菜のアレルギーが増えている、という話を過去のコラム(はやりの病気第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」)で述べました。そのときは、増加しているといっても、そうそう頻繁に診ることはなかったのですが、その後の約2年半でどんどん増えてきています。そして、そのコラムでも述べたように「花粉症との合併」が目立ちます。
これまで(私の感覚では5年ほど前まで)、野菜・果物アレルギーと言えば、ラテックスアレルギーと合併する「ラテックスフルーツ症候群」がちらほらとあった程度で、そんなに多いという印象はありませんでした。しかし、3~4年ほど前から、主にリンゴ、モモなどのバラ科の植物にアレルギーのある患者さんが増え、私の経験上北海道や東北地方の出身者に多かったために、シラカンバ(シラカバ、白樺)アレルギーがあるからではないかと考えていました。シラカンバの花粉とバラ科の植物の表面の蛋白質の構造が似ているために、シラカンバの花粉症があれば一部の果物を食べたときに口腔内に違和感が生じるのです。そして、シラカンバは北国にしか育ちませんから、西日本にはさほど多くないだろうと考えていたのです。
ところが、ここ2~3年を振り返ってみると出身地域に関係なくバラ科のアレルギーの患者さんが増えています。また、バラ科だけではありません。メロン、トマト、スイカ、タマネギなどを食べると違和感が出ると訴える人が増えています。さらに、これまでほとんどの患者さんは症状がでても軽症で治療を要するほどではなかったのですが、最近は重症化するケース、例えば息苦しくなり喘息の発作止めを使わざるを得ないようなケースが増えてきています。特に豆乳とスパイス(香辛料)でそのような症例が目立ちます。
今回は野菜・果物アレルギーと花粉症の関係を整理して、どのような対策をとるべきかについて考えてみたいと思います。
まずは言葉です。数年前よりPFAS(ピーファスと読みます)と呼ばれる疾患名が注目されるようになってきました。PFASの正式名はPollen-food allergy syndrome、直訳すると「花粉食物アレルギー症候群」となります。概念としては、同じアレルギーのメカニズムで花粉症と食物アレルギーの双方が生じる疾患、となります。その理由は先にシラカンバの例で述べたように、花粉と食物の表面のタンパク質の「かたち」が似ているから同じアレルギー反応が起こるのです。
どの花粉症があればどの食物アレルギーが起こるのでしょうか。いくつか例を挙げましょう。
・スギ → トマト
・ヒノキ → トマト
・ハンノキ → バラ科の果物(★)
ウリ科の果物・野菜(☆)
ダイズ(主に豆乳)
その他果物(キウイ、オレンジ、マンゴー)
その他野菜(ニンジン、セロリ、トマト、ゴボウ、アボカド)
イモ類(ヤマイモ、ジャガイモ)
ナッツ類(ヘーゼルナッツ)
・シラカンバ → バラ科の果物(★)
ナッツ類(ヘーゼルナッツ、クルミ、アーモンド、ピーナッツ)
ウリ科の果物・野菜(☆)
その他野菜(ニンジン、セロリ)
イモ類(ジャガイモ)
その他果物(キウイ、オレンジ、ライチ、ココナッツ)
ダイズ(主に豆乳)
香辛料(マスタード、パプリカ、コリアンダー、トウガラシ)
・カモガヤ・オオアワガエリ → ウリ科の果物・野菜(☆)
その他果物(オレンジ、キウイ)
野菜(トマト、セロリ、タマネギ)
イモ類(ジャガイモ)
穀類(コメ、コムギ)
・ブタクサ → ウリ科の果物・野菜(☆)
バナナ
・ヨモギ → 野菜(ニンジン、セロリ、レタス、トマト、キウイ)
ナッツ類(ピーナッツ、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ)
その他(クリ、ヒマワリの種)
イモ類(ジャガイモ)
香辛料(マスタード、コリアンダー、クミン、コショウ)
★:リンゴ、モモ・スモモ、ナシ・洋ナシ、ビワ、サクランボ、イチゴ、アンズ
☆:メロン、スイカ、キュウリ、ズッキーニ
太融寺町谷口医院の患者さんでいえば、この中で最も重症化するのは「豆乳」です。なかには豆乳を飲んで2~3分後に呼吸が苦しくなり、救急車を呼ばねばならなかったという例もあります。そして、全例でハンノキに血液検査で強い反応を示していました。興味深いことに、患者さんは自分自身がハンノキアレルギーという意識がありません。ハンノキというのは北海道から沖縄まで日本全国どこにでも山中に生えている木です。知らない間に山の中で花粉を吸いこみアレルギーが成立していたのでしょう。
豆乳以外に重症化するのはヨモギアレルギーがある人のスパイス(香辛料)です。東南アジアに住まない限りはコリアンダー(パクチー)を毎日食べる人はそういないでしょうが、マスタードやコショウは日本に住んでいても日常的に口にする機会がありますから、完全に避けるのは思いのほか大変です。この場合は、ヨモギアレルギーの自覚がなかったとしても「秋の花粉症があるかも」とほとんどの人が言います。
アレルギーがやっかいなのは、現在はなくてもそのうちに出てくることがある、ということです。ですから、花粉症もしくは食物アレルギーがある人は、どういった花粉と食物が関連しているかということをあらかじめ知っておくべきでしょう。そして、いつなんどき食物アレルギーが発症するかもわかりませんから、いつも薬を持ち歩くべきかもしれません。ただし、薬に頼りすぎるのはよくありません。豆乳やスパイスアレルギーがあれば完全に避けなければなりませんし、野菜・果物アレルギーの大半は軽症ですが重症化する例もありますからあなどらない方がいいと思います。
単なる花粉症であれば、くしゃみ・鼻水・鼻づまりなどの鼻症状と目のかゆみなどの眼症状で苦しむことになりますが、命が脅かされる事態になることはほとんどありません。花粉症で皮膚症状が生じれば生活が制限されるほどの苦痛を伴うことがありますし、喘息症状も辛いものですが「花粉症で重体」というのは極めて稀です。ですが、食物アレルギーの場合は重症化して入院を余儀なくされることはまあまああります。つまり、PFASは「死に至る病」になりうるということです。
PFASがやっかいな点がもうひとつあります。過去のコラムで紹介した最も難渋するアレルギー疾患といえる好酸球性食道炎がPFASと合併しやすいという報告があるのです(注1)。好酸球性食道炎はいったん発症するとその後の人生が大きく変わりかねない重症性疾患であり、実際厚労省の指定難病に入っています。報告によれば好酸球性食道炎を合併しやすいPFASとして、リンゴ、ニンジン、モモが指摘されています。
PFASは最近注目されだした疾患です。おそらくこれからいろんなことが分かり、花粉と食物の複雑な関係が少しずつ明らかになっていくでしょう。上に述べた関連以外にも食物アレルギーがあれば花粉症を、花粉症があれば食物アレルギーの可能性を検討していくべきだと私は考えています。
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注1:医学誌『Diseases of The Esophagus』2017年10月26日号(オンライン版)に掲載された論文「Pollen-food allergy syndrome is a common allergic comorbidity in adults with eosinophilic esophagitis」に報告があります。下記URLで概要を読むことができます。
参考:https://www.thermofisher.com/allergy/jp/ja/allergy-symptoms/special-allergies.html
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|2017年12月21日 木曜日
第172回(2017年12月) 「リーキーガット症候群」は存在するか?
コムギアレルギーやセリアック病ではないのに、コムギやグルテンを摂らなくなって身体の調子がよくなったという人が増えており、これを便宜上「コムギ/グルテン過敏症」と呼べばどうか、ということを過去のコラムで述べました。
今回は、その類似疾患というわけではないのですが、「コムギをやめて便の調子がよくなった」という人の多くが興味を持っている「リーキーガット症候群」について述べたいと思います。(尚、リーキーガット症候群は、コムギ除去をしていない人たちの間でも関心が高くなっています)
「コムギ/グルテン過敏症」という疾患があることをすべての医師が認めているわけではありませんが、上述のコラムで紹介したように、一流の医学誌に掲載された論文に報告があります。一方、「リーキーガット症候群」という病名は、民間療法を支持する人たちの間では昔から語られていますが、きちんとした論文は(私の知る限り)ありません。たしかにリーキーガット(leaky gut)という言葉は教科書的にもあるのですが、身体の様々な症状をこのリーキーガットで説明しようとするあまりにも短絡的な「民間療法的発想」に多くの医師が反発するのです。
ですが、正直に言うと、私自身は「リーキーガット症候群」という概念を普及させてもいいのではないか、と個人的に思っています。その理由を述べる前に、まずはリーキーガットの説明から始めましょう。
ガット(gut)は腸、リーキー(leaky)は漏れやすいという意味で、直訳すれば「漏れやすい腸」となります。胃を経て腸に降りてきた食べ物や飲み物のすべてが腸に吸収されるわけではありません。有害なものの侵入はできるだけ回避しなければならないわけですから腸には「バリア機能」があります。このバリア機能というのは非常に複雑なメカニズムで成り立っていて、そのひとつが「タイトジャンクション」と呼ばれるものです。「タイト」は「固い」、「ジャンクション」は「接合」。つまり粘膜の上皮細胞どうしがきっちりと接合され隙間がなくなり、何も通さなくなっている構造を指します。もちろん必要な水分や栄養素は取り込む必要がありますから、人間にとって必要なものだけをうまく取り込むシステムが備わっているのです。
しかし何らかの原因でタイトジャンクションが壊れるとどうなるでしょう。細胞と細胞の隙間から人間にとって不要なものが侵入してしまいます。そして、不要なもののせいで身体が様々な不調を起こす。これがリーキーガット症候群の”病態”です。
先述したように、多くの医師はこの”疾患”に抵抗を示します。複雑な身体のメカニズムがそんなに簡単であるはずがない、と感じるからです。ですが、少なくとも過敏性腸症候群や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)については、リーキーガットと関連があるとする意見が有力ですし、最近は肥満やアレルギー疾患、さらに精神疾患との関連性を指摘する声も広がりつつあります。
また鎮痛薬や風邪薬に含まれるNSAIDsと呼ばれる薬剤は小腸粘膜を障害し、結果としてリーキーガットを引き起こすという報告があり、実際これらの薬剤は下痢を起こすことがしばしばあります。リーキーガットのせいで不要な物質が体内に取り込まれるなら、その逆にリーキーガットのせいで、必要な水分が身体の中から腸管に漏れてしまうことだって起こり得ます。つまりNSAIDsの乱用で、リーキーガット症候群が起こる可能性が出てくるのです。
リーキーガット症候群という疾患名の是非は別にして、我々がタイトジャンクションを維持しなければならないということに異論を唱える医療者はいません。そして、NSAIDsの乱用はやめなければならない、ということにもすべての医療者が同意します。NSAIDsは胃の粘膜にも障害を与えますし、短期間の使用でも腎機能を悪化させることがありますし、長期使用で心血管系疾患のリスクになることも分かっているからです。それに、とてもやっかいな「依存症」という問題があります。
では「NSAIDs多用をやめる」以外にリーキーガットを防ぐには何をすればいいのでしょうか。民間療法を支持する人たちは健康食品を推薦し、コムギ/グルテンの除去を勧め、整体やヨガの有効性を訴えます。そして、こういったエビデンス(科学的確証)に乏しい説が医師の反発を招きます。
ところが腸内フローラ(腸内細菌叢)の話題が医学界でも増えてくるにつれ、適切なフローラを維持することによりタイトジャンクションを維持、つまりリーキーガットを防げるのではないかと考える医療者が増えてきました。特に、プロバイオティクスは最近注目を集めています。また、数年前より糞便移植が盛んに議論されるようになってきました。健康な人の便をとりこめばリーキーガットが治るという考えです。
一方、その逆にフローラを増やすのではなく、強力な抗菌薬を使い、徹底的に”悪い菌”をやっつけることによってリーキーガットを治そうとする試みもあります。先進国に住む人と未開社会の人では腸内フローラが大きく異なることが知られています。そして、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患は未開社会には存在しない疾患です。ならば先進国に住んでいる人の腸内にいる細菌が悪いに違いない、という理屈が出てきます。そこで、強力な抗菌薬が用いられるのです。実際、過敏性腸症候群にも炎症性腸疾患にも次々と新しい抗菌薬が試されています。クロストリジウム・ディフィシルという極めて難治性の感染症に対して、海外では糞便移植がおこなわれることが増えてきましたが、日本では、強力な抗菌薬を用いるのが依然として主流です。
プロバイオティクスや糞便移植で「いい菌を増やす」治療と、その逆に徹底的に「悪い菌を殺す」両極端な治療があるというわけです。これらのどちらがいいかを考える上で参考になる疾患があります。
それは、SIBO(小腸細菌異常増殖、small intestinal bacterial overgrowth)と呼ばれるものです(通常「シーボ」と呼びます)。これは文字どおりの疾患で、小腸に細菌が異常なほど増殖します。症状は過敏性腸症候群に似ていて、両者はかなりの確率で合併していると言われています。この疾患の治療として細菌が異常増殖しているのだから抗菌薬を用いればいいと考えたくなりますが、これがそう単純な話ではなくうまくいかないのです。難吸収性抗菌薬と呼ばれる特殊な抗菌薬を用いる試みも一部にはありますが有効性が高いとは言えません。そして、抗菌薬の開発が望まれているその一方で、まったく逆の発想、つまり「いい菌を増やす」という考えがあるというわけです。
SIBOに対してどちらの治療が効くかではなく、どちらが安全かを考えてみると、これは勝負になりません。抗菌薬にはイヤというほど副作用がありますし「耐性」というやっかいな問題もあるからです。つまり安全性では比較にならないほど「いい菌を増やす」方に分があります。ですから、まずおこなうべきことは「悪い菌を殺す」ではなく「良い菌を増やす」で、そのなかでも最も簡単にできるプロバイオティクスの積極的摂取がまずは勧められます。もちろんそれだけで治らないケースも多々ありますし、多少効果が出たとしても継続して摂り続けなければなりません。プロバイオティクスは腸内に住み着いてくれるわけではないからです。
保守的な医療界のなかで、すでにさんざん”手垢”がついてしまっている「リーキーガット症候群」という疾患名が医療者間で普及する可能性は低いと思います。また、多くの医療者は、しきりに自社製のプロバイオティクス/プレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖などプロバイオティクスが腸内で増えるのに必要とされる物質のこと)を宣伝する民間医療支持者を好ましく思いません。ですが、私自身は、原則として抗菌薬が中心の治療よりもまずはプロバイオティクス/プレバイオティクスを摂取すべきだと考えています。ただし、特定の商品を勧めることはしませんし、私の立場はあくまでも通常の食事からプロバイオティクス/プレバイオティクスを摂りましょう、とするものです。
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|2017年12月10日 日曜日
2017年12月 大学病院総合診療科の患者満足度が高い2つの理由
医学部入学時には医師になることを考えていなかった私が、医師を目指すようになったきっかけは、友人や知人から聞かされた「医療不信」でした。過去にも述べたように、医師や病院に対する不満を聞くにつれ、「何とかしなければならない」から「自分がやらねばならない」と思いあがってしまうようになり、医学部生の後半には臨床医を目指すようになったのです。
そもそも「医療不信」の最大の原因は「コミュニケーション不足」にあります。医療者は患者さんに対して、常に効果と安全性を最大限に考慮し治療をおこないます。一方、患者さんもまた安全で有効な治療を求めるわけですから両者の”利害”は完全に一致しているはずです。医師と患者さんはいわばタッグを組んで疾患に取り組まなければならないのですから”仲間割れ”をしている場合ではありません。
にもかかわらず「医療不信」が生まれるのは医師と患者さん側のどちらか、または双方に誤解が生じるからであり、その最大の理由がコミュニケーション不足です。ということは、しっかりとコミュニケーションを取ることができれば医療不信のほとんどは解消されるはずです。
これまで私が患者さんから感謝されることが最も多かったのは大学病院の総合診療科で外来をしていたときです。何度も丁寧なお礼を言われ、涙を流しながら感謝の言葉を述べる患者さんも珍しくありませんでした。なぜでしょうか。最大の理由は「充分な時間をとって診察ができるから」です。そもそも総合診療科を受診する人というのは、これまで満足いく治療が受けられておらず複数の診療所/病院を受診していることが多いのです。そして、たいていの医療機関では診察に充分な時間がとれません。
私が外来を担当していた頃の大阪市立大学病院の総合診療科では、ひとりの医師が診察する患者数は午前が新患のみで7~8人、午後は再診のみで5~6人でした。ひとりあたり20~30分の時間が取れるわけですから、患者さんはこれまでの苦悩や前の病院での不満をたっぷりと話すことができます。「こんなに丁寧に話を聞いてもらったのは初めてです!」「先生に出会えてよかったです!」このような言葉も頻繁に聞いていました。
しかし、よく考えればすぐに分かることですが、私は単に話を聞いただけです。もちろん医学的な観点から、問診以外にも聴診・打診・触診などもおこないますし、必要な検査は実施します。大学病院ですからありとあらゆる検査ができます。緊急性があれば放射線科医に無理をいって優先的にCTやMRIを撮影してもらうこともあります。場合によっては緊急入院をしてもらうこともありますし、外科医に依頼し緊急手術になることや、循環器内科医と相談し緊急カテーテル検査を実施することもありました。
不思議なもので、緊急手術をしてくれた外科医や他の仕事をキャンセルして緊急カテーテル検査をしてくれた循環器内科医よりも、最初に総合診療科の外来で診察をした私を慕ってくれる患者さんが多いのです。私は単に重症性と緊急性を見極めただけであり、実際に治療したのは外科医や循環器内科医なのに、です。患者さんは病気や治療の説明を私から聞こうとするのです。
つまるところ、患者さんにとって必要で重要なのは「きちんと伝えること」つまり「充分なコミュニケーション」だというわけです。患者さんの訴えにしっかりと耳を傾け、適切な診察・検査をおこない診断をつけ、そして治療をおこなう前に、なぜその治療が最適なのかを説明して理解してもらえれば医師患者関係が悪くなるはずはなく医療不信は生まれません。もしも病状が重症で、専門医の治療が必要な場合はすみやかに紹介し、専門治療が終われば再び我々が診ますからその後の関係も良好のままです。もちろん、治療がうまくいかないケースもあります。しかしその場合も、コミュニケーションがきちんととれている場合は不信感を持たれません。
大学病院の場合、病状がよくなれば「これからは近くにかかりつけ医をみつけてそこで診てもらってください」と言わねばなりません。私にはこれが辛く、「何かあればどんなことでも相談してね」と言いたいという思いが、自分の診療所をもつしか方法はないという結論に達しました。
そして現在は太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で「何かあればどんなことでも相談してね」と言っています。では、谷口医院を受診する患者さんは100%満足しているのか…。残念ながらそうではありません。この最大の理由は充分な時間がとれない、ということですが、他にも理由はあります。
実は大学病院の総合診療科の外来がうまくいきやすいのは、単に時間がとれるからだけでなく、もうひとつ大きな理由があります。それは「患者さんが藁にもすがる思いで受診している」からです。これまでどこに行っても治らなかった、けど大学病院ならなんとかしてくれるはずだ…。そういう思いがあるが故に、初めから信頼度が高く良好な関係が築きやすいのです。ですから、初めから医療不信ありき、の患者さんは大学病院でもうまくいかないことがあります。医師が言うことのすべてを否定するような人もいて少々時間がかかります。ですが、時間をかけてゆっくりと話をすれば信頼を得られることもあります。マインドコントロールを解くような感じです。
しかしこのタイプの患者さんが診療所を受診するとたいていはうまくいきません。実際、谷口医院で良好な関係が築けなかった患者さんの大半がこのタイプです。「とにかく点滴をしてほしい」「とにかく検査をしてほしい」「とにかくステロイドがほしい」「とにかく抗生物質がほしい(ひどい場合は抗菌薬の種類や名前を指定)」などなど…。こういう患者さんを診察するときはそれなりに疲れます。医療機関のミッションはいかに検査や薬を減らすかですが、この手の人たちになぜその検査や薬が不要なのかを説明しても初めから聞く耳を持っていません。ひどい場合は、「お金払うって言ってるでしょ!」「検査してくれ、っていう患者の希望を聞けないのか!」などと怒り出す人もいます。
小児科医や皮膚科医のいくらかが苦手とする患者さんに「ステロイド恐怖症」があります。ステロイドをまるで”毒”のように考え一切受け付けない人たちです。90年代に比べるとこのような人たちは随分と減りましたが、それでもいまだに苦労するという話を他の医師達から聞きます。ですが、私はこういう患者さんがそれほど苦手ではありません。たしかに、診察室に入るなり「あたしはステロイド使えませんから!」などと宣言されると「この患者さんは一筋縄ではいかないな…」と感じますが、全例ではないものの結果として良好な医師患者関係ができることも多いのです。(逆に、「とにかくステロイドがほしい」という人とはうまくいきません)
なぜ初めから医療不信(ステロイド不信)がある患者さんと良好な関係が築けるか。それは「ステロイドの危険性を認識しなければならないという思いは医師と患者で同じだから」です。アトピー性皮膚炎を代表とする慢性湿疹の治療で最も重要なのは「ステロイドをいかに減らしていくか」です。そのためreactive therapy(痒いところに外用)とproactive therapy(維持療法)の違いをまずはしっかりと理解してもらわねばなりません。私の経験でいえば、ステロイド恐怖症の人でこの「基本事項」をきちんと理解していた人は過去に一人もいません。
無駄な検査はおこなわないこと、薬を使用するときは安全性に注意を払い最小限の使用とすること。こういったことは医師がいつも考えていることであり、そして、これらは患者さんが求めているものと同じはずです。
最近は医学部の授業でも対患者のコミュニケーションが重視されています。(今月もその実習で医学部の学生の指導に行ってきました) どのような言葉を使うかよりも、医師・患者の目標は同じであることを再認識する方がずっと重要だ、ということを私は医学生に言い続けています。
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|2017年11月17日 金曜日
第171回(2017年11月) 慢性腎臓病の予防に最善の方法
生活習慣病には様々なものがありますが、代表的なものを3つ挙げるとすれば、高血圧、高脂血症(高コレステロール血症と高中性脂肪血症)、糖尿病です。さらに2つ挙げるなら、高尿酸血症と慢性腎臓病(CKD)が入ります。(他には、いくつかのがん、肥満が挙げられます。最近は、歯周病や不眠なども生活習慣病に加えられることが増えてきました)
さて、これら5つのうちどれが最も治療に難渋するか。もちろん個人によりますが、おしなべて言うと、医師からみたときに最も困難なのは「慢性腎臓病」です。残りの4つ、すなわち、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症には優れた薬がいくつもあります。これら4つの疾患も薬よりも生活習慣の改善が優先されなければならないことは当然ですが、数値を劇的に改善させる薬が何種類もあります。
一方、慢性腎臓病には薬がほぼないと言っても過言ではありません。高血圧で用いるいくつかの薬には多少効果があるとされていますが、それだけでよくなるわけではなく、手遅れにならないうちに本格的な生活改善をしなければなりません。そして、日本腎臓学会によれば現在日本に慢性腎臓病の患者は1,330万人(20歳以上の成人の8人に1人)もいます。
そして、慢性腎臓病に対する生活改善は非常に難しいのです。この難しさについては7年前のコラム(はやりの病気第第81回(2010年5月)「慢性腎臓病と塩分制限」)でも述べました。私はその後、慢性腎臓病の患者さんに様々な指導をおこなってきました。幸いなことに進行が止まっている患者さんもいますが、残念ながらじわじわと悪化し、このまま進めば将来は人工透析を免れないのでは、という人もいます。今回は改めて慢性腎臓病の生活改善の難しさを振り返り、それでもできることを述べていきたいと思います。
慢性腎臓病の生活改善で最重要なのが「塩分制限」ですが、非常に困難で、日本腎臓学会のガイドラインでは、最も軽症のステージ1であったとしても1日の塩分摂取量を6グラム未満にしなければなりません。前出のコラムでも述べたように、味噌汁、鍋焼きうどん、五目そばの塩分は、それぞれ2グラム、7.4グラム、8グラムです。これらの数字を見るだけで、1日合計6グラム未満がどれだけ困難かが分かります。
実際の日本人の塩分摂取量をみてみましょう。昭和時代に比べれば、現在は摂取量が大きく減っているのは事実です。しかし、それでも下記の通りです(厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」より)。
2008年 男性:11.9グラム、女性:10.1グラム
2013年 男性:11.1グラム、女性:9.4グラム
ちなみに、「目標」は下記のように定められています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」より)。
2005年 男性:10グラム未満、女性:8グラム未満
2010年 男性:9グラム未満、女性:7.5グラム未満
2015年 男性:8グラム未満、女性:7.0グラム未満
摂取量の数字では男女とも減少していますが、よくみると、それでも2005年の目標すら満たせていません。このまま「目標」を下げ続けても、「絵に描いた餅」にしかなりません。そして、私自身の個人的見解を述べれば、そろそろ日本人の塩分摂取量低下は限界にきています。摂取量が次回発表される2018年は、2013年の数字から比べてさほど減少していないでしょう。つまり、日本人は和食を捨てない限り、これ以上塩分摂取量を下げるのは極めて困難なのです。
ではどうすればいいか。最も重要なのは慢性腎臓病の「怖さ」を知ることです。最近は職場でも学校でも家庭でも「叱る」のではなく「褒める」ことが重要とされているようで、医師も患者さんに対し「褒める」のが良い、とされています。ですが、私はもともと他人を褒めるのが苦手なこともあり、生活習慣病の指導については褒めるのではなく「恐怖」を植え付けています。もっとちゃんとやらないと将来は透析になりますよぉ…、と言い続けているのです。このような指導(そもそもこれを「指導」と呼べるかどうかも疑問ですが…)しかしていない私は、良医ではありません。医学部でおこなわれる模擬患者とのコミュニケーションの試験なら不合格になるでしょう。
腎臓はいったん悪化すると元には戻らない臓器です。ですから、それ以上悪くならないように、生活習慣の改善を今以上に厳しくおこなうしありません。少しでもできたことを褒めてあげて…、などと悠長なことを言っている場合ではないのです。
ではどうすればいいか。まずほとんどの人がすぐに簡単にできることがあります。それは「腎臓に負担がかかる薬やサプリメントを飲まない」ということです。代表的なものは、鎮痛剤(ほとんどの市販の鎮痛剤は腎臓に影響を与えます)と風邪薬(鎮痛剤が含まれる)です。そして、もうひとつの代表がカルシウム及びビタミンDです。これらは骨を強くするため、という理由で飲んでいる人が少なくありませんし、また、健康のため、という漠然とした理由でマルチビタミン(含ビタミンD)やマルチミネラル(含カルシウム)を飲んでいる人が大勢います。筋力強化やダイエットのためにプロテインを飲んでいるという人も少なくありませんが、彼(女)らのどれだけがプロテインが腎臓を悪くすることを知っているでしょう。もちろん医療機関で処方される薬にも腎臓に負担がかかる薬は少なくありませんし、個人輸入で薬を入手するなどということは危険極まりない行為です。
次にすべきなのはやはり運動と食事です。特に汗をかく運動は非常に効果的です。フルマラソンを走るときには塩分補給をしなければならないことからも分かるように(ただしフルマラソンは腎臓に負担がかかりますから推薦できませんが)、塩分を多少多めに摂ったとしても運動で汗をかけば帳消しになります。ですから、やせるため、あるいは動脈硬化を防ぐため以上に「将来人工透析になるのを回避するため」に運動で汗を流すべきなのです。
食事はもちろん可能な限り塩分の制限につとめなければなりませんが、他にもすべきことがあります。それは「太らない」ということです。最近はあまり言われなくなりましたが、数年前には「少し太っている方が長生きする」ということがさかんに言われました。たしかにそのような統計が海外のみならず日本にもあります。ですが、私はこの考えに以前から疑問を持っています。私が診ている患者さんでいえば、適正体重の人の方が明らかに健康だからです。そして、肥満やメタボリック症候群は慢性腎臓病のリスクになることが分かっています。つまり、太っていればたとえ長生きできたとしても人工透析で寿命を延ばしているだけ、ということになりかねないのです。
では太らないためにはどのような食事をすればいいか。今回提案したいのは「蛋白質をしっかり摂る」ことです。ここは誤解しやすいところなので注意が必要です。慢性腎臓病がある程度進行すると蛋白質が腎臓を傷めます。ですから摂取量を制限しなければなりません。そして、以前は、腎機能低下の初期段階から蛋白質を制限する食事療法が推奨されていました。
ですが、この考えは現在では見直されており、軽症であれば厳しい蛋白制限を指示しない考えが主流になってきています。実際、日本腎臓病学会のガイドラインでもステージ2までは「過剰な摂取をしない」との表現にとどまっています。一般にステージ2までは「1.3g/kg標準体重/日を超えない」が推奨されます。例えば標準体重が60kg(身長160センチ程度)とすれば1.3x60=約80グラムが蛋白質を摂取していい上限となります。
では肉や魚を食べるとどれくらいの蛋白質を摂取することになるかというと、だいたい肉や魚100グラムで蛋白質20グラムです。私は肉料理が大好きで、月に2回程度は近所の「サイゼリア」でステーキを食べます(999円というリーズナブル価格です!)。このステーキが約160グラムですから蛋白質は32グラムになります。また私は毎朝納豆を1パック食べますがこれは約8グラムです。もちろんタンパク質は米を含む多くの食品に含まれていますから、単純に肉・魚・卵・大豆食品などを合計すればいいわけではありませんが、多くの人にとって「過剰な摂取をしない」というのはむつかしいわけではなく、むしろ肉や魚、大豆をしっかり摂って摂取量を把握することの方が重要です。(先述したようにもちろんプロテインは絶対NGです)
厳格に制限すべきなのは蛋白質ではなく、総摂取カロリーあるいは炭水化物です。いずれにしても「体重を増やさない」ということが最重要です。慢性腎臓病の予防及び治療に重要とされている塩分制限に異論はありませんが、和食を捨てない限り日本人には極めて困難です。ならば、まだ初期の段階であれば、「汗をかく運動」と「太らない食事療法」をしっかりとおこなうことで、それ以上の進行をとめるべきではないか。これが私の考えです。
腎臓はいたわっていても年齢と共に誰でも次第に劣化していきます。つまり慢性腎臓病が進んでいきます。あなたの寿命が尽きるまでは腎臓の”寿命”をなんとか持ちこたえさせねばならないのです。
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|2017年11月6日 月曜日
2017年11月 私の苦い体験と残念な薬剤師
その電話は土曜日の診察終了間際、午後8時の少し前にかかってきました。
太融寺町谷口医院(当時は「すてらめいとクリニック」という名称。以下「谷口医院」)をオープンして間もない2007年のことです。他府県在住の若いカップルからの電話で、「コンドームが破れた。緊急避妊をお願いしたい」という内容でした。
緊急避妊薬は海外では薬局で買えますが、日本では医療機関で処方しなければならないことになっています。通常、緊急避妊をおこなうのは(大きな)病院ではなく診療所/クリニックです。科としては婦人科か、谷口医院のような総合診療をおこなっているところ、それに一部の内科クリニックとなるでしょう。すべての科でおこなっているわけではありません。
その他府県のカップルがわざわざ谷口医院に電話してきたのは、「近くに開いているクリニックがないから」です。当時の谷口医院は土曜日も午後8時まで受付をおこなっており(現在土曜は午後7時まで)、他には受診できるところがないと言います。ですが、私はその晩、所用で最終の新幹線に乗らなければなりませんでした。その電話がかかってきたときには、まだ待合室に10人以上の患者さんが診察を待っていました。そのカップルは車を飛ばしても8時には間に合わないと言います。このカップルを診察すると最終の新幹線に間に合わなくなる可能性が出てきます。少し悩んだ挙句、私は「当院では対応できない。救急病院を受診してほしい」と答えました。
翌日、私はずっとこのカップルのことが気になっていました。いえ、今こうしてこのことを書いているくらいですから、10年が過ぎた今もこの記憶が私を苦しめています。なぜあのとき受け入れなかったのか…。私の「所用」はカップルのお願いを断るほど重要だったのか…。最終の新幹線に間に合わなかったとしても深夜バスを利用すれば済む話だったのではないか…。
このことが頭をよぎるとき、いつも考えてしまうことがあります。日本ではなぜ薬局で薬剤師が緊急避妊薬を販売しないのでしょう。海外では当たり前のようにおこなっているのに、です。もちろん、この問題に気付いているのは私だけではありません。実際、2017年7月に開催された「第2回医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(通称「スイッチOTC検討会」)では、緊急避妊薬を薬局で販売できるようにすべきではないかという議題が取り上げられました。ですが、肝心の薬剤師が同意しないのです。
はっきり言えば、薬剤師のこの考え、情けなくないでしょうか。私たち日本の薬剤師は海外の薬剤師と違ってそんな難しいことできませーん、と宣言しているようなものです。確かに緊急避妊の説明は簡単ではありません。単に理屈を覚えればいいわけではないからです。生理学、薬理学、産科学の知識に加え、心理的なケアや社会的な配慮もおこなわなければなりません。なかにはデートレイプの被害ということもあります。被害者に不適切な発言をすると「セカンドレイプ」となり余計に苦しめることになります。また緊急避妊は繰り返す人が多いですから、今後の避妊についても話をしなければなりません。ですから相応の勉強や研修が必要になります。
もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に申し入れをして「緊急避妊こそ薬剤師の仕事だ!」と訴えます。そもそも性行為というのは日中よりも夜間におこなわれることが多いものです。そして緊急避妊は早ければ早いほど成功率が上がるわけです。そして、都心部には深夜まで開いている薬局があります。一方、診療所/クリニックは夜遅くまで開いておらず(特に土曜日!)、また大病院の救急外来はどこもいっぱいで、受診時に症状のない緊急避妊希望者は後回しにされることが多いのです。
もうひとつ、私が薬剤師に期待したいこと、というか、情けないと思うことがあります。それは、現在連日のようにメディアに取り上げられている「ヒルドイドを始めとするヘパリン類似物質をなぜ薬剤師が販売しないのか」ということです。
これについては、以前にも述べました(「はやりの病気第161回(2017年1月)「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)。私が言いたいのは、「ヒルドイドやビーソフテンといったヘパリン類似物質は単なる保湿剤であり、わざわざ医療機関で処方するものではなく、海外では薬局で販売されているし、日本でもすでに一部のヘパリン類似物質は薬局で販売されている。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社が医療機関での処方に固執しているのは事実だが、なぜ薬剤師が自分たちにやらせてくれと言わないのか」ということです。
2017年10月6日、健康保険組合連合会が公表した「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究III」(76-94ページ)で、ヘパリン類似物質の処方が全国で年間93億円にのぼると推計されています。これは各メディアも報道しており、「ヒルドイドやビーソフテンを治療ではなく単なるスキンケア製品として求める患者(患者ではありませんが)が多い」と言われています。
しかし我々臨床医の立場からすると、ここはきちんと区別しなければなりません。谷口医院でもオープンした2007年から「スキンケア製品として(または化粧水として)ヒルドイドかビーソフテンを処方してほしい」という初診の患者(患者ではありませんが)が、ちょこちょこやって来ます。もちろん、そのような理由では処方できない、ということを説明しますが(そして保険診療のルールをそれなりに丁寧に説明しているつもりなのですが)、「お金払うって言ってるでしょ!」と捨てゼリフを吐いて帰る人もそれなりにいます。
ですが、例えばアトピー性皮膚炎や他の慢性湿疹でステロイドまたはタクロリムスでの治療が奏功して炎症がまったくなくなりあとは乾燥だけとなった場合は、再び炎症を起こさないためにヘパリン類似物質を使うことはよくあります。というより、いかに「保湿」が重要であるかの説明をおこない、幾種類もある保湿剤のなかでいかにヘパリン類似物質が有効かという説明をします。ですが、ヒルドイドやビーソフテンには「処方制限」(詳しくは「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)があるので、薬局やネット販売のものも探してね、という話をします。
先に述べた緊急避妊薬の場合は、心理的、社会的な背景にまで踏み込む必要があり、単に教科書的な知識だけでは対応できません。それなりのトレーニングが必要です。ですが、ヘパリン類似物質の場合は、他のスキンケア製品の販売とほとんど変わらないといっても言い過ぎではありません。実際、すでに一部のヘパリン類似物質は薬局や化粧品屋で販売されているのです。
もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に対して、「ヘパリン類似物質はすぐに薬局で医師の処方せんなしで薬剤師が販売できるようにすべきだ。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社にも訴えるべきだ!」と主張します。
ちなみに、私がよく行く近所の薬局は夜遅い時間まで開けてくれているので助かっています。私はそこで格安のお菓子やインスタントラーメンをまとめ買いしています。品揃えの豊富さとスーパー顔負けの安さにはいつも感謝しています。
ですが、薬剤師が声を張り上げてセール品の案内をしているのを目にすると、感謝の気持ちが残念な気持ちに変わっていきます…(注1)。
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注1:残念な薬剤師については過去のコラムでも書いたことがあります。下記を参照ください。
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|2017年10月16日 月曜日
第170回(2017年10月) 最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~
最も重篤なアレルギー疾患は?と問われれば、医療者も一般の人たちもおそらく「アナフィラキシー」と答えるでしょう。アナフィラキシーをいったん起こせば、迅速に適切な治療がおこなわれなかった場合、数時間以内に帰らぬ人になってしまうこともあります。
ですが、アナフィラキシーには必ず原因があります。食べ物、薬剤、蜂などで、これらを避ければ再発は防げます。ときどき原因不明のアナフィラキシーがあり、なかなか原因物質を特定できないことがありますが、そういった場合でも毎日症状に苦しめられることはありません。偶発的に発症した場合はアドレナリンの筋肉注射(自己注射も可能)をおこなえば助かります。
一方、毎日のように苦しめられ、治療法も確立しているとはいえないアレルギー疾患があります。それが今回紹介する「好酸球性食道炎」と「好酸球性胃腸炎」です。どちらもあまり有名でない疾患でしょうし、罹患者数は喘息やアトピー性皮膚炎と比較すると圧倒的に少ないのは事実ですが、かなりの難治性であることから厚労省の指定難病にも入っています(注1)。
さらに、難渋するのは治療だけではありません。診断をつけるのにも非常に苦労するのです。2つの疾患をひとつずつみていきましょう。まずは好酸球性食道炎です。
好酸球性食道炎の症状は、吐き気、胸やけ、飲み込みにくい、などで逆流性食道炎の症状とほとんど変わりません。ですから、このような症状を医師に説明して、「あなたの疾患は好酸球性食道炎に違いない」と初診時に言われることはまずありえません。すぐに内視鏡(胃カメラ)をおこなうべきこともありますが、たいていは胃酸の分泌を抑制する薬をまずは処方されます。
こういった薬で症状が改善しないときに内視鏡をおこないます。逆流性食道炎の場合は内視鏡をすれば「ただれた粘膜」が観察されますから、この時点で診断がつきます。一方、好酸球性食道炎は、ある程度重症化していないと「異常なし」または「軽度の炎症」と言われるだけで、この時点で診断がつくことはあまりありません。内視鏡で異常がない(または軽度)であり、逆流性食道炎と同じ症状がある場合「非びらん性胃食道逆流症」と呼ばれます。つまり実際には好酸球性食道炎であったとしても、軽度の逆流性食道炎または非びらん性胃食道逆流症と「誤診」されてしまう可能性があるのです。
逆流性食道炎でも非びらん性胃食道逆流症であっても、症状がある程度進行するとプロトンポンプ阻害薬(以下「PPI」)と呼ばれる薬が処方されます。これである程度改善することがほとんどで、改善度に乏しい場合は手術が検討されることもありますが頻度は稀です。
では好酸球性食道炎はどのようにして診断をつけるのか。それには、食道の一部の粘膜を採取し、生検(顕微鏡の検査)でたくさんの好酸球を確認しなければなりません。ここにこの疾患の診断の難しさがあります。理由は2つあります。
1つは、生検というのはそれなりに大変な検査です。粘膜を採取するわけですから、出血は起こりますし、稀とはいえその出血が止まらない、あるいは食道の壁を穿孔してしまう可能性もゼロとは言い切れません。つまり危険が伴う検査なのです。ですから、内視鏡をおこなう術者としては、大きな異常が肉眼で確認できない限りはなかなか生検実施を考えにくいのです。そして、好酸球性食道炎の場合、肉眼での大きな異常があるわけではありません。
もうひとつの理由は、好酸球性食道炎でもPPIがそれなりに効く場合があるということです。なぜ効くのかははっきりとわかっていないのですが、効くときは効くのです。すると「PPIが効いたんだから軽度の逆流性食道炎か非びらん性胃食道逆流症だろう」と診断されてしまいます。
ですが、好酸球性食道炎であろうがなかろうがPPIで症状がとれるなら「幸運」と言えます。なぜならPPIがまったく無効な好酸球性食道炎の場合は、ほとんど「なす術がない」からです。一般に好酸球が関与した疾患にはステロイドが効くことがあります。好酸球性食道炎の場合も、ステロイド内服は有効ですし、また喘息で用いるステロイド吸入薬を飲み込むという方法もあります。しかしステロイドの副作用を考慮すると、このような治療は安易におこなえません。
では好酸球性食道炎の診断がつき、PPIが効かない場合はどうすればいいのでしょう。それを述べる前に、もうひとつの疾患、好酸球性胃腸炎をみていきましょう。
好酸球性胃腸炎の症状は、嘔吐、腹痛、下痢などです。患者さんは「特定のものを食べたときに起こる」と訴えることがありますが、食物アレルギーの腹部症状とは異なります。食物アレルギーの腹部症状は食後運動をしたときに起こることが多く、原因食物のIgE抗体が陽性となるのが普通ですし、プリックテストといって皮膚にその食物を注射する検査をすると陽性となります。一方、好酸球性胃腸炎の場合、血液検査でもプリックテストでも陽性とならないことが多いのです。尚、これは好酸球性食道炎の場合も同様です。
確定診断を得るには、好酸球性食道炎と同様、内視鏡で粘膜を採取(生検)することになりますが、食道の場合と異なり、小腸の内視鏡というのは簡単ではなくなかなかおこなえません。胃や大腸の生検は比較的おこないやすいですが、採取した部位では好酸球が多くなかった、ということもあります。症例によっては腹水が貯まり、その腹水のなかに多数の好酸球が検出されることもありますが、腹水はある程度の量が貯留しなければ採取が困難です。
血中の好酸球が増えていることは多いのですが(好酸球性食道炎の場合も同様)、他の好酸球が上昇する疾患(例えば喘息)のために増えている可能性もあり、これらを見分けることは困難です。そもそも、好酸球性食道炎も胃腸炎も、喘息を含むアレルギー疾患を合併していることが多く、好酸球の数値はこれら疾患の決め手にはなりません。それに血中好酸球が上昇しない好酸球性食道炎・胃腸炎もあるのです。
治療はどうすればいいのでしょうか。食道炎の場合とは異なり、好酸球性胃腸炎の場合は吸入ステロイドの内服は効きません。経口ステロイドの内服は有効ですが、やはり副作用を考慮すると長期で使える方法ではありません。
ではどうすればいいか。実は、好酸球性食道炎にも好酸球性胃腸炎にも極めて有効な”治療法”があります。しかもその”治療法”は「安全」で「低コスト」です。しかしおこなうのは極めて困難です。というより、その”治療法”が有効で誰もが簡単におこなえるなら、厚労省は難病に指定しません。
その”治療法”とは「6種食品除去食」を実践するという方法です。先に述べたように、患者さんのなかには「特定のものを食べると症状が出やすい」という人がいます。ということは可能性のあるものをすべて避ければいいのです。それは6つあります。①卵、②牛乳、③小麦、④大豆、⑤ピーナッツ、⑥魚介類です。これらを完全に除去すると、症状が劇的に改善すると言われています。
ですが、実際にこれらをすべて除去することができるでしょうか。蛋白源として、卵、牛乳、大豆、魚介類がNGだとすればあとは肉しかありません。小麦NGでも炭水化物は米で摂れますが、では米と肉、野菜だけの生活を一生続けることはできるでしょうか。
今のところ好酸球性食道炎・胃腸炎の予防法はありません。ただ、難病指定されているわけですから有効な治療の研究はおこなわれていますし、診断がつけば治療費は無料となります。疑わしい症状がある人はかかりつけ医に相談してみてください。
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注1:厚労省の下記ページを参照ください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/3935
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