はやりの病気
2020年11月20日 金曜日
第207回(2020年11月) 新型コロナで「分断」される社会
「分断」という言葉をここ数年間でよく見聞きします。具体的にいつどこで聞いたかを思い出せないのですが、内容としては米国のトランプ大統領を支持する人たちとリベラルの人たちとの隔たりが「分断」と呼ばれています。他には、英国の知識階級と労働者、フランスの白人とムスリムの差を論じるときにも使われているような気がします。
日本にも「分断」と呼びたくなるような現象があります。日本は今も(ほぼ)単一民族国家だというのに、同じ世代でも「考えていること」がまったく異なると感じることがあるからです。もっとも、これは最近始まったことではなくて、以前から、少なくとも平成の始め頃には指摘されていたことです。
ちなみに、私が初めて「分断」、つまり同世代なのにまるで価値観が異なる人たちの集団があることを表した言葉を見かけたのは、私の記憶が正しければ1992年ごろで、何かの雑誌に載っていた社会学者の宮台真司氏の言葉でした。氏はそういった事象を「島宇宙」と捉え、同じ価値観をもった小グループがいくつも存在することを指摘しました。別のグループでは考えていることがまったく異なり、コミュニケーションもとれないことにまで触れていました。
当時はまだ医学部受験などまったく考えておらず、この雑誌を読んだ2年後くらいに社会学部の大学院受験を考えるようになったのですが、今思えば私が社会学を本格的に学びたくなったのは宮台氏のこういう考え方に影響を受けたことが理由のひとつかもしれません。さらに余談になりますが、その後宮台氏の著作を読みだした私は、医学部受験の勉強中に『制服少女たちの選択』という本を手に取りました。その数カ月後、河合塾の模試の現代文にこの本が引用されていてものすごく驚きました。
話を戻しましょう。現在の私が、社会が「分断」されていると感じ、宮台氏が90年代前半に指摘していた「島宇宙」という言葉を思い出すのは、新型コロナウイルスに対する考え方が人によって(グループによって)あまりにも異なるからです。実際の事例をあげましょう(ただし、プライバシー保護のため内容はアレンジしています)。
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【事例1】20代男性 飲食店勤務
発熱と頭痛で当院に電話相談。持病はないが数年前から風邪や腹痛で何度か受診している。「その症状は発熱外来で診察する」と言うと不機嫌に。「コロナじゃない」と主張。「発熱外来でないと診られない」と繰り返し言うとしぶしぶ同意して発熱外来に受診。しかし新型コロナウイルスの検査は要らないという。味覚も嗅覚も正常だからコロナじゃないというのが男性の言い分。そういう症状が出ない場合も多いことを説明しようやく検査を実施。結果は案の定陽性。保健所から電話があるからアパートから出ないように指示した。
翌朝この男性から当院に電話があった。「勤務先に電話すると、『休まれると困る。どうしても休むのなら診断書を出せ』と言われた」とのこと。そもそも外出すべきでないのだから勤務先に診断書を持っていくことも控えるべき」と説明するが、「それを勤務先に理解してもらうのが大変」と言う……。
【事例2】20代女性 事務職
「電車に乗るのが怖い」「手の消毒について教えてほしい」「職場でマスクを外す人がいて困っている」などの訴えを繰り返しメールで相談してくる女性。数年前から花粉症と湿疹で何度か当院を受診している。相談の頻度が多いとはいえ、内容は理にかなったものであり、答えにくいものではない。父が高齢で寝たきりのために絶対に感染するわけにはいかないと考えている。
【事例3】30代女性 無職
「新型コロナウイルスに4月に感染し、その後もウイルスが体内から消えない」と言って受診。「このウイルスが慢性化することはない」と繰り返し説明しても受け入れられず、「倦怠感と頭痛がとれないのは体内に潜んでいる新型コロナウイルスのせいなんです」という主張をゆずらない。
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事例1の男性と事例2の女性はほぼ同じ年齢です。仮にどこかでこの二人が出会う機会があったとしてもほとんど話が噛み合わないのではないでしょうか。この二人の会話に事例3の女性が加わったとすればどうでしょう。おそらく3人とも「話しても無駄だ」と思ってその後連絡をとろうとは思わないでしょう。
では3人それぞれは日ごろ誰とコミュニケーションをとっているのでしょうか。事例1の男性は職場のスタッフといつも行動を共にしていると言います。仕事が終わってからの付き合いも多いそうです。おそらくこの飲食店で勤務するスタッフ全員が、新型コロナウイルスを脅威と考えず、予防もしていないことが予想されます。事例2の女性も事例3の女性もインターネットでいろんな情報を集めていると言いますが、おそらく見ているサイトはまったく異なります。事例2の女性が言うのは我々医療者が聞いても納得のできるエビデンスレベルの高い情報です。一方、事例3の女性が言うのは「ウイルスは〇〇が開発した」とか「本当は武漢ではなく▲▲でウイルスが生まれた」といった陰謀論のようなものです。
さて、同じ日本に住み、同じ言語で情報収集をしているほぼ同じ世代の彼(女)たちの考え方がこんなにも違うのはなぜなのでしょうか。しかし、考えが違うことはそもそも良くないことなのでしょうか。
原則として社会は多様性を認めなければなりません。ですから、異なる考えを持つことに問題はありません。というより、全員が同じ考え・同じ価値観をもつ社会があったとすれば脅威であり、また脆弱でもあります。そういう意味で大勢の人たちが多くの情報源を持ち様々な考えを持つ社会の方がずっと健全です。問題は、違う考え・価値観を持つ人たちとのコミュニケーションが「分断」されていることにあります。
現在私が恐れているのは、医師の間でもこの「断絶」が生まれつつあることです。医師にも「過剰に恐れる必要はない。外出制限を減らしていくべきだ」と考える「派」があり、「グレートバリントン宣言」というものが発表されています。他方では、こういった考えは危険で慎重になるべきだという「派」が「ジョン・スノー覚書」というものを公表しています。医師であればどちらにも「サイン(署名)」することができるため、世界中の医師がどちらかにサインする動きが広がっています。
ですが、私はこのような活動には反対です。医師どうしの「分断」がますます加速されるからです。「二極化」は分かりやすくすっきりする反面、極論につながりやすいという危なさがあります。「あんたはどちら派?」というような会話が始まればさらに「分断」が加速するでしょう。
一般の人も医療者も、新型コロナ対策に現在最も必要なのは「異なる意見を持つ人との対話」ではないか。それが私の考えです。そして、ネット上での匿名の会話ではなく、自己紹介した上でのコミュニケーション、つまり相手の考えも尊重しながら進めていくコミュニケーションが必要だと考えています。先述した事例1と事例3は医療者からみて誤った考えを持っていますが、頭ごなしに否定するのではなく、なぜそのように考えているのかの理解から始めることが大切だと考えています。
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|2020年10月25日 日曜日
第206回(2020年10月) 新型コロナのPCR、ようやく保険で可能に
PCRや抗原検査といった検査をするのにも一苦労する新型コロナ。ここにきて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でもようやく保険診療でこういった検査ができるようになりました。さらに、もうすぐ検査代は全額無料になりそうです。ただ、東京を含めて全国の多くの地域では、数か月前からすでに医師が必要と判断すれば無料でできていました。なぜ大阪市ではこんなにも時間がかかるのでしょう。谷口医院の経験を振り返りながら説明していきましょう。
新型コロナが日本でも流行しだした2月下旬から5月中旬ごろまでの間、「保健所(発熱センター)に電話してもなかなかつながらない。つながっても検査はできないと言われる。熱があるのにどうすればいいの?」という問い合わせを電話やメールで何百件と聞きました。そもそも、保健所の電話回線はたかがしれているのですから「4日発熱が続けば電話を」などという方針には初めから無理があったのです。
ですから、谷口医院では2月下旬から「4日待たなくてもいいし、保健所に電話する必要もない。うちに連絡してくれればPCRの手配をする」と答えていました。(これは非公開ですが)医療機関からならつながる保健所の電話がありますし、患者さん自身が「検査をしてください」とお願いするよりも、我々が「〇〇の理由から新型コロナを疑います。PCRをお願いします」と交渉する方がスムースにいくからです。
ところがこの考えが誤っていたことに気づくのにそう時間はかかりませんでした。私が保健所に交渉しても断られるのです。「あきらかにコロナですよ」という患者さんの検査を依頼しても認めてもらえないのです。仕方がないから、保健所は諦めて、大きな病院に「不明熱」という名目で入院してもらい、そこでコロナ陽性であることが判明した患者さんもいます。
こんな状況では保健所に交渉するだけ無駄です。そこで5月中旬、保健所に勤務する医師に対して「保健所はあてにできないから当院で検査をさせてほしい」と直談判しました。すると、意外にも答えはあっさりと「OKです」とのこと。しかし、考えてみればこれは当然で、保健所も我々や患者さんにいじわるをして「検査できません」と言っているわけではないのです。それだけキャパシティが少なかったのです。そんななか、クリニックで検査をすると言われれば保健所からみても「渡りに船」です。
ただ、谷口医院で患者負担ゼロで検査をするには、法律上、保健所と谷口医院が「行政契約」を結ばねばならないとのことでした。しかし、「その契約にはそんなに時間がかからない。近々連絡するから少し待ってほしい」とのことでした。「これで、患者さんに不安な思いをさせなくて済むんだ」と、そのときはそう思い、暗闇に光が差したような感覚になったのを覚えています。
ところが、です。待てど暮らせど連絡はこない。たまりかねて何度か保健所に催促の電話をするのですが、いつも「もう少し待ってほしい」との回答。10月になれば医師会と保健所が「集団契約」をすることになり、そうなれば医師会に加入しているすべての医療機関(もちろん谷口医院も加入しています)が患者負担ゼロで検査ができるようになると聞いていたのですが、この話も進展がありません。
そんななか、ある医師から「大阪市も保険診療でなら検査できるようになったらしいよ」という話を聞きました。これは私が聞いていた話と異なります。5月に保健所で「OKです」と言われたとき、行政契約が済むまでは保険診療でも検査はできないと聞いていたからです。そこで、ある行政機関に尋ねてみました。すると、「少し前から保険診療でなら検査ができるようになった。つまり無料にはならないが3割負担でなら検査可能」との回答を得たのです。
というわけで、10月中旬から谷口医院でも新型コロナウイルスのPCR検査及び抗原検査が保険診療でできるようになりました。ただし、診察した結果、感染の可能性があると判断された場合のみとなります。無症状だけど盛り場に行ったから心配、というような理由では保険診療で検査をおこなうことは認められていません。
では、なぜ大阪市では診療所での新型コロナの検査にこれだけ消極的なのでしょうか。ある情報によると、大阪では院内感染で医師が二人亡くなり、そのことがあるから診療所での検査に抵抗がある、とのことです。
ですが、私に言わせれば、院内感染で医師が死ぬこともある重要な感染症だからこそ、各医療機関は「発熱外来」を設けて、院内感染対策を万全にした上で検査を積極的におこない、早期発見に努めなければならないのです。
一部のメディアが報道したように「保健所からも医療機関からも検査を断られて受診が遅れて死亡した」という症例が全国で相次ぎました。この人たちは、症状が出てから他界されるまでずっとひとりで過ごしていたのでしょうか。多少しんどくても、保健所が断ったんだからコロナじゃないんだろうと思って、仕事や買い物に行った人はいないでしょうか。そして、他人に感染させた可能性はないでしょうか。
つまり、疑いがある患者さんを迅速に検査するのも我々医療者の使命なのです。そして、院内の感染対策をしっかりとおこなえば新型コロナウイルスはそれほど恐れる必要はありません。ただし、感染力の強さについては患者さんにも知っておいてもらう必要があります。
ここ数か月、我々の説明に対して怒り出す患者さんが目立ちます。「発熱外来に来てください」と言うと気分を害するのです。2月以降、「症状があれば発熱外来に」と言い続けているのですが、「軽症ですから」(そもそも風邪が軽症なら受診は不要)とか、「味覚障害はありませんから」(全員に味覚障害が出現するわけではない)といった理由で「普通の診察時間に受診したい」という人が(多くはありませんが)週に1~2人いるのです。なかには受付にやって来て「今、診てください」と言う人もいます。慌てて外に出てもらって「一般の時間では診られません。発熱外来に来てください」と言うと、怒って帰る人もいます。
新型コロナウイルスは適度には恐れるべきです。症状があるときに人が集まるところ(医療機関の待合室も)に行ってはいけません。しかし、過度に恐れる必要はありません。患者さんから感染して亡くなった大阪の2人の医師は気の毒だと思いますが、きちんと対策をとっていれば感染することはありません。検体採取のときに患者さんがくしゃみや咳をするのでそのときに感染することが報告されていますが、これも対策で防げます。
谷口医院で実際に検査をしたことがある人が近くにいれば聞いてほしいのですが、検査のときには大きな窓の外に顔を向けてもらい、私はPPE(ガウン、N-95、フェイスシールド、グローブなど)を装着し、患者さんの後ろに立ち、後ろから柔らかい綿棒を鼻の奥に入れます。痛くはありませんがその際、けっこうな確率でくしゃみや咳がでます。この処置中、私の背後から業務用扇風機で強風を窓の外に送っています。この状態で感染するはずがないのです。もっとも、実際の感染は飛沫(やエアロゾル)ではなく、接触感染が多いと言われています。ですから患者さんの触った保険証、紙幣、硬貨などはウイルスが付着しているものとして扱います。谷口医院ではすべてのスタッフに対し、顔を触る前には両手を消毒することを義務付けています。
話を戻します。この数か月、実に多くの患者さんから「なんでここで(谷口医院で)検査できないの?」と言われ続けてきました。現在は保険診療でなら検査可能となりました。そして、もうすぐ負担ゼロでできるようになるはずです。しかし、他の疾患のように「気になればいつでもお越しください」というわけにはいきません。「発熱外来」の枠に受診してもらうことになります。
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|2020年9月22日 火曜日
第205回(2020年9月) インフルエンザのワクチンはいつ何回うつべきか
インフルエンザのシーズンが来ると毎年必ず寄せられて、そしてときに返答に困る2つの質問があります。「インフルエンザのワクチンはいつ打てばいいのですか?」、もうひとつが「インフルエンザのワクチンは1回だけでいいのですか?」というものです。
「いつ打てばいいか?」については、たいていは「10月末までには打ちましょう」と答えています。その年にもよりますが、早い年だとインフルエンザは11月頃に流行が始まります。そして、ワクチンの効果が期待できるのは接種してから2週間程度経ってからです。ならばできれば10月には打っておきたいところです。それに早い年だと11月中旬になくなってしまうこともあります。
「10月中に……」と言うと、「早すぎませんか?」と聞かれることがしばしばあります。こういう質問をする人は「ワクチンの効果はそんなに長くないんでしょ。10月だと早すぎると聞きました」と言います。また、今年もある看護学生から「学校からは11月になるまで打たないようにと指示されています」と言われました。
これらの考えは正しいのでしょうか。日本では昔から「インフルエンザのワクチンの効果は3~5か月程度」と言われることが多いようです(注1)。インフルエンザは4月に流行することもあります。効果が5か月で切れるのだとすれば、10月にワクチン接種すれば年によっては4月まで持たないことになります。先述した看護学校では、10月11月よりも3月4月に流行すると予想して「11月まで打たないように」という指示を出したのかもしれません。
ワクチンについては行政の、つまり厚生労働省の見解を聞きたいところです。厚労省によれば、インフルエンザワクチンは「12月中旬までにワクチン接種を終えることが望ましいと考えられます」とされています。この”表現”がなんともいやらしいというか、患者さんに案内する我々医師を困惑させます。「終えることが望ましい」という表現は断定を避けた曖昧なものです。そして、「○ヶ月有効です」という表記がありません。
他方、2020年年9月11日付けの厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部からの事務連絡では「高齢者の新型コロナウイルス対策を最優先に考え、定期接種対象者を10月1日から25日まで優先的に接種」としています。つまり、インフルエンザに罹患すれば重症化すると考えられている高齢者に対しては、厚労省は10月25日までに終わらせるよう勧めているわけです。
インフルエンザのQ&Aのサイトでは「12月中旬までに」としておきながら、新型コロナウイルス感染症対策推進本部では「ハイリスク者は10月まで」と言っているわけです。ここから理論的に考えられる結論はひとつしかありません。ハイリスク者が当然優先されるわけですから、「ハイリスクである高齢者は10月中に接種してね。ハイリスクでない人はハイリスク者が打ち終わるまで待ちなさい。けど遅くても12月中旬には終わらせてね」ということになります。
この考えは公衆衛生学的には正しいと言えるかもしれません。行政は国民一人一人を見ているわけではなく、社会全体を考えているからです。全体として重症者・死亡者が少なくなればそれが行政の”勝利”です。一方、我々臨床医は厚労省や他の行政組織の言うことにいつも従うわけにはいきません。なぜなら、我々は個々の患者さんを診ているからです。目の前の患者さんを理屈抜きで守らなければならないのです。
ここで、冒頭で投げかけたもうひとつの質問を考えてみましょう。「インフルエンザワクチンは1回だけでいいのか?」です。厚労省によれば、「(13歳以上の場合)インフルエンザワクチン0.5mLの1回接種で、2回接種と同等の抗体価の上昇が得られるとの報告があります」と書かれています。つまり、一見したところ「ワクチンは1回でも2回でも効果は同じ」と読めるわけですが、解釈には注意が必要です。
厚労省は「報告があります」と言っているだけです。その「報告」がどのような研究をもとにしているのかが分かりません。注釈として、その報告の出処が載せられてはいますが、詳細をネットで調べることができず、その報告書を入手するのは簡単ではありません。その報告書を苦労して入手しようと考える人は少数でしょうし、仮に入手してエビデンスのレベルがそれほど高くないことに気づいたとしても、厚労省の表現が間違っているとは言えません。なにしろその報告が正しいとも間違っているとも厚労省は言及しておらず、単にそのような報告があると言っているだけだからです。
厚労省は、「ただし、医学的な理由により、医師が2回接種を必要と判断した場合は、その限りではありません」とし、医学的な理由として「13歳以上の基礎疾患(慢性疾患)のある方で、著しく免疫が抑制されている状態にあると考えられる方等は、医師の判断で2回接種となる場合があります」と書かれています。つまり、厚労省は「ワクチンは1回だけど、身体が弱っている人は2回必要。それは担当医の責任です」と言っているわけです。要するに、厚労省のサイトをよく読めば「ワクチンが1回か2回かについて厚労省は関知しません」が同省の立場であることが分かります。
話をすっきりさせましょう。もしもワクチンの効果が充分に高くて長く、1回接種で11月から4月までの半年間しっかりと効くのであれば、「10月になれば国民全員が1回だけうってね」と言えば済む話です。ですが、実際には片方で「12月中旬」、もう片方で「高齢者は10月まで」と言い、「2回接種するかどうかは担当医に決めてもらってね」と言っているわけです。
なぜ厚労省はあえて複雑な表現をとって分かりにくくしているのか。最大の理由は「ワクチンが足らないから」です。2番目の理由は「10月に国民全員が押し寄せれば医療機関がパンクするから」でしょう。他にも「ワクチン接種回数が増えればそれだけ副作用のリスクが上がるから」ということも考えているかもしれません(ワクチンの健康被害は国が保証することになっています)。
では、もしも私が厚労大臣であれば「全員が2回、1回目を10月に」と宣言するでしょうか。私がその立場でもそのような宣言はしません。ただ、現在のような分かりにくい表現はやめます。私なら次のように言います。「インフルエンザのワクチンは全員が2回接種できればいいのですが全員に供給する余裕はありません。また、10月に皆さんが一斉に受診すれば医療機関は対応できません。そこで社会全体で優先順位を決めなければなりません。小児(注2)や高齢者や持病がある人などハイリスクの人が先に、そして2回接種を検討すべきです。健康な若い人は1回接種のみ、そしてハイリスクの人が済んでからにしてください」
2回目はいつ接種すればいいのでしょうか。ワクチンの効果が5か月であったとしても、6か月であったとしても(米国では最低6か月有効と考えられています。米国CDCのサイトでは10月末までに接種するようにと書かれています)、前日まで100あった効果が次の日に突然ゼロになるわけではありません。効果はゆっくりと減弱していき、一定の数値を下回ると無効となるわけです。その効果を長続きさせるために2回目接種が有効で、これをブースター接種と呼びます。では、ブースター接種はいつが望ましいのか。これを検証したデータは見たことがありませんが、他のワクチンのように1~2カ月後が適切だと思われます。
では、2回接種が望ましいなら太融寺町谷口医院では全員に2回接種をしているのかというとそういうわけではありません。ワクチンの入荷数はクリニック毎に決められていてそんなにたくさん割り当てられないからです。そこで谷口医院では次のような説明をしています。
・インフルエンザのワクチンは可能なら2回接種が望ましい
・しかし供給量が多くなく全員に2回接種は不可能
・そこで2回接種が必要なハイリスク者(高齢者、糖尿病、腎不全、膠原病、喘息、HIV陽性など)を優先している
・ハイリスク者でない13歳以上の人は、2回接種はハイリスク者に譲ってほしい
・1回接種の人は10月末までが望ましい(あまり遅くなると在庫がなくなる)
・10月に接種して4月に流行した場合は効果が切れている可能性はある
・谷口医院未受診の人は1回接種でも断っている
今シーズンは新型コロナが脅威となるでしょうから、似たような症状を呈するインフルエンザは何としても避けたいところです。「ハイリスク」の”敷居”を下げて2回接種者を増やすべきだと考えているのですが、下げ過ぎると1回も接種できない人が出てくるかもしれません。何とも悩ましい問題です……。
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注1:ワクチンの添付文書に「(ワクチンの効果は)接種後3カ月で有効予防水準が78.8%であるが、5カ月では 50.8%と減少する」と書かれています。
注2:新型コロナウイルスとは異なり、インフルエンザは小児もハイリスクとなります。このため、厚労省がワクチンを高齢者を優先としたことに対し、日本小児科医会は提言を出しています。
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|2020年8月24日 月曜日
第204回(2020年8月) ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群
新型コロナが「インフルエンザより少し重い程度」と言われていたのが遥か昔のようです。若くして、しかも基礎疾患(持病)がないのにもかかわらず、心筋炎を発症したり、脳梗塞を起こしたり、あるいは米国の40代の舞台俳優のように足を切断しなければならなくなったり、とインフルエンザとは比較にならないほど重症化するのが新型コロナの実態です。しかし、一方では今も「新型コロナはただの風邪」と考え、自粛やマスク着用に反対する人たちも(医療者のなかにも)いることが興味深いと言えます。
ただの風邪やインフルエンザと新型コロナが決定的に異なる理由のひとつが「後遺症」です。新型コロナに感染した後、ウイルスは体内から消えているのにもかかわらず、倦怠感、咳、胸痛、動悸、頭痛などが数か月にわたり続くことがあります。私はこれを「ポストコロナ症候群」と勝手に命名しています。ただし、これらの症状が本当に新型コロナウイルスに罹患したことが原因なのかどうか、証拠があるわけではありません。また、日本では新型コロナの検査のハードルが高く保健所はなかなか検査を認めてくれませんから、「あのときの症状はおそらく新型コロナだろう」という推測の域を超えず、現在ポストコロナ症候群と思わしき症状がある人が本当に感染していたのかどうか分からないこともあります。
ただ、私ひとりがこういった現象があるんだと主張しているわけではなく、世界中で同じような事例が報告されています。例えば、4月から5月にかけてイタリアで行われた研究によれば、新型コロナから回復した患者143人の87.4%が、約2カ月が経過した時点で何らかの症状を呈していました。まったく無症状は18人(12.6%)のみで、32%は1つか2つの症状、55%は3つ以上の症状が認められています。内訳は、倦怠感53.1%、呼吸苦43.4%、関節痛27.3%、胸痛21.7%です。こういった症例は世界中で報告されており、米国のメディア「Voice of America」は「Post-COVID Syndrome」と呼んでいます。
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも現在数名のポストコロナ症候群と思われる患者さんが通院されています。ただ、有効な治療法があるわけではありません。d-dimerという血栓の指標となる数値がしばらく高い人がいますが、この状態で抗血栓療法をおこなうことにはコンセンサスがありません。それに、d-dimerが正常化してからも症状がなくなるわけでもありません。微熱が持続する人もいますが、解熱剤を内服するのが賢明な治療とは言えません。
今のところ、すべての医療者が「ポストコロナ症候群」の存在を認めているわけではありませんし、機序は不明です。どれくらい持続するのか、悪化してやがて社会生活ができなくなるような可能性はあるのか、といったことも分かっていません。今後の世界からの報告を待つことになります。
さて、今回紹介したいのは「新型コロナに一度も感染していないんだけれど新型コロナのせいで健康を損ねている状態」で、これをポストコロナ症候群に対して「プレコロナ症候群」と呼んでみたいと思います(私は新しい言葉をつくるのが好きなわけではなく便宜上名前をつけているだけです)。
感染していないのになぜ健康を損ねるのか。そしてどのような症状を呈するのか。私は3つに分類しています。
1つは「新型コロナに感染したと思い込んで社会生活ができなくなる状態」です。単なる下痢や客観的にはごく軽度の倦怠感、軽度の喉の痛みなどが出現すると「新型コロナに感染したに違いない」と思い込み、いわば強迫神経症のような状態となり社会活動に支障をきたすのです。
「なぜ、そういった症状がコロナでないと言えるのか」という疑問があると思います。たしかにごく軽度の症状があり、それが新型コロナによるものだったということはしばしばあります。ですが、すべての軽症例が新型コロナに起因しているわけではありません。彼(女)らのなかには他院で高額なPCR検査を受け結果が陰性だったのにもかかわらず「感度は高くないんでしょ」などと言い、自分は感染したに違いないと言う人もいます。ひどい場合は高額な検査を繰り返し受けようとする人もいます。検査がすべてでないという考えは正しいのですが、検査がすべてでないからこそ医師が総合的に判断するのです。いったん「コロナに違いない」と思い込むと、彼(女)らは自分の考えを修正することができなくなります。
なかにはまったくの無症状の場合もあります。彼(女)らは、外出先で他人と接したときに「あのとき感染したかもしれない」と思い込み、いったんその思考に陥ると何も手に付かなくなってしまいます。このタイプは責任感の強い真面目なタイプが多く、「無症状の私が他人にうつしてしまったらどうしよう……」という自責の念に駆られます。
プレコロナ症候群の2つ目は「コロナを恐れて外出を控えたことにより心身が不調となる状態」です。最も分かりやすいのが「コロナ肥満」でしょう。谷口医院の患者さんのなかにも、体重が増え、血圧が上がり、中性脂肪と肝機能が悪化して……、という人が何人かいます。体重や血液検査値という分かりやすいものばかりではありません。生活リズムが崩れ昼夜が逆転し、睡眠障害、さらに不安感、抑うつ感が強くなり、社会復帰が困難になるケースもあります。高齢者の場合は認知症のリスクが上昇します。それだけではありません。ストレスから家庭内の人間関係が悪化することもあり、すでに欧州(特にフランス)ではドメスティック・バイオレンスの報告が相次いでいます。
プレコロナ症候群の3つ目は「皮膚のトラブル」で、原因はふたつあります。ひとつは「マスク」、もうひとつは「過剰な手洗い」です。
せっかくアトピー性皮膚炎やニキビが上手くコントロールできていたのに、マスクのせいで悪化したという人はものすごく大勢います。また、それまで顔面の皮膚のトラブルなど経験したことがなかったのに、マスクを常時着用するようになってから湿疹やニキビができたという人も少なくありません。
しかし、これには対処法があります。ひとつはまずしっかりと治すことです。谷口医院をマスクのトラブルで受診した患者さん(特に初診)のなかには、薬局の薬で余計に悪化させてから来た人もいます。まず短期間でしっかりと治療をおこない完全に治してしまうことが大切です。もうひとつの大切なことは「予防」です。いったん治っても、同じようにマスクを使用しているとかなりの確率で再発するからです。
ではどうやって再発を防げばいいのか。有効なのは「マスクの使い分け」です。サージカルマスク(不織布のマスク)は、暑いなかで着用していると皮膚が丈夫な人でも痒くなってきます。汗で痒くなって掻いて余計に悪化させている人もいます。また、むれた環境は皮膚の細菌増殖を促し、これがニキビの原因となることもあります。ですから、サージカルマスクの着用時間をできるだけ少なくして、布マスクを使用すればいいのです。
布マスクで感染予防の効果があるのか、という疑問があると思いますが、例えばCDCはウェブサイトでサージカルマスクが入手できないときは布マスクで代用することを推薦し、手製の布マスクの作り方をイラスト入りで紹介しています。私自身も、外出時は布マスクを使用しています。汗をかいて不快になったときのための予備の布マスク、複数枚のサージカルマスク、それにN-95と呼ばれる医療者用のマスクも携帯しそのときの環境に応じて使い分けています。これらを携帯用のアルコールジェルと共にひとつのポーチに入れて持ち歩いています。私はこのポーチを「コロナセット」と勝手に命名しています(やっぱり私は新しい言葉を作るのが好きなのかもしれません)。
「過剰な手洗い」で手荒れを起こしている人も少なくありません。コロナウイルスが手から感染することはありませんが、手荒れのせいで皮膚の防御力が弱くなり、他の病原体が皮膚に感染する可能性がでてきます。それに、いくら手洗いをしっかりしても次に何かを触ればそれで”終わり”です。「何か」とは、他人も触れるファイルやパソコン、硬貨、カードなどです。一方、いくら手が汚くても大量にコロナウイルスが付着していたとしても、その手で顔(特に鼻の下)を触らなければ感染することはありえないわけです。ですから手洗いよりも「顔を触らない」に注意すべきなのです。当然のことですが「顔を触らない」を一生懸命に実践しても皮膚にトラブルは生じません。
ただの風邪やインフルエンザには「ポスト」も「プレ」も(ほとんど)ありません。新型コロナは、感染する前も、感染しているときも、治癒してからもやっかいな感染症なのです。
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|2020年7月26日 日曜日
第203回(2020年7月) コロナ時代の風邪対策
医療崩壊が確実に進行しています。今年(2020年)3月以降、発熱や咳のある患者さんには通常の診察時間に来てもらえなくなりましたから、当院では午前と午後の一般の外来が終わってから「発熱外来」の枠を設けています。午前も午後も1名のみの枠です。
4月には「もう限界!」という状態になりました。なにしろ1日2人までしか診られないわけですから、希望されても当日には診ることができず、翌日まで待ってもらうこともしばしばありました。当然、当院をかかりつけ医にしている人が優先となりますから、一度も受診したことのない人はいくら希望されてもなかなか診ることができません。
5月に入り、風邪症状の患者さんが減少し、穏やかな日常に戻っていくかと思われましたが、6月末から再び増加し始めました。しかし、1日2人の枠をこれ以上増やすことはできません。今後、「風邪症状があるから診てほしい」というすべての要望に応えられなくなることが予想されます。
そこで今回は「コロナ時代の今、風邪をひけばどうすればいいか」を考えていきたいと思います。
まずは、当然のことながら「風邪をひかないように日ごろから予防に努める」ことが大切ですが、これについては過去のコラム「医師が勧める風邪のセルフケア6カ条」などを参照いただくこととし、ここでは実際に風邪をひいてしまったときの対処方法を考えていきましょう。
結論を言えば、「風邪をひいたときにはかかりつけ医に相談する」のが最善です。もちろん、軽症であり放っておいても自然に治ることが予想できる場合は相談せずに自宅安静でOKです。ただし、新型コロナの場合、初期は通常の軽度の風邪と区別がつかないことが多く、軽症だからといって新型コロナを否定できるわけではありません。一人暮らしの場合は自宅安静とし、職場には事情を話して職場の指示に従えばいいと思いますが、同居している家族がいる場合はどうするんだ、という問題がでてきます。
可能であれば(あなたではなく)同居している家族全員にホテル暮らしなどをしてもらうのが理想ではありますが、少しの風邪症状で毎回これを実践するのは現実的ではないでしょう。その場合、できるだけ家族と顔を合わせないようにして食事の時間も別にします。完全な自宅安静ができず外出した場合は、かばんや上着は玄関に置いてリビングには持って入らないようにして直ちにシャワーを浴びるようにします。身体に付着したかもしれないウイルスを洗い流すためです。
ここで「保健所に相談しなくていいの?」という質問に答えておきましょう。地域にもよりますが、軽度であれば保健所は新型コロナウイルスのPCR検査をまず受けてくれません。5月以降は随分ましになったとはいえ、まだまだ検査の「敷居」は高いのです。陽性者と”濃厚接触”があった場合ですら、(少なくとも大阪市では)断られていることが多いのが現実です。
かかりつけ医を持っていない場合はどうすればいいでしょうか。「薬局で薬を……」と考えるのがひとつの選択肢になりますが、気軽に薬局に訪れるのは問題があります。コロナウイルスについては、理論的にはサージカルマスクをしていれば他人に感染させることはないのですが(参考:「新型コロナ 感染は「サージカルマスク」で防げる」)、薬局側が症状のある人の来店を断る可能性があります。ですから、医療機関だけでなく薬局に行くときも事前に電話で行っていいかどうかを確認するべきでしょう。
医療機関よりも薬局の方が”敷居”は低いとは思いますが、日本の薬局ではできることが限られていますから、日本に住んでいる限り、診療所/クリニックにかかりつけ医を持っていた方がいいのは間違いありません(注)。実際、当院にはほぼ毎日、風邪症状の患者さんから電話やメールで問い合わせが入ります。診察時間中に医師が電話を取ることは困難ですが、看護師が話を聞いて助言をすることはできます。緊急性があればその場で医師に代わります。そして、さらに緊急性があれば、直近の「発熱外来」に来てもらうこともあります。
電話で新型コロナが疑わしいと判断でき、ある程度重症化している場合は、患者さんには自宅待機をしてもらい、当院から保健所にPCR検査の交渉をします。患者さん自身で保健所に依頼してもたいていは断られますが、医療機関から交渉すればうまくいくことが多いのです。ただし、さほど重症でない場合は医療機関が依頼しても直ちに認めてくれるわけではありません。新型コロナは「指定感染症」に分類されており、行政のルールのもとで診療がおこなわれます。PCR検査は公費(患者負担ゼロ)でおこなえますが、その代わり検査の可否や順番については行政の指示に従わなければならないのです。
そういった行政の立場は分かるのですが、我々からすると日ごろ診ている患者さんが辛い思いをしているときに、保健所の意向に従うわけにはいかないこともあります。実際、4月には私自身が保健所にしつこく食い下がってPCR検査を依頼したけれども断られた患者さんが新型コロナ陽性で、結果的に長期間の入院を余儀なくされました。後からその保健所から電話がかかってきたとき、「だから、あれほど言ったのに!!」と怒鳴りたくなる衝動を抑えるのに苦労しました。
そういう経験もあるために、保健所の方針は理解はできるのですが、我々としてもなんとかして保健所の職員を説得せねばなりません。そこで、新型コロナは疑われるが軽症の場合は、まず当院の「発熱外来」に受診してもらい、必要に応じてレントゲン撮影や採血をおこないます。あまり知られていないかもしれませんが、新型コロナに感染すると血液検査では特徴的な結果がでることがあります。リンパ球低下、LDH高値、C反応性蛋白上昇、腎機能悪化、d-dimer高値などです。特にd-dimerが上昇しているケースは、新型コロナを強く疑う根拠になり、これを保健所に伝えればたいていはPCR検査OKと言われます。
さて、話を戻すと「発熱外来」のキャパシティが少なすぎて、「需要>>供給」となり患者さんの期待に応えられない、のが現実です。7月に入り「熱があるから診てほしい。近くの医療機関からはことごとく拒否されている」という問い合わせがかなり増えてきています。けれども、先述したように、当院としては、日ごろ当院をかかりつけ医にしている人からの依頼には応えていますが、当院未受診の患者さんには対応できません。
他の医療機関の悪口は言いたくないのですが、熱がある、あるいは咳があるというだけで診察を拒否する医療機関が増えています。実は上述した保健所から検査を拒否され続けた新型コロナの患者さんも10軒以上の近くのクリニックから受診拒否され、仕方なく車で1時間以上かけて当院を受診されたのです。
しかし、もちろんそのような医療機関ばかりではありません。当院が実施しているように、一般の患者さんと時間を分けて診察をし、必要あれば保健所へPCRの交渉をしてくれたり、大きな病院への入院の手続きをしてくれたりする医師も少なからずいます。
谷口医院は、14年前の開業時から「他院から断られ、行き場をなくした患者さん」を積極的に診てきました。もちろん、その後は近くを受診するように促しますが、現在も他府県から長時間かけて来られる人は少なくありません。受診する時間がないときはメールや(皮膚疾患の場合)写真を送ってもらい診察しています。風邪症状の場合は、メールや電話で状況を聞いて、患者さんが希望されれば当院まで来てもらっていました。しかし、コロナの時代はそうはいきません。公共交通機関が使えませんし、先述したように「発熱外来」の枠は1日2枠しかとれないからです。
発熱があるという理由で「うちは診ないから自分でなんとかしなさい」という医療機関が多いのは明らかに問題です。ですが、大切なのはそういう医療機関を糾弾することではなく、そういうところは無視して、あなた自身が困ったときに何でも相談できるかかりつけ医を”近くで”見つけることです。これが「コロナ時代の風邪対策」の最重要事項なのです。
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注:これは海外に行くと異なります。日本では医療機関でしか処方できない薬を薬局で買えるという事実もありますが、それ以上に国民が薬剤師を信頼しているように見えます。例えば、タイでは国民は何かあれば薬局にいる薬剤師を頼りにします。薬剤師がまるで医師がおこなうような問診をし、軽症なら薬のみで、治療が必要であればきちんと医療機関を紹介します。私は初めてタイ人からこういった話を聞いたときに大変驚かされました。尚、日本の薬剤師がタイの薬剤師より劣っているわけではありません。日本では制度上、薬剤師ができないことが多いのです。
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|2020年6月18日 木曜日
第202回(2020年6月) アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」
アトピー性皮膚の治療の歴史が(ほぼ)確実に変わりそうです。
一般に、新しい薬が登場するときには慎重すぎるくらいの姿勢でいるべきです。発売してから当初は予想されていなかった副作用が報告されることがしばしばあるからです。しかし、2020年6月下旬に発売されることが決まっている「コレクチム」(一般名はデルゴシチニブ)は、(私個人の印象ですが)まず間違いなくアトピー性皮膚炎(以下単に「アトピー」とします)の治療の歴史を変えることになります。
今回はこのコレクチムの特徴を紹介したいと思いますが、その前にアトピーの歴史を、私見を交えて振り返ってみたいと思います。
1999年まで:プレ・タクロリムス時代
1999年:タクロリムス登場
2008年:シクロスポリン登場
2010年頃:タクロリムスが見直される
2018年:デュピルマブ登場
2020年:コレクチム登場
順番に解説していきましょう。90年代まではアトピー性皮膚炎に有効で安全な治療薬があるとは言えませんでした。ステロイドでいったん炎症を抑えることはできますが、中止すると元の木阿弥になります。だからと言って使用を続ければまず間違いなく副作用に苦しむことになります。なかには取り返しのつかないような副作用もあり、これが医療不信につながりました。現在の「知識」があれば、いい状態を維持するための「プロアクティブ療法」を実践すれば、ステロイドの副作用を最小限に抑えることができますが、90年代当時はまだこの言葉すらありませんでした。
医療不信が生み出したともいえる「民間療法」は様々な社会問題を引き起こしました。医療機関受診を頑なに拒否した(親が拒否させた)患者さんのなかには、不幸なことにアトピーの悪化から命を落とした人もいます。また、悪徳業者に高額な料金を要求されたり、高価なものを買わされたりといった事件が相次ぎ、これらは「アトピービジネス」と呼ばれました。
当初の名称は「FK506」、後にタクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)と呼ばれることになった外用薬は発売前からかなり注目されており、当時まだ医学生だった私のところにもたくさんの問い合わせがありました。「これでステロイドなしで治せる!」という声が多数あったのです。ところが、前評判が高すぎたことと、医師側が使用方法をきちんと説明しなかった(というより、発売された当時は医師もよく分かっていなかった)ことから「副作用が多すぎて使えない」という声が相次ぎました。この薬は炎症が残っている部位に塗れば余計に悪化することもあり、またけっこうな確率でニキビを代表とする感染症を引き起こします。
そして90年代後半から2000年代の終わり頃まではニキビのまともな治療薬がありませんでした。結局のところ、タクロリムスは正しい使用方法が伝わっていなかったことと、正しく使用してもニキビが高確率で発症しそのニキビを予防するためのいい薬がなかったことから、当初の期待ほどには普及しませんでした。この頃はまだ相も変わらず民間療法が跋扈し、被害者が続出していたのです。
2008年にシクロスポリンという内服の免疫抑制薬が登場しました。これはたしかに炎症を抑える効果は強いのですが、副作用が多すぎて非常に使いにくい薬でした。おまけに高確率で腎機能障害が起こるため定期的な採血をしなければなりません。そもそも長期では使えないという前提で発売されたものです。私の印象としては、内服ステロイドとそう変わりません。内服ステロイドも飲めばほぼ確実にそのときは改善しますが、副作用のリスクから飲み続けるわけにはいきません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではシクロスポリンは一度も処方していません。
2018年4月、デュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)が発売されました。この薬(注射薬)は劇的に効きます。発売して2年以上が経過しますが、いまだに大きな副作用の報告もほとんどありません。効果も安全性も高いわけですから薬としては非常に優秀です。欠点は「費用」です。3割負担でも年間60万円程度かかります。現在、薬価は少し下がりましたが、それでも今でも注射1本19,900円(3割負担の場合)します。これを2週間に一度注射していかねばなりません。その他の費用と合わせると現在でも年間50万円以上はかかりますから「お金持ちにしかできない治療」となってしまっています(尚、谷口医院では現在デュピルマブを処方しておらず希望者には病院を紹介しています)。
そんななか2020年6月末に登場することになったのが冒頭で紹介したコレクチムです。この塗り薬の特徴を一言で言えば「タクロリムスの副作用を大きく軽減した薬」です。ここでタクロリムスの大きな2つの欠点を振り返ってみましょう。
ひとつは塗ったときの刺激感です。炎症がある部位に塗ると、痛み、熱感、痒みなどが出現します。これを我慢するという人もいますが、毎日の治療で我慢を強いられるのは避けたいものです。よって、こういった副作用が出現すれば直ちに洗い流して、再度ステロイドを塗るのが一番いい方法です。つまり、タクロリムスはステロイドで炎症を完全に取ってからでなければ使うべきでないのです。
もうひとつの欠点は先述したニキビです。タクロリムスは免疫抑制剤ですから皮膚表面の「免疫能」を低下させます。その結果、細菌が繁殖することになりこれがニキビをもたらすのです。他の感染症にも注意しなければなりません。特にヘルペスには注意が必要で、ヘルペスの治療のタイミングが遅れるとカポジ水痘様発疹症と呼ばれる重症型に移行し、こうなると入院しなければならないこともあります。
新薬コレクチムも刺激感がゼロではなく、またニキビの副作用もないわけではありません。ですが、いずれの副作用もタクロリムスに比べると起こる可能性が格段に少ないと言われています。ということは、タクロリムスがステロイドで完全に炎症をとってからでしか塗れないのに対して、コレクチムはまだ痒みがある状態でも塗っていいということになります。また、ニキビのリスクが低いのであればこれはありがたいことです。
アトピーがない人からはなかなかわかりにくいと思いますが、タクロリムス外用もニキビ予防薬の外用もとても面倒くさいものです。なぜなら、タクロリムスが塗れる状態というのはステロイドで炎症をとった後だからです。つまりかゆくないときにベトベトするタクロリムスを全身に塗らねばならないのです。タクロリムスには「軟膏」しかありません。タクロリムスの「ローションタイプ」をつくってください、と私は個人的に複数の製薬会社に10年以上言い続けているのですが今のところ技術的に難しいようです。そのベトベトするタクロリムスをまったく痒くないところに塗るのも大変ですが、さらにニキビの予防薬も塗らなければならない、というのもかなり面倒です。
コレクチムがタクロリムスより使いやすいのは間違いなさそうです。ならば全面的にタクロリムスがコレクチムに取って代わるのかと言えば、現時点ではその可能性はそう高くありません。費用の問題があるからです。コレクチムはタクロリムスの3倍近くします。正確には1本(5グラム)の値段が、タクロリムスは3割負担で76.05円(谷口医院で処方している後発品の場合)なのに対し、コレクチムは209.55円です。谷口医院の患者さんで言えば少々重症のアトピー性皮膚炎の患者さん(目安として非特異的IgEが10,000~60,000IU/mLくらい)が使用するタクロリムスの量は月あたり30~60本程度です。これをすべてコレクチムに替えるとなると経済的にしんどくなります。
とはいえ、デュピルマブに比べればコレクチムの費用ならほとんどの人が検討できる範囲内だと思います。谷口医院のポリシーは「新薬は原則として発売1年間は処方せずに様子をみる」というものですが、コレクチムは例外的に発売と同時に必要と思われる患者さんに紹介していく予定です。
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参考:はやりの病気
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
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|2020年5月6日 水曜日
第201回(2020年5月) ポストコロナのパラダイムシフト~元の世界には戻らない~
今月号(2020年5月号)の「マンスリーレポート」で述べたように新型コロナは医療界のみならず世界史を塗る変えるほどのインパクトがあります。その理由として、①決して軽症の感染症ではなく(インフルエンザとはまったく異なる)若年者の死亡例も少なくない、②脳、心臓、腎臓など全身の臓器を障害し足の切断もありうる、③無症状者から感染する、④すでに世界中に広がっている、といったことが挙げられます。
上記①②と似た感染症にエボラ出血熱があります。一般に「出血熱」と名の付く感染症は致死率が高いと考えて差し支えありません。マールブルグ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、デング出血熱などで、これらは「死を覚悟せねばならない」感染症です。ただし、これらはそう簡単にはかかりません。地域が限定されているからです(デング出血熱はデング熱の重症型ですが繰り返し感染しなければ発症しません)。ですから、日本に住んでいる限りエボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱に怯えて暮らす必要はありません。いくら重症化しようが感染の可能性がなければ心配不要なわけです。
ところが①②に③と④が加わると状況は一転します。すでに社会に蔓延しており、感染者は自分が感染していることに気づいておらず、そういった人から感染させられると、感染させた本人は軽症なのに感染させられた自分が死に至るということもあるわけです。まるでゾンビのようです。実際、私は新型コロナ重症化のいくつかの情報を入手した時、数年前の韓国映画「新感染」を思い出さずにいられませんでした。
ここで断っておきたいのは、私は患者さんに不安を煽りたくないということです。ですが、おしなべて言えばまだまだ多くの人がこの感染症を軽く考えすぎています。よくメディアは「感染しても8割は軽症」と言います。この「軽症」の意味が世間では誤解されています。我々医療者が言う「重症」というのは、人工呼吸器が必要、あるいはそこまではいかなくても入院して酸素投与が必要な場合を言います。つまり「軽症」というのはそこまでの治療はその時点で不要という意味に過ぎません。感染者の声を聞いてもらえれば分かると思いますが、30代であったとしても数日間はトイレに這っていかねばならないほど倦怠感が強くなることもあるのです。そして、重要なのはそれで済まないことです。今月号の「マンスリーレポート」にも書いたように「後遺症」が長期間(あるいは生涯)残る可能性もあります。
上記①②③④のなかで、①②④の3つは医療界のみで解決すべきことです。問題は③の「無症状者からの感染」です。といってもまったくの無症状者、つまり感染してもまったく症状が出ずに治癒する人からの感染はほとんどないとされています。「無症状者からの感染」のほとんどは「発症前数日間の感染」です。数日後に発熱を起こさない、あるいは数日後に味覚がおかしくならない、と100%の確証を持って言える人はどこにもいません。ということは、目の前の人がどれだけ元気であろうが、その人の数日後の様態が分からない以上はすべての人から感染させられる可能性がでてきます(参考:毎日新聞「医療プレミア」2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。
今、私は「すべての人から感染させられる」と言いました。これには反論があるでしょう。「一度感染して治った人からは感染しないんじゃないの?」というものです。しかし、新型コロナに感染してできる抗体は中和抗体(ウイルスをやっつけてくれる抗体)である保証はどこにもありません。例えばC型肝炎ウイルスやHIVは感染すると抗体ができますが、この抗体は新たに体内に入ってくる病原体を退治することはできません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。また、新型コロナはすでに遺伝子の変異が複数みつかっています。一度感染した人が今度は違う遺伝子型に感染、ということも起こり得ます。
というわけで、過去に新型コロナに感染したことがあろうがなかろうが、いついかなるときに誰と出会おうが、その時は元気だったその人から新型コロナウイルスに感染させられて10日後には人工呼吸器につながれて……、という可能性があります。特に、若い人と接するのが危険になります。なぜなら若い人の場合、例えばごく軽度の味覚障害や鼻水といった、症状がほとんどでないケースが多いからです。
マスクの効果について復習をしましょう。すでに何度か述べましたが、マスクをしたからとって新型ウイルスに「感染させられない」効果はほとんどありません。サージカルマスク(医療者が通常装着しているマスク)を用いても期待できません。まして布マスクなど(感染させられない、という意味では)ほとんど役に立ちません。N-95と呼ばれる特殊なマスクは結核には有効ですが、新型コロナを完全に予防できる保証はありません。ですが、「他人に感染させない」という意味では、完璧とは言えないものの、かなりそのリスクを下げることができます(参考:毎日新聞医療プレミア2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。きちんと検証したデータは見当たりませんが、おそらく布マスクでも「他人に感染させない」という意味ではかなりの効果が期待できます。
すると、ここから導かれる結論は「他人と会うときにはマスクを外さないのがルール」となります。これが社会を大きく変えるのは明らかです。これからは他人の前で自身の鼻と口を見せてはいけなくなるのです。ちょうどブルカやニカブを身に纏ったムスリムの女性のようなファッションが求められるようになるかもしれません(ちなみに、東南アジア、例えばタイ南部やマレーシア、インドネシアではムスリムの女性はヒジャブと呼ばれるスカーフをしていますが、これは鼻と口を覆いません)。
これからは、ビジネスの場面ではもちろん、プライベートも含めてよほど親しい関係にならなくては他人の前でマスクを外せないことになります。マスクなしで外に出て他人に近づく行為は今後「罪」となるかもしれません。実際、すでにマスクなしの外出で罰金が課せられる国もありますし、そこまで強制されなくても、「外でマスクを外す行為は人前で下着姿になるようなもの」と世論が考えるようになるのではないでしょうか。
現在稼働しているライブハウスはほとんどないと思います。緊急事態宣言が解消されれば再稼働できるのでしょうか。ここで確認しておきたいのが緊急事態宣言の「意味」です。緊急事態宣言はあなたのために政府が発令したわけではありません。あなたのためではなく「社会のため」です。このままだと新型コロナの患者で病院があふれてしまい、他の疾患の治療ができなくなるために宣言が出されたわけです。「国民の6~7割が免疫を持てば……」という議論がよくあります。これは「6~7割が免疫を持てば社会が維持できる」という意味であって、あなたが感染しない、ということではありません。つまり、ワクチンや中和抗体のおかげで感染しない人が6~7割になったとしても、あなたが残りの3~4割に入るのであれば感染して重症化する可能性はあるわけです。それに上述したようにいったん感染した後に免疫が成立するかどうかも現時点では分かっていません。
そういう意味で、ライブハウスが再稼働できたとしても元のように盛況する可能性は低いと思います。もちろんライブハウスだけではありません。宴会の自粛はこのまま続き、居酒屋、焼き鳥屋、寿司屋などを訪れる人数も元には戻らないでしょう。つまり、コロナ以前の社会にはもう戻らないと考えるべきなのです。もちろん、強力なワクチンや特効薬が開発されれば話は変わってきます。ですから私自身もそういったものに期待はしています。ですが、中和抗体ができて長期間有効なワクチンが開発される見込みは現時点では乏しいですし、遺伝子の変異がすでに報告されている以上、どの遺伝子型にも効く特効薬はそう簡単には期待できません。
ではどうすればいいのか。まずすべきは「もうコロナ前の社会には戻らない」ことを認識することです。私見を述べていいのなら、この閉塞感を破るためにも「マスクのファッション化」を提案したいと思います。布マスクなら誰にでもつくれますし、ファッションセンスがある人なら「思わず身に纏いたくなるようなマスク」をつくることができるのではないでしょうか。アパレルメーカーはマスク売り場を正面に持ってくるのです。
飲食店ができることは……、美容室がすべきことは……、試みるべきことはいくらでもあるはずです。私自身もいくつかのアイデアを持っていますが、門外漢のおせっかいになりますから控えておきます。
最後にもう一度私見をまとめておきます。他人の前でマスクを外せなくなることで世の中がドラスティックに変化します。パラダイムシフトと呼べるレベルの変化が世界に訪れます。我々はポストコロナを生きていくしかないのです。
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|2020年4月12日 日曜日
第200回(2020年4月) 新型コロナ、緊急事態宣言下ですべきこと
2020年4月7日、大阪府を含む7つの都府県で新型コロナに対する緊急事態宣言が発令されました。発令以降、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、電話で、メールで、あるいは受診時に不安感を訴える人が少なくありません。なかには、早朝に電話をかけてきて(10時までは私自身が予約の電話ととるため、この時間を狙ってかけてくる人もいます)、不安なことを次々に話す人もいます。
その気持ちは分かりますし、今回の緊急事態宣言はおそらく戦後生まれの人たち(もちろん私も含めて)にとってはこれまでの人生で最大の社会的危機だと思います。私は2005年にタイ南部のある県に戒厳令が発令されている最中に訪れたことがありますが、それほどの緊迫感は感じませんでした。ちなみに、タイでも現在全土に緊急事態宣言が発令され、県境では検問が実施されています。外国人は外出時にパスポート携帯とマスク着用が義務付けられ、夜間外出禁止令(例えば、バンコクは22時から4時、プーケットは20時から5時と県による異なっています)も出ています。タイに長年住む日本人は「多数の犠牲者がでたクーデターや戒厳令は何度も経験してきたが、これだけ生活を制限されるのは初めて」と言います。
話を戻しましょう。まず最も大切なのは「落ち着くこと」です。不安なことが次々と出てくるでしょうし、(後述するように)専門家の言っていることもバラバラですから、いったい何を信じていいのか分からなくなることもあるでしょう。だからこそ谷口医院をかかりつけ医にしている人はメールや電話で相談されているわけです。なかには「何度もすみません」と断りを入れて連絡してくる人もいますが、そういった谷口医院への気遣いは一切不要です。
2007年の開院以来、谷口医院では「困ったことがあればいつでもメール相談を」と言い続けています。実はこのメール相談、一部の医療者からはとても不評です。「メールでは正確なことが言えない」「訴訟のリスクがある」「そもそも無料でやるのがおかしい」などと言われるのです。ですが、私自身はやめるつもりはありません。
患者さんのなかにも「いつも無料で相談に乗っていただいて恐縮します」という人もいますが、そのようなことは一切気にしないでください。そもそも医療機関は営利団体ではありません。我々は公的な存在であり、そして医療者は「公僕」であるということも、私が長年言い続けていることです。
具体的な話をしましょう。まず、新型コロナはどの程度の脅威なのかをおさらいしておきましょう。1月に中国で報告が相次いだ時点ではまだ重症度がよく分かっていませんでした。「インフルエンザと変わらないのでは?」という意見もありました。しかし、現在ではインフルエンザなどとはまったく異なる脅威であるのは自明です。
それを決定づけたのが2月7日、武漢中心医院の30代の医師・李文亮氏の死亡です。李文亮氏はいち早く新型コロナの存在に気づき、SNSなどで発表したところ、中国当局から「デマ拡散」の罪で処罰されました。氏の死亡後に中国当局は「烈士」の称号を与えました。烈士とは中国で自らの命と引き換えに国民や国家を守った者に与えられる褒章制度です。
通常のインフルエンザで30代の医師は死にません。その後、武漢では20代医師や51歳の病院長も他界しました。つまり、2月の時点で新型コロナが侮ってはいけない感染症であることはすでに疑いようがなかったのです。
しかし、この時点でもまだ楽観視する声がありました。よく引き合いに出されるのが、「日本ではインフルエンザで毎年数千人が死んでいる。新型コロナはまだ数十人だ。だから新型コロナはそんなに恐れる必要がない」という理屈です。しかし、20代や30代の医師が次々と死亡するインフルエンザなどありません。
2月27日、ある大手メディアから私のところに電話がかかってきました。政府が突然発表した「全国の小中高一斉休校をどう思うか」というものです。この時点では小児の感染例の報告はわずかでしたし、小学生が高齢者に感染させたという事例もありませんでした。しかし、登場したばかりで教科書にも載っていない感染症についてすべてが分かるわけがありません。こういう時は慎重に物事を進めなければなりません。普段はマスコミの取材は受けないようにしているのですが、電話をかけてきたのが知り合いのジャーナリストであったこともあり協力しました。私のコメントは「休校はやむを得ない」というものです。
ところが意外なほど、私の意見は医療者からも一般の方からも反対されました。医療者からは「エビデンスがない」、一般の人からは「子供の母親が仕事に行けない」というのが最も多かった反論です。しかし、登場したばかりの感染症に対してエビデンスなどあるはずがありませんし、「母親が仕事に…」というのは分かりますが、そんなことを言っている場合ではもはやなかったわけです。
ただ、前回のコラムで述べたように、「結論」が正反対になったとしても医療者や専門家の考えていることは人によってまったく異なるわけではありません。正反対の結論となったとしても考えるプロセスは同じであり、一斉休校に反対した医師の意見もある程度理解できます。なぜなら、そういう医師も子供の感染や子供から大人への感染の可能性を否定しているわけではないからです。
ここからは現実的な予防法について述べていきましょう。マスクについては前回述べたので省略しますが、「マスクで新型コロナは防げない」ことは確認しておきましょう。ではどうすれば感染を防げるか、ポイントは4つあります。
1つは、咳やくしゃみをする人から遠ざかることです。といっても電車の中などでは誰かが偶発的に咳をする可能性があります。そんなときは手に持っている物やあるいは上腕でさっと鼻と口を抑えればOKです。
2つめは「顔を触らない」です。「手洗い」が重要であるのは事実ですが、洗ったときはある程度きれいになったとしても、それでウイルスが完全にゼロになるわけではありませんし、手洗いの後、何かに触れてすぐに”不潔”になります。実際、新型コロナの院内感染は紙のカルテやタブレットが原因になったことが指摘されています。そういったものに触ることは避けられませんが、その手で顔を触らなければ感染することは理論的にあり得ないわけです。ちなみに、医学部の学生をビデオに撮って調べた研究では1時間に平均23回も顔を触っていることが分かりました。
3つめは「うがい」です。ところが、新型コロナに対してはうがいの重要性を指摘する声が不思議なほど上がってきません。おそらくこの理由は2つあります。1つは新型コロナに関して「うがい群と非うがい群」に分けて効果を調べた研究がないこと、もうひとつはうがいの習慣がない海外からの報告がないことです。ですが、うがいが風邪に有効とする日本のデータはあります。この研究では水うがいが風邪予防に有効であることを示しただけではなく、当時は有効性があると言われていたヨード(注1)に風邪予防の効果がないことが示されています。
コロナウイルスはインフルエンザやライノウイルス(風邪ウイルスの代表)に比べて、咽頭よりも鼻腔に病原体が多いことが明らかになっています。医学誌『Nature Medicine』2020年4月3日号に掲載された論文によると、コロナウイルスは咽頭よりも鼻腔に10,000倍以上多く棲息しているのです(インフルエンザもライノウイルスも1,000倍程度)。
ならば理論的に、ガラガラのうがいよりも「定期的な鼻うがいが有効」ということになります。ただ、残念ながらエビデンスがありません。しかし諦めるのはまだ早い。通常「鼻うがい」というのは専用の器具を用いて生理食塩水を一定量使います。生理食塩水の量は多ければ多いほど有効であると考えられますが、大量の生理食塩水を調達するのは困難です。それに、従来の鼻うがいであれば専用器具を清潔な状態に保つのも困難です。
そこで私がすすめているのが「谷口式鼻うがい」です(参照:「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)。谷口式鼻うがいは水を大量に使いますが、その水はシャワー水ですからいくらでもごく安い費用で利用できます。また、器具は1本100円程度のシリンジで、少なくとも100回以上は使えますし、何度も洗浄できますから器具を清潔に保てます。コロナウイルスは他の風邪ウイルスと同様ほんの少しのウイルスが鼻腔粘膜に付着しただけでは感染が成立しません。鼻腔粘膜で増殖しやがて人の細胞に侵入していくわけです。であるならば、繰り返し(とっても1日2度が限界でしょうが)シャワー時に谷口式鼻うがいを大量のシャワー水でおこなえば新型コロナの予防になるはずです。
4つ目は「治療」です。現在新型コロナに有効性が認められた薬剤はありません(参照:医療プレミア「新型コロナ 「効く薬」の候補は?」)。現在期待されているいくつかの薬剤も高価すぎるか簡単に入手できないものが大半です。ですが、使えるものがないわけではありません。
ひとつは「麻黄湯」です。麻黄湯はインフルエンザを含めて風邪に有効とされています。副作用が少なく安い薬ですから新型コロナを含めて風邪に使わない手はありません。ただし「ごく初期」にしか利きませんから、症状が出てから医療機関を受診するのでは手遅れです。日ごろから携帯しておく必要があります。
もうひとつは抗インフルエンザ薬です。抗インフルエンザ薬が新型コロナに有効とするエビデンスは一切ありません。ですが、新型コロナが話題になる直前、興味深い研究が報告されています。医学誌『Lancet』2020年1月4日号に掲載された論文で、「インフルエンザでなかったけれどもインフルエンザの様な症状を呈した患者に抗インフルエンザ薬が有効だった」とするものです。残念ながら、私が診た新型コロナの患者さんのなかに前医で抗インフルエンザ薬が処方されていた人がいましたが効果はありませんでした。しかし、この患者さんに抗インフルエンザ薬が処方されたのは発熱して4日経過してからでした。インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬は早期に使わなければならないのと同様、この患者さんにももっと早い時点で使われていればあるいは……、と考えたくなります。
最後に新型コロナに関して私が最も重要と考えていることを述べておきます。それは「感染者を支援する」ということです。もはや誰が感染してもおかしくありません。あなたの知人や大切な人も感染するかもしれません。感染した人は世間からの冷たい視線に苦しんでいます。いわれなき差別を受けている人もいます。感染が発覚すれば会いに行くことは慎まねばなりませんが、電話やメールで連絡して、玄関に食料品や日用品を届けに行くことはできるはずです。「医療プレミア」のコラムにも書いたように新型コロナを社会で克服するには「譲り合いと絆」が絶対に必要です。
緊急事態はまだしばらく続き、いつ解除されるかは未定です。「緊急事態」であったとしてもなかったとしても、谷口医院をかかりつけ医にされている人は不安なことがあればいつでも相談してください。これを読まれている方が谷口医院未受診で、他にかかりつけ医をお持ちでないのであれば、どうぞどのようなことでもご相談ください。
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注1:ヨードうがい液の代表が「イソジン」です。商品名を出して欠点を述べることは「上品な行為」ではありませんが、イソジンには風邪の予防効果がないというデータが15年前に出ているわけですから、製薬会社がイソジンの販売を続けるのなら、少なくともこれを覆すデータを出すべきだ、ということを私は15年前から言い続けています。尚、このグラフは私が毎日新聞「医療プレミア」に書いたコラムに載せています(同社の著作権でここには転載できません)。
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|2020年3月29日 日曜日
第199回(2020年3月) 新型コロナ、錯綜する情報
新型コロナ(以下COVID-19)の混乱がおさまりません。科学的に間違った行動をとる人が少なくなく、いわれなき差別や諍いが生まれ、さらに医療者の発言も誤解されてもおかしくないようなものが見受けられるからです。
一方、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をかかりつけ医にしている人は、不安なことがあればメールや電話で相談し、受診時に困っていることを話されて、我々の説明に納得してもらっています。「もっと早く相談すればよかった」と言われることも多々あります。
今回はCOVID-19について世間で流布している情報を整理したいと思います。ただし、明らかなデマ(例えば、COVID-19のウイルスは「お湯」で死ぬからお湯を飲めばいい、など)は除外します。まずはマスクについて取り上げましょう。
先日、タクシーの運転手に教えてもらって驚いたのは「いくつかの薬局ではマスク目当てに開店前から行列ができる」ということです。そもそもマスクはそれほど有用な感染予防ツールではありません。このことを指摘しているメディアも少なくないわけで(例えば、私は毎日新聞「医療プレミア」で私自身が日ごろマスクをしていないことを述べました)、にもかかわらずマスクで行列ができるというのが不思議です。マスクが入荷しないことに腹を立てた客が店員に激しく詰め寄ることもあるとか……。
あるときこの話を谷口医院の患者さんに話すと、「仕方ないんですよ。うちの会社ではマスクがないと出勤禁止って言われてるんです」とのこと。しかもマスクは会社で支給してくれないそうです。先述のコラムでも述べたように、マスクはまったく不要というわけではなく、人が密集する場所、例えば満員電車やライブハウスでは必要となります。実は、先述の毎日新聞のコラムで、「ライブハウスは注意」と書いたのですが、皮肉なことにこれが公開された直後に大阪のライブハウスでの集団感染が発覚しました。もっとも、ライブハウスではドリンクも楽しむのが普通ですから、初めから終わりまでマスクをするのは無理でしょう。
マスクで店員に暴言を吐いたり、マスクをしていない人を非難したりするのは直ちにやめるべきです。マスクがなくても日常生活に問題はありません。ちなみに、私はマスクを持ち歩いていますが、めったに着けることはありません。ライブハウスなどには行きませんし、電車に乗るときは混雑する時間を避けているからです。マスクを携帯している理由は自分自身が咳をしたときに「咳エチケット」として必要だからです。ですが、前回のコラムでも述べたように私は過去7年間風邪をひいていませんから、実際にはマスクの出番はほとんどありません。
ところでCOVID-19って、本当はどれくらい”怖い”感染症なのでしょうか。これの答えはそう単純なものではありません。どうやら世間では「とても怖い」と考える人と「全然大したことがない」と考える人に二分しているそうですが、ことはそんなにクリアカットに論じることはできません。おそらく「医師によって意見が違う」と嘆く人は、マスコミに登場して”分かりやすい”ことを言う医師の言葉を聞いているからだと思います。
医学のことを論じるのはそう簡単ではありません。ですから、例えばテレビの短い時間で正確なことを述べよ、と言われればその医師がまともであればあるほど内容は分かりにくくなるはずです。ですが、テレビの番組制作者が好むのは「分かりやすく断定的にものを言ってくれる専門家」です。しかし、専門家としてはいい加減なことや誤解を生むような発言はしたくありません。これが、一般に「医師がテレビに出ることを嫌がる最大の理由」です(注)。
話を「COVID-19はどれくらい怖いのか」に戻します。例えば中国ではデリバリーで食事をオーダーすると、料理した人と包んだ人の体温が送られてくるそうです(ネットで写真をみつけたのですが削除されていました)。また、中国では店員と顧客のやり取りが糸電話やロープが使われています(ネットで見つけたツイッターより)。
フランスでは外出禁止令が発動し、米国では飲食店での飲食禁止や10人以上の集会の禁止が命じられているわけですし、イタリアではミラノのある大病院では60歳以上は人工呼吸器を使ってもらえないことが大手メディアで報道されています。60歳で日ごろ健康な人であれば、COVID-19に感染し重度の肺炎に進行したとしても、一時的に人工呼吸器を用いれば回復することが充分に期待できます。「60歳以上は見殺し」が続けられるのだとしたら、例えば60歳の優良企業の社長と59歳の殺人歴のある無職の者のどちらの命を救うべきか、という議論も必ず出てきます。我々はそういうレベルにまで来ているわけです。
一方、日本の一部の識者は今も「COVID-19はインフルエンザを少し強くした程度。過度に恐れる必要もなければ学校を休校にする必要もない」と主張しています。海外での対応と日本人のこういった意見を聞くと、同じ病原体による同じ疾患による対策とは到底思えません。では、どちらの主張が正しいのでしょうか。答えは「双方とも正しい」です。
最近は「日本の医療は遅れている。だから富裕層は海外で治療を受ける」という人もいるようですが、日本の医療技術が他国と比べて低いわけではありません。しかも世界的には驚くほど安い費用しかかかりません。お金がないから受診できないということは(絶対とは言いませんが)ほとんどありません。また、国民の平均的な清潔度が高く、民度も高く、いざとなれば(ある程度は)利他的になることができて秩序を守ります。このような国であれば、楽観論者の言うように通常の風邪予防の対策でかなりコントロールできます。
一方、海外(の多くの国)ではそうはいきません。日本よりもずっと移民が多く(ただし、この点については日本の移民・難民政策が厳しすぎることが問題であり、日本は”遅れて”います)、良質な医療が全員に行き渡っているわけではありません。日本ほど民意度の高い国はそう多くありません。この意見には反論が多いかもしれませんが、世界に目を向けると識字率がほぼ100%の国はそう多くないのが現実です。
しかし、日本は鎖国しているわけではありません。日本に住む外国人も決して少なくはありませんし、現在の騒動がどれくらい続くかは分かりませんが、これだけ広がったCOVID-19が(SARSやMERSのように)急速に勢いをなくすとも思えません。日本人はたとえ自身が海外に渡航しなかったとしても、世界の住人の一員という自覚を持つべきだと思います。
現在数字で表れている日本の感染者数が実態を反映していないことは理解しておいた方がいいでしょう。3月22日時点で日本の感染者は1,054人で世界第22位、死亡者数は36人で世界第14位です。死亡者数は事実ですが、感染者数は検査をしていないからこれだけ少ないわけで、疑いのある人すべてに検査すれば、少なくとも数万人にはなると思います。そして、ここがポイントになります。もしも日本が感染者の実数を把握できれば、死亡率は驚くほど低値になります。つまり世界各国と比較して極めて高いレベルの治療ができていることが明らかになるはずです。
個人的にはこれを世界にアピールすべきだと思っています。日本の医療技術が高いことを自慢する必要はありませんが、公衆衛生の向上に努め検査や治療の優先順位を的確におこなえば現在日本以外の国で恐れられているほどの恐ろしい感染症ではないことは訴えていいと思います。
************
注:そんなことを言っておきながら、私自身も先日NHKの取材を受けて、そのインタビューシーンが放映されました。内容は「COVID-19を疑った患者が医療機関から診察拒否されている現状」についてです。この内容なら引き受けて問題ないだろうと判断したのですが、例えば「検査の対象を広げるべきか」「COVID-19はそんなに恐ろしいのか」といったコメントを求められるとするなら「テレビで短くコメントできるほど単純な話ではありません」と言って取材を断ります。
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|2020年2月25日 火曜日
第198回(2020年2月) 世界一簡単な「谷口式鼻うがい」
2020年1月23日、毎日文化センターで開催した毎日新聞主催の私のミニ講演会で、最も多くの質問を受けたのが「鼻うがい」でした。この講演会の内容は、同紙「医療プレミア」の編集者が記事「「私は風邪薬を飲みません」 谷口恭医師講演」にしてくれて、それを読んだという人からも「その鼻うがいについてもっと教えてほしい」との声が届きました。そこで、今回はこの「谷口式鼻うがい」について少し詳しく説明したいと思います。
谷口式鼻うがいの最大の特徴は、何といっても簡単なことです。おそらくこれより簡単な鼻うがいは他には存在しないと思います。方法は文字で説明するよりも実際に見てもらった方が簡単にわかりますので、まずはそのビデオ(YouTube)をご覧いただくのが一番いいと思います。ここではその補足をしていきましょう。
まずは「なぜ鼻うがいか」ということから確認していきましょう。現在流行している新型コロナウイルスは、当初は「咽頭痛や鼻水といった上気道炎症状はほとんど起こらず、いきなり下気道症状(咳や呼吸苦)と高熱が出ることが特徴だ」と言われており、医学誌『LANCET』に1月に掲載された論文にはそのように記載されていました。
ですが、その後軽症例やほとんど無症状である場合も多いことが報告され始めました。そして、興味深いことに、ウイルスは咽頭よりも鼻腔から多く検出されることが判りました。医学誌『New England Journal of Medicine』2020年2月19日号に掲載された論文「SARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients(新型コロナウイルス感染者の上気道のウイルス量)」に詳しくまとめられています。
この論文から分かるのは、新型コロナウイルスも通常のコロナウイルスや他の風邪をもたらす感染症と同様、まず鼻腔に感染する(少なくともそういう例が多い)ということです。新型コロナウイルスが騒がれだした1月は発症者が武漢市に限定されており、中国の医療事情を考慮すると、医療機関を受診したのは症状がそれなりに進んでいた人たちだったのでしょう。つまり肺炎に進行してから医師の診察を受けたために、より重要な臓器である肺(肺炎)の治療がおこなわれ、鼻腔のウイルスなどには注目されなかったと考えられます。
つまり、新型コロナウイルスを含めて飛沫感染するタイプの感染症、つまりほとんどの風邪を考えたときに、最もきれいにしておかなければならないのは鼻腔、ついで咽頭ということになります。咽頭は普通の「ガラガラうがい」でもできますが、鼻腔は汚いままです。そこで鼻うがいが有効ということになります。問題は、どうやってするか、です。
鼻うがいの効果が高いのは(鼻腔を直接洗えるわけですから)明らかだと思いますが、私が鼻うがいに固執したもうひとつの理由を説明しておきましょう。怪我をしたとき、例えば膝をすりむいたとき、私が子供の頃は赤チンを塗られました。これは激痛でした。その後「マキロン」のような消毒が主流となり、いつの頃からかその主役が「イソジン」に代わりました。ところがちょうど私が医師になった2002年頃に「コペルニクス的転回」が起こります。傷の消毒にはイソジンは無効どころかかえって治癒を遅らせることが判ってきたのです。では何が有効なのか。水です。受診された場合は生理食塩水を使うこともありますが、基本的に水道水で問題ありません。時間をかけて水で病原体を洗い流すのが最も有効なのです(参考:はやりの病気第10回(2005年6月)「キズの治療①」)。
理論的に考えれば鼻うがいに風邪の予防効果があるのは明らかでしょう。ではなぜ普及しないのか。そして有効性を検証した論文がないのか。理由は2つあります。1つは「有効なのはわかっているけれども面倒くさい」ということ。もうひとつは、おそらく(ガラガラも含めて)うがいのような習慣があるのは日本くらいで他国では一般的ではなくエビデンスがないからだと思います。日本の医師(の多く)はエビデンスがないことに注目しませんし、面倒くささを考えると患者にどころか自分で実践するのにも抵抗があるわけです。
もっとも、私自身も鼻うがいには長い間”抵抗”がありました。その理由は2つあって、ひとつは生理食塩水を用意するのがとてつもなく面倒くさいこと、もうひとつは専用のデバイス(例えばこういうタイプ)を用意することに抵抗があること、です。私自身は元々旅行が好きですし、学会参加などでよく出張にもいきます。荷物はできるだけ少なくしたいわけで、既存の鼻うがい用のデバイスを鞄に入れることに嫌気が差します。旅行中は鼻うがいを休むという方法もよくありません。なぜなら旅行中にこそ風邪をひくリスクが上がるからです。ですから、鼻うがいが理論的に有効なことは確信していましたが、現実的には無理だよな~とずっと思っていたのです。
しかしあるとき、「シリンジ」を使ってみればどうだろう、とふと思いつきました。過去に薬物中毒を起こしたある患者さんと診察室で話をしているときでした。20代のその女性は、自殺する意図が本当にあったのかどうかは別にして大量に睡眠薬を飲み、それを家族に発見され救急搬送され、そこで胃洗浄がおこなわれたと言います。私も太融寺町谷口医院を始める前は夜間の救急外来での仕事が多く、胃洗浄は何十回と経験があります。管(チューブ)を鼻から胃に入れて、シリンジを使って生理食塩水を注入して吸引するという作業を繰り返します。その患者さんと話していたときにそのシーンがふと蘇り、「そうか、鼻うがいに応用すればいいんだ!」とひらめいたのです。
鼻に水を入れるのが辛いのは、泳いでいるときに偶発的に水が鼻に入ってしまったときのことを思い浮かべれば明らかです。それが分かっていて意識的に吸い込むのは相当な勇気がなければできません。ですが、シリンジで勢いよく注入すれば一瞬で終わります。10mLのシリンジ(実際は13mLくらい入ります)なら1秒で注入できます。ただし、もしもそれで激痛が走るのであれば現実的ではありません。生理食塩水を使えば解決しますが、こんなもの出張や旅行に持ち歩くわけにはいきませんし、塩を持ち歩いてその都度生理食塩水を作るのも面倒です。
では水道水でシリンジを鼻腔に注入したときに痛みはどれくらい生じるのでしょうか。これを初めて実戦するときは少し勇気がいりましたし、実際に少し痛かったのは事実です。ですが、その痛みは考えていたよりも小さくて、何回かおこなううちにゼロになりました。
谷口式鼻うがいには「欠点」もあります。それは鼻腔に入れた水がそのあたりに一気にばらまかれますから人前ではできませんし、周りが汚くなります。つまり、このうがいはシャワールームでしかできないのです。ですから、実践できるのはせいぜい朝と晩の一日に2回だけです。私は仕事がら風邪症状のある患者さんと毎日何度も接しますから、そういった人を近距離で診察したときには次の患者さんを診る前にガラガラうがいと手洗いをしています。
では「谷口式鼻うがい」の効果はどうなのでしょうか。エビデンスというものは比較対象が必要になりますから、そういうものはありません。たった1例の症例報告というものはエビデンスにはならないのです。それを断った上で私自身の話をすると、冒頭で紹介したミニ講演のときにも述べたように、私はこの鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪を引いていません。それまでのガラガラうがいと手洗いだけだと必ずといっていいほど年に2~3回は風邪をひいていましたが、過去7年間はゼロです。この記録がどこまで続くかはわかりませんが、私は生涯この鼻うがいをやめないつもりです。なにしろ副作用ゼロですし、費用はごくわずか(シリンジはアマゾンで安く買えます)なのですから。それに、花粉症やその他アレルギー性鼻炎の予防にもなります。
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