はやりの病気

2021年12月19日 日曜日

第220回(2021年12月) アトピー性皮膚炎の高額な新薬は普及するか

 アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の新しい治療薬に関する問い合わせが急増しています。私の知る限り、一般のメディアではこれら新薬に対する報道は大きくはされていないと思うのですが、問い合わせの内容がかなり細かいものもあります。元々、当院は医療者の患者さんが少なくなく、仕事関係で入って来る情報からこれら新薬のことを知ったというケースが多いのでしょうが、医療者でない人からの問合せも目立ちます。SNSの影響なのでしょうか。

 質問の内容はたいてい「よく効くと聞いたが本当でしょうか」「副作用はどうなのでしょうか」というものです。発売されて間もありませんから、はっきりとしたことは未知なのですが、それでも現時点で分かっていることに私見を交えて解説していきたいと思います。

 アトピーの画期的な注射薬が登場したのは2018年4月、デュピクセント(一般名デュピルマブ)です。2週間に一度の皮下注射(自宅でできます)をおこなうだけで劇的に改善するのは事実です。ただし、薬代は1回66,562円(3割負担で19,969円)ですから、診察代や検査代を入れれば、3割負担でも年間50万円程度は必要になります。これでも発売当初からは2割ほど安くなっています。

 副作用については、発売して3年8ヶ月ほど経過するというのにあまり問題になっていません。ですが安心できるわけではありません。”まだ”3年8ヶ月、と考えるべきだからです。後になってから発売当初には予期していなかった副作用が生じる可能性があります。発売前の臨床試験(治験)ではさほど大きな副作用が報告されてはいませんが、長期使用における安全性は誰も分からないわけです。

 そもそもこの薬剤、薬の添付文書に「本剤投与中の生ワクチンの接種は、安全性が確認されていないので避けること」と記載されています。麻疹(はしか)や風疹、水疱瘡(みずぼうそう)、おたふく風邪などの生ワクチンは病原体を弱めたものを体内に注射して、免疫系細胞に抗体をつくらせることを目的としています。

 もしも免疫能が低下している人に生ワクチンを接種すると、弱められたはずの病原体が勢いを取り戻し、宿主(その人)を攻撃することになります。生ワクチンをうてないのは、例えばHIV陽性で十分な治療を受けていない人や、臓器移植をした人(免疫応答を抑えるために日頃から強力な免疫抑制剤を飲んでいる)、白血病で骨髄移植を受けた人などです。

 そしてデュピクセントを接種している人もこのような免疫が弱いグループに含まれるのです。製薬会社としては、「生ワクチンをうてないように注意しているのは念のためであり実際は安全」と主張するのかもしれませんが、少なくとも免疫能を大きく下げる可能性があることは事実です。デュピクセントを使用開始すれば長期間(あるいは生涯)、生ワクチンは避けなければならず、感染症に注意しなければならないのです。

 デュピクセントが登場して2年8ヶ月後の2020年12月、内服薬オルミエント(一般名バリシチニブ)がアトピーに使用できるようになりました。この薬剤は2017年に関節リウマチに対する治療薬として登場しました。アトピーにも効くことはその当時から分かっており、3年遅れでアトピーにも適応が認められたというわけです。また、オルミエントは現在新型コロナウイルスの重症例にも使われています。

 デュピクセントは注射のために使いにくいけれど、オルミエントなら飲み薬だから試したいと考える人が増えてきました。そんななか、2021年8月には2番目となる内服薬リンヴォック(一般名ウパダシチニブ)が、同年11月には3番目の内服薬サイバインコ(一般名アブロシチニブ)が登場しました。

 これら3つの内服薬、オルミエント、リンヴォック、サイバインコはいずれもJAK阻害薬と呼ばれるもので、優れた免疫抑制剤です。ですが”免疫抑制”剤なのです。感染症に対するリスクが上昇し、そして、やはりデュピクセントと同様、生ワクチンがうてません。それだけではありません。これら3つの薬の添付文書には次の「説明」が書かれています。

    ************
本剤投与により、結核、肺炎、敗血症、ウイルス感染等による重篤な感染症の新たな発現もしくは悪化等が報告されており、本剤との関連性は明らかではないが、悪性腫瘍の発現も報告されている。
    ************

 結核を含む様々な感染症のリスクがあり、さらに悪性腫瘍(がん)になることもあると言うのです。アトピーは慢性疾患です。これらの薬を長期(あるいは生涯)内服することになります。そして、長期間でこういったリスクがどれほど上昇するのかについては誰も分かりません。治験(臨床試験)で結核やがんが発症したのはごくわずかでしょう。ですが、それは試験期間中の短期間での話です。服用が長期になればなるほどリスクが上昇すると考えるべきです。

 まだあります。費用です。下記のようにデュピクセントよりも高くつきます。

オルミエント:1錠5,274.9円
リンヴォック:1錠4,972.8円(2錠まで可)
サイバインコ:100mg1錠5,221.40円、200mg1錠7,832.30円

 これらをざっと計算すると一年間の薬代は3割負担で60万円~100万円以上にもなります。これを極めて長期間、あるいは生涯捻出することができる人はどれだけいるでしょうか。

 さて、このようにネガティブなことばかり言えば、アトピーの、特に重症の人たちからは反感を買います。「これまで何をしてもよくならなかったところに救世主のような薬が登場したんだ。悪口を言うな!」というわけです。

 しかし、谷口医院の患者さんの例で言えば、”重症”の人もこのような注射薬や内服薬を使わなくても99%以上の人は無症状で肌がきれいない状態を維持できています。アトピーの素因を示すと言われている非特異的IgEが5~6万IU/mLの人でも、こういった強い薬はもちろん、ステロイド外用薬も使用せずにコントロールできているのです。なぜか。私自身はアトピーの名医でも何でもありませんが、前の病院で「名医」にかかっていたという患者さんも、意外なことに基本的なことをされていない場合がけっこう多いのです。

 例えば、デュピクセントは値段が高いからステロイド内服を長期で使用していたという患者さんは、ステロイドの内服はもちろんステロイド外用も1週間で中止できました。その後1年以上が経過しますが、ステロイド外用は(頭皮を除いて)完全に不要です。谷口医院がこの患者さんに実施したのは、汗対策の指導、ダニ及び花粉対策の指導、それにコレクチム(デルゴシチニブ)とタクロリムス外用の処方と塗り方の指導、後は食事指導や他の疾患に対する指導だけです。尚、この患者さんは前の病院でもこれら外用薬を処方されていたことがありましたが、塗り方が適切ではありませんでした。谷口医院ではこの2種の外用薬を重症の人では月に50~100本程度使用してもらっています。これら2種も強力な免疫抑制剤ですが(コレクチムはJAK阻害薬の外用です)、内服と異なり結核やがんのリスクは(ほぼ)ありません。

 たしかに、無症状時にベトベトする薬を塗るのは面倒くさいのですが、慣れればそれほど苦痛ではありません。汗やダニ対策も最初は大変なのですが、これらも習慣の問題です。重症の患者さんのなかには高額な内服薬や注射薬が必要な人もいるかもしれませんが、谷口医院の患者さんは(ほぼ)全員が不要です。

参考:はやりの病気
第202回(2020年6月)「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」

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2021年11月20日 土曜日

第219回(2021年11月) 「発達障害」を”治す”方法

 本サイトで初めて発達障害を取り上げたのは太融寺町谷口医院をオープンする前、今から15年前の2006年です(はやりの病気2006年9月「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」)。その後、発達障害の”流行”は現在も続いていて止まる様子がありません。

 昭和時代なら単なる「個性」で片付けられていたような”症状”を、自身もしくは周囲が発達障害だと決めつけて受診に至るというケースも目立ちます。以前からそのような、例えば「空気が読めない人」は大勢いたわけで、「昔なら病気とは考えられていなかった。だから発達障害は増えているわけではない」という意見は根強くあります。

 他方、精神科医と製薬会社が発達障害を意図的に増やしているという指摘もあります。これは「薬で儲けたい製薬会社と受診者数を増やして稼ぎたい精神科医の利害が一致し、市民が犠牲になり患者にされている」という意見です。いささか陰謀論のきらいがある考えですが、この考えもまったくのデタラメではないと私は感じています(そう思わざるを得ない実例については後述します)。

 では、やはり統計上、薬の処方数が増え、受診者数が増えているだけであって、発達障害そのものは増えていないのでしょうか。現在の私の考えは「増えている」です。そう考える理由については後述することにして、まずは発達障害の基本をまとめておきましょう(実は、肝心の基本が誤解されていることが多いのです)。

 発達障害は先天的な疾患です。「大人の発達障害」という言葉があり、これは大人になっていきなり発症するかのような印象を受けます。たしかに成人してから発症する可能性もなくはないでしょうが、障害は生まれつきあったはずです。つまり脳を詳しく調べれば異常が見つかるはずです。具体的には、小脳が平均より小さかったり(だからバランス感覚が悪い)、脳の左右差が大きかったり(だから特定の領域に詳しくなる)するわけです。

 よく指摘されるように、この疾患は正常と異常の境界がはっきりしていません。病名の定義も変わってきており、最近はアスペルガー症候群という病名は用いられなくなり、代わりに「自閉スペクトラム症」という言葉がよく使われます。そして、発達障害のなかに自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠陥性多動障害)、他に学習障害などがあるとする概念が普及してきています。ですが、実際には自閉スペクトラム症とADHDの区別がつきにくいこともしばしばあります。

 冒頭のコラムを書いた2006年頃からアスペルガー症候群は流行語のようになり、いわゆる「空気の読めない人」がアスペルガーのレッテルを貼られるようになってきました。また、抜群に暗記が得意だったり、特定の趣味に没頭したりするような人たちも「アスペ(ルガー)の傾向がある」と言われるようになりました。「他人の気持ちが理解できない」こともアスペルガーの特徴のひとつとされ、「私の気持ちをまったく理解してくれない夫はアスペルガーかも……」と考える妻の訴えも増えだし、この苦しみが「カサンドラ症候群」と呼ばれるようになりました。

 一方、ADHDは文字通り注意力に欠けていて落ち着きがない症状を指すわけですが、単に不注意が多いだけ、忘れ物を繰り返すだけでADHDではないかと考える人が増えてきました。また、アスペルガー症候群と同じように、何か特定のジャンルに極めて詳しいことや高い芸術のセンスがあることが取り上げられるようになり、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちからの「自分はアスペ(ルガー)でしょうか、それともADHDでしょうか」という相談が増えました。

 私は精神科医ではないために、このような疾患の診断を下すことは原則としておこないません。他覚的にそれらが疑われ、患者さんが希望するときには精神科医を紹介しますが、(特にアスペルガー症候群の場合)有効な治療法がないこともあり、積極的に精神科受診を促すようなことはしていません。

 それに、率直に言うと、精神科医の診断を疑うこともあります。そもそも発達障害というのは先述したように先天性の疾患であり、文字通り「発達」に障害があるわけです。つまり、幼少時に発達障害を連想させるエピソードがなければなりません。決して、10分程度でできるアンケートのような質問に答えるだけで診断がつくわけではないのです。

 にもかかわらず、「精神科では初診時に簡単な質問用紙に答えて10分で発達障害の診断がついて薬が処方されました」という患者さんもいるのです。しかも、診察室で会話する限り、私にはその患者さんが発達障害だとは到底思えず、薬は覚醒剤類似物質が処方されています。もしかすると、名医ならば初診患者に10分程度の質問用紙を書かせただけで診断がつけられるのかもしれませんが……。

 発達障害の診断をきちんとするには、脳に異常があることを示すべきだと以前から私は主張しているのですが、これはほとんど試みられていません。MRIを撮影すれば医療費が高くつくことが原因なのかもしれませんが、発達障害というのは「治らない病気」とされているわけですから(後述するように私は”治療”できると考えていますが)、病名告知はその患者さんの人生を大きく変えてしまうこともあるわけです。何十年もたってから「それは誤診でした」では済みません。発達障害には脳に器質的な異常所見があるはずで、仮にそれが見つからなければ発達障害でない可能性も出てくるわけです(否定できるわけではありませんが)。逆に、あきらかな脳の器質的な異常(先述したように左右差や脳の一部が小さいなど)があればそれだけで確定診断に近づきます。

 発達障害が増えていると私が考える理由のひとつは「父親の高齢化」です。これにはきちんとしたデータがあるのにも関わらず、なぜか世間には今一つ浸透していません。医学誌『Molecular Psychiatry』2011年12月号に掲載された論文「父親の年齢と自閉症のリスク:人口ベースの研究と疫学研究のメタアナリシスからの新しいエビデンス (Advancing paternal age and risk of autism: new evidence from a population-based study and a meta-analysis of epidemiological studies)」を紹介しましょう。この論文によれば、50歳以上の父親から生まれた子供が(発達障害を含む)自閉症(autism)を発症するリスクは、29歳以下の父親の2.2倍にもなります。

 発達障害が増えていると私が考えるもうひとつの理由は「”治療”されていない人が多い」というものです。ですから、これは正確には「増えている」わけではありません。冒頭で述べたように、昔なら「個性」で片付けられていた行動が発達障害と呼ばれるようになっているという指摘は正しいと思います。ですが、発達障害を患っている人が、昭和時代なら”治療”されて症状が出なくなっていたのが、現在では”治療を受けていない”ということがあるように思えるのです。

 先ほど発達障害は「治らない」と述べました。では私が言う”治療”とは何なのでしょうか。それは「対人関係を通しての”学習”により症状を再発させないこと」です。発達障害の中には知能が正常、あるいは正常よりも高い人が少なくありません。例えば18歳のときには場違いな発言をして空気を凍らせていたような人も、そういった失敗を繰り返し経験することで、「他人があのようなことを言ったときに、こういう返答をしてはいけない」とか「あれを言うならあのタイミングではよくない」といったことが学習できると思うのです。

 そして、そのような学習の機会を最も多く得ることができるのが「恋愛」です。これは完全に私見ですが、発達障害の人たちには美男美女が多くないでしょうか(注)。だからコミュニケーションが苦手で、無神経な発言で他人をイラつかせることがあったとしても恋愛にはむしろ有利なこともあるのです。そして恋愛を通して、つまりパートナーから”指導”を受け学習することで発達障害の症状の再発が防げると思うのです。

 ところが、昭和が終わる頃あたりから若者の人間関係が希薄になってきました。クラブ活動に参加したとしても昭和時代のように濃厚な人間関係が構築されず、恋愛に消極的な若者が増え、さらにインターネットやSNSの普及でコミュニケーションが対話から文字に変わりました。健全な人間関係を構築するには、言葉そのものではなく、話し方や空気の読み方、非言語(non-verbal)でのコミュニケーションが大切です。昭和時代であれば、部活で厳しい”洗礼”を受け、恋愛で失敗を繰り返し、就職すれば上司からの暴言は当たり前といった社会でもまれるうちに、人間関係が苦手な人も、そして発達障害を患っている人たちもそれなりの学習ができたと思うのです。

 私は「厳しい社会を復活させよ」と言っているわけではありません。ですが、文字でなく濃厚な対面の人間関係に自分を置き、そして深い恋愛にどっぷりと耽溺するような経験を通して学習することが、発達障害の”治療”になると思うのです。

 こんなことは研究のテーマになりませんし、学術的な論文は書けません。ですからこの私見は医学的な意味をもたないことは分かっています。ですが、私がこれまで多くの人(それは患者さんのみならずプライベートの友人知人も含めて)をみてきた結果、発達障害の”治療”としてたどりついた結論が「若者よ、濃厚な人間関係に己の身を投げ入れよ、そして恋愛に人生を賭けよ」なのです。

注:高齢の父親から生まれた子供に発達障害が多いという事実に注目してみましょう。高齢になってから若い女性に子供を産ませることができるのは、経済的にも肉体的にも、そしておそらく容姿にも恵まれた男性ではないでしょうか。よって発達障害を抱えながら生まれてくる子供も遺伝的に魅力のある容姿や雰囲気を持っていることが予想されるというわけです。もっとも、これは私の「仮説」というよりも「偏見」ですが……。

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2021年10月21日 木曜日

第218回(2021年10月) ポストコロナワクチン症候群

 どのようなワクチンも接種後のトラブルをゼロにはできません。現在、「積極的勧奨の差し控え」を取りやめるべきか否かが議論になっているHPVワクチンも、極端な推進者が言うような「絶対安全」なものではありません。

 2020年7月に厚労省の会議に提出されたHPVワクチンに関する資料(資料9と資料10)によれば、医師や企業から「副作用疑い」(接種との因果関係を否定できない事例)と報告されているのは3,222人(約0.036%)で、このうち1,865人(約0.021%)が「重篤」です。

 各自が接種するかどうかは、この0.021%を「リスク」と考え、これを「ベネフィット」と天秤にかけて検討することになります。もしも、この0.021%というリスクが1桁上がって0.21%ならどうでしょう。「それでもベネフィットがリスクを上回るから受ける」という人もいるかもしれません。では、2.1%ならばどうでしょう。50人に1人以上が重篤になるワクチンを希望する人はまずいないでしょう。21%なら誰も受けないに違いありません。これではまるでロシアンルーレットです。

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを考えましょう。コロナワクチンの場合、軽症なものも含めれば副作用出現率はほぼ100%と言えます。尚、ワクチンの副作用は「副反応」と呼ばれることがありますが、ここではすべて「副作用」で統一します。

 もちろん、軽度の副作用であればリスクと呼ぶに値しません。たとえ翌日から高熱にうなされ3日間寝たきりを強いられたとしても、4日目からは元気に登校・出勤できるのなら、ほとんどの人にとっては感染しにくくなるベネフィットの方がずっと大きいでしょう。

 では、3日ではなく30日間寝たきりとなればどうでしょう。寝たきりとまではいかなくても、1か月間仕事や学校にも行けない状態、行けたとしても倦怠感がとれず集中力・記憶力が明らかに低下していてミスが連発、このままでは仕事をクビになるかもしれない。そして改善する見込みが立たない状態、だったとすれば……。

 実は、こういう患者さんが増えています。最初に相談されたのは7月上旬。ある会社の経営者の人でした。ワクチンの1回目をうった翌日から倦怠感に苛まれるようになり、まともに仕事ができなくなり、現在は数日に一度メールで部下に指示を出すだけだそうです(尚、混乱や誤解を防ぐためにワクチン名や症状の詳細は伏せておきます)。その後、同じように「長引く副作用」を訴える患者さんが相次いでいます。

 これはおかしいと考えた私は、医療者向けのポータルサイト「日経メディカル」の私の連載コラムに「「ポストコロナワクチン症候群」は存在するか」というタイトルの記事を載せました。公開されたのが9月22日です。このサイトは医療者が対象ですから、私の目的は医療者に問いかけるものでした。予想通り、何名かの医療者から「自分も似たような事例を経験している」という連絡をもらいました。

 意外だったのが「コラムを読みました。私も同じことで苦しんでいます」という患者さんからの問合せが次々と寄せられたことです。日経メディカルは医療者でなければ会員登録できませんから、おそらく知り合いの医療者から転送してもらった、などで読まれているのでしょう。

 しかし、です。(病名を何と呼ぶかは別にして)ポストコロナワクチン症候群が存在するとした研究は世界のどこを探しても見当たりません。今のところ、多くの医療者からみれば「谷口がわけのわからんことを言っている」という程度のものでしかありません。

 似たような経験を1年半ほど前、2020年の春にもしました。コロナに感染した後、倦怠感や頭痛、味覚障害などが長期間続くという患者さんが相次ぎ、私はこれを「ポストコロナ症候群」と名付けました。初めの頃は誰も相手にしてくれませんでしたが、このときは私には”勝算”がありました。日本にはなくとも海外(特に欧州)からは感染後に症状が長期間残る事例が報告され始めていたからです。尚、このときも日経メディカルの連載コラムで記事を書き「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月9日に公開しました。

 ワクチンで副作用が起こればPMDA(医薬品医療機器総合機構)の専用ページから報告することになっています。その原因が本当にワクチンかどうかは別にして、例えば翌日に激しい頭痛が生じて救急搬送されて死亡したような例はどのような医師が担当してもきちんと報告するでしょう。しかし、救急搬送されたものの医師が「単なる頭痛でワクチンと関連がない」とみなした場合は報告されません。患者さんが「ワクチンのせいです」と主張したとしても、必ずしも医師がそう判断するわけではないのです。

 では、「ワクチン接種後1週間たってもだるさが続く」と言ってクリニックを受診した場合はどうなるでしょう。おそらくこのケースも報告する医師はあまりいないでしょう(私も悩みます)。では、2週間経過していればどうでしょうか。患者さんが「ワクチンが原因だ」と考えていて、私自身もそれが否定できないと判断した場合は報告を検討します。しかし、このケースでは報告しない医師もいるに違いありません。尚、コロナワクチンの副作用の届出は被害者の実名も報告せねばなりません。

 つまるところ、コロナワクチンはどの程度の人にどの程度の副作用が出現して、それがどれくらいの期間続くのかといったことは誰にも分らないのが実情なのです。最近受診した患者さんは、「ワクチン接種後に頭痛を繰り返すようになった」という訴えが主症状ですが、左の脇のリンパ節が腫れているとも言います(ワクチンは左の上腕に接種)。超音波検査をおこなうと、患者さんの主張どおりリンパ節が腫れていました。ワクチン接種後のリンパ節腫脹の訴えは当院ではそう多いわけではありませんが、読売新聞の報告では4割にも上るそうです。

 1回目接種で出現した副作用が長引いた場合、2回目に躊躇するのは当然でしょう。先に述べた日経メディカルの連載コラムでは、「うちたくなかったけれど担当医から強く勧められて2回目を接種して、結局今も寝たきりのまま」の事例も紹介しました。

 一番の問題は「苦しんでいることが医療者に理解されず、医療機関を受診してもほぼ門前払いされている人が少なくない」ことです。当院にメールで相談して来られる人たちに「医師が患者さんを見放すことはありません。その医療機関で診られないのならきちんと診てくれるところを紹介してくれます。まさか、自分で探せ、とは言われないでしょう」と返答したところ、「その、まさかです」という返事が複数返ってきました。

 目下のところ、ポストコロナワクチン症候群というものが存在することにコンセンサスはありません。ですが、当院に相談される患者さんを診ていると、(病名の是非はともかく)ワクチンの後遺症で苦しみ、そして日常生活に影響が出ることはあり得ると私は確信しています。ポストコロナワクチン症候群の存在を認めたからといって、直ちに特効薬が期待できるわけではないのですが、ポストコロナ症候群(感染後の後遺症)の場合も、治療を続けていれば多くの場合改善します(薬が効いたのか自然に治ったのか区別がつかないケースも多いのですが……)。

 ポストコロナワクチン症候群の場合も一人で悩んでいてはいけません。当院をかかりつけ医にしている人のみならず、まだかかりつけ医を持っていないという人で悩んでいる人がいればご相談ください。

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2021年9月17日 金曜日

第217回(2021年9月) コロナにはカロナールよりロキソニン

 今回述べるのは完全に「私見」でありエビデンスがあるわけではありません。「私ならこうする」という程度の話であって、何年後かに「間違っていました。すみません」と言うことになるかもしれません。ですが、困っている患者さんを何とかしたいという気持ちが拭えずに、私見ながら自説を述べることにしました。

 「困っている患者さん」とはポストコロナ症候群に苦しんでいる人で、勧めたいことは「コロナ(かもしれない)を疑う症状が出現すれば、アセトアミノフェンでなくNSAIDsを使いましょう」ということです。尚、本コラムで「コロナ」と言えば、新型コロナ(ウイルス)のことを指すこととします。

 解説しましょう。アセトアミノフェンとは解熱鎮痛剤の一種で、最も有名な商品名は日本では「カロナール」でしょう。多くの風邪薬や鎮痛剤の主成分としても使われています。例えば「バファリンルナ」「小児用バファリン」はアセトアミノフェンからできています。海外では、アセトアミノフェンよりもパラセタモールという言い方が一般的です。例えば、タイではアセトアミノフェンと言ってもあまり通じませんが、パラセタモールと言えば誰でも分かります。北米や南米では、タイレノールという製品で有名です。ちなみに、日本にもタイレノールはありますが使用できる量が少なすぎてあまり実用的ではありません(と個人的には思っています)。
 
 過去のコラム(メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」)で、鎮痛剤を最初に飲むなら「ロキソニンなどのNSAIDsよりもアセトアミノフェン」という内容のことを書きました。今も、その考えに大部分で変わりはないのですが「例外」が出てきました。それがコロナです。「コロナに感染した(かもしれない)ときはアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使うべきだ」、というのが現在の私の考えです。

 コロナワクチン接種後の頭痛や発熱に対し(NSAIDsでなく)アセトアミノフェンを使うべきだという噂がまことしやかに出回っているようですが、私ならアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使います。解説しましょう。

 まずは「NSAIDsとは何か」について確認しておきましょう。NSAIDs(たいていの人は「エヌセッズ」と発音します)とは「Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs」の略で、日本語にすれば「非ステロイド性抗炎症薬」となります。私は、医療者でない一般の人から、NSAIDsという言葉を聞いたことはありますが「非ステロイド性抗炎症薬」という表現を聞いたことは一度もありません。よって、この言葉に馴染みのある人はあまりいないと思いますので説明しておきます。

 非ステロイド性抗炎症薬とは「ステロイドでない」「炎症を抑える薬」です。なぜ、わざわざ「ステロイドでない」と断りを入れているのかというと、ステロイドが炎症を抑える薬の代表だからです。ですから、NSAIDsというのは、「ステロイドじゃないんだけれど炎症をおさえてくれる(ありがたい)薬」のことです。

 ただし、実際には医療者も含めてNSAIDsのことを「炎症を抑える薬」とはあまり表現しません。「解熱鎮痛剤」「痛み止め」「熱を下げる薬」という言い方をすることの方がずっと多いと思います。そして、これも医療者も含めて「解熱鎮痛剤」を次のように3つのカテゴリーに分類している人が多いと言えます。

・アセトアミノフェン
・NSAIDs
・麻薬(や麻薬に似た物質)

 痛みのことだけを考えるとこの分類は間違っていません。では、アセトアミノフェンとNSAIDsの違いはどこにあるのでしょうか。これも医療者も含めて多くの人は「アセトアミノフェンは胃にやさしい」「アセトアミノフェンは腎臓にやさしい」「アセトアミノフェンは妊娠中の女性や小児も飲める」と言います。まとめると、「アセトアミノフェンはNSAIDsより解熱鎮痛のパワーは弱いけれども安全な薬」と考えられているわけです。

 コロナが流行しだした2020年の春、「コロナはイブプロフェン(NSAIDsのひとつ)で悪化する」という噂が世界中に広がりました。これは医学誌「The Lancet Respiratory Medicine」2020年3月11日号に掲載された論文「高血圧と糖尿病でCOVID-19感染のリスクが高くなるか(Are patients with hypertension and diabetes mellitus at increased risk for COVID-19 infection?)」がきっかけです。生活習慣病で使うACE2阻害薬がコロナを悪化させる可能性が指摘され、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2型)に影響を与えるイブプロフェンもコロナ重症化に関係するのではないか、と考えられたのです。

 現在はこの説を支持する人はおそらく(ほとんど)いないと思いますが、当時は「コロナかもしれないときはアセトアミノフェン」と言われていましたし、私自身もその意見に賛成していました。実際、私は毎日新聞の自分の連載コラム「新型コロナ 医師が勧める解熱剤は?」でそう書きました。

 ちなみに、デング熱に感染したときにNSAIDsを内服すると重症化する可能性があります。しかしアセトアミノフェンなら安心です。また、インフルエンザでも(特に小児では)インフルエンザ脳炎・脳症を発症した場合NSAIDsで悪化することがあり、アセトアミノフェンにしておくのが無難です。改めて考えてみても「NSAIDsをアセトアミノフェンよりも優先すべきだ」という事態になることは(コロナ前までは)あまりなかったことが分かります。

 NSAIDsでイブプロフェン以外に有名なのはロキソプロフェン(先発の商品名はロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)、アスピリン(バファリン)、インドメタシン(インダシン)、メフェナム酸(ポンタール)、セレコキシブ(セレコックス)などです。

 さて、ここからが本題です。これまでの自分の見解を撤回して正反対の自説「コロナを疑ったときはアセトアミノフェンではなくNSAIDsを」と主張するのは、NSAIDsには先に述べた「抗炎症作用」があるからです。他方、アセトアミノフェンには抗炎症作用がほとんどありません。

 では、NSAIDsの抗炎症作用で何が期待できるのか。それは「脳内に生じた炎症を取り除き予防すること」です。頭痛にイブプロフェンやロキソプロフェンなどのNSAIDsが効く理由のひとつが抗炎症作用です。「アセトアミノフェンは効かずに、ロキソニンやボルタレンなら効く」という人は、脳の一部に強い炎症が生じていることが理由なのかもしれません。

 では、なぜ脳内の炎症を取り除かねばならないのか。その理由が「ポストコロナ症候群を予防するため」です。過去のコラム「はやりの病気第213回(2021年5月)「分かり始めた「ポストコロナ症候群」」で、私は、ポストコロナ症候群のメカニズムは、「肺炎→酸素が取り込めない→低酸素血症→脳(のミクログリア)に炎症」だと述べました。ということは、炎症を最小限に抑えることができれば、ポストコロナ症候群が起こらない、あるいは起こっても軽症で済ませられる可能性がでてきます。

 そもそも「ACE2関連イブプロフェンコロナ悪化説」が(ほぼ)否定された現在、優先してアセトアミノフェンを使用しなければならない理由は見当たりません。ならば、少しでもコロナの疑いがあれば初めからNSAIDsを使う方がいいわけです。ただ、この意見を支持してくれる研究は私の知る限り国内外にありませんから、例えば初診の患者さんに「コロナに感染したかもしれないときやワクチン接種後の解熱鎮痛剤は何がいいですか」と聞かれると「何でもいいと思います」と答えています。

 これからは、当院を昔から受診していて信頼関係のある(と、私が思い込んでいるだけかもしれませんが)患者さんには、(こっそりと)「NSAIDsをお勧めします」と伝えようと思っています。

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2021年8月15日 日曜日

第216回(2021年8月) 抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?

 「抗体医薬」という言葉を聞く機会が増えていると思います。もともとは「がん」の領域で広がってきた言葉です。がん細胞の表面に現れた蛋白質(抗原)をピンポイントで狙い撃ちできるのが抗体医薬の特徴です。

 「抗体」という言葉自体からは、感染症、あるいはアレルギーの領域で出てくる「抗原・抗体反応」を思い浮かべる人の方が多いかもしれません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。「抗体」はいろんな場面で出てきますから、とてもややこしいわけですが、「基本」をおさえておけば苦手意識を持つ必要はありません。

 その「基本」とは「「抗体」と言われれば常に「抗原」が存在する」ということです。がんの抗体(医薬)であれば、がん細胞の表面の蛋白質が抗原になります。現在、「ロナプリーブ」と呼ばれる新型コロナウイルスの治療薬が注目されています。これも抗体医薬で、コロナウイルスの表面の蛋白質(抗原)を標的にしています。

 アレルギーでいえば、例えばスギ花粉の表面の蛋白質(抗原)に対して、あなたが「抗体」を作り出せば、抗原(スギ花粉)に結合(抗原抗体反応)し、様々な症状が出現します。関節リウマチや膠原病であれば、自分自身の一部を抗原とみなし抗体が形成され、抗原が抗体と結合(抗原抗体反応)することにより炎症が生じ、痛みが現れます。

 このように抗体には「いい抗体」も「悪い抗体」も、また「良くも悪くもない抗体」(例えばHIV抗体)などもあります。そして、今回お伝えするのが、片頭痛も抗体医薬で治療する時代がついに到来?という話です。

 片頭痛に有効な抗体とはどのようなもので、抗原はどこにあるのかを考えていくに際し、まず片頭痛のメカニズムをおさらいしておきましょう。

 片頭痛が起こる仕組みは「三叉神経・血管説」で説明されます。これは脳内にある三叉神経と呼ばれる神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出し、そのCGRPが、脳内に分布する血管の壁を構成する平滑筋細胞と呼ばれる細胞に取り込まれると、血管が拡張し、そのせいで血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが刺激となり神経に「炎症」が起こり痛みが誘発されるというわけです。

 ちょっとややこしいですね。今度は逆からみていきましょう。炎症というのは何やら「腫れている」という雰囲気を想像できると思います。この「腫れ」の原因が脳内を走行する血管から漏れ出た蛋白質による刺激です。血管から蛋白質が漏れ出すには血管が拡張する必要があり、そのためには、血管の壁(平滑筋と呼ばれる筋肉)が緩まなければなりません。血管壁を緩める合図となるのが、CGRPと呼ばれるペプチド(蛋白質のようなもの)です。そして、このCGRPは三叉神経の末端から放出され血管に向かってやって来て、血管を構成する平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合するというわけです。

 ということは、そもそもCGRPが三叉神経の末端から分泌されなければ片頭痛は起こらない、ということになります。そして、CGRPが分泌されるには、三叉神経の外に存在しているセロトニンと呼ばれる物質が、三叉神経の表面に存在する「セロトニン受容体」に結合する必要があります。もう一度まとめ直すと次のようになります。

・三叉神経の外に存在しているセロトニンが、三叉神経の表面にあるセロトニン受容体に結合する
  ↓
・すると、三叉神経の内部にあったCGRPと呼ばれる物質が外に放出される
  ↓
・CGRPは脳内の血管に近づいていき、血管の壁を構成する平滑筋の表面に存在するCGRP受容体に結合する
  ↓
・すると血管壁が緩んで血管が拡張する
  ↓
・血管内の一部の蛋白質が漏れ出てそれが刺激となり脳内に炎症が起こる

 なぜ抗体医薬が片頭痛に効くかを説明する前に、もうひとつ復習しておくべきことがあります。それは片頭痛の特効薬として使われる「トリプタン製剤」です。製品名でいえば、スマトリプタン(イミグラン)、リザトリプタン(マクサルト)、エレトリプタン(レルパックス)、ナラトリプタン(アマージ)などです。

 これらトリプタン製剤はセロトニンより先回りしてセロトニン受容体に結合することにより、セロトニンがセロトニン受容体にくっつけなくなり、そのためCGRPの分泌が阻止されるのです。トリプタン製剤は飲むタイミングが遅いと効果は半減します。これは、すでに多量のCGRPが放出されてからでは遅いからです。頭痛を感じたときにすぐに飲むのがトリプタン製剤の効果を最大限に引き出すコツです。

 ここでようやく抗体医薬の登場です。今年(2021年)になり、一気に次の3種もの抗体医薬が発売されました。

#1 ガルカネズマブ(商品名エムガルティ):1回約45,000円、月に1回の注射
#2 フレマネズマブ(商品名アジョビ):1回41,356円、月に1回の注射、または3倍量を3か月に1回注射
#3 エレヌマブ(商品名アイモビーグ):1回41,356円、月に1回の注射

 このうち#1のガルカネズマブと#2のガルカネズマブはCGRPに直接結合します。CGRPが抗原となり、抗原・抗体反応が起こるというわけです。一方、#3のエレヌマブはCGRPそのものではなく、血管平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合します。#1と#2は、CGRPとくっつくことでCGRPの形がかわり、CGRP受容体に結合できなくなります。#3はCGRPに先回りしてCGRP受容体にくっついて、CGRPを寄せ付けないというメカニズムです。

 さて、問題は費用です。上に述べたように、注射の費用だけで3割負担で月に13,000円ほどがかかります。これらを毎月(あるいは3か月に1回)注射することにより完全な予防ができればいいのですが、実際はどうなのでしょうか。治験ではいい成績が出ていますし、副作用もさほどないようですが100%完全に効くわけではありません。

 既存の片頭痛予防薬はどうでしょうか。比較的よく使われる予防薬はバルプロ酸(デパケン)、インデラル(プロプラノロール)、アミトリプチリン(トリプタノール)などです。これらも100%完全に効くわけではなく、なかには効果が乏しい人もいます。ですが、内服をきちんと続けていればほぼ100%防げる人も大勢います。

 当院の経験でいえば、既存の内服の片頭痛予防薬が効く人というのは、毎日同じ時間に飲める人です。ついでに言えば、毎日同じ時刻に起きて(これが最も大切!)、できるだけ同じ時刻に就寝することを心がけ、昼寝も極力しない(これも大切!)という生活習慣を確立できた人が大きく改善しています。

 新しい薬は発売後に何が起こるか分かりません。当院の患者さんのなかで、既存の予防薬に満足できない人は、抗体医薬の投与目的で専門病院への紹介を検討しますが(当院では今回紹介した抗体医薬を扱う予定はありません)、まずは生活習慣をもう一度見直し、既存の予防薬を適正に使用することが重要です。

 まちがっても、「規則正しい生活ができず同じ時刻に薬を飲めないから」、という理由で高価な抗体医薬に頼るべきではありません。

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2021年7月18日 日曜日

第215回(2021年7月) アルツハイマー病の新薬が期待できない理由

 5月から開始したメルマガ「谷口恭の「その質問にホンネで答えます」」で、複数の読者の方から質問をいただいた、エーザイが米国から承認を得たアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を取り上げました。

 メルマガでは、私自身は「この薬にはさほど期待していない」ことを紹介しました。その後、様々なご質問が届いたために、「はやりの病気」でこの新薬を取り上げ、さらにアルツハイマー病をどのように考えるかについて私見を述べたいと思います。

 まずは基本的事項を確認しておきましょう。

・アルツハイマー病の新しい薬「アデュカヌマブ」が米国FDAから”認可”を受けた。ただし「迅速承認制度」を利用した認可であり、販売後に「検証試験」が義務付けられており、この試験で有効性が示せなければ認可が取り消しになる。

・費用は高額で、米国では4週間に一度の注射で年間約610万円がかかる。

・日本では現時点では未認可。

・FDAの承認を審議した専門家委員会(諮問委員会)は、2020年11月、賛成0、反対10、保留1で承認を支持しない勧告を出していた。

・FDAが諮問委員会の勧告に従わなかったことに反発し、同委員会のメンバー3名(2名という報道もある)が辞任した。

 諮問委員会のすべての決定がFDAの判断に直接つながるわけではありませんが、委員会で賛成0、反対10となった新薬が承認されたということは、常識的に考えて問題でしょう。なぜ認められたのか私には分かりませんが、少し経緯を詳しく紹介しましょう。

 アデュカヌマブの説明を始める前に、「アルツハイマー病はなぜ起こるか」について2つの仮説があることを確認しておきます。1つは「アミロイドβ仮説」、もうひとつは「タウ仮説」と呼ばれます。

 アミロイドβ仮説は、アルツハイマー病の患者の脳細胞に多く認められるアミロイド斑がアルツハイマー病の原因だとする考え方です。アミロイド斑が原因なら、そのアミロイド斑がつくられないようにすればアルツハイマー病は防げるだろう、という単純な発想です。そして、これまで世界中の会社がアミロイド斑を抑制する薬の開発にしのぎを削ってきました。アデュカヌマブはそのひとつというわけです。

 もうひとつの仮説であるタウ仮説は、脳に存在する「タウ蛋白」と呼ばれる蛋白が神経に変化をもたらせてアルツハイマー病が発症するという仮説です。ならば、そのタウ蛋白を抑制する薬ができれば特効薬になるのではないかと考えられ、こちらも世界中の製薬会社が日々研究に勤しんでいます。

 二つの仮説のうち、最初に脚光を浴びたのはアミロイドβ仮説で、エーザイは早くから着目していました。実際、エーザイはβセクレターゼ阻害剤と呼ばれるアミロイドβの産生を阻害する薬剤を開発しています。イーライ・リリー社のソラネズマブ、ロシュ社のガンテネルマブなども抗アミロイドβ抗体と呼ばれるアミロイドβ仮説に基づいた薬剤です。しかし、どの薬剤もアミロイド斑を減らすことには成功しても、肝心の臨床効果を証明することができず、開発は暗礁に乗り上げていました。全体的な流れは、アミロイドβ仮説からタウ仮説に移行しつつありました。

 そんななか、抗アミロイドβ抗体のアデュカヌマブが突然FDAの承認を受けたわけですから、我々医療者は大変驚いたのです。なんで今さら、アデュカヌマブなの??、という疑問が払拭できないのです。

 実際、FDAが審査の対象とした2つのアデュカヌマブの臨床試験のうち「ENGAGE」と呼ばれるものは、アミロイドβの量が減ってはいたものの臨床評価では認知機能の改善が認められなかったのです。もうひとつの臨床試験「EMERGE」では認知機能の改善についても有意差をもって認められたとされていますが、劇的に症状が改善するとは言い難いとする意見があります。

 「ENGAGE」について、「対象者全員で解析するといい成績が出なかったが、高用量を投与した群だけでみれば効果が認められた」とエーザイは主張しています。ですが、高用量での使用では、約4割に脳出血や脳浮腫といった重大な副作用が出現しています。高用量で使用した場合は、安全性が高いとは言えないのです。

 先に基本的事項として紹介したように、アデュカヌマブは「迅速承認制度」で認可されました。こういった経緯を改めて確認すると、認可するのはさらなる検証をしてからでもよかったのではないかと私には思えます。

 さて、ここからは今後の”予想”をしたいと思います。エーザイ(及び共同開発のバイオジェン)は今後どのような戦略をとるかというと、おそらく米国の神経内科医に一斉にアプローチをかけます。そして、受け持ちの患者のできるだけ多くにアデュカヌマブを使ってもらうよう働きかけます。おそらく、患者に投与すればするほどその医師に個人的利益が得られるような手を使うでしょう。同時に、日本の厚労省にも働きかけ、「米国では承認後これだけ大勢に使用されている」といったデータを出して早い承認を求めます。

 おそらく同社は販売後の検証試験でいい結果が出ない可能性を見込んでいます。ならば同社にとって一番いい戦略は何か。それはできるだけ短期間にできるだけ多くの患者に使ってもらうことです。効果は関係ありません。なぜなら、使われれば使われるほど同社に利益が出るからです。検証試験の結果、やっぱり効果は認められず認可が取り消されました、となってもOKです。効果が認められなくても返金する必要はなく、すでに十分な利益を得ているわけですから。

 このように私の予想はかなり穿ったものです。では、太融寺町谷口医院の患者さん(の家族)からアデュカヌマブを使いたいという希望があった場合はどうすればいいでしょう。その場合、ここに書いたようなことも説明した上で、それでも希望される場合は、アデュカヌマブを処方している病院を紹介するでしょう。他に治療薬がない場合、「効かなかったとしても一縷の望みがあるのなら使いたい」という患者さんの気持ちがよく分かるからです。

 しかし、アルツハイマー病を発症していない若い人に対して私が言いたいのは、「この疾患に対する特効薬は現時点ではない。すべきなのは予防とリスクを知ること」です。ただし、予防といっても、暴飲暴食、喫煙、肥満、運動不足などがリスクになることはある程度は事実ですが、これらをすべて改善させたとしても発症するときは発症します。そもそも、それなりに年をとれば誰にでも発症しうるのがこの病です。

 リスクについては今挙げたものもそうですが、それらより決定的な因子は「遺伝」です。そして、そのリスク(ApoE遺伝子のタイプ)は血液検査で簡単に分かります。ただし、誰にでも実施してよいわけではなく、ルールやガイドラインがあるわけではないのですが、「若者は受けるべきではない」というのが私見です。例えば、結婚前の若いカップルが受けたとして、ひとりはリスクが非常に低く、ひとりはすごく高かった(ApoE遺伝子がε4・ε4)として、結婚を躊躇するようなことにはならないでしょうか。

 他方、出産を終え、ある程度の年齢になった人であれば、いつまで働くか、事業の継承をいつおこなうか、といったことを考える上でもアルツハイマー病のリスクを知っておくことは有益ではないでしょうか。

 「アルツハイマー病のリスクが高くても、アデュカヌマブがあるからもう安心」とは考えない方がいいでしょう。

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参考:
はやりの病気第179回(2018年7月)「認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」

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2021年6月13日 日曜日

第214回(2021年6月) やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法

 「確実に痩せる方法」などというと、うさん臭い宣伝のようですが、単に(一時的に)痩せる方法ならいくつもあります。極端な例を挙げれば「断食」をすれば誰でも痩せますし、ここ数年間流行りの「極端な糖質制限」でも可能です。そして実際、劇的な結果が得られます。特に一部のフィットネスクラブで実施している「極めて厳しい糖質制限+筋トレ」は、効果が高く、当院の患者さんのなかにも2カ月で10kg以上の減量に成功した人が何人もいます。

 では、そういったダイエットに”成功”した人たちが、その後も適正体重を保ち満足しているかというと、残念ながらそういう幸運な人は当院の患者さんのなかにはほぼいません。半年もたてば元の体重に戻っているのです。

 興味深いことに、そういったダイエットを実施している最中の人は「意外に楽しいですよ。これなら続けられます」と言います。これは嘘ではないでしょう。ダイエット中の彼(女)らは、生き生きとし姿勢もよく声も大きく爽やかになり「成功者のイメージ」にピッタリです。

 ところが、たいていは半年もたてば元の木阿弥になります。そのとき「半年前のあのときはあんなに楽しいって言ってたじゃないですか。もう一度チャレンジしてみればどうですか」と問うてみても、「いえ、もうあんな体験はしたくありません……」と、いう答えが返ってきます。

 では、結局のところ、効果的にダイエットをおこなうにはどうすればいいのでしょうか。その話をする前に「やってはいけないダイエット」をまとめておきましょう。

 「やってはいけないダイエット」。それは、「方法にかかわらず急激なダイエット」です。つまり、今述べたように短期間で劇的な効果の出るダイエットこそが最も手を出してはいけないのです。

 では、なぜ短期間で劇的な効果がでるダイエットが危険なのでしょうか。それを説明するために興味深い論文を紹介しましょう。医学誌「Obesity」2016年5月2日号に掲載された「「The Biggest Loser」大会から6年後の持続的な代謝適応 (Persistent metabolic adaptation 6 years after “The Biggest Loser” competition)」です。

 「The Biggest Loser」というのは米国のテレビ番組で、肥満に苦しむ人たちが出演し、誰が最も体重を落とすかを競い合います。私は見たことがありませんが、優勝すると家族がステージに駆け上がり抱き合い、視聴者は感動のあまりハンカチなしでは見られないそうです。優勝者は「人生に自信を取り戻した」と答え、視聴者に応援のお礼を言うのだとか。

 ところが、です。論文によると、この番組に出演しダイエットに成功した14人を追跡すると、そのうち13人がリバウンドし、3人は元の体重よりも太っていたことが判ったのです。

 では、なぜそのようなことが起こるのでしょうか。論文は興味深い事実を、数字を挙げて指摘します。「安静時基礎代謝率」という言葉があります。何もせずじっとしているときにどれくらいのエネルギー(カロリー)を消耗するかを示した数字です。この数字が高ければ高いほどやせやすいわけです。論文によると、この番組に出演しダイエットに成功した人たちは、6年間で安静時基礎代謝率がなんと500キロカロリーも下がっていたというのです。

 500キロカロリーというとだいたいビックマック1個に相当します。ということは、この人たちはダイエットに成功してからは、ビッグマックを1個食べただけで2個食べたのと同じカロリーを摂取したことになるわけです。これでは努力を続けてもリバウンドが避けられないのは無理もありません。

 もうひとつ、とても興味深い数値を示しましょう。

 レプチンというホルモンがあります。このホルモンを一言でいえば「食欲抑制ホルモン」です。レプチンのレベルが高ければ高いほど食欲が抑制され、その結果やせるわけです。「やせるホルモン」と言ってもいいかもしれません。

 論文では番組出場者の「出場前」「番組終了直後」「6年後」のレプチンの血中濃度を測定し全員の平均値を出しています。その数値(単位はng/mL)は、順に41.14、2.56、27.68となりました。解説しましょう。

 まず、「出場前」の数値41.14は正常と考えられます。この時点ではまだダイエットを開始していません。そしてダイエットが開始されると、出演者は空腹と戦うことになります。理性は「食べない」でも身体は「食べたい」です。身体が「食べたい」ということはレプチンの濃度が下がっているはずであり、実際大きく下がっています(2.56ng/mL)。ダイエットを開始するとレプチン濃度がダイエット前のわずか6%(2.56/41.14)しか分泌されていないわけですから、ダイエット開始後、空腹感に耐える辛さは想像を絶するほどだったでしょう。

 問題は6年後です。厳しいダイエットを終了した後、ほとんどの人がリバウンドしているのにもかかわらず、レプチン濃度はダイエット開始前の3分の2にしか回復していません(27.68/41.14)。ということは、彼(女)らは、1日に3食食べたのに、2食しか食べていないときと同じ空腹感を抱えているわけです。そして、空腹感に逆らえず食べてしまって体重がさらに増えるわけです。

 こんなことになるのが分かっていれば、短期間の急激なダイエットなど初めからやらなかったと思う人もいるでしょう。というより、ほとんどの人がそう思うに違いありません。

 では安全かつ効果的に体重を落とすにはどうすればいいでしょうか。短期間の急激なダイエットの反対、すなわち「長期間のゆっくりダイエット」を実施すればいいのです。

 具体的にはどのような方法がいいのでしょうか。まずは以前も述べたことのおさらいをしておきましょう。2010年11月のメディカルエッセイ第94回「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」で、「ダイエットをしようと思えば摂取カロリーを減らす以外に方法はない」と述べました。運動だけでは絶対にと言っていいほど体重は減らないのです。

 なぜ運動だけでは痩せないかについてはそのコラムを参照してほしいのですが、それを証明した研究もあります。「スリムな体型をしているアフリカの未開民族ハドザ族が燃焼していたカロリーは、先進国の男女と同量だった」ことが米国デューク大学の人類学者Herman Pontzer氏らの研究でわかりました。つまり、「ハドザ族が痩せているのは消費カロリーが多いからではなく摂取カロリーが適正だから」言い換えれば「先進国に住むあなたが痩せないのは消費カロリーが少ないからではなく食べ過ぎだから」なのです。「The Telegraph」2021年2月21日の記事「痩せることができない本当の理由(The real reason why you can’t lose weight)」で紹介されています。

 さて、前出のコラムでは「毎食前に水をコップ2杯飲めば摂取カロリーが1日あたり300キロカロリー減る」ことを示した研究を紹介しました。今回お伝えしたいのはこの方法を1歩進めたものです。ただし、現段階では私の個人的な考えにすぎません。何人かの患者さんに実践してもらい効果は出ているようですが、エビデンスというレベルのものはありません。

 その方法は「食事前に牛乳か豆乳を飲む」というものです。私がこれを思いついた理由は「ダイエットをがんばっている人は総摂取キロカロリーを減らしている(または糖質制限をしている)が、蛋白質が足りていない」ことに気付いたからです。特に糖質制限をしている人は糖質を減らし脂肪を増やしてしまっていて、肝腎の蛋白質が摂れていないのです。効果的なダイエットをおこなうには充分な蛋白質を摂取しなければなりません。蛋白質が不足すると筋肉がやせほそり骨折や骨粗しょう症のリスクが上がります。

そこで食事前(1日1~2回)に牛乳または豆乳をとれば、水ダイエットが成功するのと同じ理屈で体重が減ります(牛乳・豆乳でカロリーを摂ることになりますが、それ以上に食事量が減りますし、糖質はさほど多くありません)。そして、痩せるだけでなく血中蛋白質濃度が上昇し、筋肉と骨がつくられ、体型が理想的になります。

 ただし、それをしたところで、身の回りの太りやすい食べ物の誘惑を断ち切らねばなりません。菓子パン、ドーナツ、スイーツ、スナック菓子……、空腹でなくても食べたくなるこういったものを断ち切ることなしには体重が減らないことを忘れてはなりません。

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2021年5月20日 木曜日

第213回(2021年5月) 分かり始めた「ポストコロナ症候群」

 「コロナ後遺症」という言葉を聞く機会が増えてきました。新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染し、ウイルスは消えたのにもかかわらず様々な症状に苦しめられることを言います。私は、過去のコラム「よく分からなくなってきた「ポストコロナ症候群」」で、この”疾患”はつかみどころがなく、実に分かりにくいという話をしました。

 コロナに感染すると後遺症が出現することがあると私が確信したのは去年(2020年)の4月です。このサイトでポストコロナ症候群という言葉を用いて初めて紹介したのは、2020年8月のコラム「ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群」ですが、日経メディカルの私の連載では「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月8日に公表しました。

 ポストコロナ症候群が存在することを確証していながら、なぜ次第に分かりにくくなってきたのかというと、その最大の要因は「症状が客観的に分かりにくいこと」です。通常、ある疾患の病名を確定するには「客観的な証拠」が必要です。がんなら「がん細胞が病理検査で検出された」、甲状腺機能低下症なら「甲状腺ホルモンの数値が下がっている」などです。

 ポストコロナ症候群の場合、患者さんが訴えるのが、倦怠感、頭痛、味覚障害など、測定することができないものばかりです。脱毛については明らかな例もありますが「本当にそうかな?」と疑わざるを得ないものもあります。また、抑うつ感や不眠を訴える人も少なくないのですが、以前からそういう訴えがあった人も少なくなく、コロナと関係があるのかどうかは調べようがありません。

 ポストコロナ症候群が分かりにくい理由はまだあります。コロナに感染していたのが確実なのであれば、症状があればとりあえずはポストコロナ症候群と呼んでいいわけですが、感染していたかどうかが不明な場合、診断のしようがないのです。

 理論上、抗体検査は診断の根拠になり得ますが、精度がそれほど高くないことが欠点です。最近は精度がかなり上がり、スパイク蛋白に対する抗体も調べることができるようになったのですが、抗体は長期間維持されないことが指摘されています。また、保険適用がなくこの点が隘路となります。例えば「PCRはしてないけど去年の春にコロナになったんです。その後、しんどいのが続いてて今も就職活動ができないんです」という人がいます。就職活動が上手くいかない原因をコロナのせいにしているのでは?と疑いたくなることもあります。

 ポストコロナ症候群が分かりにくい理由はまだあります。実は、私がこの疾患の存在を疑い出したときから、症状を訴える人の何割かはもともとナーバスで、精神的に脆弱な人が多かったのです。そういった人が、いったん「コロナに感染したに違いない」という思考回路に入ってしまうと、ほんのささいな症状でも後遺症だと思い込んでしまいます。そして、こういうタイプの人たちは症状が長期間続きます。

 ただ、太融寺町谷口医院に長年通院している患者さんのなかには、そのようなナーバスなタイプではないのに症状を訴える人もいます。しかし、その症状は客観的に評価しづらいものです。

 ここまでをまとめると、ポストコロナ症候群の特徴は次の3つになります。

#1 症状は頭痛、倦怠感、抑うつ感、動悸など神経に関係しているものが多く、これらは客観的に評価しにくい

#2 もともとナーバスな性格の人に多い

#3 もともとナーバスな人は後遺症が長期間続く
 
 #1について、最近興味深い論文が発表されました。医学誌「The Lancet Psychiatry」2021年5月1日号に掲載された論文「Covid-19に罹患した236,379人の6か月間の神経学的および精神医学的転帰 (6-month neurological and psychiatric outcomes in 236?379 survivors of COVID-19: a retrospective cohort study using electronic health records)」です。

 この論文では、コロナと他の疾患(インフルエンザ及び他の呼吸器疾患)で神経学的な後遺症がどれほどの差をもって起こるかが調べられています。その結果、コロナ感染者は、インフルエンザ感染者に比べて神経症状を発症する確率が44%高いことが分かりました。

 私がこの論文を読んで最初に思ったのが、「コロナでなくても、インフルエンザでも他の呼吸器感染症でも神経症状(後遺症)が起こるんだ」ということでした。今までそのようなことを意識したことがなかったからです。ですが、よく考えてみると、インフルエンザは重症化すると「インフルエンザ脳症」を起こしますし、細菌性肺炎の場合でも、特に高齢者の場合はその後脳梗塞を起こすことがしばしばあります。ということは、感染の後の後遺症はコロナに限ったことではない、ということになります。ただし、コロナの場合は他の感染症に比較して、そういった神経症状を発症する可能性が高いわけです。

 では、なぜコロナの場合は神経症状を起こしやすいのでしょう。最初私はその鍵が「血栓」にあるのではないかという仮説を立てました。コロナに感染すると体中に血栓ができて血管が詰まることはすでに明らかになっています。血栓が脳の血管に生じると脳梗塞を起こしたり、(米国の舞台俳優のように)足を切断したりといった事例が生じるわけです。ですから、コロナに感染し重症化してくるとヘパリンという血をサラサラにする薬を投与することが治療のひとつになります。

 ですが、コロナ後遺症で苦しんでいる当院の患者さんに血栓ができているとは思えません。たしかに感染してしばらくしてからはd-dimerという血栓の指標が上昇することが多いのですが、その上昇はそれほど長く続きません。ですが、症状は残るのです。血栓が何らかのきっかけになったとしても他に理由があるはずです。私の仮説は「炎症」そして「低酸素血症」です。そう考えるきっかけとなった論文を紹介しましょう。

 医学誌「Free Neuropathology」に掲載された論文「COVID-19の神経病理学:臨床病理学的最新情報 (Neuropathology of COVID-19 (neuro-COVID): clinicopathological update)」によれば、コロナで死亡し剖検された184人の脳のうち、43%にミクログリアの活性化が認められました。また、別の論文、医学誌「Brain」2021年4月15日号の「コロンビア大学でのCOVID-19神経病理学 (COVID-19 neuropathology at Columbia University Irving Medical Center/New York Presbyterian Hospital )」でも、コロナで死亡した人の解剖から脳にミクログリアの活性化が認められました。ミクログリアというのは脳内の免疫を担う細胞の1つで、炎症反応を引き起こします。つまり、コロナに感染すると脳内のミクログリアが活性化し炎症が起こることを示しているわけです。

 ただし、コロナそのものが脳内のミクログリアに直接働きかけて炎症を生じさせている証拠はありませんし、その可能性はそれほど高くないと思います。先述の「Brain」の論文によれば、おそらく低酸素血症が原因で全身性の炎症が起こり、その結果脳内のミクログリアが活性化したのではないかと推測されています。

 ということは、先に起こった症状は「肺炎」です。肺炎→酸素が取り込めない→低酸素血症→脳のミクログリアに炎症、と考えられるわけです。

 ところで、うつ病の病態が「炎症」ではないかということが最近よく言われます。全貌は分かっていないものの、うつ病患者の脳内ではミクログリアの活性化が生じていることを示した研究も相次いでいます。炎症が元々あるところに、低酸素血症が起こればさらにその炎症が悪化することは想像に難くありません。

 そして、最近の論文でコロナに感染するとかなり長期間抑うつ症状が生じることが分かりました。医学誌「JAMA」2021年3月12日号に掲載された論文「コロナの急性症状と成人のうつ症状との関連 (Association of Acute Symptoms of COVID-19 and Symptoms of Depression in Adults)」によれば、感染から4ヵ月後の時点で52%が「大うつ病」の診断基準を満たしていました。

 これですべての謎が解けたかもしれません。まず、コロナに罹患するとたとえ自覚症状が軽度であったとしても低酸素血症が起こります。呼吸苦の訴えが乏しいのにもかかわらず酸素飽和度が低下していることがコロナではよくあります。低酸素血症の結果、脳内のミクログリアが活性化し炎症が起こります。うつ病患者はもともとミクログリアの活性化が高く、低酸素血症で炎症が一気に悪化します。いったん炎症が起これば回復するのに時間がかかりますが、やがて回復すれば神経症状は消えます。ただし、うつ病があれば元々ミクログリアが活性化しているわけですから、長引くことが予想されます。

 ここまでくれば後は「対策」です。「コロナに感染した(かもしれない)ときはできるだけ早く酸素投与をおこなえば、後遺症=ポストコロナ症候群を予防できる可能性がある」となります。

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2021年4月22日 木曜日

第212回(2021年4月) 内服ミノキシジルが男女のAGA及び円形脱毛症の救世主となる可能性

 重症の円形脱毛症も男性型脱毛症(以下「AGA」とします)も、ときに治療するのが極めて困難です。

 円形脱毛症はステロイド内服をおこなえばかなりの確率で発毛が認められますが、やめれば元に戻りますから、ステロイドの副作用を考えるとよほどの事情がない限りは勧められない治療です。

 AGAはフィナステリドもしくはデュタステリドで大勢の人が改善しますが、長年使用していると効果が減弱してくるのが一般的です。また、これらは女性には使えないという欠点もあります。

 ミノキシジル5%の外用は、日本皮膚科学会の脱毛症のガイドラインではAGAに対し、男女とも「A」(行うよう強く勧める)にランクされていますが、1日2回の外用を面倒くさいと感じる人が多く、また痒みなどの副作用もあるために(さらに高額であることもあり)それほど人気はありません。

 そこで内服ミノキシジルが以前から注目されていましたが、これは副作用のリスクが大きすぎて「使ってはいけない薬」と考えられてきました。実際、日本皮膚科学会のガイドラインでは「D」にランクされています。「D」は「行うべきではない (無効あるいは有害であることを示す良質のエビデンスがある)」とされているものです。

 内服ミノキシジルの危険性について述べる前に、まずこの不思議な薬の歴史を振り返っておきましょう。ミノキシジルの元になる物質がアップジョン社(後にファイザー社に合併されます)によって開発されたのは1950年代です。当初は皮膚潰瘍の治療薬として研究されていました。結果的に潰瘍を治す効果はないことが分かったのですが、強力な血管拡張作用があることが判明しました。そこでアップジョン社はこの物質を高血圧の薬として開発することにしました。物質に改良を加え、1963年にはミノキシジルと命名し、そこから16年後の1979年、ついに「ロニテン(Loniten)」という名前でFDAに認可され、現在も海外では強力な降圧剤として使われています。適用は極めて重症の高血圧に限られ、しかも初回使用時には入院することが勧められています。

 それだけ厳重な管理の元で使用しなければならないのは副作用のリスクが極めて高いからです。それらをまとめた論文があります。1981年、医学誌「Drugs」に「ミノキシジル:その薬理学的特性と治療的使用のレビュー(Minoxidil: A Review of its Pharmacological Properties and Therapeutic Use)」が掲載されました。40年前の古い論文ですが、幸運なことにSpringerLinkという様々な論文を出版しているサイトでこの論文のサマリーを閲覧することができます。

 ここでその全訳を公開することは(著作権の問題もあるでしょうから)避けますが、これを読めばおそらくほとんどの人が「こんな薬、怖くてとても使う気になれない」と思うはずです。起こり得る副作用が、浮腫(身体がむくむこと)、うっ血性心不全(心臓に水が貯まること)、肺水腫(肺に水が貯まること)、といった命に直結するような副作用のオンパレードなのです。

 ところが、ミノキシジルにはこういった心臓や肺などにおこる重篤な副作用以外に、高確率で多毛が生じることが分かり、育毛剤としての開発が検討されることになりました。多毛は全身の様々な部位に起こるようですが、頭髪も増えることが分かりました。しかし、内服するにはリスクが大きすぎます(ただし、ある文献によると、80年代半ばには脱毛症には認可されていないもののAGA治療の目的でロニテンが処方されていたことがあったようです)。そこで、外用薬が開発され、1988年、アップジョン社の「ロゲイン」がFDAに認可されるに至りました。日本では大正製薬が1999年に「リアップ」の商品名で1%のミノキシジルを、2009年に5%の「リアップX5」を発売しました。

 内服で重篤な副作用が起こるわけですから、外用にもリスクはあります。実際、因果関係ははっきりしないものの、リアップ(1%)を使用した直後に循環器系の疾患で3名が死亡していたことが明らかとなり、2003年には長妻昭衆議院議員が質問主意書を提出し、厚労省が答弁しています。

 その後、長い間、ミノキシジルは外用でも要注意、内服は危険すぎて使えないというのが世界のコンセンサスでした。ところが、です。ここ数年で「少量の内服ミノキシジルがAGAに有効で安全」する報告が相次ぎ、それらをレビューしたような論文も複数出てきました(注)。このなかで、最も新しくてこれまでの研究を総合的にまとめていると思われる論文「AGA治療としての経口ミノキシジルのレビュー:完璧な用量を求めて(Review of oral minoxidil as treatment of hair disorders: in search of the perfect dose)」をここで取り上げたいと思います。医学誌「Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology」2021年3月3日号に掲載されています。

 この論文によれば、世界で最も規模の大きい研究は意外にも日本で実施されたものです。その日本の論文は医学誌「The Journal of Clinical and Aesthetic Dermatology」2018年7月1日に掲載された「アジア人男性のAGA治療(Androgenetic Alopecia Treatment in Asian Men)」です。

 対象者は18,918人の18~81歳(平均32歳)の日本人男性で調査期間は2011年から2017年。ただし、この研究は、内服ミノキシジル(2.5mgを1日2回)以外にもフィナステリド1mg(1日1回)、外用ミノキシジル(5%)を1日2回、さらに月に一度、様々な成分からなる注射も併用されています。結果は驚くべきもので、著者らが撮影したデジタル写真では、なんとすべての患者で有意な改善が観察されました。治療6カ月後の対象者の満足度は96%!(12カ月後は80%)。しかし、もっと驚くのは副作用の少なさです。頭皮の腫れ、かゆみ、発赤など軽微な皮膚の副作用とめまいが4.2%に起こっただけです。しかも、この副作用はおそらく注射によるものです。ということは、内服ミノキシジルの副作用はほぼゼロであり、フィナステリドだけではこれだけ高い効果が得られないことを考えると内服ミノキシジルの有効性は極めて高いということになります。しかも安全だというのです。

 下記の「注」で紹介したすべての論文は「内服ミノキシジルはAGAに高い効果を有し、副作用が少ない」という結論になっています。さらに驚くべきことに、円形脱毛症にも有効だという結論が出ています。

 では、本当に内服ミノキシジルは安全な薬でしょうか。率直に言えば、私は懐疑的です。なぜなら、太融寺町谷口医院には、発毛専門クリニックまたは美容系クリニックで処方された(あるいは個人輸入などで購入した)内服ミノキシジルで大変な副作用を経験した患者さんを何人も診ているからです。倦怠感、浮腫、動悸といったところが多いのですが、なかには関節腫脹が顕著となり何軒も医療機関を受診している人もいました。

 では私は原則として内服ミノキシジル使用に反対なのかというと、そういうわけではありません。正直な気持ちを述べれば「そこまでして治療しなければならないのか……」という思いはあるのですが、これだけの強い副作用が出ても「何とか飲める方法はありませんか……」と繰り返し尋ねられることが多いからです。

 そこで、考えたのが「副作用のリスクコントロールをおこないながら低用量の内服ミノキシジルを使って治療をする」という方法です。このヒントはファイザー社のウェブサイトにありました。ロニテンの使用にあたっては、心臓への負荷を防ぐためにβブロッカーという別の降圧薬と浮腫の予防に一部の利尿薬(ループ利尿薬)を用いるべきだと書かれています。必要に応じてこういった治療を併用していけば内服ミノキシジルが使用できるかもしれません。

 とはいえ、日本皮膚科学会のガイドラインでは今も「D」であることに変わりはありません。個別には処方を検討しますが、充分に慎重におこないます。希望する人全員に実施できるわけではありません。

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注:その他の論文は下記を参照ください。 

Oral minoxidil treatment for hair loss: A review of efficacy and safety

Low-dose oral minoxidil as treatment for non-scarring alopecia: a systematic review

Efficacy and Safety of Oral Minoxidil 5 mg Once Daily in the Treatment of Male Patients with Androgenetic Alopecia: An Open-Label and Global Photographic Assessment

Safety of low-dose oral minoxidil treatment for hair loss. A systematic review and pooled-analysis of individual patient data

Safety of low-dose oral minoxidil for hair loss: A multicenter study of 1404 patients

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2021年3月15日 月曜日

第211回(2021年3月) 太融寺町谷口医院ではHPVワクチン接種が減らない理由

 去る2021年2月18日、3回目となる毎日新聞主催のミニ講演会をおこないました。例によって時間配分がうまくいかず、最後は慌ただしく終わらざるを得なくなり、質問の時間はほとんど取れませんでした。しかし、その後メールで複数の方からご質問や相談をいただきました。講演の内容は新型コロナを中心としたワクチンの話がメインでしたが、多く寄せられた質問はHPVワクチンに関するものでした。その後も、講演会とは関係なく、大勢の患者さんから、診察室で、あるいはメールでHPVワクチンについての相談が寄せられています。

 2021年2月末、ついに他国に追いつくかたちでMSD社がHPVの9価ワクチン(シルガード9)を発売しました。今回は、新しいワクチンと従来の4価ワクチン(ガーダシル)との違いについての話となりますが、まずはこれまでの流れを簡単にまとめてみましょう。

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2007年4月 世界に先駆けて豪州が12-27歳の女性希望者全員に無料でワクチン接種

2009年12月 日本で2価ワクチン「サーバリックス」が発売

2009年12月 新潟県魚沼市が10代の女性希望者全員に無料接種を発表

2010年1月 兵庫県明石市、東京都杉並区などがワクチン接種無料化を発表

2011年8月 日本で4価ワクチン「ガーダシル」が発売

2011~12年頃 副反応の報告が相次ぎ「被害者の会」が設立され始める

2013年4月 HPVワクチン接種が厚生労働省により「定期予防接種」に加えられる(小学校6年生-高校1年生相当の女子)

2013年6月 厚労省が「子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と発表(「積極的勧奨の差し控え」) 。同時期に信州大学医学部の池田修一医師を研究代表者とする研究班(池田班)が設置される。

2014年1月 厚労省の「予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」と「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全調査会」が、HPVワクチンの副作用は、「心身の反応により惹起された症状が慢性化したものと考えられる」と発表。

2015年8月 日本産科婦人科学会が「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明」を発表

2015年12月 WHOが「予防できるのにもかかわらず、日本政府は若い女性をHPV関連のがんの危険にさらしている」と批判の表明

2016年3月 池田班が「HPVワクチンを接種したマウスのみに自己抗体の沈着を示す陽性反応があった」(HPVワクチンは危険)と報告

2016年6月 村中璃子医師が月刊誌「Wedge」に池田班の研究が「捏造」と主張

2016年8月 池田医師が村中医師の記事が名誉毀損に当たるとして、村中医師と「Wedge」編集長及び雑誌社に対し、約1100万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴

2017年11月 村中璃子医師が「HPVワクチンの誤情報を指摘し安全性を説いた」という理由でジョン・マドックス賞を受賞

2019年3月 東京地裁の判決は村中医師らの事実上の完全敗訴。原告(池田医師)の訴えを認め、村中医師ら三者に対し「330万円の支払い」「謝罪広告の掲載」「ウェブ記事の問題部分についての削除」などを求めた。

2019年10月 東京高等裁判所が村中医師の名誉毀損を認める判決

2020年3月 最高裁判所が村中医師の上告を却下。これにて村中医師の敗訴確定。

2021年2月 9価ワクチン「シルガード」発売
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 ”簡単に”重要なことをピックアップしたつもりですが、それでもまだ随分と複雑ですので、私の視点から一気にまとめてしまいましょう。HPVワクチンの「問題」は次の2つに集約されると私は考えています。

・HPVワクチンが発売され、世界では高い評価を受けているのに、日本では厚労省が「積極的勧奨の差し控え」というよく分からないことを言っていて接種率が上がらない。
 
・HPVワクチンが危険と主張した池田医師をジャーナリストでもある村中医師が「池田医師の研究は捏造だ」と批判した。そこで、池田医師が村中医師を名誉棄損で訴えて勝利した。つまり「捏造」ではないと法が認めた。

 ややこしいのは、池田医師の研究が「捏造」でなかったのは事実だとしても、池田医師の出した「結論」が正しいとは言えないことです。つまり、法は「HPVワクチンが危険」とは認めたわけではないのです。

 次にHPVワクチンについて客観的にみて正確なことをまとめていきます。

・重篤な副反応が(因果関係が不明だとしても)起こっているのは事実。厚労省のサイトによると、重篤な副作用の出現率は0.0097%。つまり1万人に1人。

・ワクチンで子宮頸がんが100%防げるわけではない。だが、尖圭コンジローマは(100%とは言えないにしても)かなりの確率で防げる。実際、男性も定期接種となっているオーストラリアでは尖圭コンジローマは「根絶(elimination)」すると予測されている。

・100%ではないが、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどにも効果がある。

・ワクチンは3種類。サーバリックスは2価で尖圭コンジローマにはまったく無効。ガーダシルは4価。シルガードは9価。尖圭コンジローマに対する効果は4価も9価もほぼ同じ。9価ワクチンは男性には接種できない。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でHPVワクチンを導入したのは2011年8月、つまりガーダシルが発売になったときです。ガーダシルは最近まで男性には認可がおりていませんでしたが、男性への接種が禁じられていたわけではありません。そこで、谷口医院では、発売開始と同時に男性への接種も開始しました。これは、特別な宣伝をしたからではありません。患者さんから相談されることが多く、相談をされた人はたいていは男女とも接種されていましたし、今もされています。

 全国的には厚労省の「積極的勧奨の差し控え」が出されてから接種率が激減したとされていますが、谷口医院では「積極的勧奨の……」にはまったく影響を受けていません。

 ただし、「積極的勧奨の……」が出される前から定期接種対象の小6から高1の女性にはあまり勧めていませんでした。なぜなら、HPVは性行為でしか感染しないからです。「すでに性交渉をしていますよ」、という女子生徒が来れば積極的に勧めるつもりでしたが(今もそのつもりですが)、実際にはそういう生徒はほとんど受診しません。高1までに接種しなければ無料でなくなってしまうわけですが、無料だからという理由で1万人に1人の割合で(因果関係が不明だとしても)結果として重篤な副作用が起こっているワクチンを接種する人はそう多くないわけです。
 
 尖圭コンジローマという病は本当にイヤな病です。性感染症のなかには感染してもすぐに治せるものもありますが、尖圭コンジローマはいったん感染すると、なかなか治らないことがあり、治っても再発のリスクがしばらくは続き、コンドームでも防ぎきれません。なかには繰り返す再発に精神がまいってしまい心の病を併発する人もいます。これだけやっかいな感染症がワクチンで(ほぼ)完全に防げるわけですから、性交渉を開始する年齢になれば接種したいという人が多いのは当然です。また、20代、30代はもちろん、50代で性行為をもつ機会があるという人も希望されます。

 4価より9価の方がいいかというと、9価の方がより幅広いHPVのタイプに効果があるわけですが、値段がすごく高くなります。谷口医院では卸業者に9価(シルガード)を安くしてほしいと交渉しましたが28,000円が限界でした。4価(ガーダシル)は15,000円ですから2倍近くもします。

 男性の場合は9価ワクチンが禁じられていますからこれから接種する人は4価にするしか選択肢がありません(2価は意味がありません)。女性の場合も、これだけ価格差がありますから9価が余程値下げされない限り依然4価を選択する人の方が多いのではないかとみています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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