はやりの病気

2022年7月21日 木曜日

第227回(2022年7月) 「将来のビジョン」を描くことで精神症状を治す

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は「精神科」を標榜していませんが、「心(精神)の調子が悪く診てほしい」という依頼は2007年の開院時からあります。頼まれれば無条件で診察する、というわけではなく、できるだけ希望は聞くようにしますが、初めから精神科を紹介する場合もあります。

 しかし、いつの頃からか「精神科を受診したけれどうまくいかなくて……」という訴えが増え始め、現在ではそういう患者さんは谷口医院で診るようにしています。どのような患者さんが多いかというと、最も多いのが「精神科で処方される薬を使いたくない」あるいは「精神科で処方されている薬を止めたい」という希望をもっている人です。

 今回は、そういった人たちに谷口医院ではどのような治療をしているかを紹介したいと思います。尚、巷には「精神科医は一切不要」とする「精神科医不要論」があるようですが、私はそういった考えには与しません。ただ、精神科の薬を止めたいといって受診する患者さんのなかには、たしかに「はじめからこんな薬、要らなかったのでは?」と思わざるを得ないケースがあるのは事実です。

 元々私は谷口医院を開業する前から「薬(や検査)は最小限」と言い続けてきました。Choosing Wiselyという概念が登場したときに、すぐに飛びついたのも元々私が考えていたことと一致したからです。もっとも、こういう考えは私のオリジナルではなく、大学の総合診療の現場では以前から徹底されています。私が研修医の頃も、上司に自分が診た事例の報告をすると「その検査は本当に必要だったのか」「その薬はどうしても処方しなければならなかったのか」といったことを厳しく追及されました。

 さて、精神疾患について。開業当初よりも現在の方が、私の処方量(処方する薬の量/精神症状の訴え)は減っています。そうなったきっかけはいくつかありますが、ここでひとつ挙げるとすると、以前のコラムでも紹介した2012年9月に起こった「目黒区社長夫人マイスリー息子殺害事件」です。当時42歳の社長夫人がマイスリーを飲み、意識がないなかで5歳の我が息子を殺めました。目と口をガムテープでふさぎ、ビニール紐で身体を縛り上げ、さらには家庭用ゴミ袋を二重に被せてガムテープで密閉したのです。

 この社長夫人はマイスリー以外にもアルコールも飲んでいたと報道されていますが、アルコールなしでの高齢者によるレイプ事件も起こっています。2012年3月、明石市の総合病院で当時72歳の男性が深夜に女性部屋に忍び込み、当時87歳の女性に襲いかかったのです。

 これらの事件が報道されてから、私はマイスリーを処方している患者さん、及びこれから処方する患者さんのほぼ全員に事件の話をしています。すでにマイスリーを飲んだことのある患者さんのなかには、「夜中に友達に電話していたことを翌日の携帯を見て知った」とか「朝起きるとお菓子を食べ散らかしていたことが分ったけど記憶がない」といったエピソードを話す人もいます。そして、必ずしもアルコールは伴っていません。

 ベンゾジアゼピン系及びその類似薬品(マイスリーはこちらに入ります)は過去のコラム「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」などで述べましたから繰り返しませんが、ここでは「依存性の強い薬は安易に使うべきではなく、仮に使い始めたとしてもできるだけ早く離脱することを考えなければならない」という基本を確認しておきましょう。

 では、すぐに効いて患者満足度の高いベンゾジアゼピン系を使わないとすれば、不眠や不安、うつ状態にはどのような治療をおこなえばいいのでしょうか。比較的副作用が少なく、依存性がない薬もいくつかあるので、必要があればそういった薬剤の処方をすることもありますし、代替として漢方薬を処方することもあります。けれども、今回は「薬以外」の方法を紹介します。

 まずは「運動」が挙げられます。これは世界的に周知の事実で、例えば英国の国民保健サービス(NHS)も、米国のメイヨークリニックも、ハーバード大学も精神症状に対する運動を推奨しています。谷口医院の患者さんでも効果が出ていますし、診察室では「どのような運動を始めるか」について私が患者さんに助言しています。

 今回のコラムでは、その「運動」と共に私が一部の患者さんに勧めている「将来のビジョンを描く」について紹介しましょう。これは「将来のビジョンを明確に描くことにより、不安感や抑うつ感を解消する方法」です。この方法を思いついたのは、谷口医院をオープンする前にタイで出会った当時40歳のうつ病を患っている男性との会話がきっかけです。そして、その話は過去のコラム「お金に困らない生き方~4つの秘訣~(前編)」でもしました。ここではもう一度、その男性のセリフを紹介しましょう。

「一生食べていける大金をもらえるか、安定した仕事に就けるなら、僕のうつ病はすぐに治ります。世の中のうつ病の大半は単にお金がないことが原因なんですよ……」

 この男性の言葉に反論できる人はどれだけいるでしょう。もちろんお金があれば何もかも解決するわけではありませんし、この説は飛躍しすぎています。ですが、お金があれば「この先食べていけるか不安……」という悩みは解決しますし、将来病気を患って頼れる人がいなかったとしても、ある程度のお金があればたいていはなんとかなります。

 けれども、例えば「現在の仕事は辛くて続けられない」「仕事は続けたいけどあの上司の下ではこれ以上働けない」「履歴書をいくら送っても仕事にありつけない」といった場合はどうでしょう。仕事がない、あるいは失うかもしれない、といったときに抑うつ感や不安感がゼロでいられる人はそうはいないでしょう。こんなときに気分がすぐれないからといって向精神薬を内服して問題が解決するでしょうか。

 それならば、たとえ現状が苦しくても、不安感や抑うつ感や不眠に苦しめられながらでも将来のビジョンを思い描く方がずっと健全です。私がよく患者さんに問いかける言葉は、「5年後にはどんな生活をしていたいですか?」というものです。「同じ職場にいたいですか?」と聞くと、半数以上の人は「できるなら別のことをしていたいです」と言います。そこで、「それを実現するには1年後にはどのようなことができるようになっている必要があるでしょう」、さらに「では1年後そうなるためには今日からできることは何かありませんか?」と聞きます。ここまでくると、不安や抑うつ感を感じているヒマなどない、という考えに至る人もいます。

 高齢者の場合は「あなたはいくつまで生きる予定ですか?」と聞くこともあります。このような質問は、患者医師関係が構築できてからにすべきですが、ときには初診時に尋ねることもあります。次に「ではそれまでにやりたいことを全部やるようにしませんか」というふうに話をもっていきます。そもそも、高齢者に対してはよほどのことがない限り、向精神薬を使うべきではありません。もちろん、それ以外の薬も安易に使うべきではありません。健診の結果が少々基準から離れていても必ずしも薬が必要になるわけではないのです。すぐに「検査、検査」という人がいますが、谷口医院では「検査はいつも最小限」を徹底しています。ですから、特に高齢者の場合、初診時には診察代のみとなることも多々あります。

 この「将来のビジョンを描いて精神状態を健全に保つ」という方法、スランプに陥った精神状態を改善させるだけでなく、人生に元気と勇気を与えてくれます。現状に満足できていなくても、将来に明るいビジョンを持つことさえできればなんとかやっていけるものなのです。

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2022年6月12日 日曜日

第226回(2022年6月) アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか

 「はやりの病気」でアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)を取り上げる機会がここ数年で増えてきています。その理由はいずれも「画期的な新薬が登場した」からであり、今回もまた新たな新薬が登場したが故に再び取り上げることにしました。

 今回はその新しい薬「モイゼルト軟膏」の話をする前に、「アトピー性皮膚炎の治療の歴史」をまとめておきましょう。

1999年まで:ステロイドしかなかった時代
1999年:タクロリムス軟膏登場
(2007年:当院開院)
2008年:シクロスポリン登場
2018年:デュピクセント®(注射)登場
2020年:コレクチム®軟膏登場
2020年:オルミエント®登場
2021年:リンヴォック®登場
2021年:サイバインコ®登場
2022年:モイゼルト®軟膏登場

 まず、1999年までは効果のある薬はステロイド外用くらいしかありませんでした。そのため、「ステロイドを塗ればよくなるけれどもやめれば悪化する。そしてそのうちに取り返しのつかない副作用に悩まされる……」ということが多かったのです。

 私の見解を言えば、ステロイドによる最も多い副作用は「酒さ様皮膚炎」です。顔面の、特に鼻や鼻の周囲、頬部、口の周りに赤い炎症が起こり、これが治らないのです。酒さ様皮膚炎は比較的少ない量のステロイドでも起こり得ます。さらに進行すると、全身の皮膚が薄くなり、そんなに強い力を加えなくても皮膚に触れると皮がめくれるようになります。ここまでくるとどうしようもありません。

 1999年までは(それ以降も)ステロイド以外の治療としていろんなものが試みられましたが、私の印象で言えば、一部の漢方薬を除けば有効といえる薬はほぼありません。漢方薬も、効く人もいるけれど効かない人の方が多い、といった感じで、おおざっぱにいえば(患者さんには失礼な言い方ですが)1999年までのアトピーは「どうしようもない病気」だったのです。そういう背景もあり、多数の民間療法やアトピービジネスが蔓延しました。

 タクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)は画期的な製品でした。なにしろ「もうステロイドを使わなくてもアトピーを治すことができる」という噂が広がり、「夢の薬」という声もあったほどです。

 けれども、実際には当初期待されていたほどには普及しませんでした。この経緯については2011年のコラム「アトピー性皮膚炎を再考する」にも書きましたが、ここでもポイントだけを振り返っておくと、「タクロリムスを使えない」という人は「タクロリムスを始める地点にまだ立っていない」のです。

 強い炎症を取ることができるのはステロイドを置いて他にはありません。ですが、どれだけ重症であっても、ステロイドを1週間も外用すればまず間違いなく症状をゼロにできます。そして、この状態になって初めてタクロリムスの出番となります。その後は、タクロリムスを適切に使用すればステロイドはその後(頭皮以外は)不要となります。

 ではタクロリムスは塗るタイミングを誤らず、その後適切に塗っていれば、もう何も心配ないのかと言われれば、そういう人も多いのですが、そうでない人もいます。「感染症のリスク」があるからです。若い人の場合、タクロリムスでアトピーの再発を防げたとしても、ニキビ、ヘルペス、脂漏性皮膚炎といった病原体が関与する疾患が生じることがあります。

 特にニキビは厄介で、元々ニキビ肌ではないのに、タクロリムスを使用し始めたがために発症するようになり、そのためにニキビの予防薬を外用しなければならなくなったという人もいます。すると、皮膚症状がまったくないのに、アトピーの再発予防目的でタクロリムスを外用し、そのタクロリムスの副作用で生じ得るニキビを防ぐためにニキビの予防薬を塗らなければならなくなります。これはかなり面倒くさいことです。

 少し補足しておくと、ニキビ予防に保険診療で処方できるのはディフェリンゲルとベピオゲル(いずれも商品名)で、発売されたのはそれぞれ2008年10月、2015年4月です。これらが発売されるまでは有効なニキビの予防薬もなく、そのため谷口医院では、ディフェリンを海外から輸入して処方していました。尚、アゼライン酸(商品名AZAクリア)も優れたニキビの予防薬ですが、なぜか日本では化粧品扱いとなり保険適用はありません。

 アトピーには極めて有効だけれど、ニキビなどの感染症のリスクとなるというのはタクロリムスの欠点と言えます。そして、この問題をほぼ克服したのが2020年6月に発売となったコレクチム(商品名)です。コレクチムもJAK阻害薬と呼ばれる免疫抑制剤の一種であるため、ニキビなどの感染症の発症が懸念されていたのですが、発売前の調査では頻度は少なく、また発売後の市場調査でもそれほど多くありません。谷口医院の患者さんを診ていてもコレクチムがニキビで使えないというケースはほぼ皆無です。タクロリムスとコレクチムは作用メカニズムがまったく異なりますが、イメージでいえば「コレクチムはタクロリムスの欠点を克服した薬」です。

 そして、2022年6月1日、そのコレクチムに続く外用薬「モイゼルト軟膏」が発売となりました。この薬も作用メカニズムは、タクロリムスやコレクチムとはまったく異なります。3種のなかでは免疫抑制作用が最も弱く、副作用も最も少ないことが予想されます。ただ、実際にはコレクチムの患者満足度がかなり高いために、モイゼルト軟膏はそれほど広がらない可能性もあります。

 ですが、待望の新薬ですから谷口医院では発売された6月1日以降、コレクチムかタクロリムスを使用している(ほぼ)すべてのアトピーの患者さんに、モイゼルト軟膏を「お試し」というかたちで処方しています。本稿執筆時点(6月12日)でその後再診された患者さんは2人います。「コレクチムvsモイゼルト」の印象を尋ねると、コレクチム派が1人、モイゼルト派が1人と意見が別れています。

 ところで、アトピーの新薬という話になると、学会では過去のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」で紹介したような、高価な薬が取り上げられます。3割負担で年間50万円から100万円もするこういった薬、効果が高ければいいではないかという人もいるでしょうが、副作用のリスクが高すぎて安易には使えません。

 これら過去のコラムでも述べたように、いずれも免疫抑制作用が強すぎるのです。ここで、冒頭で述べた「歴史」に戻りましょう。実は2008年にシクロスポリンという極めて効果の高い内服薬がアトピーに使われるようになりました。しかし普及したとは言えません。その最大の理由は「副作用が強すぎて使えない」です。強力な免疫抑制作用があるために、感染症、さらには悪性腫瘍のリスクが上昇するのです。

 では、2018年に発売されたデュピクセント、2020~21年に使用できるようになった3種の内服薬はどの程度のリスクがあるのかというと、少なくとも添付文書上のリスクはシクロスポリンとほとんど同じです。「生ワクチンが接種できない」はすべてに共通しています。シクロスポリンの添付文書には、いったん治ったB型肝炎ウイルスの活性化、敗血症、悪性リンパ腫や他のがんのリスクなどが記載されていて、これらはオルミエント、リンヴォック、サイバインコのものにも同様の注意が書かれています。また、これら3種の内服薬の添付文書には結核のリスクについても言及されています。

 つまり、現在学会などで盛んに取り上げられ、各製薬会社が資金を投入してPR活動をしているデュピクセント、オルミエント、リンヴォック、サイバインコは、副作用のリスクが高すぎて普及しなかったシクロスポリンと、同等とまではいえませんが、同じようなリスクがあり、また費用は驚くほど高いのです。

 というわけで、今後のアトピー性皮膚炎の治療は「タクロリムス、コレクチム、モイゼルトの3種の外用薬を、効果、費用、副作用の3点に注意しながら各自それぞれの方法で使い分けていく」ということになるでしょう。

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2022年5月16日 月曜日

第225回(2022年5月) 意外な食物アレルギーと仮性アレルゲン

 食物アレルギーを疑って受診する患者さんが一向に減りません。年々増えているのが「野菜・果物」ですが、それだけではありません。魚も肉もピーナッツも豆乳も増えています。このコラム(「はやりの病気」)で最近取り上げた食物アレルギーを改めて振り返ると、自分で書いた文章でありながらこんなにも多いのかと驚かされます(下記参照)。今回は最近多い食物アレルギーを紹介し、さらにこれまで取り上げていなかった「仮性アレルゲン」についてポイントをまとめておきます。

 食物アレルギーを疑って、最初に谷口医院を受診する人はそう多くありません。たいていは他のクリニック(皮膚科が最多)を受診して「診断がつかなかった」、あるいは「前医での説明がよく分からず、結局食べ物を避けるべきかどうか分からない」という訴えで受診されるのがよくあるパターンです。ちなみに、食物アレルギーに関わらず、谷口医院ではこのパターン、つまり「前医で診断がつかなかった」という受診動機が(口コミでの受診を除けば)ほとんどです。

 「前医の検査でよく分からなかった」という患者さんにその検査結果をみせてもらうとセット検査がされていることが多々あります。MAST36などと呼ばれるIgE抗体のセット検査が一例です。この検査は「絶対に受けてはダメ」とまでは言いませんが、精度がそれほど高くなく、ほとんどのケースで余計なものも含まれていますから、谷口医院では原則として実施しません。

 もっとひどいのが”遅延性食物アレルギー”などと謳い、血中IgG抗体を調べているケースです。これは過去に何度も指摘しているように、食事を摂れば誰もが上昇する可能性のある指標であり、はっきり言うと詐欺のようなものです。こんなものに騙されて、要らない食事制限をするような馬鹿げたことは止めなければなりません。

 では具体的なアレルギーの話をしましょう。「それなりに重症化+前医で診断がつかず」で最近増えているのは「香辛料のアレルギー」です。この診断がつきにくいのは、食物アレルギーを疑ったときには直前に食べたものを考えるわけで、その原因がその料理に使われていた香辛料だとはなかなか思わないからです。

 もうひとつ理由があります。香辛料は、谷口医院の経験でいえば、クミン、コリアンダー、コショーに多いのですが、これらの特異的IgEを調べることは(少なくとも通常の検査会社では)できません。よって、”推理力”を働かせない限りは、なかなか”回答”にたどり着けないのです。

 では事例を紹介しましょう。

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【事例1】30代男性

カレーを食べた直後に全身の蕁麻疹を発症。あまりにも強いために夜間に救急病院受診。ステロイド点滴で改善。翌朝、近くの皮膚科クリニックを受診。「ナンとカレーを食べた」と言うとコムギアレルギーを疑われ検査を受けたが陰性だった。
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 この男性は自身もコムギアレルギーを疑っていました。しかし、日ごろからパンやパスタを食べていると言います。コムギアレルギーには特殊型(運動誘発性アナフィラキシーなど)もありますが、そのようなエピソードはありません。カレーは好物で月に1~2回は食べていて、これまでは何ともなかったと言います。

 そこで私は「どのような料理店か」を訪ねました。予想通り、本格的なインド料理屋で、料理人は全員インド人だそうです。花粉症のエピソードを訪ねると「ある」と言います。秋にも症状が出ることがあると言います。この時点で「クミンアレルギー≒ヨモギアレルギー」でまず間違いありません。案の定、ヨモギのIgEが陽性でした。

 ここでよくある質問に答えておきます。「なぜカレーを食べても症状が出ないことがあるのか」という質問です。それは、本格的なインド料理屋では自然の状態に近い、つまり加工の度合いが低いクミンが使われているからです。アレルギーは感染症ではありませんから似ても焼いても起こりえますが、加工度が高ければ表面の蛋白質の形がかわり、アレルゲンになりにくくなるのです。

 もう一例挙げましょう。

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【事例2】20代女性

創作料理屋でエビのアヒージョを食べた直後に呼吸苦と蕁麻疹を発症し救急車を呼んだ。エビを食べた直後に発症したためにエビアレルギーと考え、診察した医師も「そうだろう」と言っていたとのこと。翌日、近くのクリニックで検査を受けるとエビのIgE抗原が陰性だった。結局よく分からないために友達に聞いた谷口医院を受診。 
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 このケースで最初にエビアレルギーを疑ったことは間違いではありませんが、他のアレルゲンも考えなければなりません。よくあるのが、エビが原因だと思っていたら実際はエビに寄生していたアニサキスだったというパターンです。そこでアニサキスを調べることにしましたが、もう少し幅を広げて考えた方がいいかもしれません。詳しく問診すると、そのアヒージョにはパクチーが使われていたと言います。「パクチーアレルギー≒ヨモギアレルギー」です。結果は、アニサキスは陰性、ヨモギが陽性でした。

 ヨモギアレルギーがくせ者なのは、ヨモギ花粉自体のアレルギー症状はたいしたことがない(あるいは検査では陽性となるが秋の花粉症の症状はないという人もいます)のに、香辛料のアレルギーは救急車を呼ばねばならないほど重症化することがあるからです。

 過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」でも述べたように、ヨモギのPFAS(花粉食物アレルギー症候群)として、ニンジン、セロリなどがあります。これらは「セリ科」の植物です(ヨモギはキク科)。そして、パクチー(コリアンダー)もセリ科、クミンもセリ科です。ヨモギアレルギーがあるとコショウに反応することもあるのですが、コショウは「コショウ科」で別のカテゴリーです。尚、コショウアレルギーのある人も日本の食卓に置いてあるようなコショウでは反応しません。本格的なタイ料理などで出てくる緑の丸い実(激辛!)で初めて発症するのです。
 
 尚、ヨモギではなくシラカンバの花粉症があり、シラカンバのPFASとして香辛料にアレルギーがある場合があります。また、トウガラシやマスタードで起こることもあります。これらをまとめてさらに補足してみましょう。

・ヨモギ(キク科)かシラカンバ(カバノキ科)の花粉症があると、PFASを起こすことがある。

・セリ科の植物とこれらが似ている。セリ科の植物の代表はセロリとニンジン。パクチーもセリ科。

・香辛料のなかにはセリ科のものがあり、代表がクミンとコリアンダー(コリアンダーは通常粉末だが、元はパクチー)

・マスタードアレルギーはヨモギ、シラカンバのいずれでも起こる。コショウはヨモギを疑う。唐辛子はシラカンバを疑う。

 さて、春先に増えるのがトマトアレルギーです。おそらく、スギの影響で身体がスギに敏感になり、スギのPFASを起こすトマトに反応しやすくなるのではないかと思われます。そして、ナスアレルギーも増えます。トマトもナス科ですからその関係かな、と思うのですが、それを記した文献が見当たりません。

 そこで私はもうひとつの可能性を考えています。それが「仮性アレルゲン」です。仮性アレルゲンとは蕁麻疹の原因となるヒスタミンを多く含む食事を摂取したときに生じる蕁麻疹のことを言います。古い魚を食べると、魚の身に含まれているヒスチジンが細菌によりヒスタミンに変化して蕁麻疹を起こすことは以前紹介しました。「仮性アレルゲン」は細菌によるものではなく、元々ヒスタミンが多く含まれている食べ物を食べることで起こります。

 そのヒスタミン(や類似物質)を多く含む食べ物の代表がナスなのです。他には、チーズ、ワイン、ホウレンソウ、タケノコ(あくの強いもの)、ヤマイモ、魚の開きなどが知られています。ややこしいのは、トマトにもヒスタミンは多く含まれていて、トマトを食べて蕁麻疹、というケースはスギのPFASなのか仮性アレルゲンなのか区別がつかないことです。治療法が変わるわけではないのですが、PFASなら次第に重症化していく可能性がありますからこの見極めは重要です。

 食物アレルギーはいったん発症するとその人の人生を大きく変えることもあります。また、思い込みや間違った診断のせいで無駄な食事制限をしている人もいます。疑問がある人はかかりつけ医に相談しましょう。

はやりの病気
第196回(2019年12月) 「”遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」」
第191回(2019年7月) 「複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月) 「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」

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2022年4月21日 木曜日

第224回(2022年4月) 酒さの治療が変わります!

 比較的よくある(皮膚の)病気なのに、その名前があまり知られておらず、患者さんのいくらかは行き場をなくしているのが「酒さ(しゅさ)」です。

 太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)にも、コロナ禍以降はやや減少していますが、それでも「酒さを治してください」と言ってやって来られる初診の患者さんが月に何人かはいます。しかも、かなりの遠方から来られる人もいます。

 また、これまで「誤診」されていたケースも目立ちます。皮膚科専門医や(私のように)皮膚科でトレーニングを受けている医師にとっては、一目で診断がつく、よくある病気(common disease)のひとつなのに、「顔が赤くなって、いろいろと受診したけれど全然治らずに、これまで酒さと言われたことは一度もない」と言う人もいます。

 医師は「前医を悪く言ってはいけない」というルールが我々の世界にはあるのですが、前医では漠然とステロイドを長期間処方されていたというケースもあって、対応に困ることもしばしばあります。そのステロイドのせいで余計に悪くなっていることもよくあります。ちなみに、誤診されている疾患の第1位は脂漏性皮膚炎(酒さが正しいのに脂漏性皮膚炎と言われていた)、第2位はアトピー性皮膚炎です。

 その酒さの治療が変わります(治療の幅が広がります)、ということを今回は述べたいのですが、先に酒さの基本的な事項をまとめておきましょう。尚、文脈によっては「酒さ」と「酒さ様皮膚炎」を区別しますが、ここでは双方を「酒さ」と呼ぶこととします。

 酒さの定義は「顔面に生じる原因不明の慢性炎症性疾患」です。通常、痛みや痒みは伴いません。顔以外に広がることもありません。では、何が問題なのか。「見た目」です。しかも、「ある日突然」とまで言うと言い過ぎかもしれませんが、それまで何の問題もなかった自慢の白く透き通るような肌が見ている間に真っ赤に腫れていく、ということもあります。そうなると、外出さえ憚られ、精神的に落ちていく人も少なくありません。

 人は見た目じゃない、という言葉がありますが、そんなことはありません。人間「見た目」はとても重要です。顔が赤くなることを気にするのは女性だけでは?という人がいますが、谷口医院の患者さんで言えば性別の区別はありません。男性も「見た目」を女性と同様、あるいは女性以上に気にします。というより、このような問題に性差はありません。

 話を進めましょう。なぜ酒さが起こるのか。谷口医院の患者さんで言えば、最も多いのが「ステロイドの不適切使用」です。ステロイドを顔に塗らなければならないことはもちろんあるのですが、外用してもいいのは(程度にもよりますが)せいぜい数日以内です。原則として1週間以上塗り続けることはありません。というより、そのようなことをしてはいけません。

 にもかかわらず、このような”タブー”を侵犯している人が少なくないのです。ステロイドはいろんなものがありますが、私の経験で最も多いのが「ロコイド」というステロイドで、患者さんのなかには「前の病院で、『これは顔用のステロイドだからいくら塗ってもいい』と言われた」と言う人がいて驚かされます。実際には医師はそんなことを言っていないとは思うのですが、患者さんがそう解釈しているのは事実です。

 このコラムで、特定の商品名を取り上げて悪口を書くのは問題かもしれません。ですが、あまりにも「ロコイドのせいで……」と言う人が多いのです。一度、ロコイドを発売している製薬会社のMR(営業担当者)にも聞いてみたことがあります。「当社では長期間の使用を控えるように案内しています。先生(私のこと)の言うように数日以内の使用にしなければならないと考えています」と言われました。ただし、念のために付記しておくと、私は「ロコイドが悪い」と言っているわけではなく、たしかに2-3日間、(もちろん酒さでない患者さんに対し)顔面に塗ってもらうこともあります。とてもいい薬剤であることを再度強調しておきます。

 ステロイドの話はまだ続きます。顔面に塗ったステロイドで酒さが誘発、という以外にステロイドの内服や注射が原因になっている(と思われる)ことがあります。これは、たいていの場合、証明することまではできないのですが、谷口医院の患者さんで言えば、数年前にステロイドを飲んでいた、あるいは注射をしていた、という人がけっこう多いのです。もちろん、一律にステロイド内服・注射が悪いといっているわけではありません。それらは必要だったから使われたのでしょう。ですが、個人輸入で入手して自分の判断で内服したり、やってはいけないとされている花粉症へのステロイド注射を受けたりして、酒さを起こした人をみると、「先に相談してくれればよかったのに……」と思わずにはいられません。

 ステロイド以外で明らかな酒さの原因は「紫外線」です。中学・高校と紫外線に当たる環境にいて、30歳を過ぎてから酒さを発症というケースがよくあります。「10年以上前の紫外線曝露が原因となぜ断定できるのか」と問われれば、たしかに証拠は示せないのですが、こういうケースがあまりにも多いのです。

 その他の要因としては「ピロリ菌の感染」があり、たしかにピロリ菌の除菌をおこなうと劇的に改善する人もいます。ですが、一方でまったく変わらない人もいるために、酒さの治療目的のみで除菌をすべきかどうかはよく検討してからになります(ちなみに、谷口医院ではピロリ菌陽性でも無症状であれば除菌を選択しない患者さんも少なくありません)。

 考えられる原因は他にもありますが、話を「治療」に進めましょう。現在、世界的に最も使用されている薬はメトロニダゾールという外用薬で、商品名を「ロゼックス」と言います。酒さは英語でrosacea(無理やりカタカナにすると「ロゼイシア」が近いと思います)と言います。名前が似ていることからも分かるように、この薬は様々な用途で用いるのですが酒さをメインのターゲットにした薬です。

 しかし、このロゼックス、日本ではこれまで褥瘡(とこずれ)に対してはできたものの、酒さに対しては保険適用がなく処方できませんでした。「ロゼックスだけ自費でください」と言われることもあるのですが、診察代を保険にすると混合診療となってしまいます。すべてを自費とするとかなりの高額になってしまうため、自費での処方も(酒さだけで受診している人にとっては)現実的ではなかったのです。

 そして最近になって、ようやくこのロゼックスが酒さに対して保険で処方できることが決まりました。谷口医院ではすぐにでも処方できる準備が整っているのですが、現時点(2022年4月20日時点)ではまだ保険処方のゴーサインが厚労省から出ていません。ただ、近日中には出されるはずですので、そこからは全国的に「酒さの治療はまずロゼックス」となることは間違いありません。

 これまで「どこでも診てもらえなかった」という患者さんは激減、というより皆無になるでしょう。酒さがよくある病気(common disease)のひとつとして認識され、またロゼックスはそれなりによく効きますから「見た目」で苦しむ人が減少するでしょう。

 とはいえ、ロゼックスだけでは完全に治らない(ロゼックスが効く場合も、中止するとたいていは悪化します)人もいますから、「ロゼックスさえあれば何も怖くない」という単純な話ではありません。

 やはり慢性疾患の酒さには長期的な対策が必要です。かかりつけ医(または皮膚科専門医)に相談するようにしましょう。

参考:
医療プレミア2017年7月9日「酒さもじんましんもピロリ菌除菌で改善?」
(無料で読めます)

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2022年3月20日 日曜日

第223回(2022年3月) GLP-1ダイエットが危険な理由

 「GLP-1ダイエット」が大流行しています。薬剤を使ったダイエットがかつてこれほど流行ったことはおそらくありません。そして、有効性が高く、また安全性も”一応は”高いのです。実際、有効性・安全性に関したエビデンス(医学的確証)も集まってきています。

 しかし、このダイエットを批判する声も次第に強くなってきています。後述するように日本医師会の副会長はかなり厳しい言葉を使ってこのダイエットを非難しています。では、「やせたい」と考えている人は今後このダイエット法を実践してもいいのでしょうか。今回は、GLP-1ダイエットの有効性と危険性をまとめてみたいと思います。

 まずは歴史と作用機序を簡単に振り返っておきます。

 GLP-1は消化管(胃腸)から分泌されるホルモンの名前で、発見されたのは比較的新しく1983年です。炭水化物を摂取すると分泌され、膵臓のランゲルハンス島β細胞に作用してインスリンを分泌。その結果、血糖値が下がります。ですからGLP-1がきちんと分泌されていれば糖尿病を防ぐことができます。

 「GLP-1ダイエット」と呼ばれていますが、この表現は正確ではありません。なぜならGLP-1とは上述したように、ヒトが分泌するホルモンの名前だからです。「GLP-1ダイエット」という言葉のなかの「GLP-1」は正確には「GLP-1受容体作動薬」を指します。つまり、GLP-1と同じように作用する薬の名前が「GLP-1受容体作動薬」であり、元々この薬は「インスリンを分泌する」わけですから糖尿病の薬です。というより、今も糖尿病の薬です。

 しかし、単にインスリンを分泌するだけではなく、GLP-1作動薬には食欲抑制効果があります。さらに、中性脂肪が吸収されるのを防ぐ効果もあります。さらに……、という説明を続けると難しくなってきますから、これ以上の説明はやめておきます。ここまでをまとめると、「GLP-1作動薬は糖尿病の薬でインスリン分泌を促す。食欲も低下するからダイエットにつながる。正確にはこのダイエットは、<GLP-1受容体作動薬を使って食欲低下をもたらせるダイエット>とでも言うべきだが、一般に<GLP-1ダイエット>という名前で呼ばれている」ということになります。ここからは「GLP-1ダイエット」で通します。

 さて、実際にGLP-1ダイエットはどれくらいの人が成功するのでしょうか。これには複数の信頼性の高い研究があります。ここでは比較的最近発表された論文を紹介しておきます。

 医学誌「BMJ Open Diabetes Research & Care」2022年1月号に掲載された論文「GLP-1受容体作動薬を用いた英国の2型糖尿病患者の体重変化、服薬遵守、中止について(Real-world weight change, adherence, and discontinuation among patients with type 2 diabetes initiating glucagon-like peptide-1 receptor agonists in the UK)」です。

 研究の対象者は589人。56.4%が女性で、年齢の中央値は54歳。BMI(体重(kg)の2乗/身長(cm))の中央値は41.2(身長170cmなら119kg)です。GLP-1ダイエットを開始し、1年間が経過した時点で「5%以上の減量」を達成したのは3人に1人(33.4%)、2年が経過した時点では43.5%でした。

 1年続ければ3人に1人以上が、2年続ければ4割以上が「5%以上の減量」に成功、しかも重篤な副作用がほとんどなし、というのですからこれはかつてない有用なダイエット法です。実際、海外ではすでに大勢の肥満の人たちがこの薬の恩恵にあずかり、減量に成功しているのです。

 では、このダイエットの何が問題なのでしょう。1つは「現時点で保険適用がない」ことです。GLP-1受容体作動薬は非常に高価な薬です。例えば自己注射型のビクトーザは標準的な使用量では1回0.9mgを1日1回注射します。注射剤は1本18mgで薬価は10,359円(税抜き)です。ということは1本で20日分、費用は少なくとも15,000円くらいにはなるでしょう。尚、注射型のGLP-1受容体作動薬は、ビクトーザの他に、バイエッタ(1日2回)、リキスミア(1日1回)、トルリシティ(週1回)、ビデュリオン(週1回、2022年2月販売中止)、オゼンピック(週1回)、サクセンダ(1日1回)(日本未発売で輸入品のみ、ビクトーザと同じもの)(いずれも商品名)があります。

 GLP-1受容体作動薬には飲み薬も1つだけあります。リベルサス(商品名)という内服薬で、標準的な使い方は1日1錠(7mg)で、薬価は1錠334.2円(税抜き)です。自費で購入するには最低でも1錠500円くらいにはなるでしょう。

 つまり、注射にしても内服にしても最低でも月に15,000円くらいはかかるのです。ただ、「この程度の値段ならやってみたい」と考える人も少なくないでしょう。今までどんな方法でも成功しなかったダイエットが、月に15,000円でかなり高い効果が期待できて、安全性も問題ないのなら始めたいという人は大勢いるに違いありません。

 では、費用を納得して始めることの何が問題なのでしょうか。

 2022年3月2日、日本医師会の今村聡副会長が記者会見を行い、GLP-1ダイエットを実施している医療機関が増加していることを問題視しました。同副会長は「医の倫理に反する」という言葉を使い、さらに「医師が医療機関の名の下に、このような状態に関与していることは同じ医師として大変遺憾に感じている」と憤りを隠さなかったと報道されています。

 実は、今村副会長は2020年6月にも同じような記者会見を開き、これは医師会のウェブサイトにも掲載されています。このときにもやはり「医の倫理に反する」と同じ表現を使っています。

 「医の倫理に反する」というこの言葉、かなりきつい表現です。これを言われた側は、「もうお前は医師じゃない」と宣告されたようなものです。では、なぜ医師会の副会長がこれほどまで尋常でない言葉を使って非難するのでしょうか。それは、一部の医療機関が金儲け主義に走っているからです。いまや美容外科のクリニックはほぼ例外なくGLP-1ダイエットに手を出しているといっていいでしょう。さらに、一部の糖尿病専門医も手を出しているようで(と、太融寺町谷口医院の患者さんが話していました。大阪にあるようです)、今村副会長の面目は丸つぶれです。

 しかし、「医療機関が金儲けをしようがやせたい患者も幸せになれるのならそれでいいではないか」という意見もあります。もしもあなたがこのように感じたとすれば、実際の患者さん(というよりは”被害者”と呼んだ方がいいでしょう)を見れば必ず考えが変わります。

 谷口医院に花粉症の治療目的でやってきたある初診の患者さん(30代女性)が美容クリニックでGLP-1ダイエットの処方を受けていることが分かりました。しかし、この女性、肥満どころか異常なほどやせています。ピンときたために詳しく問診してみると、案の定でした。この女性、重度の摂食障害(拒食症)があり、もともと標準体重よりも少ないのです。そこにGLP-1ダイエットを始めたために病的なやせ方をしています。ですが、本人はそれでもまだ太っていると思い込み、さらなる減量を目指すためにGLP-1ダイエットはやめられないと言います。

 今に始まったことではありませんが、一部の美容クリニックはもう無茶苦茶です。「医の倫理」など考えたこともないに違いありません。

 医師会副会長が憤りを隠さずに表明したように現状を放置していいはずがありません。ではどうすればいいか。答えは簡単です。まず肥満を病気と認めて(これはすでに認められています)、GLP-1ダイエットは、例えばBMI30以上を対象とし、そして保険適用とし、保険適用外の自費診療を禁止するのです。禁止にする法律をつくることはできなくても、患者を登録制として、登録がなければ製薬会社が販売しない方針をとれば事実上の禁止にすることはできます。個人輸入という抜け道は残りますが、税関での審査を厳しくすればある程度は解決します。

 「医の倫理」などとうに失われている現実に目を向けなければなりません。規則を厳しくすることでしか薬のまともな処方ひとつできないのが現在の日本の医師の実情というわけです。

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2022年2月20日 日曜日

第222回(2022年2月) ポストコロナ症候群に有効な治療薬はあるか

 前回は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染した後に生じるポストコロナ症候群(以下、PCS)に劇的に効く可能性があるのがコロナワクチンであるが、コロナワクチンでPCSが余計に悪化することもあり「両刃の剣」であることを紹介しました。

 他の薬としては、海外では、deupirfenidone(日本未発売)、抗血栓薬のアピキサバン(エリキュース)、高コレステロール血症薬のアトルバスタチン(リピトール)などがよく用いられているものの必ずしも有効性が認められているわけではないこと、日本では、ビタミン剤、プレガバリン(リリカ)、イベルメクチン(ストロメクトール)、ステロイドなどが用いられるがどれもエビデンスがないことを述べました。また、一部の医療機関で実施されているBスポット療法(EATとも呼ばれます)は術者に差があることに加え「無効だった」という声が多いことも述べました。

 結局、「自信を持って勧められる薬はない」が現時点で言えることです。しかし、それでもPCSで苦しんでいる患者さんを見捨てるわけにはいきませんから、我々は手探りで有効な治療方法を探し求めているわけです。

 今回はそんな薬のなかでも、比較的期待度の高い2つ、すなわちビタミンDと亜鉛について現時点で分かっていることを紹介したいと思います。

 しかし、その前にイベルメクチンについて触れておきましょう。この薬は、2020年の春には期待する声が上がっていました。副作用が少なく廉価であることから、世界各国で試験的に使われました。一部には有効とする研究もありましたが、大規模研究(例えばこのメタアナリシス)では効果が否定されています。また、イベルメクチンが有効とする研究には不正が複数みつかっており、BBCはこれを指摘し、やはり有効性を否定しています。

 過去のコラム(はやりの病気第146回(2015年10月)「疥癬(かいせん)と大村先生のノーベル賞」)で述べたように、イベルメクチンは疥癬に対しては驚くほどよく効きます。それまでの疥癬に用いる薬はどれもあまり効きませんでしたから、イベルメクチンの登場は画期的でした。ところが、コロナに対しては、たしかにコロナウイルスを入れた試験管にイベルメクチンをふりかけるとウイルスが死ぬことは分かっているのですが、感染した人に飲んでもらっても効果がないのです。

 そんななか、2022年1月31日、興和株式会社が「興和 イベルメクチンの「オミクロン株」への抗ウイルス効果を確認」というタイトルのプレスリリースを公表し、これが物議を醸しました。タイトルには「抗ウイルス効果を確認」とありますから、あたかも臨床試験で(つまり人に投与して)効果があったような印象を受けますが、内容をよく読めば試験管の中の話であることが分かります。これでは多くの人が勘違いするに違いありません。実際、Reuterはこのプレスリリースを受けて「臨床試験で効果あり」といった内容の誤報をおこない、後に訂正記事を出しました。これについての検証記事はAFPが発表しています。

 世界的にはイベルメクチンは「効かない」とされているのにもかかわらず、日本にはいまだに効能を信じる「イベルメクチン信者」がいます。そして、彼(女)らは「イベル」と呼び「イベル、置いてますか」と毎日のように問い合わせをしてきます。さらに興味深いのは、海外の「イベルメクチンがコロナに有効」とする研究でも後遺症に効くとしているわけではいことです。それが、日本のイベルメクチン信者の間では、いつのまにかコロナにだけではなく、コロナ後遺症も、さらにはコロナワクチン後遺症にも有効な薬だとされているのです。

 なぜ、このようにイベルメクチンが有効であると盲目的に信じる人がいるのかはよく分かりませんが、そろそろ目を覚ましてPCSに効果のある薬をきちんと探すべきです。

 ビタミンDの効能を振り返ってみましょう。ビタミンDは、コロナが流行し始めた頃から注目されていて、「有効」とする小規模な研究もありました。しかし、現在は重症化を予防する効果は「ない」とされています(例えば医学誌「JAMA」2021年3月16日号に掲載された論文「中等度から重症のコロナ患者の入院期間についてのビタミンD3の単回高用量の影響:無作為化臨床試験 (Effect of a Single High Dose of Vitamin D3 on Hospital Length of Stay in Patients With Moderate to Severe COVID-19: A Randomized Clinical Trial )」)。感染予防については有効とする研究もあるのですが(例えば医学誌「Aging Clinical and Experimental Research」に掲載された論文「コロナの感染症と死亡率予防におけるビタミンDの役割(The role of vitamin D in the prevention of coronavirus disease 2019 infection and mortality)」、エビデンスレベルの高い研究は見当たりません。

 PCSに対するビタミンDの効果については、残念ながら否定するものが目立ちます(例えば医学誌「Nutrients」2021年7月15日号に掲載された論文「コロナ感染後のビタミンDと持続する症状との関係の研究 (Investigating the Relationship between Vitamin D and Persistent Symptoms Following SARS-CoV-2 Infection)」。ビタミンDは正常な免疫能を維持するのに必要なものであり、昔に比べて紫外線にあたらなくなった日本人は不足しがちですから、日ごろから食品から(またはサプリメントから)積極的に摂取すべきですが、PCSの治療薬としては期待できなさそうです。

 次に亜鉛をみてみましょう。亜鉛がコロナに有効と考えたくなるのは、感染すると味覚障害が起こるからです。亜鉛欠乏でも味覚障害が起こりますから、誰でも「コロナ感染+亜鉛不足→味覚障害」と一度は疑います。ところが、「医療基盤・健康・影響研究所」は亜鉛の有効性を否定しています。一方、海外の研究のなかには「亜鉛欠乏者はコロナで重症化しやすい」とした論文もあります(例えば医学誌「International Journal of Infectious Diseases」2020年11月号に掲載された論文「コロナ、亜鉛欠乏症患者は重症化しやすい (COVID-19: Poor outcomes in patients with zinc deficiency)」)。

 「亜鉛は効果がなかった」とする研究もあります。医学誌「JAMA」2021年2月12日号に掲載された論文「コロナ患者の症状の長さと改善に関する高用量の亜鉛とビタミンCと通常治療の効果 (Effect of High-Dose Zinc and Ascorbic Acid Supplementation vs Usual Care on Symptom Length and Reduction Among Ambulatory Patients With SARS-CoV-2 Infection)」では、亜鉛摂取、ビタミンC摂取、両方摂取、どちらも摂取しない、の4つのグループで、症状の長さや改善度にまったく差を認めませんでした。

 結局のところ、亜鉛はコロナにもPCSにも有効とするエビデンスはありません。しかし、「日本人は日ごろから亜鉛不足」という意見があります。ならば亜鉛をコロナ感染予防のために、あるいは感染してからPCSを防ぐために摂取した方がいいのでしょうか。私は安易には摂取しない方がいいと考えています。それは、本当に亜鉛不足かどうかが分からないからです。過去の「医療ニュース」(2015年7月21日「危険な亜鉛サプリメント」)で述べたように、私自身が自分の血中亜鉛濃度を計測してみると、不足しているどころか正常範囲をオーバーしていました。この状態でサプリメントなどから亜鉛を摂取すると大変なことになっていたかもしれません。

 亜鉛にはまだ問題があります。それは上述の「医療ニュース」で述べたように亜鉛の摂りすぎで銅欠乏症を招く恐れがあるからです。私は銅を意識して食事をしたことがありません。そこで不足していないかどうかを確認するために血中銅濃度を測定すると、132ug/dLと基準値(70~130ug/dL)をオーバーしていました。

 ちなみに、私の血中ビタミンD濃度についてはたいてい基準値より低く出ます。そこで医薬品の(サプリメントでなく)ビタミンD(正確には「活性型ビタミンD」)をしばらく毎日摂取していたことがあるのですが、ほとんどビタミンDの値(この場合は1,25-(OH)2ビタミンD)は上昇しませんでした。以前「ビタミンDのサプリメントの効果を知りたいから血中ビタミンD(25-OHビタミンD)の濃度を調べてほしい」という患者さんの採血をおこなうと充分に高い数値を示していました。ということは、ビタミンDについては医薬品よりもサプリメントの方が、効果が高いのかもしれません。

 話を戻しましょう。コロナにもPCSにも、もちろんポストコロナワクチン症候群にも今のところビタミンDや亜鉛が有効とする質の高いエビデンスはありません。また、これらの血中濃度を調べるのは保険診療上困難で、自費であれば高くつきます。結局のところ、日ごろからバランスのとれた食事をしましょう、といったことくらいしか言えません。

 ビタミン、ミネラルの適正摂取は意外に難しいのかもしれません。ならば、定期的にこれらの値を測定して不足しているものはサプリメントで補えばいいのでは?と考えたくなりますが、これはなかなか困難です。保険適用がなく、しかも通常の採血で計測するような項目に比べると、ビタミンやミネラルの測定はかなり費用が高いからです。ただし、私自身も関心があるので、これから自分でお金を出して調べてみようと思います。近いうちに報告したいと思います。

 

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2022年1月20日 木曜日

第221回(2022年1月) ポストコロナ症候群の正体は慢性疲労症候群か

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染した後に症状がとれないポストコロナ症候群の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)における新規の患者数は減少傾向にあります。その理由は3つあります。1つは昨秋から冬にかけて患者数が激減し、さらに12月中旬以降に流行し始めたオミクロン株は大半が軽症であり後遺症を残していないこと、2つ目は長期間苦しんでいた患者さんも、時間が経過して症状が次第に改善、あるいは完全に治癒した人が増えてきていることです。3つ目の理由は後述します。

 ただ、その一方で、依然強い倦怠感、頭痛、動悸などで苦しんでいる人もいます。谷口医院で初めてポストコロナ症候群の訴えを聞いたのは2020年の3月ですからその後1年10ヶ月が経過するというのに、ポストコロナ症候群の治療法については国内でも海外でも確立されておらず、ガイドラインは一応存在しますが、はっきり言うとたいしたことが書かれていません。つまり、我々医師は今も手探りで治療を続けているわけです。

 とはいえ、少しずつ分かってきたこともありますので今回はそれらを整理してみましょう。まずは、頻度や症状などについて確認しておきましょう。尚、ポストコロナ症候群という病名は私が勝手に命名したもので、初めて公的なサイトに披露したのは2020年5月8日の日経メディカルです。「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルのコラムを公開しました。国際的な病名は「long-Covid」が一般的です。ただ、海外でも「Post-COVID syndrome」と呼ばれることもあります(例えばこの論文)ので、ここからはポストコロナ症候群(Post-Corona/COVID syndrome)を略してPCSと呼ぶことにします。

 残念なことに、日本にはPCSに関するきちんとした疫学的なデータがありません。この理由は届出システムがないからですが、それだけではありません。日本には最近は随分減ったとは言え、この病気が「気のせい」とか、ひどい場合は「仮病」と決めつけている医師がいるというのも大きな理由です。また、患者さんも「医療機関に相談してもムダ」と決めつけているケースが多数あります。もっとひどいのが、PCSで困っている患者さんに高額な自費診療を勧めるクリニックです。

 話を戻しましょう。データは日本にはなくても海外にはあります。イギリスをみてみましょう。科学誌『Nature』2021年6月9日の特集記事に英国の状況が報告されています。英国統計局(The UK Office of National Statistics (ONS))によると、20,000人のコロナ罹患者の調査において、感染12週間後にも何らかの症状があった人が13.7%に上ります。

 男女比では、感染5週後の時点で女性23%、男性19%と女性に多いのが特徴です。これは重症化して死亡するリスクが高いのが男性>女性であることを考えると興味深いと言えます。年齢の差も注目すべきで、最も多いのが35~49歳で25.6%です。若年者と高齢者では少ないのが特徴です。

 次に症状をみてみましょう。感染して1か月後くらいでは脱毛、味覚・嗅覚障害、動悸、などが多いのですが、半年を超えると、倦怠感、息切れ、筋肉痛、そして不眠や抑うつ感などの精神症状が目立つようになります。

 さて、こうやって改めてPCSの特徴を整理してみると、ある別の疾患と、瓜二つまではいかないにしてもかなり良く似ていることが分かります。その疾患とは「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群」で、英語ではMyalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome、略してME/CFSと呼ばれます(ここからはME/CFSと表記します)。実はこの疾患、2008年の「はやりの病気」で取り上げたことがあります(「疲労の原因と慢性疲労症候群」)。これを書いた2008年の時点では慢性疲労症候群という言い方が一般的でしたが、国によっては筋痛性脳脊髄炎という表現が使われているため、最近は国内でもME/CFSと呼ばれます。

 さて、PCSのみならず、実はこのME/CFSもなかなか医師の間に浸透せず、現在もこんな疾患は存在しないという意見がいまだにあると聞きます。しかし、実在する事実は疑いようがなく、おそらくいまだに「気のせいだ」とか「心因性だ」とか言ってまともに取り合わない医師がいるとすればそれはこの疾患の患者さんを診たことがない医師です。

 ME/CFSの原因については、確定はしていないのですが、原因のひとつは感染症ではないかという意見が有力です。上述のコラムでもそれについて触れています。ここで、論文を紹介しておきます。医学誌『The British Medical Journal』2006年8月2日号に掲載された論文「ウイルス性及び非ウイルス性病原体によって引き起こされる感染後の慢性疲労症候群:前向きコホート研究 (Post-infective and chronic fatigue syndromes precipitated by viral and non-viral pathogens: prospective cohort study)」です。

 研究の対象者は感染症に罹患した合計253人(EBウイルス68人、ロスリバーウイルス60人、Q熱リケッチア43人、その他82人)。このなかで、倦怠感、筋痛、神経認知障害、気分障害などが6カ月間持続したのは29人(12%)。そのうち28人(11%)が慢性疲労症候群の診断基準を満たしていました。

 PCSとME/CFSには、1)中年女性に多い、2)症状は、倦怠感、抑うつ感などが中心、3)感染症罹患後に発症し発症率が似ている(PCS:13.7%、ME/CFS:12%)という共通点があります。

 PCSとME/CFSの異なる点として挙げられるのは、PCSには息切れ、味覚・嗅覚障害、脱毛の症状が多いということです。

 PCSの治療をみていきましょう。日本でよく使われるのは、漢方薬(補中益気湯、当帰芍薬散、柴胡加竜骨牡蛎湯あたりがよく使われます)、ビタミン剤、プレガバリン(リリカ)、イベルメクチン(ストロメクトール)、ステロイドなどですが、どれもエビデンスはなく、谷口医院を受診する患者さんでいえば「こういうものはさんざん試したけどまったく効かないから(谷口医院を)受診した」と言います。一部の医療機関ではBスポット療法(最近はEATとも呼ばれます)と言う鼻咽頭を塩化亜鉛で擦過する治療をされていることもありますが(谷口医院に来る人は)効いていません(ただしこの治療は術者によって成績が大きく異なるようです)。冒頭で述べた「谷口医院を受診するPCSの患者数が減っている理由」の3つ目は「以前に比べてPCSで悩む患者さんを診察する医療機関が増えたから」です。

 国際的には最も注目されている薬はdeupirfenidoneという名の新薬で現在治験(臨床研究)中です。アピキサバン(エリキュース)という抗血栓薬、アトルバスタチン(リピトール)という高コレステロール血症の薬などもよく用いられていますが決定的なものはありません。

 実はPCSの治療にはこれら以外に試してみる価値があるかもしれない”劇薬”があります。それはコロナワクチンです。患者さんのなかには「あれほどしんどかった症状がワクチン接種で劇的に治りました」という人もいます。そして、これを検証したデータがあります。この報告によれば、ワクチンを接種した56.7%が改善しています。ですが、18.7%は逆に悪化しています。つまり、試す価値はあるのですが、いわば両刃の剣とも呼べるリスクのある治療です。尚、ファイザー社、アストラゼネカ社に比べてモデルナ社のワクチンが最も改善度が高く悪化しにくいという結果が出ています。

 その他で試す価値のあるものとしては亜鉛とビタミンDがありますが、全員に効果があるわけではありません。しかし、安全性はそれなりに高いことから試してみてもいいと思います。これらについては近いうちに改めて取り上げたいと思います。

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2021年12月19日 日曜日

第220回(2021年12月) アトピー性皮膚炎の高額な新薬は普及するか

 アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の新しい治療薬に関する問い合わせが急増しています。私の知る限り、一般のメディアではこれら新薬に対する報道は大きくはされていないと思うのですが、問い合わせの内容がかなり細かいものもあります。元々、当院は医療者の患者さんが少なくなく、仕事関係で入って来る情報からこれら新薬のことを知ったというケースが多いのでしょうが、医療者でない人からの問合せも目立ちます。SNSの影響なのでしょうか。

 質問の内容はたいてい「よく効くと聞いたが本当でしょうか」「副作用はどうなのでしょうか」というものです。発売されて間もありませんから、はっきりとしたことは未知なのですが、それでも現時点で分かっていることに私見を交えて解説していきたいと思います。

 アトピーの画期的な注射薬が登場したのは2018年4月、デュピクセント(一般名デュピルマブ)です。2週間に一度の皮下注射(自宅でできます)をおこなうだけで劇的に改善するのは事実です。ただし、薬代は1回66,562円(3割負担で19,969円)ですから、診察代や検査代を入れれば、3割負担でも年間50万円程度は必要になります。これでも発売当初からは2割ほど安くなっています。

 副作用については、発売して3年8ヶ月ほど経過するというのにあまり問題になっていません。ですが安心できるわけではありません。”まだ”3年8ヶ月、と考えるべきだからです。後になってから発売当初には予期していなかった副作用が生じる可能性があります。発売前の臨床試験(治験)ではさほど大きな副作用が報告されてはいませんが、長期使用における安全性は誰も分からないわけです。

 そもそもこの薬剤、薬の添付文書に「本剤投与中の生ワクチンの接種は、安全性が確認されていないので避けること」と記載されています。麻疹(はしか)や風疹、水疱瘡(みずぼうそう)、おたふく風邪などの生ワクチンは病原体を弱めたものを体内に注射して、免疫系細胞に抗体をつくらせることを目的としています。

 もしも免疫能が低下している人に生ワクチンを接種すると、弱められたはずの病原体が勢いを取り戻し、宿主(その人)を攻撃することになります。生ワクチンをうてないのは、例えばHIV陽性で十分な治療を受けていない人や、臓器移植をした人(免疫応答を抑えるために日頃から強力な免疫抑制剤を飲んでいる)、白血病で骨髄移植を受けた人などです。

 そしてデュピクセントを接種している人もこのような免疫が弱いグループに含まれるのです。製薬会社としては、「生ワクチンをうてないように注意しているのは念のためであり実際は安全」と主張するのかもしれませんが、少なくとも免疫能を大きく下げる可能性があることは事実です。デュピクセントを使用開始すれば長期間(あるいは生涯)、生ワクチンは避けなければならず、感染症に注意しなければならないのです。

 デュピクセントが登場して2年8ヶ月後の2020年12月、内服薬オルミエント(一般名バリシチニブ)がアトピーに使用できるようになりました。この薬剤は2017年に関節リウマチに対する治療薬として登場しました。アトピーにも効くことはその当時から分かっており、3年遅れでアトピーにも適応が認められたというわけです。また、オルミエントは現在新型コロナウイルスの重症例にも使われています。

 デュピクセントは注射のために使いにくいけれど、オルミエントなら飲み薬だから試したいと考える人が増えてきました。そんななか、2021年8月には2番目となる内服薬リンヴォック(一般名ウパダシチニブ)が、同年11月には3番目の内服薬サイバインコ(一般名アブロシチニブ)が登場しました。

 これら3つの内服薬、オルミエント、リンヴォック、サイバインコはいずれもJAK阻害薬と呼ばれるもので、優れた免疫抑制剤です。ですが”免疫抑制”剤なのです。感染症に対するリスクが上昇し、そして、やはりデュピクセントと同様、生ワクチンがうてません。それだけではありません。これら3つの薬の添付文書には次の「説明」が書かれています。

    ************
本剤投与により、結核、肺炎、敗血症、ウイルス感染等による重篤な感染症の新たな発現もしくは悪化等が報告されており、本剤との関連性は明らかではないが、悪性腫瘍の発現も報告されている。
    ************

 結核を含む様々な感染症のリスクがあり、さらに悪性腫瘍(がん)になることもあると言うのです。アトピーは慢性疾患です。これらの薬を長期(あるいは生涯)内服することになります。そして、長期間でこういったリスクがどれほど上昇するのかについては誰も分かりません。治験(臨床試験)で結核やがんが発症したのはごくわずかでしょう。ですが、それは試験期間中の短期間での話です。服用が長期になればなるほどリスクが上昇すると考えるべきです。

 まだあります。費用です。下記のようにデュピクセントよりも高くつきます。

オルミエント:1錠5,274.9円
リンヴォック:1錠4,972.8円(2錠まで可)
サイバインコ:100mg1錠5,221.40円、200mg1錠7,832.30円

 これらをざっと計算すると一年間の薬代は3割負担で60万円~100万円以上にもなります。これを極めて長期間、あるいは生涯捻出することができる人はどれだけいるでしょうか。

 さて、このようにネガティブなことばかり言えば、アトピーの、特に重症の人たちからは反感を買います。「これまで何をしてもよくならなかったところに救世主のような薬が登場したんだ。悪口を言うな!」というわけです。

 しかし、谷口医院の患者さんの例で言えば、”重症”の人もこのような注射薬や内服薬を使わなくても99%以上の人は無症状で肌がきれいない状態を維持できています。アトピーの素因を示すと言われている非特異的IgEが5~6万IU/mLの人でも、こういった強い薬はもちろん、ステロイド外用薬も使用せずにコントロールできているのです。なぜか。私自身はアトピーの名医でも何でもありませんが、前の病院で「名医」にかかっていたという患者さんも、意外なことに基本的なことをされていない場合がけっこう多いのです。

 例えば、デュピクセントは値段が高いからステロイド内服を長期で使用していたという患者さんは、ステロイドの内服はもちろんステロイド外用も1週間で中止できました。その後1年以上が経過しますが、ステロイド外用は(頭皮を除いて)完全に不要です。谷口医院がこの患者さんに実施したのは、汗対策の指導、ダニ及び花粉対策の指導、それにコレクチム(デルゴシチニブ)とタクロリムス外用の処方と塗り方の指導、後は食事指導や他の疾患に対する指導だけです。尚、この患者さんは前の病院でもこれら外用薬を処方されていたことがありましたが、塗り方が適切ではありませんでした。谷口医院ではこの2種の外用薬を重症の人では月に50~100本程度使用してもらっています。これら2種も強力な免疫抑制剤ですが(コレクチムはJAK阻害薬の外用です)、内服と異なり結核やがんのリスクは(ほぼ)ありません。

 たしかに、無症状時にベトベトする薬を塗るのは面倒くさいのですが、慣れればそれほど苦痛ではありません。汗やダニ対策も最初は大変なのですが、これらも習慣の問題です。重症の患者さんのなかには高額な内服薬や注射薬が必要な人もいるかもしれませんが、谷口医院の患者さんは(ほぼ)全員が不要です。

参考:はやりの病気
第202回(2020年6月)「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」

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2021年11月20日 土曜日

第219回(2021年11月) 「発達障害」を”治す”方法

 本サイトで初めて発達障害を取り上げたのは太融寺町谷口医院をオープンする前、今から15年前の2006年です(はやりの病気2006年9月「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」)。その後、発達障害の”流行”は現在も続いていて止まる様子がありません。

 昭和時代なら単なる「個性」で片付けられていたような”症状”を、自身もしくは周囲が発達障害だと決めつけて受診に至るというケースも目立ちます。以前からそのような、例えば「空気が読めない人」は大勢いたわけで、「昔なら病気とは考えられていなかった。だから発達障害は増えているわけではない」という意見は根強くあります。

 他方、精神科医と製薬会社が発達障害を意図的に増やしているという指摘もあります。これは「薬で儲けたい製薬会社と受診者数を増やして稼ぎたい精神科医の利害が一致し、市民が犠牲になり患者にされている」という意見です。いささか陰謀論のきらいがある考えですが、この考えもまったくのデタラメではないと私は感じています(そう思わざるを得ない実例については後述します)。

 では、やはり統計上、薬の処方数が増え、受診者数が増えているだけであって、発達障害そのものは増えていないのでしょうか。現在の私の考えは「増えている」です。そう考える理由については後述することにして、まずは発達障害の基本をまとめておきましょう(実は、肝心の基本が誤解されていることが多いのです)。

 発達障害は先天的な疾患です。「大人の発達障害」という言葉があり、これは大人になっていきなり発症するかのような印象を受けます。たしかに成人してから発症する可能性もなくはないでしょうが、障害は生まれつきあったはずです。つまり脳を詳しく調べれば異常が見つかるはずです。具体的には、小脳が平均より小さかったり(だからバランス感覚が悪い)、脳の左右差が大きかったり(だから特定の領域に詳しくなる)するわけです。

 よく指摘されるように、この疾患は正常と異常の境界がはっきりしていません。病名の定義も変わってきており、最近はアスペルガー症候群という病名は用いられなくなり、代わりに「自閉スペクトラム症」という言葉がよく使われます。そして、発達障害のなかに自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠陥性多動障害)、他に学習障害などがあるとする概念が普及してきています。ですが、実際には自閉スペクトラム症とADHDの区別がつきにくいこともしばしばあります。

 冒頭のコラムを書いた2006年頃からアスペルガー症候群は流行語のようになり、いわゆる「空気の読めない人」がアスペルガーのレッテルを貼られるようになってきました。また、抜群に暗記が得意だったり、特定の趣味に没頭したりするような人たちも「アスペ(ルガー)の傾向がある」と言われるようになりました。「他人の気持ちが理解できない」こともアスペルガーの特徴のひとつとされ、「私の気持ちをまったく理解してくれない夫はアスペルガーかも……」と考える妻の訴えも増えだし、この苦しみが「カサンドラ症候群」と呼ばれるようになりました。

 一方、ADHDは文字通り注意力に欠けていて落ち着きがない症状を指すわけですが、単に不注意が多いだけ、忘れ物を繰り返すだけでADHDではないかと考える人が増えてきました。また、アスペルガー症候群と同じように、何か特定のジャンルに極めて詳しいことや高い芸術のセンスがあることが取り上げられるようになり、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちからの「自分はアスペ(ルガー)でしょうか、それともADHDでしょうか」という相談が増えました。

 私は精神科医ではないために、このような疾患の診断を下すことは原則としておこないません。他覚的にそれらが疑われ、患者さんが希望するときには精神科医を紹介しますが、(特にアスペルガー症候群の場合)有効な治療法がないこともあり、積極的に精神科受診を促すようなことはしていません。

 それに、率直に言うと、精神科医の診断を疑うこともあります。そもそも発達障害というのは先述したように先天性の疾患であり、文字通り「発達」に障害があるわけです。つまり、幼少時に発達障害を連想させるエピソードがなければなりません。決して、10分程度でできるアンケートのような質問に答えるだけで診断がつくわけではないのです。

 にもかかわらず、「精神科では初診時に簡単な質問用紙に答えて10分で発達障害の診断がついて薬が処方されました」という患者さんもいるのです。しかも、診察室で会話する限り、私にはその患者さんが発達障害だとは到底思えず、薬は覚醒剤類似物質が処方されています。もしかすると、名医ならば初診患者に10分程度の質問用紙を書かせただけで診断がつけられるのかもしれませんが……。

 発達障害の診断をきちんとするには、脳に異常があることを示すべきだと以前から私は主張しているのですが、これはほとんど試みられていません。MRIを撮影すれば医療費が高くつくことが原因なのかもしれませんが、発達障害というのは「治らない病気」とされているわけですから(後述するように私は”治療”できると考えていますが)、病名告知はその患者さんの人生を大きく変えてしまうこともあるわけです。何十年もたってから「それは誤診でした」では済みません。発達障害には脳に器質的な異常所見があるはずで、仮にそれが見つからなければ発達障害でない可能性も出てくるわけです(否定できるわけではありませんが)。逆に、あきらかな脳の器質的な異常(先述したように左右差や脳の一部が小さいなど)があればそれだけで確定診断に近づきます。

 発達障害が増えていると私が考える理由のひとつは「父親の高齢化」です。これにはきちんとしたデータがあるのにも関わらず、なぜか世間には今一つ浸透していません。医学誌『Molecular Psychiatry』2011年12月号に掲載された論文「父親の年齢と自閉症のリスク:人口ベースの研究と疫学研究のメタアナリシスからの新しいエビデンス (Advancing paternal age and risk of autism: new evidence from a population-based study and a meta-analysis of epidemiological studies)」を紹介しましょう。この論文によれば、50歳以上の父親から生まれた子供が(発達障害を含む)自閉症(autism)を発症するリスクは、29歳以下の父親の2.2倍にもなります。

 発達障害が増えていると私が考えるもうひとつの理由は「”治療”されていない人が多い」というものです。ですから、これは正確には「増えている」わけではありません。冒頭で述べたように、昔なら「個性」で片付けられていた行動が発達障害と呼ばれるようになっているという指摘は正しいと思います。ですが、発達障害を患っている人が、昭和時代なら”治療”されて症状が出なくなっていたのが、現在では”治療を受けていない”ということがあるように思えるのです。

 先ほど発達障害は「治らない」と述べました。では私が言う”治療”とは何なのでしょうか。それは「対人関係を通しての”学習”により症状を再発させないこと」です。発達障害の中には知能が正常、あるいは正常よりも高い人が少なくありません。例えば18歳のときには場違いな発言をして空気を凍らせていたような人も、そういった失敗を繰り返し経験することで、「他人があのようなことを言ったときに、こういう返答をしてはいけない」とか「あれを言うならあのタイミングではよくない」といったことが学習できると思うのです。

 そして、そのような学習の機会を最も多く得ることができるのが「恋愛」です。これは完全に私見ですが、発達障害の人たちには美男美女が多くないでしょうか(注)。だからコミュニケーションが苦手で、無神経な発言で他人をイラつかせることがあったとしても恋愛にはむしろ有利なこともあるのです。そして恋愛を通して、つまりパートナーから”指導”を受け学習することで発達障害の症状の再発が防げると思うのです。

 ところが、昭和が終わる頃あたりから若者の人間関係が希薄になってきました。クラブ活動に参加したとしても昭和時代のように濃厚な人間関係が構築されず、恋愛に消極的な若者が増え、さらにインターネットやSNSの普及でコミュニケーションが対話から文字に変わりました。健全な人間関係を構築するには、言葉そのものではなく、話し方や空気の読み方、非言語(non-verbal)でのコミュニケーションが大切です。昭和時代であれば、部活で厳しい”洗礼”を受け、恋愛で失敗を繰り返し、就職すれば上司からの暴言は当たり前といった社会でもまれるうちに、人間関係が苦手な人も、そして発達障害を患っている人たちもそれなりの学習ができたと思うのです。

 私は「厳しい社会を復活させよ」と言っているわけではありません。ですが、文字でなく濃厚な対面の人間関係に自分を置き、そして深い恋愛にどっぷりと耽溺するような経験を通して学習することが、発達障害の”治療”になると思うのです。

 こんなことは研究のテーマになりませんし、学術的な論文は書けません。ですからこの私見は医学的な意味をもたないことは分かっています。ですが、私がこれまで多くの人(それは患者さんのみならずプライベートの友人知人も含めて)をみてきた結果、発達障害の”治療”としてたどりついた結論が「若者よ、濃厚な人間関係に己の身を投げ入れよ、そして恋愛に人生を賭けよ」なのです。

注:高齢の父親から生まれた子供に発達障害が多いという事実に注目してみましょう。高齢になってから若い女性に子供を産ませることができるのは、経済的にも肉体的にも、そしておそらく容姿にも恵まれた男性ではないでしょうか。よって発達障害を抱えながら生まれてくる子供も遺伝的に魅力のある容姿や雰囲気を持っていることが予想されるというわけです。もっとも、これは私の「仮説」というよりも「偏見」ですが……。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2021年10月21日 木曜日

第218回(2021年10月) ポストコロナワクチン症候群

 どのようなワクチンも接種後のトラブルをゼロにはできません。現在、「積極的勧奨の差し控え」を取りやめるべきか否かが議論になっているHPVワクチンも、極端な推進者が言うような「絶対安全」なものではありません。

 2020年7月に厚労省の会議に提出されたHPVワクチンに関する資料(資料9と資料10)によれば、医師や企業から「副作用疑い」(接種との因果関係を否定できない事例)と報告されているのは3,222人(約0.036%)で、このうち1,865人(約0.021%)が「重篤」です。

 各自が接種するかどうかは、この0.021%を「リスク」と考え、これを「ベネフィット」と天秤にかけて検討することになります。もしも、この0.021%というリスクが1桁上がって0.21%ならどうでしょう。「それでもベネフィットがリスクを上回るから受ける」という人もいるかもしれません。では、2.1%ならばどうでしょう。50人に1人以上が重篤になるワクチンを希望する人はまずいないでしょう。21%なら誰も受けないに違いありません。これではまるでロシアンルーレットです。

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを考えましょう。コロナワクチンの場合、軽症なものも含めれば副作用出現率はほぼ100%と言えます。尚、ワクチンの副作用は「副反応」と呼ばれることがありますが、ここではすべて「副作用」で統一します。

 もちろん、軽度の副作用であればリスクと呼ぶに値しません。たとえ翌日から高熱にうなされ3日間寝たきりを強いられたとしても、4日目からは元気に登校・出勤できるのなら、ほとんどの人にとっては感染しにくくなるベネフィットの方がずっと大きいでしょう。

 では、3日ではなく30日間寝たきりとなればどうでしょう。寝たきりとまではいかなくても、1か月間仕事や学校にも行けない状態、行けたとしても倦怠感がとれず集中力・記憶力が明らかに低下していてミスが連発、このままでは仕事をクビになるかもしれない。そして改善する見込みが立たない状態、だったとすれば……。

 実は、こういう患者さんが増えています。最初に相談されたのは7月上旬。ある会社の経営者の人でした。ワクチンの1回目をうった翌日から倦怠感に苛まれるようになり、まともに仕事ができなくなり、現在は数日に一度メールで部下に指示を出すだけだそうです(尚、混乱や誤解を防ぐためにワクチン名や症状の詳細は伏せておきます)。その後、同じように「長引く副作用」を訴える患者さんが相次いでいます。

 これはおかしいと考えた私は、医療者向けのポータルサイト「日経メディカル」の私の連載コラムに「「ポストコロナワクチン症候群」は存在するか」というタイトルの記事を載せました。公開されたのが9月22日です。このサイトは医療者が対象ですから、私の目的は医療者に問いかけるものでした。予想通り、何名かの医療者から「自分も似たような事例を経験している」という連絡をもらいました。

 意外だったのが「コラムを読みました。私も同じことで苦しんでいます」という患者さんからの問合せが次々と寄せられたことです。日経メディカルは医療者でなければ会員登録できませんから、おそらく知り合いの医療者から転送してもらった、などで読まれているのでしょう。

 しかし、です。(病名を何と呼ぶかは別にして)ポストコロナワクチン症候群が存在するとした研究は世界のどこを探しても見当たりません。今のところ、多くの医療者からみれば「谷口がわけのわからんことを言っている」という程度のものでしかありません。

 似たような経験を1年半ほど前、2020年の春にもしました。コロナに感染した後、倦怠感や頭痛、味覚障害などが長期間続くという患者さんが相次ぎ、私はこれを「ポストコロナ症候群」と名付けました。初めの頃は誰も相手にしてくれませんでしたが、このときは私には”勝算”がありました。日本にはなくとも海外(特に欧州)からは感染後に症状が長期間残る事例が報告され始めていたからです。尚、このときも日経メディカルの連載コラムで記事を書き「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月9日に公開しました。

 ワクチンで副作用が起こればPMDA(医薬品医療機器総合機構)の専用ページから報告することになっています。その原因が本当にワクチンかどうかは別にして、例えば翌日に激しい頭痛が生じて救急搬送されて死亡したような例はどのような医師が担当してもきちんと報告するでしょう。しかし、救急搬送されたものの医師が「単なる頭痛でワクチンと関連がない」とみなした場合は報告されません。患者さんが「ワクチンのせいです」と主張したとしても、必ずしも医師がそう判断するわけではないのです。

 では、「ワクチン接種後1週間たってもだるさが続く」と言ってクリニックを受診した場合はどうなるでしょう。おそらくこのケースも報告する医師はあまりいないでしょう(私も悩みます)。では、2週間経過していればどうでしょうか。患者さんが「ワクチンが原因だ」と考えていて、私自身もそれが否定できないと判断した場合は報告を検討します。しかし、このケースでは報告しない医師もいるに違いありません。尚、コロナワクチンの副作用の届出は被害者の実名も報告せねばなりません。

 つまるところ、コロナワクチンはどの程度の人にどの程度の副作用が出現して、それがどれくらいの期間続くのかといったことは誰にも分らないのが実情なのです。最近受診した患者さんは、「ワクチン接種後に頭痛を繰り返すようになった」という訴えが主症状ですが、左の脇のリンパ節が腫れているとも言います(ワクチンは左の上腕に接種)。超音波検査をおこなうと、患者さんの主張どおりリンパ節が腫れていました。ワクチン接種後のリンパ節腫脹の訴えは当院ではそう多いわけではありませんが、読売新聞の報告では4割にも上るそうです。

 1回目接種で出現した副作用が長引いた場合、2回目に躊躇するのは当然でしょう。先に述べた日経メディカルの連載コラムでは、「うちたくなかったけれど担当医から強く勧められて2回目を接種して、結局今も寝たきりのまま」の事例も紹介しました。

 一番の問題は「苦しんでいることが医療者に理解されず、医療機関を受診してもほぼ門前払いされている人が少なくない」ことです。当院にメールで相談して来られる人たちに「医師が患者さんを見放すことはありません。その医療機関で診られないのならきちんと診てくれるところを紹介してくれます。まさか、自分で探せ、とは言われないでしょう」と返答したところ、「その、まさかです」という返事が複数返ってきました。

 目下のところ、ポストコロナワクチン症候群というものが存在することにコンセンサスはありません。ですが、当院に相談される患者さんを診ていると、(病名の是非はともかく)ワクチンの後遺症で苦しみ、そして日常生活に影響が出ることはあり得ると私は確信しています。ポストコロナワクチン症候群の存在を認めたからといって、直ちに特効薬が期待できるわけではないのですが、ポストコロナ症候群(感染後の後遺症)の場合も、治療を続けていれば多くの場合改善します(薬が効いたのか自然に治ったのか区別がつかないケースも多いのですが……)。

 ポストコロナワクチン症候群の場合も一人で悩んでいてはいけません。当院をかかりつけ医にしている人のみならず、まだかかりつけ医を持っていないという人で悩んでいる人がいればご相談ください。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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