はやりの病気

2016年10月20日 木曜日

第158回(2016年10月) 「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか

 コムギを避けている人がここ数年で急増しています。以前「医療ニュース」(注1)で述べたように、これは日本だけでなく米国でも同様の傾向にあります。興味深いのは、コムギが原因で生じるセリアック病の患者が増えているわけではなく、また、コムギ/グルテン除去を始めた人の多くがコムギアレルギーでない、ということです(尚、グルテンとはコムギやライ麦に含まれるタンパク質の一種です)。

 セリアック病は元々日本には少なく欧米に多い疾患です。上記「医療ニュース」で述べたように、米国ではセリアック病の有病率は2009年から2014年まででほとんど変わっていません。にもかかわらず、コムギ/グルテンフリー実践者率は同時期に3倍にも増えているのです。

 では、コムギアレルギーが増えているのかというと、全体では増えているかもしれませんが、コムギ除去を始めた人の多くがコムギアレルギーではありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、ここ数年、「コムギを避けると調子いいんです。これはコムギアレルギーに違いありませんから検査してください」と言って受診する人が少なくありません。

 問診から「コムギアレルギーではなく検査不要」と判断することも多々あります(開院以来主張し続けているように「検査は常に最小限」が谷口医院のポリシーです)。こういう人たちは、コムギを避けているといっても、完全除去しているわけではなく、以前に比べてコムギ摂取量を減らしているだけであり、これはアレルギーではありません。では、完全除去している人はどうかというと、そういう人たちも、よくなったという症状を聞くと、それはイライラ感であったり、頭痛であったり、疲労感であったりで、これらはアレルギーを示唆するものではありません。実際血液検査をしてもコムギ、グルテン、ω5グリアジン(注2)のいずれも特異的IgE抗体は陰性となります。

 最近は少し減りましたが依然根強い”誤解”は、IgG抗体が陽性となり、これを「遅延型食物アレルギー」と呼ぶという説です。過去にも述べたように(注3)、これは完全に否定されている説であり、日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」、です。

 話を戻しましょう。セリアック病でなく(注4)、コムギアレルギーでもないのにも関わらず、コムギ/グルテンを除去すると、これまで悩まされていた症状から解放されて調子がいい、という人が現在大勢いるのです。

 おそらくこれまでは、多くの医師は、こういった変化は単に気持ちの問題、言うなればプラセボ効果ではないかと考えていました。私自身も、プラセボか、もしくは、パンやうどん、パスタをやめることによって急激な血糖値の上昇がなくなったことが原因かもしれない、と考えていて、きちんとした疾患ではないと思っていました。

 しかし、それをくつがえすことになるかもしれない論文が最近発表されました。医学誌『Gut』2016年7月25日号(オンライン版)に掲載され(注5)、この論文では、「セリアック病ともコムギアレルギーとも異なるメカニズムで発症するコムギ/グルテンが関与した疾患が存在する」と述べられています。病名をつけるなら「非セリアック病性非アレルギー性コムギ/グルテン過敏症」となりますが、これでは長いのでここからは便宜上「コムギ/グルテン過敏症」とします。
 
 この研究では、コムギ/グルテン過敏症が疑われる症例、セリアック病患者、健康対照者の分析がおこなわれています。コムギ/グルテン過敏症が疑われる患者では、セリアック病やコムギアレルギーではみられない急性かつ全身性の免疫系の反応、さらに細胞性の腸の損傷も認められたそうです。これらから、腸管内に存在する微生物や食物の成分が機能の低下した腸管粘膜のバリアを通過して血管内に侵入し、それらにより、様々な症状が誘発された可能性が示唆されると研究者は考えています。

 また、コムギ/グルテン過敏症の症例では、血中の「可溶性CD14(soluble CD14)」、「リポ多糖結合蛋白(lipopolysaccharide (LPS)-binding protein)」、「脂肪酸結合蛋白2 (FABP2)」などが上昇することが分かったそうです。もちろん、これらの値を調べただけでこの新しい疾患が確定診断できるわけではありませんが、診断にいたるヒントにはなる可能性はあります。今後の研究を待ちたいと思います。

 ここで谷口医院を受診している「コムギ/グルテン除去」をしている患者さんの例を少し紹介したいと思います(ただし、本人が特定されないように若干のアレンジを加えています)。

【症例1】30代女性

以前より疲労感が継続し、熟睡ができない。持病の片頭痛が増悪傾向に。職場でイライラすることが多く上司に暴言を吐いたことも・・・。そんなとき、ネットの情報で、有名人がコムギ除去をおこない調子がよくなったと聞いてコムギ/グルテン除去を開始した。その結果、開始後2週間ですべての症状が改善。1ヶ月に10錠ペースで服用していた片頭痛の薬(トリプタン製剤)の使用が激減した。

 この症例で注目すべきなのは、トリプタン製剤の使用量が激減したということです。疲労感や不眠というのは、計測できないものであり客観的な評価は困難ですが、トリプタン製剤の使用量は客観性があります。片頭痛というのは重症化すると薬局で売っているような鎮痛薬はほとんど効きません。どうしてもトリプタン製剤に頼らざるを得ないのです。これだけ急激に使用量が激減し、生活の変化はコムギ/グルテン除去だけですから、因果関係がある可能性は充分にあると思われます。少し穿った見方をすると、有名人がコムギ除去で健康になった→自分も同じことをして元気になった(有名人と同じ!)→プラセボ効果で眠れるようになった→片頭痛の頻度が減った(片頭痛は適切な睡眠で改善します)、と考えられなくもありません。しかし、これだけ劇的に改善した原因が単なるプラセボとは思えないのです。

【症例2】40代男性

軽度の糖尿病、軽度の高脂血症(高中性脂肪血症)、軽度の肥満、うつ病などで数年前より谷口医院に通院。やはりネットの情報で、有名人がコムギ制限をしていることを知り開始した。症例1の女性と同様、イライラ感、抑うつ感が大きく改善。また、体重が減少し、血液検査では血糖値、中性脂肪共に値が正常化。本人が言うには、最近薄くなり始めていた毛髪も改善してきたとのこと。

 この症例で、血糖値、中性脂肪の値が低下し、体重が減少したのは、コムギを除去したからではなく、おそらく糖質の摂取量が低下したからでしょう。意図したわけではないものの「糖質制限ダイエット」が結果として成功したというわけです。この症例も、穿った見方をすると、体重が減り、自信がついて、(毛髪が増えたかどうかは分かりませんが)、その結果気分が改善してイライラや抑うつ感が改善したのではないか、と考えたくなります。ただし、そうであったとしても、患者さんの採血データが改善し、精神状態がよくなり、仕事での自信もでてきたわけで、一方でコムギを除去したデメリットはほとんどありません。米は食べていますから糖質不足になりすぎることもありません。私はこの患者さんに対しては「コムギを制限して何もかも上手くいっているのですね。ならば続けてみればどうですか」と話しています。もっとも、よく聞くと、ソーセージやカレー、ギョウザなどは食べているようで、コムギを完全除去しているわけではなさそうです。

 コムギ/グルテン過敏症は実在する疾患なのか否か? 現段階ではおそらく「認めない」という医師の方が多いでしょう。しかし、谷口医院では、私の方から勧めることは通常はありませんが、すでにコムギ/グルテン除去を実施している人や、これからやってみたいという人には応援したいと考えています。もちろん、注意深い経過観察が必要ですが。

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注1:医療ニュース2016年9月29日「コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加」

注2:コムギ依存性運動誘発性アナフィラキシーでは、コムギ、グルテンともにIgE抗体が陰性となり、ω5グリアジンのみが陽性となります。また、「茶のしずく石鹸」で有名になった、グルパール19Sによるアレルギーは、特殊な検査で確定させます。  

注3:医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」

注4:セリアック病の診断には小腸粘膜の生検が必要になります。ですから、生検をしていないならセリアック病を否定できないじゃないか、とうい意見があるかもしれません。しかし、セリアック病というのは下痢や腹痛などの消化器症状が生じるものであり、谷口医院で訴えの多い、イライラ、頭痛、疲労感などをきたすわけではありません。

注5:この論文のタイトルは「Intestinal cell damage and systemic immune activation in individuals reporting sensitivity to wheat in the absence of coeliac disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2016/07/21/gutjnl-2016-311964.abstract?sid=6a1deaeb-8cfb-4833-8643-0c9fc2b54324

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2016年9月22日 木曜日

第157回(2016年9月) 最近増えてる奇妙な食物アレルギー

 食物アレルギーというのは、メディアでよく取り上げられるからなのか、多くの質問や相談が寄せられます。最近は少し下火になったとはいえ、依然「遅延型食物アレルギー」についての質問も相変わらず多く、マスコミからの取材依頼もしばしばあります。過去にも述べたように「遅延型食物アレルギー」というものは否定されているものです。一部の情報で、特定の食物のIgG抗体が上昇するのが遅延型食物アレルギーとしているものがあるようですが、日本アレルギー学会のサイト(注1)に記載されているように「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。

 しかし、食物アレルギーを患っている患者さんは年々増えており、しかも従来にはなかったような新しいタイプのものが増えているような印象があります。今回は、そのようなこれまではあまり注目されていなかった食物アレルギーを紹介していきます。

 まず1つめに取り上げたいのは「ビールアレルギー」です。以前は何の問題もなくビールが飲めていたのにもかかわらず、あるときから飲むとすぐに全身に蕁麻疹(じんましん)が出現し、それがだんだんひどくなってきた、というケースです。

 全例とは言いませんが、このビールアレルギーの患者さんの大半は、アトピー性皮膚炎か、もしくはアトピーがなくても手に湿疹がある(あった)人です。そして、かなりの人が過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトの経験があります。診察時に、「居酒屋でバイトしてたでしょ」と言うと、「なんで知ってるんですか?!」と驚かれることもしばしばあります。

 このメカニズムを解説しましょう。これはこのサイトで過去に何度か紹介している「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」と呼ばれるものです。これでは何のことか分からないので、改めてかみ砕いて説明します。

 従来の考え方では、食物アレルギーは、元々遺伝的に決まっているか、あるいは食べているうちにアレルギーが成立するのではないかとされていました。それがそうではないことが分かってくるようになり、正しいと考えられるようになってきたメカニズムは「食物アレルギーの機序・・・仮説」でクリアカットに説明できます。これはまだ「仮説」の域を超えていないのですが、最近、正確であることを強く示唆する事象がいくつかでてきています。

 その代表が日本で生じた「茶のしずく石鹸」によるコムギアレルギーです。従来コムギを普通に食べていた人たちが、コムギを少し食べただけでアレルギー症状が出現し、ひどい場合は救急搬送される例が相次ぎました。コムギアレルギーがなぜ生じたのか。それは「茶のしずく石鹸」に含まれるコムギの成分が皮膚から身体に侵入することで、身体がそのコムギ成分をアレルゲン、つまり「敵」とみなすようになったからです。つまり、一部の食物は口から入るとアレルゲンにはならず(これを「免疫寛容」といいます)、皮膚から体内に侵入するとアレルギーが成立し(これを「感作」と呼びます)、いったんアレルギー(感作)が成立すると、その食物を普通に食べてもアレルギー症状が生じるのです(注2)。

 これまでは問題なく食べていたものであっても、その食べ物が皮膚から体内に侵入するとアレルギーになってしまう。これが「食物アレルギーの機序・・・仮説」の実態です(注3)。本当にこのようなことがあるのか・・・。この仮説が提唱されたときは懐疑的な声も少なくなかったものの、次第にこれを裏付ける事象が増えてきているのです。

 ビールアレルギーもそのひとつです。ビールアレルギーの大規模調査はみたことがありませんが、私の実感として、多くの人は過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしており、そこでビールがこぼれて炎症があった皮膚に付着した、という経験をもっています。そして、ビール酵母もしくは麦芽のIgE抗体を調べると陽性となります。他のほとんどの食物アレルギーと同じように、いったんビールアレルギーになってしまえば、対策としてはビールを避けるしかありません。アトピー性皮膚炎や手湿疹がある人は、アルバイトの選択を考え直した方がいいかもしれません。

 次に紹介したいのは、マカロンやカンパリなどの赤色の食べ物・飲み物です。この原因はこのサイトで過去にも紹介したことのあるコチニールが原因です(注4)。2012年5月、消費者庁は、「コチニール色素に関する注意喚起」というタイトルのニュース・リリースを公表しました(注5)。我々医師の実感としては、この発表の前からも、マカロンやカンパリのアレルギーはときどき経験していました。特に珍しいと言えるものでもないために、「マカロンやカンパリを避けましょうね」で済ませていましたが、私には以前から疑問に思っていたことがありました。それは、これらのアレルギーを持っているのは全員が女性、ということです。消費者庁のニュース・リリースには性差については触れられていません。しかし私はこれまで男性のこれらのアレルギー患者を診たことがありません。なぜなのでしょうか。マカロンを好んで食べるのは男性よりも女性でしょうし、バーでカンパリソーダを注文するのは女性が多いからか・・・。そのように考えたこともありましたが、答えは別にありそうです。これを解く「鍵」も「食物アレルギーの機序・・・仮説」にあります。

 なぜ、女性にだけコチニールアレルギーが起こるのか。それは女性が口紅を使うからです。(ですから口紅を用いる男性にも当然起こることになります) 一部の口紅には、赤色を出すためにコチニールが用いられているのです。もっとも、コチニール入りの口紅を使えば誰もがアレルギーを発症するわけではありません。おそらく、口紅があれていたり(口唇炎)、口角炎があったりして皮膚の微細な傷からコチニールが体内に侵入したのでしょう。それで「感作」されアレルギーが成立するというわけです。ですから、これから対策を立てるとすれば、コチニール入りの口紅を避けることと、いったんアレルギーが発症した場合は、マカロン、カンパリは避け、赤色の食べ物をみたときは原料を確認することです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」で説明できそうなアレルギーで、最近増えていると私が感じているのが「ココナッツアレルギー」です。ココナッツ入りの食べ物・飲み物を食べた直後に身体がかゆくなるというのが典型的な症状です。そして、大半の例に、ココナッツオイルでマッサージを受けた経験があります。ココナッツは美味しいですし健康にもいいものですから、食べられなくなることは避けたいものです。少なくとも、湿疹や傷があるときにはココナッツオイルを用いたマッサージは避けるべきだと思います。

 最後に紹介したいのが「納豆アレルギー」です。私自身はまだ患者さんを診たことがないのですが、学会などでは最近よく紹介されています。納豆アレルギーが興味深い点は2つあります。1つは、症状が出るのが遅く、納豆を食べてから半日から1日くらいたってから出る、という点です。通常、食物アレルギーは食べた直後から遅くとも1時間くらいして出ますから、納豆アレルギーは例外的な食物アレルギーと言えます。

 もうひとつ納豆アレルギーで興味深いのが、先に述べた、コムギ、ビール、コチニール、ココナッツなどとは異なり、納豆が皮膚から入ったことが原因ではない、ということです。では原因は何なのか。これを解くヒントは「納豆アレルギーの大半はサーファー」という事実です。では、なぜサーファーにアレルギーが起こるのか。この答えは「クラゲに刺されるから」です。つまりクラゲの持つネバネバとした成分(ポリガンマグルタミン酸と呼ばれています)が皮膚から体内に侵入し「感作」が成立し、そのネバネバ成分と構造が似ている納豆のネバネバ成分を食べるとアレルギー症状が出現するというわけです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」が「仮説」でなくきちんとした「原理」と認められるにはまだもう少し時間がかかるでしょう。また、どんな食べ物でもこの仮説が当てはまるわけではなく、例えば化粧品には、白ワイン、米、日本酒などが原料に使われているものもありますが、コムギやココナッツのようなアレルギーが生じたという報告は聞いたことがありません。

 しかしながら、この仮説で説明がつく、我々が気づいていないアレルギーもまだまだあるのではないかと私は思っています。例えば、ピーナッツアレルギーは、この機序で説明できるのでは?と思えてきます。口の周りが荒れている子供が行儀悪くピーナッツバターを食べるのは危険ですし、ピーナッツの破片がころがっているような床で赤ちゃんがハイハイをするのは避けるべきだと思います。一部のカニアレルギーは、カニを頬張ろうとしたときにカニの甲羅で口の周りが切れてそこからカニの身が入ったのでは・・・? 最近増えている果物アレルギーも、もしかすると行儀悪くかぶりついたときに果物エキスが口角炎から侵入したのでは・・・? 

 10年後のアレルギーの教科書が大きく改訂されているかもしれません。 

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注1:下記を参照ください。

http://www.jsaweb.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=51

注2:これをイラストで示したものが下記です。

http://www.stellamate-clinic.org/images_mt/child.pdf

注3:詳しくは下記を参照ください。
メディカルエッセイ第136回(2014年5月)「免疫学の新しい理論」

注4:下記を参照ください。
医療ニュース2012年5月28日「コチニールのアレルギーに注意!」

注5:下記で読めます。

http://www.fsc.go.jp/sonota/cochineal.pdf

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2016年8月22日 月曜日

第156回(2016年8月) 低カリウム血症の意外な理由

 医師国家試験の勉強をしているとき、私が苦手だった病態のひとつが「低カリウム血症」でした。カリウムが低いなら野菜や果物を摂ればいいではないか、という簡単な話ではもちろんなくて、試験では「なぜ低カリウムになっているか」を考えなければなりません。また、実際に医師になってからも、患者さんの低カリウムがみつかることはしばしばあり、この原因を突き止めなければなりませんし、場合によっては緊急入院してもらわなくてはならないこともあります。当たり前ですが、実際の臨床は試験とは違いますから誤診は許されません。

 なぜ私は試験で低カリウム血症が苦手だったのか。最大の理由は、低カリウム血症の原因となる疾患が山ほどあるからです。少し例を挙げると、腎血管性高血圧、原発性アルドステロン症、尿細管アシドーシス、クッシング症候群、褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群、ファンコーニ症候群、バーター症候群、ギッテルマン症候群、リドル症候群、・・・・。慣れないうちは「低カリウム」と聞いただけで頭がクラクラしたものです。

 低カリウムの原因には薬剤性もあります。つまり、どの薬が低カリウムの原因になりうるか、とういことはあらかじめ知っておかねばならないのです。少し例をあげると、一部の利尿薬、インスリン、一部の降圧薬、テオフィリン(喘息で使う薬)、また漢方薬の主成分のひとつである甘草(かんぞう)でも起こります。

 限られた時間のなかで回答せねばならない試験で低カリウムがでてくると、やれやれ・・・、という気持ちにはなりますが緊張感はありません。怖いのは実際の診察室です。身体がだるい、力がはいらない、手がふるえる、身体がむくむ、体重が減っている、頭痛が止まらない、めまいがする・・・、こういった患者さんが受診すれば、低カリウム血症を一度は疑わねばなりません。

 そして、程度の差はあれ、実際に低カリウムになっていることは珍しくありません。では、国家試験の問題を解くような気持ちで、ひとつひとつの病気を吟味しなければならないのでしょうか。例えば、「ん? ギッテルマン症候群では血圧は上がるんだったっけ? リドル症候群はたしか遺伝性疾患だからこの年齢まで発見されないのはおかしいよな。遺伝は優性遺伝でよかったかな?もしかして劣性遺伝?」なんてことをゆっくりと考えているヒマはありません。診断は正確にしなければなりませんが、苦しんでいる患者さんが目の前にいるわけですから迅速さも大切なのです。

 実際に診察室で診る低カリウム血症は大半が「若い女性」です。「若い」というのはだいたい10代後半から50代前半くらいです。(50代は若くないという意見もあるかもしれませんが、医療の現場で50代は「若い」のです)

 私が医学部の学生で試験対策をしているときは低カリウム血症の鑑別、つまり低カリウムをおこしている元の疾患を探し出すことに苦労しました。今は、まったく別のことで苦労しています。多くの場合(すべてではありません)、若い女性の低カリウム血症の原因は、嘔吐・下痢・多尿のいずれかです。大切なカリウムが嘔吐物、便、尿と一緒に体外に出て行ってしまい、その結果低カリウム血症となるというからくりです。なぜ嘔吐・下痢・多尿が起こっているかについてもだいたい推測が可能で、ほとんどのケースでそれは当たっています。

 大変なのはここからです。まず、最も困るのが、私の「推測」が患者さんに否定されるときです。推測が本当に外れているなら否定されるのは当然ですが、私の「推測」はたいてい当たっています。では、なぜ彼女たちは私の「推測」を否定するのでしょうか。その理由は後で述べます。

 もうひとつ大変なのは、私の「推測」が当たっていることを認めてくれたとしても、その原因をなかなか取り除いてくれない、つまり私の言うことを聞いてくれないことがしばしばあるからです。この理由も後で述べます。

 では若い女性に嘔吐・下痢・多尿はなぜ起こるのでしょうか。もちろんお酒を飲みすぎれば嘔吐しますし、食中毒があれば下痢をしますし、コーヒーや緑茶など利尿効果の高いものを飲めば多尿は起こります。ただし、この程度では重症の低カリウム血症にはなりません。重症の放っておいてはいけない低カリウム血症になるのは、尋常でないほどに嘔吐・下痢・多尿が起こるときで、これらには何らかの”行動”があるはずです。

 ひとつひとつをみていきましょう。まず、「嘔吐」の原因は摂食障害(拒食症)です。摂食障害の場合、患者さんは吐いていること自体は比較的簡単に認めますが、それを病気だと認識していません。うつ病を併発し、いかにも病んでいる、という感じの女性もいますが、その逆に、快活で自己主張もはっきりしている優等生タイプも少なくないのです。実際に学校の成績がよい学生や、働く世代であれば若いのに役職がついているような人もいます。嘔吐を繰り返していることは認めてもそれが病気であるとは思っていませんから、治療をしましょうと言っても聞いてくれませんし、精神科受診を勧めても拒否されることが多いといえます。それに、精神科受診すればすべて解決するわけではなく、また精神科医からみても摂食障害は難治性疾患であり、実際、病院によっては「摂食障害は紹介しないでほしい」と言われることもあります。

「下痢」は下剤(便秘薬)を使っているからです。しかも大量に。このケースは、初めは便秘解消目的で下剤を使っているのですが、そのうちにたくさん食べても吸収される前に、下剤を使って便として出してしまえば太らないだろうと考えるようになるのです。この人たちにも病識はありません。むしろ、「吐くのは問題だけど便をするならOK」と考えていることも多々あります。

「多尿」は利尿薬の乱用です。利尿薬は薬局で買えませんからクリニックや病院を複数受診し入手しているか、あるいは最近はネットでも簡単に買えます。日本の医療機関で他人に処方されたものをその人から購入するのは違法ですが、個人輸入で海外製を購入するのは合法です。国内製品ならば医師の処方がないと使用できない薬品が、海外製品であればクリックひとつで購入できてしまうというのはどう考えてもおかしいと思うのですが、これが現実です。ある海外輸入のサイトをみてみると、「芸能人やモデルに人気の〇〇〇〇〇は、全身のむくみなどを取り除く利尿剤です」と書かれていました。

 むくみの原因は様々で、たしかに、定期的に利尿薬を使った方がいい場合もあります。しかし、その場合は、適切なタイミングで採血をおこない、カリウムが下がっていないかどうか、また他の副作用が出ていないかどうかをチェックします。カリウムが低下傾向にあれば、カリウムを下げないタイプの利尿薬に変更、または併用することもあります。自分の判断で利尿薬を内服するのは絶対にやめなければなりません。

 嘔吐・下痢・多尿にあてはまりませんが、ここ数年で多いのが、やはり海外製のやせ薬による低カリウム血症です。一番多いのは甲状腺ホルモンが含まれているケースで、これは人為的に甲状腺機能亢進症をつくりだしているわけですから、低カリウムが起こるのは当然です。ただ、この人たちが医療機関を訪れるのは低カリウムがあるからではなく、嘔気、めまい、頭痛、動悸などに耐えられなくなるからです。

 ここまでくればもうお分かりだと思います。若い女性の低カリウム血症の大半は「やせ願望」から起こっている異常行動が原因です。興味深いことに、私の経験で言えば、彼女らは実際にはそれほど太っていないどころか、すでにやせている女性も少なくありません。にもかかわらず、もっとやせたいと考えているのです。こういったやせかたが危険であることを説明すると、分かってもらえることもありますが、なかなか理解してもらえないこともよくあります。最も困るのが下剤や利尿薬を使っていることを認めてくれない場合です。患者さんが認めないのになぜ断定できるんだ、という声もあるでしょうが、例えば入院すればすぐに回復し、退院するとすぐに低カリウムになるという人は、「物証」はありませんが、まず間違いなく医療者に嘘をついて病院外で何かをしています。低カリウムはときに大変危険です。致死的な不整脈をおこしており、直ちに集中治療室(ICU)に入院せねばならないこともあります。

 医師国家試験の低カリウムは原因をつきとめるのが大変です。しかし、実際の医療現場で苦労するのは患者さんに理解してもらい行動を改めてもらうことです。私が医師国家試験の問題を作成するなら、低カリウムの原因を考えさせる問題はほどほどにしておき、どうすればいきすぎたダイエット信仰を考え直してもらえるかを問うてみたいと思います。

参考:
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」

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2016年8月11日 木曜日

2016年8月 医学部の同窓会で驚いたことと気づいたこと

 先日、医学部卒業後初めての同窓会が開催されました。私は研修医を終えてから、複数の医療機関でさらなる研修を受け、タイのエイズ施設でボランティアをおこない、その後大学に籍を置いてからもいろんなところで勤務をし、かなり慌ただしく過ごしたために、結果としてほとんどの同級生とは卒業以来一度も顔を合わせていませんでした。もっとも、同窓会の開催が卒後初めてのことであり、私と同じように、同期と会うのは久しぶり、という同窓生も少なくはありませんでした。

 さて、その同窓会に出席して、私がとても驚いたことがあります。それは、「ほとんどの同級生がまったく変わっていない」ということです。これは「三つ子の魂百まで」という意味ではありません。もちろん、性格自体も変わっていないことは少し話せば分かるのですが、これは想像できたことです。私が驚いたのは、「外見」つまり「見た目」が変わっていない、ということです。

 私が医学部に入学したのは27歳時。現役で入学した人たちとは9歳離れていることになります。そんな彼(女)らも、今や一番若い人たちでも現在40歳直前です。さすがにこれだけ月日がたてば外見の変化は避けられないはずです。

 しかし、若い・・・のです。しかもほとんど例外なく。私は高校の同窓生にもときどき会いますし、大学(関西学院大学)時代の友達とも顔を合わせますが、何割かの男女は、若い頃の面影がまったく感じられないほど”激変”しています。ですから久しぶりに合うと、その変貌の大きさから、一瞥しただけでは同一人物だと認識できないことすらあります。

 私はその医学部の同窓会で、「みんなが変わっていないので驚いた」と何度も口にしたのですが、あまりこの話題にのってくれる人はいませんでした。おそらく、彼(女)らからすると、40歳前後に年をとったくらいでそんなに変わるわけないでしょ、という気持ちがあったのだと思います。つまり、彼(女)らからすれば、外見が大きく変貌した友達が周囲にいないことが予想されるというわけです。

 ところで、「若さ」は何で決まるのでしょうか。ひとつは「中年太り」という言葉があるように年と共に体重が増える人がいます。私が日々診ている患者さんのなかにも多く、20歳の頃から比べると10kg以上太ったという人もざらにいます。しかし、同窓会に来ていた医学部の同級生のなかで肥満はゼロでした。特に、女性は出産していても(なかにはすでに3人の子供のお母さんになっている人もいました)体重増加とは縁がないようで、大学生の頃と見た目がほとんど変わっていないのです。

 医学部の同級生は喫煙者もゼロです。私が高校や大学(関西学院大学)のときの友達と集まればだいたい3分の1くらいは今もタバコを吸っていますからこの違いは歴然です。医学部の同窓生もお酒は大半の人が飲みますが、見境なく飲むような人はいません。

 もうひとつ、私が同窓会で感じて、それが「若さ」の秘訣になっているのではないかと感じたことがあります。それは「明るくて真面目」ということです。仕事で辛いことがまったくない人などおらず、それなりのグチのような言葉は多少出ますが、それでも真面目に明るく向き合っているのです。仕事や上司のグチを延々と吐き続け、意識がなくなるほど泥酔する人を私は会社員時代に何度か見ましたが、医学部の同級生の間ではそういう人は皆無なのです。

 とても充実した同窓会に参加した私は後日、数か月前に読んだある新聞記事を思い出しました。それは「真面目な人ほど年収が高い」ということを示した研究です。さっそく調べてみると興味深いことがわかりました。

「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査2015」というタイトルの東京大学の研究(注1)で2016年4月25日に結果が公表されています。研究の対象者は29~49歳の5千人近くの男女です。アンケートで、①勤勉性、②まじめさ、③忍耐力を評価し、これらが年収と関係があるかどうかが調べられています。結果、①勤勉性が最も高いグループは最も低いグループに比べ65万円年収が高く、同様に、②まじめさ、③忍耐力ではそれぞれ73万円、75万円の差が認められたのです。

 ただし、私が言いたいのは、「医師は真面目だから年収が高い」、ということではありません。同窓会に参加して感じたのは、「真面目だから見た目が若い」ということです。これを主張するためには、別の研究結果を参照する必要があります。

 2010年に実施された「国民健康・栄養調査」では、年収と、体型、食生活、運動、喫煙などとの関係が示されています(注2)。この調査の結論を一言でいえば、「年収が高いほど健康的」となります。例えば、年収(世帯所得)が600万円以上の女性で肥満者は13.2%なのに対し、200万円未満の女性では25.6%と大きく上昇します。また、600万円以上の男性の野菜摂取量が293グラムなのに対し、200万円未満の男性では256グラムしかありません(注3)。

 厚労省が実施する「国民健康・栄養調査」の結果をみて、「年収が高くなければ健康になれないのか・・・。健康格差は年収で決まるのか・・。貧乏人は長生きできないってことなんだな・・・」と感じる人が多いでしょう。さらに、「昔に比べて所得格差が広がっているのは政府が悪いからで、政府のせいで低所得者の健康が危機にさらされている・・・」と思う人がいるかもしれません。

 私の考えは違います。「年収が高いから健康」なのではなく、「真面目だから規則正しい生活ができて健康を維持できる。そして真面目であれば高収入が期待できる。つまり真面目さが健康と高収入の双方につながり、そして身体のみならず精神的にも社会的にも安定が得られることで見た目が若くなる」、というものです。

 ここでもう一度医学部の同級生の話に戻ります。以前拙書にも書いたことがありますが、医学部の学生の大半は天才ではありません。そうではなくコツコツと真面目に努力を重ねるタイプです。大学の授業でも役立つことがあるから、と言って、高校時代の物理や数学のノートを持参する同級生に驚かされたことがあります。私は高校時代のノートなどもはやどこにもありません。というよりそもそもノートなど作った記憶がありません。しかし、医学部に入学してからは私も彼らに見習ってノートをきちんととるようにし、それは今も大切にとってあります。そうなのです。私は随分と年下の彼(女)たちの勉強に対する姿勢に影響を受け、私自身が真面目(と自分で言うのはこっぱずかしいですが・・・)になることができたのです。

 医学部に現役で合格する男女というのは、中学時代から、あるいはもっと前からコツコツと真面目に勉強しています。私が高校一年生の4月、たった3日で挫折してやめてしまった数学の「4ステップ」(教科書傍用問題集)も彼(女)らは、毎日続けていたのでしょう。彼(女)らは、少々のスランプが訪れたとしてもそれを乗り越える勤勉さと忍耐力を持っているのです。そしてその勤勉さや忍耐力が過酷な研修医生活を乗り越え、その後の激務もこなし、同時に家庭でも成功しているのです。

 私には元々真面目さ、勤勉さ、忍耐力のどれもが欠落しており、ただ「学問を学びたい」という”勢い”だけで医学部に入学しました。その後も「学びたい」という気持ちがさほどぶれなかったからこそその後の勉強ができたんだ、と思い込んでいましたが、今思えば、もしも彼(女)らに出会っていなければ、そのうち私の悪いクセがでて、勉強を放棄したかもしれません。

 真面目さ、勤勉さ、忍耐力は、ずいぶんと年下の同級生たちから学ばせてもらったのだ・・・。これが、私が同窓会に参加して彼(女)らの見た目の若さから気づいたことです。

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注1:この研究の詳細は下記URLを参照ください。

http://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/PR/15PressRelease.pdf

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2012年2月6日「年収低いほど肥満、野菜不足、運動不足」

注3:詳しくは下記を参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000020qbb-att/2r98520000021c30.pdf

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2016年7月22日 金曜日

第155回(2016年7月) 黄熱~世界一恐ろしい生物と予期せぬアウトブレイク~

 今年(2016年)最も注目されている感染症のひとつがジカウイルス(ジカ熱)です。2015年後半からブラジルを中心に流行が始まり、妊婦さんが感染すると小頭症の赤ちゃんが生まれてくることや、生涯にわたり神経症状に苦しめられることもあるギランバレー症候群のリスクが知られるようになりました。さらにその後、性感染がけっこうな頻度で生じることがわかり、厚生労働省も、流行地域から帰国後、症状の有無にかかわらず最低8週間は性感染のリスクがあると発表しています。

 オリンピックが間もなく開催されようとしているブラジルでジカウイルスが流行しているのはなんとも皮肉な話です。ジカウイルスは蚊に刺されることによって感染します。以前取り上げたように蚊とは「世界一恐ろしい生物」なのです(注1)。

 世界一恐ろしい生物である蚊は「単独」でヒトを殺せるわけではありません。口から他の病原体をヒトに「注入」し、体内に侵入した別の病原体がヒトを殺すわけです。この病原体で最も多くのヒトを殺しているのがマラリアです。マラリアは世界三大感染症のひとつです。(他のふたつは結核とHIVです)
 
 蚊が媒介するヒトを殺す感染症でマラリアの次に多いのはおそらく黄熱です。マラリアも含めて蚊が媒介する感染症というのは、アジア、アフリカ、南米などに多く、こういった地域の多くは公衆衛生学がそれほど発達しておらず、そのため正確な感染者数や死亡者数を知ることは困難です。それでもいくつかの発表をみてみると、死亡者最多はマラリアの50万人以上でこれはダントツの1位です。次いで多いのが黄熱で、WHOの発表では29,000~60,000人(注2)。日本脳炎(注3)とデング熱(注4)は共に2万数千人程度、チクングニア熱とウエストナイル熱が共に数百人程度、リフトバレー熱はほぼゼロ、小頭症やギランバレー症候群は恐怖ですがジカウイルスも死亡者についてはほぼゼロです。フィラリアという生涯に渡り苦しめられる感染症があり、これは蚊が媒介する感染症ではとてもやっかいなものですがフィラリア自体で死亡することはあまりありません。

 つまり、マラリアを除けば、蚊で死ぬかもしれない感染症では「黄熱」が最も多いということになります。マラリア対策にはWHOを始め多くの団体が支援を打ち出していることが知られていますが、実は黄熱への対策も今世紀に入ってから積極的におこなわれています。

「黄熱イニシアチブ(Yellow Fever Initiative)」と命名されたWHOのプロジェクトが2006年に立ち上がりました。これは、黄熱が最も問題となっている西アフリカのいくつかの国で合計1億人以上にワクチン接種をおこなうという計画です。黄熱には治療薬がありません。また蚊(ネッタイシマカ)を全滅させることは事実上不可能です。であるならば、大きく感染者を減らすにはワクチンが最適ということになります。実際、このプロジェクトが功を奏し、WHOの発表によれば2015年の西アフリカでの黄熱のアウトブレイクは「ゼロ」となったのです。「黄熱イニシアチブ」は成功した。この調子なら黄熱は完全に撲滅することも不可能ではない・・。おそらく多くの人はそう思ったのではないでしょうか。

 ところが、WHOがアウトブレイク「ゼロ」と発表した数か月後、事態は誰もが予期しなかった方向に向かいます。2015年12月頃からアフリカ南西部のアンゴラで黄熱感染者の報告が少しずつ増えだし、2016年3月までに335人が感染、うち159人が死亡したのです。これを受けて、WHOが正式に「アウトブレイク」を表明しました(注5)。アンゴラでの黄熱のアウトブレイクは1988年以来、28年ぶりです(注6)。1988年には感染者が37人、死亡者が14人でしたから、2016年の規模は10倍以上ということになります。

 アンゴラのアウトブレイクはさらに広がることになります。中国人の感染者が相次いで報告されたのです。2016年3月には6人、4月には4人のアンゴラから帰国した中国人が黄熱を発症しました。

 ここで黄熱とはどのような感染症なのかをまとめておきましょう。媒介する蚊はネッタイシマカで、アジア、アフリカ、中南米に多く生息しています。日本にも沖縄にはネッタイシマカがいますが、少なくとも記録が残っている太平洋戦争後では国内での黄熱発症者はいません。感染するのはアフリカと中南米だけで、アジアでは感染しないとされています。

 感染すると3-6日の潜伏期間を経た後、発熱、筋肉痛、頭痛、嘔吐などの症状が出現します。しかし、多くの人はまったく症状がでず感染に気付かずに治癒します。症状は3-4日程度で消失しますが、なかには第二期に入る場合もあります。第二期に入れば再び高熱が生じ、肝臓や腎臓が障害を受けます。肝臓が急激にやられるために黄疸が出現し、このため身体は黄色くなります。これがこの病気の名前「黄熱」の由来です。尿は黒くなり、腹痛・嘔吐に苦しみます。出血が口、鼻、目、胃などから生じ、ここまでくれば半数の人は7-10日後に死に至ります(注7)。

 いったん発症すると黄熱ウイルスに効く薬はありませんから、解熱鎮痛剤程度くらいしか使える薬はありません。しかし、黄熱には優れたワクチンがあり、WHOによればワクチン接種者の99%が30日以内に効果がでます(注8)。しかも比較的安全で安いワクチンですから、世界中でワクチンを一斉にうつことができれば黄熱はほぼ消失する可能性があります。

 ただし、アフリカや中南米に渡航しない人には必要ありませんし、アフリカ・中南米のすべての国と地域が高リスクとはいえないですし、そもそも安価とはいえ、ワクチンには限りがあります。そこでWHOは「黄熱イニシアチブ」でアウトブレイクを繰り返している西アフリカをターゲットにしたのです。しかし、西アフリカでは成功したものの、アンゴラで28年ぶりの予期せぬアウトブレイクが起こってしまったというわけです。

 黄熱ウイルスはヒト→ヒトへの感染はありませんが、ヒト→蚊→ヒトであれば感染します。ですから、黄熱が発生する国としては、黄熱ウイルスを持っているかもしれない外国人の入国を拒否したくなります。それで、いくつかの国では黄熱ワクチンを接種したことを証明するカード(これを「イエローカード」と呼びます)を持参することを義務づけています。

 ここで注意しなければならないのは、出国した国によって求められる場合があるということです。例えば、日本からロンドンやシンガポールを経由して南アフリカ共和国に入国する場合はイエローカードを求められません。しかし、ブラジルに滞在した後で同国に入る場合は求められるのです。そして、このような国はたくさんあります。つまり、無条件でイエローカードを求められる国と、どこの国から入国するかによって求められる国があるということです。しかも、このルールは頻繁に変わるために、アフリカ・中南米に渡航する人は最新の情報に注意しなければなりません(注9)。

 しかし、黄熱ワクチンは一度接種すれば生涯有効で、イエローカードは一度発行されれば生涯使えます。実は、つい最近まで、イエローカードの有効期間は10年間とされていたのですが、2016年7月11日から、これまでに発行されたものも含めて、生涯有効とされました。ですから、今は予定がなくても、将来中南米やアフリカに渡航することを考えている人はワクチン接種を検討するのがいいでしょう。(ただし、黄熱ワクチンを接種できる機関は限られています(注10))

 日本で流行する可能性は極めて低いと思われますが、中国でもそのように言われていたわけですから、やはり流行国を渡航する場合には注意が必要でしょう。

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注1:下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第149回(2015年6月)「世界で最も恐ろしい生物とは?」

注2:WHOの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/

注3:厚生労働省検疫所の該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/03181434.html

注4:エーザイの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://atm.eisai.co.jp/ntd/dengue.html

注5:アンゴラでのアウトブレイクについてはWHOの報道(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/features/2016/yellow-fever-angola/en/

注6:WHOの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/emergencies/yellow-fever/mediacentre/qa/en/

注7:このあたりの記述はWHOの該当ページに基づいています。

http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/

厚生労働省の黄熱のパージは下記URLを参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124615.html

注8:黄熱ワクチンを開発したのは、南アフリカ出身で米国の微生物学者マックス・タイラー(Max Theiler)で、1951年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。ちなみに、野口英世はいち早く黄熱の対策に取り組んでいて、病原体を発見したと発表しましたが、後に誤りであることが分かりました。野口英世の時代には光学顕微鏡では観察できないウイルスの存在がまだはっきりとわかっていなかったのです。野口英世は黄熱で他界しています。

注9:いろんなサイトで、いろんな情報が公開されていますが、まず間違いなく確実にアップデイトされており最も正確なのはWHOの下記ページだと思われます。ただし、実際に渡航されるときにはその国の領事館に確認するのがいいでしょう。

http://www.who.int/ith/2015-ith-county-list.pdf?ua=1

注10:厚労省検疫所の下記ページを参照ください。

http://www.forth.go.jp/useful/yellowfever.html#list

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2016年6月20日 月曜日

第154回(2016年6月) 誰が薬剤耐性菌を生みだしたか

 薬剤耐性菌という言葉、誰もが聞いたことがあり、言葉の意味も、なぜ薬剤耐性菌が生じるかについてもほとんどの人が知っています。我々医療現場にいる者からすると、この薬剤耐性菌というものに対する恐怖は並大抵のものではないのですが、マスコミも一般の人たちも、そして(腹立たしいことに)行政も今ひとつその危機感を持っていないように思えてなりません。

 今回は、薬剤耐性菌の問題に対してきちんとした対策をとっていない人たち、主に行政を批判するコラムになります。批判の前に、現在の薬剤耐性菌についてまとめておきます。

 抗菌薬を多用しすぎると、遺伝子に変異をおこしその抗菌薬で死なない細菌だけが生き残るようになり、これを「薬剤耐性菌」と呼びます。薬剤耐性菌が出現すると、今度はその耐性菌を退治できる抗菌薬の開発がおこなわれることになります。するとその新しい薬に対して耐性を獲得した菌が出現し、再び新しい薬剤が・・・、とイタチごっこのような「細菌vs人類」の対決が繰り広げられているわけです。

 で、現在の”戦況”はどうかというと、人類に分が悪いというか、耐性菌の恐怖は次第に大きくなってきています。例えば、米国CDC(疾病管理局)は2014年に「CRITICAL – 2014 Year in Review」というタイトルの発表をおこない、そこで「新しい4つの感染症」を驚異として取り上げています(注1)。その4つのうち1つが薬剤耐性菌です。(あとの3つは、エボラ出血熱ウイルス、エンテロウイルスD68(注2)、MERSウイルスです)

 実際にアメリカでは薬剤耐性菌の被害が深刻で、最近よく取り上げられるのが通称CREと呼ばれるカルバペネム耐性菌(正確には「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌」)です。カルバペネムという名の従来は「最後の切り札」として使われていた抗菌薬が効かない菌のことで、特定の菌種を指すのではなく、カルバペネムが効かない菌を総称して呼びます。

 カルバペネム耐性菌に対して唯一有効なコリスチン(注3)という薬があるのですが、細菌vs人類の歴史は細菌側に有利な展開となります。2015年11月、コルヒチンが効かない細菌が中国の養豚場で見つかったのです。そして2016年5月、米国でコリスチンが効かないカルバペネム耐性菌に罹患した患者がみつかりました。この患者は49歳の女性で、尿路感染症がなかなか治らず、やむを得ずコリスチンが使われたものの効かなかったと報じられています。(その後この女性がどのようにして治療されたのか、現在も感染症が治癒せず続いているのかどうかについては報道がなく不明)

 日本でもカルバペネム耐性菌は深刻な問題ですがそれ以外にもあります。ここ数年でよく取り上げられる薬剤耐性菌に「ESBL産生菌」と呼ばれる細菌(正確には「基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生菌」)があります。2016年6月16日の日経新聞によりますと、これまでに少なくとも66人の子供(うち9人は生後3日以内)がこの細菌による敗血症を発症し、うち2人が死亡しているそうです。ESBL産生菌は現在のところ先に述べたカルバペネム系が有効とされていますが、すべての患者に使えるわけではありません。

 他には通称「KPC」と呼ばれる「カルバペネム耐性クレブシエラ」、ニューデリーで最初に発見されたことから命名されたNDM-1あたりが注目されています。NDM-1については過去のコラム(注4)で紹介したこともあります。

 2016年5月26~27日に開催された伊勢志摩サミットで、薬剤耐性菌に対して世界各国で協調して取り組んでいくことが首脳宣言に盛り込まれました。評価されるべきなのは「畜産業で成長促進のために抗菌剤を使用することを段階的に廃止する」(注5)という合意が得られたことです。先に述べたコリスチン耐性の報告があった中国でも発見されたのは養豚場で、つまり家畜のエサに大量に抗菌薬が入れられていることが原因です。家畜に対する抗菌薬の使用については米国もおそらく中国とそう変わらないはずです。あまりマスコミは取り上げませんが、オバマ大統領が米国での畜産業から抗菌薬を廃止することに同意したのは画期的なことです。

 伊勢志摩サミットで検討された薬剤耐性菌対策は、基本的には2015年の(ドイツの)エルマウサミットでの決定事項の流れを汲んだものです。ただエルマウサミットでは「抗生物質の適正使用を促進し」という表現にとどまっており具体性がありあません。そこで、日本政府は、伊勢志摩サミットの開催に先駆けて、2016年4月1日の閣議で「抗菌薬の使用量を2020年までに現状の3分の2に減らす」とする行動計画案を発表しました。マスコミの報道によれば、「医療機関向けに抗菌薬使用の指針などをつくる」としているそうです。

 それから約2ヶ月が経過しましたが、医療機関向けの政府のこのような指針の発表はありません。私は新聞報道でこの政府の発表を聞いたとき、「医療機関への指針の前にすることがあるだろう」と感じました。

 日本政府がまずすべきなのはアジア諸国に対する注意勧告です。タイやインドでは屋台で抗菌薬が売られている光景を目にすることがあります(本物かどうか疑わしいのもありますが・・・)。また、医師の処方箋がなくても薬局で抗菌薬が誰でも買える国は多数あります。例えばフィリピンの薬局では「ペニシリン1錠ください」と言えば、実際に1錠だけ買うこともできます。このような使用はもちろん「完全な誤り」であり、医師は抗菌薬を処方するときに量を適当に決めているわけではありません。ときには3日分、ときには7日分となるのは菌の種類と重症度、その患者さんの免疫能などを考えて総合的に判断しているからです。先に述べたNDM-1は、インドでは不適切な抗菌薬の使用が横行していることが原因で生まれたと言われています。日本政府がまずおこなうべきなのはアジア諸国への注意勧告に他なりません。

 次に自国に目を向けてみましょう。私が日ごろ感じている日本での抗菌薬に関する最大の問題は「個人輸入」です。薬物の個人輸入は麻薬や覚せい剤でない限りは合法だそうですが、私は抗菌薬を禁止にすべきと考えています。いくつかある薬剤の個人輸入代行のホームページをみてみると、多くの抗菌薬がごく簡単に買えることが分かります。しかも、よほどの重症例でない限り処方しないような貴重な抗菌薬までもがクリック1つで購入できるのです。

 例えば、ニューキノロン系の抗菌薬というのは重症例にしか処方すべきでないもので、そのニューキノロン系のなかでも極めて強力なグレースビットやアベロックスといった薬剤が必要な症例というのはごくわずかです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、こういった強力なニューキノロンを処方するのは年に一度あるかないかです。それくらい重症例にしか使うべきでない抗菌薬がネット上で誰でも簡単に買えるのです。以前、谷口医院を初めて受診した患者さんから「ネットで買った抗菌薬が効かないんです」と言われたことがありました。このような言葉を聞くと絶望的な気持ちになります。私個人としては、「抗菌薬取締法」を制定し、抗菌薬は麻薬と同じように医師でないと処方できないようにするべきと考えています。

 医療機関で抗菌薬を処方しすぎている、という声があります。この声は正しいのでしょうか。医師は、必要な症例に必要な日数分しか抗菌薬を処方していません。そして、なぜ抗菌薬が必要なのかを可能な限り説明しています。例えば風邪症状で受診した場合、喀痰や咽頭スワブ(喉を綿棒でぬぐったもの)を用いて、グラム染色をおこない、細菌感染の像が顕微鏡で観察されたから抗菌薬が必要といった説明をするわけです(注6)。グラム染色で細菌感染が疑えなければ抗菌薬は処方しませんし、ときには一切の薬を処方しないことも谷口医院ではよくあります。

 ほとんどの医師は(グラム染色をおこなうかどうかは別にして)処方するときには患者さんに抗菌薬が必要な理由を話しているはずです。しかし、全員がかと問われるとそうでない可能性もあります。というのは、谷口医院を受診する人で、「前の病院では”とりあえず”抗生物質を飲むように言われた」と言う人がいるからです。抗菌薬は”とりあえず”飲むものではありません。喉が痛い、熱がある、といった理由だけで抗菌薬を飲んではいけません。飲むことによって余計に悪くなることだってあるのです(注7)。

 こういうケースでは、実際には前の病院の医師も”とりあえず”などという言葉を使わずきちんと説明していることも多いと思うのですが、なかには、このケースは前の医療機関で説明不足かもしれない・・、と私自身が感じることがあるのも事実です。

 しかしながら、抗菌薬の過剰使用の問題を世界全体でみたときに、日本の医師の過剰使用はあったとしてもごくわずかだと思います。まずはアジア諸国の無秩序で無法状態の抗菌薬の氾濫を食い止める政策をおこなうこと、次いで個人輸入での抗菌薬の購入を禁止することが重要です。最後に、個人レベルでおこなえる抗菌薬対策を挙げておきます。

・抗菌薬は必ず医師に処方してもらう(個人輸入はおこなわない!)

・処方された抗菌薬は大きな副作用が出ない限りは最後まで飲み切る。(ときどき、「自宅にあった抗菌薬を飲みました」、という人がいますが、抗菌薬が自宅にあること自体がおかしいのです)

・診察時に「抗菌薬が必要か」を尋ねるのはOK。「抗菌薬をください」はNG。(ときどき「お金を払うって言ってるでしょ!」と怒り出す人がいますが、抗菌薬の処方はそういう問題ではありません)

・抗菌薬を処方してもらうときは必要な理由を尋ねる。(抗菌薬を過剰に処方している医師が本当にいるなら、患者さんが毎回尋ねるようにすれば解決するでしょう)

注1:CDCのこの報告は下記URLを参照ください。

http://www.cdc.gov/media/dpk/2014/dpk-eoy.html

注2: エンテロウイルスD68の脅威については下記を参照ください。

はやりの病気第150回(2016年2月) エンテロウイルスの脅威

注3:カルバペネム耐性菌にも有効なコリスチンという抗菌薬は日本人が1950年代に開発しました。そんな優れた抗菌薬が、しかも日本人が開発したものがなぜこれまではそれほど使われていなかったかというと、副作用の頻度が高くまた重篤化することもあること、そして開発された当時はもっと安全で有効なものがあったことが理由です。尚、コリスチンの耐性菌は最近日本でも報告されました。

注4:はやりの病気第85回(2010年9月号)「NDM-1とアシネトバクター」

注5:外務省の下記ページを参照ください。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160313.pdf

注6:これについては、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」にコラムを書いたことがあります。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「その風邪、細菌性? それともウイルス性?」

注7:例えば、伝染性単核球症(キス病)に抗菌薬を使えば大変なことになります。詳しくは下記を参照ください。

実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「抗菌薬が引き起こす危険な副作用と、「キス病」」

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2016年5月23日 月曜日

第153回(2016年5月) それほど単純でない高尿酸血症

 太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)の患者さんは働く世代の比較的若い患者さんが多いため、初診・再診にかかわらず「職場の健康診断で異状を指摘されたので来ました」と言って受診される人が大勢います。きちんと統計をとったわけではありませんが、よくある異状、すなわち、肝機能障害、高血圧、高脂血症(コレステロール、中性脂肪)、高血糖などのなかで、おそらく最も頻度が多いのが「尿酸値が高い」、すなわち高尿酸血症です。

 高尿酸血症とは一般に血清尿酸値が7.0mg/dLを超えた状態を指します。7.0mg/dLを少し超える程度であれば、多くの人は無症状ですが、健診を実施する側(会社)としては、健診を受け異状がみつかった従業員に何もしないわけにはいきませんから、「かかりつけ医に相談してください。かかりつけ医がない場合はみつけてください」と助言することになるわけです。(大企業などで産業医が常在している場合は、産業医を受診することになります)

 尿酸値が高いとなぜいけないのか。その理由はいくつもあるのですが、最も有名なのは「痛風」でしょう。文字通り、風が当たっても痛いとされる痛風発作は強烈であり、深夜に救急車を呼ぶ人も少なくない「のたうち回るほどの痛み」となります。痛み止めがなければ日常生活もままなりません。あんな痛い思いをするならしっかりと薬を飲みます、と一度でも経験のある人は言います。このケースは我々からすると”ラク”です。薬の重要性をそれほど伝えなくても、患者さんの方から薬を求めてくるからです。

 では、痛風を起こしたことがなくて、健康診断で初めて高尿酸血症を指摘されたという場合はどうすればいいのでしょうか。谷口医院をかかりつけ医にしている患者さんは「できれば薬を飲みたくない」という人が多く、私自身が「薬は最後の手段です」と言って、簡単には処方しません。実際、「尿酸値が7を超えたので尿酸を下げる薬をください」と言う人はほとんどいません。

 一度も痛風を起こしたことがない人の場合、尿酸値が7mg/dLを超えた程度であれば、私自身は原則として薬の処方はおこないません。では、8mg/dLを超えた場合は? 9mg/dLでは、10mg/dLを超えたらさすがに危ないのでは・・・、という疑問が出てきます。医師としては、「あのとき薬を出しておいてくれたらあんな痛い思いをしなくて済んだのに・・・」と患者さんから後から言われることは避けたいものです。

 統計学的に血性尿酸値が7.0mg/dLを超えれば痛風を起こしやすくなっていることは分かっています。しかし、これくらいの人は非常に多く、日本人の成人の4人に1人が高尿酸血症と言われることもあります。「いつも7台だけど痛風なんて起こしたことがない」という人は実際に大勢います。ただし、数字が高ければ高いほど痛風を起こしやすいのは事実です。ですから、高尿酸血症を指摘された人、特に9mg/dLを超えた場合は、食生活や生活習慣の改善を早急におこない、再検査をおこなう必要があります。再検査でも目安として9mg/dLを超えるような場合は投薬を検討すべきでしょう。(ガイドライン上は8mg/dL以上で投薬検討とされています) しかし、それほど単純な話ではありません。

 痛い、というのは大変分かりやすいですから、高尿酸血症=痛風というのは有名です。しかし高尿酸血症のもたらす弊害はそれだけではありません。高尿酸血症が持続すると、腎臓に障害をもたらし、高血圧や不整脈のリスクにもなりますし、心筋梗塞の危険性が上昇します。心筋梗塞のリスクとしては糖尿病や高脂血症、高血圧、喫煙、大量飲酒、肥満などの方が有名ですが、高尿酸血症もリスクのひとつです。高尿酸血症自体が高血圧のリスクにもなるわけですから、もしも尿酸値が少し高いだけだったとしても、高血圧がある場合は、初期の段階で積極的に薬を使う方がいい場合もあります。

 そして、高尿酸血症のある人の多くが、軽度であったとしても、肥満、飲酒、運動不足、喫煙(喫煙は少しでも心筋梗塞の大きなリスクです)、高血圧、高脂血症などを合併しています。もしも、これらが一切なく、尿酸値がわずかに高いという程度であれば、プリン体を含む食品などの注意と水分摂取励行程度で生活指導は終わりで、再検査の説明をするだけです。しかし、多くの場合、他の生活習慣病、あるいはそのリスクがありますから、少々時間をとって現在の問題点を調べていく必要があります。時間をとって話を聞くと、塩分過多、運動不足、飲酒過多などが多くの人にあることが分かります。

 つまり、「健診で尿酸値が高いと言われました」という多くのケースにおいて、尿酸値の数字だけをみて済ませるわけにはいかないのです。軽度であっても、他の虚血性心疾患のリスクについても確認して検討することになります。患者さんとしては、「数字がいくらになれば薬を開始すべきか」という質問をしたくなるのは分かりますが、数字だけでは簡単に決めることがないのです。ガイドラインには一応の基準というものがありますが、医師はそのガイドラインを杓子定規的に用いているわけではありません。

 薬の選択も簡単ではありません。最近はインターネットなどで得た情報をもとに、「血圧の薬は〇〇〇で、尿酸は△△△を希望します」と”注文”する人もいて驚かされます。たいていは、使用した人の体験談などを読んだという程度で深く考えた上での”注文”ではありません。私の基本的な考えは、「患者さんに病気のことを勉強してもらい知識を増やしてほしい」というものです。ですから、インターネットを使って知識の吸収につとめるのは素晴らしいことだと思います。しかし現実には「体験談」による情報収集が中心の人が多く、偏った考えになってしまっていることが多々あります。

 例えば、降圧薬として用いる利尿薬は尿酸値を高めることがあるために使用しにくいのですが、これを知っている人はそれほど多くありません。一方、それを知っていて、尿酸値が高くても使いやすい利尿薬があることまで知っている人がいて驚かされることがあります。しかし、その利尿薬に比較的高頻度で起こる重篤な副作用のことまで考慮してこの薬を「注文」する人となるとほぼ皆無です。「薬の選択はすべて任せてほしい」とまでは言いませんが、初めから「◇◇◇という薬を出してください。他の薬はイヤです」と言われると、治療が上手くいかないケースがあるのです。

 話を尿酸に戻します。尿酸値を下げる薬も多数ありますが、歴史の浅い高価な薬を使わなければならないケースはごくわずかで、ほとんどは昔からある安い薬で充分です。1錠10円未満ですから3割負担で3円未満です。太融寺町谷口医院では高尿酸血症の患者さんの98%以上は、この1日3円未満の薬です。副作用は完全にゼロとは言いませんが、かなり安全な薬です。ちなみに、以前、尿酸値を下げる効果のあるサプリメントを飲んでいるという患者さんは1日70円以上と言っていました。しかもほとんど下がっておらず結局、この1錠3円未満の薬に変更しました。すぐに正常値まで下がりました。

 ただし、最初の方で述べたようにやはり薬は最後の手段です。尿酸値を下げるには食事と飲酒の見直しが重要です。ネット上などでは反対意見もあるようですが、やはり「プリン体」の摂取を減らすことが不可欠です。ここでは詳しくは述べませんが、節酒は可能な範囲でおこなうべきで、お酒の選択も考えるべきです。プリン体フリーのビールは美味しくないという声は聞きますが、かといって「地ビール」ばかり飲むのは危険です(注1)。

 尿酸値を下げたいときに食べ物の選択は簡単ではありません(注2)。一見身体によさそうなものもプリン体を多量に含むものがあるからです。例えば、「ほうれん草のおひたしに鰹節をかけたもの」は身体によさそうですが、高尿酸血症がある人には勧められません。ほうれん草の赤い部分と鰹節がプリン体を高濃度で含むからです。あとは、魚の干物や干し椎茸なども一見身体によさそうですがこれらも高濃度のプリン体を含みます。しかし、こういった和食は糖尿病や中性脂肪が高い人には良いものなのです。そして、先にも述べたように、ややこしいのは、尿酸値が高い人のいくらかは中性脂肪や血糖値も高いのです。じゃあ、いったい何を食べればいいんだ!と言いたくなります。そうなのです。どのようなものを食べるべきなのかというのは思いのほかむつかしいのです。医師や看護師、栄養士と相談して少しずつ食事を見直していかねばなりません。

 高尿酸血症を含め生活習慣病を改善させる食事というのは地味な努力が不可欠であり、「これを食べればOK、これさえ食べなければOK」という単純なものではないというわけです。

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注1:公益財団法人「通風財団」のウェブサイトで公開されている「アルコール飲料中のプリン体含有量」を参照ください。地ビールがいかに高プリン体かがわかります。
http://www.tufu.or.jp/gout/gout4/73.html

注2:「通風財団」のウェブサイトで公開されている「食品中のプリン体含有量」を参照ください。
http://www.tufu.or.jp/pdf/purine_food.pdf

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2016年4月18日 月曜日

第152回(2016年4月) 大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン

 国民の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで死亡する時代と言われ久しくなります。がんを臓器別にみてみると、2013年のデータでは、男性は罹患者数が最も多いのが大腸がん、2位は胃がん、以下前立腺がん、肺がんと続きます。女性は最多が乳がん、2位は大腸がん、以下肺がん、胃がんです。男女合わせた全体では大腸がんが1位です。前年までは大腸がんは胃がんに次いで2位であり、2013年になって初めて、男性、男女合わせた全体で最多になりました。

 胃がんはヘリコバクター・ピロリ菌を除菌することで大部分を予防することができます。乳がんは、定期検診の有効性が認められており、厚労省も40歳以上に勧めています。しかし乳がんの検診というのは早期発見して死亡を防ぐことが目的であり、発症自体を防ぐ予防法は確立していません。(アンジェリーナ・ジョリーのように遺伝的素因がある場合は「発症前の乳房切除」という選択肢もありますがこれは例外でしょう)

 大腸がんの場合は、早期発見する方法としては定期的な大腸ファイバー(大腸カメラ)という方法がありますが検査自体が大変です。便潜血反応をみる検査は簡単にできますから40歳以上になればおこなうよう厚労省も推薦しています。しかし、完全に早期発見できるわけではありませんし、発症の「予防」になるわけではありません。

 がんについては「早期発見」が重要ですが、できれば発症そのものを防ぎたいものです。AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月1日、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」というタイトルの発表をおこないました(注1)。その「6つの習慣」とは以下の通りです。

1. 健康体重を維持し、腹部の脂肪量をコントロールする

腹部の脂肪は、体重にかかわらず(たとえやせていたとしても)大腸がんのリスクになることが判っています。

2. 定期的に運動をおこなう

家の掃除でもランニングでも、日常でおこなえる運動にはさまざまなものがあります。重要なのは「定期的に」です。

3.食物繊維を積極的に摂る

1日あたり食物繊維10グラム(豆であれば1カップ弱)を摂れば、大腸がんのリスクが10%低下します。

4.赤肉の摂取量を減らし、加工肉を避ける

ホットドッグ、ベーコン、ソーセージなどの加工肉を避けます。加工肉による大腸がんのリスクは赤肉の2倍にもなると言われています(これについては後述します)。

5.アルコールを控えめにする

「男性なら1日グラス2杯、女性なら1杯が目安」と書かれていますが、アルコールが何を指しているのかがよく判りません。ただ、別のところに「ワインなら5オンス」と書かれており、これはワイングラス1杯程度です。つまり、男性ならワイングラス2杯(ビールならだいたい中瓶1本、日本酒なら1合程度です)、女性はこの半分くらいが適量ということになります。

6.ニンニクをたっぷり摂る

ニンニクの豊富な食事は大腸がんリスクを低下させます。シチュー、炒め物、焼き肉などにはニンニクを加えることが推薦されています。

 がんを含む生活習慣に起因する疾患(=感染症以外のほとんどの疾患、というのが私の考えです)を防ぐには、「10の習慣」が有効であり、私は「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」と覚えることを提唱しています。(詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください) 「10の習慣」は下記の通りです。

3つのEnjoy
①Exercise(運動は楽しくおこないましょう)
②Eating(食事は身体にいいものを楽しんで食べましょう)
③Early-morning waking up(毎朝早起きして1日を充実したものにし、夜はぐっすりと眠りましょう)

3つのStop
④Smoking(タバコはすぐにやめましょう)
⑤Stress(ストレスは上手にコントロールしましょう)
⑥Sitting too much(喫煙に匹敵するほど危険です)

4つのデータ
⑦血圧
⑧コレステロール
⑨体重(BMI)
⑩血糖

 AICRが発表した「大腸癌を防ぐ6つの習慣」と比較すると、共通しているのは①と②だけですが、他の8つ(③~⑩)も大腸ガンのリスク低下になります。AICRの発表で注目に値するのは4番目の「赤肉・加工肉」と6番目の「ニンニク」です。

 2015年10月29日、WHO(世界保健機関)は「加工肉が大腸癌のリスクとなる」という発表(注2)をおこない世界中で物議を醸しました。特にソーセージやハムが国の文化ともいえるドイツでは、WHO発表の直後から反対の声明が次々にあがりました。日本のマスコミも取り上げました。マスコミの取材に答えたほとんどの医師は、「現在の日本人の摂取量であれば問題ないであろう」という意見でした。しかし、可能であれば加工肉よりも新鮮な肉を摂取すべきなのもまた事実です。

 ニンニクががんの予防になることは以前から指摘されていましたが、今回AICRがはっきりと言及したことは注目に値します。私の印象でいえば、あまりニンニクの有効性を主張している日本人の医師や公衆衛生学者は多くないように思えます。これは、日本料理がニンニクをほとんど使わないからではないかと私は思っています。

 日本料理は以前は健康食の代表と言われていましたが、最近は地中海料理にその座を奪われています。地中海料理が健康にいいのは、新鮮な魚貝類(これは日本料理と共通しています)、新鮮な野菜、ピーナッツ類、オリーブオイル、そしてニンニクをたっぷりと使うからです。

 ニンニクの欠点は翌日に残るあの「臭い」でしょう。臭いに敏感な日本人にはニンニク料理はなじまないかもしれません。しかし、大腸がんの予防になることがもっと注目されれば、ニンニク料理に社会が寛容になるのではないでしょうか。個人的にはそれに期待して、思いっきりニンニクが食べられる日を待ちたいと思っています。(ニンニクをオリーブオイルで炒めたときのあの香りは私を幸せな気持ちにさせますが、そのように感じるのは私だけではないでしょう)

 ところで、今回のAICRの「6つの習慣」には入れられていませんが、大腸がんの予防にアスピリンが有効なのでは、ということがしばしば指摘されます。大腸がんを発症した人がアスピリンを毎日服用すると「再発の予防」になることが分かっているからです(注3)。では、発症したことのない人が毎日アスピリンを服用することで大腸がんを予防できるのかどうか、ということが気になります。

 最近、これを検証した研究が報告されました。医学誌『JAMA oncology』2016年3月3日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、アスピリンを定期的に内服することにより大腸がんのリスクが19%低下するという結果が出ています。研究の対象者は合計135,965人(男性47,881人、女性88,084人)で、32年間の追跡期間中、男性7,571人、女性20,414人ががん(すべてのがん)を発症しています。乳がん、前立腺がん、肺がんなどではアスピリンの予防効果が認められませんでしたが、消化器系、特に大腸がんの予防効果が有意に認められています。

 しかしながら、今のところ、私の知る限り、大腸がんに罹患したことのない人に対して、アスピリンを予防目的で積極的に勧めている医師はおらず、私自身も勧めるつもりはありません。アスピリンは解熱鎮痛効果のみならず、脳・心血管系疾患の再発予防がある(血を固まりにくくする)ことは以前から知られており、そのような目的で使用することには問題がありませんが、一方で鎮痛薬というのはアスピリンも含めて依存性がありますし、消化器系のがんを予防するのが事実だとしても、消化管の粘膜の出血のリスクがあるのもまた事実です。

 私自身としては、大腸がんの予防には、AICRが唱える「6つの習慣」、さらに私自身が以前から提唱している「10の習慣」を実践し、さらに早期発見に努めるというのが最善であると考えています。

注1:この発表のタイトルは「6 Steps to Prevent Half of Colorectal Cancer Cases」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.aicr.org/press/press-releases/2016/6_Steps_to_Prevent_Half_of_US_Colorectal_Cancer_Cases.html

注2:この発表は下記URLで読むことができます。タイトルは「Links between processed meat and colorectal cancer」です。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/processed-meat-cancer/en/

注3:これは欧米では以前から指摘されていたことで、日本人にも当てはまるのかどうかはデータがありませんでした。しかし、日本人の患者約300人を対象とした研究が国立がん研究センターなどのチームでおこなわれ、日本人にもアスピリンによる大腸がんの再発予防効果があるという結果がでました。医学誌『Gut』2014年1月31日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「The preventive effects of low-dose enteric-coated aspirin tablets on the development of colorectal tumours in Asian patients: a randomised trial 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/63/11/1755.abstract?sid=883f283e-f1ed-47f3-b10a-f5d3b9f89e0a

また、糖尿病治療薬のメトホルミンを大腸がんの外科手術後に服用すると再発予防効果があるとする横浜市立大学の研究が最近発表されました。医学誌『The Lancet oncology』2016年3月2日号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Metformin for chemoprevention of metachronous colorectal adenoma or polyps in post-polypectomy patients without diabetes: a multicentre double-blind, placebo-controlled, randomised phase 3 trial」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045%2815%2900565-3/abstract

注4:この論文のタイトルは「Population-wide Impact of Long-term Use of Aspirin and the Risk for Cancer」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://oncology.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2497878&resultClick=3

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2016年3月19日 土曜日

第151回(2016年3月) 認知症のリスクになると言われる3種の薬

 この薬を飲めば認知症のリスクが上がるかもしれませんよ・・・

 このように言われれば誰もが飲むのをためらうことでしょう。しかし実際には、医療機関で非常にたくさん処方されている薬や、一部は薬局で簡単に買える薬のなかにも、認知症の危険性が指摘されているものがあります。今回は渦中の3種の薬について述べたいと思います。

 まず1つめです。以前から何度も認知症のリスクを上げるのではないかと言われてきたのが「ベンゾジアゼピン」です。「マイナートランキライザー」と呼ばれることもあります。ベンゾジアゼピンは、薬局で買うことはできず、睡眠薬、抗不安薬、抗けいれん薬などとして医療機関で処方されます。精神科医のみに処方されるわけではなく、実際はどの科の医師も処方しています。日本でよく使われるものを商品名(先発品)で挙げると、デパス、リーゼ、ワイパックス、ソラナックス、メイラックス、レンドルミン、エリミン、ベンザリン、サイレース、ロヒプノールなどです。

 なぜ簡単に処方されるのかというと、ひとつには即効性があり、飲めばすぐに効果を実感できるのが最大の理由でしょう。費用も安く、「主観的にイヤな副作用」はあまりありません。つまり、嘔気とか下痢とか蕁麻疹(薬疹)とかいった、いかにも不快な副作用は起こりにくく、患者さんからすればとても便利な薬なのです。

 しかし欠点もあります。最も問題となるのは「依存性」です。飲めばすぐに効くものの、効果が切れれば再び不安・イライラ、不眠などが生じるわけですから、すぐに追加で飲みたくなります。こうして「飲まないと落ち着かない」状態になってしまい薬を手放せなくなります。つまり「薬物依存症」となってしまうのです。(睡眠薬としてのベンゾジアゼピンがいかに危険であるかについては過去のコラムでも指摘しています(注1))

 依存性以外の欠点(副作用)として、ベンゾジアゼピンは筋弛緩作用が強いためにふらつきや転倒のリスクがあることが挙げられます。このため高齢者には原則使ってはいけないことになっており、ガイドラインにもそう書かれています。しかし、実際には多用されているのが現実であり、日本の医師は高齢者にベンゾジアゼピンを使いすぎることがよく指摘されます。転倒で受診された患者さんを診察するとき、証明はできないものの、「その転倒はベンゾジアゼピンを飲んでなければ防げたのではないか」と感じることもあります。

 高齢者の場合は、若年者に比べると薬が効きすぎるという問題もあります。ですから翌日も薬の効果が残っていて、ぼーっとして意味不明なことを言うことがあります。「最近調子がおかしい。認知症でしょうか・・」と言って受診される患者さんのベンゾジアゼピンを減らせば再び元気になった、ということはしばしばあります。つまり、認知症ではなくベンゾジアゼピンが効き過ぎていたために意味不明な言動が起こっていた、ということです。

 医学誌『British Medical Journal』2016年2月2日号(オンライン版)に、「ベンゾジアゼピンは認知症のリスクを上げない」とする研究結果が発表されました(注2)。これまでは認知症のリスクになるとされていた見解を覆す研究ですから、これは注目すべきものです。研究の対象者は合計3,434人、平均追跡期間は7.3年ですから比較的大規模な研究で、信ぴょう性は高いと言えます。

 そして、この研究が興味深いのは「ベンゾジアゼピンを少量使用した人の認知症のリスクは少し上昇し、たくさん使った人にはリスクは認められなかった」としていることです。結論として「ベンゾジアゼピンの使用は認知症のリスクを上げない」とされています。

 なぜ、少量の使用で少しリスクが上がったのでしょうか。これはおそらく認知症の初期に出現する不安やイライラ、不眠といった症状にベンゾジアゼピンが使用されたからではないかと推測できます。また、認知症初期の不安定な時期には副作用のリスクを考慮して少量しか用いられていない可能性があります。そして、認知症初期には、まだ認知症の診断がついていないことが予想されます。つまり、少量のベンゾジアゼピンが認知症のリスクを上げたのではなく、認知症の初期段階ではまだ診断がついておらずこのときに少量のベンゾジアゼピンが使われている、ということです。

 この研究によって、認知症のリスクという「汚名」を着せられていたベンゾジアゼピンの名誉が回復したといっていいかもしれません(注3)。しかし、先に述べたようにベンゾジアゼピンにはやっかいな依存性という問題があり、高齢者の場合はふらつき、転倒のリスク、さらに翌日にも薬の作用が残るという欠点もあります。ガイドラインどおり高齢者にはできるだけ使わないという方針は守るべきですし、依存性を考えれば若年者も決して簡単に使用してはいけません。

 ベンゾジアゼピンについては疑いが晴れたわけですが、その逆に、突然認知症のリスクが指摘され、現在世界的に混乱を招いている薬があります。それは「プロトン・ポンプ・インヒビター(以下PPI)」と呼ばれる胃薬です。日本で名の通った製品名(先発品)は、オメプラゾン、タケプロン、パリエット、ネキシウム、タケキャブなどです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍のみならず逆流性食道炎にもよく効く薬で、保険適用のルールが厳しい割には比較的よく処方されている薬です。またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられます。

 医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、高齢者がPPIを使用すると、使用しなかった場合に比べて認知症のリスクが44%も上昇します。

 にわかには信じがたいデータですが、これは対象者の多い大規模研究です。ドイツで2004年~2011年に治療を受けた75歳以上の合計218,493人が研究の対象です。ここから、PPIを定期的には使用していない症例や2004年の段階で死亡したり認知症を発症したりした症例などを除外し、最終的に73,679人が解析の対象となっています。このなかでPPI定期使用者が2,950人、非使用者は70,729人です。追跡期間中に認知症を発症したのが全体で29,510人です。分析すると、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%上昇していることが分かりました。

 これはドイツの研究ですが、この結果を軽視できないと考えた「米国消化器学会(American Gastroenterological Association)」は、論文発表3日後の2016年2月18日、「How to Talk with Your Patients About PPIs and Dementia(PPIと認知症の関係について患者さんにどのように話すべきか)」というタイトルで、医師に対する注意勧告をおこないました(注5)。

 これは高齢者が長期間PPIを服用したときの研究であり、短期間の使用や若年者の使用は考慮されていません。ですから、たとえばピロリ菌の除菌が必要な若年者がこの研究を受けて治療を中止するというようなことは避けるべきです。しかし、ドイツのみならず日本も含めて世界各国でPPIの不適切使用は少なくないのではないか、とも言われており、漠然と長期間内服している人は見直してみるべきかもしれません。

 PPIのこの報告は世界中で話題になりましたが、実は以前からほぼ確実に認知症のリスクになるのではないかと言われている薬があります。それは「抗コリン薬」または「抗コリン作用の強い薬」です。

 医学誌『JAMA Internal Medicine』2015年3月号(オンライン版)(注6)に掲載された論文によりますと、抗コリン作用を有する薬を高齢者が使えば使うほど認知症のリスクが上昇し、高用量使用者では非使用者に比べて54%もリスクが上昇するとされています。この研究の対象者は65歳以上の米国人合計3,434人です。

 54%ものリスク上昇。しかも「抗コリン作用を有する薬」というのは、ベンゾジアゼピンやPPIのように医師が処方するものではなく、薬局で気軽に買えるものです。古いタイプの花粉症の薬やじんましんの薬、胃痛・腹痛で比較的よく使われる薬が代表です。睡眠改善薬として薬局で売られているものも該当します。

 もちろん今回紹介した薬のいずれもが、必要なときは使うべきであり、自己判断で中止してはいけません(注7)。「薬の使用はいつも最少量」という原則を守っていればそう心配する必要はないのです。しかし、自己判断で漠然と長期で使うのは危険であることは肝に銘じるべきでしょう。

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第148回(2015年12月)「不眠治療の歴史が変わるか」
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

注2:この論文のタイトルは「Benzodiazepine use and risk of incident dementia or cognitive decline: prospective population based study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/352/bmj.i90

注3:ただし、ベンゾジアゼピンの認知症のリスクが完全に否定されたわけではありません。危険性を警告した最も有名な論文のひとつが医学誌『British Medical Journal』2014年9月9日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Benzodiazepine use and risk of Alzheimer’s disease: case-control study」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/349/bmj.g5205

注4:この論文のタイトルは「Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2487379

注5:下記URLを参照ください。

http://partner.gastro.org/how-to-talk-with-your-patients-about-ppis-and-dementia

注6:この論文のタイトルは「Cumulative Use of Strong Anticholinergics and Incident Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2091745

注7:本文で紹介したもの以外に認知症のリスクを挙げるとされているものに、前立腺がんに対するアンドロゲン遮断療法があります。これについては下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第158回(2016年3月)「「がん検診」の是非」

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2016年2月14日 日曜日

第150回(2016年2月) エンテロウイルスの脅威

 2016年2月現在、世界で最も関心の高い感染症はジカ熱をきたすジカウイルス感染症だと思います。WHOが「緊急事態宣言」をおこない、単に発熱をきたすだけでなく、感染するとギラン・バレー症候群や小頭症をきたす可能性が指摘されているわけですから、それは当然でしょう。

 では、現在日本で最も注目されている感染症は何かというと、おそらくエンテロウイルスだと思われます。昨年(2015年)の秋頃から、急性弛緩性麻痺といって突然手足が動かなくなる病気が急増し、その原因が「エンテロウイルスD68」であることが指摘されているのです。今回は、このウイルスと麻痺について述べていきたいと思います。

「エンテロウイルス」は「属」「種」といった生物の分類の知識がないと混乱しやすいので、まずは言葉の整理から始めたいと思います。

 ウイルスは遺伝子をDNAで持つかRNAで持つかによって2つに分類できます。RNA型ウイルスにピコルナウイルス科と呼ばれる「科」があり、これは6つの「属」に分かれます。エンテロウイルス属、ライノウイルス属(風邪のウイルスとして有名です)、ヘパトウイルス属(A型肝炎ウイルスはここに含まれます)、カルジオウイルス属、アフトウイルス属、パレコウイルス属です。

 エンテロウイルス属には、ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、エンテロウイルス、また動物に感染するタイプのものも多数あり、多くの種類があります。生物の分類は、このように「科」「属」「種」の順番に細かくなっていきます。新聞報道などで、エンテロウイルスとライノウイルスが似たようなものとされていることがあるのは、同じ「ピコルナウイルス科に所属」するからであり、エンテロウイルスとポリオウイルスが同じ仲間と言われるのは同じ「エンテロウイルス属に所属」するからです。図示すると次のようになります。

 ピコルナウイルス科 —-  ライノウイルス属  —- ライノウイルスなど
                ヘパトウイルス属 —- A型肝炎ウイルスなど
                     カルジオウイルス属
                     アフトウイルス属
                     パレコウイルス属
                     エンテロウイルス属 —-  ポリオウイルス(Ⅰ~Ⅲ型)
                                        —- コクサッキーウイルス(A10,16など複数種)
                                        —- エコーウイルス(1~34まで)
                                        —- エンテロウイルス(D68、71など複数種)
                                        —- 動物エンテロウイルス
                                        —-    ・
                                        —-    ・

 英語が得意な人は「エンテロ(entero)」と聞くと「腸」を思いだすかもしれません。それは正しく、実際エンテロウイルス属のポリオウイルスは不衛生な水や食べ物から感染します。しかし「腸」にこだわるとエンテロウイルスの理解を複雑にしてしまうことがあります。

 手足口病は過去数年間に何度か流行しています。文字通り、手と足と口に水疱ができる感染症で、感冒症状が伴うのが普通です。小児の感染症として有名ですが、近年は成人が発症することも珍しくありません。成人の手足口病は子供に比べて皮膚症状が重症化することがあり、なかには爪の変形が伴う場合もあります。爪がとれてしまうこともあります。

 手足口病の原因ウイルスは複数種あり、コクサッキーウイルスA10、A16 やエンテロウイルス71などが有名です。上の図でいえばエンテロウイルス属に入るウイルスです。しかし、いつも「腸」から感染して手足口病を発症するわけではありません。経口感染が多いのは事実ですが、他人の咳やくしゃみから感染する、いわゆる「飛沫感染」もあります。発熱を伴うことがありますし、そもそも手足口病は「夏風邪」の代表のひとつです。(夏だけに生じるわけではありませんが)

 原因が複数種あるなかでエンテロウイルス71の手足口病が最も重症化する傾向にあります。また、このウイルスは数年前から注目されており、特に2012年4月から7月にカンボジアで生じた流行では、78人の小児が感染し、なんとそのうちの54人が死亡しています(注1)。

 2013年にはシドニーでもエンテロウイルス71がアウトブレイクし100人以上の小児が入院しました。やはり死亡例を認め、1年以上が経過した時点でも重篤な後遺症に苦しめられている小児もいました。最近、このときの流行で、死亡を含む神経症状を有した患者61人を1年間にわたり調査した論文(注2)が発表されました。61人のうち4人(7%)は病院に到着した点で心肺停止状態にあり数時間以内に死亡が確認されています。生存した57人には重篤な神経症状が出現し、12ヶ月後に51人は回復しましたが、残りの6人は依然神経症状に苦しめられていたそうです。

 2014年には米国ミズーリ州とイリノイ州でエンテロウイルスD68(71ではない)がアウトブレイクし全米に広がりました。エンテロウイルスD68は1962年に米国カリフォルニア州で検出されたのが世界初とされていますが、その後世界的にもほとんど流行していません。ところが、2014年の夏頃より突如としてエンテロウイルスD68による重症呼吸器疾患の報告が相次ぎ、特に喘息を有する小児の間で広がりました。神経症状が生じた例も少なくなく、特に急性弛緩性脊髄炎(AFM)や急性弛緩性麻痺(AFP)と呼ばれる重篤な神経疾患が目立ち、長期間脱力などの神経症状が残存したケースもありました(注3)。最終的には2015年1月15日までに、呼吸器疾患を発症してエンテロウイルスD68が検出された患者は49州で1,153人となり、うち14人が死亡しています。

 米国CDC(疾病管理センター)は2014年12月、「新たな感染症の脅威(New Infectious Disease Threats)」というタイトルで4つの感染症を挙げ、そのうちのひとつがこのエンテロウイルスD68です(注4)。ちなみに他の3つは、エボラウイルス、MERS(中東呼吸器症候群)、薬剤耐性菌です。

 そして日本です。国立感染症研究所によりますと、2005~2014年9月までに日本国内で31都府県の272人からエンテロウイルスD68が検出されていて、夏から秋にかけて感染者が増加する傾向があります。2010年と2013年には感染者数が100人を超えていました。しかし、重症化するケースはまれであり、あまり大きな問題にはなっていませんでした。

 ところが、2015年8月以降、エンテロウイルスD68の報告が突然急増しだし、同時に急性弛緩性麻痺の症例の報告が相次ぎ、一部の患者からエンテロウイルスD68が検出されたのです。エンテロウイルスD68による急性弛緩性麻痺が増加していることを強く示唆しています。そのため、厚生労働省は、2015年10月21日、「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令し、全国の小児科医療機関に依頼をおこないました。

 現時点では、急性弛緩性麻痺を発症した全例からウイルスが検出されているわけではなく、未解明の点もあるのですが、米国の状況と合わせて考えると、エンテロウイルスの今後の動向には充分な注意を払うべきでしょう。

 エンテロウイルスが注目されている理由はまだあります。感染すると1型糖尿病(生活習慣が原因でない小児にも起こる糖尿病)のリスクが上昇するという研究があるのです。医学誌『Diabetologia』2014年10月17日号(オンライン版)に掲載された論文(注5)によりますと、台湾の健康保険請求データに基づいた解析から、エンテロウイルス感染歴のある小児は、感染歴のない小児に比べ1型糖尿病発症リスクが48%高くなることが判りました。

 死亡例や重篤な神経の後遺症を残すことがあり、さらに1型糖尿病のリスクも挙げるエンテロウイルス。従来は、単なる夏風邪の代表の手足口病の原因であったエンテロウイルス71がカンボジアやオーストラリアで猛威を振るい、1962年に発見されて以来特に問題のなかったエンテロウイルスD68が突如としてアメリカ、そして日本で脅威となっています。

 なぜ、このような事が起こるのでしょうか。鍵のひとつは遺伝子の「かたち」です。エンテロウイルスは遺伝子をRNA型の1本鎖で持っています。ウイルスの遺伝子の「かたち」には、DNA2本鎖、RNA2本鎖、DNA1本鎖、RNA1本鎖の4種があります。そして、遺伝子は時と共に変異をします。一般にRNA型の遺伝子はDNA型の遺伝子より不安定であり、RNAの変異のスピードはDNAの100万倍以上と言われています。また、遺伝子というのはらせん状の長い分子になっていますから共にらせんを形成する2本鎖の方が1本鎖よりはるかに安定しています。つまり遺伝子をRNA1本鎖でもつ生物は、動物などのDNA2本鎖の生物よりも、何百万倍、何千万倍、あるいはそれ以上のスピードで変異を起こすのです。ちなみに、新型が次々と現れるインフルエンザの遺伝子もRNA1本鎖です。

 つまり、インフルエンザウイルスが突然変異を起こし、かつて人類が経験したことのないような脅威となるのと同じように、エンテロウイルスもいきなり変異を起こし、ある日突然猛威をふるう可能性があったのです。手足口病が「子供に起こる軽症の夏風邪」だったのは変異が起こる前の話というわけです。

 感染症で頼りになるのはワクチンです。エンテロウイルス属の代表であるポリオウイルスはかつての日本で驚異の感染症であり、ワクチンが導入される前は大勢の子供が感染し、生涯消えることのない「麻痺」を残し、成人となった今も苦しまれています。1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生し、日本政府はソ連から1961年に生ワクチンを緊急輸入しました。これにより日本のポリオ患者は激減し、1980年を最後にその後1例も発症していません。

 エンテロウイルスのワクチンは世界中で開発がすすめられていますが、まだ実用化には至っていません。医学誌『Lancet』2013年1月24日号(オンライン版)に掲載された論文(注6)によりますと、中国でエンテロウイルス71のワクチン開発が進んでおり、効果と安全性が確認されているようです。しかし、その後実用化にいたったという話は聞きません。しかもこれは、すべてのエンテロウイルスに有効なわけではなく71のみを対象としたものです。米国が脅威の感染症と認定し、現在日本で流行し重篤な神経症状をきたすと考えられているエンテロウイルスD68のワクチンは目下のところ開発の目処がたっていません。

 当分の間、この脅威のウイルスの動向から目が離せません。

注1:WHOの報告は下記にあります。

http://www.who.int/csr/don/2012_07_13/en/

注2:この論文は医学誌『JAMA Neurology』2016年1月19日(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「Clinical Characteristics and Functional Motor Outcomes of Enterovirus 71 Neurological Disease in Children」で、下記URLで概要を読むことができます。
 
http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2482645
 
注3:この論文は医学誌『THE LANCET』2015年1月28日号(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「A cluster of acute flaccid paralysis and cranial nerve dysfunction temporally associated with an outbreak of enterovirus D68 in children in Colorado, USA」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2814%2962457-0/abstract

注4:CDCの報告は下記URLを参照ください。

http://www.cdc.gov/media/dpk/2014/dpk-eoy.html

注5:この論文のタイトルは「Enterovirus infection is associated with an increased risk of childhood type 1 diabetes in Taiwan: a nationwide population-based cohort study」で下記URLで全文を読むことができます。

http://www.diabetologia-journal.org/files/Lin.pdf

注6:この論文のタイトルは「Immunogenicity and safety of an enterovirus 71 vaccine in healthy Chinese children and infants: a randomised, double-blind, placebo-controlled phase 2 clinical trial」で、下記URLで概要が読めます。

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2812%2961764-4/abstract

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