はやりの病気
第108回(2012年8月) 複雑化する水虫・カビの治療
皮膚に感染するカビの治療が次第に難しくなっているような気がしています。
皮膚に感染するカビ(以下「皮膚真菌症」と呼びます)というのは、代表が水虫などをきたす白癬(はくせん)(「皮膚糸状菌」)で、他にはカンジダと癜風(でんぷう)があり、それ以外のものは稀です。
これらの治療がさほどむつかしくなかったのは、少し乱暴な言い方をすれば、「診断さえつけてしまえば後は抗真菌薬の塗り薬で治った」からです。つまり、皮膚真菌症の診療のポイントは、顕微鏡を使って迅速に正確な診断をつけることにあり、いったん皮膚真菌症の診断が確定すれば、それは治癒したも同然だったわけです。しかも、これまでは真菌の種類が白癬菌であろうが、カンジダであろうが、ほとんどどの抗真菌薬でも効いていましたから、真菌の種類までは鑑別しなくてもよかったのです。
ところが、数年前から(私の個人的な印象では2011年くらいから加速度的に)単に診断をつければいい、というものではなくなってきています。つまり、その真菌が何なのかをまずきちんと鑑別し、重症度に応じて外用薬を使い分け、さらに内服薬の選択にも注意しなければならなくなっているのです。
皮膚真菌症の治療がむつかしくなった3つの理由を紹介したいと思います。
まずひとつめは、水虫の原因の白癬菌(皮膚糸状菌)に、以前は効いていた抗真菌薬が効かなくなってきている、ということです。例えば、ケトコナゾール(商品名は「ニゾラール」など)という外用薬があります。ケトコナゾールが便利なのは、脂漏性皮膚炎というマラセチア(真菌の名前)が関与している皮膚炎に対しても処方することが可能だからです。さらにケトコナゾールはマラセチアだけでなくカンジダにも白癬菌にも有効だったのです。つまり、ケトコナゾール1種類だけで、脂漏性皮膚炎、癜風、カンジダ性皮膚炎、白癬菌(足の水虫、いんきんたむしなど)、その他多くの皮膚真菌症に対処できたわけです。
ところが、最近はケトコナゾールが効かない水虫やカンジダが増えてきています。もっとも、これは理論的には昔から言われていたことではあるのですが、実際にはほとんどの症例で効いていましたし、もちろん保険適用もありますから、ケトコナゾールだけで充分だったというわけです。現在、私は、脂漏性皮膚炎と癜風にはケトコナゾールを積極的に処方していますが、カンジダや白癬菌には処方しないようにしています。代わりに理論的にもよく効くとされている比較的新しい抗真菌薬を処方しています。
皮膚真菌症の重症例には内服薬を用います。保険適用があるのはテルビナフィン(商品名は「ラミシール」など)とイトラコナゾール(商品名は「イトリゾール」など)です。テルビナフィンは白癬菌にはよく効きますが、カンジダや癜風にはあまり効きません。そして私の印象で言えばこの傾向が以前よりも増してきています。イトラコナゾールは他の薬を飲んでいると使いにくいことがあり、やむをえずカンジダにテルビナフィンを使うことがあるのですが、これが最近はほとんど無効になってきているのです。つまり、外用だけでなく内服もしっかりと選択しなければならなくなってきた、というわけです。
皮膚真菌症はどうやって診断するの?という疑問に答えておきたいと思います。真菌の診断はとても簡単で、患部から少し剥がれた皮膚(鱗屑といいます)を採り、それを顕微鏡で観察すれば終わりです。なかには顕微鏡だけでは診断がつきにくいものもありますが、通常は真菌の有無、そしてそれが白癬菌なのかカンジダなのかマラセチアなのか、というのは形状から比較的簡単に鑑別がつきます(注1)。
皮膚真菌症の治療が困難になっている2つめの理由は「ペットからの感染が増加している」ということです。
ペットから感染する皮膚真菌症は、白癬菌(水虫)のように足や股間に多いのではなく、手や首などペットに接する部位に多いという特徴があります。Mycrosporum canisという真菌はネコやイヌに多く炎症が強いのが特徴です。最近はいろんな種類のペットが普及してきて、モルモットからArthroderma benhamiaeという真菌が感染、Trichophyton mentagrophytesという真菌がウサギから感染、といった症例がときどきあります。また、牛の飼育をしている人の手にはTrichophyton verrucosumという真菌が感染することがあるそうです。
こういったペットから感染する皮膚真菌症は、白癬菌に比べると、炎症が強く、ときには真っ赤に腫れているようにみえることもあります。このため、積極的にペットからの感染を考えないと見逃してしまいます。「身体に湿疹ができました」と言って受診される患者さんに「ペットを飼っていますか?」と尋ねると、「何でそんなことを聞くの?」というような顔をされることがありますが、これはペットからの皮膚感染(真菌だけでなくときに細菌感染やダニを疑っていることもあります)の可能性を考えているからです。
皮膚真菌症というのは見た目は湿疹と変わりません。ですから、充分に問診をせずに真菌症の可能性を考えず、顕微鏡の検査を省略してしまうとたいへんやっかいなことになります。つまり、湿疹と考えてステロイド外用を処方してしまうと一向に治らないどころか余計に悪化してしまうのです。「ステロイドは安易に処方してはいけない。少しでも可能性があれば真菌症を除外しなければならない」というのが基本中の基本です。
ステロイドを安易に処方してしまうとさらにやっかいなことがあります。よく「前医でステロイドを処方してもらったけどよくならないから受診しました」という患者さんがいて、顕微鏡で真菌がみつかり「これは湿疹でなくて真菌症です。だからステロイドをやめて抗真菌薬を使いましょう」となり、ここまではいいのですが、こういうケースではステロイドから抗真菌薬に切り替えたことで一気に悪化することがあるのです。これを「id反応」といって、ステロイドを突然やめるとこのような現象が起こることがあります。この場合、ステロイドを少しずつ弱めながら徐々に抗真菌薬に切り替えていく、という方針をとらなければなりません。このことだけを考えてもステロイドは安易に使うべきでないということが分かると思います。薬局でステロイドを(自己判断で)購入するときはこういったことにも注意しなければなりません。
さて、皮膚真菌症の治療が困難になっている3つめの理由は、マスコミが言うところの「新型水虫」というものです。「新型水虫」という表現は正しくなく、正確にはTrichophyton tonsurans(トリコフィトン・トンスランス、以下「トンスランス」とします)という真菌で、格闘家の間では以前から有名だったものです。(つまり別に「新型」というわけではありません) 格闘技を通して人間の皮膚から皮膚に感染(もしくは畳などを介して感染)することが多く、日本でも2000年代に入ってから増加傾向にあります。最近になってマスコミが取り上げだしたのは、2012年4月から中学で武道が必修となり、柔道を選択する生徒の間で流行するのではないか、とみられているからです。
トンスランスはときに難治性となり、頭部に感染すると脱毛が起こり、痛みに悩まされることもあります。こうなると塗り薬では改善せず飲み薬を使わなければなりません。しかし、日本では保険診療で認められている飲み薬の量が非常に少なく(海外での標準の使用量の半分しか認められていません)治療に難渋することがあります。特に格闘家は体重が重いことが多く、薬の使用量を増やさなければ効かないケースが多いのです。
では、今回の内容をまとめておきましょう。
1、まず基本中の基本として、皮膚真菌症を疑えば必ず顕微鏡の検査で診断をつける。(確定診断がついていないのに抗真菌薬を使うべきでない)
2、 以前は、真菌がいるかどうかの診断をつけるだけでよかったが、最近はそれが白癬菌なのか、カンジダなのか、マラセチアなのか、といった鑑別も必要。菌種によって抗真菌薬の効き具合が異なることが増えてきた。
3、内服薬も菌種によって効き具合に差がでてきている。テルビナフィン(ラミシール)は白癬菌には有効だが、カンジダにはほとんど効かないと考えるべき。
4、ペットからの感染は炎症が強く湿疹と誤診しやすい。このため疑えば医療機関を受診したときにペットについて話をするべき。
5、格闘家の間で流行している「トンスランス」はときに難治性。今後中学の武道必修化で感染する生徒が増加する可能性もある。
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注1:抗真菌薬(内服も外用も)を処方するときは必ず顕微鏡で真菌を確認するのが原則です。過去に何度か患者さんから「爪の水虫は顕微鏡で見つけにくいんでしょ」と言われたことがありますが、そんなことはありません。というより、(爪の水虫の)診断がついていないのに抗真菌薬を使うことはやめるべきです。
参考:はやりの病気
第5回(2005年4月) 「水虫」
第58回(2008年6月) 「カビの病気1(癜風・水虫)」
第59回(2008年7月) 「カビの病気2(カンジダ)」
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