はやりの病気

第89回 こむら返りがおこったら 2011/1/21

 こむら返りを一度も起こしたことがない人というのは、そう多くはないのではないのでしょうか。実際、日々の診察室では、老若男女問わず、患者さんから相談されることがしばしばあります。

 それほどありふれたこむら返りですが、原因は様々です。例えば、10代の水泳選手が練習中に起こすこむら返りと、70代の高齢者が就寝中に起こすこむら返りでは原因が異なるのが普通です。また、一時的なもので何もせずに放っておいていいこむら返りもあれば、速やかに医療機関を受診すべきこむら返りもあります。激痛が生じる場合もあり、ときどき救急車を呼んで夜間に救急病院に来られる患者さんもいます。

 こむら返りの具体的な説明に入る前に、私が以前から疑問に感じ、なおかつ恥ずかしく思っていることを告白しておきたいと思います。それは、私はこむら返りのことを医学部に入学するまでずっと「コブラがえり」だと思っていたということです。医学部に入学すると、(当たり前ですが)先生も学生もみんなが「こむらがえり」と言うので大変驚きました。けれども、これは言い訳に聞こえるでしょうが、たぶん私の田舎(三重県伊賀市)では、コブラがえりと言う人の方が多いのではないかと思います。つまり、コブラがえりは私の田舎の方言だと思うのです。

 話を「こむら返り」に戻しましょう。

 先ほどこむら返りの原因は若い人と高齢者では異なると述べましたが、年齢で分けるよりも「運動時のみに起こるのか、安静時にも起こるのか」で分類すると理解しやすいと思われます。

 まず、運動時になぜこむら返りが起こるかというと、筋肉の疲労や、発汗などによる脱水が原因となって、血液中の電解質のバランスが崩れてしまい、その結果、筋肉を正常に維持できなくなり筋肉が悲鳴を上げて痙攣(けいれん)するというストーリーが考えられます。さらに冷え性があったり、運動不足があったりすると、筋肉が悲鳴を上げやすくなるでしょうからこむら返りが起こりやすくなると思われます。水泳時にこむら返りを経験したことがある人は多いのではないでしょうか。

 しかし、運動時のこむら返りは、概して言えば、誰にでも起こる可能性のあるもので、繰り返さない限りは放っておいても問題ないことが多いと言えます。運動時のこむら返りを防ごうと思えば、まず充分な準備運動(特にストレッチ)をおこない、運動前と(できれば)運動中にも水分をしっかりと摂るのがいいでしょう。水分は、水そのものよりも電解質を適切に含んだものがいいですからスポーツドリンクが理想的です。

 さて、安静時、特に就寝時にこむら返りを起こしやすいという人は注意が必要です。まず、よくあるのが飲酒が原因になっているものです。この場合は、もちろん節酒するのがいいのですが、「お酒を控えてくださいね」と言って「はい分かりました」と答える人はいても、実行に移す人はあまりいませんから、現実的には節酒のアドバイスよりも、私の場合は水分摂取を勧めています。この場合も、水よりもスポーツドリンクがいいのですが、お酒を飲んだ後に甘いスポーツドリンクは飲みにくいですから、果汁100%のフルーツジュースを勧めることがあります。しかし、後で述べるように、こむら返りは糖尿病の人にも起こりやすいですから、私が患者さんに最も勧めているのは寝る前の野菜ジュースです。フルーツも野菜も電解質が豊富ですが、寝る前にはカロリーの取りすぎにも注意すべきですから野菜ジュースが適しているのです。

 就寝時のこむら返りが、汗のよくでる真夏にだけ起こる、あるいは寒くなる真冬にだけ起こるという人もいます。こういった場合、汗をよくかく人には、やはり電解質を含んだ水分(この場合は野菜ジュースだけでなく、低カロリーのスポーツドリンクも有効です)を多く摂ってもらいます。寒い日に起こるという人には就寝時の環境を見直してもらいます。

 水分摂取や環境の見直しをしても、尚もこむら返りが続く場合は、何か病気が潜んでいる可能性を考えるべきでしょう。

 比較的多く、そして早期に対策を取らなければならないのは糖尿病です。運動時だけでなく安静時にもこむら返りを起こすようになってきている場合は、一度は疑ってみるべきでしょう。実際、当院にもこむら返りがひどくなってきたという訴えで受診された患者さんで原因が糖尿病だったという人がときどきいます。そして多くの場合、まさか糖尿病になっているなどとは思ってもみなかった、と言われます。

 若い女性の場合、甲状腺機能低下症が原因ということもあります。この場合、こむら返り以外の症状もみられるのが普通です。例えば、身体が冷えやすい、体温が低い、血圧が低い(これは自覚しにくいですが)、身体がだるい、気分がすぐれない、などという症状があれば一度は疑ってみるべきでしょう。

 高齢者の場合は、腰部脊柱管狭窄症が原因のことがあります。これは腰の神経が圧迫されて起こる病気で、こむら返り以外にも様々な症状がおこります。典型的な例で言えば、歩くと足にしびれがでてきて休むと改善するという症状です。このような症状があれば(こむら返りの有無とは関係なく)早目に医療機関を受診すべきです。

 これまでみてきたように一言でこむら返りと言っても原因は様々です。まずは原因を明らかにしていくことが必要です。上に述べた、糖尿病、甲状腺機能低下症、腰部脊柱管狭窄症の可能性があれば早めに医療機関を受診すべきですし、これらの疾患が疑われなかったとしても安静時に繰り返すこむら返りは何かの病気の前兆かもしれません。

 医療機関を受診する必要がなさそうなときは、自分自身で対処する方法を考えましょう。これも一種のセルフメディケーションです。まずは、水分摂取が充分かどうかを見直してみましょう。特にお酒を飲む人、よく汗をかく人、よく運動をする人は注意が必要です。水分摂取が少ないと考えれば、就寝前に野菜ジュースやスポーツドリンクをコップ1杯程度飲むことをすすめたいと思います。

 次にストレッチをしましょう。右の足先を右手でつかんで右のふくらはぎを伸ばすようにします。このとき、左手でふくらはぎをマッサージしてあげるとより効果的です。同じように左もおこないます。運動前と運動後、就寝前にこれらを是非おこなってみてください。尚、このストレッチは、こむら返りが起こってしまったときにも有効です。ときにこむら返りは大変な痛みを伴いますが、まずは落ち着いてこのストレッチをゆっくりとおこなってみてください。

 こむら返りには薬がないわけではありません。漢方薬に芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)というものがあり、これは効くときはとても効きます。芍薬甘草湯は医療機関で処方されますが、薬局で処方箋なしで買えるものもあるようですので、試してみてもいいかもしれません。

 しかし、多くの症状がそうであるように、「こむら返りを起こしやすいから芍薬甘草湯で対処してればそれでいいや」と考えるのは危険です。先に述べたように、こむら返りは重要な病気のひとつの症状かもしれませんし、薬局で買える薬であっても、もちろん副作用のリスクはあります。特に甘草は副作用でカリウムが下がることがありますから、電解質のバランスが狂ってかえってこむら返りが起こりやすくなった、などということもあるかもしれません。

 さて、こむら返りのお話はだいたいこんなところです。この次あなたにこむら返りが起こったときは慌てずにまずはストレッチをおこなってみてください。そして、医療機関を受診すべきかどうか、ご自身でよく考えてみてください。

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