はやりの病気

第70回 新型インフルエンザの行方 2009/6/22

2009年6月12日0時(UTC)、WHO(世界保健機関)は、新型インフルエンザに対し、世界的大流行(パンデミック)を宣言し、警戒水準をフェーズ6に引き上げました。

 フェーズ6というのは、感染症のレベルを表す指標の最高級のもので、「世界の2つ以上の地域で人から人への持続的感染が起きている」ことが条件となります。今回の新型インフルエンザでは、北米に加えて豪州でも人から人への持続的感染が確認されたために、フェーズ6への引き上げが決まりました。

 しかしながら、実際の感染状況と重症度はどの程度のものなのかが依然よく判らない面があります。

 感染者数をみてみましょう。公式発表では、2009年6月15日時点で、世界の合計が35,928人でそのうち死者は163人です。先月の時点では、1位米国、2位メキシコ、3位カナダ、4位日本、5位スペイン、でしたが、6月15日の時点では4位がオーストラリア、5位がチリとなり、日本は7位に後退しています。

 ただし、世界のすべての国が実数を”正直に”申告していると言い切れるのでしょうか。

 例えば、中国は6月15日時点で318人となっていますが、これは事実を反映していると考えていいのか疑問です。実際、麻生首相は、先月、韓国の韓昇洙首相と会談した際、新型インフルエンザに関して「中国の感染者数がこんなに少ないわけがない。もっと多いのではないか」と発言したと報道されています。(一国の首相が他国の政府の発表を信頼できないと発言することには問題があるように思えますが・・・)

 参考までに、中国衛生部(日本でいうところの厚生労働省)は、2008年末の時点で中国のHIV感染者は27万人と発表していますが、実際の感染者は70万人以上に上るとのコメントを中国のある専門家がコメントしています。

 タイをみてみると、6月15日、新型インフルエンザの感染者急増を受けて、感染者数や症状をメディアに口外しないようタイ政府が全国の関係機関に通達したとの報道がなされています。これは6月15日のBangkok Postが報道していますが、Bangkok PostやThe Nationといったタイの英字新聞は、毎日のように新たに感染が発覚した人数を発表しており、また、この「メディアに口外しないように」との報道が出た後に、あわててアピシット首相はそれを撤回するようなコメントをしたとの報道もあります。(尚、タイの新型インフルエンザ罹患者は6月18日時点で589人となっており、日本の感染者数とほぼ同等になっています)

 中国やタイは、(貧困地域もありますが)全体としてみれば途上国ではなく、中進国、あるいは都心部の経済指標だけをみていると先進国とみなすこともできます。ですから、新型インフルエンザ罹患者数を事実と大きく異なる数字を公表することはできないでしょう。

 では、途上国ではどうなのでしょう。例えば、ミャンマーやラオスといった国で新型インフルエンザがどれくらい流行しているのかは、ほとんど誰にも分からないのではないでしょうか。あるいは、インドネシアやパキスタン、バングラディシュといった巨大な人口を抱える国の実態がどうなのかについてもよく分かりません。

 ということは、正式に公表されている人数よりも実際にははるかに大勢の人が新型インフルエンザに罹患している可能性があります。

 そもそも、疑いのある患者さんが新型インフルエンザの検査を受けることができるのは、限られた先進国と地域だけだと思われます。日本では、インフルエンザに罹患しているかどうかは保険を使えば診察代を入れても2000円程度で調べることができ、そのインフルエンザが新型かどうかを調べるのは行政が無料でやってくれます。

 一方、例えばタイでは、これらの検査で4,000バーツから8,000バーツ(約12,000円から24,000円)かかると言われており、保険制度が整っているとはいえない国で月収ほどの料金を払って検査する人がどれほどいるかは疑問です。(タイには「無料医療」(昔は30バーツ医療)があるじゃないかと思われるかもしれませんが、実際には無料で受けられずに全額自費負担せざるを得ないケースが多々あるのです)

 重症度は実際のところはどうなのでしょう。WHOのデータをみてみると、6月15日時点で、世界中の感染者は35,928人、死者は163人、致死率は0.45%ということになります。5月7日時点のメキシコのデータでは、感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%でしたから、世界的にみて大幅に致死率が減少しているということになります。(あるいは、メキシコのみで致死率が高いという言い方ができるかもしれません)

 ここ1ヶ月の報道や専門家が発しているコメントをみていると、新型インフルエンザの毒性はそれほど高くなく、従来の季節性インフルエンザとさほど変わらないとする見方が大半のようです。

 しかしながら、一部には重症化を懸念する声もあります。

 例えば、CDC(米国疾病対策センター)の発表では、6月12日時点で合計45人が死亡しています。また、全米で1000人以上が入院しており、今後入院者数や死亡者数はさらに増加する可能性が高いとされています。

 ニューヨーク市の発表によりますと、6月2日時点で入院患者が341人、死亡7人だったのが、6月12日までのわずか10日間で、入院者数567人、死亡15人と急増しています。

 また、中国で見つかった新型インフルエンザに、人の体内で増殖しやすくなる遺伝子変異が起きていることが、東京大学の研究者らによる調査で明らかとなりました。感染すると重症化しやすいタイプに変異しつつある可能性があるとされています。(報道は6月20日の日経新聞)

 ところで、今後日本で新型インフルエンザは大規模な流行をみせるのでしょうか。

 5月中旬の新型インフルエンザに対する警戒心は異様なほどでした。大阪では一時、マスクなしで歩いている人を見かけないほどでしたし、大阪に出張を禁止する会社も続出したようです。なかには、危篤の親戚を見舞いに関東のある病院に駆けつけた人が、大阪から来た、という理由だけで病院に入れてもらえなかったケースもあったそうです。

 私は、ゴールデンウィークに所用でタイのある地方都市に出張に出たのですが、バンコクのスワンナプーム空港で大変驚いたことがあります。国際都市バンコクの空港で、日本人だけがマスクをしているのです。

 ここまでくると滑稽なくらいに予防をしすぎている感じがしますが、その一方で、この国ほど感染症に無頓着な国もないことはこのサイトで何度も指摘しています。麻疹や結核が流行する先進国など、日本以外には存在しないのです。

 結核はともかく、麻疹がいまだに流行するのはワクチンを打たない人(打たせない親)が多すぎるからです。

 現在、新型インフルエンザのワクチンが準備されつつあります。もしも今後新型インフルエンザで日本でも死亡者が出現するようになり、危険性が指摘されだしたとき、人々はワクチンを積極的に接種するのか、あるいは徹底したマスク着用と大阪に行かない(大阪人を入れない)対策だけで乗り切ろうとするのか・・・。

 私個人としてはそのあたりに注目しています。

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