はやりの病気

第57回(2008年5月) 疲労の原因と慢性疲労症候群

 疲れると筋肉で尿酸がつくられて、その尿酸が疲労を蔓延化させる・・・

 このような「乳酸悪玉説」を聞いたことがありますでしょうか。しかし、最近はこの「乳酸=疲労物質」という説はほぼ否定されつつあります。例えば、マウスなど実験動物に乳酸を投与しても疲労がみられなかったという実験があります。

 乳酸に代わって最近注目されているのは、「疲労神経回路説」です。疲労を感じると脳の前頭葉の一部の血量が減り、神経伝達物質のセロトニンの働きに異常がおこるというもので、血流の低下は実際にPET(陽電子放射断層撮影装置)などで確認することができます。

 疲労の神経回路には免疫系も関与していると考えられています。風邪をひいたときなどには疲れ(倦怠感)を感じますが、これは風邪の原因ウイルスがサイトカインという免疫に関係した物質を生成するためだと考えられています。

 ウイルス感染以外にも、例えば肝炎の治療で使うインターフェロンという薬は副作用で倦怠感が出現しますが、これもインターフェロンがサイトカインとして作用するからです。

 ここまでをまとめると、ウイルス感染やインターフェロン投与で体内にサイトカインが蓄積すると、脳内の疲労に関する部位に異常が起こり、血流が低下し神経伝達物質に異常が生じるということになります(もっともこの説も完全に認められたわけではなくまだまだ研究段階ではあります)。

 ところで、慢性疲労症候群という病気をご存知でしょうか。

 慢性疲労症候群とは、強度の疲労が長期間(一般に6ヶ月以上)に及び継続する病気で、身体だけでなく思考力や精神力も疲労困憊し、日常生活を著しく阻害することもあります。

 単なる疲労とは異なり、微熱、咽頭痛、リンパ節の腫れ、関節痛、睡眠障害などが生じることもあります。

 慢性疲労症候群は現在もっとも注目されている疾患のひとつで多くの研究がおこなわれています。上に述べた脳内の血流の異常も慢性疲労症候群の患者を対象とした研究で明らかになったものです。

 慢性疲労症候群の原因は、結論から言えば依然として”不明”なのですが、提唱されている説には、内分泌の異常、神経の異常、遺伝子の異常、幼少期の虐待、感染症、などがあります。

 慢性疲労症候群はときに集団発生することがあり、例えば1984年にはアメリカのネバダ州の小さな町で人口の1%にあたる約200人が一斉に発症したという記録があります。集団発生は他の国でも報告があり、未知のウイルスが原因ではないかと考えられ、一時は”第2のエイズ”とも言われたことがありました。

 その後、ウイルス感染が慢性疲労症候群の原因という説は下火になっていたのですが、最近改めて有力視されるようになってきています。

 例えば、ヘルペスウイルスの一種であるHHV6及びHHV7が原因ではないかとする説が注目されています。HHV6及びHHV7は、乳児の発熱・発疹でお馴染みの「突発性発疹」の原因ウイルスです。(ときどき突発性発疹に二度かかることがあるのは、HHV6とHHV7の双方に罹患するケースがあるからです) HHV6あるいはHHV7は一度感染すると体内から消えることはありません。突発性発疹が治ってもこれらのウイルスは体内に潜みます。そして成人してから再度増殖して慢性疲労症候群をもたらすのではないかと考えられているというわけです。

 また、先に述べたネバダ州の小さな町のケースではEBウイルスが原因ではないかとする説があります。この他にも、肺クラミジア、リケッチア、Q熱、サイトメガロウイルスなどが原因ではないかと言われることもあります。

 いずれのウイルス(や細菌)が原因であったとしても、疲労を生じる機序としては、まず感染によりサイトカインが生成され、これが異常蓄積し、脳内の疲労の回路に異常をきたすと考えられています。

 慢性疲労症候群は、これまで日本人の0.1から0.3%くらいにみられるのではないかと考えられてきましたが、最近「実際はもっと多く人口のおよそ1%に相当する」という研究が発表されました。人間ドックを受診した1000人以上を対象とする大規模調査で男性女性とも全体の1.2%が慢性疲労症候群と診断されたのです。

 人口の1%といえば決して珍しい病気ではありません。実際、慢性疲労症候群に罹患した(あるいはしたと考えられる)有名人は少なくありません。歴史上の人物でいえば、ナイチンゲール、ダーウィンが疑われています。ジャズピアニストのキース・ジャレット、『月の輝く夜に』でアカデミー主演女優賞を受賞したシェール(ダンスミュージックファンには「Believe」の方が有名かもしれません)も罹患したという噂があります。

 慢性疲労症候群はなかなか診断がつきにくく、いくつもの病院を受診(ドクターショッピング)することが多いという傾向があります。また、一方では患者さんの方に病識がなく、しんどいのは病気のせいではないと思い込み医療機関を受診しない人も少なくありません。

 もっとも、医療機関側からみても自信をもって慢性疲労症候群と診断できる医師は多くなく誤診されているケースも少なくないかもしれません。例えば、うつ病、更年期障害、自律神経失調症などと誤診されていることが予想されます。私は、疲労の程度が激しくて慢性疲労症候群が疑われる場合、他の疾患(膠原病、甲状腺機能低下症、うつ病、HIV感染など)を除外した上で専門機関に紹介するようにしています。(私の母校の大阪市立大学医学部には「疲労クリニカルセンター」があります)

 もちろん太融寺町谷口医院でも診察しています。治療法は、決定的なものはありませんが、一部のビタミン剤や漢方薬がよく効く場合がありますし、一部の抗うつ薬が有効な場合もあります。

 慢性疲労症候群がやっかいなのは、ときに社会復帰ができなくなるほどの重症化があることです。数十年もの間疲労に悩まされる人やなかには寝たきりの状態になる人もいます。

 気になる人は、「しんどいのは気のせい・・・」と思わずに、まずは近くの医療機関に相談されてみてはいかがでしょうか。

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