はやりの病気

第55回(2008年3月) SSRIは本当に効果がないのか

 SSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。selective serotonin reuptake inhibitor(選択的セロトニン再取り込み抑制剤)の略で、世界でもっとも売れている抗うつ薬です。

 SSRIは従来の抗うつ薬に比べ大幅に副作用が少なく効果も期待できるとされ、90年代半ばには「最も売れている薬(the world’s fastest-selling drug)」の地位を確立しました(現在はバイアグラにその座を明け渡しています)。

 SSRIは複数の製薬会社が発売しており、世界で最も有名なSSRIはおそらくプロザック(Prozac)だと思われます。日本ではなぜかプロザックは発売されていませんが、他のSSRI(商品名で言えば、パキシル、ルボックス、デプロメールなど)は日本の医療機関でも処方されています。また、プロザックを個人輸入して服用している日本人も大勢いると言われています。

 SSRI、特にプロザックは、別名「happy drug」、「happiness pills」などと言われ、通勤前に気軽に服用するユーザーも多く、実際アメリカでは2回目以降は薬局で医師の処方箋なしに購入できます。

 このようにSSRIは最も身近な抗うつ薬として世界中で愛用されています。

 ところが、です。「SSRIは効果がない」とする発表が先月末にイギリスでおこなわれ、世界中で物議をかもしています(なぜか日本のマスコミはほとんど報じていませんが・・・)。

 2月26日のThe Independent(UKのタブロイド紙)によりますと、イギリスの研究者がSSRIに関するメタ分析をおこなったところ、SSRIは非常に重症なうつの症例を除いては効果がほとんどないとの結果がでました。今回の研究では、従来、非公開となっていた治験結果をも含めて検討されています(メタ分析とは、先行する多くの研究を評価・検討する研究方法です)。

 この発表を受けて製薬会社は反論をしています。プロザックと並んでよく処方されているSSRIにSeroxat(日本発売名は「パキシル」)というものがあり、これはグラクソスミスクライン社が製造販売しています。

 「SSRIは効果がない」とする今回の研究発表に対して、グラクススミスクライン社は、「今回の研究ではSSRIがもたらす利益が充分に評価されていない。実際の臨床の現場で認められているSSRIの有用性が研究に反映されていないのは奇妙である。今回のたったひとつの研究で患者に不必要な警戒心をもたせることがあってはならない」、とコメントしています。

 さて、ここからが私には大変驚きでした。

 今回の発表を受けて、イギリス政府は、「今後3年間で3,600人のセラピストを養成し、薬剤に頼らないうつ病の治療法を推進する」という方針を公表したのです。

 イギリス政府が直ちにこのような発表をおこなった背景には様々な要因があるでしょうが(例えば3,600人の新たな雇用が生まれる可能性があります)、イギリス政府が「SSRIには効果がない」とする発表を信憑性のあるものと受け止めて、改善策を提示しているのは事実です。

 谷口医院ではどうかというと、パキシル(Seroxat)を含めていくつかのSSRIを大勢の患者さんにすでに処方しています。SSRIとよく似た作用を示すとされているものでSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitorsの略、日本語ではセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、商品名はトレドミン)というものがあり、これも多くの患者さんに処方しています。

 処方した結果はどうかというと、劇的に効いたケースもあります。例えば30代のある男性は、仕事をなくし自宅に引きこもっていましたが、SSRIの処方で(それも少量の処方で)、自信を取り戻し、仕事をみつけ恋人までできるに至りました。
 
 しかし一方では、あまり効果のでなかったケースもあります。一部のSSRIは、うつ症状だけでなく、過食症や強迫性神経障害にも効果があるとの報告もありますが、こういった症状に対していつも効果が現れるとは限りません。

 それに、SSRIは従来の抗うつ薬に比べると副作用が少ないとされていますが、実際は吐き気や眠気の副作用を訴える患者さんもいます。さらに、SSRIには自殺を助長することがあるとの研究発表もあり、自殺企図のあるケースや未成年に対しては処方に慎重にならざるを得ません(当院ではこういうケースに対してはうつの専門医を紹介するようにしています)。

 今回のイギリスの発表を受けたからというわけではありませんが、当院では、SSRI以外の治療をすすめるケースもよくあります。SSRI以外にも副作用が少ない薬剤もありますし、患者さんのなかには自主的にサプリメントのセントジョンズワート(オトギリ草)を入手して服用している人もいます(参考までに、ドイツではセントジョーンズワートは抗うつ薬として承認されています)。

 薬物以外にも、例えば「運動」がうつの改善につながる場合もあります。また、近年有効性が認められている治療法に「認知療法」と呼ばれるものがあります。認知療法とは、患者さん自身が様々な事象に対する認知を修正することによって、苦しみの少ない方向に情動が変化し、より建設的な方向に行動出来るようになることです。

 実際の診療の現場では、時間をとって「認知を修正する手助け」をするのは難しいことも多いのですが、クリニック内のカウンセラーが話を聞いて、建設的な行動ができるようになる場合もあります。

 上に紹介したThe Independentの記事のなかには、うつに対する様々な治療法が紹介されており、「友達と話す」というのがあります。これは、軽症のうつの場合、友達など親密な人と話をすることにより、うつが軽減されるというものです。

 これは、実際の臨床の現場でもよく体験することです。「話を聞いてもらえる友達ができて気分がラクになりました」という話は患者さんからよく聞きますし、薬剤を投与してもなかなか効果のでなかった患者さんから「恋人ができて薬は一切不要になりました!」と聞いたこともあります。「うつの改善のために友達や恋人を見つけましょう!」と直接的に患者さんに言うことはあまりありませんが、友達や恋人の存在がうつを改善するというのはよくあることです。

 実際にうつで苦しんでいる患者さんをみていると、薬が効くケース、カウンセリングで効果がでるケース、新たな友達の存在でよくなったケース、運動療法を加えることでよくなったケース・・・、と様々です。

 こうして考えてみれば、happy drugなどと呼ばれ世界中に広く浸透したSSRIはこれまで強い効果を期待されすぎていたのかもしれません。

 私自身は「SSRIは効果がない」とは考えていませんが、数多いうつの治療の選択枝のひとつであるということを再確認したいと思います。

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