はやりの病気

第44回(2007年4月) 患者さんごとのアトピー性皮膚炎

 私は医学部入学時には医師になることはまったく考えておらず、生涯を通して研究をおこなうつもりでした。結局、最終的には臨床医の道を選ぶことになったのですが、この決断にいたったのは何人かの”患者さん”との出会いがあったからです。

 「患者さん」ではなく”患者さん”なのは当時の私はまだ医師ではありませんでしたし、医師に対する患者という関係ではなく友達として出会った「なんらかの疾患を持つ人」だからです。

 その疾患のなかでなぜか最も多かったのがアトピー性皮膚炎でした。実はそれまで、私はアトピーという病気をほとんど知りませんでした。私が子供のころには(少なくとも私の住んでいた町には)なかった病気ですし、大学や社会人の生活を通してもあまり身近なところにアトピーを持っている人はいなかったように思います。いえ、いたのかもしれませんが、私自身が彼(女)らの悩みに気づくことがなく、彼(女)らも、医師でも医学生でもない私に自分の皮膚の悩みを話す気にはならなかったのでしょう。

「病院に行って相談したら、治りません、と言われた」
「医師によって治療法がまったく違う。アトピーの正しい治療法ってあるの?」
「医師は漠然と薬を出すだけで、話すらろくにしてもらえない」
「医師に何を聞いても、わかりません、としか言われない」

 これらは、私が医学生になってから何人かのアトピーを持つ友人から聞いた言葉です。

「これまでいろんな民間療法を試したが、お金を無駄に使っただけ」
「悪徳商法にだまされて200万円をとられた」
「アトピーが治ると言われて買わされた化粧品や健康食品は数え切れない」

 アトピーという病については、このような声も少なくありません。

 私が医学生になってからなぜアトピーを持つ友達が急に増えたのか・・・。偶然の要素も大きいでしょうが、それ以上に彼(女)らが、私が医学生ということで何でも話せると思ったのでしょう。

 アトピーの苦悩を知るようになった私は、この病で悩む人たちの声を積極的に聞くようになりました。なかには「自分の子供がアトピーで生まれてほしくないから子供は産まない」という人や「アトピーがあるから外出ができずに引きこもっている」という人もいました。

 その後、私は「研究医」ではなく「臨床医」を目指すようになります。

 私が「このような人たちの力になりたい」と感じたのはアトピーで悩む人たちだけではありませんが、アトピーを持つ人たちとの対話のなかで臨床への志が芽生えだしたのは事実です。

 さて、当院にもたくさんのアトピーの患者さんが来られます。クリニックは繁華街に位置していることもあって、小さなお子さんは多くなくアトピーの患者さんの大半は男女とも20代か30代です。

 患者さんと話しているとアトピーに対する認識は患者さんによって様々であることを改めて実感します。

 ステロイドを諸悪の根源のように考えている人もいれば、漠然とステロイドを塗り続けた結果、副作用が重症化している人もいます。

 引越しや転職などで環境が変わったことによって悪化した人もいれば、その逆に改善したという人もいます。また、食事療法で大きく改善した人もいれば、相変わらずムチャクチャな食事をしているため進展のみられない人もまだまだいます。

 当院を受診するアトピーの人のなかには、他の病気も持ち合わせている人が少なくありません。喘息や、花粉症などのアレルギー性鼻炎・結膜炎を持っている人が一番多く、こういい場合はそれらの治療も同時におこないます。

 「これまでは、内科、耳鼻科、皮膚科の3つに通わなければならなかったけれど、ここでは全部みてもらえるから助かります」、という声もあり、やはり「総合診療」は必要であることをあらためて実感しています。

 喘息や花粉症以外にも、胃炎、慢性の下痢、冷え、肩こり、動悸、貧血などを抱えている人もいますし、意外に多いなと感じるのが、不眠・不安・うつなどの精神症状を抱えている人です。

 アトピーの社会的苦悩からこういった症状が出現しているのか、他に原因があるのかは人によって様々ですが、確かなのは、皮膚症状と精神症状が互いに悪影響を与えているということです。つまり、皮膚の状態が悪化することによって気分がすぐれなくなり、同時に、精神状態の悪化が皮膚に悪影響を与えているのです。

 総合診療の原則のひとつに、「臓器をみるのではなく人をみよ」というものがありますが、アトピー性皮膚炎という疾患ではこの原則が特に重要となります。皮膚の状態しか診なければ患者さんの苦悩の一部しか理解できなくなります。

 他の疾患と同じように、アトピー性皮膚炎にも治療ガイドラインというものがあります。もちろんガイドラインから逸脱するような治療はおこなってはなりませんが、かといってガイドラインを守っていればそれで充分な治療が供給できていると考えるは誤りです。
 
 患者さんごとにそれぞれの対策を立てて、患者さんと共に治療していく・・・

 これが、アトピーを含む慢性疾患への取り組みの基本だと思います。

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