はやりの病気

第43回 B型肝炎にはワクチンを 2007/3/20

すてらめいとクリニックでは、初診の患者さんに対して、「これまでに大きな病気をしたことがありますか」と必ず聞くようにしていますが、「B型肝炎のウイルスをもっています」、「以前B型肝炎で入院しました」、と答える人が多いことに驚かされます。すてらめいとクリニックを初診で受診した患者さんは、1月5日から3月17日までで540人で、今思い出せる範囲でも10人以上の人が「B型肝炎」と答えています。なかには、自分がB型肝炎ウイルスをもっているから、ボーイ/ガールフレンドにワクチンを打ってもらったという人もいます。

 過去に罹患した病気については、すてらめいとクリニックを始める前の勤務医の頃にも必ず尋ねるようにしていましたが、B型肝炎がこんなに多かっただろうか・・・、というふうに感じます。

 たしかに、B型肝炎の罹患者は100万人から150万人、文献によっては200万人とするものもあり、国民の1~2%が罹患していることになりますから、とりわけ珍しい疾患ではないのかもしれません。また、世界全体では20億人もの人がこのウイルスを所有しているとする研究もあります。

 すてらめいとクリニックは都心に位置しており、郊外型のクリニックや病院と比べると若い患者さんの比率が多いという特徴があります。勤務医の頃よりも現在の方が「B型肝炎にかかった」と答える患者さんが多いと感じるのは、もしかすると、B型肝炎が若い人の病気であるからかもしれません。

 しかしながら、B型肝炎が若い人に多いというのは少しおかしいような気もします。なぜなら、現在の日本では母子感染対策が徹底しており、いずれB型肝炎は激減していくであろうとする見方もあるからです。そもそもB型肝炎ウイルスを保有していることに気づいていない人の多くは母子感染で感染しています。日本ではだいたい25年くらい前から、母子感染対策をきちんととっていますから、おおざっぱに言えば25歳未満の人はこのウイルスをもっていることはあまりないのです。

 では、なぜ若い人の間でB型肝炎が増えているのかというと、それは性交渉により感染(性感染)しているからです。

 実際、患者さんに聞いてみると、ほとんどの人は「思い当たることがある」と答えます。25歳以下の人がこのウイルスをもってないとしても、性交渉の相手がそれ以上の年齢であれば感染する可能性は充分にあります。

 それと、患者さんに話を聞いていて「多いな」と思うのが、海外で感染しているケースです。男性の場合ですと、中国やタイの女性と性交渉をもち、その結果B型肝炎ウイルスに罹患しているケースが非常に多いのです。日本の風俗店で(オーラルセックスで)感染したというケース(男性も女性も)も珍しくはありません。

 B型肝炎は、医療従事者の間で以前針刺し事故が相次ぎました。不幸なことに命を落とした医師や看護師も少なくありません。しかし、B型肝炎ウイルスが血液感染しても劇症化にいたらなければ大部分は急性期を乗り越えて完全に治癒します。まったく症状の出ない場合もあります。

 しかしながら、性交渉で感染した場合は、急性期を乗り越えたとしても、その後ウイルスが完全に消えず慢性化することが少なくないのです。これは従来、ヨーロッパに広く蔓延していたB型肝炎ウイルスの型が、性交渉を介して日本にも入ってきたからではないかと言われています。この型のウイルスは慢性化する確率が2割にもなると言われており、こうなると非常に高価な薬を一生飲み続けなければならないこともあります。

 B型肝炎ウイルスが大変やっかいな病原体である最大の理由は、ウイルスの感染力の強さでしょう。HIVがそれほど簡単には感染しないのに対して(ささいなことでHIVに感染する人も少なくありませんが・・・)、B型肝炎ウイルスはいとも簡単に感染します。報告にもよりますが、HIVの100倍以上の感染力をもっているとするデータもあります。(C型肝炎ウイルスはその中間くらいです)

 HIVの100倍以上・・・、と言われてもピンとこないかもしれませんが、症例報告などをみれば、オーラルセックスはもちろん、ディープキスでも感染したというものもあります。

 腟交渉やオーラルセックスだけでなく、ディープキスでも・・・、などと言われると、今後新しいパートナーができたときは、お互いに検査を受けてからキスを始める・・・、ということになってしまいます。これは理論的には正しいとしても、現実的ではないでしょう。

 では、B型肝炎ウイルスに罹患する覚悟でキスをしなければならないのでしょうか・・・。そんなことはありません。なぜならB型肝炎ウイルスには有効なワクチンがあるからです。

 実際、ほとんどの先進国では性交渉を開始する年齢になるとB型肝炎ウイルスのワクチンを接種することになっています。例えば、オーストラリアでは15歳頃には全員が無料でワクチンを接種できます。また、韓国でも最近このワクチン接種がかなり普及してきています。

 一方、日本のB型肝炎ウイルスのワクチン接種率の低さは”驚異的”ですらあります。医療従事者や医療廃棄物を扱う人たちを除けば、ほとんどの人はワクチン接種をしていないのではないでしょうか。もともと、日本という国はワクチン接種に対しては「後進国」で、はしかについて言えば「日本ははしかの輸出国」とまで言われています。B型肝炎についてもそのうち「輸出国」と言われるようになるかもしれません。

 その一方で、今月B型肝炎の新しい薬が承認されました。「エンテカビル」という薬で、これまでのものに比べるとウイルスを抑制する効果が高く、耐性ウイルスが出にくいという特徴もあります。ただし、価格も高く、長期で服用しなければならない薬だけに問題は残ります。

 日本のB型肝炎対策は、母子感染対策は徹底しており、新薬が早期に承認されるという長所をもっていますが、なぜかワクチン接種という(薬に比べれば)お金のかからない大変有効な方法がないがしろにされてしまっているのです。

 本来は、国や行政が中心になってB型肝炎ウイルスの接種を呼びかけるべきだと思うのですが、その兆しは目下のところありません。この理由は、性感染症の予防のワクチンということで、「ワクチン接種を奨励すれば若年者の性活動が活発になる」、という意見があるからかもしれません。(海外では承認されている子宮けい癌のワクチンも同じ理由で反対意見が出るのではないかと思われます)

 ならば、自分の身は自分で守るしかありません。「自分で守る」といっても、ワクチンを接種するだけの話です。このワクチンは3回接種しなければならず半年ほどの期間を要しますが、それで危険を回避できるわけですから面倒くさがっていてはいけないのです。

参考:
「肝炎ワクチンの接種をしよう!」
はやりの病気第8回「B型肝炎」

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