はやりの病気
第41回 薄毛・抜け毛は治せるか(前編) 2007/1/20
よく言われるように、若い世代の間で薄毛・抜け毛で悩む人は増えてきています。薄毛・抜け毛は男性特有の悩みか、というとそうでもなく、最近は若い女性のなかでも毛髪の悩みを持っている人が少なくありません。
薄毛・抜け毛はいわゆる重病ではないと考えられています。なぜなら、薄毛・抜け毛は死に至る病ではないからです。ところが、医師として患者さんをみていると、私には薄毛・抜け毛がときに”重病”にみえることがあります。
患者さんのなかには、薄毛・抜け毛で深刻に悩み、外出ができなくなる人がいます。若い方なら登校拒否をする患者さんもいます。髪を気にするあまり異性との交流を絶ちガール(ボーイ)フレンドをつくることを諦める人や、髪が原因で仕事に就けないという人もなかにはいます。すでに結婚している人でも、例えば友達の結婚式や同窓会への出席をためらうという人は少なくないようです。また、これはある”かつら”の会社に勤める友人に聞いた話ですが、髪を気にするあまり自ら命を絶つ人もいるそうです。
たしかに、薄毛・抜け毛という病(必ずしも”病”という表現は適切ではありませんが)は、ときに治療がむつかしいことがあります。いろんな治療法がありますが、いろんな治療法があるということは裏を返せばそれだけ決定的な治療方法がないということの裏返しなのかもしれません。
しかし、決して諦めることはありません。ここ10年ほどで薄毛・抜け毛に対するアプローチの方法は随分と進化しています。ここでは、そういった医学的な新しい治療法をご紹介したいと思うのですが、その前に薄毛・抜け毛の原因について考えたいと思います。
私は、薄毛・抜け毛の原因を主に4つに分けて考えています。
ひとつめは薬の副作用です。脱毛が副作用の薬と言えば抗がん剤が有名ですが、他にも、鎮痛剤、抗リウマチ薬、胃薬、高脂血症の薬などでも起こることがあります。ビタミンAの過剰摂取で起こることもあります。また、薬ではありませんが、放射線治療の副作用で脱毛が起こることもよく知られています。したがって、抜け毛が気になる人はまず今飲んでいる薬の副作用を確認する必要があります。
ふたつめは、感染症によるものです。真菌症が頻度としては最も多いでしょうが、他にも梅毒、ハンセン病などでも脱毛をきたすことがあります。
3つめは別の病気が原因になっている場合です。甲状腺の機能低下や副腎の病気、膠原病など内科的な疾患もありますし、脂漏性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、といった皮膚科的な疾患のために脱毛が起こっている場合もあります。
そして、4つめがこれら以外の原因によるものです。男性の場合、頻度として最も多いのが、男性ホルモンが関与しているいわゆる男性型脱毛症(AGA)と呼ばれるものです。これは遺伝的な要因もある程度関係していると考えられています。男性型脱毛症はときに若い人にも起こります。この場合、薄毛・抜け毛の悩みから神経的な負担(精神的ストレス)がかかり、脱毛をさらに悪化させることがよくあります。また、ストレスだけでも脱毛がおこることがあります。
さて、治療としては、薬によるものは薬の中止や変更を検討すればいいですし、感染症や内科的・皮膚科的な病気が原因の場合はそれに対する治療をおこなえば劇的に治癒していくことが多いと言えます。
治療に時間がかかり、かつ頻度の高いものが男性型脱毛症です。しかし、いくつかの新薬の登場などで男性型脱毛症も次第に克服されつつあります。
新薬には、まず外用剤のミノキシジルが挙げられます。これはもともと降圧薬として開発されたものですが、治験の段階で髪が増える作用のあることが分かりました。そこで製薬会社は育毛剤としての開発に切り替えて外用薬をつくることに成功しました。日本では大正製薬から「リアップ」として薬局で買える薬として販売されるようになりました。
しかし、「リアップ」はミノキシジルが1%と濃度が薄いからなのか、すべての人に効果があるわけではありません。なかには、個人輸入で濃度の高い(2%、5%など)ミノキシジルを購入している人もいるようですが、それほど効果が得られない場合もあります。個人輸入でミノキシジルの内服薬を海外から購入している人もいるようですが、これは大変危険なことです。血圧が下がりすぎることも心配ですし、海外の製品を個人輸入で購入するのはまがい物をつかまされるのはまだいい方で、なかには危険な成分の入っているものもあります。
ミノキシジルを試したけどよくならなかった、という患者さんの頭皮をよく観察すると、頭皮がカサカサになっていることがあります。これは、ときにミノキシジルを含む外用薬の基剤として使われているアルコールなどの成分による反応ではないかと思われます。脱毛で悩む人は、もともと頭皮がカサカサで軽い炎症をおこしていることが多いのですが、そのような皮膚にアルコールのような刺激性の強い物質を塗布すれば、余計に炎症がきつくなってしまうというわけです。
次に現在最も注目されているプロペシア(フィナステリド)について考えてみましょう。
プロペシアはもともと前立腺肥大症の薬として開発されました。実際、プロペシアはフィナステリド1mg(0.2mgもある)が含有されていますが、5mgのものは前立腺肥大症の薬として使われています。なぜか日本では市場に登場していませんが、欧米やアジア諸国では5mgのフィナステリドが前立腺肥大症の治療薬としてごく普通に処方されています。
よく言われるように男性型脱毛症の原因は男性ホルモンだと考えられています。男性ホルモンはテストステロンが有名ですが、脱毛をきたすのはテストステロンが代謝されたジヒドロテストステロンというホルモンです。この代謝(テストステロンがジヒドロテストステロンに変化すること)には5αリダクターゼという名前の酵素が必要です。プロペシアはこの酵素の働きを弱めることによって、結果としてジヒドロテストステロンの生成量を少なくします。
男性ホルモンの生成量が少なくなる、などと聞くと副作用が心配になりますが、実際はそれほど心配しなくてもいいようです。前立腺に影響を与えるわけですから、まず考えられるのは、精子が減少したり動きが弱くなったりすることです。しかし、製薬会社(メルク社)の実験では、プロペシアが精子に異常をきたすことはなかったそうです。
次に考えられる副作用はED(いわゆる勃起不全)です。しかし、プロペシア販売後の調査ではEDをおこした人は予想に反してかなり少なく、仮におこしたとしてもプロペシアの内服を中止すれば簡単に治癒しています。あるいは、ED改善薬と併用するという方法も場合によっては使えるかもしれません。
つづく
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