はやりの病気
第9回 動悸 2005/06/01
日頃、私が外来で遭遇する患者さんの訴えで、もっとも多い症状のひとつが「動悸」です。
もちろん、一言で「動悸」といっても、いろんな種類があり、緊急性を要するものから、まったく治療の必要のないものまでいろいろです。そして、私の経験から言えば、まったく治療の必要のないものもまあまあ多いという印象があります。
睡眠不足が続いていたり、ストレスがたまっていたりしても、動悸を感じることがあるのですが、非常に多いと感じるのが、「健康診断で不整脈を指摘されてから動悸を自覚するようになった」というものです。
こういう患者さんに、「いつ、どんなときに動悸を感じますか?」と質問をすると、「夜、寝ようと思ってベッドに入ると、いつのまにか動悸が始まって眠れない。」と答えることが多いといえます。そして、「動悸が終わるときは自覚できますか。」と聞くと、たいていは、「いつのまにか気にならなくなって眠っている。」と答えます。
この動悸は異常なものでしょうか。そして治療が必要でしょうか。
答えは、否、です。
これは異常なものではなく、結論から言えば、自分の鼓動を感じているだけのことがほとんどです。私は、それを確認するために、診察室の机を指でタップして質問します。指で机を一分間に120回程度のペースでタップして、患者さんに聞きます。「あなたの動悸はこれくらいのペースですか。」すると、ほとんどの患者さんは、「そんなに早くない。」と言います。もし、この時点で患者さんが、「それくらいのペースです。」と答えると、異常な不整脈の可能性があり、精密検査をすることになります。
「そんなに早くない。」と答えた患者さんには、今度は一分間に80回程度のペースでタップして、「ではこれくらいですか。」と聞きます。すると、大部分の患者さんは、「はい、それくらいです。」あるいは「いえ、もうちょっと遅いです。」と言います。
患者さんがこのように答えた場合は、異常な動悸である可能性はほとんどありません。単に自分の心拍を感じているだけだからです。
では、なぜ今まで感じなかった自分の鼓動(心拍)を突然感じるようになったのでしょうか。それは、生まれて初めて健康診断で不整脈を指摘されて、自分の心拍が気になるようになったからです。
私はこのような患者さんを診るようになってから、自分でも確認してみました。夜、静かな環境で横になって自分の鼓動を意識するのです。最初のうちはなかなか上手くいきませんでしたが、そのうちに自分の鼓動がはっきりと自覚できるようになりました。つまり、少し訓練すれば誰でも自分の鼓動を自覚することができるのです。もちろん、そんなことできても何の得にもなりませんし、あえてする必要はありませんが・・・。
動悸を訴えて来院された患者さんには、私は一応、全例に心電図の検査を受けてもらうようにしています。心電図が正常で、自覚する心拍数が1分間に100回以下で、規則的な心拍であれば、異常であることはまずありませんから、私はそれを患者さんに話して、それ以上の検査や治療が必要でないことを説明して納得してもらうようにしています。
心電図に異常がある場合はどうでしょうか。動悸で受診される患者さんは、「健康診断で不整脈を指摘されて・・・」というパターンが多いわけですから、外来で検査した心電図にも不整脈があることがあります。しかしながら、治療が必要な不整脈というのは全体からみれば、ごくわずかです。たいがいは、「期外収縮」といって、規則的な心拍にときどき不規則な波形が混ざっているものです。これを自覚することもあるのですが、ほとんどは治療の対象になりません。実は、「期外収縮」は健康な人の多くにもみられる不整脈で、ほとんどの人が24時間連続で計測できる心電図をとると、一度や二度は出現します。
ところで、心臓は一日に何回拍動するかご存知でしょうか。計算すればすぐに分かりますが、仮に1分間に65回の心拍数とすると、65x65x24=約10万回となります。10万回も拍動し、それが人間の活動や精神状態によって早くなったり、遅くなったりするわけですから、たまには「誤作動」も起こるというわけです。そして、この誤作動は治療する必要がないのです。
心電図に明らかな異常がなくても、完全には「治療が必要な不整脈がない」とは言えません。なぜなら、心電図の検査をしているときには正常でも、家に帰ってから危険な不整脈が出現している可能性があるからです。私は、このような疑いのある患者さんには、24時間連続で心電図の検査をすることをすすめています。24時間連続の検査といっても、入院する必要はなく、小さな器具(電極)を身体に装着してもらって帰ってもらいます。その日は風呂に入ることはできませんが、普通に日常生活を過ごしてもらってかまいません。そして後日、身体に装着したその器械を持ってきてもらえば、その24時間の心臓の動きが分かります。
「あるとき突然動悸が始まって、突然終わる。しかし、毎日起こるわけではなく、数日に一度程度でしか起こらない。」という患者さんがいます。このように訴えるケースは、治療が必要であったり、あるいは注意深い経過観察が必要であったりする場合があります。このタイプの動悸には、24時間連続の心電図検査が無駄になることもありますから、胸に器械を装着してもらったまま数日間過ごしてもらい、「動悸があったときにこれを押してください」と言って、ボタンを渡しておきます。患者さんは、動悸を感じるとそのボタンを押し、そのときの心電図が医療機関にFAXされてくるという仕組みになっています。(21世紀の医療はこんなに発達しているのです!)
来院時に動悸が続いていることもあります。これは昼間の外来よりも、夜間の救急外来を受診する患者さんに多いと言えます。この場合、直ちに心電図をとり、不整脈を確かめ、治療が必要であれば、抗不整脈薬を投薬することになります。飲み薬を飲んでもらって、しばらくベッドで休んでもらうという方法もありますが、入院できる環境であれば、静脈内に直接薬剤を投薬することもよくあります。
心電図のモニターを見ながら、ゆっくりと薬を注射していきます。しばらくすると、乱れていた心電図の波形がきれいに正常の形に戻り、心拍数も正常になります。医師の自己満足と言われるかもしれませんが、この瞬間は「感動!」です。もちろん患者さんもその瞬間に、「先生、ラクになりました!」と言ってくれます。(ただ、抗不整脈薬の注射は簡単なものではなく、投与量や速度を間違えると取り返しのつかないことにもなりかねないので、ある程度の経験をつんでいないとできません。)
注射でもその不整脈がよくならない場合、患者さんの同意を得て、電気ショックをかけることもあります。この場合は、麻酔も必要になり、それなりのリスクはありますが、もっとも確実な方法のひとつとも言えます。
夜間に動悸を訴える患者さんの心電図をとって、緊張感が走ることのひとつが、その心電図が「心筋梗塞」を示しているときです。通常、心筋梗塞では「動悸」ではなく「胸痛」を訴えることが多いのですが、なかには「動悸」と表現して受診する人もいます。(その逆に、心拍数の早い不整脈を「動悸」ではなく「胸痛」と表現する人もいます。)
病気のなかには「少しなら待てるもの」と「一刻を争うもの」があり、心筋梗塞は後者です。この場合は、すぐに採血し、点滴をとって必要な薬剤の投与を開始し、胸部のレントゲンを撮影し、同時に専門医を呼びます。その病院に「循環器内科」の専門医がいなければ、専門医のいる病院を探して救急車で搬送します。
ひどい「貧血」があれば「動悸」がおこることがあります。よく遭遇するのが、不規則な食生活を続けている若い女性が真っ白な顔をして受診するケースです。昔から「血を増やすには鉄が必要」と言いますが、これはその通りで、体格は普通でも鉄分が不足している女性(男性は少ない)が、「鉄欠乏性貧血」を起こし「動悸」を訴え受診することは珍しくありません。
また、なかには、「動悸」で受診し、ひどい貧血が分かり、その原因が「白血病」であったというケースもあります。
詳しい血液検査をして「甲状腺機能亢進症」が見つかったというケースも珍しくありません。
「神経症」や「うつ状態」があって、その結果、ときどき動悸が出現するということもあります。
「動悸」を訴えて受診される患者さんは、精密検査も治療も必要のないことも多いのですが、直ちに治療が必要な、重篤な心臓の病気であったり、また心臓以外の病気が原因になっていることも少なくありません。
「たしかに動悸は気になるけど、たいしたことないって言われそうだから病院に行かない方がいいのかな・・・」そんなふうに考える人もいるかもしれませんが、「たいしたことがないことを確認する」のも医師の務めなのです。気になる方は遠慮せずに受診するようにしましょう。
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