はやりの病気

第235回(2023年3月) 温泉好きの長引く咳はレジオネラ

 2023年2月24日、筑紫野市の「二日市温泉 大丸別荘」を訪れた人が体調不良を訴え医療機関を受診、レジオネラ症と診断されていたことが発表されました。原因はその旅館の浴槽から検出されたレジオネラ菌であることが判明しました。

 レジオネラというのは肺炎で有名なのですが、通常の肺炎と異なる点がいくつかあり、感染しても放っておいてもいいことがある一方で、「死に至る病」となることもあります。筑紫野市の温泉事件でいろんなことが報道されましたが、必ずしも正確に伝わっていないようなので、ここでまとめておきたいと思います。

 このような出来事はあってはならないことではありますが、そうは言ってもそんなに珍しいケースではなくひとつの典型的な発症パターンです。よって、自分自身や家族の感染を防ぐためにもこの事件を振り返っておきましょう。

・保健所による旅館の検査が2022年8月と11月に実施されて.いた。この旅館の浴槽からは基準値の3,700倍に相当する量のレジオネラ菌が検出されていた

・福岡県の条例では週に一度以上の湯の入れ替えが義務付けられているが、この旅館では少なくとも2019年以降、年に2回しか入れ替えをしていなかった

・旅館は「常に源泉からお湯を入れながら循環させる仕組みなので大丈夫だと思っていた」と釈明した

 なぜ保健所の検査でレジオネラ菌が検出されていたのにもかかわらず、旅館は処理をしなかったのでしょうか。旅館が保健所の指導を無視したか、保健所がしっかりとした指導をしていなかったかのどちらかでしょう。

 常識的には「この旅館からはレジオネラ菌が検出されました。この病原体はときに死に至る病を引き起こします。条例どおりの対処法で充分ですからきちんとしてください」と言われれば旅館はそれを守るのではないでしょうか。保健所の指導を無視するとは考えにくく、だから保健所がきちんと対処方法を伝えてなかった、つまり保健所の怠慢なのかな、と思われますが、実際のところは分かりませんからこれ以上の詮索はやめておきます。

 重要なのはそういった「不潔な温泉の見分け方」です。保健所がきちんと検査をしているか、とか、旅館は保健所の指示を守っているか、といったことは宿泊客には分かりません。ですが、「レジオネラ菌がいるかもしれない温泉や浴場」は推測することができます。

 床やタイルに「ぬめり」があれば要注意、と考えるのです。「ぬめり」の正体は微生物が作り出すぬめっとした(slimyな)膜のようなものです。キッチンのシンクの「ぬめり」が代表です。この「ぬめり」をバイオフィルムと呼びます。

 キッチンのシンクにできるバイオフィルムを作り出しているのは細菌なのですが、温泉や浴槽でバイオフィルムが存在していれば、細菌だけでなく「粘菌」と呼ばれる微生物が原因のことがあります。粘菌よりも「アメーバ」という言葉の方が有名かもしれません。そして、レジオネラ菌はこの粘菌(≒アメーバ)の体内に棲息します。

 レジオネラという細菌は「蒸し暑い環境」が大好きです。50度でも数時間生存することができ、20度以下では増殖できません。35度くらいが至適温度と言われています。よって、温泉や浴場はレジオネラ菌にとってうってつけの場所なのです。

 温泉や浴場というのは蒸気(エアロゾル)が蔓延しています。当然その蒸気のなかにはレジオネラを含む粘菌も浮遊しているわけです。これをヒトが吸い込んで、肺胞まで到達すると感染が成立します。そしてヒトの肺胞で増殖したレジオネラ菌は全身を巡ります。結果、下痢、嘔気・嘔吐、腹痛などの消化器症状、さらに頭痛や痙攣、重症化すれば意識症状などの神経症状も起こり得ます。このため、レジオネラ肺炎という言い方の方が人口に膾炙しているかもしれませんが、「レジオネラ病」と呼ぶ方が正確です。

 もちろん、レジオネラ菌を含む蒸気を吸い込んだとしても誰に対しても感染が成立するわけではなく、また感染が起こったとしても全員が発症するわけではありません。当然、無症状で治癒することもあるでしょうし、また軽症で終わることもよくあります。

 この「レジオネラ菌に感染して風邪症状が出たけれどすぐに治った」というケースを「ポンティアック病(Pontiac fever)」と呼びます。こちらは軽症ですから、そもそも発症しても全員が医療機関を受診するわけではありません。仮に受診したとしても治療は不要です。これはレジオネラ菌が検出されても、です。

 しかし、ポンティアック病の診断確定(=レジオネラ菌検出)には重要な意味があります。それは、その地域でこれから(あるいはすでに)レジオネラ病が発症する(している)可能性があるからです。つまり、ポンティアック病の診断がついてその人が旅館に宿泊していたとすれば、その旅館の宿泊客の健康調査をすることでレジオネラ病の早期発見ができる可能性があるのです。尚、レジオネラ菌の検査は尿検査でおこないます。精度は高く、喀痰のPCRよりも遥かに実用的です。

 ポンティアック病の名前の由来はミシガン州のポンティアックという地名(デトロイトの近く)で発見されたことによります。1968年のことでした。ちなみに、本稿を執筆するにあたり、ポンティアックの場所を確認するためにGoogle Mapに「Pontiac」と入力すると、米国だけでも10カ所くらい表示されました。ポンティアック病の発症の地はデトロイトの近くです。

 レジオネラ病で知っておきたい特徴はまだあります。通常、感染症の肺炎というのはヒトからヒトにうつりますが、レジオネラの場合、感染源は蒸気(エアロゾル)の吸入ですから、ヒトからヒトに感染することはありません。ですから、ときに死に至る病となる重要な感染症ではありますが、隔離は必要ありません。

 一般の人からみてレジオネラを予防するには「温泉や旅館に行くときはぬめり(slim)がないかに注意する」となりますが、では、温泉や旅館の側からみればどのような対策を立てればいいのでしょうか。

 温泉や浴槽でレジオネラが発症する、つまりバイオフィルムができるのは、通常の家庭用の浴槽と異なり、「循環式浴槽」だからです。この循環式浴槽が清潔にされていなければ、粘菌が増殖し、その粘菌の体内でレジオネラ菌が増殖するというわけです。そこに熱が加わり、その粘菌がエアロゾルとなって空気中を浮遊すると、それを吸い込んだ人がレジオネラ症を発症するのです。

 件の筑紫野の旅館は「循環式だからレジオネラ菌も流される。だから清潔」と考えていたようですが、バイオフィルムのせいで長時間浴槽に粘菌と一緒にこびりついているのです。ですから、循環式浴槽だからこそ清潔にすべきだ、と考えなければなりません。その対策については、厚労省がわかりやすいマニュアルを公開してくれています。その名もズバリ「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアルについて」です。このマニュアルには「連日使用型循環式浴槽では、1週間に1回以上定期的に完全換水し、浴槽を消毒・清掃すること」と書かれています。

 最後に医療者からの視点で大切なことを書いておきましょう。レジオネラは通常の肺炎でよく使われるペニシリン系やセフェム系の抗菌薬が一切効きません。ということは、「診断をつける」ことがものすごく大切になります。尿検査で簡単に分かると述べましたが、肺炎の症状がある患者さん全員にレジオネラを調べるのは現実的ではありません。医師は肺炎症状を呈している患者さんを診て、真っ先にレジオネラを疑うわけではないのです。ですから、心当たりのある人は「温泉に行きました」と医師に伝えてください。

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