はやりの病気
第231回(2022年11月) 誤解だらけの慢性疲労症候群(ME/CFS)
「慢性疲労症候群」という言葉を当院の患者さんから、あるいは未受診の人からのメール相談で聞く機会が増えています。
谷口医院では開院した2007年から「慢性疲労症候群ではないでしょうか」といって受診する人が少なくありませんでした。当院は元々「他で診断がつかなかった人」を積極的に診ていましたから、どこの医療機関からも見放されたという人がかなり遠方からも受診されていました。
今年(2022年)の年明けあたりから、慢性疲労症候群に関する問い合わせが急増しています。原因は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)です。コロナに感染し、後遺症が残ったとき、それが目安として半年を超えると、あたかも従来の慢性疲労症候群そっくりになります。このことに私が気付いたのが2020年の後半、その後次第にそのように思われる患者さんを診る機会が増え、「長引いたコロナ後遺症は慢性疲労症候群そのもの」と確証したのは21年の終わり頃です。
そして、これを文章にまとめて公開したのが、毎日新聞「医療プレミア」でのコラム「新型コロナ 後遺症の正体は「慢性疲労症候群」か」、日経メディカル「ポストコロナ症候群とME/CFSの共通性」です。本サイトの「はやりの病気」でも紹介しました。尚、慢性疲労症候群は、最近、筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候群(Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome:ME/CFS)と呼ばれることが多くなってきため、ここからはME/CFSで統一します。
「長引くコロナ後遺症がME/CFSではないか」と考えたのは、私の純粋な思いつきというわけではありません。なぜなら、以前からいくつかの感染症では、その感染症が治ってしばらくしてからも、倦怠感や抑うつ感が持続する事例が認められていたからです。それについては、上述の「はやりの病気」で紹介しましたから、ここでは繰り返しません。
今回は「間違ったME/CFSの診断」について述べたいと思います。これは、「患者さんは自身をME/CFSだと思っているけれどそうではない」という事例のことで、このような患者さん(ほとんどは初診)が急増しています。
まず、ME/CFSには「診断基準」というものがあるのですが、これを理解されている人がほとんどいません。どのような疾患であっても、きちんと診断をつけることは非常に大切で、診断基準をなおざりにするわけにはいきません。
「厚生労働省(旧厚生省)慢性疲労症候群診断基準」というものがあり、ウェブサイトでも公開されています。残念ながら、後述するように、このページはちょっと見づらいので、ここで分かりやすく解説していきます。
まず、ME/CFSであることを示すには2つの「大基準(大クライテリア)」を満たさなくてはなりません。以下の2つです。
A:生活が著しく損なわれるような強い疲労を主症状とし、少なくとも6ヶ月以上の期間持続ないし再発を繰り返す(50%以上の期間認められること)
B:病歴、身体所見。検査所見で表2に挙げられている疾患を除外する
このページが分かりにくい理由の一つが「表2に挙げられている疾患」がどこにも書かれていないことです。ただ、これら「疾患」をひとつひとつ挙げることにはあまり意味がないので、ここは端折りたいと思います。
Aを確認しましょう。症状を有する期間は「少なくとも6ヶ月」です。よって、例えば「コロナ感染後2ヶ月たっても倦怠感が続く」は基準を満たしません。もちろん、その倦怠感が6か月以上持続する可能性もあるわけですが、この時点では(後述するように)ME/CFSだと思い込むべきではありません。「50%の期間」というのは、「その6か月のうち、元気になる日や週があってもME/CFSの可能性はある。ただしトータルでみれば6か月のうち3か月以上は症状がなければならない」という意味です。
Bをみてみましょう。「病歴」というのは、他の病気でないことを示さなければならない、という意味です。倦怠感と抑うつ症状をもたらす疾患は多数あります。甲状腺機能低下症、膠原病、アジソン病、悪性腫瘍、結核、HIV感染症などが相当します。尚、結核やHIV感染症は「感染後、倦怠感や抑うつ症状が続く」には合致しますが、これらは「感染中」であって、「治療後も症状が持続」とは異なりますからME/CFSには含めません。また、うつ病や統合失調症も除外する必要があります。
ME/CFSを疑って受診した患者さんに「あなたの病状はME/CFSではありません」と伝えねばならない最大の理由は、上記Bのなかの「検査所見」です。診断基準は次の3つを満たしていなければなりません。これは自己評価ではなく、必ず医師が確認しなければなりません。しかも2回以上確認することが必要です。
#1 微熱
#2 非浸出性咽頭炎
#3 リンパ節の腫大(頚部、腋窩リンパ節)
#1の「微熱」とは一般的には37.5度前後の熱を指しますが、患者さんのいくらかは36度台後半くらいでも「自分の平熱は低いんです。だからこれは微熱なんです!」と自身の主張を譲らない人がいます。私の場合、これは患者さんの考えを尊重するようにしています。
#2の「非浸出性咽頭炎」は、喉が赤く腫れていれば該当します。「非滲出性」というのは咽頭(及び扁桃)に、白い苔みたいなものや膜がないことを意味します。「非浸出性咽頭炎」を他覚的に判定するのはときに困難で、見た目がまったく赤くなくても、患者さんが「痛いんです」と言われれば否定はできません。
#3の「リンパ節の腫大」は客観的に評価することが可能です。それなりに経験のある医師が触診すれば分かります。もしも医師の触診では異常がなく、患者さんが「腫れています」と主張するときには、超音波検査をすれば簡単に証明することができます。超音波検査を実施して腫大していないことがはっきりしても、「そんなはずはありません。腫れているんです」という人がときどきいますが、超音波検査でも認めなければリンパ節腫大があるとは言えません。尚、診断基準にはリンパ節の部位として「頸部、腋下リンパ節」と書かれているだけで、これが両方腫れている必要があるのか、片方だけでいいのかは記載されていません。私の場合は、どちらかに腫脹が認められれば「腫大あり」と判断しています。
長々と説明してきましたが、私が言いたいのは「リンパ節腫大が認められなければME/CFSではない」ということです。これが、世間にはほとんど知られておらず誤解がはびこっています。もっとも、そんな細かい診断基準が広く知れ渡っている方が不自然であり、一般の方が知らないのは当然です。ただ、自称「ME/CFS」の人たちが急増しているのは異様な事態です。「医師によるリンパ節の評価なくしてME/CFSの診断はできない」という点は非常に重要です。
なぜならME/CFSの診断がつくのとつかないのでは生活上の注意点が大きく異なるからです。ME/CFSの診断がつけば(もしくは疑われれば)、規則正しい生活は重要ですが、散歩程度の運動もすべきでなくなります。他方、ME/CFSでなければ(あるいはない可能性が高ければ)むしろ、できる範囲で身体を動かしていくことが治療につながります。
ちなみに、ME/CFSで身体を動かすと余計に倦怠感が強まることをpost-exertional malaise (PEM/運動後倦怠感)と言い、身体を動かして出現する倦怠感を「crash」「relapse」「collapse」などと呼びます。そして、SNSやネットで情報が飛び交っているからなのか、まだコロナに感染して1~2ヶ月程度しか経っていないのに「昨日はクラッシュが起こりました」などと主張する患者さんが最近目立っています。
どのような病気でも正しい「診断」をつけることは極めて重要です。医師がいつも正しいわけではなく、自分自身で病名を推測するのは大切なことではありますが、診断基準に基づいた医師による客観的な評価は不可欠なものです。そして、正しい診断をつけることにより、結果として早く回復する可能性が高まるのです。
ただ、ME/CFSの場合、効果的な治療法がほとんどないのが現状なのですが……。
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