はやりの病気

第220回(2021年12月) アトピー性皮膚炎の高額な新薬は普及するか

 アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の新しい治療薬に関する問い合わせが急増しています。私の知る限り、一般のメディアではこれら新薬に対する報道は大きくはされていないと思うのですが、問い合わせの内容がかなり細かいものもあります。元々、当院は医療者の患者さんが少なくなく、仕事関係で入って来る情報からこれら新薬のことを知ったというケースが多いのでしょうが、医療者でない人からの問合せも目立ちます。SNSの影響なのでしょうか。

 質問の内容はたいてい「よく効くと聞いたが本当でしょうか」「副作用はどうなのでしょうか」というものです。発売されて間もありませんから、はっきりとしたことは未知なのですが、それでも現時点で分かっていることに私見を交えて解説していきたいと思います。

 アトピーの画期的な注射薬が登場したのは2018年4月、デュピクセント(一般名デュピルマブ)です。2週間に一度の皮下注射(自宅でできます)をおこなうだけで劇的に改善するのは事実です。ただし、薬代は1回66,562円(3割負担で19,969円)ですから、診察代や検査代を入れれば、3割負担でも年間50万円程度は必要になります。これでも発売当初からは2割ほど安くなっています。

 副作用については、発売して3年8ヶ月ほど経過するというのにあまり問題になっていません。ですが安心できるわけではありません。”まだ”3年8ヶ月、と考えるべきだからです。後になってから発売当初には予期していなかった副作用が生じる可能性があります。発売前の臨床試験(治験)ではさほど大きな副作用が報告されてはいませんが、長期使用における安全性は誰も分からないわけです。

 そもそもこの薬剤、薬の添付文書に「本剤投与中の生ワクチンの接種は、安全性が確認されていないので避けること」と記載されています。麻疹(はしか)や風疹、水疱瘡(みずぼうそう)、おたふく風邪などの生ワクチンは病原体を弱めたものを体内に注射して、免疫系細胞に抗体をつくらせることを目的としています。

 もしも免疫能が低下している人に生ワクチンを接種すると、弱められたはずの病原体が勢いを取り戻し、宿主(その人)を攻撃することになります。生ワクチンをうてないのは、例えばHIV陽性で十分な治療を受けていない人や、臓器移植をした人(免疫応答を抑えるために日頃から強力な免疫抑制剤を飲んでいる)、白血病で骨髄移植を受けた人などです。

 そしてデュピクセントを接種している人もこのような免疫が弱いグループに含まれるのです。製薬会社としては、「生ワクチンをうてないように注意しているのは念のためであり実際は安全」と主張するのかもしれませんが、少なくとも免疫能を大きく下げる可能性があることは事実です。デュピクセントを使用開始すれば長期間(あるいは生涯)、生ワクチンは避けなければならず、感染症に注意しなければならないのです。

 デュピクセントが登場して2年8ヶ月後の2020年12月、内服薬オルミエント(一般名バリシチニブ)がアトピーに使用できるようになりました。この薬剤は2017年に関節リウマチに対する治療薬として登場しました。アトピーにも効くことはその当時から分かっており、3年遅れでアトピーにも適応が認められたというわけです。また、オルミエントは現在新型コロナウイルスの重症例にも使われています。

 デュピクセントは注射のために使いにくいけれど、オルミエントなら飲み薬だから試したいと考える人が増えてきました。そんななか、2021年8月には2番目となる内服薬リンヴォック(一般名ウパダシチニブ)が、同年11月には3番目の内服薬サイバインコ(一般名アブロシチニブ)が登場しました。

 これら3つの内服薬、オルミエント、リンヴォック、サイバインコはいずれもJAK阻害薬と呼ばれるもので、優れた免疫抑制剤です。ですが”免疫抑制”剤なのです。感染症に対するリスクが上昇し、そして、やはりデュピクセントと同様、生ワクチンがうてません。それだけではありません。これら3つの薬の添付文書には次の「説明」が書かれています。

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本剤投与により、結核、肺炎、敗血症、ウイルス感染等による重篤な感染症の新たな発現もしくは悪化等が報告されており、本剤との関連性は明らかではないが、悪性腫瘍の発現も報告されている。
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 結核を含む様々な感染症のリスクがあり、さらに悪性腫瘍(がん)になることもあると言うのです。アトピーは慢性疾患です。これらの薬を長期(あるいは生涯)内服することになります。そして、長期間でこういったリスクがどれほど上昇するのかについては誰も分かりません。治験(臨床試験)で結核やがんが発症したのはごくわずかでしょう。ですが、それは試験期間中の短期間での話です。服用が長期になればなるほどリスクが上昇すると考えるべきです。

 まだあります。費用です。下記のようにデュピクセントよりも高くつきます。

オルミエント:1錠5,274.9円
リンヴォック:1錠4,972.8円(2錠まで可)
サイバインコ:100mg1錠5,221.40円、200mg1錠7,832.30円

 これらをざっと計算すると一年間の薬代は3割負担で60万円~100万円以上にもなります。これを極めて長期間、あるいは生涯捻出することができる人はどれだけいるでしょうか。

 さて、このようにネガティブなことばかり言えば、アトピーの、特に重症の人たちからは反感を買います。「これまで何をしてもよくならなかったところに救世主のような薬が登場したんだ。悪口を言うな!」というわけです。

 しかし、谷口医院の患者さんの例で言えば、”重症”の人もこのような注射薬や内服薬を使わなくても99%以上の人は無症状で肌がきれいない状態を維持できています。アトピーの素因を示すと言われている非特異的IgEが5~6万IU/mLの人でも、こういった強い薬はもちろん、ステロイド外用薬も使用せずにコントロールできているのです。なぜか。私自身はアトピーの名医でも何でもありませんが、前の病院で「名医」にかかっていたという患者さんも、意外なことに基本的なことをされていない場合がけっこう多いのです。

 例えば、デュピクセントは値段が高いからステロイド内服を長期で使用していたという患者さんは、ステロイドの内服はもちろんステロイド外用も1週間で中止できました。その後1年以上が経過しますが、ステロイド外用は(頭皮を除いて)完全に不要です。谷口医院がこの患者さんに実施したのは、汗対策の指導、ダニ及び花粉対策の指導、それにコレクチム(デルゴシチニブ)とタクロリムス外用の処方と塗り方の指導、後は食事指導や他の疾患に対する指導だけです。尚、この患者さんは前の病院でもこれら外用薬を処方されていたことがありましたが、塗り方が適切ではありませんでした。谷口医院ではこの2種の外用薬を重症の人では月に50~100本程度使用してもらっています。これら2種も強力な免疫抑制剤ですが(コレクチムはJAK阻害薬の外用です)、内服と異なり結核やがんのリスクは(ほぼ)ありません。

 たしかに、無症状時にベトベトする薬を塗るのは面倒くさいのですが、慣れればそれほど苦痛ではありません。汗やダニ対策も最初は大変なのですが、これらも習慣の問題です。重症の患者さんのなかには高額な内服薬や注射薬が必要な人もいるかもしれませんが、谷口医院の患者さんは(ほぼ)全員が不要です。

参考:はやりの病気
第202回(2020年6月)「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」

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