はやりの病気

第194回(2019年10月) 電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~

 米国では電子タバコで死亡者続出、英国では依然推奨されている……。

 これが現在の電子タバコに対する世界の実情です。いったい電子タバコは「死に至る危険な物質」なのでしょうか。それとも英国政府の言うような「安全で有効な禁煙ツール」なのでしょうか。電子タバコを使用した死亡者が米国で相次いでいるのは事実であり、因果関係が認められれば従来のタバコ以上に規制しなければなりません。

 今回は電子タバコ及び加熱式タバコについての最近の議論をまとめてみたいと思います。前回このテーマに触れたのは2017年8月ですからおよそ2年前になります。そのときのコラムのタイトルは「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」です。当時の各国の状況を簡単に振り返っておきましょう。

英国:禁煙ツールとして推奨。英国保健省が「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表。電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いと主張。

米国:政府は正式な言及をしていないが、「米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与している」とする論文が公開された。

タイ:所持しているだけで逮捕。実際、2017年7月には路上で電子タバコを使用していたスイス人男性が逮捕され6日間留置された。尚、「(iQOSなどの)加熱式タバコは電子タバコと異なる」という理屈は一切通用しないと考えるべき(と私見を述べた)。

カンボジア:タイと同様、所持しているだけで逮捕されるという法律がある(ただし、実際に逮捕されたという情報は入手できず)。

 では、その後の2年間の経過をみていきましょう。まずは近いところから。

 タイではその後逮捕者が続出しています。”逮捕”といってもほとんどのケースでは賄賂を払えば解放してもらえるはずですが、賄賂などというものに激しく抵抗する人もいます(注1)。私の経験でいえば正論にこだわり融通の利かないのはアメリカ人に多い印象があるのですが、プーケットで逮捕されたのはフランス人の女性でした。

 現地の新聞によれば、2019年1月30日、31歳の仏人女性が電子タバコを保持しているという理由でプーケットの警察官に逮捕されました。4人の警官が4万バーツ(約14万円)の賄賂を要求し仏人女性が拒否したところ、女性は警察署に連行され、その後バンコクの刑務所で3泊過ごすことになりました。罰金は827バーツだけでしたが、法定費用や旅費などで8千ユーロ(約100万円)かかったそうです。さらに、出入国管理局は「国外追放」を決めました。当然のことながら「賄賂を要求された」という女性の主張を警察は認めていません。

 尚、私の入手した情報によると、バンコクで加熱式タバコ(または電子タバコ)で日本人が警官に”逮捕”されたという話は多数あります。ですが、留置所や刑務所に入った日本人の話は聞いたことがありません。おそらく”賄賂”を渡して解放されているのでしょう。

 シンガポールでも動きがありました。現地の新聞によれば、2019年2月より電子タバコ使用者は2千USドル(約24万円)の罰金刑が課せられるようになりました。さらに常習者に対しては最大2万ドル(約240万円)または12ヶ月の禁固刑となるそうです。

 シンガポールはときに「明るい北朝鮮」と呼ばれるように、徴兵制度、入国制限などが厳しいことで有名です。一方、その逆にアジアで最も民主化が進んでいる国(地域)として挙げられることが多いのが台湾です。現時点でアジアで同性婚が合法なのは台湾だけです。しかし電子タバコについては、その台湾でも規制は厳しく、税関のサイトによると持ち込みが禁止されています。

 どうやらアジアに旅行するときには加熱式及び電子タバコは持って行かない方がよさそうです(どうしても持って行きたい場合はその都度領事館に確認するのがいいでしょう)。

 次は米国です。最近よく報道されている米国の電子タバコによる死亡者続出について情報をまとめておきましょう。

 2019年9月19日、CDC(米疾病対策センター)は、全米で8人目となる電子タバコが原因の死亡者が生じたことを報告しました(注2)。現地の新聞によれば、電子タバコにより呼吸器疾患を発症した患者は、疑い例も含めると全米38州および1属領で530人に昇ります。そして、マサチューセッツ州では4カ月間の期限付きとはいうものの、全種類の電子タバコの販売を禁止することが決まりました。現地の新聞によると、米国ではミシガン州とニューヨーク州では味のついた電子タバコ(vape flavors)の販売は禁止されていますが、全種の禁止を決定したのはマサチューセッツが初だそうです。

 電子タバコや加熱式タバコを有用とする意見は日本を含めてほとんどの国で取り上げられず、(ほぼ)唯一の例外となるのが英国です。先述したように、英国保健省は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。そして、これだけではありません。2015年の報告書には「問題は電子タバコが有害と考える人がいるせいで何百万人もの人が禁煙ができていない(The problem is people increasingly think they are at least as harmful and this may be keeping millions of smokers from quitting.)」と断言しているのです。まるで「喫煙者は禁煙するために全員が電子タバコに替えなさい」と言っているように聞こえます。

 さて、その英国当局は2019年2月27日に電子タバコに関する新しい見解を発表しました。そこには「入院している喫煙者に、電子タバコを勧めて禁煙を促すことを検討する(This will include the option for smokers to switch to e-cigarettes while in inpatient settings.)」と記載されています。やはり現時点でも電子タバコを強く推奨しています。

 ここで論文を参照してみましょう。医学誌『The Lancet』2016年1月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコと禁煙のメタ分析(E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis)」によれば、「電子タバコで禁煙を試みたグループの禁煙成功率は、電子タバコを使用せずに禁煙に取り組んだグループよりも有意に低かった」という結果が出ています。メタ分析というのはこれまでに世界中で発表された複数の研究を総合的に解析する方法ですからエビデンス(科学的確証度)の高いものと言えます。つまり、高いエビデンスを持って「電子タバコでの禁煙は有効でない」と言っているわけです。

 しかし、その逆の結論の研究があります。医学誌『New England of Journal of Medicine』2019年2月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコとニコチン代替療法の比較(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」によると、電子タバコによる禁煙率が18.0%、ニコチン代替療法では9.9%であり、「電子タバコの有用性が有意差を持って高い」と結論されています。ニコチン代替療法というのは日本でも保険診療で実施できる「ニコチン貼付薬」(ニコチネル)や「バレニクリン」(チャンピックス)のことです。そして、この研究の対象となっているのはイギリス人です。ということは、イギリスでは日本でおこなわれている禁煙治療よりも電子タバコを使う方が禁煙成功率が高いという結論が出ているというわけです。

 電子タバコについては、どうもイギリスだけが孤立しているような印象があります。今後のイギリスの見解に注目していきたいと思います。現在禁煙を考えている人は、電子タバコを用いるのではなく、保険診療で禁煙治療を実施すべきでしょう。

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注1:念のために補足しておくと、私は「賄賂は当然」とか「賄賂は悪くない」と言っているわけではありません。ですが、私の経験から言ってタイでは賄賂が”日常化”しており、本来の「誠実」とか「正義」といったものとは分けて考えなければなりません。私の経験を紹介しておきましょう。バンコクで知人の日本人の車に乗せてもらっているとき、右折禁止を知らなくてたまたまそこにいた警察官に停められました。知人はパスポートに500バーツ紙幣(当時のレートで約1,500円)を挟み、それを警察官に渡すとものの数秒ですぐに”解放”となりました。知人によれば、「警察官も初めから逮捕するつもりはなく”賄賂”を求めている。この国ではこれで”経済”が回っている」とのことでした。

注2:さらにCDCの2019年10月17日の報告によれば、10月15日の時点で、電子タバコと大麻を蒸気で吸入する製品による肺損傷が全米で1,479件報告されており、33人の死亡が確認されています。

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