はやりの病気
第159回(2016年11月) 喘息の治療を安くする方法
喘息(ぜんそく)は1990年代半ばまでは「死に至る病」でした。気道が閉塞し呼吸ができなくなり、救急車到着が間に合わずそのまま命を落とす人も多かったのです。90年代半ばまでは毎年約6千人が喘息で死亡していました。90年代後半から死亡者は少しずつ減りだし、2000年代になってからは4千人を下回るようになり、2012年には2千人を切りました。もはや喘息は命に関わる疾患ではなく、我々医療者は「喘息死亡者ゼロ」を目標としています。
では、なぜ喘息で死亡することがなくなったのでしょうか。死亡だけではありません。喘息で入院を要するケースも救急車を要請するケースも劇的に減っています。私が医師になった2002年の時点では、一晩救急外来で勤務をすると、数名は必ず喘息発作で救急搬送されていました。現在はそういう症例は激減しており、今も喘息を上手くコントロールできていないというケースは、薬を適切に使用していない場合がほとんどです。
つまり、喘息がこれだけコントロールしやすくなったのは「いい薬」が登場したから、というわけです。今回はその「いい薬」について歴史的経緯を述べ、さらに「いい薬」の欠点の「費用が高くつく」ということに対して解決法を紹介したいと思います。
しかし「いい薬」の話を始める前に喘息のメカニズムを復習しておきましょう。喘息で息苦しくなるのは「気道が細くなるから」です。ですから、従来は、その細くなった気導を広げるのが最適の治療と考えられていました。ところが、気管支拡張薬を使って気道を広げてもそれは一時的なものであり、またすぐに気道が細くなりますから、そのうちに薬が効かなくなってきて重症化するということがよくあったのです。
ところが、喘息の本当のメカニズムは「気道が細くなるから」ではなく「気道に炎症が起こるから」であることがわかってきました。「炎症」というとむつかしいですが、「気道の粘膜が腫れる」と考えれば分かりやすいと思います。粘膜が腫れた結果として気道が細くなっていたのです。であるならば、単に気管支を拡張させる薬を使うよりも、元の原因の「炎症」を和らげる治療をすべき、ということが分かります。
そして気道の炎症を和らげる薬が先述の「いい薬」で、正体は「吸入ステロイド」です。以前からステロイド内服が喘息に効果があるのは分かっていましたが、ステロイド内服を続けるわけにはいきません。副作用が強すぎるからです。吸入ステロイドなら全身に作用するわけではありませんから、ステロイド内服を使用したときのような副作用に悩まされることもないのです。
その吸入ステロイドが普及しだしたのが1990年代半ばです。この頃より喘息での死亡者が減少しだしましたから吸入ステロイドは歴史的な薬といえます。しかしながら、医療者が予測したほどには吸入ステロイドは普及しませんでした。その最大の理由は「効果がすぐに実感できない」ということです。新しい薬と期待して使ってみても1週間程度はほとんど効果が感じられないのです。これでは患者さんは継続して使ってくれません。
もちろん、これは医師の説明不足であり、こういった薬の特性を十分に理解してもらうのは医師の義務であります。しかし、結果として患者さんにうまく伝わらず、きちんと使ってもらえないことが多かったのです。その点、吸入型の気管支拡張薬は使えば直ちに効果を実感できますから、患者さんからすればこちらに頼りたくなるのも当然といえば当然でしょう。
ここで吸入型の気管支拡張薬には2種類あることを確認しておきます。1つは短期作動型、つまり、さっと効いてさっと切れるタイプです。これはとても分かりやすく、苦しくなれば吸入すればいいだけですから患者さんからは重宝されます。しかし、この薬の欠点はいずれ効かなくなってくるということです。喘息で苦しいときにこの薬が効かなくなれば命に関わることもあります。現在では、この吸入型の短期作動の気管支拡張薬(ここからは「SABA」と呼びます)は、非常用のいわば「お守り」として患者さんに持ってもらっています。
もうひとつの気管支拡張薬は長時間作用するタイプ(ここからは「LABA」と呼びます)で、これは症状がなくても毎日使用すべき薬で、これによりある程度は安定しますから、SABAの使用頻度がぐっと減ります。
そこで、根本的な治療である吸入ステロイド(ここからは「ICS」と呼びます)とLABAの双方の処方がおこなわれるようになりました。しかし、この方法もなかなかうまくいきませんでした。なにしろ効果が実感できるのはLABAの方であり、吸入ステロイドは効いているのかどうかわからない、使っても使わなくても症状が変わらない、と患者さんは感じるのです。それだけではありません。吸入薬は安くありませんからそれを2つも使うとなると金銭的に大変です。
ブレークスルーが起こったのは2007年でした。ICSとLABAが一緒になった「合剤」が登場したのです。合剤と聞くと、単に2つの薬を合わせただけ、と思われます。それはそうなのですが、これが画期的な薬となったのです。なにしろ、効果をすぐに実感でき、しかもICSのおかげで気道の炎症がおさまった状態が維持されるのです。ICS単独が登場したとき以上に、この合剤は歴史的な薬となりました。
その後次々にICSとLABAの合剤が開発され、現在ではアドエア、シムビコート、フルティフォーム、レルベア(すべて商品名)の4種が発売されています。これら合剤の普及により、喘息による死亡・入院が大きく減少しているのです。
しかし、欠点もあります。2つの薬を合わせただけなのに何でこんなに高いの?と思えるくらい高いのです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんのなかには、あまりお金を持っていない人もいますから(失礼!)、費用は少しでも安く抑えたいと考えます。そしてこれは我々からみても同じです。患者さんが負担する費用をできるだけ安くするのも医師の仕事のひとつと私は考えています。
そこで私は、数年前からコントロールのよくなった患者さんに対してある「治療案」を提唱しています。これが本コラムの主題である「喘息の治療を安くする方法」です。具体的な方法は、ICSとLABAの合剤をまず使い、症状がまったくなくなった状態になれば、ICS単独に切り替える、という方法です。炎症がなくなった状態が維持できていれば喘息が発症することはありませんから理にかなった方法です。もちろんこのようなことを考えるのは私だけではなく、少しずつ全国的に普及してきています。そしてこの方法を「ステップダウン」と呼ぶことが一般的になってきました。
どれくらい安くなるかをみていきましょう。合剤を2ヶ月分処方したとなると診察代などを含めて3割負担で約4,800円もかかります。これをICS単独に切り替えたとすると約2,600円で済みます(いずれも当院で最もよく処方する薬を使った場合)。まだあります。これはすべての患者さんに適応できるわけではありませんが、いい状態が維持できていれば、ICS単独の吸入回数を減らすことも可能です。ICS単独は1日2回が基本ですが、安定していれば1日1回に減らすことも場合によっては可能です。(ただし医師の許可なく減らすのはよくありません)
うまくいけば、さらにICSの吸入回数を2日に一度程度にできる場合もあります。ここまでくれば合剤で治療をしていたときに比べて費用はなんと10分の1以下で済むのです!
このサイトで何度も繰り返しているように、私はほとんどの慢性疾患ではセルフメディケーションが重要であり、治療は医師に任せるべきではない、という考えを持っています。喘息については、まず環境の見直し(受動喫煙はないか、ペットを飼っているなら対策はきちんとできているか、ダニ対策は万全か、空気清浄機は?、加湿器は?、など)を徹底してもらい、次いで、薬の作用機序を理解してもらい、症状を自己評価してもらいながら、ゆっくりとICSのステップダウンをしていくのが最適かつ最強の喘息のセルフメディケーションだと考えています。
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