はやりの病気

第135回 乾癬(かんせん)の苦痛 2014/11/21

  あなたは「見た目」で差別されたことがあるでしょうか。例えば、背が低いことでバカにされた、太っていることでいじめられた、ヨーロッパに留学していたときに東洋人というだけで差別をされた、髪が薄いことを笑われた、といったあたりは自身に経験がなくても比較的よくある話だと思います。このようなことで差別をするのが「間違っている」ことは自明ですが、世界中から完全になくなることはないでしょう。

 では、他人に危害を加えるわけでもないのに患っているというだけで温泉や銭湯の入場を拒否されるとしたらどうでしょう。こうなると「間違っている」を越えて「決して許してはいけない」というレベルになります。

 今回お話したいのは乾癬(かんせん)という皮膚の疾患についてなのですが、この疾患は患者数が多い割にはそれほど有名でなく、患者さんの苦痛が伝えられることは比較的少ないように感じられます。しかし、この疾患を患うと痛みや痒みよりもむしろ、見た目から相当辛い思いをする場合があります。

 乾癬とは慢性の皮膚疾患のひとつで、痒みとともに独特の皮膚症状を呈します。重症化すれば痛みの伴う関節炎症状が加わることもあります。皮膚症状には特徴がありますから、多くは見ただけで診断がつきます。

 乾癬の皮膚症状は、よくなったり悪くなったりします。後で詳しく述べますが、生活習慣の乱れやストレスなどから一気に増悪することがあり、そうなると全身に皮疹が出現し、赤みが強いことからかなり目立つようになります。

 このような状態で銭湯や温泉に行くと、ひどい場合は入場を断られるのです。乾癬は悪化すると見た目が”派手”になりいかにも重篤な疾患のように見えるのですが、他人に感染させる疾患ではありません。しかし実際には社会から正しく理解されていません。

 私はこれまでに何度か「この病気は感染させるものではないということを会社や家族に伝えてほしい」と患者さんから頼まれたことがあります。おそらく乾癬(かんせん)も感染(かんせん)も発音が同じために「他人にうつす病気」というイメージがなんとなくできてしまうのでしょう。

 ここでもう一度「見た目」で銭湯や温泉の入場を断られるという辛さを考えてみてください。このようなことはあってはならないわけで、実際に起こってしまっているのは社会に対しての啓発活動が不充分な我々医療者の責任もありますが、銭湯や温泉、あるいは宿泊施設の方々にもきちんと理解してもらいたいと思います。

「見た目」の病気を理由に温泉施設の利用を断られた最近の事件として有名なものに、2003年の熊本の「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」があります。これは国立療養所菊池恵楓園というハンセン病の元患者さんが入所している施設の行事として計画されていた温泉旅行で、いったん予約を入れた宿泊先のホテルから「他の宿泊客への迷惑」という理由で宿泊を断られたという事件です。

 もっとも、ハンセン病はすでに「治る病気」であり、この事件は”現在の”「見た目」で宿泊を拒否されたのではなく(もしかすると後遺症で手指や鼻が変形していた人がいたのかもしれませんが)、ハンセン病のイメージがホテルにこのような行動をとらせたのでしょう。この事件についてここではこれ以上深入りしませんが、結論を言えば、このホテルは社会から非難をあび、現在は廃業しています。

 ハンセン病がなぜこれほどまでに差別を受けるのでしょうか。ハンセン病の感染力というのは非常に弱く、よほど緊密な接触がなければ感染しません。にもかかわらず隔離されて差別を受けていた歴史があるのは「見た目」の理由が大きいでしょう。顔面にも特徴的な皮疹が出現しますから重症化するとかなり目立ちます。感染力が弱いとはいえ、感染症であるのは事実ですからあってはならない差別が生まれてしまったのです。

 ちなみに私は医学生の頃からハンセン病に何らかのかたちで関わりたいと考えており、宿泊拒否事件で報道された国立療養所菊池恵楓園にも訪れたことがありますし、北タイにあるMcKean Hospitalというハンセン病の専門病院にも数年に一度は訪問しています(注1)。そういう事情もあって、ハンセン病の話をしだすと止まらなくなるので、このあたりで乾癬に話を戻したいのですがもうひとつだけ。

 日本映画史に残る名作中の名作に『砂の器』というものがあります。著名な音楽家がなぜ殺人を犯したのか、それがラストのオーケストラの演奏と同時に描写されるのですが、これをみればハンセン病という病がどれだけ差別を受けてきたか、ハンセン病を家族にもつ者がどれだけ辛い思いをしてきたかが分かります。

 この映画の最後に「本浦千代吉(映画に登場するハンセン病の患者)のような患者はもうどこにもいない」というキャプションが流れるのですが、今の時代にこれを見ると少し違和感を覚えます。「もうどこにもいない」とするより「今も差別は完全になくなっていない」とする方がいいのではないかと私には思えるのですが、おそらくこの映画が作製された1970年代には今よりも差別が根強く残っていたのでしょう。「現在は治療できる病気です」ということを強く訴えたかったがゆえにこのようなキャプションが入れられたのではないかと私は推測しています。

 さて乾癬に話を戻しましょう。信憑性のあるデータを見つけることができなかったのですが、この病気は確実に増えています。元々は白人に多い疾患でしたが日本人にも増えています。これは生活習慣病と同様に戦後欧米型の食事が普及したからだと思われます。

 また、これもきちんとしたデータは見たことがないのですが、あるベテランの皮膚科の先生から、日本人よりも在日韓国人に多いようだ、と聞いたことがあります。これは日本人に比べて韓国人の方が肉を食べる機会が多いからではないかとその先生は話されていました。

 肉食が乾癬を悪化させるのはほぼ間違いありません。糖尿病や高脂血症(特に高トリグリセライド血症)のある人が、西洋型の食事から和食に替えると数値が改善しますが、乾癬も(あるいは乾癬の方がむしろ顕著に)大きく症状が改善することが多いのです。一部の症例では”劇的に”とも言えるほど改善します。私が研修医時代に診た患者さんは、入院を要する程重症化していましたが、入院後1週間もすれば入院前と薬を替えたわけでもないのにもかかわらずほとんど完全に皮疹が消えた程です。

 乾癬の患者さんのなかには、食事に気をつけて規則正しい生活を送っているのにもかかわらず重症化していく人もいます。そういう人のなかには、爪や関節にも症状が及び、やがて日常生活もままならなくなっていく人もいます。そこまでいくと強力な免疫抑制剤や生物製剤といって関節リウマチに用いるような高価な薬剤が必要になります。まだ完全に解明されたわけではありませんが乾癬は関節リウマチと遺伝子学的に近い病態であることが指摘されています。

 規則正しい生活を送っていても関節リウマチを発症するのと同様に、乾癬の場合も生活習慣に問題がなくても発症することがあります。ですから、乾癬は生活習慣が乱れているからだ、ということを言い過ぎると”差別”を生むことになりかねません。

 ですが、それなりに重症の人でも食事の内容を変えるだけで、あるいは禁煙をするだけで見違える程改善する人が少なくないのも事実です。実際、太融寺町谷口医院の乾癬の患者さんの多くは、初診時には「皮膚をなんとかしてほしい」といって受診されますが、そのうちに生活習慣病の治療や指導、禁煙治療などが主になっていきます。

 そして、全例とは言いませんが、大部分の人は生活習慣病がよくなり、禁煙も成功します。これは、辛い思いをした皮膚症状に二度と悩まされたくないという気持ちがあるからではないでしょうか。皮膚のところどころが真っ赤になり他人から避けられるという辛さ、さらに実際に銭湯や温泉の入場が断られる(かもしれない)という恐怖は並大抵のものではありません。

 ところで「世界乾癬デイ」はいつかご存知でしょうか。私はこれまでいろんな医師に尋ねてみましたが、皮膚科専門医も含めて答えられた医師はひとりもいません。しかし私は知っています。なぜかというと「世界乾癬デイ」は私の誕生日と同じ10月29日だからです。私は自分の誕生日が近づくと、「見た目」で温泉の入場を断られたという乾癬の患者さんを思い出すのです。

注1:McKean Hospital及びタイのハンセン病の事情についてNPO法人GINAのサイトで詳しく書きました。興味のある方は参照してみてください。
GINAコラム「タイのハンセン病とエイズ」2006年5月

月別アーカイブ