はやりの病気

第56回 ついに登場! 飲む禁煙薬 2008/4/22

すてらめいとクリニックでは保険診療で禁煙外来をおこなっていますが、現在の薬の主流はニコチンの貼付薬です。ニコチンが含まれたこの貼付薬は、一定量のニコチンが体内に吸収されることによって、タバコを吸いたくなくなります。(無理に吸おうとすると吐き気などの不快な症状が現れます)

 そして、徐々に貼付薬のニコチン量を減らしていって、最終的には貼付薬なしでもタバコを欲しなくなる、というのが禁煙への道のりです。

 このニコチンが含有された貼付薬が禁煙成功率が高いのは「一定量のニコチンが体内に吸収される」からです。これがニコチンガムとの違いで、ニコチンガムは噛んでいる間だけニコチンが体内に吸収されます。実際、ニコチンガムでは失敗したけれどニコチンパッチ(貼付薬)で成功した、という人は珍しくありません。

 禁煙薬にはニコチン貼付薬以外にも飲み薬があります。海外では以前から使用されていましたが、来月から日本でもようやく処方できることになります。

 この「飲む禁煙薬」は「チャンピックス」という名前で、最大の特徴はニコチンを含んでいないということです。ニコチンガムやニコチンパッチが、少量のニコチンを体内に吸収させることでタバコが欲しくなくなるのに対し、チャンピックスは、ニコチンに類似した物質を吸収させることでタバコが欲しくなくなります。

 この理屈は少しむつかしいかもしれませんので分かりやすく説明します。

 まず、なぜ人がタバコを吸って(ニコチンを吸収して)快楽を感じることができるかというと、それは脳内の神経細胞にニコチンを結合させる「受容体」があるからです。これは、よく「鍵」と「鍵穴」の関係で説明されます。つまり、この場合、ニコチンが「鍵」で、ニコチンの受容体が「鍵穴」になります。ニコチンという「鍵」がニコチン受容体の「鍵穴」に結合することによって、神経細胞がドパミン(ドーパミン)という神経伝達物質を放出します。このドパミンの放出によって人は快楽を感じるのです。

 物質と受容体の関係(「鍵」と「鍵穴」の関係)はニコチンだけでなく、覚醒剤でも麻薬でも同様のメカニズムがあります。なぜ、人が麻薬(ヘロインやモルヒネ)を吸収して恍惚感が得られるかというと、それは、麻薬という「鍵」と結合できる「鍵穴」(麻薬の受容体)が脳内の神経細胞に存在するからなのです。

 話を戻しましょう。チャンピックスでなぜ禁煙できるかというと、それはチャンピックスがニコチンに似ているからです。ニコチンにかたちが似ているチャンピックスは、ニコチン受容体に結合することができるのです。

 ニコチンがニコチン受容体と結合すると、神経細胞はドパミンを放出します。そしてドパミンは別の神経細胞の受容体に結合することによって人は快楽を感じます。チャンピックスの場合、ニコチンのときほどたくさん放出されず、少量のドパミンのみが放出されます。これで、禁煙に伴う離脱症状やタバコに対する切望感が軽減されるというのがチャンピックスで禁煙ができるメカニズムです。

 「メサドン療法」という言葉をご存知でしょうか。これは、なぜか日本ではおこなわれていませんが、海外では麻薬を断ち切るときにおこなわれる治療法です。つまり、麻薬にかたちがよく似たメサドンという物質を内服し、麻薬の受容体にメサドンが結合し、麻薬に伴う離脱症状や麻薬に対する切望感が軽減されるというわけです。

 チャンピックスを用いた禁煙治療は、麻薬を断ち切る治療におけるメサドン療法と似たようなメカニズムというわけです。

 さて、チャンピックスを用いた禁煙は具体的にはどうするかというと、まず、禁煙の開始日を決めて、その1週間前から服薬を開始します。1日目から3日目までは少量(1日0.5mg)のチャンピックスを内服し、4日目から7日目は1日1mgを内服します。

 8日目に禁煙を開始します。そしてこの日からチャンピックスを1日2mgに増量します。12週までこの量を毎日服用します。12週が経過した時点で禁煙が続いていれば、さらに最長24週までチャンピックスを継続することが可能です。

 成功率が気になるところですが、チャンピックスの製造元のファィザー製薬のデータでは、12週の時点での禁煙成功率が65.4%となっています。一方、ニコチンパッチの成功率はどうかというと、ニコチンパッチ(商品名はニコチネルTTS)の製造元であるノバルティスファーマのデータでは52.3%となっています。(単純に数字を比較すると、65.4>52.3となりますが、統計の取り方が同じでなく完全な比較試験がおこなわれているわけではありませんから、一概にどちらが成功しやすいとは言えません)

 価格については、すてらめいとクリニックの「禁煙外来」にもあるように、ニコチンパッチでおこなった場合は、5回の受診で約12,000円(3割負担の場合)が必要となります。チャンピックスを使用した場合は、総額で18,000円から20,000円くらいになるものと思われます。

 ところで、すてらめいとクリニックの禁煙に成功した患者さんにはある”共通点”があります。それは、「強い動機を持っていること」です。私は、禁煙を始めたいという人には必ず動機を確認するようにしています。この動機が”はっきりとしたもの”で、”シンプルなもの”であればあるほど禁煙成功率が高いように思われます。

 最も顕著なものは「(タバコのせいで)自分が病気をした」というものです。心筋梗塞で救急搬送されたり、成人してから喘息発作があらわれたりといった経験のある人は強固な動機を持っています。

 自分が病気をしなくても、「身近な人が(タバコで)病気をした」というのも強い動機になります。また「子供から(孫から)タバコ臭いと言われた」というのもよくあります。「歌を歌う職業だから」、「社内の規定でタバコを吸ってはいけないことになっている」、「医療職だから」、「喫煙者は就職に不利だから」というのもあります。

 これに対し、確固とした動機はなくて「最近はラクにやめれる薬ができたって聞いたんで・・・」と言って受診される人の成功率はそれほど高くありません。

 つまるところ、ニコチンパッチにしても内服薬(チャンピックス)にしても、これらはあくまでも「禁煙補助薬」であって、禁煙するあなたを手伝ってくれるにすぎません。実際、ニコチンパッチを貼っている間は禁煙できたけれども、パッチを終了してしばらくするとまた吸ってしまった、という人は決して少なくありません。

 最も大切なことは「強い動機」だということをお忘れなく・・・

参考:
はやりの病気第32回 そろそろ本格的な禁煙を!① 2006/05/15
はやりの病気第33回 そろそろ本格的な禁煙を!② 2006/06/01
はやりの病気第34回 そろそろ本格的な禁煙を!③(最終回) 2006/06/19

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