はやりの病気

第71回 帯状疱疹とヘルペスの混乱 2009/7/21

 突然胸の右半分が痛くなってブツブツがでてきたんです。看護師をしている義理の姉にそのことを相談したら、「それはヘルペスだからすぐに病院に行け」と言われて来たんですけどね、先生、これって本当にヘルペスなんですか?

 これは、私が実際に患者さんから言われたことのある言葉です。

 この患者さんの病名は「ヘルペス」ではなく「帯状疱疹」です。実は、この患者さんのように「帯状疱疹」と「ヘルペス」を混同してしまっているケースは少なくありません。ではなぜ、この患者さんの義理のお姉さんは帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。

 それを解説する前に、帯状疱疹という病気を簡単にまとめておきましょう。

 帯状疱疹は「水痘帯状疱疹ウイルス」というウイルスが原因です。多くのウイルス性疾患は、そのウイルスに感染した直後に症状が出てきますが、水痘帯状疱疹ウイルスの場合は少し異なります。

 このウイルスに感染するのは多くの場合子供の頃です。水痘(すいとう)とは「みずぼうそう」のことです。つまり、みずぼうそうの原因ウイルスが帯状疱疹の原因ウイルスでもあるわけです。

 話がややこしくなってきましたので、もう少し分かりやすく説明いたします。

 まず、多くの子供はみずぼうそうに罹患します。みずぼうそうに罹患すると発熱と皮疹が出現します。しかし、みずぼうそうは、普通は数日から1週間程度で熱が下がり皮疹も消えていき、それで「治癒」となります。(ワクチンを接種していれば、みずぼうそうにかからないことが多いのですが残念ながらみずぼうそうのワクチン(水痘ワクチン)の接種率は日本ではそれほど高くありません)

 みずぼうそうは通常一生に一度しかかかりません。では、みずぼうそうの原因ウイルスである水痘ウイルスは完全に死滅するのかというと、そういうわけでもありません。発熱や皮疹といった症状は消えて再発することはありませんが、ウイルス自体は身体の奥(神経節)に潜みます。そしてこのウイルスは一生体内から消えることはありません。

 では、みずぼうそうを発症し治癒した後、このウイルスは一生おとなしくしているのかというと、そういうわけでもありません。成人してから”もう一度だけ”身体の表面にやってきます。しかし、みずぼうそうのときのように全身に皮疹が出現するわけではありません。顔だけ、胸部だけ、腹部だけ、といったかたちで限局して皮疹が出現します。そして必ず身体の半分だけ(右側だけ、もしくは左側だけ)に出現します。

 冒頭で紹介した患者さんは右の胸部にポツポツとした水疱と痛みがありました。通常、帯状疱疹は視診だけで(見るだけで)すぐに診断がつきます。この患者さんの疾患名は「帯状疱疹」で間違いありません。

 では、この患者さんの義理のお姉さんの看護師は、なぜ帯状疱疹のことを「ヘルペス」と言ったのでしょうか。

 実は、医療者によっては帯状疱疹のことを「ヘルペス」と呼んでいることがあります。その理由は、帯状疱疹を「herpes zoster virus infection(ヘルペス・ゾスター・ウイルス・インフェクション)」ということがあるからです。(参考までに、herpesは「ヘルペス」と発音すると、英語を母国語としている人にはまず通じません。正しい英語の発音を無理やりカタカナにすると「ヘルペス」ではなく「ハーピス」という音が近いでしょう)

 しかし、herpes zoster virus infectionなどという呼び方は医学の教科書にはでてきますが、一般的ではありませんから、少なくとも患者さんに説明するときには使うべきでない、と私は考えています。

 ほとんどの人が「ヘルペス」と聞けば、口唇ヘルペスや性器ヘルペスを連想するでしょう。これらは単純ヘルペスウイルスというウイルスが原因となります。ヘルペスという病気が(私にとって)興味深い理由のひとつは、人によって持っているイメージが異なるということです。ヘルペスと聞いて口唇ヘルペスをイメージする人は、疲れたときに唇や鼻の周りにできる「誰にでも起こりうるよくある病気」と考えます。一方、性器ヘルペスを想像する人であれば、性感染症(性病)のひとつとして「ネガティブなイメージの病気」と考えます。実際、冒頭で紹介した患者さんは、義理のお姉さんにヘルペスと言われて、自分は性病にかかったのではないか、と考えたそうです。

 単純ヘルペスウイルスについて補足しておくと、口唇ヘルペスや性器ヘルペス以外にも身体のあちこちにできることがあります。子供であれば、手の指や口の中にできることはよくありますし、成人では殿部(おしり)にできるヘルペスをよくみかけます。身体のどこにできようが、これら単純ヘルペスウイルスが原因となるヘルペスは「単純ヘルペスウイルス感染症」と呼ばれます。帯状疱疹とは異なり、単純ヘルペスウイルス感染症は、何度でも再発します。よく言われるように、体調が悪いとき、寝不足のとき、精神的ストレスがたまっているときなどに再発することが多いと言えます。口唇ヘルペスの場合は、日焼け(紫外線の暴露)により再発することもあります。

 帯状疱疹と(単純)ヘルペスを混乱しやすい理由がもうひとつあります。それは、使う薬が同じ、というものです。(ただし使用量は異なります)

 では、違う病気なのになぜ同じ薬を使うのか、そして、そもそもなぜ帯状疱疹のことをherpes zoster virus infectionと呼ぶのかというと、単純ヘルペスウイルスも水痘帯状疱疹ウイルスも、同じ仲間(ヘルペスウイルス科)に属するからです。(注)

 このように、帯状疱疹と(単純)ヘルペスは似ている病気ではあるのですが、決定的に異なる大変重要な点が2つあります。

 ひとつは、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと痛みが残ることがある、という点です。この痛みのことを「帯状疱疹後神経痛」と呼び、ひどい場合は衣服の着替えもできなくなるほどです。

 もうひとつは、単純ヘルペスが何度でも再発する可能性があるのに対し、帯状疱疹は”一度だけ”ということです。ただし、”一度だけ”には例外もあります。つまり、場合によっては”何度も”出現することがあるのです。そして”何度も”出現する場合は、「何らかの病気」がある可能性があります。「何らかの病気」としてよくあるのが、悪性腫瘍、膠原病、HIV感染などの免疫系に異常をきたす病気です。

 実際、患者さんから「(今回だけでなく)前にも帯状疱疹が出たことがあるんですよ」と言われ、そこからHIV感染や膠原病が見つかることがときどきあります。

 最後に、帯状疱疹と(単純)ヘルペスについてまとめておきましょう。

   1、 帯状疱疹と(単純)ヘルペスは異なる病気だが、原因ウイルスは同じグループに属している。
    2、どちらも使用する薬は同じだが量は異なる。
    3、(単純)ヘルペスは何度でも再発することがあるのに対し、帯状疱疹が出現するのは”一度だけ”である。
    4、もし帯状疱疹が何度も出現すれば、HIVや膠原病といった免疫系の異常を疑う必要がある。
    5、帯状疱疹はしっかりと治療をしておかないと激しい痛みが長年に渡り残ることがある。

注 ヒトヘルペスウイルス(以下HHV)には合計8種類があり番号が振られています。単純ヘルペスウイルスはHHVの1型(HHV-1)と2型(HHV-2)です。以前は、口唇ヘルペスはHHV-1、性器ヘルペスはHHV-2と分類できたのですが、最近は口唇ヘルペスからHHV-2がみつかったりその逆に性器ヘルペスからHHV-1がみつかったりすることが珍しくなくなり、現在はHHV-1とHHV-2を区別する意味がなくなってきました。水痘帯状疱疹ウイルスはHHV-3です。HHV-4はEBウイルス、HHV-5はサイトメガロウイルス、HHV-6とHHV-7は突発性発疹の原因ウイルスです。ときどき突発性発疹に2回かかる子供がいるのは6型と7型の両方に感染することがあるからです。HHV-8はエイズの合併症として有名なカポジ肉腫の原因ウイルスです。

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