はやりの病気
2020年2月25日 火曜日
第198回(2020年2月) 世界一簡単な「谷口式鼻うがい」
2020年1月23日、毎日文化センターで開催した毎日新聞主催の私のミニ講演会で、最も多くの質問を受けたのが「鼻うがい」でした。この講演会の内容は、同紙「医療プレミア」の編集者が記事「「私は風邪薬を飲みません」 谷口恭医師講演」にしてくれて、それを読んだという人からも「その鼻うがいについてもっと教えてほしい」との声が届きました。そこで、今回はこの「谷口式鼻うがい」について少し詳しく説明したいと思います。
谷口式鼻うがいの最大の特徴は、何といっても簡単なことです。おそらくこれより簡単な鼻うがいは他には存在しないと思います。方法は文字で説明するよりも実際に見てもらった方が簡単にわかりますので、まずはそのビデオ(YouTube)をご覧いただくのが一番いいと思います。ここではその補足をしていきましょう。
まずは「なぜ鼻うがいか」ということから確認していきましょう。現在流行している新型コロナウイルスは、当初は「咽頭痛や鼻水といった上気道炎症状はほとんど起こらず、いきなり下気道症状(咳や呼吸苦)と高熱が出ることが特徴だ」と言われており、医学誌『LANCET』に1月に掲載された論文にはそのように記載されていました。
ですが、その後軽症例やほとんど無症状である場合も多いことが報告され始めました。そして、興味深いことに、ウイルスは咽頭よりも鼻腔から多く検出されることが判りました。医学誌『New England Journal of Medicine』2020年2月19日号に掲載された論文「SARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients(新型コロナウイルス感染者の上気道のウイルス量)」に詳しくまとめられています。
この論文から分かるのは、新型コロナウイルスも通常のコロナウイルスや他の風邪をもたらす感染症と同様、まず鼻腔に感染する(少なくともそういう例が多い)ということです。新型コロナウイルスが騒がれだした1月は発症者が武漢市に限定されており、中国の医療事情を考慮すると、医療機関を受診したのは症状がそれなりに進んでいた人たちだったのでしょう。つまり肺炎に進行してから医師の診察を受けたために、より重要な臓器である肺(肺炎)の治療がおこなわれ、鼻腔のウイルスなどには注目されなかったと考えられます。
つまり、新型コロナウイルスを含めて飛沫感染するタイプの感染症、つまりほとんどの風邪を考えたときに、最もきれいにしておかなければならないのは鼻腔、ついで咽頭ということになります。咽頭は普通の「ガラガラうがい」でもできますが、鼻腔は汚いままです。そこで鼻うがいが有効ということになります。問題は、どうやってするか、です。
鼻うがいの効果が高いのは(鼻腔を直接洗えるわけですから)明らかだと思いますが、私が鼻うがいに固執したもうひとつの理由を説明しておきましょう。怪我をしたとき、例えば膝をすりむいたとき、私が子供の頃は赤チンを塗られました。これは激痛でした。その後「マキロン」のような消毒が主流となり、いつの頃からかその主役が「イソジン」に代わりました。ところがちょうど私が医師になった2002年頃に「コペルニクス的転回」が起こります。傷の消毒にはイソジンは無効どころかかえって治癒を遅らせることが判ってきたのです。では何が有効なのか。水です。受診された場合は生理食塩水を使うこともありますが、基本的に水道水で問題ありません。時間をかけて水で病原体を洗い流すのが最も有効なのです(参考:はやりの病気第10回(2005年6月)「キズの治療①」)。
理論的に考えれば鼻うがいに風邪の予防効果があるのは明らかでしょう。ではなぜ普及しないのか。そして有効性を検証した論文がないのか。理由は2つあります。1つは「有効なのはわかっているけれども面倒くさい」ということ。もうひとつは、おそらく(ガラガラも含めて)うがいのような習慣があるのは日本くらいで他国では一般的ではなくエビデンスがないからだと思います。日本の医師(の多く)はエビデンスがないことに注目しませんし、面倒くささを考えると患者にどころか自分で実践するのにも抵抗があるわけです。
もっとも、私自身も鼻うがいには長い間”抵抗”がありました。その理由は2つあって、ひとつは生理食塩水を用意するのがとてつもなく面倒くさいこと、もうひとつは専用のデバイス(例えばこういうタイプ)を用意することに抵抗があること、です。私自身は元々旅行が好きですし、学会参加などでよく出張にもいきます。荷物はできるだけ少なくしたいわけで、既存の鼻うがい用のデバイスを鞄に入れることに嫌気が差します。旅行中は鼻うがいを休むという方法もよくありません。なぜなら旅行中にこそ風邪をひくリスクが上がるからです。ですから、鼻うがいが理論的に有効なことは確信していましたが、現実的には無理だよな~とずっと思っていたのです。
しかしあるとき、「シリンジ」を使ってみればどうだろう、とふと思いつきました。過去に薬物中毒を起こしたある患者さんと診察室で話をしているときでした。20代のその女性は、自殺する意図が本当にあったのかどうかは別にして大量に睡眠薬を飲み、それを家族に発見され救急搬送され、そこで胃洗浄がおこなわれたと言います。私も太融寺町谷口医院を始める前は夜間の救急外来での仕事が多く、胃洗浄は何十回と経験があります。管(チューブ)を鼻から胃に入れて、シリンジを使って生理食塩水を注入して吸引するという作業を繰り返します。その患者さんと話していたときにそのシーンがふと蘇り、「そうか、鼻うがいに応用すればいいんだ!」とひらめいたのです。
鼻に水を入れるのが辛いのは、泳いでいるときに偶発的に水が鼻に入ってしまったときのことを思い浮かべれば明らかです。それが分かっていて意識的に吸い込むのは相当な勇気がなければできません。ですが、シリンジで勢いよく注入すれば一瞬で終わります。10mLのシリンジ(実際は13mLくらい入ります)なら1秒で注入できます。ただし、もしもそれで激痛が走るのであれば現実的ではありません。生理食塩水を使えば解決しますが、こんなもの出張や旅行に持ち歩くわけにはいきませんし、塩を持ち歩いてその都度生理食塩水を作るのも面倒です。
では水道水でシリンジを鼻腔に注入したときに痛みはどれくらい生じるのでしょうか。これを初めて実戦するときは少し勇気がいりましたし、実際に少し痛かったのは事実です。ですが、その痛みは考えていたよりも小さくて、何回かおこなううちにゼロになりました。
谷口式鼻うがいには「欠点」もあります。それは鼻腔に入れた水がそのあたりに一気にばらまかれますから人前ではできませんし、周りが汚くなります。つまり、このうがいはシャワールームでしかできないのです。ですから、実践できるのはせいぜい朝と晩の一日に2回だけです。私は仕事がら風邪症状のある患者さんと毎日何度も接しますから、そういった人を近距離で診察したときには次の患者さんを診る前にガラガラうがいと手洗いをしています。
では「谷口式鼻うがい」の効果はどうなのでしょうか。エビデンスというものは比較対象が必要になりますから、そういうものはありません。たった1例の症例報告というものはエビデンスにはならないのです。それを断った上で私自身の話をすると、冒頭で紹介したミニ講演のときにも述べたように、私はこの鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪を引いていません。それまでのガラガラうがいと手洗いだけだと必ずといっていいほど年に2~3回は風邪をひいていましたが、過去7年間はゼロです。この記録がどこまで続くかはわかりませんが、私は生涯この鼻うがいをやめないつもりです。なにしろ副作用ゼロですし、費用はごくわずか(シリンジはアマゾンで安く買えます)なのですから。それに、花粉症やその他アレルギー性鼻炎の予防にもなります。
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