マンスリーレポート
2018年10月13日 土曜日
2018年10月 やっぱりおかしい「新潮45」の休刊
日ごろから、LGBT(個人的にはこの「LGBT」という表現に違和感を覚えていますが、すでに人口に膾炙してしまっているのでここでもLGBTで通します)を”擁護”するようなことをいろんなところで言っている私は、世間から「リベラル」とみられているようです。
実際には、例えば診察の現場では「LGBTへの(差別でなく)『逆差別』をしない」ことを心がけていますし、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にはLGBTの人たちからのクレーム(注1)もまあまあありますから、特に偏った行動をとっているわけではないのですが、それでも、当事者の人たちから「これまでどれだけひどいことを医療者から言われてきたか……」といった話をされると、ついつい感情移入をしそうになることがあるのも事実です。そもそも逆差別をしないことを心がけている時点で、どこかで自分がLGBTの人たちの力になりたい、と考えてしまっているのかもしれません。
そんな私が「新潮45」8月号の杉田水脈氏の記事を読んだときどう思ったかというと、「これはバッシングされるだろう」とは感じましたが、腸(はらわた)が煮えくり返るほどの怒りは感じませんでした。杉田氏のような意見は私にとっては不快ではありましたがこのようなことを表現できる「場」はあってもいいと思ったからです。議論になった「生産性」という言葉も、杉田氏は「生殖性」の意味で使っているのであり、言葉尻を捕らえて、「『生殖性』という言葉を知らないのか」、という意見もあったようですが、これは誰かがどこかで反論していたように、社会学や経済学では医療者の用いる「生殖性」を「生産性」と表現することがあります。そもそも、米国ではLGBTの方がストレートの人たちよりも年収が高いことを示したデータもありますし(注2)、アップル社のCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏がゲイをカムアウトしていることからも、杉田氏が「(経済指標としての)生産性がLGBTにはない」と言っていないのは自明です。
では、日ごろからLGBTに肩入れしたくなる私が「新潮45」10月号の「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を読んでどう思ったかというと、確かに小川氏の「痴漢とLGBTを同列で論じた主張」は、瞬間的に反論したくなりましたが、最後まで読めないというものではありませんでした。「そういう意見を堂々と主張する人もいるんだ…」と(決して馬鹿にした意味ではなく)思い、これを掲載した「新潮45」の勇気はすごいことかもしれない、と感じました。
痴漢と性志向を同列で論じてはいけませんが、痴漢もしたくてしているわけではなく、例えば買い物依存やギャンブル依存と同じような心理メカニズムが働いているという考えもあります。また、性志向も、自ら選択したわけではなく、生まれたときから決定づけられている場合もよくあります。ストレートの人たちも「性志向が異性」ということを自らの意思で”選択”したわけではなく、気づいたら異性を求めたくなった、というのが事実でしょう。そういう意味で、(依存症としての)痴漢も性志向も「理性や教育で変わる(治る)ものではない」という共通点があります。
10月号を読んだときの私の率直な感想は、「これは興味深い展開になってきた。次はLGBTの当事者と杉田氏、小川氏を交えた討論会が見たい!!」でした。ところが、世間からのバッシングを受けて取った編集長の決断が「休刊」だとは…。私は大きなショックを受けました。また、知識人のコメントも残念なものが多数ありました。新潮社に原稿を書かないと断言した作家もいるようですが、ここでは林真理子氏を取り上げます。
私は「週刊文春」の林氏のコラムを楽しみにしています。たいていは、氏のユニークな視点に「なるほど…」と感銘を受けるのですが(最近は「金持ち自慢・セレブ自慢」のようなちょっとイヤミなときもありますが…)、今回(2018年10月11日号)は非常に残念というか、あの林真理子さんがこんなこと言うの?!、と驚きました。「当初は品のいいオピニオン雑誌であった「新潮45」であるが、…」と酷評しているのです。「当初は品のいい」は、裏返せば「現在は品がよくない」と言っているわけです。まだあります。一部を抜粋してみましょう。
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しかも、「新潮45」は、いつからこんなB級の執筆者ばかりになたのかとがっかりである。あの特集で知っていたのは八幡和郎さんぐらい。(中略)あの特集は、慣れないことをして急いで寄せ集めの仕事をしたという感がある。
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いくら林真理子氏だからといって「こんなB級の執筆者」という表現は許されるのでしょうか。表現の自由はありますが、林氏クラスになればもっと粋な表現をすべきではないでしょうか。それに「(八幡和郎さん以外は)知らない」と断言されていることにも驚きました。この特集は藤岡信勝氏も寄稿されています。林氏は本当に藤岡氏の名前を知らないのでしょうか。右寄りの思想に縁がない私でさえ氏が「新しい歴史教科書をつくる会」の理事であることは知っています。また、やはりこの特集でコラムを書いたKAZUYA氏についても林氏は知らないのでしょうか。KAZUYA氏はいまや週刊新潮に連載をもつ著名なユーチューバーです。もしもこういった人たちのことを知らなかったとしても、日ごろ接している編集の人に聞けばどのような人達なのかをすぐに教えてもらえるはずです。本当に知らなかったとしても「知らない」と堂々と宣言することに私は違和感を覚えます。
ちなみに「新潮45」のこの特集(「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」)に寄稿された文章で私が最も興味深く読んだのは、「かずと」というLGBT当事者の人が書いた「騒動の火付け役『尾辻かな子』の欺瞞」です。この人のことは失礼ながら私も知らなかったのですが、当事者であることもあり、他の執筆者より群を抜いて説得力がありました。林氏にとっては「知らないで当然のB級の執筆者」なのでしょうが、それほど有名でない人の文章を掲載することの何が問題なのでしょう。
改めて言うべきことでもありませんが「新潮45」は右寄りの思想を持った人だけが読む雑誌ではありません。確かに特集記事が右寄りのことが多いのは事実ですが、全体ではとても興味深く優れた文章がいくつも掲載されています。例を挙げるときりがありませんが、ここ数年では、石井光太氏、水谷竹秀氏の取材記事は私にとって抜群に面白かったですし、医師の里見清一氏の連載コラム、被差別部落出身をカムアウトした上原善広氏がその被差別部落のことを書いた小説など読み応えのあるものが多数ありました。
休刊になるということは現在連載中のコラムも読めなくなってしまいます。古市憲寿氏の「ニッポン全史」は面白くて何度も読み返してしまいますし、伝説の麻薬Gメンこと瀬戸晴海氏の「マトリ」は毎回ハラハラしながら没頭してしまいます。適菜収氏、福田和也氏の連載も私にとっては月に一度の楽しみです。それにこれからますます面白くなるだろうと思われた鹿島茂氏の「日本史・家族人類学的ニホン考」は10月号が新連載だったのです。今月(11月号)からこれらが一切読めなくなるわけで、この点について新潮社はどのように考えているのでしょう。
今回の件でコメントを出した知識人のなかで私が最も共感できたのは中村うさぎ氏です。中村氏は自身の夫がゲイですから、ある意味では当事者と言えなくもありません(参考:マンスリーレポート2014年5月号「「真実の愛」が生まれるとき」)。氏は自身のメルマガで次のように述べています。
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たしかにあの原稿は批判を浴びて当然だと思ったが、そういう意見の持ち主もこの世に確実に存在するのだということを世間に知らしめ、議論を喚起するのも、ジャーナリズムのひとつの使命ではないかと私は思う。こういう言論を片っ端から封じていったら、この世にLGBTに偏見を持つ人はいないのだ、という錯覚を生んでしまい、それはLGBT当事者のためにもならん、という気がする。(中略)しかるに、今回のように掲載誌まで休刊に追い込むのは、「差別をなくす」という観点から見るとまったく逆効果な気がするのである。(中略)(「新潮45は」)物議をかもすのを承知で掲載したのなら、謝罪や休刊なんて処置ではなく、そのスタンスを堂々と表明すべきではなかったか。それがジャーナリズムの誇りというものではないのか。
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中村うさぎ氏のこの見解に私は全面的に同意します。ポリティカルコネクトネスがはびこり表現の自由が追いやられれば、みんなが無難なことしか言わなくなり、その結果、誰も非難されなくなるかもしれませんが、とても息苦しい社会となり、真の意味で差別は解決しません。LGBTの問題は無知が大きくしていることがよくあります。立場の異なる者がきちんと顔を見合わせ話をし、互いを理解するよう努めれば解決することもあるのです。
「新潮45」の復活を望みます。復活後第一弾記念企画として「杉田議員を囲むLGBT座談会」はどうでしょう。
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注1:例えば、「自分はゲイだから順番を飛ばされた」(決してそんなことはなく待ち時間も事前に知らせているのに…)と受付に怒りにきたり、「看護師に好奇の目で見られた」というメールを送ってきたり(決してそんなことはないのですが…)、電話予約をしてきた人に「ご本人ですよね」と言うと「トランスジェンダーの何が悪い!」と怒り出したり(そういう意味で言ってるわけではないのですが…)、といったクレームが当院では1~2年に一度あります。
注2:例えば下記の記事を参照ください。
Gay Couples More Educated, Higher-Income Than Heterosexual Couples
Here are some of the demographic and economic characteristics of America’s gay couples
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