マンスリーレポート
2023年5月 「幸せ」がお金で決まらないとすれば何が重要なのか
前回のマンスリーレポート「「幸せはお金で買える」という衝撃の結末」では、従来言われていたように「ある程度の年収があればそれ以上の収入増加は幸せ増大につながらない」という説を覆し、「年収は高ければ高いほど幸せで、幸せ度が上がらない人には不幸な原因がある」という結果を導いた衝撃的な研究を紹介しました。
その研究は学術的には重要なのでしょうが、私はどうしてもその結論に納得できません。では「お金だけではない」とすれば、幸せは何で決まるのでしょうか。これまでこのサイトで取り上げてきた研究も踏まえて改めて考えてみましょう。
幸せについて本サイトで初めて触れたのは2006年8月、太融寺町谷口医院はまだ存在せず、私が大学病院で勤務していた頃でした。コラムのタイトルは「世界一幸せな国 」。2つの研究を紹介しました。
1つは、英国のNPO、NEF (The New Economic Foundation)が、世界178か国を対象とした「幸せ度数」のランキング、もうひとつはやはり英国のレスター大学が「生活満足度」を基にした「幸せの世界地図」で、こちらも対象は世界178か国です。結果は次のようになります。
NEFのランキング:1位バヌアツ、2位コロンビア、3位コスタリカ
レスター大学のランキング:1位デンマーク、2位スイス、3位オーストリア
尚、NEFのサイトを改めてみてみると、2006年から2020年のトータルランキングが掲載されていて、1位から3位は、コスタリカ、バヌアツ、コロンビアとされています。つまり、14年間が経過しても上位3国は変わらないことになります。
バヌアツ、コロンビア、コスタリカの一人あたりの実質GDP(GDP(PPP) per capita)は、Worldmeterによると、それぞれ3,215、14,503、17,110USドルです。ちなみに日本は42,067ドルです。そして、第1位はカタールで128,647ドルです。カタールは、すべての国民の平均年収が1500万円(4人家族なら世帯収入が6千万円)もあるのです。では、大金持ちのカタール人はなぜ幸せランキングの上位にこないのでしょうか。カタールはNEFのランキングではなんと152か国中152位、つまり最下位です。
前回のコラムで紹介したように、ノーベル経済学受賞者が「収入は多ければ多いほど幸せ」と言っているところに、私が「それはおかしい!」と言ったところで誰も耳を傾けないでしょう。ですが、NEFの幸せランキングが正しいとすれば、なぜ世界一の金持ち国家のランキングが世界一不幸とされているのでしょう。
他の「幸せランキング」も見てみましょう。国連が運営する非営利団体「Sustainable Development Solutions Network」が2023年3月20日、「世界幸せレポート(World Happiness Report 2023)」というものを発表しました。結果、幸せな国家第1位に選ばれたのはフィンランドで、これで6年連続第1位となります。
OECDの「Better Life Index」というものもあって、こちらでもフィンランドが第1位です。
谷口医院の患者さんにはなぜか「フィンランド好き」が少なくありません。特にアカデミックな環境にいる人、例えば大学院生、高校教師、医療者などからは絶大な人気があり、実際に長期留学で同国に赴く人も目立ちます。この国のどこに魅力があるのでしょうか。
フィンランドで有名なものといえば、誰もが思いつくのがオーロラ、サウナ、サンタクロースあたりでしょうか。食事はどうでしょう。私が谷口医院の患者さんらから聞いた話では、フィンランドの食事はそんなによくありません。トナカイの肉もそんなに美味しくないと聞きますし、もしも日本人の口に合うのなら巷にはフィンランド料理屋があってもよさそうですが見たことがありません。ある患者さんはフィンランド滞在中、ずっとチョコレートで栄養を摂っていたと言っていました。
「ヒュッゲ」とはデンマーク由来の言葉だそうですが、フィンランドを含む北欧ではお馴染みの習慣だと聞きます。日本語には訳しにくいものの「ほっこり」「ほのぼの」「しっぽり」「まったり」などが近いようです。おそらく、暖炉のある大きな部屋で家族のメンバーが集まってホットチョコレートでも飲みながらのんびり過ごすようなイメージだと思います。
ということは一人当たりのGDPが46,344USドル(日本より少し高いくらい)で、自然がきれいとはいえ長くて厳しい冬に耐えねばならず、食事がたいして美味しくない(失礼!)、けれど家族団らんのほっこりした時空間(ヒュッゲ)を楽しめるからフィンランドは世界一幸せな国と考えるべきなのでしょうか。もちろん世界第一位の結果となったのは、福祉制度や環境対策が適切に取られている、教育体制が充実している、医療機関にアクセスしやすい、などの理由があるからですが、ヒュッゲなしではフィンランドの幸福は語れないのではないでしょうか。
もうひとつ興味深いデータを紹介しましょう。英国の慈善団体CAF(Charities Aid Foundation)が「World Giving Index」という人助けや寄付のランキングを公表しています。
こちらの2021年のランキングをみると、第1位はインドネシアです。世界で最も他人にやさしい(困っている人がいれば助ける、寄付をするなど)国はインドネシアだというわけです。そして、このランキングで最も興味深いのは「最下位の国」です。調査対象国全114か国で最下位の国、つまり「他人に最も冷たい国」は我が国日本です。
作家の橘玲氏は著書『幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』で興味深い提言をされています。幸せを決めるファクターは、「(手持ちの)お金」「(金を稼げる)能力」「友達や恋人」であるとし、これらをそれぞれ「金融資本」「人的資本」「社会資本」と呼んでいます。
この説が興味深いのは、例えば「金融資本+人的資本=ソロリッチ」(友達・恋人のいない医師など専門職に多い)、「人的資本+社会資本=リア充」(一流企業の若いビジネスパーソンなど)など8つのタイプに分類していることです。ちなみに、金融資本、人的資本、社会資本のすべてがすろった「超充」はめったにないそうです。
結局のところ、何に幸せを感じるのかは人それぞれであり、お金だけがあれば幸せという人も(たぶん)おらず、お金が無くても愛だけがあればいいというのもまた(たぶん)きれいごとであり、環境保全、社会福祉、助け合い、寄付、(ヒュッゲなど)家族とほっこりできる時間なども誰にとってもそれなりには必要であり、それらのバランスと程度によるというのが現実ではないでしょうか。
最後に私自身の「幸せの基準」を紹介しておきましょう。私が重視しているのは「将来のビジョンが描けるか」です。例えば、今宝くじで3千万円が当たったとしてもいつまでたってもまともな仕事ができる見通しが立たず友達もいないのなら幸せではありません。他方、まだ見習いの身だけれど今からあと3年かけて技術と知識を習得し誰にも負けない仕事をするというビジョンがあり、支えてくれる友人がいれば幸せです。身体にハンディキャップがあるけれど、作業所で安定した仕事があって信頼しあっているパートナーがいて、貧しいながらもときどき寄付をするような生活がこれからも続きそうなら幸せ度は高いと言えます。
ということは、今幸せ感の自覚がないのであれば、将来、例えば10年後はどんな生活をしていたいかを思い描き、それを実現するためには3年後は何をしていればいいか、1年後は、3か月後は、……、と考えるようにすれば「幸せへのステップ」が自ずと見えてくるはずです。
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