メディカルエッセイ

第43回(2006年8月) 世界一幸せな国

 先日、イギリスのNPOのnef (new economic foundation)が、世界178カ国を対象に「幸せ度数」のランキングを発表しました。

 「幸せ度数」とは、nefが独自に考案した指標で、主に3つの要因が基準となっています。その3つとは、生活満足度、平均寿命、環境汚染度です。平均寿命は客観的なものですが、生活満足度と環境汚染度はnef独自の調査によるものです。

 ランキングの1位から10位は、バヌアツ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ、パナマ、キューバ、ホンジュラス、ガテマラ、エルサルバドル、セント・ビンセントとグレナディーン諸島で、いわゆる先進国はひとつもはいっておらず、太平洋沖の諸島や中南米の国家ばかりです。

 こういった国には、観光でなら行ってみたい気がしますが、本当にこういった国家に住む人たちが幸せと感じているのかどうかが知りたいところです。例えば、コロンビアやコスタリカなどは、治安の悪さから、気軽に観光にも行けない国家とされています。一人当たりのGDPも高いわけではなく、自然の恵みがあるために飢えることはないのかもしれませんが、本当に住民は満足しているのでしょうか。幸せな国第一位とされたバヌアツは、オーストラリアの東に位置する小さな島国ですが、ひとりあたりのGDPは1,340ドル(2004年)しかありません。

 では、この調査で先進国はどのように位置づけされているのでしょうか。主要国をみてみると、アメリカ150位、イギリス108位、フランス129位、ドイツ81位、オーストラリア61位、日本は95位です。他のアジア諸国では、韓国102位、台湾84位、中国31位、マレーシア44位、シンガポール131位、タイ32位、フィリピン17位となっています。

 大まかに言えば、自然が多くて開発の進んでいない国がより幸せであり、その逆の傾向にある国が不幸せとされているように思われます。(それにしても、アメリカの150位というのは低すぎるような気がします・・・)

 この結果は、nefが、自然環境を極端に重視するイデオロギーを持っているからではないかと、私には思えます。ランキングの上位に入っている国家には、先進国から開発援助を受けているところもあります。nefの主張することが正しいとすれば、「より不幸せな国家がより幸せな国家を援助している」、という図式が成立してしまいます。

 この結果が公表されてから一月もたたないうちに、イギリスのレスター大学が「生活の満足度」を基にした「幸せの世界地図」を発表し、nefの報告と同じように世界各国にランキングを付けました。この調査は、世界178カ国を対象に、100個の様々な研究を基にしておこなわれています。

 ランキングの1位から10位は、デンマーク、スイス、オーストリア、アイスランド、バハマ、フィンランド、スゥエーデン、ブータン、ブルネイ、カナダです。nefの報告とは異なり、こちらは多くが先進国です。この報告をおこなったレスター大学の社会学者は、「貧困な国家に住む人たちこそが本当は幸せである、などといった”神話”から我々は目覚めるべきだ」、と話しているそうです。まるで、nefに対抗するかのようなコメントです。

 レスター大学の報告をもう少し詳しくみてみましょう。他の先進国では、アメリカ23位、イギリス41位、オーストラリア26位、フランス62位、ドイツ35位、日本は90位です。他のアジア諸国では、韓国102位、台湾68位、中国82位、マレーシア17位、シンガポール53位、タイ76位、フィリピン78位となっています。

 どちらの調査でも、日本と韓国が同じような下位にランキングされているのが興味深いと言えます。うがった見方をすれば、日本と韓国は、美しい自然がないだけではなく、文明の利益も受けていない、ともに不幸せな国家とされてしまっているわけです。

 もちろん、こういった調査結果は鵜呑みにする必要はありません。日本が両方の調査でこれだけ下位に位置づけされているのは気持ちのいいものではありませんが、別段これらの機関に抗議するような問題でもないでしょう。

 レスター大学の調査結果をみて、私はあることに気づきました。

 それは、バハマを除く上位1位から7位までの国家、すなわち、デンマーク、スイス、オーストリア、アイスランド、フィンランド、スゥエーデンは、いずれも、私がこれまでにタイで出会ってきたボランティアの出身国で多い国家に合致するということです。これらに、ベルギーとオランダを加えれば、私の経験にほぼピッタリとなります。

 以前、このコーナーでも述べましたが(谷口恭のメディカル・エッセィ第32回「 医者は「勝ち組」か「負け組」か」)、これらヨーロッパの国々からタイにボランティアに来ている人たちは、年齢性別を問わず、私の知る限りお金持ちはひとりもいません。金持ちどころか、彼(女)らの年収は日本円にして300万円にも満たないのです。それでも、困窮している人を救うために、はるばる遠いところからアジアにやってきて一生懸命ボランティアをしているのです。

 私は、ボランティアをすることが偉いことなんだ、というつもりは毛頭ありませんが、私がこれまでに出会ってきたボランティアの出身国を、レスター大学が「幸せな国」としていることは、単なる偶然以上の意味があるに違いないと思います。

 これらの先進国は、どちらかと言うとヨーロッパの小国です。一方で、なぜか私の知る範囲では、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなどといった欧米の大国からタイに来ているボランティアはそれほど多く見かけません。(タイの繁華街やリゾート地では、こういった大国の出身者によく出会いますが・・・)

 日本人はどうかというと、タイにはもちろん大勢のボランティアがいますし、ボランティアに来られない人でも、困窮している人々を救うためにお金を出している人は少なくありません。一方で、同じアジアに位置しており、同じ先進国である韓国、台湾、シンガポールなどの出身のボランティアはほとんど見たことがありません。

 もしも、私のこの仮説「ボランティアに積極的な国家=幸せな国家」が妥当だとすれば、タイには多くの日本人ボランティアがいるのに、日本が「幸せな国」のランキングに入らないのはなぜでしょうか。
 
 私の仮説が正しいとするならば、「幸せな国」に住む人たちは、タイだけでなく、アフリカや東欧も含めた世界各地で活躍しているのではないでしょうか。それに対して、日本人がボランティア先として選ぶのはアジアが圧倒的に多く、アフリカなどはまだまだ少数なのではないかと思われます。

 この私の仮説が正しいかどうかは別にして、いずれ世界のどこにいってもボランティアとして活躍している日本人と出会える時代が来ることを期待したいと思います。

 そのときのレスター大学の調査結果を見てみたいものです。