はやりの病気
2017年8月28日 月曜日
第168回(2017年8月) 電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~
電子タバコを巡る意見や情勢が混乱しています。
フィリップ・モリス社が「アイコス」(iQOS)を日本で発売したばかりの頃、これを「電子タバコ」と呼ぶことがまだ一般的でした。しかしその後、従来の電子タバコとは方式が異なることから「加熱式タバコ」と呼ばれることが増えてきました。アイコスがほぼ独占状態になりつつあるなか、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ社が「グロー」(glo)の販売を開始し、さらにJT(日本たばこ)も負けてられないと言わんばかりに「プルーム・テック」(Ploom TECH)を市場に投入しました。
現在では「電子タバコ」と「加熱式タバコ」を区別するような風潮にありますが、WHOや厚労省が定めたきちんとした言葉の定義は現在のところありません。定義を確認した上で議論をするのが分かりやすいのですが、それができませんから、私流に最近の流れをまとめてみたいと思います。
まず電子タバコが登場したのは2004年頃で、香港の企業が開発したと言われています。2007年頃から世界中で普及するようになり、日本では比較的早い段階で市場に登場しました。禁煙補助に使えるという意見もあり、次第に利用者が増えるなか、健康上の被害があるのかどうかがよく分かっていませんでしたが、2008年にWHO(世界保健機関)が、「安全性が確認されず正しい禁煙療法とは考えられない」「製品に使用されている多くの化学物質の中に強い毒性があるものが含まれている可能性がある」との見解を表明しました。
つまり、この時点では安易には勧められないという考えが優勢でした。しかし、利用者はその後急激に増加します。世界中で数百種の電子タバコが販売されるようになり、健康被害を指摘する声も上がり始めます。2015年7月には、日本の厚労省の研究班が、電子タバコから通常のタバコに含まれる濃度を上回る発がん性物質が検出されたことを発表しました。
しかしその直後の2015年8月、英国保健省が画期的な発表をおこないました。これは私の見解ですが、この発表が世界の電子タバコの流れを一気に変えました。英国保健省は電子タバコの安全性に言及するどころか、「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表したのです。同省によれば、電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いというのです。
この時点では(私の知る限り)、電子タバコに肯定的な正式発表をおこなったのは英国のみで、米国は慎重な態度を示していました。
ところがついに米国にも動きがみられました。医学誌『British Medical Journal』2017年7月26日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与していることが分かったのです。喫煙者を対象としたこの研究の結果は、電子タバコ使用者は非使用者(従来のタバコのみ使用)よりも禁煙を試みる可能性が高く、また、禁煙に成功する確率も高かったのです。
英国がおこなったような、FDAなどの米国の当局による電子タバコを肯定する正式な声明は現時点で発表されていませんが、『British Medical Journal』という一流の医学誌にこのような報告がなされたことを考えると、今後メディアの報道などにより、電子タバコがさらに普及することはほぼ間違いないでしょう。
では、世界的に電子タバコが受け入れられる時代になったと言えるのでしょうか。残念ながらそうは言えません。タイの奇妙な規制のせいで、世界中で議論が巻き起こっています。なぜか日本のマスコミはこれについてほとんど報道していませんが、世界的には大きな問題になっています。電子タバコで逮捕者が出たからです。
偶然にも上記論文が公開された2017年7月26日、タイの路上でスイス人の男性が電子タバコを使用していたという理由で逮捕されました。報道(注2)によれば、この男性は逮捕され6日間留置されたそうです。
タイの刑務所に私は出向いたことがありませんが、過去に何人か訪問したことがあるという日本人から話を聞いたことがあります。タイでは刑務所に知り合いがいなくても「収監されている日本人に会いたい」と言えば、比較的簡単に入れてくれるそうです。タイの刑務所は、ある程度予想できることではありますが、日本のそれとは様相がまったく異なり、不潔で不衛生でいつ死んでもおかしくないような環境だと皆が口をそろえていいます。床にはゴキブリやムカデが這いまわり、トイレは不衛生そのもの、もちろんトイレットペーパーなどは支給されません。食べ物は言わずもがな…だそうです。
逮捕されたスイス人の男性はどうやら刑務所に入っておらず留置所どまりだったようですが、運が悪ければ(としか言いようがありません)有罪判決をくらい長年刑務所に入れられるかもしれません。
なぜこのようなことが起こるのか。実は2014年10月、タイ政府は電子タバコと水タバコを禁止する措置を取り始めました。私はこの情報を入手してから3回タイに渡航していますが、この規則が実行されているような印象は受けません。例えば、バンコクのアラブ人が集まる界隈のカフェでは、以前と変わりなく堂々と水タバコを吸っているアラブ人がいたからです。どうせ、形だけの法律だろう…。私だけでなくタイをある程度知っている者はみんなそのように考えたのではないでしょうか。
そもそもタイという国は薬物に関しては「いい加減」という表現がピッタリです。一時タクシン政権の頃は、それはやりすぎだろう…、と言うくらい薬物に厳しくなりましたが(冤罪で射殺された者も少なくないと言われています)、政権が変わり、以前のように薬物に甘い国に戻っています。さすがに麻薬は実刑を逃れられないと思いますが、覚醒剤にいたっては、2016年6月法務大臣が驚くべき発表をおこないました。なんと「覚醒剤の依存性はアルコールやタバコよりも低いから合法にすべき」と発言したのです(注3)。
覚醒剤でこの扱いですから、大麻となると事実上野放しというか、個人使用であれば少々の賄賂で見逃されることが多いと聞きます。(ただし、罪は罪で少数ながら逮捕される日本人もいます。決して「賄賂を渡せば見逃される」などと思ってはいけません)
スイス人のこの逮捕について、日本のメディアではほとんど取り上げられていませんが、タイ好き日本人のコミュニティの間では話題になったようです。そこで一部の人が「アイコスやグローなどは加熱式タバコで電子タバコじゃないから大丈夫」と嘯いていますが、これは危険です。タイの警官はまず英語ができませんから、これらをタイ語で説明し、納得させる必要があります。また、理屈でねじ伏せることができたとしても賄賂を求められることもあるでしょう。タイには電子タバコも加熱式タバコも持ち込んではいけない、と理解すべきです。
尚、同じような法律はカンボジアにもあります。この原稿を書くにあたってカンボジアの状況を入手しようと試みたのですが、有益なものは入りませんでした。カンボジアの警察は腐敗しきっていると聞きますし、実際にアイコスを持っていて逮捕・留置ということはないとは思いますが過信しない方がいいでしょう。
英国・米国が電子タバコを有益なツールとみなし、その逆に持っているだけで逮捕という国もあるなか、日本政府は見解を表明せず、「受動喫煙防止対策」で規制するタバコに電子タバコ・加熱式タバコを含めるかどうかすらも決められていません。
新しい製品の場合、科学的なデータが集められませんからある程度はやむを得ませんが、なんらかの分かりやすい発表をしてもらいたいものです。同時に、「海外渡航時には電子・加熱式タバコの携帯に注意」という警告をもっとおこなうべきではないでしょうか。
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注1:この論文のタイトルは「E-cigarette use and associated changes in population smoking cessation: evidence from US current population surveys」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/358/bmj.j3262
注2:下記を参照ください。
http://vaping360.com/vaper-arrested-thailand/
注3:下記を参照ください。
参考:医療ニュース
2015年9月4日「電子タバコ、有害でなく禁煙補助にも有効?」
2015年7月15日「電子タバコ、未成年には禁止すべきでは?」
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|2017年7月23日 日曜日
第167回(2017年7月) 卵アレルギーを防ぐためのコペルニクス的転回
2017年6月16日、日本小児アレルギー学会理事長が異例の記者会見を開き、「アトピー性皮膚炎が改善していれば加熱鶏卵を早期に食べさせるべき」という発表をおこないました(注1)。これはそれなりに大きなニュースであり、一部のマスコミでは取り上げられていましたが、さほど大きな扱いではなく、またSNSなどでの大きな拡散もなく、実際、太融寺町谷口医院の乳児をもつ患者さん数人に尋ねてみましたが、知っているという人はいませんでした。
ですが、この会見は従来言われてきたことを覆す大変重要なものです。これまでは、乳児に、あるいは母親にアレルギー疾患、特にアトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)があると、無条件に卵を制限することが一般的でした。これは保護者の自己判断で、という場合もありましたが、医療機関で医師にそのような指導を受けて、というケースが多かったのです。今回の発表はそのような方針を180度転換することになるわけです。
つまり、従来の考えが間違っていた、というわけです。間違ったことを教えられていたのか、じゃあ罪を認めて責任を取ってくれ、と感じる人もいるかもしれませんが、これまで卵を禁止されていたことにも理由があります。また、今後は手放しで卵を食べていいのか、というとそういうわけではまったくなくて、むしろ自己判断で食べるのはとても危険です。今回はこれらを整理したいと思います。
まず、なぜこれまでは喘息やアトピーがあると卵を避けるように指導されていたかというと、実際に卵で食物アレルギーが生じる例があったからです。しかもアレルギーの最重症型であるアナフィラキシーショックを起こし生死をさまようようなこともあったのです。こういった「事実」があれば、当然卵を避けるのが先決、と考えたくなります。
では、なぜ「卵を積極的に食べさせるべき」といったいわば「コペルニクス的転回」がおこったのでしょうか。私個人の考えとしては「二つの大きな事実」が関係していると思います。
ひとつめの事実は過去にこのサイトで紹介した「ピーナッツを早期から食べた方がピーナッツアレルギーを起こしにくい」ことを証明した大規模調査です(注2)。ピーナッツアレルギーは日本よりもヨーロッパで深刻ですから、この調査結果はヨーロッパでは大きなニュースとして捉えられ、一般のマスコミでも報道されました。
私が考えるもうひとつの事実は、これまたこのサイトで繰り返し訴えている「二重アレルゲン暴露仮説(Dual allergen exposure hypothesis)」です(注3)。食物アレルギーは、アレルゲンとなるものを口から食べれば「免疫寛容」が起こりアレルギーにならずに、皮膚から侵入すると「経皮感作」が成立しアレルギーを発症し、その後口から食べても症状がでる、というものです。茶のしずく石ケンによるコムギアレルギーもこの機序で説明できますし、魚アレルギー、カンパリアレルギー、ココナッツアレルギーなどもあてはまります(注4)。
これらふたつの事実を勘案したとき、今まで無条件に禁止すべきとされていた乳幼児の卵アレルギーももしかすると…、と考えたくなります。そして、大規模調査がオーストラリアでおこなわれました。しかしながら、その結果(注5)は、残念ながら、「卵を早期に食べさせても卵アレルギーを減らすことはできない」というものでした…。しかも、卵を食べて重症のアレルギーを起こしたケースもあったのです。
研究者たちは、調査を開始する前には「ピーナッツと同じように食べた方が良いという結果が出るに違いない。そうすればこれまでの概念を覆す発表をすることになる」と意気込んでいたに違いありません。ですが結果は”失敗”とも呼べるもの。また、この研究と同じように卵を早期から食べてもらう効果を調べた研究は世界にいくつかありますが、やはりすべて”失敗”しています。なぜでしょうか。オーストラリアのこの研究の対象者は「アトピーを有する乳児」で、生後4か月から週に1個あたりの鶏卵を食べてもらい12か月の時点で卵アレルギーがあるかどうかが調べられています。
鍵はアトピーにあるに違いない。アトピーがあれば皮膚バリアが障害されるわけだからそこから卵の粒子が侵入してアレルギーが起こるはずだ…。そう考えた(と思います)国立成育医療研究センターの研究チームは、湿疹(アトピー)のコントロールをしっかりおこなうという条件をつけて、乳児を対象とした研究をおこないました。生後6か月(注6)から微量(50mg)の加熱全卵粉末を開始し、生後9か月から少量(250 mg)の加熱全卵粉末を毎日摂取してもらいました。すると、1歳の時点で、卵を除去したグループでは37.7%に卵アレルギーが発症したのに対し、卵を食べていたグループでの発症率は8.3% と大幅に減らすことに成功したのです。しかも調査期間中、先述したオーストラリアの調査とは異なり、有害なアレルギー症状の発症はありませんでした。
しかしこの日本の研究でも8.3%は卵アレルギーを予防できていません。これはどう考えればいいのでしょうか。実は、卵アレルギーの発症を阻止できなかった乳児は、調査期間中アトピーなど湿疹のコントロールがうまくいかなかったそうです。やはり、卵を早期から食べてもらいアレルギーを予防するには「アトピーを含む湿疹のコントロールをしっかりとおこなう」というのが大前提になるのです。
ここでもう一度日本小児アレルギー学会が発表した要旨をみてみましょう。いくつかのポイントがありますが重要なのは次の2点です。
・鶏卵アレルギー発症予防を目的として、医師の管理のもと、生後6か月から鶏卵の微量摂取を開始することを推奨する
・鶏卵の摂取を開始する前に、アトピー性皮膚炎を寛解させることが望ましい
「望ましい」という控えめな表現がとられていますが、分かりやすく言えば、「しっかりと皮膚の炎症を治して経皮感作を防がなければ卵アレルギーが起こってしまう」ということです。そして経皮感作が生じるのは、アトピーだけではありません。アトピーという言葉のイメージがよくないためか、保護者のなかには「この子の湿疹はアトピーですか。アトピーじゃない湿疹ですか?」と執拗に尋ねる人がいます。こういう質問をされたときの私の答えは「病名に関係なく湿疹を治しましょう」ということです。アトピーであっても他の湿疹であったとしても(特に乳児の場合は)治療法に差があるわけではありません。
どのような治療法が正しいのかと言えば、ステロイドの「短期外用」及び「プロアクティブ療法」(注7)です。しかし、ここをきちんと理解していない人が大勢います。特に、ステロイドの危険性に敏感な人ほど正しく使用できていません。最近は大きく減りましたが、数年前まではステロイドをまるで”毒”のように考える「ステロイド恐怖症」の人たちがいました。こういう人たちのステロイドの使い方は1回量または1日量が少なすぎます。それで、結局ダラダラと使い続けることになり、そのうちステロイドの副作用に苦しむことになります。それでさらにステロイド嫌いが増悪して…という悪循環に入っていくのです。
程度にもよりますが、通常ステロイドは1週間程度でステップダウン(弱いものに替える)またはリアクティブ療法(注8)を終了してプロアクティブ療法に移行します。こういう正しい使用法を守っている限りステロイドの重篤な副作用に悩まされることはありません。
この機会にステロイドの正しい使い方を理解して、そして卵アレルギーを防ぐために早期からの卵摂取をすべての保護者に考えてもらいたい、と私は思います。
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注1(2019年11月15日変更):同学会は2017年6月16日の発表を現在はウェブサイトから削除しています。2017年10月12日に新たな文書を発表しています。
注2:下記を参照ください。
医療ニュース2015年6月29日「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」
医療ニュース2015年3月30日「変わってきたピーナッツアレルギーの予防」
注3:下記を参照ください。イラストの右が経口摂取による「免疫寛容」、左が皮膚から侵入する「経皮感作」です。
http://www.stellamate-clinic.org/images_mt/child.pdf
注4:下記を参照ください。
はやりの病気第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
注5:下記論文を参照ください。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749(13)00762-8/fulltext
注6:オーストラリアの研究は生後4か月で卵摂取を開始しているのに、どうして日本の研究では6か月なの?と疑問に思う人もいるかもしれません。これはおそらく「離乳食」に対する見解が、現在WHO(世界保健機構)は6か月から、日本の厚労省は5~6か月からとしていることを受けての判断だと思われます。下記を参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0314-17c.pdf
http://www.who.int/nutrition/topics/complementary_feeding/en/
注7:プロアクティブ療法については下記を参照ください。
http://www.stellamate-clinic.org/atop/#nuri
注8:リアクティブ療法とは炎症がある部位にステロイドを1日数回たっぷりと塗ることです。これに対するのがプロアクティブ療法で炎症が消失した部位に1日1回薄く塗ります。
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|2017年6月25日 日曜日
第166回(2017年6月) 5種類の「サバを食べてアレルギー」
最近、アニサキス症について患者さんから質問を受ける機会が増えています。これはおそらくマスコミで頻繁に報道されるようになったからでしょう。(胃)アニサキス症は、魚に寄生するアニサキスという寄生虫が胃の粘膜に侵入しようとすることが原因ですから、内視鏡(胃カメラ)で寄生虫そのものを取り除けばそれで終了です。七転八倒するような激しい痛みが嘘のように消え、1時間もすれば食事が摂れるほどに回復します。
ですが、アニサキス症が怖いのはここからで、その後それなりの確率でアニサキスアレルギーを起こします。そうなればその後魚介類は煮ても焼いても一生食べられないことになります。だから「アニサキス症を甘く見ないで!」ということは多くの人に理解してほしいことであり、そういう気持ちもあって、毎日新聞「医療プレミア」にもそれを書きました。
私が「医療プレミア」で担当しているのは「感染症」であり、アレルギーは担当外となるために、アニサキスアレルギーについてはアニサキス症の「番外編」のようなかたちで少しだけ書きました。ただ、私としては「サバを食べてじんましん」には5種類あって、それぞれ原因や対処法が違うんですよ、というところまで言及したかったのですが、文字数の制限もありそれができませんでした。そこで、今回の「はやりの病気」で、「医療プレミア」の補足をしたいと思います。
実は過去にも関連のコラムを書いたことがあります。このときは魚介類の「アレルギー」には3種類あり、ひとつはその魚そのものに対するアレルギー、ふたつめはアニサキスサレルギー、3つめは実際にはアレルギーでないじんましんでこれは古い魚を食べたことが原因です。
今回は、それをさらに細分化したものを、最近学会などで議論されることも踏まえて「サバを食べてアレルギー」を5つに分類して紹介したいと思います。
①アニサキスアレルギー
アニサキスが寄生したサバを食べるとじんましんや呼吸苦が生じます。生のサバだけでなく煮ても焼いても起こりえます。詳しくは「はやりの病気第98回」や「医療プレミア」を参照してください。
②ヒスタミン中毒
古いサバを食べたときに出現するじんましんです。これは厳密には「アレルギー」ではありません。詳しくは「はやりの病気第98回」を参照ください。
③パルブアルブミンなどによるアレルギー
最近よく話題になるアレルギーです。パルブアルブミンというのは多くの魚に含まれる共通のタンパク質で、最も多く含まれるのが「アカウオ」のようです。私が経験した症例でいえば、ほぼ全例が小学生から10台後半の若者で、じんましんよりも、食後すぐに口の中に違和感を覚えて息苦しくなったというケースです。アカウオ以外にも多くの魚に含まれていてサバでの報告もあります。また、他のアレルギーの原因になる共通のタンパク質として「コラーゲン」があります。
④サバ摂取+運動によるアレルギー
サバを食べた直後に運動をすると全身にじんましんや呼吸苦がでるタイプで、正式名を「食物依存性運動誘発性アナフィラキシー」と呼びます。これは過去の「はやりの病気」で紹介したことがあります。そのときは、「茶のしずく石ケン」が問題になっていたときで小麦を食べて運動して症状がでることを述べました。(「茶のしずく石ケン」の運動誘発性アナフィラキシーは、従来の小麦摂取後の運動誘発性アナフィラキシーとはメカニズムが異なるのですが、今回のコラムの本意から外れますのでこれ以上の言及は避けます)
これを発症するのは若い人に多いようですが、私の印象でいえば小学生未満の子供ではほとんどないように思えます。またサバに限らず他の魚介類でもでます。というより圧倒的に多い魚介類はカニやエビであり、サバは少数です。
⑤サバが原因のじんましん
かつてはサバそのもののアレルギーも多いと思われていましたが、現在では、実際には①~④というケースがかなり紛れ込んでいると考えられています。ただ、①~④のいずれでもないサバアレルギーがないのかと言えば、私は「ある」と考えています。それほど多いわけではありませんが、サバのIgE抗体が陽性であり、アニサキスのIgE抗体が陰性(①が否定できます)、サバ摂取直後に重症のじんましんがでたものの(②③は比較的軽症のため考えにくい)、運動をしていない(④を否定)、という症例があるからです。
さて、それぞれの対処方法について説明していきましょう。①はアニサキスのIgE抗体陽性が確認できればほぼ「確定」です。この場合、原則としてほぼすべての魚介類が食べられなくなります。(金輪際、まったく食べられないかと言われれば、そういうわけでもありません。興味のある人は「医療プレミア」の注釈を参照ください)
②は古いサバを避ければOKです。サバだけでなく他の魚でも出ますから鮮度の高いものを食べるようにすればいいのです。(とはいえ、素人に鮮度が高いかどうかは分かりません。私が発症したときに食べた「きずし」は絶品でした…)
③は経皮感作でアレルギーが成立するのではないかと言われています。「経皮感作でアレルギーが成立」のメカニズムはこのサイトで何度か述べています。英国の小児科医ラック氏が提唱している「二重アレルゲン曝露仮説」(図)に基づくもので、図の右のように食べ物が口から入ればアレルギーが起こらずに(これを「寛容」と呼びます)、食べ物が皮膚から侵入すればアレルギーが成立する(これを「感作」と呼びます)というメカニズムです。③がアトピー性皮膚炎など湿疹のある子供に多いことからもこの可能性が強く、対策としてはまず湿疹を治すことです。湿疹や傷がある場合は、魚を食べるときには十分に注意して皮膚に魚が触れないように気を付けなければなりません。
④についても経皮感作でのアレルギーが指摘されています。これも成人よりも20歳未満に多いという特徴があります。この場合は③と同様、湿疹や傷があるときに注意を要することと、一度でも発症したことがあるなら摂取後の運動を禁止しなければなりません。また、重症化した経験がある場合は、主治医と話をした上で魚介類を避けるという選択肢もでてきます。
⑤はサバを避けるしかありませんが、サバのみを避ければOKということになります。
以上みてきたように、一言で「サバを食べてアレルギー」と言ってもいろんな原因があり対処法も様々です。確定診断には検査も必要ですから、気になる人はかかりつけ医に相談してみてください。
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|2017年5月23日 火曜日
第165回(2017年5月) ステロイドの罠と誤解
当たり前の話ですが、薬の使用はいかなるときも最小限にしなければなりません。たしかに長期間使用することを前提にした薬剤も多数ありますが、「少しでも減らす」ことを念頭に置いて開始しなければならないものの方が圧倒的に多いと考えるべきです。
前回の「はやりの病気」で紹介したベンゾジアゼピンはその最たるもので、依存症に苦しみ、離脱を試みても禁断症状に辛い思いをしている人が少なくないことを述べました。ベンゾジアゼピン以外で特に使用に注意しなければならないのは、鎮痛剤と抗菌薬であることも述べました。
今回は「ステロイド」の話です。ステロイドこそ、使用にはいくら慎重になってもなりすぎることはなく、わずかな使用でも副作用について熟知しておかなければなりません。では、なぜ前回のコラムで指摘した「慎重に使用しなければならない3つの薬」にステロイドを入れなかったのか。それは他の3種に比べて、使い過ぎて副作用に苦しむ人はそれほど多くないからです。
ですが、まったくいないわけではありませんし、離脱に苦しんでいる人も「3種」に比べれば少ないというだけであり、その苦しさはときに社会生活を制限されるほどです。例を挙げましょう。
【症例1】40代女性
通年性のアレルギー性鼻炎で、寝る前にセレスタミン(一般名は「ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合剤」)を毎日2錠内服。それを6ヶ月継続しているとのこと。最近倦怠感が強く太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)受診。
この倦怠感とセレスタミンに関係があるかどうかは分かりません。しかし、セレスタミンを毎日2錠で6ヶ月は明らかに多すぎます。採血をおこなうとコルチゾールと呼ばれる体内で自然に合成されるステロイドの値が異常低値を示しています。ステロイドを飲んで血中濃度を上げれば自然につくられるステロイドホルモンが増えないのは当然です。「倦怠感とセレスミタンの関係は100%の確証をもって<ある>とは言えないが、セレスタミンをやめなくてはならない」と説明し、セレスタミンをゆっくりと減らしていきました。コルチゾールの値も少しずつ上昇し、半年後には正常値となり、倦怠感もすっかりなくなっていました。
実は似たような例は少なくありません。このセレスタミンという薬(後発品もたくさんでています)、漠然と長期投与されている例が目立ちます。症例1のように1日2錠ならまだ”まし”かもしれません。私がみた最も”ひどい”例は、1日6錠を1年間内服していた男性がいました。この男性は「前医からそんな強い薬とは聞いていなかった…」と嘆いていました。ちなみに、セレスタミンの添付文書には「用法」の説明として、「1回1~2錠を1日1~4回経口投与」と書かれています。1回2錠1日4回の内服を続ければ大変なことになります。
次はある意味でもっと”ひどい”例です。
【症例2】20代女性
アマチュアバンドのヴォーカリスト。東京在住。ステロイドを飲めば喉の炎症がとれていい声が出ると(本人が言うには)「知り合いの医師」に言われ、デキサメタゾンというステロイドを毎日内服。大切なステージの前には増量して内服しているとのこと。明日の大阪公演のため来阪したがデキサメタゾンが切れてしまっている。処方希望。
この女性、ステロイドの危険性をまるで理解していません。ただ、このケースは判断に迷います。この女性にとっての「明日のステージ」はステロイドの副作用よりも大切なものであることが理解できるからです。この女性はかかりつけ医をもっておらず、いろんな医療機関で同じステロイドを処方してもらっていることが判りました。そこで私は、危険性を充分に説明したうえで、「今回は処方するが東京に戻ってからかかりつけ医をもって相談すること」を条件に最小限の処方をおこないました。
たしかに風邪や大声を出したことで喉(喉頭)に炎症が生じた場合、ステロイドを内服すればその炎症が速やかに軽減します。ですから、谷口医院でも、例えば「あさってが自分自身の結婚式」とか「年に一度の合唱コンクールが明日」という場合は、危険性を説明した上で処方することもあります。けれども、これは例外中の例外であり、症例2の女性のように毎日内服などは絶対におこなうべきでありません。
ここでよくある「誤解」を紹介したいと思います。ステロイドを欲しがる人がよく言うのは、「世の中にはステロイドを毎日たくさん飲まなければならない病気もいっぱいあるでしょ」というものです。たしかに膠原病や炎症性腸疾患、一部の自己免疫疾患などで高用量のステロイド内服をせざるを得ないケースもあります。ですが、その場合、ほぼ確実に、骨がボロボロになり、おなかの周りにぜい肉がつき、肌はニキビに悩まされ、血糖値が上がります。精神状態が乱れることもあり、感染症にかかりやすくなり、そして寿命が短くなることは覚悟しなければなりません。こういった副作用を未然に防ぐために、いろんな薬を併用することになります。ですがすべての副作用を防げるわけではありません。
もうひとつよくある、これは本当によくある「誤解」を紹介します。それは「短期間なら安全でしょ」というものです。たしかに谷口医院でも、ごく短期間の処方をおこなうことがあります。適切なタイミングで適切な量のステロイドを使用しなければ、症状が悪化し入院が必要になることもあるからです。しかし、「短期間」が数日以上になれば問題です。
最近、ステロイド内服薬は短期間の使用でも、敗血症、静脈血栓塞栓症、骨折といったリスクが2~5倍に高まることが医学誌『British Medical Journal』2017年4月12日号(オンライン版)で紹介されました(注1)。この研究は米国でおこなわれ、1,548,945人分のデータベースが解析されています。ステロイド内服薬がわずか6日間使用されただけで、敗血症(感染症が重症化して全身に細菌が巡ること)のリスクが5倍にもなることが判ったのです。
この研究が興味深いのは、ステロイド内服がどのような目的で使われたかが調べられていることです。上位5つの疾患が、上気道感染症(いわゆる「風邪」のこと)、椎間板障害(頚部痛や腰痛など)、アレルギー、気管支炎、下気道疾患(肺炎のこと)です。これらはいずれもありふれた疾患ですが、ステロイド内服を使わなければならないケースはほとんどありません。谷口医院の例でいえば、これらの疾患にステロイド内服を処方するケースは年間数例で、処方期間はせいぜい2~3日です。
ただし、アレルギー疾患に対し、内服ではなく「吸入」「点鼻」「外用」などのステロイドを処方することはよくあります。過去にも述べたように(注2)、喘息は、上手にステロイド吸入を使うことによって症状が安定し、高い安全性を維持し、費用も安くつかせることができます。吸入ステロイドがなぜ安全かというと、作用するのは気道粘膜であり、血中には吸収されないからです。これは点鼻薬も同様です。「点眼」の場合は眼圧上昇に注意しなければなりませんから長期使用はNGです。外用は、皮膚の副作用を考慮しなければなりませんから最小限の使用にします。アトピー性皮膚炎の場合は、いかに早くステロイドを終わらせてタクロリムスにバトンタッチするかが基本です(注3)。
最後に、私の母校大阪市立大学医学部の石井正光元教授の言葉を紹介しておきます。
ステロイド一錠減らすは寿命を十年延ばす
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注1:この論文のタイトルは「Short term use of oral corticosteroids and related harms among adults in the United States: population based cohort study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/357/bmj.j1415
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|2017年4月21日 金曜日
第164回(2017年4月) 本当に危険なベンゾジアゼピン依存症
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を開院して以来、多くの患者さんに対してずっと言い続けていることは「薬や検査は最小限に」というものです。以前どこかに書きましたが、「お金払うのあたしですよね…」と言われ、「金払うって言ってるやろ!」と言葉を荒げられ、また泣き落としをされたとしても、医師は患者さんの害になるかもしれないことはできないのです。
薬でいえば、谷口医院で特に慎重な処方をおこなっているのが、睡眠薬や抗不安薬として用いる「ベンゾジアゼピン」(注1)、抗菌薬、鎮痛薬の3種です。他の薬も、原則として最小限の処方としていますが、とりわけこの3種にはしつこいくらい危険性を訴えてきました。(鎮痛薬については過去のコラム「メディカルエッセイ第97回(2011年2月)鎮痛剤を上手に使う方法」を参照ください。抗菌薬については、現在もシリーズとして連載を続けている毎日新聞「医療プレミア」の「抗菌薬の過剰使用を考える」が参考になると思います)
ベンゾジアゼピンについては、過去のコラム(注2)でデパス/エチゾラムの危険性を例を挙げて示し、さらに依存しやすい薬のランキングを紹介しました。また、マイスリー/ゾルピデムの危険性については、実際に記憶がないまま我が子を殺めた40代の主婦の事件や、高齢者のレイプ事件を紹介し、安易に手を出すべきでないことを述べました(注3)。
我々医療者と患者さんの認識の”ズレ”を感じることはしばしばありますが、このベンゾジアゼピンに対する危険性の認識はそのズレが非常に大きいと言わざるを得ません。先日も次のような患者さんが来ました。
【症例】30代男性Aさん
東京から出張中。怪我をして下肢が膿んできた、とのことで当院受診。投薬が必要ですから、今飲んでいる薬との飲み合わせを検討せねばなりません。
私:「今飲んでいる薬はありますか?」
Aさん:「一番弱い安全な睡眠薬を寝る前に2錠飲んでます。名前は忘れました」
私:「今飲んでいる薬が分からなければ、飲み合わせの関係から当院では一切の処方ができません。処方してもらっているクリニックに電話して聞いてください」
(5分後)
Aさん:「トリアゾラムを2錠です。弱い薬だから心配ないと聞いています。もう2年ほど毎日欠かさず飲んでいます」
私:「副作用のリスクとか依存性のことについてはどのように聞いていますか」
Aさん:「そんな話聞いたことありません。弱い薬、ということしか聞いていません…」
医師のルールとして「安易に前医を批判してはいけない」というものがあります。前医が診察したときには、そうすべき理由があったと考えなければならないからです。ですが、2年間も依存性の強い薬を説明もなしに処方している医師がいるのであればこれは問題です。
注2のコラムで紹介したように、実は”安易に”ベンゾジアゼピンを処方している医師は思いのほか多いようです。医学部の授業では、ベンゾジアゼピンについては副作用のみならず依存性についても学びますから、なんで??という疑問が拭えません。たしかにベンゾジアゼピンを使用すべきケースもあり、谷口医院でも処方することもあります。ですが、必ず危険性、副作用、依存性などについても理解してもらうことが処方の条件となります。
医薬品の過剰摂取で入院した患者は日本全国で年間21,663人。うち63.1%でベンゾジアゼピンの使用。35~49歳では74%、75歳以上でも59.3%…。
これは医学誌『Journal of Epidemiology』2017年2月24日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注4)。
この研究は、2012年10月から2013年9月までの1年間に「急性中毒」で入院した21,663人の症例をレセプト(診療明細書)を用いて分析しています。日本では薬の過剰摂取による入院費用が年間77億円に上ると推計されています。原因となる薬剤は、米国ではオピオイド系鎮痛薬(麻薬に近いもの)が多いのに対し、日本ではベンゾジアゼピンが最多です。
2017年3月、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の依存性について」というタイトルの発表(注5)をおこないました。患者さん向けに、ベンゾジアゼピンの漠然とした使用がいかに危険かを分かりやすく、実例を挙げて示しています。
厚労省もアクションを起こしました。2017年3月21日、「催眠鎮静薬、抗不安薬及び抗てんかん薬の「使用上の注意」改訂の周知について(依頼)」という通知(注6)をおこないました。これは医療者に対して、ベンゾジアゼピンの処方を最小限にするよう注意勧告したものです。
ここで、なぜベンゾジアゼピンが危険なのかを振り返っておきましょう。まず「記憶障害」があります。注3のコラムでは悲惨な事件について触れましたが、そこまでいかなくても、食事や電話の記憶がなくなっている、ということはよくあります。次に「反跳性不眠」があります。これはベンゾジアゼピンを睡眠薬として使った場合、たしかに飲めば眠れますが、使い続けることにより不眠が悪化し、飲み始める前よりもかえって不眠の程度がひどくなることを言います。
長期使用した場合「依存性」がでてきます。もはやベンゾジアゼピンがないとほとんど眠れない身体になってしまいます。さらに、認知症のリスクがあると言われています。これは「リスクがない」とする研究もあるのですが、大規模調査では「認知症のリスクあり」とされています(注7)。他にもたくさんの副作用があります。
次に、ベンゾジアゼピンはなぜ簡単にやめられないかを説明します。一番の理由は「依存性があるから」で、タバコや覚醒剤が簡単にやめられないのと同じです。そして、ベンゾジアゼピンの場合、覚醒剤や麻薬などと同様のやっかいな点があります。それは、急にやめると「禁断症状」が出るということです。嘔気や頭痛程度なら軽症で、ひどい場合は、痙攣や意識障害が起こります。
ですから、効果的にベンゾジアゼピンを中止するには、突然やめるのではなく、ゆっくりと量を減らしていかねばなりません。谷口医院では、中等度から重度のベンゾジアゼピン依存症の人に対しては半年から1年くらいかけてゆっくりと少しずつ減らしていくようにします。しかし、必ずしもうまくいきません。タバコならチャンピックスという禁煙補助薬があり、麻薬の場合は(日本で実施しているところはおそらくないと思いますが)「メサドン療法」といって麻薬の代替品を用いる方法があります。ベンゾジアゼピンの場合は、そのようなものがありませんから、ベンゾジアゼピンを弱いものや作用時間の異なるタイプのものに変更していきます。あるいは異なる作用機序の比較的安全な睡眠薬を併用します。
タバコをやめるときは、禁煙補助薬で”自動的に”やめられるわけではなく、ある程度は「絶対やめるんだ!」という意思が必要です。それと同様、ベンゾジアゼピンの場合も、患者さん自身がまず危険性を充分に認識し、やめるという意思を持たねばならないのです(注8)。
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注1:ベンゾジアゼピンは、正確には「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」という名称です。これを省略して「ベンゾジアゼピン系」と呼ぶこともあります。BZと略すこともあります。英語はbenzodiazepineで、略すなら「BD」の方がいいような気がしますが、なぜかBZとなります。(ちなみに、英語をそのままカタカナにすると「ベンゾダイアゼピン」となります。私は日本人以外の医師が「ベンゾジアゼピン」と発音するのを聞いたことがありません) ここでは「ベンゾジアゼピン」で統一します。また、マイスリー/ゾルピデム、ゾピクロン/アモバン・ルネスタは「非ベンゾジアゼピン」と表記されることがありますが、実際の作用・副作用は同じですから、ここでは「ベンゾジアゼピン」に含めます。
注2:メディカルエッセイ第165回(2016年10月)「セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~」
注3:はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」
注4:この論文のタイトルは「Epidemiology of overdose episodes from the period prior to hospitalization for drug poisoning until discharge in Japan: An exploratory descriptive study using a nationwide claims database」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0917504017300254
注5:下記を参照ください。
https://www.pmda.go.jp/files/000217046.pdf
注6:下記を参照ください。
http://www.pmda.go.jp/files/000217230.pdf
下記は、このなかで取り上げられているベンゾジアゼピンです。
○一般名 ○先発品の商品名
アルプラゾラム コンスタン、ソラナックス
ロフラゼプ酸エチル メイラックス
エスゾピクロン ルネスタ
エスタゾラム ユーロジン
オキサゾラム セレナール
クアゼパム ドラール
クロキサゾラム セパゾン
クロラゼプ酸二カリウム メンドン
クロルジアゼポキシド コントール、バランス、クロルジアゼポキシド
ジアゼパム エリスパン、セルシン、ダイアップ、ホリゾン
ゾピクロン アモバン、ルネスタ
ゾルピデム酒石酸塩 マイスリー
トリアゾラム ハルシオン
ニトラゼパム サイレース、ネルボン、ベンザリン、ロヒプノール
ニメタゼパム エリミン
ハロキサゾラム ソメリン
クロチアゼパム リーゼ
フルジアゼパム エリスパン
フルタゾラム コレミナール
フルトプラゼパム レスタス
フルニトラゼパム(経口剤) サイレース、ロヒプノール
ブロマゼパム(経口剤) セニラン、レキソタン
フルラゼパム塩酸塩 ダルメート
ブロチゾラム レンドルミン
メキサゾラム メレックス
メダゼパム レスミット
リルマザホン塩酸塩水和物 リスミー
ロラゼパム ワイパックス
ロルメタゼパム エバミール、ロラメット
クロナゼパム ランドセン、リボトリール
クロバザム マイスタン
ジアゼパム(坐剤) ダイアップ
ミダゾラム ドルミカム、ミダフレッサ
エチゾラム デパス
注7:はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
注8:ベンゾジアゼピンは1カ月内服すると約半数(47%)が依存症になるという研究があります。医学誌『Psychopharmacology』2003年5月号に掲載された論文「Benzodiazepines: more “behavioural” addiction than dependence」で紹介されています。この論文によれば、 より依存しやすいのは、中年で離婚していて低学歴で、無職か専業主婦をしている女性だそうです。
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|2017年3月25日 土曜日
第163回(2017年3月) 誰もが簡単にすぐにできる「鼻うがい」
現在私がウイークリーで連載をもっている毎日新聞電子版の「医療プレミア」で、一度自分自身が実施している「鼻うがい」を紹介したことがあります(注1)。
私は新聞という、いわば準公共の媒体に掲載する医学・医療系のコラムには、あまり個人的なことを書くべきではないと考えています。基本的には医学的エビデンス(確証)の高いものを紹介するべきであり、奇を衒ったようなものや普遍性に乏しいものを書くことは、ときに有害でさえあると思っています。
ですから、「鼻うがい」について、しかもそれが私自身の考えたオリジナル鼻うがい法といったものを「医療プレミア」に書いていいものかどうか悩みました。その結果、「注釈」で簡単に述べる、という方法にしたのです。
しかし、です。意外なことに、詳しく教えてほしい、という問合せが今も多く寄せられます。「医療プレミア」は単なるその場限りの情報提供ツールではなく、公開後何年たっても読みごたえのあるコラムを集めているのですが(私はそう思っています)、それにしても公開して1年以上がたって、本文ではなく「注釈」に書いたことに興味を持ってもらえるとは想定していないことでした。
「鼻うがい」で検索をかけるといろんなサイトがヒットします。少し読んでみると、風邪予防や花粉症に有効とする肯定的なものがある一方で、「痛い」というコメントが多いのが目立ちます。また、方法については「生理食塩水」「ぬるま湯」というのがキーワードになっているようです。
もしも私が鼻うがいに対してまったくの「白紙」だったとすると、鼻うがいには否定的な気持ちになったに違いありません。まず「痛い」のはイヤですし、生理食塩水を自分でつくるような面倒くさいことはできません。その上、温度調節をしなければならない、などと聞けば、一度や二度はできたとしても毎日続けることなど(ずぼらな私に)できるはずがありません。
しかし、私はもう4年近く鼻うがいを続けています。しかも、何の痛みも自覚することなく、面倒くさいことは一切せずに、です。今となっては私が今から紹介する「鼻うがい」をどのようにして考案したのかが思い出せないのですが、おそらく最初は単なる”思いつき”で始めたのだと思います。
鼻うがいが有効なのは明らかです。ですが、その前に通常のうがいが有効であることを確認しておきましょう。実は、うがいの有効性を実証した研究というのは(私の知る限り)あまりありません。おそらく世界的に有名な研究はないと思います。私が患者さんによく説明する研究は注1の「医療プレミア」のコラムでも紹介した医学誌『American Journal of Preventive Medicine』に掲載された京都大学の研究です。この研究ではそれまで有用とされていたヨード系うがい液には風邪を予防する効果がなく、水でなら有効であることが示されました。
通常の水でのうがいが風邪の予防になることは感覚的にも納得できるのではないでしょうか。そして、病原体が棲みついて仲間を増やすのは咽頭や扁桃だけではありません。「鼻かぜ」という言葉があるように病原体が鼻粘膜に棲みついて炎症をきたすこともある、というか、頻度としてはおそらくこちらの方が多いわけです。鼻づまりで苦しいときに、「あ~、鼻の中の病原体を洗い流したい」と強く感じるのは私だけではないでしょう。それに、鼻水や鼻づまりが生じる前の段階で”わるさ”をする病原体を洗い流すことが有効なのは間違いありません。すでに京都大学の研究で消毒液は役に立たないことがわかっています。また、皮膚の傷に対しても、かつて使われていた消毒薬にはあまり効果がなく、通常の水道水で洗浄する方がずっと有効であることが分かっています。特に日本の水道水は飲料水としても合格するほどきれいなものです。
ならば鼻の中に水をいれて病原体を洗い流すことは是非ともやるべきです。しかし、プールで息つぎを失敗して鼻に水が入ったときのあの苦しさを思い出すと、鼻に水を入れるなんて恐ろしくてできません。臆病な私には鼻から水を吸い込む勇気がありません。
そこで私は「シリンジ」を用意することにしました。シリンジとは注射や採血のときに使う注射針に接続するプラスティックの筒のことです。面倒くさがりの私はコップどころか洗面器を用意するのもおっくうに感じます。そこで、シャワーをするときに片方の手を少し丸めて掌に湯をためて、そこからシリンジを片手に持ち掌のお湯を吸いあげるのです。10mLのシリンジであればこの作業を1回するだけでスタンバイOKです。
次に少し上を向いた状態で、シャワーでお湯を口の中に入れ、通常のうがいをします。このときのポイントは声を出さず喉の上でお湯を静止させるような感じです。そして、そのまま少し上を向いたまま片方の鼻を押さえて、もう一方の鼻(鼻腔)にシリンジの先端をいれて、勢いよくシリンジからお湯を注入するのです。そして、そのお湯を口から出すのではなく、そのまま勢いよく鼻の外に噴出させます。このとき、喉の上にためていたお湯は口から同時に吐き出します。この間、もう一方の鼻は押さえたままです。この作業を片側で2~3回おこない、その後反対側でもおこないます。
一般的な鼻うがいは鼻腔に入れた水を口から出すそうですが、その作業を通常のお湯でやればけっこうな痛みが伴うはずです。しかし、私のやり方であれば、痛みはほぼゼロです。やり始めた頃は軽い痛みを感じるかもしれませんが、ほとんど気にならないレベルですし、すぐに慣れます。
私は毎日2~3回シャワーをします。(これはうがいをするためではなく汗を流すためです。私は身体を洗うときにタオルは使わず、石ケンもほとんど使いません。この方法で多くの湿疹が改善しますし、これも多くの人に伝えたいことなのですが、今回の鼻うがいとは関係のないことなので、これ以上の言及はやめておきます) そのシャワーのときにこの鼻うがいをおこなうのです。この方法はとても行儀が悪いというか、一度鼻に入れたものをそのあたりにまき散らしますから銭湯などではおこなえません。また、自宅のシャワールームでおこなうにしても、行儀が悪いことだけでなく、鼻水や病原体をまき散らすのは不衛生で家族に迷惑をかけますから実践した後は床などをシャワーできれいにしておかなければなりません。
この鼻うがいを開始してから4年近くたちます。この間、風邪はほとんどひいておらず、ひいたとしてもすぐに治ります。抗菌薬や市販の風邪薬はもちろん、鎮痛剤も飲んでいません。私が風邪で飲むのは麻黄湯くらいです。また、この鼻うがいは、風邪をひいてしまったときにも鼻腔内の病原体を洗い流せるという利点もあります。
それに鼻うがいは花粉症やダニアレルギーの対策にもなるはずです。いくらきれいな部屋でも多少のダニやハウスダストは存在しますし、花粉の季節に外出すればいくらかは花粉が鼻腔に入ってくるでしょう。
この私の鼻うがいについて、シリンジはどうやって手に入れるんですか、と何度か聞かれたことがあります。薬局で買えるかどうか確かめたことはないのですが、例えばAmazonでなら簡単に買えます。「シリンジ」で検索すればたくさんでてきます。医療機関でシリンジを使うときは使い捨て(single-use)ですが、鼻うがいには数百回は使えます。(それ以上使うとゴムが劣化して吸水作業ができなくなります)
この私が思いついた「鼻うがい」。実践されるのは自由ですが、蓄膿や副鼻腔炎を過去に起こしたことがある人は、副鼻腔にお湯が入ってしまうリスクもあります。念のため、かかりつけ医に先に相談することを勧めます。
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|2017年2月23日 木曜日
第162回(2017年2月) 危険な性交痛~犬とキウイとラテックス~
性交痛を訴えて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する女性の患者さんは少なくありません。谷口医院をかかりつけ医としている患者さんはもちろん、「どこに行っていいか分からないから(遠くから)来ました」とか、「今までいくつかの医療機関を受診したけれど診断がつかなくて…」という人もいます。なかには「婦人科に行くと皮膚科に行けと言われて、皮膚科に行くと婦人科に行けと言われた…」という気の毒な方もいます。谷口医院のような総合診療のクリニックには、「どこの科に行っていいかわからない」という患者さんが大勢受診されるのです。
さて、女性の性交痛の原因は様々で、頻度の多いものから挙げていくと、「性行為による摩擦が原因の皮膚炎」「性行為で生じた微細な外傷」が最も多く、次いでカンジダ性外陰部炎が多数を占めます。カンジダは真菌感染ですから、顕微鏡の検査で簡単に診断がつくのですが、婦人科では顕微鏡の検査を実施しているところが少なく、皮膚科では外陰部の診察をしないところが多いようです。性交痛の原因が「心因性」ということも少なくなく、この場合は治療に時間がかかり、カウンセリングに近いことや、精神に作用するような薬を用いることもあります。
今回紹介したい女性の性交痛は、頻度は多いとは言えないものの、重症化し、ときに命に関わるかもしれないもので、2つを紹介します。2つともアレルギー疾患です。
ひとつはラテックスアレルギーです。周知のように、ほとんどのコンドームはラテックスでつくられています。ラテックスとは天然ゴムとほぼ同じものと考えればいいと思います。天然ゴムはゴムの木の樹液から精製します。ラテックスアレルギーがあると、コンドームが外陰部に触れたときに重症なアレルギー症状が起こることがあるのです。
ここでよくある誤解について説明しておきます。ラテックスアレルギーを「かぶれ」と思っている人がいますがこれは誤りです。ラテックス製のグローブを使うと、1~2日後にアレルギー症状が出る人がいますが、ラテックスアレルギーはこのことを指しているわけではありません。1~2日後に出現するのは、ラテックス以外の化学物質(例えばチウラム)によるかぶれ(接触皮膚炎)であることがほとんどです。
ラテックスアレルギーのアレルギーは接触皮膚炎のアレルギーとメカニズムが異なります。ここではそのメカニズムを詳細に説明することは避け、ポイントだけ述べていきます。ラテックスアレルギーは「即時型」であり、接触して比較的短時間(多くは数分から1時間以内)に症状が出現します。そして最重要ポイントは、「次第に重症化する」ということです。最初のうちは、ラテックスに触れた表皮や粘膜がかゆくなるだけですが、そのうち全身のじんましんや喘息症状が出現することもあり、最悪の場合は生命も脅かされることになります。
ラテックスアレルギーがある人はラテックス製のコンドームを避ければいいんじゃないの?という問いに対しては、まったくその通りです。問題は、「あなたにラテックスアレルギーがないと言い切れるか?」ということです。ラテックスアレルギーは、エピソードからそれを疑い、そして検査をしないことには分かりません。エピソードだけで診断をつけることもありますが、まったく何の症状もないのに疑うことはできませんし、健康診断でも調べられるわけではありません。
そしてラテックスアレルギーは「ある日突然発症」します。先述したようにいきなり最重症の症状が出るわけではありませんが、子供の頃にはなくて成人してから発症します。職業でみれば多いのは医療者などグローブを使う仕事をしている人です。「グローブなんて使わないから大丈夫、わたしはラテックスに触れない」と考えている人もいるでしょう。しかしどこかで触れている可能性もあります。指サックや風船もそうです。甲子園球場に行く度に口元がかゆくなる、というエピソードから診断がつくこともあります。
そんなエピソードは一切ない、という人もまだ安心できません。キウイやアボカドなど野菜や果物を食べると口のなかに違和感が出る、という人はこれらのアレルギーがあるかもしれません。いくつかの野菜や果物は、表面のタンパク質の構造がラテックスと似ていることから、ラテックスに一度も触れたことがなくてもアレルギーを起こす可能性があるのです。これを「ラテックス・フルーツ症候群」と呼びます。
ただ、私の印象でいえばコンドームを含むラテックスアレルギーはここ数年で減少しています。過去にも述べたように(注1)、天然ゴムからアレルゲンとなるタンパク質を取り除く技術が発達したからではないかと私は考えています。となると、高品質のコンドームでは大丈夫だけれど、普通の薬局にはおいていないような安物の場合は……、ということがあるかもしれません。
ここからは性交痛が危険な状態になるかもしれないもうひとつのアレルギーを紹介したいと思います。それは「イヌアレルギー」です。なんで犬で性交痛?と意外に思う人もいるでしょうし、おそらく頻度はそれほど多くはないと思います。性交痛を訴える患者さんに対して原因がイヌアレルギーだと100%の確証を持って診断したことは私はありません。ですが、私が診た患者さんのなかにも疑い例はありますし、海外では重症例の報告もあります。
なぜイヌにアレルギーがあると性交痛が起こるのか。それはイヌの精液に含まれるPSAと呼ばれるタンパク質がヒトのPSAと似ているからです。つまりイヌアレルギーがあると「(ヒトの)精液アレルギー」があるかもしれない、ということです。
ここで疑問が出てきます。アレルギーというのはその物質に過剰に触れることによって発症します。ということは、精液アレルギーはイヌの精液に何度も触れたから発症するということになります。しかし、いくらなんでもイヌと性交を持つ人はいないわけで(いるかもしれませんが)、イヌの精液がヒトの皮膚や粘膜に付着することは考えられません。
けれどもPSAは尿中にも含まれています。イヌにおしっこをかけられた、という体験はイヌを(特に室内で)飼っている多くの人が経験しているでしょう。また、それだけではありません。このアレルゲンは正確にいうとPSAに含まれる「can f 5」と呼ばれる物質です。そして「can f 5」はイヌのPSAからだけではなく、フケからも検出されたという報告があります(注2)。イヌを飼っている人ならほぼ全員がイヌのフケに触れているはずです。
精液アレルギーというのはそれほど多い疾患ではありません。ドイツのネットメディア「Deutsche Welle(DW)」の報告(注3)によれば、1958年にオランダの医師によって報告されたこのアレルギーは、症例報告がこれまでに100例程度しかなく正確な統計がないそうです。しかし、1万人に1人くらいはいるのではないかと考えられているそうです。
ラテックスアレルギーと精液アレルギー、共に重症化を懸念しなければなりませんが、どちらが厄介かというと精液アレルギーの方でしょう。ラテックスアレルギーはあったとしても、ラテックスに触れなければいいだけの話です。避妊にはポリウレタン製のコンドームを用いて、妊娠を希望するときはコンドームを用いなければいいのです。
一方、精液アレルギーは妊娠希望時には対策が必要になります。おそらく抗ヒスタミン薬やステロイドの内服をしておけば重症化はしないことが予想されますが、薬の副作用のリスクや、すでに妊娠の可能性があるときには薬の胎児への影響も考えなければなりません。イヌアレルギーと性交痛、その両方が疑われるときは、かかりつけ医に相談すべきかもしれません。
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注1:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」
注2:この論文は医学誌『International Archives of Allergy and Immunology』2012年5月30日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Involvement of Can f 5 in a Case of Human Seminal Plasma Allergy」で下記URLで概要を読むことができます。
http://beta.karger.com/Article/Abstract/336388
注3:レポートのタイトルは「Allergic to sperm – when sex becomes dangerous」です。下記URLを参照ください。
http://www.dw.com/en/allergic-to-sperm-when-sex-becomes-dangerous/a-19251475
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|2017年1月21日 土曜日
第161回(2017年1月) 保湿剤の処方制限と効果的な使用法
ステロイドでもタクロリムスでも、あるいは抗真菌薬でも抗菌薬でも外用薬(塗り薬)というのは、ただ単に処方してもほとんど意味はなく、しっかりと使い方を覚えてもらう必要があります。対して、内服薬(飲み薬)の場合は、いつ何錠飲まないといけないのか、途中でやめてもいいのか増やしてもいいのか、といったことはしっかりと理解してもらう必要がありますが、「飲む」という行為自体はいたって単純です。
外用薬の場合はそうはいきません。身体のどの部位にどれくらいの量を塗るのか、タイミングはいつなのか、量の調節は自分の判断でしていいのか、といったことを理解しなければなりませんし、さらに複雑なことに、外用する量を日によって変えるべき、といった場合もあります。これらの説明にはある程度の時間がかかります。今回述べたいことの本質から外れますから多くは語りませんが、私は外用薬については(院外でなく)院内処方の方がいいと考えています。診察の内容を知らず実際に皮膚を診ていない処方箋薬局の薬剤師が説明をするのは事実上不可能だからです。
今回述べたいのは「保湿剤」の効果的な使い方ですが、この話を始める前に、私が医師になってからずっと”理不尽”だと思っていた保湿剤処方にまつわる保険診療上の「ルール」について話をしたいと思います。
保湿剤のいくつかは保険診療が可能です。医療機関を受診するとそれなりに待ち時間が発生しますから時間はかかりますが、保険で薬を処方してもらえるというのは費用面ではいいことです。しかし、です。処方量に「制限」があります。保湿剤は副作用がほとんどありませんから、比較的”気軽に”使っていいものです。そして、実際に保湿剤を効果的に使うことによってステロイドを減らすことも可能です。安全で効果がある保湿剤は充分な量を使うべきです。しかし、制限があるためにたくさん処方することができないのです。
制限だけなら理解できなくはないのですが、問題はその制限が都道府県によって異なる、あるいは保険診療の審査員によって異なる、ということです。こういった事実は公表すべきでなく、一般の人たちには伏せておいた方がいいという意見がありますが、この理不尽さは私が医師になってからずっと感じていたことであり、私自身がどこからか批判されようがこのことは伝えるべきだと考えています。
ヘパリン類似物質と呼ばれるすぐれた保湿剤があります。商品名でいえば「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が該当します。これらは、例えばA県に住んでいたときは月に300グラムまでが認められていたのが、B県に引っ越して新たなクリニックを受診すると150グラムまでしか認められない、といったことが実際にあります。
診察した結果、この症例は全身の乾燥が目立つために最低でも月に300グラムは必要と判断したとしても、150グラムしか認められなければそれに従うしかないのです。ときどき「保険診療で処方できる最大量を処方してください。それから不足分を自費で売ってください」という人がいますが、これは混合診療に該当するために禁じられています。どうしても200グラムは必要というときに、レセプト(診療報酬明細書)に「この患者さんにはどうしても必要ですから認めてください」といった記載をおこなえば、認めてくれることもありますが(それでも多くの量は認められません)、たいがいは容赦なく「認められません」と返答されます。(この場合、医療機関が損失を被り赤字になります)
医療費を削減しなければならないのはよく分かります。ならばヘパリン類似物質を保険から外してすべて薬局で購入できるようにすればいいのではないでしょうか。しかし、この意見は医療者からも反対されます。保険から外し薬局で購入しなければならなくなると患者さんの費用負担が増えるからです。ですから、処方量の制限を設けるべきではないという意見にはほとんどの医師が賛同しますが、「保険適用から外すべき」という私の意見は大勢から反対されるのです。
けれども、都道府県(あるいは審査員)により認められる量が違うというのはどう考えても筋が通りません。そして、私がヘパリン類似物質を保険診療から外すようにすべきだと考える理由は他にもあります。そもそもヘパリン類似物質というのは副作用がほとんどなく安全な薬であり、すでに薬局でも販売されています。ところが、薬局で販売されているものは「ヒルドイド」「ビーソフテン」といった”一流の”ヘパリン類似物質と使用感が異なるのです。(私自身もいくつか試したことがありますし、太融寺町谷口医院の患者さんに尋ねても同じことを言われます) おそらく有効成分(ヘパリン類似物質そのもの)の配合量、あるいは香料や保存剤の違いが原因ではないかと思われます。私には、なぜ「ヒルドイド」や「ビーソフテン」を販売している製薬会社がスイッチOTC(従来処方薬だったものが薬局で買えるようになった薬のこと)への申請をしないのかが不思議でなりません。
そろそろ話を本題に持っていきます。ステロイドやタクロリムスに比べると保湿剤については医師はさほど熱心に説明しません。教科書にも保湿剤に関する詳しい記述はほとんどありませんし、私自身も皮膚科で研修を受けていたときに先輩医師から詳しい説明を聞いたことがありません。
最近になり、少しずつ保湿剤の機序や効果が科学的に解明されるようになってきてはいます。そして、保湿剤を「エモリエント」と「モイスチャライザー」に分類するという考え方が少しずつ支持されるようになってきました。おおまかにいえば、エモリエントは皮膚の表面を覆い体内からの水分蒸発を防ぐ作用のある物質のこと、モイスチャライザーは皮膚の中に浸透し水分保持作用をもつ物質のことです。ですが、どの保湿剤がどちらに分類できるかをクリアカットに説明できるわけではありません。
保湿剤と言われているものには、ヘパリン類似物質の他に、尿素軟膏、セラミド、ワセリン、オリーブオイル、ツバキ油、ヒアルロン酸、スクワランなどがあります。このなかで、尿素製剤やヘパリン類似物質はモイチャライザーに分類されることが多いのですが、エモリエントの作用(表面を覆う)もまったくないとは言えないと思います。セラミドは細胞間脂質ですから、モイスチャライザーに分類されそうなものですが、皮膚表面の保護作用もありエモリエントの効果もあると言えます。(「モイスチャライザー」という言葉は製品名にも使われることがあり、これが話をややこしくさせています)、
保湿剤は1日に何回塗るべきかということにはまったくコンセンサスがありません。添付文書にも1日1~数回と書かれているものが多く、これではまったく説明になっていません。私自身は「シャワーをする度に」と説明しています。1日に何回くらいシャワーをすべきかはその人の皮膚の状態によりますが、典型的なアトピー性皮膚炎であれば最低3回はシャワーをしてもらっています。
ステロイドやタクロリムスを併用する場合、保湿剤を先に塗るべきか後にすべきか、ということもよく分かっていません。先にステロイドやタクロリムスを塗った方がこれらがしっかりと浸透し高い効果が期待できそうですが、それを証明した研究はなく、むしろ「両者に差はない」とする報告があります。また、患者さんの心理としては、先に保湿剤を塗って、その上で痒みや赤みのある部位に薬を塗る方が分かりやすいのではないかと思います。
結局のところ、現時点では、保湿剤については、副作用がほとんどないわけですから、各自が試行錯誤を繰り返すのが最も現実的ではないかと私は考えています。しかしまったく方向性を示せないわけではありません。少なくともヘパリン類似物質とセラミドはそれなりに高い保湿効果があるのは間違いありません。そしてこれら2種の保湿剤は作用機序が異なるために、併用することにより、少なくとも相加効果、さらに相乗効果が期待できるかもしれません。
セラミド配合の保湿剤は多くの企業が製造しており薬局や化粧品売り場で購入することができます。ヘパリン類似物質は先に述べたように医療機関でしか入手できないものもありますが薬局で購入できるものもあります。「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が当分の間、医療機関でしか入手できず、しかも処方制限があるのが現実なら、処方箋なしで購入できるこれらに匹敵する優れたヘパリン類似物質が登場することを願いたいものです。
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|2016年12月24日 土曜日
第160回(2016年12月) choosing wiselyで考えるノロウイルス対策
毎年冬になると集団感染を起こすノロウイルスが今年も猛威を振るっています。連日のようにマスコミでも報道され、「集団感染」「死亡」といった文字も目にします。また、感染力が極めて強い恐怖の感染症というイメージもあるようで、太融寺町谷口医院にも「ノロだったら大変だと思ったので受診しました」という患者さんは少なくありません。
しかし、結論から言えば、健康な成人であればノロウイルスに感染したとしても水分摂取が可能なら「検査」も「治療」も必要ありません。むしろ、しんどい身体をひきずって医療機関を受診すれば、待合室でインフルエンザなど他の感染症に感染するリスクが増えます。つまり、医療機関を受診したばかりに、かえって健康から遠のいたという笑えない話も実際にあるのです。
不要な医療をおこなわないというのは「choosing wisely」の基本コンセプトです。choosing wiselyについてはこのサイトで何度も紹介していますが、もう一度どのようなものか簡単に振り返っておきたいと思います。発端は、アメリカ内科学委員会(American Board of Internal Medicine)がいくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。現在多くの国でこのキャンペーンが実施されています。
そこで米国のchoosing wiselyのウェブサイトで「ノロウイルス」でキーワード検索をしてみました。結果は「検索数ゼロ」。実は、後で述べるようにこれは予想していたことです。では「胃腸炎」もしくは「腸炎」で検索をしてみると、1件だけヒットしました(注1)。その内容は、「小児の胃腸炎での補液はどうしても経口摂取できないときに限らなければならない」というものでした。
以前も述べたことがありますが、日本には「点滴神話」というものがあり、何かあれば点滴、と考えている人が大勢います。しかし、医学的にみて点滴が必要なケースというのはそう多くはなく、例えば「疲れているとき」「熱があるとき」「風邪の症状があるとき」などでは水分摂取が可能なら点滴は不要です。
では、胃腸炎を起こしているときはどうでしょうか。この場合も水分摂取が可能なら点滴は不要です。ただ、私の経験からいっても、小児の場合は、受診時には安定していても、しばらくすると突然嘔吐しだし、その後水分が摂れず点滴をせざるを得ないというケースがしばしばあります。
ですから、小児(及び簡単に脱水になりやすいやせた老人)については点滴の”敷居”が低くなるのは事実です。ですが米国ではchoosing wiselyのサイトで、その小児に対しても点滴は慎むように勧告しているのです。わざわざ「小児において」という注釈がついているのは、成人であれば”当然”点滴は不要だからです。欧米では、成人に対しめったなことで点滴をおこないません。
私はタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃に、この考えを欧米の医師たちからさんざん思い知らされました。なにしろ、エイズ末期の自力で水分を摂れないような患者さんに対しても点滴はしてはいけない、と言うのです。これは日本の医療と随分異なります。最近はいわゆる「延命治療」に反対し、心臓マッサージや人工呼吸器の装着を拒否する患者さん、胃瘻を求めない患者さんが増えています。しかし、点滴まで拒否する患者さんやその家族というのはそう多くありません。一方、欧米ではこのようなケースでも点滴は原則としておこなわないのです。
もちろん、欧米でもノロウイルスに感染した成人に対し、点滴を一切おこなわないということはないはずです。嘔吐が激しく水分がとれないときには一時的に点滴をおこなうことになるでしょう。しかし、choosing wiselyに成人の点滴の記載がないのは、おそらく医師も患者も「点滴は最小限にすべき」という考えが身についているためにわざわざ文章にして警告する必要がないからだと思います。
choosing wiselyの日本版というのは現在作成中であり、現時点では充分なものではありません。であるならば、谷口医院の患者さんに合わせたものを自分でつくってしまえばいいというのが私の考えです。ノロウイルスを含む感染性胃腸炎で私が患者さんに言っているのは次のとおりです。
①軽症ならそもそも医療機関受診が不要。
②水分摂取が可能なら点滴は不要。
③ノロウイルスの迅速検査は入院を要するほどの重症でなければ不要。
④薬も特に使う必要はないが、整腸剤(プロバイオティクス)や吐き気止めは用いてもよい。
⑤高熱があれば解熱鎮痛剤はアセトアミノフェンを用いる。(ロキソニンやボルタレン、ブルフェン(イブプロフェン)といったNSAIDsは胃腸に負担がかかるから使うべきでない。市販のものでも同じ)
⑥下痢止めは原則として使わない(かえって治癒が遅れる)。
⑦最善の治療は水分を多量にとって便をたくさん出すこと。
⑧高熱、血便、激しい倦怠感、持続する嘔吐などがあれば、それがノロウイルスかどうかは別にして医療機関受診が必要。
⑨予防は、カキの生食を避け、手洗いをしっかりする。
補足しておきます。③の「検査」を希望する人がいますが、これはそもそも成人の場合は保険適用がありません。保険で調べることができるのは「3歳未満か65歳以上。または悪性腫瘍は腎不全などの基礎疾患がある場合のみ」です。なぜこのようなケースで保険適用があるかというと、このような患者さんは重症化することがあるからです。ノロウイルスには特効薬がありませんから、検査で陽性であっても陰性であっても治療に変わりがないのです。しかも迅速キットの精度は低く、陰性(感染していない)と出ても、実際には感染していることもあります。こんな検査をおこなうためにわざわざ医療機関を受診することに意味はないのです(注2)。
ノロウイルスの迅速検査をおこなう意味があるのは、重症化し入院する場合です。この場合確定診断をつける必要があります。ノロウイルスと思い込んでいて別の疾患であったということは避けなければなりませんから、陰性という結果がでても繰り返し検査をおこなうこともあります。もちろん、他の感染症の検査もおこないます。
予防の補足をしておきます。⑨にあるようにカキの生食は可能な限り避けるべきです。ちなみに私は医学部の5回生のときに「医師は生ガキを食べてはいけない」と大学病院の先生に言われ、その教えをずっと守っています。ワクチンがなく、感染力が非常に強く、カキに高率に感染しているノロウイルスから身を守るのは、「カキを食べるなら加熱する」に限るのです。
予防に関してもうひとつ補足をしておくと、手洗いには石ケンを使い、アルコールも補助的な使用を検討すべき、ということです。ノロウイルスは石ケンもアルコールも無効と言われることがありますが、これは必ずしも正しくありません。ノロウイルスはエンベロープ(注3)を持たないウイルスで石けんとの親和性はよくありませんが、まったく無効というわけではありません。アルコールは医療者のなかにも誤解している人がいますが補助的に用いるのは有効です(注4)。
************
注1:下記を参照ください。
注2:ノロウイルスの迅速検査の「感度」はせいぜい50-70%程度であろうと言われています。これは実際に感染している100人に検査をして「感染している」という結果となるのが50-70人しかいないということです。その程度の検査なのです。一方で、精度の高い検査(PCR法)などもあります。この検査は医療機関ではおこなうことができません。保健所など公衆衛生に従事する機関がおこないます。高齢者の施設やホテルなどでの集団感染の調査に必要だからです。
注3:下記を参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」
病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「手洗いの”常識”ウソ・ホント」
注4:下記を参照ください。
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|2016年11月15日 火曜日
第159回(2016年11月) 喘息の治療を安くする方法
喘息(ぜんそく)は1990年代半ばまでは「死に至る病」でした。気道が閉塞し呼吸ができなくなり、救急車到着が間に合わずそのまま命を落とす人も多かったのです。90年代半ばまでは毎年約6千人が喘息で死亡していました。90年代後半から死亡者は少しずつ減りだし、2000年代になってからは4千人を下回るようになり、2012年には2千人を切りました。もはや喘息は命に関わる疾患ではなく、我々医療者は「喘息死亡者ゼロ」を目標としています。
では、なぜ喘息で死亡することがなくなったのでしょうか。死亡だけではありません。喘息で入院を要するケースも救急車を要請するケースも劇的に減っています。私が医師になった2002年の時点では、一晩救急外来で勤務をすると、数名は必ず喘息発作で救急搬送されていました。現在はそういう症例は激減しており、今も喘息を上手くコントロールできていないというケースは、薬を適切に使用していない場合がほとんどです。
つまり、喘息がこれだけコントロールしやすくなったのは「いい薬」が登場したから、というわけです。今回はその「いい薬」について歴史的経緯を述べ、さらに「いい薬」の欠点の「費用が高くつく」ということに対して解決法を紹介したいと思います。
しかし「いい薬」の話を始める前に喘息のメカニズムを復習しておきましょう。喘息で息苦しくなるのは「気道が細くなるから」です。ですから、従来は、その細くなった気導を広げるのが最適の治療と考えられていました。ところが、気管支拡張薬を使って気道を広げてもそれは一時的なものであり、またすぐに気道が細くなりますから、そのうちに薬が効かなくなってきて重症化するということがよくあったのです。
ところが、喘息の本当のメカニズムは「気道が細くなるから」ではなく「気道に炎症が起こるから」であることがわかってきました。「炎症」というとむつかしいですが、「気道の粘膜が腫れる」と考えれば分かりやすいと思います。粘膜が腫れた結果として気道が細くなっていたのです。であるならば、単に気管支を拡張させる薬を使うよりも、元の原因の「炎症」を和らげる治療をすべき、ということが分かります。
そして気道の炎症を和らげる薬が先述の「いい薬」で、正体は「吸入ステロイド」です。以前からステロイド内服が喘息に効果があるのは分かっていましたが、ステロイド内服を続けるわけにはいきません。副作用が強すぎるからです。吸入ステロイドなら全身に作用するわけではありませんから、ステロイド内服を使用したときのような副作用に悩まされることもないのです。
その吸入ステロイドが普及しだしたのが1990年代半ばです。この頃より喘息での死亡者が減少しだしましたから吸入ステロイドは歴史的な薬といえます。しかしながら、医療者が予測したほどには吸入ステロイドは普及しませんでした。その最大の理由は「効果がすぐに実感できない」ということです。新しい薬と期待して使ってみても1週間程度はほとんど効果が感じられないのです。これでは患者さんは継続して使ってくれません。
もちろん、これは医師の説明不足であり、こういった薬の特性を十分に理解してもらうのは医師の義務であります。しかし、結果として患者さんにうまく伝わらず、きちんと使ってもらえないことが多かったのです。その点、吸入型の気管支拡張薬は使えば直ちに効果を実感できますから、患者さんからすればこちらに頼りたくなるのも当然といえば当然でしょう。
ここで吸入型の気管支拡張薬には2種類あることを確認しておきます。1つは短期作動型、つまり、さっと効いてさっと切れるタイプです。これはとても分かりやすく、苦しくなれば吸入すればいいだけですから患者さんからは重宝されます。しかし、この薬の欠点はいずれ効かなくなってくるということです。喘息で苦しいときにこの薬が効かなくなれば命に関わることもあります。現在では、この吸入型の短期作動の気管支拡張薬(ここからは「SABA」と呼びます)は、非常用のいわば「お守り」として患者さんに持ってもらっています。
もうひとつの気管支拡張薬は長時間作用するタイプ(ここからは「LABA」と呼びます)で、これは症状がなくても毎日使用すべき薬で、これによりある程度は安定しますから、SABAの使用頻度がぐっと減ります。
そこで、根本的な治療である吸入ステロイド(ここからは「ICS」と呼びます)とLABAの双方の処方がおこなわれるようになりました。しかし、この方法もなかなかうまくいきませんでした。なにしろ効果が実感できるのはLABAの方であり、吸入ステロイドは効いているのかどうかわからない、使っても使わなくても症状が変わらない、と患者さんは感じるのです。それだけではありません。吸入薬は安くありませんからそれを2つも使うとなると金銭的に大変です。
ブレークスルーが起こったのは2007年でした。ICSとLABAが一緒になった「合剤」が登場したのです。合剤と聞くと、単に2つの薬を合わせただけ、と思われます。それはそうなのですが、これが画期的な薬となったのです。なにしろ、効果をすぐに実感でき、しかもICSのおかげで気道の炎症がおさまった状態が維持されるのです。ICS単独が登場したとき以上に、この合剤は歴史的な薬となりました。
その後次々にICSとLABAの合剤が開発され、現在ではアドエア、シムビコート、フルティフォーム、レルベア(すべて商品名)の4種が発売されています。これら合剤の普及により、喘息による死亡・入院が大きく減少しているのです。
しかし、欠点もあります。2つの薬を合わせただけなのに何でこんなに高いの?と思えるくらい高いのです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんのなかには、あまりお金を持っていない人もいますから(失礼!)、費用は少しでも安く抑えたいと考えます。そしてこれは我々からみても同じです。患者さんが負担する費用をできるだけ安くするのも医師の仕事のひとつと私は考えています。
そこで私は、数年前からコントロールのよくなった患者さんに対してある「治療案」を提唱しています。これが本コラムの主題である「喘息の治療を安くする方法」です。具体的な方法は、ICSとLABAの合剤をまず使い、症状がまったくなくなった状態になれば、ICS単独に切り替える、という方法です。炎症がなくなった状態が維持できていれば喘息が発症することはありませんから理にかなった方法です。もちろんこのようなことを考えるのは私だけではなく、少しずつ全国的に普及してきています。そしてこの方法を「ステップダウン」と呼ぶことが一般的になってきました。
どれくらい安くなるかをみていきましょう。合剤を2ヶ月分処方したとなると診察代などを含めて3割負担で約4,800円もかかります。これをICS単独に切り替えたとすると約2,600円で済みます(いずれも当院で最もよく処方する薬を使った場合)。まだあります。これはすべての患者さんに適応できるわけではありませんが、いい状態が維持できていれば、ICS単独の吸入回数を減らすことも可能です。ICS単独は1日2回が基本ですが、安定していれば1日1回に減らすことも場合によっては可能です。(ただし医師の許可なく減らすのはよくありません)
うまくいけば、さらにICSの吸入回数を2日に一度程度にできる場合もあります。ここまでくれば合剤で治療をしていたときに比べて費用はなんと10分の1以下で済むのです!
このサイトで何度も繰り返しているように、私はほとんどの慢性疾患ではセルフメディケーションが重要であり、治療は医師に任せるべきではない、という考えを持っています。喘息については、まず環境の見直し(受動喫煙はないか、ペットを飼っているなら対策はきちんとできているか、ダニ対策は万全か、空気清浄機は?、加湿器は?、など)を徹底してもらい、次いで、薬の作用機序を理解してもらい、症状を自己評価してもらいながら、ゆっくりとICSのステップダウンをしていくのが最適かつ最強の喘息のセルフメディケーションだと考えています。
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