はやりの病気
第118回(2013年6月) ダニほど誤解だらけの生物はいない
太融寺町谷口医院で1日外来をしていると「ダニ」という言葉を何度も患者さんから聞くことになります。「ダニのせいで鼻水が止まりません」「草むらでダニに血を吸われました」「汚いホテルに泊まったらダニに刺されて身体がかゆくなりました」、などです。
大変興味深いことに「ダニ」に対するイメージは人それぞれのようで、例えばアトピー性皮膚炎で悩んでいる患者さんやそのお母さんは、ダニと言えばアトピーの悪化因子を考えています。一方、アウトドア派の人たちは、ダニとは草むらで咬まれて皮膚から離れないやっかいなもの、という印象をもっています。また、不潔なホテルなどに棲息しており手足を刺されて赤く腫れあがるのがダニ、と思っている人もいれば、ダニはネズミに寄生するんだからまずはネズミを駆除すべき、と考えている人もいます。最近ではSFTSがマスコミで報道されたことで、ダニは咬まれると死ぬこともある怖いもの、というイメージを持っている人もいます。
さらに興味深いことに、ダニがどのようなもので人にどのような症状をもたらすかについては、医療従事者のなかにもきちんとした知識を持っていない人がいます。さすがに医師のなかにはいないでしょうが、看護師をしている患者さんで、「イエダニ」がハウスダストの原因のダニ、と勘違いしている人がいて驚かされたことがあります。医療者でさえ誤解しているくらいですから、おそらく一般の人できちんとダニの説明ができる人はそう多くないでしょう。
いったいダニとは何者なのでしょうか。「刺されて死ぬ」と「吸い込んで鼻水」では随分と異なりますが、これが同じ生き物のなせる仕業なのでしょうか。というわけで、今回はダニの総復習をおこないたいと思います。
まず「ダニとは何か」ですが、ダニは昆虫ではありません。マダニなど比較的大きなダニであればルーペを使えば足が観察できますから機会があればよく見てみてください。足は合計8本あります。8本足ですからダニは昆虫ではなくクモの仲間です。
生物学的な話には深入りせずに病気の観点から話をすすめていきます。生物学の教科書にどのように書かれているかは分かりませんが、私の頭の中の分類は次のようになっています。
①アレルギー症状をきたすダニ(コナヒョウヒダニ、ヤケヒョウヒダニ、など)
②ネズミに寄生しネズミだけでなく人も吸血するダニ(イエダニ)
③人を刺し痒みや痛みをきたすダニ(ツメダニ、シラミダニ、など)
④野原に棲息し人も吸血する大きなダニ(マダニ)
⑤人に寄生し人から人に感染するダニ(ヒゼンダニ)
⑥ニキビダニ(デモデックス)
生物学者からは「いい加減な分類」と馬鹿にされるかもしれませんが、少なくとも患者さんから「ダニ」という言葉を聞いたときに、患者さんが何を考えているかを推測するのにこの分類は大変役に立ちます。
①のアレルギー症状をきたすダニは、ダニが人に噛み付いたり吸血したりするわけではありません。ダニも生物ですからご飯を食べて消化管で消化をおこない糞をします。消化の際に消化管から消化酵素というものが分泌され、これが糞に混ざって体外に排出されるわけですが、この消化酵素(タンパク質でできています)がアレルギーの原因、すなわちアレルゲンとなると考えられています。
ほこりっぽい部屋に入ると、鼻水がでて、目が痒くなり、咳がでて、皮膚がかゆくなるのは、ダニの糞や死骸を吸い込んだり、浮遊しているものが目に入ったり、皮膚に付着したりするからなのです。つまりほこりっぽい部屋とはダニの糞や死骸が空気中に蔓延しまくっている空間なのです。そして、いわゆる「ハウスダスト」の多くはこういったダニの糞や死骸のことを指します。
またこのタイプのダニは、日本ではお好み焼き粉の中に潜んでいることがしばしばあります。そのためお好み焼きを食べた後にじんましんがでてきたり、ひどい場合は喘息発作や呼吸困難に陥ったりすることもあります。なぜ焼いているのに・・、と思う人がいるかもしれませんが、お好み焼きのなかにいるダニは熱で死にますが、消化酵素は熱で変性するわけではないからです。ちなみに冷凍させてもアレルゲン(消化酵素)は変性しません。
ここで多くの人が誤解している重要な点を指摘しておきます。このアレルギーを来たすコナヒョウヒダニやヤケヒョウヒダニを「イエダニ」と表現する人がいますが、これは完全に誤りです。さらに、この誤解は誤解として認識されておらず「家ダニ」と思ったり書いたりする人がいます。すると、「ハウスダスト」の「ハウス」と「家ダニ」の「家」が無意識的にシンクロし、その結果「ハウスダスト=家ダニ=イエダニ」というイメージができ上がっているのです。
もちろんこれは完全な誤解であり、正しくは、イエダニというのは、ネズミ、特にクマネズミに寄生するダニです(上記②)。クマネズミは名前とは裏腹に小型のネズミで運動神経もよく、わずかな隙間から侵入し、都会のマンションなどにも棲息しています。そしてイエダニはネズミの血を吸って生きています。きれい好きな日本人は、自分の住居にネズミを見つけると駆除することを考えます。そしてネズミの駆除はそうむつかしくありません。
駆除されるとネズミは困りますが、ネズミの血という「ご飯」がなくなったイエダニも困ります。そこでイエダニは「ご飯」のターゲットをネズミの血から人の血に変更します。これまでネズミに向けてきた牙を人に向けてくるというわけです。
イエダニに血を吸われるとその部分は赤くなり痒みがでます。イエダニによる皮膚症状の特徴は、おなかや太ももなどやわらかいところに出やすいということ、赤みは比較的強いということ、よくみると発赤部位の中央部に吸血した瘢があること、などです。治療は簡単ですが、再発予防のために、今度はネズミ駆除ではなくイエダニの駆除を考えなければなりません。
③のダニはかなりの痒みをきたしますが治療は簡単で数日間のステロイド外用で治ります。ツメダニというのはダニを食べるダニ、シラミダニは昆虫に寄生するダニという程度を覚えておけばいいでしょう。(別に覚えておく必要もないですね・・・)
④のマダニはときに重要になります。2013年になってから脚光を浴びだしたSFTS(注1)はすでに8人の死亡者(2013年5月時点)を出しています。また、他のところでも述べましたが、マダニに刺されることによっておこる感染症には、日本紅斑熱、ツツガムシ病、ライム病などもあり、診断と治療が遅れると、ときに「死に至る病」になります。また海外にも致死的なマダニ関連の感染症があります。(詳しくは下記医療ニュースを参照ください)
私はマダニが媒介する感染症の不安を煽るようなことをしたくありません。SFTSが怖いから楽しみにしていたハイキングを中止する、といったことはやめてもらいたいと考えています。しかし、あまりにも無防備なのも困ります。私自身はSFTSを含めてダニに刺されて死亡した患者さんを診察したことはありませんが、蚊の対策を怠ったがためにデング熱を発症した人を何度かみたことがあります。なかでもタイで出会った日本人のひとりは、デング出血熱と呼ばれる重症型に進行し、一時は命も危うい状態になりました。
キャンプやハイキング、トレッキングや登山に行く時は長袖・長ズボンに虫除けスプレーやクリームを忘れないようにしなければなりません。マダニに刺されると吸血されるのですが、おなかいっぱいまで吸血されれば自然に離れていきますから痛くないこともあります(注2)。しかし、まだおなかいっぱいになっていないときに手でマダニを皮膚から剥がそうとすると上手くいかないことがあります。マダニの口がギザギザした針のようになっており、このギザギザした部分が皮膚にひっかかるからです。そして無理に剥すと、皮膚に残ったそのギザギザの部分が周囲の皮膚組織に炎症をきたしそれが瘢になることもあります。
⑤のヒゼンダニは疥癬(かいせん)というたいへんやっかいな感染症をきたすことがあり、ヒトからヒトに感染します。老人ホームなどで集団感染することもありますし、タオルを介しての家族内感染や性交渉を介しての性感染もあります。顕微鏡で診断をつけることは可能なのですが、なかなか見つからないこともあり、湿疹と誤診されることもしばしばあります(注3)。
⑥のニキビダニは誰の皮膚にも棲息していると言われており、通常は問題になりません。ただし、ステロイドを長期で外用したときなどはこのダニが異常増殖し、ニキビや酒さ(しゅさ)のように見えることもあります。
ダニかなと思ったり、友達から「ダニが原因で・・・」という話を聞いたりしたときは、これら6つのどのタイプのダニかをまずは考えるようにしてみてください。自ずと対処方法が見つかるかもしれません。
注1 SFTSについては下記の厚生労働省のサイトも参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/sfts.html
注2 刺された部分は肉眼でも分かることが多いと私はこれまで考えていましたが、SFTSでは刺し傷が見つかっていない症例が多数あるそうです。刺し傷がなく(SFTSのように)症状が出ることもなければ医療機関を受診することはないでしょうから、実際にはマダニに刺されて吸血されたけれどもまったく気づいていなかった、ということは珍しくないのかもしれません。
注3:疥癬については下記も参照ください。
http://www.stellamate-clinic.org/seikansensho-ketuekikansensho/#14
参考:
医療ニュース2013年5月31日「SFTS、マダニからウイルス検出される」
医療ニュース2012年9月15日「ダニに刺されて発症する新しい感染症」
マンスリーレポート2009年8月号「虫刺されと夏の風邪」
はやりの病気第36回(2006年8月)「夏のかゆみにご用心」
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