はやりの病気
2025年8月17日 日曜日
第264回(2025年8月) 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない
「米国では1本23万円もする若返りクリームが、日本ではなんと約98%引きのわずか5400円!」と聞けば興味が出てこないでしょうか。
この表現をきちんと理解するにはいくつかの条件があるのですが、まったくのデタラメを言っているわけではありません。今回はこの、日本では驚くほど安い値段がついている魅惑的なクリームについての紹介をしたいと思います。
ブイタマークリーム(以下、単に「ブイタマー」)は2024年10月29日に処方薬として登場しました(なぜ10月29日に登場したかについては2014年のコラム「乾癬(かんせん)の苦痛」を読んでもらえれば分かります)。処方薬ですから、医療機関でしか扱っていませんし、希望したから処方を受けられるというわけではありません。おそらくは現時点では、まともな医療機関であれば「自費でお金を出すから売ってほしい」とお願いしても販売してもらえないでしょう。ただし、例えば、やせ薬の「リベルサス」や「マンジャロ」が美容クリニックでは気軽に買えるように(高いですが)、ブイタマーもそのうちお金さえ出せば簡単に手に入る薬となるでしょう(もしかすると、めざとい営利主義のクリニックはすでに販売しているかもしれません)。
処方薬として登場したということは、処方可能な「病名」があるはずです。その病名とは「アトピー性皮膚炎」(以下、単に「アトピー」)と「尋常性乾癬」(以下、単に「乾癬」)です。これらいずれかの疾患を有していて、医師が必要と判断し、なおかつ患者さんが希望すればブイタマーが処方されます。
薬価は1グラム300.8円。1本15グラムですから1本あたりの薬価は4,512円となります。3割負担の場合は4,512 x 0.3 = 1,353.6円です。冒頭で述べたのが60グラムの価格なのは、米国では1本60グラムで処方されているからです。
薬価(健康保険を適用した価格ではなくそのままの値段)でいえば、日本では1グラム300.8円。60グラムなら18,048円。一方米国では1510.03ドル(≒23万円)。この時点で日本の値段は米国の92%以上の割引となります。なぜ日本の値段はこんなに安いのかについてはよく分からないのですが、そのことはいったんおいておいて、谷口医院でこれまで処方してきたブイタマーの「成績」について述べていきましょう。
アトピーの治療の基本はシンプルであり、ルールはただひとつ、「リアクティブ療法→プロアクティブ療法」だけです。「リアクティブ療法」とはかゆいところにひたすらステロイドを塗りまくるだけの治療で、どれだけ重症のアトピーでも(全身が真っ赤に腫れあがり一睡もできないほどかゆい状態でも)1週間ステロイドを外用すれば治ります(ときどき「ステロイドをいくら塗ってもかゆみがゼロにならない」と言う人がいますが、それは外用量が少なすぎるからです)。
問題はこの後、つまり1週間のリアクティブ療法でかゆみと炎症がとれた後です。ここからは「プロアクティブ療法」となります。プロアクティブ療法とは一言でいえば「かゆくないところに薬を塗っていい状態を維持すること」、つまり「予防」です。プロアクティブ療法に使用できる薬が、これまでは3種ありました。プロトピック(タクロリムス)、コレクチム(デルゴシチニブ)、モイゼルト(ジファミラスト)の3種です。いずれも「先発品の名前(一般名)」で表記しています。尚、ここからは便宜上、プロトピックはタクロリムスと呼び(「タクロリムス」は一般名かつ後発品の名称です)、コレクチムとモイゼルトはそのままそのように呼びます(これらには後発品がありません)。
2024年10月28日まではアトピーのプロアクティブ療法はこれらの3種のうちのいずれかを、あるいは複数種を組み合わせて使用していたわけですが、10月29日からブイタマーがラインナップに加わって4種類のプロアクティブ療法専用の薬が出そろいました。尚、ステロイドをプロアクティブ療法として使用するという方法もあり、リアクティブ療法が終了した後、同じステロイドを(あるいはランクを落としたステロイドを)1日1回うすく塗ります。
医療機関によっては、タクロリムス、コレクチム、モイゼルトの3種もプロアクティブ療法だけでなくリアクティブ療法として使用するよう勧めているところもあるようですが、谷口医院ではこれらはあくまでもプロアクティブ療法として使用するよう助言しています。理想は「1週間以内のステロイドによるリアクティブ療法。これが人生最後のステロイド。その後はタクロリムス、コレクチム、モイゼルト、ブイタマーのいずれかで、または組み合わせてプロアクティブ療法をおこない一生かゆみとは縁がない」です。
谷口医院では、およその目安として、「発売後1年以内の薬は原則として処方しない」をルールとしているのですが、ブイタマーはいつのまにか例外となりました……。初回処方は乾癬の患者さんに対してでした。
乾癬の基本的な治療は「ステロイドによるリアクティブ療法→ビタミンDによるプロアクティブ療法」です。ただ、これができれば理想なのですが、実際にはそううまくいきません。ビタミンDが万人に効くわけではないからです。ステロイドによるリアクティブ療法がうまくいっても(こちらは全例でうまくいきます)、ビタミンDによるプロアクティブ療法に切り替えたとたんに悪化して、再びステロイド……、となってしまうことがしばしばあるのです。それで、しかたなくステロイドを少量使用するか、あるいは重症の場合はオテズラ(アプレミラスト)という「ホスホジエステラーゼタイプ4阻害薬」と分類される内服薬を使うか、生物学的製剤とカテゴライズされる非常に高価な薬(こちらは内服と注射があります)に踏み切ることになります。
つまり、プロアクティブ療法に使える薬が(ブイタマー登場前は)3種類あったアトピーに対し、乾癬はビタミンDの1種類しかなく、しかも全例で効かないのです。そういうケースでやむを得ずブイタマーを処方したのが谷口医院の第1号でした。この患者さんはオテズラも効かず、生物学的製剤を導入したのですが、効果は不十分でしかも免疫抑制の副作用に苛まれることになりました。そこでブイタマーを「ダメ元」で使ってみたのです。ダメ元という表現はブイタマーに失礼ですが、生物学的製剤が無効な乾癬が外用薬で改善するなどとは思ってもみなかったのです。
結果は、意外にも劇的に効きました。それまで何をやってもうまくいかず、生物学的製剤でも効果が乏しかった超難治性の乾癬がブイタマーでほぼ治ったのです。しかも、非常に興味深いことに、再発もしていないのです。通常、乾癬は一時的によくなったとしてもプロアクティブ療法をやめれば悪化します。しかし、この事例ではブイタマーを中止してみて数か月経過しても再発しないのです。一例だけで薬の評価をするわけにはいきませんが、「奇跡的に効いた」という表現があてはまります。その後調べてみると、米国の報告でも乾癬の場合はブイタマーで症状がとれた後は何もしなくてもきれいな状態が維持できる事例がいくつもあることを知りました。
ここまで劇的に効いた薬を放っておくわけにはいきません。タクロリムス、コレクチム、モイゼルトよりも値段が高いことを説明した上で、アトピーの患者さんにも処方を開始しました。結果、副作用で使えなかった人も少数ながらいるのですが、軒並み評価は良好です。ただ、費用が高すぎて(下記に示すようにタクロリムスの薬価の8倍以上です)、「使いたいけど使えない」あるいは「全身に使いたいけど顔面だけにする」という声が多いと言えます。
☆各外用剤の1グラムあたりの薬価
タクロリムス軟膏(プロトピック) 36.7円
コレクチム軟膏 143円
モイゼルト軟膏 146.3円
ブイタマークリーム 300.8円
ブイタマーが魅力的なのはその効果だけではなく「クリーム」であることも挙げられます。タクロリムス、コレクチム、モイゼルトはいずれも「軟膏」です。すなわちべとつきます。他方、ブイタマーはクリームなのでスキンケア感覚で使用できます。よって手だけにハンドクリームのように使用するという人もいます。ブイタマーをハンドクリーム代わりとはなんとも贅沢な気もしないではないですが、患者さんの満足度が非常に高いのは間違いありません。
ここまでをまとめると、ブイタマーはアトピーにも乾癬にも非常によく効く。副作用はゼロではないが、患者さんの評価は軒並み高い。ただし費用(薬価)が高いのが欠点、となります。
さて、ここからが今回のポイントです。ブイタマークリームがなぜアトピーと乾癬に効くのかというと、強力な抗炎症作用があるからです。加えて、強力な抗酸化作用もあります。メカニズムは非常に複雑ですが、少しだけ説明しておくと、まずブイタマーを皮膚に塗ると有効成分が芳香族炭化水素受容体(=AhR)と結合します。この「ブイタマー+AhR」が皮膚の細胞の核内に入り、特定の遺伝子に働きかけます。これにより、抗炎症作用、抗酸化作用、さらには皮膚バリア機能の改善も起こります。これによって皮膚のうるおいが維持され肌が丈夫になるのです。つまり、抗炎症作用のみならず、抗酸化作用、皮膚バリア機能改善効果で皮膚を若々しい状態に保つことが期待できるわけです。
上述したように、なぜ日米でこれだけの価格差があるのかは分かりません。例えばRSウイルスの予防薬「ベイフォータス」は日本の価格は米国の10倍以上もします(米国519.75ドル、日本906,302円)。これを考えると、価格差の理由のことなど気にせずにブイタマーの恩恵に預かった方がよさそうです。まず間違いなく美容クリニックなどでは若返りを希望する人に自費で販売されることになると私は予想しています。
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|2025年7月21日 月曜日
第263回(2025年7月) 甲状腺のがんは手術が不要な場合が多い
新型コロナウイルスが流行しはじめて間もない頃、まだほとんどのクリニックが発熱外来を実施しておらず、遠方から当院を受診する患者さんが少なくありませんでした。「他に診てもらえるところがない」という理由で、40代のある女性が大阪南部のある市からはるばるやってきました。風邪症状は大したことがなく、コロナの検査も不要であることを説明し、これには納得されたのですが、問診時に気になることがありました。
「最近、近くのクリニックで甲状腺がんが見つかって手術する予定」と言います。「手術は半年先と言われているが、そんなに遅くて大丈夫なのか不安」、さらに「大きさは6mmと言われている」とのこと。
「手術は急いで実施する必要がなさそうで、サイズはわずか6mm……」、本当に手術が必要なのか、気になります。しかし、我々医師には「前医を批判してはいけない」というルールがあります。もしも、「そのがんはおそらく手術不要です。その医療機関には二度と行かない方がいいですよ。こちらでフォローします」などと言えば大問題になります。まして、この女性は当院を初診、しかも風邪症状での受診です。
私は「手術についてもう一度説明をしてもらえばどうでしょうか」と答えましたが、女性の心配事項は私と正反対でした。「がんなんだから早く手術してほしい」が彼女の思いでした。
この女性の「思い」はもっともです。がんなら早期治療(つまり早期の切除)が原則です。しかし、甲状腺がんはその「例外」となります。少し詳しく解説していきます。まず、甲状腺がんはおおまかに次の4種類に分類できます。
#1 乳頭がん
#2 濾胞(ろほう)がん
#3 髄様がん
#4 未分化がんまたは低分化がん
このなかで9割以上と大部分を占めるのが#1の乳頭がんで、これは生涯にわたり手術をしなくてもいいか、または手術をするにしても発見から長期間経過してからすべきがんです。病理学的には(細胞を顕微鏡で評価すると)乳頭がんは列記としたがんなのですが、このがんは例外的に進行が極めて緩徐で、たいていは放置しても問題ありません。
「がんを放置していい」などと言われると戸惑う人も多いでしょうから、エビデンスを示しましょう。これをクリアカットに説明するのに最適な論文が韓国から発表されています。2014年に医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文「韓国における甲状腺がん”流行” ― スクリーニングと過剰診断(Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” ? Screening and Overdiagnosis)」です。
この論文、本文はわずか67行。しかも文章は平易で医師でなくても読めるコンパクトなものなのですが、内容は衝撃的です。興味がある人は是非読んでみてください(ただし有料です)。この論文のポイントは「韓国では甲状腺の超音波検査をどんどんやったおかげで早期発見が相次いだ。そして積極的に手術を実施した。しかし甲状腺がんで死亡する人は、まったく減っていない」というものです。グラフをみれば明らかでしょう。
甲状腺がんの”発症率”は極端な右肩上がり、2000年頃から急激に増えています。1993年には人口10万人あたり5人未満で、2011年には70人近くにまで増えていますから10倍以上になっています。ところが、甲状腺がんの死亡率をみてみると(グラフの一番下の緑の線)、人口10万人あたり1人程度で、昔からほとんど変わっていません。
つまり、韓国では甲状腺のスクリーニング検査に力を注ぎ、どんどん患者をみつけ、どんどん手術をしたけれど死亡率は変わらなかった。要するに全体的な視点、公衆衛生学的な視点からみれば「検査するだけ無駄だった」、そして「無駄な手術を大量に実施した」というわけです。
では、なぜそのようなことが起こったのかというと、「がんのほとんどが乳頭がんだから」です。上記のグラフをもう一度よくみてください。右肩上がりの甲状腺がんの”発症率”のすぐ下にも同じような点線があります。これが「乳頭がんの発症率」です。このグラフをみれば「甲状腺がんのほとんどは乳頭がん」ということが分かります。
甲状腺乳頭がんがどれくらいありふれたものかを確認するために他の論文をみてみましょう。フィンランドのある研究では合計101例の剖検(死亡者の解剖)での所見が調査されています。結果、101例の死亡者のなかで、甲状腺乳頭がんがあったのは36例(35.6%)、つまり3人に1人以上で乳頭がんが見つかったのです。しかも有病率は年齢と相関しなかった(高齢になれば有病率が上がるわけではない)というのです。
フィンランドには若年者に限定して調べた研究があります。40歳未満の小児および若年成人93名の剖検例から得られた甲状腺を調べたところ、13人(14%)に乳頭がんが見つかりました。
もうひとつ、別の論文をみてみましょう。こちらはこれまでに発表された年齢別のデータがある16件の研究を総合的に解析した研究です。剖検総数は6,286件で、乳頭がんの有病率は12.9%でした。年齢別のデータを見ると、40歳以下で11.5%、41~60歳は12.1%、61~80歳では12.7%、81歳以上は13.4%と大差なく、特に高齢になってから発症するがんではないことが分かります。このことから、甲状腺乳頭がんは、加齢とともに発生が増えるがんとは異なり、「若いうちに発生してほとんど進行しない」ことが分かります。
では実際にはどうすればいいのでしょうか。今まで述べてきたことは全体の視点、あるいは公衆衛生学的な視点からです。韓国のような検査方法は正しくなくて、医療費の無駄であることが分かります。手術をしてしまえば、ほとんどの例で生涯にわたり甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりません。もちろん、手術には合併症(神経を切断してしまったり、副甲状腺を破壊してしまったり、といった後遺症を残すものが多い)のリスクもあります。
ただし、甲状腺がんのスクリーニング検査を受けて早期発見、早期治療が功を奏して「放っておけば死に至る甲状腺未分化がんを根治できた」という人も少数ながら(かなり少数ではありますが)存在するわけです。ということは、「その少数に入るのはイヤだから検査を積極的に受けたい」という考えの人もでてきます。
ならば、スクリーニング検査(超音波検査)で「乳頭がんかそれ以外のがんを正確に見極めればいい」ということになり、これはまったく正しいと言えます。しかし、それが極めて困難なのです。当院でも「乳頭がんと思われるが、他のがんも否定できない」という事例がときどきあります。そんなときは針生検(そのがんに直接針を刺して一部の組織をとる検査)目的で大きな病院を紹介することになります。ここで乳頭がんであることが分かり、「手術は不要です」となることも多いのですが、針生検をしても結局「乳頭がんであることを保証できない(未分化がんなど手術しなければならないがんの可能性もある)」と判断される場合もあって、この場合は手術せざるを得ません。
そういうわけで甲状腺がんというのは実に医療者を悩ませるがんなのです。しかし、やはり早期発見は重要です。谷口医院ではがんが疑わしい場合にはだいたい半年に一度くらい超音波検査を実施し、前回との「差」を見極めて、針生検に進むかどうかを検討しています。
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参考:毎日メディカルの谷口恭のコラム
2025年7月9日「早期発見・早期手術も、変わらない死亡率 それでも続ける?原発事故後の甲状腺がん検査」
2025年7月16日「いまも続く福島県の甲状腺がん検査 国際的な評価は--?」
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|2025年5月15日 木曜日
第262回(2025年6月) アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(後編)
アルツハイマー病を発症する理由について、これまでは「アミロイドβの脳内の蓄積」または「タウ蛋白の脳内の蓄積」と考えられてきました。前回述べたように、2006年に科学誌「Nature」に掲載されたミネソタ大学のKaren H. Ashe氏らの研究で「アルツハイマー病を発症するように遺伝子操作されたマウスにはAβ*56と呼ばれるアミロイドβが存在し、認知機能が低下するにつれてAβ*56がたくさん蓄積した。また、Aβ*56を注入されたラットに記憶障害が認められた」、つまり「アミロイドβの蓄積がアルツハイマー病の原因である」ことが”証明”されました。しかしこの論文はデータが捏造されていたことが発覚し、現在は取り下げられています。
一方、英国の神経学者Ruth F Itzhaki氏らのグループは「アルツハイマー病の真の要因は感染症、とりわけ単純ヘルペスウイルスが最も可能性が高い」と考えています。
アルツハイマー病の(要因ではなく)「リスク」については本サイトで繰り返し述べているように(例えば「はやりの病気第253回<2024年9月>『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)「中年期のLDLコレステロール」や「中年期の難聴」が重要です。しかし、これら以外にも「あまり指摘されないけれど確実に認知症を起こしやすい基礎疾患」があります。ダウン症がその一つです。
ダウン症の人々がヘルペスウイルスに感染しやすいとした報告は見当たりませんが、一般にダウン症の人たちは感染症に罹患しやすいことはよく知られています。そして、感染しやすいだけでなく重症化しやすいのも事実です。つまり、ダウン症の人たちはそうでない人たちに比べて免疫応答に「差」があると考えられるわけです。ならば、ダウン症があれば脳内での感染症に対する免疫応答がダウン症でない人と異なるために、その結果としてアミロイドβやタウ蛋白が蓄積しやすいという仮説が生まれます。
アルツハイマー病の遺伝的リスクと言えばダウン症よりもApoE遺伝子がよく知られています。ApoE遺伝子をε4で持っていればリスクは上昇し、ε4をホモで持っていれば(2つ持っていれば)、ε3をホモで持つ人に比べて発症リスクが11.6倍にもなります。ε4をホモで持てば75歳でアルツハイマー病を発症する確率は8割にも上ります。しかし、ε4をホモで持つ75歳の人の約2割は発症しないのも事実です。この差はどこからくるのでしょうか。
実はItzhaki氏は非常に興味深い発見をし、1997年にすでに発表しています。「ApoE遺伝子をε4で持つ人は、脳内に単純ヘルペスウイルス1型を保有している場合にのみ、アルツハイマー病を発症する可能性が高くなる」というのです。
この研究、ものすごく興味深いと思われますが、これまでなぜかさほど注目されてきませんでした。しかし、これは事実なのでしょうか。これが事実なら「認知症の最大の対策は単純ヘルペスウイルス1型に感染しないこと」となります。俄かには事実と信じられないような研究です。同様の結果を示す別の研究を待つ必要があります。
その研究は2020年に公表されました。フランスの科学者が、「ApoE遺伝子をε4で持たない人が単純ヘルペスウイルス1型に感染してもリスクは増えないが、ε4を持つ人の場合はアルツハイマー病発症リスクが3倍以上になる」ことを示したのです。
ところで最近、「帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを下げる」という話がよく取り上げられます(参照:医療ニュース2025年4月28日「認知症予防目的に帯状疱疹ワクチン」)。なぜ、帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを下げるのか。単純に考えれば「水痘帯状疱疹ウイルスが認知症の原因のひとつだから」となります。しかし、Itzhaki氏らの研究が主張しているのは「水痘帯状疱疹ウイルス」ではなく「単純ヘルペスウイルス1型」です。これら2種のウイルスは”親戚”のような関係ですが、同じものではありません。ということは、いずれのウイルスもアルツハイマー病のリスクを上げるのでしょうか。
実は、「帯状疱疹の発症は認知症のリスクになる」とする研究と、「リスクにならない」という相反する研究があり結論はでていません。例えば、韓国の大規模研究では「帯状疱疹の治療で認知症のリスクが減る」という結論が出ています。他方、英国及びデンマークでは否定的な結果となっています。
そんななか、非常に興味深い論文が公表されました。研究したのはやはりItzhaki氏らで、2022年医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に「水痘帯状疱疹ウイルスが静止期の単純ヘルペスウイルス1型の再活性化を介してアルツハイマー病に関与する可能性(Potential Involvement of Varicella Zoster Virus in Alzheimer’s Disease via Reactivation of Quiescent Herpes Simplex Virus Type 1)」というタイトルで掲載されました。この研究で分かったのは、「水痘帯状疱疹ウイルスはアミロイドβやタウ蛋白の蓄積には直接関与しない。しかし、水痘帯状疱疹ウイルスは脳内でおとなしくしていた単純ヘルペスウイルス1型を再活性化させる」ということです。
認知症のリスクを下げると言われているワクチンは帯状疱疹のワクチンだけではありません。過去のコラム(はやりの病気第258回(2025年2月)「認知症のリスクを下げる薬」)でも紹介したように、インフルエンザのワクチン接種で認知症発症リスクが40%も低減するとする研究や、三種混合ワクチンは30%、肺炎球菌ワクチンは27%認知症のリスクを低下させるという報告もあります。仮設の域を超えませんが、いくつかの感染症は、結果として(例えば、炎症性サイトカインを誘導するなどして)「脳内に潜むヘルペスウイルスを再活性化させ、その結果アミロイドβやタウ蛋白が生成される」という説が考えられます。
さらに興味深い研究を紹介しましょう。外傷性脳損傷が単純ヘルペスウイルス1型を活性化させ、さらに、アミロイドβとタウ蛋白が産生され蓄積することを示した論文が最近発表されたのです。
ここまでをまとめると、どうやらアルツハイマー病の真の要因は「アミロイドβやタウ蛋白が増えること」ではなく、「単純ヘルペスウイルス1型の再活性化が真の要因で、アミロイドβやタウ蛋白が蓄積するのはその結果」と言えそうです。ということは、最善策は「初めから単純ヘルペスウイルス1型に感染しないこと」となりますが、これは困難です。些細なスキンシップで感染するこの感染症を予防するのは事実上不可能です。今まで感染していないという人も、今後他者とのスキンシップを拒否して生きていくことはできないでしょう。「単純ヘルペスウイルス1型は生きていればそのうち感染する」と考えるべきです。
大切なのは「感染しないこと」ではなく「いったん感染した単純ヘルペスウイルス1型を再活性化させないこと」です。そのために気を付けるべきことは「(ヘルペス以外の)感染症の予防をする」「ワクチンがあるものはワクチン接種を受ける(特に帯状疱疹)」「脳の外傷に注意する」といったところになります。
では、単純ヘルペスウイルス1型の再活性化、つまり顔面のヘルペスの再発を防げば認知症のリスク低減につながるのでしょうか。台湾に驚くべき研究があります。なんと、抗ウイルス薬内服で口唇ヘルペスを治療すると認知症のリスクが9割以上も低下するというのです。
ちょっと信じがたい数字ではありますが、スウェーデンにも同じような研究があります。こちらは研究の対象者が少ないのですが、発症リスクが7割以上低下しています。しかし、ドイツの研究では抗ウイルス薬の効果は否定されています。
ヘルペスは軽症であれば内服ではなく外用薬を希望する人がいます。ですが、これらの研究に鑑みれば、現在万人が認めているわけではないとはいえ、脳内のヘルペスウイルスの再活性化はできるだけ食い止めるべきだと言えるでしょう。ということは、感染後は(繰り返しますが、感染を防ぐのは極めて困難です)発症しないように気を付け(紫外線対策、睡眠時間を確保する、ストレスをためないなど)、発症すれば直ちに内服薬を使用する、さらに(帯状疱疹などの)ワクチン接種で単純ヘルペスの再発を防ぐ、ということが大切になってきます。
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|2025年5月15日 木曜日
第261回(2025年5月) アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(前編)
現在、アルツハイマー病を「最もかかりたくない病気」と考えている人は少なくないでしょう。「認知症は病気ではなく自然の経過だ」という考えは根強くありますが、そのような意見を主張する人でさえも「ではあなたがアルツハイマー病になってもいいですか?」という質問に「イエス」とは答えません。
アルツハイマー病は単に「認知機能が衰える病気」ではありません。最近「Lancet」に発表された論文によると、「GBD(=Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study)」と呼ばれる統計データから371の疾患が分析された日本人の死因第1位が認知症で、全死因の12.0%に相当します(ちなみに、第2位から5位は、脳卒中、虚血性心疾患、肺がん、下気道感染症)。また、認知症を発症すれば、あるいは認知機能が低下すれば、健康への関心が低下し、体重コントロール、食事や運動などのライフスタイルが乱れ、他の疾患を発症して認知症以外の死因で死に至ることもあります。つまり、「認知症は万病の元」とも言えるわけです。
世界規模でみると、現在アルツハイマー病を患う人は3000万人を超えています。65歳を過ぎると発症率は5年ごとに倍増し、85歳になると3人に1人が発症します。
アルツハイマー病には有効な治療法がありません。世界中の製薬会社がアルツハイマー病の治療薬開発にしのぎを削り、1995年から2021年の間に1000件以上の臨床試験に約420億ドルが投入されました。市場に出ている薬はあるにはありますが、治癒、あるいは予防にはほど遠いものです。
アルツハイマー病が「どんな人に起こりやすいか」については過去にも繰り返し述べて来たようにかなり検討されています(例えば「はやりの病気第253回<2024年9月>『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)。しかし、「なぜ起こるのか」についてはいまだに分かっていません。
もっと正確に言えば「いったんはなぜ起こるかが解明されたと思われたが実は間違いだった」となります。
これまでアルツハイマー病は「アミロイド仮説」で説明されてきました。タンパク質の一種であるアミロイドβの沈着が脳内の神経細胞の間に蓄積し、神経細胞を障害するというものです。しかし、この説に対しては以前から疑問視する声がありました。例えば、アルツハイマー病の脳には必ずアミロイドβの沈着が観察されますが、沈着があってもアルツハイマー病を発症しない人もいます。それに、アミロイドβの蓄積はアルツハイマー病発症の「要因」ではなく、単なる「結果」である可能性を否定できません。
2006年、1つの論文が風穴を開けました。ミネソタ大学のKaren H. Ashe氏らによる研究が科学誌「Nature」に掲載され、「アミロイドβが記憶障害を引き起こす」ことが”証明”されたのです。もう少し詳しく言うと「『Aβ*56』と呼ばれるアミロイドのオリゴマー(蛋白質の固まり)がアルツハイマー病の発症に関与している」ことが示されました。さらに詳しく解説すると、著者らは「アルツハイマー病を発症するように遺伝子操作されたマウスにはAβ*56が存在し、認知機能が低下するにつれてAβ*56がたくさん蓄積した。また、Aβ*56を注入されたラットに記憶障害が認められた」と報告したのです。
アミロイドβには複数のサブタイプがあることが知られていますが、アルツハイマー病との関連については分かっていません。そんななか、アルツハイマー病を引き起こす特定のオリゴマーが発見されたわけですから、この論文は極めて価値の高い、いわばノーベル賞級の快挙です。実際、責任著者のAshe氏は神経科学の世界で名誉あるPotamkin賞を受賞しました。この論文はその後2,500件近くの学術論文で引用され、世界中の科学者が数億ドル規模の公的研究助成金を用いてアミロイドβの研究に勤しみました。
ただ、この論文にはひとつの「欠点」がありました。「捏造」だったのです。現在もこの論文はウェブ上で閲覧できますが、各ページに大きな字で「RETRACTED ARTICLE(撤回された論文)」と記されています。人間、嘘をついたならできるだけ早くそれを公表し嘘を撤回すべきですが、この論文が撤回されたのは捏造疑惑が生じてから2年後の2024年6月でした。
ちなみに、現在日米でアルツハイマー病に一応有効とされ発売されている薬「レカネマブ(レケンビ)」「ドナネマブ(ケサンラ)」はアミロイドβを攻撃するとされていますが、認知機能低下の効果はわずかしかなく、脳腫脹や脳出血など危険な副作用のリスクが(特にアルツハイマー病のハイリスクとなるApoE遺伝子をε4で持つ人にとって)あります。ちなみに、レケンビ発売元のエーザイは「論文の不正とレカネマブは関係がない」とする声明を出しています。
聞くところによると、この捏造論文が撤回された後も、アルツハイマー病の原因が尚もアミロイドβだと考え研究を続けている研究者もいるようです。その一方、「原因は他にある」と考える研究者もいます。現在最も注目されている一人が、英国の神経学者Ruth F Itzhaki氏です。Ashe氏らの捏造論文が登場した1年後の2007年、医学誌「Neuroscience Letters」に「単純ヘルペスウイルスの感染により脳細胞内のアミロイドレベルが劇的に上昇する」ことを示したItzhaki氏の論文が掲載されました(尚、アルツハイマー病ではアミロイドβが細胞の外に沈着しますが、アミロイドβが生成されるのは細胞内です)。
Ashe氏らの「Nature」の論文が世界に多大なる影響を与えた一方で、Itzhaki氏の「単純ヘルペスウイルスが認知症の原因」とするこの説はあまり注目されず鳴りを潜めていました。しかし、論文捏造で評判を地に墜としたAshe氏とは対照的に、Itzhaki氏に賛同する学者は次第に増え、ついに「AlzPI(Alzheimer’s Disease Pathological Biome Initiative=アルツハイマー病病理研究チーム)と呼ばれるチームが結成されました。チームの使命は「感染症がアルツハイマー病の発症に中心的な役割を果たしていることを正式に証明すること」です。
アミロイドβ以外にもう1つ、アルツハイマー病で脳内に蓄積する蛋白質があり「タウ蛋白」(または単に「タウ」)と呼ばれます。アミロイドβ説の信奉者は「アミロイドβが増えるからアルツハイマー病を発症する」と考え、タウ蛋白説を信じる人は「タウ蛋白が増えるからアルツハイマー病を発症する」と考えます。一方、Itzhaki氏らAlzPIのメンバーは「アミロイドβとタウ蛋白は脳における病原体に対する最前線の防御線」(=アミロイドβとタウ蛋白が病原体をやっつける)と考えます。
この根拠となると思われるのが2018年に医学誌「Neuron」に掲載された論文「アルツハイマー病に関連するアミロイドβはヘルペスウイルスによって急速に増殖し脳感染から保護する(Alzheimer’s Disease-Associated β-Amyloid Is Rapidly Seeded by Herpesviridae to Protect against Brain Infection)」です。タイトルから分かるように、「ヘルペスウイルスの脳内の感染でいわば免疫応答としてアミロイドβがつくられる」とこの論文は主張しています。つまり、アミロイドβの生成は感染予防上必要だというのです。しかし、その免疫反応が過剰に働いたときに(いわば余剰につくられた)アミロイドβが脳に蓄積して、アルツハイマー病を発症すると考えられるわけです。
この説が正しいとするならば、認知症の最大の予防は「ヘルペスウイルスに感染しないこと」、あるいは「ヘルペスウイルスに感染してしまったらできるだけ再発させないこと」が最重要になります。
次回に続きます。
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|2025年4月10日 木曜日
第260回(2025年4月) 人工甘味料はなぜ太るのか
2021年5月に開始したメルマガは、患者さん(というよりもこのウェブサイトを閲覧している人)と、メルマガ読者から寄せられる質問から成り立っています。メルマガで質問に回答すると、それに対してさらなる質問や感想が寄せられることも多く、意外な「回答」に反響が大きいことがあります。今回取り上げる「人工甘味料」もそのひとつで、大勢の方から感想や相談をいただきました。そこで今回の「はやりの病気」はこのテーマを取り上げたいと思います。
発端となったのは「コーラゼロを飲んでいるのになぜやせないのか」という読者からの質問でした。この質問は我々の立場からみれば珍しい類のものではなく、言わば「定番の質問」であり、谷口医院をオープンした2007年から、少なく見積もっても100人以上の患者さんから診察室で尋ねられています。
では、私は最初から的確な回答をしていたのかというと、そうではありませんでした。以前私が答えていたのは「やっぱりオリジナルのコーラの方が美味しいから満足度は高いし、砂糖がたっぷり入っているからそれ以上身体に悪いものは摂らないようにしようと考える。他方、コーラゼロなら”罪悪感”がないから、他のジャンクフードに手がでやすいんじゃないですかね」という感じのことです。
なんと非科学的な……、と思われるかもしれませんが、その後の研究で、この私の「仮説」はまんざら間違っていないことが分かってきました。ちなみに、私自身もコーラは大好きですが「コーラゼロ」にはまったく興味がなく、いつもオリジナルのものを選びます。もしも瓶入りのコーラが売られていれば、缶には見向きもせず瓶をとります。瓶の方がずっと美味しい(と思う)からです。ただし、瓶入りでも缶入りでも健康に悪いのは分かっていますからせいぜい月に1本程度しか飲みません。
なぜ人工甘味料が太りやすくなるのか、その理由を述べる前にまずは代表的な人工甘味料にはどのようなものがあるかをみていきましょう。おそらく人工甘味料で最も有名なのは”歴史”のあるサッカリンだと思うのですが、最近はほとんど聞かなくなりました。この理由ははっきりしませんが、おそらく「発がん性が広く知れ渡ったこと」と「(下記に述べる)他の人口甘味料が主流になったこと」でしょう。現在、飲料品などに最もよく使われている人工甘味料は次の3つだと思います。いずれもショ糖(砂糖)の〇百倍などと形容されます。尚、「コーラゼロ」には#1と#2が使われています。
#1 スクラロース
#2 アセスルファムカリウム
#3 アスパルテーム
人工甘味料に反対する人は、その理由としてしばしば「発がん性」を挙げます。上述したようにサッカリンが人気をなくしたのもおそらくそれが原因でしょう。そして、これら3つについてもやはり発がん性がよく指摘されます。しかし、これらはすでに数多くの飲料品や食品に使われていますが「全面的に禁止しよう」という流れにはなっていません。よって、たとえ発がん性や毒性があるにしてもそれは程度の問題となります。それに、あきらかに「人工甘味料が原因で〇〇がんになった」人や、そういう人を知っているという人もほとんどいないでしょうから「人工甘味料はがんの原因になるからやめましょう」はそれほど説得力がありません。むしろ、「少々のがんのリスクを抱えてもカロリー摂取量が減ってやせられるのならそちらを取る」という人も少なくないでしょう。
人工甘味料を摂取すべきでない理由は、上述したように「太るから」です。これは一見矛盾しているように聞こえるでしょうが、それを証明した研究も複数あります。例えば、2021年に医学誌「JAMA」に掲載された論文があります。南カリフォルニア大学ケック医大の研究者らが主導したこの研究では、スクラロースを含む飲料は「食欲を亢進」させることが示されました。スクラロースを摂取した被験者は、ショ糖(砂糖)を摂った被験者に対して、体内のホルモンの分泌量や脳の活性部位の分析結果から食欲が亢進していたことが分かったのです。
似たような研究が最近も発表されました。75人の若年者を対象とし、スクラロース、ショ糖、水のいずれかを摂取します。スクラロースを摂取すると、ショ糖摂取時に比べ、視床下部(脳の食欲を調節する部位)の血流が増え、空腹を感じやすくなったのです。また、水(だけ)を飲むと満腹感は得られませんが、興味深いことに、スクラロースを摂取したときにも空腹感は水のときと変わっていなかったのです。ショ糖を摂取すると血中の血糖値は(当然)上昇します。ショ糖が分解されるとグルコースとフルクトースになり、フルクトースも一部はグルコースに代謝されるからです。ところが、スクラロースの場合は血糖値が上昇しません。だから太らずにダイエットできると宣伝されているわけです。
血糖値が上がらなければインスリンが分泌されず、結果としてカロリーが細胞に取り込まれることはありません。にもかかわらず太るのはなぜなのか。人工甘味料を摂取したときの私の考えるストーリーは次の通りです。
・舌に分布する味覚細胞:人工甘味料を感知して「甘いものが取り込まれたこと」を脳に伝える
・脳:「甘いもの=カロリーの高いもの」と認識し、「カロリーが吸収されたこと=血糖値が上昇したこと」を確認した上で満腹中枢を作動させて食欲を減らそうとスタンバイする
・小腸:甘いものが取り込まれたと聞いて、グルコースを吸収するようスタンバイしていたが一向にグルコースがやってこず取り込めない。結果、血糖値が上がらない
・脳:血糖値が上がらないため、満腹中枢を作動させる発令を中止せざるを得ない。このままではカロリー不足になるかもしれないと考え、逆に空腹中枢に働きかけ「もっと食べるように」と指示を送る
かくして、甘いものを摂取したのに満腹中枢ではなく空腹中枢が動き出してしまうのです。これが、私が考える人工甘味料を摂ったときに太るストーリーです。
そして、実はこのことは難しい医学論文を読まなくても2日あれば簡単に証明することができます。興味がある人は実践してみてください。まず1日目の夕食時、食事を摂る前にオリジナルのコーラ500mL(350mLでも可)を飲んでみてください。20分ほどしてからご飯を食べてください。翌日、今度はコーラゼロを同じ量飲んで同じ時間をあけてからご飯を食べてください。夕食で食べる量(食べたい量)が異なることが分かるでしょう。
では、コーラゼロではなく、オリジナルコーラを食前に飲むと食事の量が減るからやせるのかというと、残念ながらそういうわけではありません。空腹時に砂糖を摂取すると一気に高血糖となり、インスリンが大量に分泌され、その結果グルコースが脂肪細胞に取り込まれ、さらに中性脂肪として蓄えられます。空腹時に一気に血糖値を上げるのは危険だと考えるべきです。
ではやせるにはどうすればいいか。興味がある人は「3日目の実験」をしてみてください。3日目は単なる水またはお茶を飲みます。可能なら500mL以上、1リットルでも飲んでみてください。そして、その後ご飯を食べてみてください。オリジナルコーラのときほど顕著ではないかもしれませんが、普段より食べる量が減らなかったでしょうか。実はこの「水ダイエット」、過去のコラムで紹介したことがあるのですが、有効性が高い割に誰も話題にしません。面白みがないですし、誰も儲からないからでしょう。
ですが、「水ダイエット」こそ、誰でも簡単に安全に、そしてコスト(ほぼ)ゼロでできるダイエット法なのです。ダイエットに興味のない人はやる必要がありませんが、やせたい人もそうでない人も人工甘味料には手を出さないのが賢明です。脳を“だまして”いいことはありません。
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|2025年3月20日 木曜日
第257回(2025年3月) 人生が辛いなら「スマホを持って旅に出よう」
「格差社会」という言葉が人口に膾炙し始めたのは2000年代前半あたりでしょうか。当時は「勝ち組/負け組」という分かりやすい表現もよく使われていました。しかし、「勝ち組/負け組」はあまりにも露骨な言い回しであり、品がなく、一過性の流行語のように消えていきました。他方「格差社会」という用語は、社会に根付き、一般人から学者まで幅広い人たちに使われています。
その格差社会は成人のみならず、若年者、さらに10代の若者にも広がっているような気がします。谷口医院の患者さんをみていても、いわゆるスクールカーストの上位にいそうなキャラクターの10代男女もいれば、その反対に中学や高校、あるいは大学で、対人関係が上手くいかず、親友どころか友達もできず、学校から足が遠のき、心を病んでいく人たちがいます。
そしてその傾向は全国的にみられるようです。まず、不登校の児童の増加ぶりは異常と呼べるほどです。2023年度の不登校の小中学生は34万人を超え、これは11年連続の増加です。東洋経済が作成した下記のグラフを見れば不登校児童が異常なほど急増していることに驚かされます。
https://toyokeizai.net/articles/-/853036?utm_campaign=ADict-edu&utm_source=adTKmail&utm_medium=email&utm_content=20250215
では、これだけ大勢の若者が病んでいるのは「失われた〇〇年」などという言葉がしばしば当てはめられる日本特有の現象なのでしょうか。そうではなく、若年者が心を病んでいるのは世界共通の現象です。米国の10代のうつ病の増加率は驚くべきもので、5人に1人がうつ病です。
https://www.statista.com/chart/33610/share-of-us-teenagers–12-17-y-o–who-have-experienced-a-major-depressive-episode/
もっとひどいのが英国で、10代のうつ病罹患者は年ごとに増え、2021年にはなんと4割を超えています。
https://www.statista.com/statistics/1199302/depression-among-young-people-in-the-united-kingdom/
国の将来を担う10代の4割がうつ病を患っている国家がまともであるはずがありません。日本では10代のうつ病の年次推移を調べたデータは見当たらず、米国や英国との直接比較はできないのですが、日本も深刻な状態にあるのはおそらく間違いありません。自民党の山田太郎議員が不安に関して調査した報告書には、「死んだ方がマシ」「早く死にたい」「死ぬしかない」「正直死にたい」「生きていても意味がない」「ただただ苦しい」「あと何十年も生きるのかと思うと不安」といった若者の言葉が並んでいます。
「21世紀には明るい未来が待っている」と前世紀に世界中の多くの人が考えていたはずなのに、これだけ大勢の若者が心を病んでいるのはなぜなのでしょう。テクノロジーは発達し、世の中は随分と便利になりました。科学技術だけではなく、医療も大きく発展しました。今やがんやHIVは命をなくす疾患ではありません。関節リウマチや潰瘍性大腸炎といったかつては生活が大きく制限された疾患も今では普通の生活ができるようになっています。薬でやせることができ、髪を増やすこともできるようになり、美容外科が日常となりました。人々は心身ともに若返り、元気になっているはずです……。
しかし実際には10代の若者の何割かが心を病んでいるのです。格差社会というからには「勝ち組」に入る幸運な若者もいるはずですが、そんな彼(女)らもいつ「負け組」に転落するかもしれないという恐怖に実は怯えているのではないでしょうか。
では科学も医療も発展したのにも関わらず、心が病んでいくのはなぜなのか。医療のなかでも精神医療だけが遅れているのでしょうか。それもあるでしょう。しかし最大の原因はやはり多くの識者が指摘しているように「SNSの普及」だと思います。そして、これは識者だけでなく、誰もが気付いているはずです。
もしも、世界からSNSが一掃され、SNSが存在しなかった頃の世界に戻れば、人は人間らしいつながりや絆を取り戻すことができると皆が分かっているのになぜそれができないか。それは、人はSNSの”魅惑”に取りつかれてしまっているからです。豪州では近日「16歳未満のSNSは禁止」というルールが施行されますが、すでにSNSに魅了されている若者はなんとかしてそのルールを破ろうとするに違いありません。それに16歳になれば解禁されるわけですから、仮にそれまで健全な精神を保てていたとしてもSNSの使用開始と同時に病んでいく男女が続出するでしょう。では、「20歳未満はSNS禁止」というルールを世界一斉に発令したとすればどうでしょう。その場合も、大人たちはSNSの使用をやめないわけですから、なんとかしてSNSに手を出そうとする若者が続出することになるでしょう。結局、人類がいったん知ってしまったSNSの”果実”から逃れることはできないのです。
ではなぜ人はそんなにもSNSに惑わされるのか。おそらくその答えは「SNSによりすぐに孤独から救われるから」でしょう。SNSを続けていればそのうち誰かがメッセージをくれます。人に飢えている人はそれに飛びつきます。SNSの世界ではやたら褒められて承認され、自己肯定感が生まれます。そうすると、人はこの”麻薬”を断ち切ることができなくなります。しかし、その”幸せ”は、本物の麻薬と同じように実は見せかけのものであることにそのうちに気付きます。それでも万が一くらいの確率では生涯の親友やパートナーができるかもしれないという希望が捨てられず、SNSの果てしない”夢”の前には屈するしかないわけです。
だから、悩める若者に対し「スマホを捨てよ、町へ出よう」と言ったところで絵に描いた餅に過ぎません。この言葉は「書を捨てよ、町へ出よう」と似ているようで、実は意味するところは正反対だからです。「書を捨てよ……」に説得力があるのは、「本を読んでいても本当に大切なことは分からない。人生の真の喜びは人との関係でしか生まれない」ということを我々は本能的に知っているからです。そして、街へ出たから直ちに素敵な出会いがあるわけではありませんが、少なくとも狭いアパートにこもって本を読んでいるよりははるかに期待できるわけです。他方、「スマホを捨てよ……」といっても説得力がないのは、街へ出てもいい出会いに遭遇する可能性はこの社会では限りなく低く、スマホの方がはるかに可能性が高いからです。
ではどうすればいいか。きれいな答えとはほど遠いのですが、私が診察室でときどき若者に言っているのは「スマホを持って旅に出よう」です。さすがに小中学生にこんなことを言うわけにはいきませんが、大学生やときには高校生にもこのような助言をすることがあります。「旅に出る」も「町に出る」も変わらないように感じられるかもしれませんが、旅の場合は、そしてそれが日常からかけ離れていればいるほど予期せぬハプニングやアクシデントが起こります。楽しいハプニングとは呼べないものの方が多いでしょうが、見知らぬ人と接することで、ほっこりしたり、あるいはエキサイティングな気持ちになったりすることもたまにはあるものです。どうせ人生なんて辛いことの方がずっと多いわけです。ならばSNSで完璧な自分を演じようとしてみたり、他人の不幸をかいまみてほくそえんだりするのではなく、自分が主体になって辛いことが大半の舞台に立ってそのときの”役”を演じる方がずっと意味があるのではないでしょうか……。
と、こんな感じのことをときどき診察室で若い患者さんに伝えたり、メール相談に応えたりしています。若くない人にも同じようなことを話しています……。
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|2025年2月11日 火曜日
第258回(2025年2月) 認知症のリスクを下げる薬
周知のように認知症自体を治す薬というのはほとんど存在しません。効果よりも費用が話題になるレカネマブ(商品名「レケンビ」)とドナネマブ(「ケサンラ」)の薬価は年間約300万円です。これらは「進行を遅らせる(かもしれない)」薬で、発症リスクを下げてくれるわけではありません。それなりの副作用のリスクも覚悟しなければなりません。
「認知症のリスクを下げる薬」として現在最も注目されているのはGLP-1受容体作動薬でしょう。これは元々糖尿病の薬として上市されましたが、実際には「やせ薬」として有名になりました。実際、かなりの確率で体重減少が起こります。そのGLP-1受容体作動薬が認知症のリスクを下げるのではないかと期待されています。
医学誌「eClinicalMedicine」2024年7月号に掲載された論文「スウェーデンの2型糖尿病の高齢者における認知症リスクに対するGLP-1受容体作動薬、DPP4阻害薬、SU薬の有効性の比較:模擬試験研究(Comparative effectiveness of glucagon-like peptide-1 agonists, dipeptidyl peptidase-4 inhibitors, and sulfonylureas on the risk of dementia in older individuals with type 2 diabetes in Sweden: an emulated trial study)」を紹介しましょう。
研究の対象者はスウェーデン在住で糖尿病の治療を受けている65歳以上の88,381人で、調査期間は2010年1月1日から2020年6月30日。対象者でGLP-1受容体作動薬を処方されていたのは12,351人、DPP4阻害薬は43,850人、SU薬は32,216人。平均追跡期間は4.3年で、この間に認知症を発症したのは4,607人でした。薬ごとにみると次のようになりました。
・GLP-1受容体作動薬:278人 (発症率は1,000人年あたり6.7)
・DPP4阻害薬:1,849人(発症率1,000人年あたり11.8)
・SU薬:2,480人(発症率1,000人年あたり13.7)
これらを計算すると、GLP-1受容体作動薬を使用すれば、DPP4阻害薬、SU薬のときに比べ、それぞれ、23%、30%認知症発症リスクが低下しています。
糖尿病の薬ではメトホルミンも認知症のリスクを下げることが指摘されています。台湾の14,558人を対象とした研究では、60歳以上の2型糖尿病患者がメトホルミンを使用すると、認知症を発症するリスクが低下することが示されました。しかも用量が多ければ多いほどリスクが低下します。下のグラフは驚くべき結果を示しています。
ただ、メトホルミンは認知症のリスクを上げるとする研究もあります。韓国の糖尿病患者70,499人を対象とした研究(2002~2017年)では、メトホルミンを使用すれば認知症発症リスクが50%増加した、とされています。糖尿病の罹患が長ければ長いほど、またうつ病を伴っていればリスクは上がりやすいようです。
他にも認知症のリスクを下げる薬を紹介しましょう。2008年から2020年に米国ニューヨーク市で診察を受けた約200万人の患者のデータを使用した研究です。認知症のリスクを下げるという結果がでたのは、ロスバスタチン(コレステロールを下げる薬)、シタロプラム及びエスシタロプラム(抗うつ薬)、オメプラゾール(胃薬)でした。意外なのがオメプラゾールです。この胃薬はPPI(プロトンポンプ阻害薬)に分類され、PPIは認知症のリスクになると言われているからです(参考:医療ニュース2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」)。
もうひとつ興味深い研究を紹介しましょう。1億3000万人以上の患者と100万件の認知症症例のデータを使用した14件の研究を対象とした分析によると、アルツハイマー病や認知症のリスクを増減させる薬を特定することはできなかったものの、抗菌薬、ワクチン接種、抗炎症薬はリスクを低減させることが分かりました。リスクを上げるのは、糖尿病薬、ビタミン・サプリメント、抗精神病薬です。
この研究結果に頷けるのは、抗菌薬、ワクチン接種、抗炎症薬はいずれも「炎症を軽減する薬剤」だからです。ですから、薬が認知症のリスクを下げるというよりも、感染症を予防して、感染すれば効果的な治療を速やかに開始するのが認知症予防に有効だと考えるべきでしょう。
ワクチンが認知症を予防するという報告は複数あります。
2022年に医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」で報告された研究では、インフルエンザのワクチン接種で認知症発症リスクが40%も低減するとされています。研究の対象者は米国の65歳以上で、インフルエンザワクチンを接種した935,887人と、未接種の同じ人数が比較されました。平均年齢73.7歳、追跡期間は46ヶ月です。この間にワクチン接種者では5.1%(47,889人)が、未接種者では8.5%(79,630人)が認知症を発症しました。
帯状疱疹ワクチンの認知症リスク低減効果も有名です。2024年7月に公表された研究では、生ワクチン、不活化ワクチン(組換えワクチン)ともに認知症発症リスクを低減させることが示されています。
2023年に医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に掲載された論文では、三種混合ワクチン(正確にはTdap/Tdワクチン)、帯状疱疹ワクチン、肺炎球菌ワクチンが、それぞれ認知症のリスクをどの程度軽減するかが調べられています。結果、三種混合ワクチンでは30%、帯状疱疹ワクチンでは25%、肺炎球菌ワクチンでは27%、認知症のリスクを低下させるという結果が出ました。
最後に、「サプリメントで認知症のリスクが下がるかもしれない」夢のような研究を紹介しましょう。2023年に医学誌「Alzheimer’s & Dementia: Diagnosis, Assessment and Disease Monitoring」に掲載された「ビタミンD補給と認知症発症:性別、ApoE、ベースライン認知状態の影響(Vitamin D supplementation and incident dementia: Effects of sex, APOE, and baseline cognitive status)」です。研究の対象者は米国の12,388人です。
結果、ビタミンDを摂取する人は、しない人と比べて認知症の発症率が40%も低下することが示されました。各グループに差があり、男性よりも女性、軽度認知障害がある人よりもない人、ApoEε4保有者よりも非保有者で認知症予防効果が高いことがわかりました。しかし、それでもハイリスクグループでも予防する可能性があることが示されています。
これらをまとめると、日頃からビタミンDのサプリメントを摂取し、ワクチンを積極的に接種し、糖尿病になれば早い段階からメトホルミンとGLP-1受容体作動薬を使う、ということになるのかもしれません。
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|2025年1月19日 日曜日
第257回(2025年1月) 「超加工食品」はこんなにも危険
「超加工食品」という言葉が日本語として正しいのかどうか分かりませんが、海外メディアではここ数年「ultra-processed foods」という言葉が繰り返し登場しています。ここではとりあえず「超加工食品」という言葉を採用して、これがどれだけ魅力的か、そしてどれだけ危険かを振り返ってみたいと思います。
まずは言葉からみていきましょう。超加工食品という言葉は、2009年、ブラジルのCarlos Monteiro医師によって提唱されました。Monteiro医師はすべての食品を加工の程度によって分類することを試みました。この分類を「NOVA分類(≒新分類)」と呼びます。
NOVA分類は当初は3つのカテゴリーでした。
<グループ1>加工されていない、または最小限に加工された食品(unprocessed or minimally processed foods):野菜、米、牛乳、卵、魚など
<グループ2>加工された原材料(processed ingredients):砂糖、小麦粉など
<グループ3>超加工食品(ultra-processed food products):パン、ソーセージ、チーズ、缶詰など
2017年に4つのカテゴリーに再分類されました。
<グループ1>加工されていない、または最小限に加工された食品(unprocessed or minimally processed foods):果物、野菜、ナッツ、種子など
<グループ2>加工された料理用原材料(Processed culinary ingredients):砂糖、植物油、バター、塩など
<グループ3>加工食品(Processed foods):缶詰野菜、チーズ、できたてのパン(freshly made breads)など
<グループ4>超加工食品(Ultra-processed foods):スナック菓子、ソーダ、即席ラーメン、冷凍ピザ、大量生産のパン(mass-produced packaged breads)など
2017年分類の「グループ4=超加工食品」を毎日のように食べている人も少なくないのではないでしょうか。日本人がグループ4をどれくらい摂取しているのかを示したデータは見当たりませんが、米国では食品の約60%を占めていて、子供や10代の若者に限ればその割合はさらに高く、食べているものの約3分の2が超加工食品だとされています。
では、超加工食品を摂取すれば何が悪いのでしょうか。第二次トランプ政権で保健関連の要職につくとされているロバート・F・ケネディ(RFK)・ジュニアは「反ワクチン派」であることから科学者や医療関係者からは否定的にみられていますが、以前から超加工食品を「毒」とみなしていて、この点は世界中で評価されています。
「毒」という表現が適しているかどうかは別にして、超加工食品を否定的にみているのはRFKジュニアだけではありません。
コロンビアは2023年11月、超加工食品に課税することを発表しました。ブラジル、カナダ、ペルーなどは超加工食品の摂取を制限するよう勧告しています。
では超加工食品のいったい何が悪いのでしょうか。
まず、超加工食品の摂取割合が増えれば確実に太ります。それを示した研究もあります。
肥満でない20名の被験者(平均年齢31.2歳、BMI27)を2つのグループに分け、一方のグループには超加工食品を、もう一方のグループには未加工食を2週間食べてもらいました。食事は、カロリー、主要栄養素、糖分、ナトリウム、繊維質が一致するように設計されました。どれだけ食べるかは被験者の自由とされました。
結果、超加工食品摂取のグループは毎日500Kcal多く摂取していました。炭水化物と脂肪を多く摂っていて、蛋白質は未加工食のグループと差がありませんでした。超加工食品のグループは体重が0.9kg増え、対照的に未加工食のグループでは0.9kg減っていました。
では、なぜ我々は超加工食品をたくさん食べてしまうのでしょう。当然すぎる答えですが「美味しいから」です。超加工食品には「脂肪と糖分」「脂肪と塩分」「炭水化物と塩分」のいずれかの組み合わせが多く、これを英紙「エコノミスト」は「”超嗜好性”ミックス(”hyper-palatable” mixes)」と呼んでいます。
興味深いことに、これらの組み合わせは自然界には存在しません。そして食べやすい形と柔らかさが特徴です。超加工食品はたいてい袋をあければすぐに食べられますし、やわらかいですから食べるスピードが早くなります。早く食べてしまうと、満腹中枢が働き始めるころにはすでに後の祭り、となってしまっているわけです。
超加工食品は太るだけではありません。寿命も縮めます。米国の健康な男性の医療者39,501人と女性看護師74,563人を対象とした興味深い研究を紹介しましょう。
30年以上に渡る調査期間で死亡したのは男性18,005人と女性30,188人。超加工食品の消費量でグループを4つにわけると、最も多い1/4のグループは最も少ない1/4のグループに比べ、全死亡率が4%高くなっていました。がんと心血管疾患を除くと9%高くなっていました(つまり、意外ではありますが、超加工食品を摂取してもがんと心血管疾患の死亡は増えなかったのです)。
肉/鶏肉/魚介類(Meat/poultry/seafood)をベースにした調理済み製品(加工肉など)は、死亡率との強い関連性を一貫して示し、6~43%の死亡リスク上昇が認められました。砂糖や人工甘味料を加えた飲料では9%、乳製品ベースのデザートでは7%上昇していました。
肥満と死亡リスクの上昇以外にも様々なリスクがあります。食事中の超加工食品摂取量が10%増えると、不眠を抱えるリスクが男性で9%、女性で5%上昇するという研究があります。
不眠が生じるなら「うつ病」も起こしそうです。そしてそれを示した研究もあります。米国の42~62歳(平均52歳)の女性看護師31,712人を対象とした研究を紹介しましょう。まず、超加工食品摂取量が多ければ、BMIが高く、喫煙率が高く、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの併存疾患の有病率が高く、定期的に運動する可能性が低いことがわかりました。そして、うつ病については、狭義のうつ病発症者は2,122人、広義では4,840人が該当しました。
超加工食品摂取量で対象者を5つのグループに分けたとき、最も摂取量の多い1/5のグループは、最も少ない1/5のグループと比較して、狭義のうつ病発症リスクが49%、広義のうつ状態の発症リスクは34%上昇していました。興味深いことに、この研究ではどのような超加工食品がうつ病のリスクとなるかも検討されています。特に顕著だったのが人工甘味料入り飲料で37%、人工甘味料も26%のリスク上昇が認められました。
超加工食品の摂取を1日3回以上減らした人は、摂取量を変えなかった人に比べてうつ病発症のリスクが16%低下していました。
超加工食品は不眠やうつ病だけでなく認知症のリスクにもなります。医学誌「Neurology」に発表された研究は米国の全国規模の2つのデータベースを解析しています。加工赤身肉の摂取量を1日あたり0.25サービング以上摂取している人は、1日あたり0.10サービング未満の人と比較して、認知症のリスクが13%高く、SCD(Subjective Cognitive Decline=主観的認知機能低下)は14%高くなっていました。SCDとは最近提唱された概念で「試験では認知症ではないが、本人が認知症かもしれないと考えている段階」のことです。サービングについては「1サービング=一皿」と考えてOKです。加工赤身肉の摂取量が多いと、全般的な認知能力の老化が加速することも分かりました。1日1サービングの増加につき1.61歳老化が加速します。言語記憶の能力(単語や文章を理解して記憶する能力)は1.69歳老化します。
興味深いことに、一日一食分の加工赤身肉をナッツ類や豆類に置き換えると、認知症のリスクが19%、SCDのリスクが21%低下することが分かりました。また、加工されていない赤身の肉であれば、認知症のリスクを上げないことも分かりました。
英国のデータベースを用いて実施された研究もあります。結果は米国のものと同じようなもので、加工肉の摂取量が1日あたり25g増えるごとに、全認知症発症リスクが44%、アルツハイマー病発症リスクが52%増加します。対照的に、未加工の赤身肉の摂取量が1日あたり50g増加すると、全認知症発症リスクが19%、アルツハイマー病発症リスクが30%低下します。加工(赤身)肉とは、ベーコン、ホットドッグ、ソーセージ、サラミ、ボローニャソーセージなどです。
どうやら心身ともに健康で長生きするには「いかに超加工食品の誘惑を断ち切るか」が鍵になりそうです。
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|2024年12月19日 木曜日
第256回(2024年12月) B型肝炎ワクチンに対する考えが変わった!
おそらくメディアでは報道されておらず、たぶんSNSでも話題になっていないと思うのですが、B型肝炎ウイルス(以下「HBV」)のワクチンに対する考え方が変わりました。
2024年11月15日、日本環境感染学会が新しいガイドラインを発表し、そのなかで私が長年モヤモヤしていたことが一気に解消されました。今回は、HBVワクチンに対する考えがどのように変わったのかを紹介し、今後のあるべき接種方法について述べたいと思います。
HBVワクチンは本来なら誰もが接種していなければならないワクチンですが、この国では接種者が驚くほど少ないのが現状です。そういう偉そうなことを言っている私自身もこのワクチンの存在を知ったのは医学部に入学した27歳のときで、それまではHBVの危険性についてよく分かっていませんでした。
私が医学部に入学した90年代の大阪は(そしてたぶん今の大阪も)HBV感染者が九州地方と並んで最も多い地域です。出処は忘れましたが、以前、「大阪府と福岡県に最も感染者が多い」と聞いたことがあります。なぜ大阪と九州に多いかというと、韓国、北朝鮮、台湾からやって来た人が多いからです。
HBVは性感染、母子感染、血液感染で広がるとされていますが、実際には「スキンシップ程度の接触」で感染することもあります。谷口医院の患者さんのなかにも、「友達を看病して感染した」「間違って友達の歯ブラシを使って感染した」あるいは「道端で倒れている人を起こしたときに傷に触れて感染した」という例もあります。
この程度の接触で感染するわけですから、ウイルス量の多い感染者と同居していれば時間の問題です。日本では父子感染もそれなりにあるという報告もあります。もちろん父親が娘(息子)に性的虐待して……、ではなく、おそらく傷の手当や食べ物の口移しなどで感染したのでしょう。
医学部に入学したての頃、HBVワクチンを無料で接種できると聞いて喜んだ私は、実は同時に”恐怖”も感じていました。「すでにかかっているかもしれない……」と思ったからです。当時27歳の私の周辺にはHBV感染者がけっこういたのです。
疫学的には「日本のHBV感染者は100万人ちょっと」と言われていて、おおまかにいえば100人に1人くらいとなるのでしょうが、私の周りにはすでに感染者が5人いました。医学部内でのワクチン接種の際に「僕の周りには5人の感染者がいます」と肝臓内科の先生に言うと、「そんなはずはない。それは多すぎる」と言われたのですが、これは事実です。
5人のうち1人(20代の男性)は、ちょうど私が医学部に入学したのと同時くらいに急性肝炎を発症して入院し、パートナーにうつしていたことが判り、ちょっと大変な状態になっていました。この男性は大学は違えどアルバイト先が同じで20~21歳くらいにはしょっちゅう一緒にいた友達です。ちなみに私は医学部入学前に会社員をしていて、その前に私立文系の大学を卒業しています。
残りの4人は、同世代の男性が2人、同世代の女性が1人、私より20歳ほど年上の男性が1人です。女性の感染ルートは最後まで不明(家庭内感染は否定され、本人が言うには性行為の経験は「ない」とのこと)で、男性は全員が性感染でした。最も重症化したのは「私より20歳ほど年上の男性」で、タイへの出張時にタイ人女性(おそらくsex worker)から感染し、帰国後に劇症肝炎を発症し、一時は意識不明となり生死を彷徨いました……。
幸いなことに、私自身は感染しておらず無事にワクチンを接種することができました。しかし、それは本当に”幸い”なことであり、知識がなく誰も教えてくれなかったので仕方がないとはいえ、それまでHBVに無関心でいたことが怖くなりました。
HBVは極めて興味深い生命体で、2本鎖のDNA型のウイルスなのにも関わらず、1本鎖RNA型のHIVと同じように逆転写酵素を持っています。そのため、いったん感染するとヒトの細胞内のDNAに割り込み、ヒトの細胞分裂が起こる度にウイルスも増幅されることになります。つまり、いったん感染すると生涯にわたり消えないのです。そして、感染力は極めて強く、(HBVの体内での状態にもよりますが)感染力はHIVの100倍とも言われています。実際、性感染を考えた場合、HIVはそう簡単には感染しませんが(とはいえ、実際には「よくその程度で感染しましたね……」という事例もありますが)、HBVは(先に述べたように)些細な接触で感染します。
しかし、HIVの場合はワクチンがなく予防にはコンドームを用いるかPrEPを実施せねばならないのに対し、HBVはワクチンを接種して抗体を形成しておけば感染することは(まず)ありません。しかも、いったん抗体が形成されれば生涯感染しないというのです。欧米諸国や豪州などではたいてい生まれて数時間以内に1回目のワクチンを全員に接種します。
谷口医院をオープンした2007年、私が真っ先に取り組みたかった1つが「HBVの危険性を広く知らしめてワクチンを普及させること」でした。そして、医院オープン直後に自分のHBVの抗体(HBs抗体)を調べてみました。医学部1回生のときに3回接種してそのときに抗体形成を確認していますから今回も「陽性」となるはずです。ところが結果はなんと「陰性」! 抗体が消えてしまっていたのです。
しかし、これはよくあることで、HBs抗体はワクチンで形成されて数年間が経過すると陰性になることがまあまああります。ただし、心配はいらないとされています。(他の感染症とは異なり)HBVの場合は抗体が消えても、それは血中に出てこないだけで免疫は維持されるとされています。実際、冒頭で紹介した新しいガイドラインの前のバージョンまでは「追加のワクチン接種や検査は不要」と書かれていました。たしかに、私の場合も追加接種を一度おこなうと再び抗体価は上昇しました。
けれども、そうは言っても血中抗体価がゼロ(陰性)というのは不安です。また、本当に血中抗体価がゼロでも感染しないと言い切れるのでしょうか。実は、「感染した」とする報告がちらほらあります。そして、冒頭で紹介した新しいガイドラインには、いわばこの「不都合な事実」が次のように記載されています。
HBs抗体が低下した場合にHBV曝露後にHBV DNAが陽性になったり、免疫抑制下においてHBV再活性化が起きるという報告もあり……
ガイドラインがこれを認めるなら、一度抗体ができただけでは不安になるのは当然です。続きを読んでみましょう。
一部の医療機関では血液体液曝露のリスクがある医療関係者に対して、免疫獲得者に対する経時的な抗体価測定や、免疫獲得者の抗体価低下にともなって追加接種を行っている。本ガイドラインは既に十分な体制が取られている医療機関でのこのような実践を否定するものではない。
要するに、「追加接種をおこなってもいいですよ」あるいは「追加接種をおこなった方がいいかもね」と、ガイドラインはそう言っているわけです。
さて、谷口医院では過去18年の歴史のなかで、少なく見積もっても2千人以上にHBVワクチンを接種してきています。これまでは(旧)ガイドラインに従い「いったん抗体が形成されたことを確認できれば追加接種は生涯不要と考えられています」と伝えてきましたが、この度の新しいガイドラインが公表された直後から「数年間経過すれば免疫がなくなるかもしれません」と説明しています。今までは自分だけが追加接種をして患者さんには不要と言い続けなければならずもどかしさがあったのですが、これですっきりしました。
私自身は今回のガイドラインの改定を歓迎しています。まあ、初めから「追加接種を検討してもいいよ」と書いておいてくれれば悩まなくて済んだのですが……。
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|2024年11月17日 日曜日
第255回(2024年11月) ビタミンDはサプリメントで摂取するしかない
以前から「問題のビタミン」として本サイトで繰り返しているビタミンDについては相変わらず多数の質問が寄せられています。その後、いくつもの研究が発表され、複雑さが増しているのですが、結論をいえば「ほとんどの日本人はビタミンD不足で、サプリメントで摂取するしかない」となります。そして「不足すれば大変なことになる」も言えそうです。今回はそれについて述べますが、まずはこれまで本サイトで紹介してきたことをまとめてみましょう。
・ビタミンDの摂取基準が以前から大幅に引き上げられている。そのため、2001年の基準(男性2.9μg/日、女性3.0μg/日)ならクリアできても、新しい基準(男女とも8.5μg/日)で考えると大半の日本人が摂取できていない
・ビタミンDが不足すると、骨量低下、免疫能低下、アレルギー疾患のリスク向上など様々な弊害がある。がんのリスクを高めるとする意見もある
・ビタミンDをサプリメントで摂取しても健康上の利点がないとする研究がある
・しかし、食事から必要なビタミンDを補給するのはかなり難しい
・ビタミンDの血中濃度は30~50ng/mLが望ましい。20~30ng/mL未満は「不足」、20ng/mL未満は「欠乏症」とされている
ビタミンDのサプリメントにうさん臭さが伴う理由のひとつは驚くほど高額で売られていることがあるからです。ある患者さんからの情報によると、コロナ後遺症で有名なそのクリニックでは「ビタミンD不足が原因だ」と言われ、月額8千円もの高価なサプリメントを(半ば強制的に)買わされたそうです。ビタミンDに月8千円とは……。ファンケル、小林製薬、大塚製薬などが扱うビタミンDのサプリメントはせいぜい月に300~400円程度です。
大勢の日本人がビタミンDが不足しているのは事実です。医学誌「Osteoporosis International」に2013年に日本人を対象とした血中ビタミンD濃度を調査した研究が公開されました。日本人の男性の70~85%、女性では約90%がビタミンDの血中濃度が基準を下回っています。
この研究はけっこう衝撃的で、谷口医院ではこの論文が発表されてから、職員健診の際に(職員全員が希望することもあり)全員のビタミンD濃度を実施しています。結果は、私自身も含めて(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が毎回基準値に足りていません。約半数が20ng/mL以下、一番高いスタッフでも30ng/mLを超えていません。谷口医院では私自身も含め(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が「欠乏症」または「不足」なのです。
不思議なのは、これだけ大勢の日本人がビタミンDを適正に摂取できていないのにもかかわらず、厚労省なり地域の行政がサプリメントの摂取を勧めないことです。食事または日光からの摂取が困難なことを認め、治療薬として保険診療でビタミンDを処方できるようにすべきではないでしょうか。しかし行政は消極的です。
厚労省のサイトには「ビタミンDは不足しがちな栄養素ですが、特にカプセル・錠剤形態のサプリメント類からの摂取については、過剰摂取に留意する必要があります」と記載されています。しかし、「留意する必要」と言われても何をすればいいのかまるで分かりません。例えば、厚労省がお墨付きを与えるサプリメントを紹介するとか、あるいは医薬品として処方できるようにすべきでしょう。
では、なぜ行政はそのような対策に出ないのでしょうか。おそらくビタミンDについてはよく分かっていないところが多いからだと思います。過去に医療プレミアにビタミンDについてのコラムを書いたとき、複数の伝手を頼っていろんな役人に話を聞いてみたのですが、どうも厚労省としても、不明な点が多いために明確な基準をうちだせないようです。
それは同省のサイトに掲載されている言葉からも読み取れます。ビタミンDの血中濃度の適正基準について、「一般に、30nmol/L(12ng/mL)を下回る血中濃度は骨や健康を保つには低すぎ、125nmol/L(50ng/mL)を超える血中濃度は恐らく高すぎます」という表現があります。
「恐らく高すぎる」という言葉に自信のなさが表れています。これを執筆した役人も「もしかすると50ng/mLでも問題ないかもしれない。けれども、あまり高い数値を書いてしまうと健康被害が起こったときに責任問題になるかもしれない……」と考えたのではないでしょうか。
しかし、高すぎるビタミンD血中濃度が危険なのは事実です。サプリメントマニアのなかには「自分はビタミンD濃度が高いから風邪をひかず、花粉症も治った。自分の場合は50ng/mLを超えるくらいが調子がいい」と言う人がいますがこれは危険です。最悪の場合、腎臓の機能が低下して元に戻らなくなるかもしれません。
ではどうすればいいか。「定期的に測って血中濃度が適正化どうか確認する」が最善なのですが、この検査は保険適応にならず自費で受けるしかなく、費用はそれなりにします(谷口医院の場合1,800円)。しかし、食品(と日光)からでは不十分、サプリメントは摂取過多に注意、しかしそのサプリメントで充分な量が摂れているのかは不明、となんとももどかしいのがビタミンDなのです。
しかし、ビタミンDは非常に重要な栄養素ですから、やはり自身が摂取できているかどうかは調べた方がいいでしょう。原則として谷口医院では自費検査を勧めていませんが、年に一度程度のビタミンDの検査は例外的に推奨しています。
ではビタミンDを摂取して適正な血中濃度を保てばどんないいことがあるのでしょうか。この話がまた複雑です。まず、従来ビタミンDが有用と言われていた疾患についてはことごとく否定されています。例えばビタミンDをいくら摂取しても骨折や骨粗しょう症の予防にはなりません。
参考:
はやりの病気第244回(2023年12月)「なぜ「骨」への関心は低いのか」
医療ニュース2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
また、虚血性心疾患、脳血管障害、がんなどの予防にもほとんど寄与しません。
参考:医療ニュース2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
では、ビタミンDが不足していればどのような不都合があるのでしょうか。あるいはどのような症状があればビタミンD不足を疑えばいいのでしょうか。英紙「The Telegraph」から「ビタミンD不足で起こり得る7つの症状」を紹介しましょう。尚、この記事ではビタミンD不足を20ng/mL以下としています。
#1 疲労
疲労が慢性化している場合にビタミンD不足を疑います。興味深いことに、英国でもビタミンDの血中濃度を保険診療で測定することができるのは、慢性かつ広範囲の疼痛や骨疾患などの深刻な事態がある場合のみで、日本と同様のもどかしさがあるようです。
#2 風邪をひきやすい
すでにビタミンDが急性上気道炎(風邪)の予防になることを示した研究はいくつもあります。
また、エビデンスはありませんが、「ビタミンDでコロナ後遺症は治る」は”結果としては”正しいと思います。実際、谷口医院の患者さんにもそのような人はいます。しかし、一部の反ワクチン派が主張する「コロナ後遺症になればビタミンDは不足する」は正しいわけではありません。なぜなら、上述したように国民の8~9割が初めからビタミンD不足だからです。
#3 骨が痛い
ビタミンD不足が原因で骨粗しょう症や骨軟化症などを起こしている可能性があります。興味深いことに、上述したように「ビタミンDのサプリで骨粗しょう症は防げない」という研究がある一方で、若くして骨粗鬆症を発症する人はビタミンDが欠乏していることが多いのです。
#4 筋肉が痛い
慢性疼痛患者の71%にビタミンD不足(<20ng/mL) が認められたとする研究があります。谷口医院の患者さんのなかにも線維筋痛症や慢性疲労症候群が疑われていて、ビタミンDのサプリメントで治ったケースがあります。
#5 傷の治りが遅い
傷が治るには炎症を抑えなければなりません。ビタミンDは炎症を抑えてくれます。957人の60歳以上のアイルランド人(日照時間が短いためビタミンDが不足しやすい)を対象とした調査では、ビタミンD血中濃度が10ng/mL以下であれば、炎症マーカーのCRP(C反応性蛋白)、IL-6(インターロイキン6)が上昇しやすいことがわかりました。
足に潰瘍を起こしている糖尿病患者にビタミンDを投与すると大きく改善した、という報告もあります。
#6 脱毛
48人の円形脱毛症の患者にビタミンDのクリームを外用すると、69.2%に効果があったとする報告があります。
びまん性脱毛(全体的に抜け毛が増えるタイプの脱毛)のある人はビタミンDが不足しており、その傾向は特に女性で顕著であることを示した報告があります。
#7 体重増加(糖尿病)
The Telegraphの記事ではビタミンD不足で体重増加が生じることを示したエビデンスが示されていませんが、糖尿病を予防するという研究は複数あります。
これだけの研究を提示されるとビタミンDが重要であると認めざるを得ません。しかし、摂取し過ぎは不足以上に問題です。しかし検査に保険適用はない……。なんとももどかしいのがビタミンDです。
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