はやりの病気
第64回 ”臭いが気になる”病気 2008/12/19
自分の臭いが気になるんです・・・
そう言ってクリニックを受診する患者さんがときどきいます。臭いの原因は様々ですから、こういった患者さんを診察するときには、その臭いの原因を明らかにして治療をおこないます。
一番多いのが「脇の臭いが気になる」というものです。こういった患者さんを診るときには、まずは脇を露出してもらい臭いを確認し、必要であれば脇を綿棒でぬぐって細菌感染の程度を調べることもあります。なぜ臭いが発生するかというと、過剰に分泌されたアポクリン汗が、脇に常在している細菌によって代謝・分解された産物が臭いの元となるからです。治療が必要なほどの臭いがあれば(これを「腋臭症(えきしゅうしょう)」と言います)、治療が手術になりますから、適切な医療機関を紹介することになります。
次に多いのが「口臭が気になる」という訴えです。口臭だけならまず歯科医院を受診するでしょうから、当院でこのような症状を訴える人は、別の病気で受診をし、”ついでに”日ごろ気になっている口臭について相談されることが多いようです。この場合は、まず歯肉を観察します。歯肉が赤く腫れていればピンセットなどでその部分を刺激してみます。痛みを訴えたり、出血があったりすれば歯周病(昔の言い方では「歯槽膿漏(しそうのうろう)」)を疑い、歯科医を受診してもらいます。
歯周病ではなく口臭が気になる人で、胃の不快感や胸やけ、あるいはゲップが多いという症状があれば胃薬を処方することもあります。
「外陰部や帯下(おりもの)が臭う」という訴えもよくあります。帯下が臭う病気で一番多いのはトリコモナス腟炎です。トリコモナスは原虫とよばれる小さな病原体で、顕微鏡で観察することができます。したがって、診断はごく簡単です。帯下を少し綿棒などで採取してそのまま顕微鏡で観察すればすぐに診断がつきます。治療も簡単で、トリコモナス用の腟錠(腟に入れる錠剤)を数日から10日間程度使用すればまず間違いなく治ります。よほどの重症(診察室に入ってきた時点で臭うような場合)や腟錠を自分で入れることができない人の場合は、飲み薬を飲んでもらうこともあります。
トリコモナス以外にも帯下の臭いが悪化する病気があります。有名なクラミジアや淋病は重症化すると臭いがでてくることがありますし、これら以外の細菌(診察室では「雑菌」という言葉を使って説明することがあります)でも、異常増殖するとイヤな臭いとなる場合があります。
「足が臭う」という場合は水虫であることが多いと言えます。誰でも足に汗をかいて放っておいたり、靴下を履いたまま寝たりすればある程度は臭いがしますが、水虫にかかっていると治療をする必要があります。水虫(白癬菌)も顕微鏡で簡単に診断がつきますから、診断をつけて塗り薬を処方します。重症の場合は飲み薬を併用することもあります。
これら上に挙げた臭いの多くは、抗菌薬や外科的な処置をおこなえば完全に治るわけですが、それほど頻度は多くないものの悪性腫瘍(ガン)による臭いがある場合もあります。例えば、食道癌や口腔内の癌で口腔から悪臭がする場合がありますし、子宮頚癌も進展すれば悪臭が伴います。
さて、私が日常の診療でやっかいだと感じている病気に「自己臭恐怖」というものがあります。これは客観的には何の異常もないのだけれど、患者さん自身が「自分は臭うに違いない」と決め込んでいるような状態です。
こういった患者さんを診たときには、まず身体のどの部分が臭うのかを聞いて、その部分の検査をおこないます。上に述べたような部分の検査をおこない、異常がないことを伝えたとしても納得されないような場合に「自己臭恐怖」という病名について話をすることになります。
重症の人は、自分の臭いが気になって日常生活もままならなくなることもあります。自分の臭い(もちろん他人は何も感じないのですが)が気になって外出できなくなるような人もいます。こうなれば、「自己臭恐怖」の専門的な治療が必要になります。当院でも重症の患者さんには精神科を紹介することにしています。(ただし実際には精神科受診を嫌がる人もいます)
ところで、何年か前から「加齢臭」という言葉をよく聞くようになりました。ノネナールという物質が原因なのですが、これは、皮脂腺の中のパルミトオレイン酸という脂肪酸と過酸化脂質が結びつくことによって作られる物質です。(参考までに、医学の教科書には「加齢臭」という言葉はでてきません。「加齢臭」という言葉は2000年に資生堂が命名したそうです)
この加齢臭を防ぐためのサプリメントやボディシャンプーなどはよく売れているそうで、私自身も患者さんから「どんなものを使えばいいですか」と聞かれることがあります。「加齢臭」自体は、少なくとも保険医療の対象にはなりませんし、寿命を縮めるものでもありませんから、我々としては「病気」とは考えていません。
ただ、治療しなければならないものではなかったとしても臭いというのは気になるものです。私自身も、医師としてではなく個人として自分の臭いが気になることがないわけではありません。
最近、ライオン株式会社のビューティケア研究所が、30代の男性の臭いの元を明らかにし発表しました。この臭いの元は、「ペラルゴン酸」という物質で、ノネナールが原因の加齢臭とは異なるそうです。ライオン社がおこなった調査によりますと、「男の曲がり角」は34.7歳にやってきて、「体臭が強くなる」ことを意識する30代男性が少なくないそうです。
さらにライオン社は、メマツヨイグサ抽出液でこのペラルゴン酸を抑制することを明らかにし、この抽出液を製品化することに成功し、近々発売する予定だそうです。
この情報を入手した私は、「これが発売されたら早速試してみよう」と思ったのですが、その直後に気づきました。
私は2か月前に40歳になっていたということを・・・
私が気にしなければならないのは30代のニオイの元であるペラルゴン酸ではなく、加齢臭だったのです!
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