はやりの病気

第267回(2025年11月) 子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症

 私が総合診療医になることを決意したのは研修医1年目の夏休み、タイのエイズ施設にボランティアに赴いたときでした。その施設を訪れた目的は「エイズについて学びたい」と「エイズを患った人たちになんらかの貢献をしたい」でした。当時のタイではまだ抗HIV薬が使われておらず、「感染=死へのモラトリウム」だったのです。1週間足らずの滞在はその後の私の人生に大きな影響を与えたわけですが、それはエイズという病を知ったことだけでありません。ベルギーから来ていた総合診療医から総合診療の真髄を学ぶことができたのは私にとって大きな収穫でした。

 日本の医療について、私が医学生の頃から気になっていたのは「医師から(病院から)見放される患者さんが少なくない」ということでした。「専門外だから」「それはうちの科ではありませんから」などの言葉で体よく診察を断られることが少なくなく、「どこの科を受診していいか分からない」という声を多数聞いていました。また、「科ごとに主治医を持たねばならない」「財布のなかの診察券がどんどん増えてくる」といった苦情もしばしば聞いていました。

 ところが私がタイで指導を受けたベルギーの総合診療医は「欧州では総合診療医がまずはすべてに対応する。自分で診られない特殊な事例や重症例だけを専門医に紹介する」と言います。これは、当時の私にとってかなり衝撃的なコメントで、まだ総合診療という言葉がほとんど知られていなかった2000年代前半の日本ではこのような姿勢で診療をしていた医師はほとんどいませんでした。少なくとも私自身はその当時日本の総合診療医を一人も知りませんでした。

 そのエイズ施設に入所していたのは若い男女が大半で小児も少なくありませんでした。日本の内科医は「小児は診ない、女性疾患も診ない」というタイプの医師も少なくないのですが、そのベルギーの総合診療医はそんな区別は一切しません。その施設では診察に使える機器がさほどそろっていませんでしたが、それでも可能な限り自身の力で診察をおこなっていました。

 そのベルギーの総合診療医から多大なる影響を受け、帰国前にはすでに総合診療医を目指すことを決意していた私は、その後、小児科、婦人科を含む多くの科で研修を受けました。女性は男性よりも、おそらく中年期頃までは医療機関を受診し治療が必要となるケースが多く、男性しか診ない診療スタイルではふじゅうぶんだと考えるようになりました。そこで、なんらかのかたちで婦人科での研修は研修医終了後も続けていました。この考えは今も変わっておらず、「総合診療に興味があるなら、初期研修の間に婦人科の基本的な知識と技術はマスターすべきだ。特に内診と経腟超音波は絶対に履修しておくように」と言い続けています。実際に実行する若い医師は残念ながらあまりいないのですが……。

 例えば「若年から中年にかけて、男性の8割が患っている病気」は存在するでしょうか。おそらくないでしょう。ですが、子宮筋腫は小さいものも含めれば(文献によっては)女性の8割が有していると言われています。子宮内膜症もおそらく1割以上の女性が持っています。子宮腺筋症も、超音波所見でどこまでを腺筋症とみなすかによりますが、軽症も含めれば3割くらいはあります。これら3種は合併していることもあります。よって、若年から中年期の大半の女性がこれら3種の疾患のいずれか、または複数を有していることになります。また、これら3種のいずれかがあれば、月経に関連して月経痛、月経過多、精神症状などなんらかの症状が出現し、頭痛、めまい、便秘、むくみ、肌荒れ、……、といった持病が悪化することもあります。つまり、これら3種について、さらに月経に関連する症状や疾患についても理解し、研修を積み重ね、そしてある程度の経験がなければ若年から中年期の女性の診察はできないと考えるべきです。

 そういうわけで、谷口医院では開院以来、積極的にこれら3つの疾患や月経関連疾患について治療してきているわけですが、経験を積めば積むほど「女性と男性はまったく異なる」ことを認識するようになってきます。複雑なことに、人間は女性と男性の2つにクリアカットに分類できるわけではありません。性分化異常があれば、染色体がXYの女性となることもありますし、その反対の染色体がXXの男性となることもあります。私はその後タイに繰り返し渡航し、エイズに関する諸問題に関わり、セクシャルマイノリティが抱える苦悩を次第に深く知ることになっていきました。日本のマイノリティの知人も増えていきました。男性、女性のステレオタイプがいかに馬鹿げているか、何度も痛感しています。

 しかし、(染色体がXXで子宮も卵巣も正常に発育している「男性」がいることも理解していますし、そのような知人もいますが)「男性」と呼ぶか「女性」と呼ぶかは別にして、子宮や卵巣があれば病気や辛い症状に苛まれる機会が増えることは間違いありません。

 子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症の3つの疾患の特徴を簡単にまとめてみましょう。まず、3種とも症状は似ています。月経痛、月経過多、腹部膨満、嘔気、頭痛などです。経腟超音波を実施すれば診断をつけられますが、ときに困難なこともあります。どうしても診断をつけたい場合はMRIを撮影します。ただし、経腟超音波は決して気持ちのいいものではありませんし、MRIは費用が高くつきます。そこで、谷口医院では、まず腹部超音波検査を実施することもあります。経腟超音波に比べると精度は下がりますが、典型的な子宮筋腫ならすぐに分かります。

 治療はいずれの場合も重症化すれば手術です。教科書的にはGnRHアゴニストと呼ばれるエストロゲンの分泌を低下させるような治療も有効で、実際に受けてもらうこともあるのですが、更年期障害のような症状がでたり、いわゆる「女性らしさ」が失われていくこともあって、谷口医院ではあまり人気がありません(尚、「女性らしさ」という表現はほとんど死語ですし、フェミニズムの視点からは許されない言葉であるのは承知しているのですが、例えば「エストロゲン起因の雰囲気」などと言えば、分かりにくい上に、かえって偏見に満ちたニュアンスを含むような気がしますので、ここでは「女性らしさ」とします)。

 これら3種の疾患の治療として谷口医院で最もよく使うのがLEP(Low dose Estrogen Progestin)と呼ばれるいわば「保険適用のピル」です。正確にはLEPは内膜症のみに適用があり、筋腫や腺筋症は保険適用外となりますが、月経痛や月経過多などの「月経困難症」があれば保険適用となります。LEPを投与しても筋腫や腺筋症自体が小さくなるわけではありませんが、月経に伴う不快感が大きく改善することが多く、患者さんの満足度は高いと言えます。尚、LEPという表現はおそらく日本だけのもので、英語ネイティブの外国人にもまず通じません。

 ただし、LEPを使っても症状が変わらない場合や、出血量がかえって増加する場合もあります。その場合は、エストロゲンを含まない黄体ホルモン単独の薬剤を使います。エストロゲンが供給されないことになり、やはり「女性らしさ」が低下することもあるので、そのあたりは個別に検討しますが、谷口医院の例でいえば「手術はイヤだし、これで症状が取れるから続けたい」という人も少なくありません。

 重症化すると手術を検討することになります。例えば、筋腫があまりにも大きくなりすぎて腸管を圧迫し便秘が起こったり、膀胱を圧迫して頻尿になったりしている場合は、一度は手術を考えます。また、LEPや黄体ホルモンを使っても出血が減らない場合はやはり手術を検討します。これら3種の疾患は悪性疾患ではありませんから、できるだけ手術は避けたいという人も少なくないのですが、やはりこの時点までくれば手術が選択肢となります。そして、総合診療医の”役割”はここまでです。

 「手術を検討した方がいいかも」と思える事例には紹介状を渡して大きな病院の婦人科を受診してもらいます。そこで手術が決まることもあれば、「見合わせましょう」とされることもあります。なかには患者さんが手術を嫌がって戻って来て、そこで別の病院を受診してもらうと「手術しなくてもいい」と言われたり、あるいはその逆に、1つ目の病院で「手術不要」と言われ、2つ目を紹介して手術に至ることもあります。そのあたりは手術をおこなう婦人科医によって考えが変わるのでしょう。

 谷口医院を開院して、さらに開院までに複数の病院での婦人科研修の経験も踏まえて、現時点で思うのは「子宮・卵巣の有無でヒトの身体は大きく異なる」ということです。フェミニストからはお叱りを受けるでしょうが、「子宮・卵巣の有無の違い」はヒトの身体症状や精神症状に大きな影響を与えます。有る・無いでどちらがいいとかよくないとかそういう話ではないのですが、子宮・卵巣の有無の違いを理解しないことには、少なくとも医療行為はできません。

 日本ではあまり話題になりませんでしたが、「月経のある人(people who menstruate)」という表現に対し、『ハリーポッター』の作者J・K・ローリング氏が異論を述べてこれが大きな論争になり、私はコラム(「トランス女性を巡る複雑な事情~後編~」)を書いたことがあります。このなかで私はローリング氏を擁護するようなニュアンスのコメントをしていますが、医師としてその人を診るときには、性自認や性指向よりもむしろ「月経の有無」や「子宮・卵巣の有無」をまずは前提としています。

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